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十四話「責任」

「そっか」


 そう返したところで、曲がり角から足音がした。

 背筋の伸びた、静かな歩幅。


「ソウスケ様。ニコ様。少々、お時間よろしいでしょうか」


 マシューさんだった。


「…カリナ様のご様子は」


「問題ないです。魔力の流れも完璧でした」


「……そうでございますか」


 短く言って、マシューさんは一度だけ深く頭を下げた。


「皆さんに、お願いがございます」


「お願い…ですか?」


 マシューさんは顔を上げないまま、言葉を探すように一拍置いた。


「どうか――勝ち負けより先のことを、カリナ様がご自身で選べるよう……お力をお貸しください」

「……」


「カリナ様は…”自分で決める”ということに、慣れておられません。

 誰かの期待に応えることは、昔からお上手でした。けれど、ご自分の望む事を口にするのは…ひどく苦手でいらっしゃる」


「……」

「…奥方様が亡くなられてから、カリナ様は”良い子”でいようとなさるあまり、ご自分の望みを後回しにする癖がついてしまいました」


 そこでようやく、マシューさんは視線を上げる。

 その瞳はひどく真剣で、胸を打った。


「ですので、支えてあげてほしいのです。カリナ様の選択を」


「…はい。もちろんです。…今、出来ているのかは分からないですけど」


「出来ていますよ」


 俺が頭を掻いていると、マシューさんが少し笑みを浮かべた。


「数年ぶりです。カリナ様の笑顔が見れたのは。やはりカリナ様には笑顔が一番似合います」


「うん。僕もそう思う」


 コクコク頷くニコをマシューさんが微笑ましく見つめた。


「皆様は、もう十分支えてくださっておいでです」


 そう言ってマシューさんは胸元から何かを取り出した。


「それから、こちらを」


「紙ですか……?」


「はい。本日からの訓練で使うもの、屋敷で用意できるものをまとめております。裏庭には木剣と防具も出してありますので」


 段取りが早い。頼もしい。

 同時に、屋敷の人間が全員、同じ方向を向いていることが分かって、嬉しくなった。


「ありがとうございます。マシューさん、任せてください」


「任せてください!」


「はい。どうか、よろしくお願いします」


 マシューさんに見送られて、俺達は裏庭へ向かった。


 裏庭ではジェットがすでに準備運動を始めていた。

 ジェットは運動着、というか普段着でマシューさんの用意してくれた木剣を振っていた。


「遅かったな」


「ちょっと話してたんだよ」


「ふーん」


 そう言ってジェットは壁に立てかけてあった木剣を俺に投げてきた。


「じゃあ、ちょっと付き合ってくれよ」


 なんだその平常運転。

 こっちは緊張で胃液が込み上げたってのに…ちょっとムカつく。


「いいけど…お前、俺に負けて泣くなよ?」


「はっ、センチメンタル野郎に負けるわけねーよ!」


「は?ぶっきらぼう気取りが!斜にばっか構えてんじゃねーよ!」

 

 そんなこんなで始まった模擬戦はーー気づけば俺の一勝二敗。

 三本先取の勝負で、ニコがのほほんと審判を務めている。


 俺とジェットは、互いにじりじりと間合いを測る。

 どっちも先に仕掛けず、呼吸だけが静かに重なっていく。


 そんな膠着の中、ふとマシューさんの言葉が頭をよぎったーーその瞬間、ジェットが踏み込んできた。


 ヒュッと鋭い剣筋が眼前を裂き、俺は咄嗟に刃を逸らす。


 だが、受け流した次の瞬間には、ジェットの足が俺の前足を掬うように跳ね上がっていた。

 体勢を奪われたまま地面に叩きつけられーー

 「グエッ!」

 俺は無様に尻もちをつく。


 その隙を逃さず、ピタリと首筋に木剣の先が触れた。

 ジェットはわざとらしく眉を上げ、鼻で笑って見せる。


「一本!勝者ジェット!」


 大きく宣言するニコに俺は飛び上がった。


「おいっ、ざけんな!ルール違反だろ!それ!」


「実践的な訓練な!」


 表情を変えずに嘲るジェットにコメカミがひきつく。


「は?じゃあ俺魔術使うぞ?」


「ピピッ!それは違反!」


「おい!ざけーー」


 と、声を張り上げようとしたその時。

 後ろからザッと足音が聞こえた。

 振り返ると、そこにはカリナさんがいた。


「…私、決めました!」


 走ってきたのか、僅かに肩で息をするカリナさんは笑みを浮かべていた。


「責任、取ってもらいますからね。ソウスケさん」


「……えっ!?」


 思わず変な声が出た俺に、カリナさんはくすっと笑う。


「ふふっ。勝たせるって、言いましたよね?」


「……はい、確かに言いましたね。じゃあ、ちゃんと取らせてもらいますよ。その責任」


「はいっ!」


 その瞳には、もう迷いの影がなかったーーただ、答えを胸の奥に隠したまま。


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