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第十二話「期待を背に」


 あくる朝、俺達は一階のリビングにて朝食を食べていた。

 腸詰に目玉焼き、野菜のスープ、それから白米。

 窓から差し込む光は清々しく、雲一つない晴天。


 ……なのだが。

 俺は、顔にやたらと視線を感じていた。


 ちらり。


 と、元凶に顔を向けるとプイッと顔を背けられる始末。

 すでにこの攻防を数回繰り返している状況だ。

 そして俺が皿に目線を戻すと、また始まる。


 今日のカリナさんは、淡いグレーの膝丈ワンピースに着替えていた。

 ウエストに細いリボンが結ばれ、柔らかな布地が朝の光を吸うように揺れている。

 普段より少しラフなのに、なぜだか品の良さが増して見える。

 昨日までのカリナさんと、どこか雰囲気が違う気がした。


 めっちゃ美しい。

 美しいのだが、なぜ見られているのか一切合切全く分からない。


 ちらっと見返すと、慌ててスプーンを持ち直して視線を逸らす。

 ……けど数秒後には、またチラ、チラッ。

 彼女が虫メガネなら、当の昔に俺の頬は黒焦げで煙が出てる。


 しかもそれに俺が気づいていないとでも思っているのか、俺が視線を向けるとなぜか顔は俺に向いたまま目線だけがせわしなく動いている。


 …目くそ?目くそか?

 いや、ないな。朝ちゃんと顔洗ったし、シリウスたちが何か言ってくるはずだ。

 じゃあ、何だ。

 わ、わからん。それに、カリナさんに聞く勇気もない。


 …ブサイクとか、か?

 確かに、人と違う顔をしてたら見てしまうよな。

 でもそんなの今まで言われたことないぞ、俺。

 むしろ、シリウスのせいで霞んでしまうけど売店のおばちゃんから褒められたことあるもん!

 あの人が嘘言うわけない!

 

 ペタペタ顔の造形を触っていると見かねたのか、ルークさんが口を開いた。


「カリナ…ソウスケ君が不安がっているから…直視するの、やめないかい?」


「…み、見てませんっ!」


「「……」」」


 なぜか頬を赤らめたカリナさんが嘘をついた。

 …かわいい。

 てか、皆無視すんなよな!


 対面に座るニコの方へチラッと視線を飛ばすと、彼はグッと親指を上げて歯を見せる始末。

 …一体全体何があったというのだ。


「あ、そうだルークさん。今日はお世話になります」


 俺達の視線バトルを無視してシリウスが顔を上げた。


「いやいや、気にしなくて結構だよ。目的は同じなんだし」


「そうなのか?」


 と、ジェットがシリウスに尋ねると彼は軽く頷いた。


「王都なら噂もたんまりだろうしね。家庭教師してたお嬢様も王都にいるし、ちょうどいいんだよ」


「なるほどね。逆上されないように気を付けなよ」


「あと、僕の噂は全部耳に流してね」


「…兄さん?」


 その一言にカリナさんがジトっとした目を送り、「ジョーダンだよジョーダン」と手を振ってルークさんが弁解した。


 …かわいい。

 

「そういえばさソウスケ、今日は何するの?」


 ハッ!いかん。いつの間にか全視線が俺に集まっているじゃないか。


「…き、今日はとりあえずカリナさんがどれぐらい出来るのかを測る日だな」


 コホンと咳ばらいをする。


「具体的にはジェットと模擬戦をしてもらってからプランを詰めていく感じかな」


「わ、分かりました」


 カリナさんは緊張しているのか少したどたどしかった。


「カリナは魔物と戦ったことってあるの?」


「ないですね」


「じゃあ、皆で魔物を狩りに行くのも楽しそうだね」


「が、頑張ります!」


 両手で拳を作るカリナさん…かわいい。

 ってかそうじゃなくて。


「…ちょっと待て、なんでお前タメ口なの?」


「そりゃカリナがいいって言ったからだよ。ねー?」

 

 コテンとわざとらしく首を傾げると、カリナさんが頷いた。


「ふふっ、そうですねニコ」


「ソウスケもお願いすればいいのに」


 試すような目線を向けるニコにイラっとしつつも、俺は話題を変えた。


「…それより、素振りとか打ち込みとかって屋敷の裏でやられているんですか?」


 ここで俺もタメ口と言えないところが紳士な俺であった。


「…ビビり」

「誰!…いえ、どこの誰が言ってるんですかね?ホント困ったものですよ、タハハ」


 そして素で話すことも躊躇ってしまう紳士な俺であった。

 タハハ……はぁ。


 そんな俺達のやり取りをにこやかに見つめていたルークさんは会話に一段落付いたところで立ち上がった。


「ごちそうさまでした。じゃあ僕たちはそろそろ行くよ」


 と、しんみりとした空気を打ち消すように続けた。


「皆、カリナはこう見えて意地っ張りで、頑固で、よく泣く女の子でふがっーー「兄さんっ!」」


 ルークさんの語りに俺達が笑うとカリナさんが勢いよく兄の口をふさぎにかかった。


「ま、まぁそんな感じのいい子だから…頼むね。カリナの事を」


 カリナさんの腕に、ひときわ強い力が入った気がした。

 その言葉は重くも、真っすぐだった。

 俺達は深く頷いた。 


「カリナ……無理はしないようにね」


「…はい」


 人目をはばからずカリナさんはルークさんに抱きついた。

 ルークさんもそんな妹の頭にそっと手を添え、短く息を吐く。


「何度も言うけど迷惑なんかじゃないし、家の事は僕と父さんが引き受けるからね」


「…はい」


「どっちを選んでも、僕と父さんは絶対にカリナの味方だからね」


「…はいっ」


「…良かった。本当に、よかった」


 昨日の会話から彼のカリナさんを勝たせたい思いは十二分に伝わっていた。

 兄妹愛は尊い。


 ――……と、そこまではよかったのだが。


 その横で、ニコが妙にもじもじしていた。

 膝の上で指をいじり、ちらっと俺とカリナさんを見ては視線を落とす。

 言いたいことがあるのに飲み込んでいるような、そんな落ち着きのなさだった。


 何だ……?

 さっきから様子が変だな。


 その後、ルークさんはそこにいた全員の手を一人一人握りしめ、言葉を託していった。

 マシューさんは少し涙ぐんでいるように見えた。

 最後俺の番になると、彼は「付いてきてよ、ソウスケ君」と呟き、俺はシリウスと共に玄関へ向かった。


 外へ出ると、ひんやりとした朝の風が頬に触れた。

 門の前まで三人で歩き、魔導車の前で足を止める。

 運転席にいた執事はこの屋敷の方ではなく、王都の執事さんだろう。

 魔導車も質素とは無縁の豪華きらびやかなものだった。


「どれぐらいかかりそうなの?」


 ルークさんの荷物を詰め込みながらシリウスに問う。


「一週間ぐらいかな」


「最長で?」


「その予定」


「結構早いね。教師やめる報告もしないといけないんでしょ?」


「まーね。ただ、昨日ルークさんと話してて目ぼしい人が複数いるからな」


「そっか。じゃあ任せた」


「任セロリ」


 シリウスはいつもの気のない声で手をひらひら振りながら魔導車に乗り込んだ。


「じゃあ、ソウスケ君。後はーーー頼めるかい?」


 魔導車に片足をかけたルークさんが振り返って俺に問う。


「…任せてください。必ず勝たせます」


 そういうと、ルークさんは右手を差し出してきた。


「ありがとう。頼りにしているよ」


 差し出されたルークさんの右手を握った瞬間、万力のような力が指先に伝わった。

 その重さに、無言の期待が込められているように感じた。

 俺も負けじと力を込め返し、走り出す魔導車に頭を下げた。


 魔導車が遠ざかる。

 頬を撫でる風が少し冷たい。


 カリナさんの心情は読めない。

  迷っていて当然だ。


 それでも、俺はただ一つだけ決めている。


 ――勝たせる。それだけだ。





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