第十話「王子」
心地いい空気の中、マシューさんがスッと滑らかに入り込む。
「ルーク様」
「分かってる。……じゃあ契約も成立したわけだし、決闘の事を皆にも詳しく説明してもいいかい?」
「もちろんです、行きましょう」
俺はもう一度だけ、カリナさんの顔を脳裏に焼き付け、ルークさんの後に続いた。
歩きながら、ふと隣を見る。
ルークさんは表情を落ち着かせようとしているように見えた。
さっきまで抜けていた肩の力を再び込めるように、ゆっくりと息を吐く。
「ソウスケ君、ごめんね急に決闘の話持ち出しちゃって」
「いえいえ僕らも暇してたんでむしろありがたいです」
「そうか。そう言ってもらえると助かるよ」
ルークさんは歩みを緩め、何か思い出したように軽く手を打った。
「あ、そうだ。ソウスケ君達の滞在の件なんだけどね」
「はい」
「二週間、客室を自由に使って、食事は朝、昼、晩の三回、それと…報酬は百万になったよ」
「…えっ、好待遇すぎませんか?」
「これは依頼でもあるからね。それに対して正当な報酬を払うのは当然だろう?」
ルークさんの言葉についつい目が見開いた。
「…どうしたの?」
「いえ、ルークさんみたいな貴族の方にお会いするのは初めてで」
「それはいい意味でかな?」
「もちろんです」
「ふふっ、それはよかった」
「はい!二週間お世話になります」
「頼もしいね」
ちょうどその時、居間の扉が見えてきた。
中ではニコ、シリウスとジェットがこちらを待っているようだった。
ルークさんは一度俺に視線を飛ばしてから、静かに扉を押し開けた。
「じゃあ、カリナの治療も終わったことだしーー決闘の前に、皆は学園についてどれぐらい知っているんだい?」
再びシリウスの隣に腰を下ろすと、ルークさんが真っすぐこちらを見た。
「ある程度は把握しています。ランク制度と、毎月のポイント変動。それから、制服の色が階級を表していることも」
シリウスが静かに答える。
「さすが、よく調べているね」
ルークさんが小さく笑みを浮かべ、続けた。
「生徒たちは全員”ランクポイント”という数値で管理されてる。
学科と実技。その結果が全部、数値になる。
ポイントは毎月、増減する。
制服の色でランクが分かる。誤魔化せないんだ」
「…ポイントがマイナスで即退学?」
「うん。例外なし」
見上げるようにルークさんへ問いかけると、小さく頷きが返る。
ニコは「やった!」とばかりに小さく拳を突き上げた。
「で、本題の”決闘”。学園のシステムの一つなんだけど知ってたかな?」
「いえ、名前だけですね」
「この”決闘”っていうのは双方が受け入れないかぎり成立しないんだけど、ランクポイントと追加で何かを賭けて塔の一階にある競技場で戦うことを指すんだ」
ルークさんの説明に俺はシリウスと顔を見合わせた。
眉をひそめるシリウスもポイントだけだと思っていたようだ。
「何でもですか?」
「うん。命にかかわらないことであれば何でもいいとされているね」
一呼吸おいて、ルークさんの表情が僅かに曇る。
「まず、カリナに決闘を申し込んだのはこの国の王子。対戦相手は、王子の側近の一人になる」
「…… 王子?」
あまりにも突拍子のない言葉に、思わずニコが聞き返す。
その想定は頭になく、俺も眉をひそめた。
てっきりカリナさんの容姿に嫉妬したケバケバ女子が絡んでるのかと思ってたけど……。
「うん。まぁ、ソウスケ君とニコ君が壊してくれたけど、あの指輪——塔具を送ったのは、その王子なんだ」
「え?」
シリウスの戸惑いに、俺も息を呑んだ。
なんで一国の王子がカリナさんに指輪を渡すんだろうか?
答えは、もう見えていた。
それでも、ルークさんの口から聞くまでは確定したくなかった。
どこかで、違う未来を信じていた。
「カリナと王子は子供の頃からの許嫁同士でね、「呪蝕の指環」は二年前に婚約指輪としてカリナに渡したものなんだ」
ルークさんは表情ひとつ変えずに、そうを言った。
その声が、どうしようもなく冷たく響いた。
胸の奥がギュッと握られる。
……やっぱり、そうか。
わかっていたはずなのに、言葉にされると、どうしようもなく苦い。
でもーーー待てよ?
カリナさんの婚約者が、なんでカリナさんと決闘なんだ?
普通なら、助ける方向じゃないのか?
「あの塔具の効果を知っていて渡したということですか?」
シリウスの問いかけに、枯れかけていたつぼみが蘇る。
「証拠はないけど黒だと思っているよ、僕は。というのも王子が何を考えていたかというと——」
ルークさんは続けた。
「端的に言うと、二年前。
王子——いや、王子たちは在学中にある同学年の女の子に一目惚れしたらしくてね。
その子と付き合いたいがために、“邪魔な婚約者”であるカリナを追い落とすつもりなんだ」
貴族事情には少しは詳しいと思っていたが、俺は言葉を失った。
そんな頭の悪いことがあるのか、と。
「それで決闘……ですか」
「そう。「婚約を賭けた決闘」。勝者が婚約の継続か破棄を選べるーーそういう形で決闘が成立しちゃってね」
「ルークさんはどっちがいいんですか?」
シリウスが口を開くよりも早く、俺が尋ねていた。
「もちろん…勝ったうえで婚約の破棄だね。父さんも同じ意見だし」
ルークさんは一度息を吐き、眉間にしわを寄せる。
「カリナもそれを知っていると思うんだけど…彼女責任感強いし、自分に負い目を感じてる節があるからさ」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
カリナさん的にはこれ以上迷惑をかけたくないって想いがあるから、もしかしたら継続を選ぶ可能性もあるってことか。
……嫌だな。
「とはいえ、絶対に阻止したいのは負けることだね。この決闘で負ければカリナは学園を去ることになっちゃうからね」
言い切ったルークさんは、すぐに唇を噛んだ。
「え、なんで学園を出ることになっちゃうの?」
目を丸くするニコに、ルークさんが苦笑する。そこへシリウスが静かに確認した。
「ポイントですね?」
「そう。この学園では学科と実技の試験が交互に行われて、結果に応じてポイントが入る。
でもカリナは——知っての通り、今まで魔力が扱えなかった」
「……あ」
「実技試験ではずっと“評価不能”扱いだった。
つまり、学科だけで他の生徒たちと渡り合ってきたわけだけど……限界があってね」
ルークさんは指先でテーブルを軽く叩き、悔しさを滲ませる。
「結果的にポイントはずっと低空飛行だった。
退学ライン、ぎりぎり。
学科だけで踏ん張ってたんだ。
本来なら特待科に残れる実力なのに、実技が完全に封じられていたせいでね」
「なるほど……」とニコがゆっくり頷く。
「だから今回、負けると落ちる。
一気にマイナス域へ。
そうなれば、もう学園にはいられない」
「……王子たちは、指輪を使ってカリナさんの魔力を封じ、ポイントを稼げないようにした可能性が高いんですね」
シリウスが冷静に告げる。
「可能性というか、断定できるね。婚約を解消して、同時に“学園からも追い出す”。そこまでが筋書きだろうね」
ルークさんは拳を握り、俯いた。
「……本当なら今にでもぶっ飛ばしたいんだけど、出来ないのが残念で仕方ないね、ハハッ」
乾いた笑いが響いたものの、彼の表情は苦いままだった。
「……だからこそ、君たちに頼みたいんだ。あの子を、救ってほしい」
ーー
その後、俺達は宿に置いてきた荷物を取りに帰ることになった。
三人で運べる量だったのもあって、ニコには残ってもらうことにした。
「……爆笑だな」
「ブフッ…」
魔導車が動き出した途端、ジェットが鼻を鳴らして笑った。
それに連れられてシリウスが口を抑える。
「まぁじで殺すぞっ!さっきまで一言も喋んねぇでよぉ。クソ陰キャが!」
「…話す必要がないからだろ?逆に今までの中でどこに口を出す必要があったんだよ」
「それぐらいお前が考えろよ!俺は保母じゃねーんだぞ、バーカ」
「…いや…泣いてるじゃん…お前。目真っ赤っかだぞ」
「嘘つけっ!」
もしも充血しているとしても、それは怒り。憤怒の方。
「でもさぁ、俯瞰で見て見なよソウスケ。一目惚れした相手に婚約者がいて、その人が婚約の継続を選ぶかもしれないって…傑作だな」
「……」
「いやー笑ったなぁ。過去一だ、これは」
「でももう契約しちゃったし、しょうがないよな」
「…そうだね。とりあえず鍛えて勝たせよう。その後はカリナさん次第」
車窓からの風景を眺めているとポツリとジェットが思い出したかのように口を開いた。
「てか王子たちを侍らせている女性って、シリウスそっくりだな」
確かに。周囲の女性を入れ込む。女版シリウスだ。
「俺はそんなことしねーよ。清く正しく誠実に。それがシリウス君だぞっ!」
「寝言は寝て言え!」
そう言って何故か胸を張るシリウスに俺達は苦笑を交えながら笑った。




