プロローグ「俺の婚約者に相応しくない」
私は一目惚れを信じない。
少なくとも、つい一か月前までは、そう思っていた。
固有魔術、政略、利権。
貴族の婚姻に「愛」なんて入る隙もない。
ましてや、公爵家の娘。そんな幻想を抱いてはいけない。
頭では理解していたし、納得もしていた。
だから顔を歪ませながら王子との縁談を持ってきた父に私は同意した。
私は王子に恋したことはないし、彼も同じはず。
けれど、幼い頃は思っていた。
彼と真実の愛を育めると…彼の隣で笑える日が来るのかもしれないと。
婚約を結んだ十歳から七年。
王子の隣に立つ者として相応しくあるように努力を積み重ねてきた。
初めは授業が辛くて何度も泣いたのをよく覚えている。
その度兄さんが私を慰めてくれたのも今となってはいい思い出。
その甲斐あって私は王子に相応しい女性になれたと自負している。
でも二年前、私たちの間に亀裂が生じた。
アストラ・アカデミアへ入学したその日の演習で事は起きた。
つい先日まで出せた魔力が、何故か一切放出できなくなっていた。
早急に国中の医師に診てもらっても原因が分からず、私の積み上げてきたすべてが音を立てて崩れ落ちた。
魔力を失ってから、世界は一変した。
かつては笑顔で迎えてくれた同級生が、今ではわざとらしく距離を取る。
すれ違いざまに「かわいそうに」と囁く声が背中に突き刺さり、 振り向けば目を逸らされる。
使用人たちの視線も冷ややかで、かつての温かい紅茶の香りさえ、今は苦い薬の臭いに思えた。
周囲の視線は日に日に冷たくなり、王子からは「恥」のように扱われた。
そして「魔力を使えない女は俺の婚約者に相応しくない」と。
二か月前、成人を迎えた私は婚約破棄を賭けた決闘を、王子直々に申し込まれた。
「魔力を使えない無能など、我が王家の血を汚すゴミに過ぎない。せめて僕の友人たちの『慰みもの』として、誰が一番君を上手く扱えるか決闘で決めさせてやろう」と。
そんな私は今、競技場の中心に立っている。
相対するのは見知った顔。
王子の側近が一人。
初めての決闘。
楕円形のドーム。
大小異なる岩石に囲まれた競技場。
観客席の喧騒と熱気。
自ら王子の代わりと立候補した相手が緊張していることが遠目からでも分かる。
私も、少しだけ手が震えている。
でも、観客席にソウスケがいるという事実一つで私の緊張が解きほぐされる。
彼の姿を思い浮かべるだけで、不安だった心が静かに整っていく。
私はもう、大丈夫だ。
この一か月で私は変わった。
彼の言葉や笑顔に、どれだけ救われたか分からない。
だからこそ、いつかは——この溢れんばかりの気持ちを彼に届けたい。
そう、一目惚れした彼に。
間に立った審判の先生が手を上げると、次第に喧騒が止む。
だからこそ、まずはこの決闘に勝利する必要がある。
皆の期待に応えないといけない。
胸が張り裂けるような沈黙の先で――審判が手を振り下ろす。
「始めっ!」
私は大地を蹴った。
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第一話は十一時投稿予定です。




