「ウンガイキョウ」
誤字脱字等、ご容赦ください。
これはある知人の話です。その知人の家は地元でも有名な地主で、大きな屋敷が山の麓に建てられていました。その知人、Aとしますが、Aの祖父は地元一の骨董家を自負するほどの人物で、庭に蔵を立ててそこにいろいろなものを集めていたようです。その人物は月に1度程度「お披露目会」と称して集めた骨董品を庭先に並べ、あれこれ自慢しながら見せびらかしていました。私も父に連れられて何度か参加しまして、Aとはそこで知り合ったのです。彼は自身の祖父の金に糸目をつけない振る舞いを面白おかしく感じていたようでした。彼は良く「こんなもんのどこがいいんだよ」とこぼしており、父に連れられてきただけで骨董品にあまり興味のない私と意気投合したのです。
Aと知り合ってから、半年が経ちました。夏の暑さが鳴りを潜めてきたころで、ようやく冷房をつけずとも過ごせるといった時期のことでした。月末に、いつものようにAの祖父による「お披露目会」が開かれました。父は私がAと仲良くしていたのを知っていたのか、いつものように「お披露目会」に行かないかと誘ってきました。……その時、実は父の誘いよりも前にAから「お披露目会」に来てほしいと誘いを受けていたのです。いつも「こんな古臭いもの見に来るとか暇人かよ」と集まる人を馬鹿にするような物言いを繰り返していた彼が、なぜかその日だけ来てほしいと誘ってきたのです。……私は父にそのこと言わずに「お披露目会」に行くと返事をしました。
そして、「お披露目会」当日。Aの祖父はいつものように講釈を垂れていた時、Aは物陰に私を呼びつけました。まるでいたずらを仕掛けた子供のような無邪気な笑顔を浮かべています。言われた通り物陰に赴いた私は、今日に限って呼び出しを受けた理由を問い詰めました。
――――――
「なんだよこそこそして。俺を呼び出して何が……」
目の前にはAがいる。彼は人の上半身が収まるほどの丸い鏡を持っていた。
「来てくれてありがとな。お前を呼んだのはこれが原因なんだ。……『雲外鏡』って聞いたことないか?」
聞いたことがない。首を横に振った。Aは「そりゃそうだろうな」と言った様子で講釈を始める。その姿はAの祖父譲りだった。
「『雲外鏡』っていうのは、江戸時代の時あたりに書かれた書物に載ってる妖怪の名前だ。なんでも、魔物を映し出したり人の未来を映し出したり……。しかも、別の空間と繋がってそこから物を持ち出せるかもしれないんだと」
「へえ……」
あまり興味はなかった。どうせ昔のおとぎ話か何かだ。そんなものが実際にあれば、今頃その鏡を巡って争いが起きていてもおかしくない。Aはその反応に対し、「興味なさそうだな」とあきれたように言った。
「当たり前だろ。そんな眉唾物、誰が信じるんだ?……その鏡がそうだとでも言いたいなら、今すぐハンバーガーでも出してくれよ」
「ああ、いいぜ。……ほら」
Aが鏡に手を突っ込む。鏡の表面は池に手を入れたかのような波紋が広がり、Aが贔屓にしているファストフード店の店内が映し出された。そして、Aが鏡から手を引き抜くとその手にはハンバーガーが握られていた。彼はそれをそのまま手渡してくる。包装紙越しにも伝わる出来立ての熱さ。包装を開くと、食欲を掻き立てるあまり健康に良くない香りが広がる。手触りも本物だ。おそるおそる一口かじると、バンズの柔らかさ、肉のうまみ、ピクルスの酸味にソースの塩気。どれもが本物だ。かじった分を急いで呑み込み、Aが抱えていた鏡に視線を送った。
「……マジかよ、コレ」
「へへ、どうだ?すごいだろ?」
「……どこでこんなものを」
「うちのじいちゃんがな。……2週間ぐらい前に、駅前の広場でフリーマーケットやってたのは知ってるだろ?あそこで買ってきたんだと」
「こんなすごいものがフリマで?売ってた奴は誰なんだ」
「さあな、じいちゃんにも聞いたけど『あんな骨董屋は見たことない』ってさ」
――――――
と、言うような具合で、Aは雲外鏡を手に入れたのだそうです。鏡を買った時古い紙もついてきたようで、Aはそれで雲外鏡のことを知ったのです。彼の祖父は見た目で購入を決めたそうで、そんな代物だとは知らなかったようです。そのため、Aが鏡を欲しがった時、「孫が骨董品に興味を持ってくれてうれしい」と言って譲ってくれたのだとか。……その日から、Aの立ち振る舞いは変わりました。もともとはご両親の教育のおかげだったのか、そこまで金遣いは荒くなかったのです。しかしあの日以降、Aは世界中のあらゆるものを手中に収めたといっても過言ではありませんでした。彼は鏡の力を悪用し、銀行の貸金庫などから他人の金品を盗み取り、それを換金して遊び惚けるようになったのです。……私は再三彼に「そんなことはやめた方がいい」と伝えていたのですが、増長していた彼には届いていませんでした。
それから3か月ほど経ち、年末の時のことでした。贅の限りを尽くしたAはさらに増長し、盗んだ金で邸宅を構えるまでになっていました。当時の私はAの豹変ぶりが少し怖くて距離を置いていました。ですが彼はまだ私を「親しい友人」と思っていたようで、我が家のポストに招待状が届いたのです。その内容は端的に言えば「久しぶりに会わないか」という物でした。私は、「ここまでしてくれたのだから、誘いに乗るのが筋だろう」と判断し、彼の邸宅に向かったのです。Aがもともと住んでいたところからそう遠くないところに建てられた家は、3階もある大きな一軒家で1人で暮らすには絶対に持て余すような大きさです。インターホンを押してAを呼び出すと、彼は嬉しそうに「ちょっと待っててくれ」と言いました。そしてすぐに玄関の扉が開き、あの時から変わり果てたAが私を出迎えました。
目に痛いほどのきらびやかな内装からはできるだけ目をそらし、Aの案内に従ってリビングに向かいました。彼は「適当にそこら辺に座っててくれ」と言って僕が借りているアパートのリビングよりも大きいソファを指さします。僕は理由もわからずなぜか端の方におそるおそる腰を下ろしました。キッチンからはAの「今日は来てくれてありがとな。……実は、話したいことがあるんだよ」という少し暗い声が聞こえてきます。彼はリビングに戻ってくると「そんな端じゃなくてこっちに来いよ」と言いながら、テーブルにトレイを置きました。
――――――
「……で、話っていうのは?」
「まあ、とりあえず一口どうだ。最近紅茶に目覚めてな、これは結構いいとこの奴なんだぜ」
Aはそう言ってティーポッドから紅茶を注ぎ、私の前に差し出した。私は角砂糖を一つもらい、十分に溶かしてから一口飲んだ。Aも続いて紅茶を飲むと、大きく息を吐いた。
「……すごいだろ?この家。全部あの鏡のおかげなんだ。お前が今飲んでる紅茶だってそうだし、座ってるソファだって。全部あの鏡のおかげで手に入れたんだ」
Aはいきなり自慢話を始めた。話したいこととはこれだったのだろうか。もしそうならとんでもない無駄な時間だ。どういうつもりなのだろうかと彼の方を向くと、彼の表情は暗かった。私と目があったAは話を続ける。
「……でも、最近変なんだ。普段、あの鏡は地下室にしまっているんだけど、朝起きるとなぜか移動してるんだ」
いざ口を開いたかと思えば、何の脈絡もない怪談話だった。いや、もはや怪談ですらない。少し聞いただけで大嘘だとわかるどうしようもない冗談だ。
「つまらない冗談はやめてくれないか。そんなことのために呼びつけたのかよ」
「冗談なんかじゃないって。マジなんだ。……これを見てくれ」
Aはそう言ってスマホを差し出す。その画面にはある動画が表示されていた。私は促されるままに動画を再生した。そこはどこかの廊下だった。Aが三脚にスマホをセットしたようで、彼の寝室のドアと階段が映されている。Aも映った。不安そうな顔でしっかり撮影できているか何度も確かめているようだった。そして一度短く息を吐くと、意を決したかのように寝室へと入っていった。
「こっからあんまり動きがないから飛ばすぞ」
隣にいたAが画面を操作し、動画終了の5分前まで飛ばした。
「……ここからなんだ」
彼は真剣にそう言う。動画はまるでAの期待に応えるように動きを見せた。……まずは音だった。何か固いものが床に落ちる音。額縁を落とした音のようにも聞こえる。ガタン、ガタンと一定のリズムを刻むソレは、確実に音が大きくなっていく。どんどんこちらに近づいているのだろう。顔をしかめたくなるほど近づいたソレは、ついに動画に影を映した。きれいな円を描いている。壁の半分ほどまでしか影が映っていないことから、およそ人の腰程度の高さであるということも分かった。ソレは跳ねて前進し、その姿をさらした。
「……鏡だ」
綺麗な真ん丸の鏡。明かりがスマホのライトしかないせいでよく見えないが、古ぼけているように見える。Aの顔はすっかり青ざめていた。鏡はAの寝室の前で壁にもたれかかるように自立すると、ぴたりと動かなくなった。そしてAがおそるおそる扉を開け、動画は終了した。
――――――
Aは、これを「雲外鏡の祟りだ」と言っていました。「祟られる覚えはないけれど、それ以外に動く理由がない」と余裕のなさそうな顔でそう言っていました。幸いというべきか、広い家を建てていたおかげであの音は近所の人には聞こえていないようです。Aは「今日1日泊ってほしい。俺の幻覚じゃないことを確かめてほしい」と泣きついてきます。明日は用事があるからと断ろうとしましたが、Aは箪笥から小切手を取り出し、500万という数字を書いて渡してきました。そして「これをやるから、頼むよ」と縋りつくように頼んできたのです。……さすがに、冗談とは思えませんでした。私は小切手をAに突き返し、1日泊まることを了承しました。
その日の夜、私はAに用意してもらった寝巻をまとい、彼が普段寝ている寝室にいました。A自身は客室に移動していました。「雲外鏡はAを狙っているのか、あるいは部屋自体に問題があるのか」。それを確かめるためでした。彼とはスマホのビデオ通話で会話していましたが、不安げな表情を浮かべています。そしてしきりに「あの鏡は何のつもりなんだ」と繰り返していました。私は彼を「神社にでも言って相談してみると良い」と言ってなだめ、何とか落ち着かせます。そんなことをしていればいつの間にか夜も遅くなっていました。先ほども話した通り、その日の翌日は用事がありました。そのためAに「俺はもう寝るよ」と伝え、通話を切ろうとしました。しかし彼は「何かあったときに助けてほしいから、通話は切らないでほしい」と頼んできます。……すっかり弱り切った彼を無視できませんでした。「わかった」と告げ、ベッド脇の小さい棚の上に通話を繋げたままのスマホを置き、床に就くことにしたのです。
私が床に就いてから、およそ5時間後、午前4時のことでした。階下から何かが床に落ちるような音が聞こえてくるのです。ガタン、ドンと。一定のリズムを刻むそれは落ちているというよりは、やはり跳ねて移動していると思えてなりませんでした。私はその音ですぐに飛び起き、部屋の外に耳を澄ませます。……階下から聞こえる音は次第に大きくなっていきます。Aも音に気付いたのか、通話を繋げっぱなしだったスマホからAの声が聞こえてきました。「ほら!冗談じゃなかっただろ!?」と。そうしているうちにも、その音は寝室のある二階に到達していました。……Aが何かを言っていましたが、その時の私は彼の言葉に反応できませんでした。音の正体を確かめたくて仕方なかったのです。おそるおそる扉を開き、隙間から廊下を覗きました。そこには、Aの言うとおり、あの鏡が。鏡は意思を持っているかのように動き、ドアの隙間から顔を出す私を一瞥しました。真っ暗な鏡面に、星のような細かい光の粒が輝いていて……「お前じゃない」。そう言われたような気がしました。私は茫然としたまま、客室へと向かっていく鏡を見送ったのです。
いくら呼び掛けても私が反応しないことに不安を感じたのか、Aが私の名を呼ぶ声と、乱暴に扉を開ける音が聞こえてきました。そして次の瞬間、それは悲鳴に代わりました。……私はすぐに部屋を飛び出しましたが、Aはどこにもいませんでした。客室の前の壁に、あの鏡が寄りかかっていただけでした。……彼の家を探しまわり、二階にはいないことが分かったとき、外から凄まじい音が響きました。それと同時に地面も揺れました。直感的に私は、「空から何か降ってきた」と理解しました。急いで一階に降りると、落下の衝撃で庭とリビングが滅茶苦茶になっていました。庭に落下したのは、Aそのものでした。……この騒がしさにはさすがに近所の人も気づいたようで、駆け付けた警察は私を犯人だと考えたようですが、すぐにそうではないと理解してもらえました。
後日、私はAの遺品整理に携わっていました。……鏡によって豹変したAの人柄、そして未だ解明されないAの死因。あまりに不気味であったそれらはAの人間関係を白紙にするのには十分すぎました。家族ですら関わりたくないと言っていたようで、最期まで親しくしていた私に白羽の矢が立ったのです。私としても、知りたいことがあったので渡りに船の頼みでした。……地下室にしまわれている鏡。買った時のまま保存していたらしく、雲外鏡の伝承が伝えられた書物も残っていました。……「付喪神ノ怒リヲ買ウベカラズ」。書物の最後にそう記されていました。……私欲を満たすばかりのAの振る舞いは、怒りを買うには十分だったのでしょう。その名の通り、「雲の外」に飛ばされてしまいました。……物は大切に扱うべきですね。
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