「ツキカガミ」
誤字脱字等、ご容赦ください。
これは、僕の地元の方で流行っていた怪談のようなものです。それは「ツキカガミ」というもので、少し方法は難しいのですが、うまくいけば将来すべてを見通すことができるというとんでもないものでした。小さな子供や中学生だけでなく、高校生や果てはいい歳をした大人でさえ、これを信じている人がいました。これをするには、いろんな前提条件が必要です。都市部あたりではあまりできないかと。……まず、雲1つない夜空に、満月が浮かんでいる必要があります。そして、その満月を綺麗に映せる透き通った池が必要です。さらに、満月以外に明るいものが周りにあってはいけません。月の明かりに秘められた力が必要なのです。ビルの明かりや街灯、懐中電灯などがあれば、これは必ず失敗します。……失敗した者にも将来は映し出されます。しかしそれは正しい未来ではなく、月の力によってゆがめられた将来なのです。
僕が小学5年生だったころ、同級生にはいわゆるいじめっ子というものがいました。名はUと言います。体格はそこまで大きくはないのですが、空手を習っていたとかで、すぐに他人に暴力を振るうような嫌な同級生でした。……さらに、最悪というべきか彼は肝試しの類が大好きだったのです。『男たるもの度胸があってこそ』とでも考えていたんでしょうね、今思い出してもあまりにも子供らしい考え方です。ですが、そこに空手で培った強引さがあれば面倒です。……彼が肝試しに行きたいと言って、誰かが逆らえば体中に痣をつけられます。親に行っても所詮は村社会、碌に事態は進展しません。……田舎でも「事なかれ主義」というのは存外ひどいものなんです。
あれは夏休み前日でした。翌日から夏休みということもあり、学校はいつもの半分ほどの時間で終わり、太陽がまだ頂点にある時に帰りの会が終わりました。明日から始まる夏休みを充実したものにするため、少しでも早く家に帰り、夏休みの計画を立てねばなりません。しかし、Eは教室を出て行こうとする僕と、他数名を「おい」と呼びつけて引き留めました。
――――――
「一緒に肝試し行くからさ、今のうちに計画立てておこうぜ」
「え、興味ないんだけど」
「は?」
Uはそう言って机を殴りつける。何度も殴られた机はそろそろ割れてしまうだろう。教師はすでに教室からいなくなっているため、Eを止める人物はどこにもいない。……仮に教師がここにいたとしても、止めていないだろう。
「……わかったよ。で、どこに行くとかはもう決めてんの?」
「ああ。みどり山に行こうと思ってるんだ。……『ツキカガミ』をやりに行こうと思ってな」
Eはにやにやしながらそう言った。周りにいる同級生たちはうんざりした様子だが、彼を止める手段はない。面倒を避けるためには従っておくしかない。
「うん、いいんじゃない。……1人で行けよ、根性なし」
Uに聞こえないようにつぶやいた言葉は、想像通り彼に届くことはなかった。こういうことでしか彼に反抗できない自分が情けなくて仕方がない。
「じゃ、今日の夜八時、みどり山道で集合な。山ん中は真っ暗だから懐中電灯忘れてくんなよ」
――――――
みどり山というのは、地元にあった少し大きな山のことで、地元の子供たちの遊び場となっていました。大人たちも山菜取りなどでよく使う山で、熊などの危険な動物も出ないことから、子供たちが山で遊ぶことに大人たちも好意的でした。「よくわからないところに行くぐらいなら、山で遊んでいてほしい」と思っていたのだと思います。……けれど、さすがに夜の山はそうもいきません。学校から帰って正直に両親に話してみましたが、「駄目だ」と突っぱねられました。Uが暴力を振るってくると訴えても、なかなか首を縦には振ってくれません。……結局僕は、両親の言うとおり諦めたふりをして、時間になったらこっそり家から出ることを考えました。
夜7時45分。そろそろ時間です。懐中電灯はすでに持っていました。両親は居間でテレビを見ているはずです。2階の自室にいた僕は、部屋の窓を開けて、そこから屋根に降り立ちました。そこから屋根伝いに進み、家の裏手に進みます。そこには昼のうちに僕が梯子を仕掛けていたのです。……片付けられていれば諦めようと思っていましたが、偶然にも気づかれなかったようで。僕はここでようやく決意し、静かに梯子を下りて、みどり山へと向かいました。
夜8時より少し前だったでしょうか。言い出しっぺのU以外は全員そろっていました。全員心底嫌そうな顔をしていますが、Uに逆らうわけにも行きません。選択肢がない僕らを嗤うように、満月は輝いていました。懐中電灯の明かりすらかき消しそうな強い光。……それを見て、僕はあることを思いつきました。最初に話したと思いますが、「ツキカガミ」は月光以外の光が混ざると失敗します。理由は分かりません。しいて言うなら、月光の中に不純物が混ざるからでしょうか。……そして、あの時の僕の手には懐中電灯がありました。それは、皆の手にも。「ツキカガミ」の話をあまり信用していなかった僕は、Uに仕返しをしようと考えたのです。Uが「ツキカガミ」を始めた瞬間に、全員で懐中電灯をつけて逃げだそうと。……誰も反対しませんでした。その作戦が決まったとき、ちょうどUが2分ほど遅れてきました。
彼は悪びれもせず、「全員そろってるな」と自分が遅れてきたことには微塵も触れません。皆は、余計なことを言えば拳でもって返されることをすでに学んでいたため、何も言わずにこらえます。……Uは僕の背中を突き飛ばしながら言いました。「お前が先を歩け。昼、俺に逆らった罰だ」と。……僕はしぶしぶ先頭に立ち、懐中電灯を山に向けました。今までに何度も見てきたはずなのに、見る時間が違うだけでこれほど変わって見えるとは思いませんでした。……まるで大きな怪物が口を開けて、獲物が入ってくるのを待っている。山に続く道は、巨大な怪物の舌の上で、僕たちはこれから丸呑みにされるのだ、と。後ろから「早くしろ」と急かす声も聞こえてきます。僕はUへの苛立ちを前進する勇気に変え、一歩を踏み出しました。U以外の皆はUを取り囲むように並び、四方を懐中電灯で照らしています。遠くから見れば大きな光の玉が山を登っていくように見えたのではないでしょうか。
念のため身に着けてきていた父の腕時計は、8時15分を指していました。Uが目的としているであろう池の場所は、山に立ち入った者ならすぐにでも理解できます。中腹よりも少し手前にある、わき道の先。木々が少し晴れたところに、小さな小屋と共に池があるのです。その小屋は以前まで木こりの人が使っていたそうですが、その人は腰を患って木こりをやめたため、今は誰も使っていない空き家となっています。……池までたどり着くと、Uが僕を押しのけて前に立ちました。
――――――
「お前ら、懐中電灯を消せ」
Uはぶっきらぼうに命令する。皆は黙って従った。その場を照らすのが月明かりだけになったことを確かめたUは、池へと振り返り「ツキカガミ」の儀式を始める。池に浮かんだ月のど真ん中を目掛けて、手ごろな石を投げる。池に落ちた石が波紋を広げ、池に浮かぶ月を歪める。そして、波紋が収まったとき、そこに浮かぶのは月ではなく、石を投げたものの将来だ。
「ほっ!」
Uは足元の石を掴み上げ、池へと放る。空手をやっているおかげで運動神経は他の者より優れているのか、失敗することなく、月が波紋で揺らめき始めた。Uは一歩踏み出し、池をのぞき込む。……今だ。
「今だ!」
その掛け声とともに、全員が一斉に懐中電灯の電源を入れ、池へと向ける。Uはすぐにこちらに振り向き、「何やってんだてめえら!」と聞いたことのない怒号をあげ、襲い掛かってくる。しかし、彼が今さら暴力に訴えてきたところで、「ツキカガミ」は失敗している。数人が殴り倒されたが、意味などなかった。……池に広がっていた波紋は次第に収まり、月が映るはずの部分は真っ黒に染まっている。何が起きるのか池を凝視していると、Uの姿が映った。今と見比べてもそこまで見た目は変わっていない。近い将来が映し出されているのだろう。池に映された彼は、教室の中におり、皆がいる前で教師に叱られているように見えた。教壇にはたくさんのプリントや薄い冊子が積まれている。……おそらく、夏休みの宿題を忘れて叱られているのだろう。それを見たUは大きくため息をつくと、震えた声で言った。
「な、なんだよ。大したことねえじゃねえか。ビビらせやがって……。俺もう帰るわ。……お前らクソつまんねえ、早く死ねよ」
彼はその後もあまりに知能が足りていない罵詈雑言を繰り返しながら、近くにあった懐中電灯を拾って山道を下っていった。
――――――
僕はその時、Uに殴り倒された友人を起こしていました。すると、池に映っていたUの未来が変わっていきます。あれにはまだ続きがあったのです。黒いブレザーに身を包んだ、中学生らしき姿のU。橋の上から川に落ちる瞬間が映っていました。……僕は友人たちと一緒に、それを見てゲラゲラ笑っていたのです。それからもおよそ3分をめどに、彼の将来における失敗というのが映し出されていきます。告白に失敗したあげく、それを相手の女子にばらされクラスメイトの前で大恥をかいたり、テストで赤点を出して彼の父親にゲンコツをもらっていたり。普段調子に乗っている彼が失敗する瞬間というのは、絶好のお笑い種でした。そのため僕たちは、Uの次の失敗は何かと、池を全員でのぞき込んでいました。……しかし。
彼が地元を出て、大学に通いだした瞬間から、失敗の度合いというものが大きくなってきました。……財布を落とした瞬間に盗まれるのはまだよい方で、講義に遅れたくないからと赤信号を無視した途端、トラックに轢かれて全治2か月の大けが。大学内のエレベーター事故に巻き込まれ、それでも大けがといったように、一つ間違えば命の危機に関わってくるような失敗というのが増えてきたのです。しかも、エレベーターに関してはU自身に責められるべき箇所はないのです。もはや失敗ですらありません。……そして彼はある時、車両事故で死ぬのです。どこかの道を歩いている途中、飲酒運転か何かで制御を失った車がビルに突っ込み、彼は挟まれます。即死でした。腹を押しつぶされたせいか、腹の内容物をすべて吐き出し絶命します。……僕たちが池に釘付けになっていると、後ろから母親たちの声が聞こえてきました。どうやらUが父親に話したようで、それが母たちにまで伝わったのでしょう。その日はこっぴどく叱られ、一週間ほどは反省の意を示すために家事手伝いを余儀なくされました。
……外を見てください。正面のビルです。……あそこから男性が歩いてきていますよね。そして、遠くからものすごいスピードの車が走ってきています。「逃げて!」って大きな声が聞こえてきましたね。あの男性も気づいたようですが、さすがに少し遅かったみたいです。……耳が痛い、鼓膜が破けそうですね。……ええ、あの時からUがどこで死ぬことになるのか、ずっと調べ続けていたんです。何かの節目のたびに昔の同級生や両親に連絡して、彼の動向を探っていました。せっかく彼がいつ死ぬかを知ったのですから、その瞬間は自分の目で見届けたくはありませんか。それに、彼はいつまでたっても成長しない人間だったのです。中学校に上がってからは同級生をいじめて、その仕返しに川に突き落とされたり。とある女子からは「いじめをするような人間と付き合いたいわけない」と人格すら否定するような振られ方を。……そう、「ツキカガミ」に映っていた通りだったのです。そこで僕は確信しました。あれは本当のことだった、ならばいつかUは死ぬことになる、と。彼には少なからず自らの行いを省みるような失敗がありました。反省して心を入れ替える瞬間は何度もあったのです。しかし、彼は一度として改めることはありませんでした。そのため、「ツキカガミ」に映された失敗、そして死をなぞることになったのです。
……別に、彼を助けようと思った瞬間はありませんよ。暴力ばかり振るう馬鹿のことを誰が助けるんですか。彼のような人間は死んだほうが世のため人のためというものです。……ええ、警察に話しても構いませんよ。こんな非現実的なこと、警察どころか誰も信じないでしょう。……「ツキカガミ」はやらない方がいいですね。特に誰かから恨みを買っている人は。
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