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こちらが深淵を覗かずとも、深淵はこちらを覗いている。  作者:


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「サンメンキョウ」

誤字脱字等、ご容赦ください。

 私は、あの日のことを今でも思い出してしまいます。……20年以上前、私はH県の郊外に住んでいました。山の麓に大きな平屋があって、そこに両親と祖父母。3歳下の弟と暮らしていました。当時はわんぱく盛りな頃だったので、見るものすべてに興味を抱くような子供でした。両親からしてみれば騒がしくてたまらないといった子供だったでしょう。近くに幼稚園などはありませんから、毎日私は家で母や祖父母と一緒に過ごしていました。弟はまだ赤ん坊でしたから、私のように走り回るといったことはありませんでした。今でも大きいと思う平屋は、子供の時はなおさら大きく見えていました。家の中をうろうろ歩き回って、「探検だ」と言って遊んでいたと、母から聞きました。

 

 そうして遊んでいたある日、私は家の奥にある部屋を見つけました。祖父母が寝室としている和室のさらに奥、そこ以外に出入りするための扉はないように見えます。祖父母の部屋は何度も入ったことがあるのですが、初めて見つけました。普段そのあたりには大きな掛け軸がかかっていたのです。理由は分かりませんが、なぜかその掛け軸が取り払われていて、古くなった扉が姿を現していました。今の私なら蹴り開けることもできそうなほど脆い扉に見えましたが、当時の私にそれは不可能でした。何度もドアノブをひねりましたが、立て付けが悪くなっているのか、それとも向こう側から何かで押さえているのか、どうにも開けられそうにありません。私がそうして扉と奮戦しているうち、祖父が私に気づき、すぐに私をその扉から引きはがしました。


 私は叱られると思いました。しかし祖父は声を荒らげることもなく、私を畳の上に寝かせます。そして、皺が増えた震える指で私の瞼をゆっくりと開き、私の瞳孔をじっと見つめるのです。かれこれ五分ほど、祖父はそうしていました。私は何をされているのか全く理解できず、ただされるがままになっていました。そのうち祖母も部屋に来て、祖父に「何をしているのか」と尋ねます。しかし、祖父からの答えを聞くよりも早くあの扉が隠されていないことに気づき、祖母もまた祖父と同じように私の目をのぞき込むのです。


 ようやく祖父が「なんともないようだ」と言って私を起こしました。二人は大きくため息をつき、心底安心したといった様子です。怒りの気配が感じられなかったため、私はそこで二人にあの扉が何なのかを尋ねることにしました。

――――――

「ねえ、あの扉は何?」

 祖父母は顔を合わせ、悩んでいる。話しても良いものかどうか気にしているのだろう。しかし、祖父の「話しておいた方がいいだろう」という言葉に祖母も納得した。祖父は一息つくとゆっくりと話し始めた。

「……あの扉の先は、美優の母さんのお姉さんの部屋だった。美優から見れば、伯母さんということになるね。……名前は恵という。恵は生まれつき、身体が悪かった。特に目立った病気などはなかったが、とにかく体が弱くてね。部屋のベッドに寝た切りという日は何日もあった。しかし、ある時。弱い身体だった恵がいきなりベッドから飛び起きた。今まで満足に食べられなかった食事をすべて平らげ、外で走り回れるようになった。おかしいと思って医者に見せたが、『変なところはない、いきなり元気になっただけ』と言われてね。どうにも信じられなかったが、それよりも恵が元気になってくれたことがうれしくて、あまり深く考えなかった。……あの時、思いとどまっていれば」

 祖父はそう言って項垂れる。何やら遥か昔に後悔を抱いているようだった。祖父が途切れさせた話は祖母が続けた。

「……恵と一緒に食事を摂っているとき、つい言ってしまったの。『これからもこうして元気でいてほしい。病弱な恵には戻らないでほしい』と。……その時は、すでにあなたのお母さんも生まれていたから、なおさら。……病人の介護に手をかけられるほど、余裕があったわけではないから。……その日、恵は部屋で死んでいた。恵の部屋に置いていた、私がずっと使ってきた化粧台の前で。……あの時の、恵は……」

 自分の娘の死に様を思い出し、祖母もまた後悔に暮れている。まるで祖母からバトンを受け継いだかのように祖父が続きを話し始めた。

「……半分しかなかった。右半身が綺麗に切り取られて、どこかに消えていた。私たちはすぐに警察を呼んだ。誰がどう見ても恵は誰かに殺されている。……しかし、犯人が誰かは今でもわかっていない。目撃情報もなければ、誰かが侵入したような痕跡もない。一時期は私たちが犯人だと疑われたが、娘の右半身を切り取って処分する理由もなければ、娘を殺す理由もなかった。……今では未解決事件として、噂だけがどこかで残っているだろうね」

――――――

 そして祖母は「愛娘が死んでしまった部屋でいつも通りの生活はできない。だからあの時のままにして、いつもは掛け軸で隠しているんだよ」と話を終わらせました。一度はどうにか取り壊すことも考えたそうですが、随分と奥まった所にある部屋なので、技術的に厳しいらしく、忘れないためにも取り壊すことは止めたそうです。……しかし、二人はその日、「掛け軸」を触った記憶はないと言います。私は当時幼かったので、椅子の上に乗ったりしない限り掛け軸を取り外すことはできないのですが、祖父母の部屋には座椅子とちゃぶ台しかなく、足場としては不十分です。……その掛け軸は、それから一週間後に見つかりました。……あの部屋の中で。


 私は祖父母の部屋から出たあと、やたらと目を気にされていたのを思い出しました。洗面所で鏡を見てみますが、特に充血などしているようには見えません。その時の私は、「埃が目に入ったか気にしていたんだろう」と思ってあまり深く考えませんでした。しかし、一週間後のある日。ひょんなことから私は祖父母の真意を知ったのです。……あの日は、昨夜からその年でも珍しいほどの大雨が続いている日でした。風はあまりありませんでしたが、屋根を叩く雨の音はすさまじく、母に「うるさくて寝られない」と愚痴を言ったような覚えもあるほどです。午前7時ほどに目を覚ましましたが、外は雨雲のせいで暗く、日の光は全く差し込んできません。私はその淀んだ暗さに何か嫌なものを感じ取っていました。


 朝食を済ませると、父はいつも通り仕事に行きました。こんな雨の中でも行かなければならないなんて、大人は大変だなと思っていた記憶があります。母は弟にかかり切り。外で遊ぼうと思っても、この大雨では遊べない。……私は暇を持て余していました。そんな時はいつも祖父母に昔話をねだるのです。自分が知らない昔の話を聞きながらせんべいをかじるのが、その時の数少ない楽しみだったのです。そして例のごとく二人に話をねだると、彼らはいつも通り部屋へと私を連れて行って、座布団を渡してくれます。ちゃぶ台の上にはせんべいが置かれ、私の向かいには祖父、隣には祖母が座りました。……いつもは飾られている掛け軸がないせいか、あの扉がやたら気になります。祖父の話を聞いている間にも、ちらちらと視線はそちらに向いていました。祖母はそれに気づくと、「何か気になるのかい?」と優しく尋ねます。私は思ったままを話しました。

――――――

「なんで二人は私の目をあんなに気にしていたの?」

「それは……」

 祖母は悩んでいる。答えを言うべきか、言わざるべきか。……おそらく「なんでもない」とでも言おうとしたのだろう。祖母が「なん」と口にした瞬間に祖父が立ち上がりながら言った。

「……あれを見せてあげようかね」

「あれって?」

「恵の写真だよ。……あの時の」

 祖父はそう言って箪笥の最上段からアルバムを取り出した。どうやら母と恵伯母さんでアルバムを分けているらしく、「あとでこれも見せてあげようね」と言って母のアルバムの表紙を見せてくれた。……祖父が恵伯母さんのアルバムをちゃぶ台に置き、表紙を開く。……祖母は、隣に座る少女の身体を抱きしめた。

 アルバムに収められた写真に映されているのは、小さな女の子。おそらく生まれたばかりの恵伯母さんだろう。祖父母の喜びようは、その写真の多さから図ることができた。懐かしそうに写真をなでながらページをめくる祖父の手が止まる。

「……怖かったらすぐに言うんだよ」

 祖父はそう言ってページをめくる。五歳程度になったであろう恵伯母さんの写真があった。ベッドの上にいる写真が多かったが、次第に外を走り回る写真も増えている。……しかし。どの写真であっても、目線がこちらに向けられていないような気がする。カメラで撮られることが嫌なのか、少し顔をそらしたり、シャッターを切る瞬間に顔を伏せてしまったような写真まで残っている。

「写真に撮られるのは、そこまで嫌いではなかったんだ。元気になるまでは。……これを撮ったときに、気づくべきだった」

 祖父はそう言って一枚の写真を指さす。急に写真に拒否反応を示した娘に対抗したのか、気づかれないように撮ったもののようだ。……写真の中の恵伯母さんと目があった。眼が光に照らされてうごめいている。引き込まれそうになる。……祖母が私の身体をちゃぶ台から引きはがした。祖父は大きくため息をつく。

「……この子は、恵のようで恵ではない。あの子の姿をまねたナニカだ。……もしかすると、あの子が恵の身体を半分持って行ってしまったんだろうか」

――――――

 

 祖父は独り言のようにそうつぶやきました。その瞬間、大きな雷鳴が響き、部屋が真っ暗になってしまったんです。日の光を覆うほど分厚い黒雲は雨だけでなく雷まで降らせ始めたようで、そのせいであたりが停電になってしまったみたいです。祖父は家のブレーカーの様子を見に部屋を出て行きました。……雨の勢いはさらに増していきます。すると、隣の部屋から水音が聞こえてきました。どうやらあの部屋が雨漏りしてしまったようです。祖母は様子を確かめるために立ち上がりましたが、すぐに固まります。あの部屋には入りたくないのでしょう。「様子を見るだけなら私でもできる。だから私が代わりに」。そう思ってあの部屋に続く扉の方へ振り向こうとしました。その時、祖母は今までに聞いたことがないような大きな声で「駄目!」と叫びました。私が肩をびくつかせるのと同時に、強く扉が閉まる音がしました。


 その音が心臓に良くなかったのか、祖母は胸をおさえながら倒れてしまいます。幸いにもその時は命に別状はなく、ただ気を失っていただけでしたが、当時の私はそれに大層驚いていました。祖母の名前を呼びながら体を揺さぶっていると、後ろから「カチャリ」と音がします。とっさに振り返ると、以前はどうやっても開けられなかったあの扉が少しだけ開いていたのです。祖父はまだ戻ってきません。……私は、扉の先が気になって仕方ありませんでした。ゆっくりと扉を開け、中を覗きます。……祖父母の言うとおりなのか、部屋はおそらくあの時のままでした。壁際に置かれた少し大き目のベッド。近くの棚には、使いきれなかった薬の束が残されていました。絵本や積み木などのおもちゃも山ほどあり、祖父母がどれだけ恵伯母さんを大事にしていたかというのがよくわかりました。……雨漏りの音がしたはずなのに、その形跡はどこにもありません。床は全面カーペットで、濡れている場所があればすぐにでもわかるはずなのですが。そうして部屋を見回しているうちに、ある物が目に留まりました。


 祖母が昔使っていたという化粧台。当時の私の背丈よりも少し大きいそれは、動かすのが難しいためにそこに置き去りにされていたのでしょう。下の引き出しには乱雑に掛け軸が詰め込まれていました。雨漏りらしき水音は、そこから聞こえていました。暗い中で見る鏡というのは少し不気味なものです。……恐る恐る近づいた私は、三面鏡の中に映りこむ自分を見ました。正面と左側の鏡に異変はありません。……しかし、右側の鏡には。右半身のみになった少女がこちらを見つめていました。……雨漏りらしき水音は、この子の身体から滴っていた血だったのです。……いつの間にか、正面の鏡にも異変が起きていました。光を反射して揺らめく、鏡のような瞳をした私が、私を見つめていたのです。彼女はゆっくりと私に手を伸ばしてきました。……そこへ、祖父が駆け込んできて持っていた工具で三面鏡を叩き割ってしまいました。その後私は崩れ落ちるように眠っていたそうです。


 後に祖父から聞きましたが、雨漏りの原因はあの化粧台の裏だったそうです。あの部屋を取り壊すことを決めた際、業者の方が見つけていたそうで。……でも私があの日見たものは、今でもはっきりと覚えています。そのせいか、今でも鏡を見るのが少し怖いんです。あの時みたいに、手を伸ばされそうで。

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