「ムラサキノカガミ」
この物語はフィクションです。
誤字脱字等、ご容赦ください。
「ムラサキノカガミ」って聞いたことありませんか?……そうです、「成人するまでに覚えていると、不幸が訪れる」とかいう、都市伝説です。不幸と言っても、ただ死んだり、どこかから飛んできた鏡の破片に殺されたり、結婚できなかったりと様々なもので。怖いもの好きな誰かが、他の人を怖がらせるためだけにでっち上げた作り話なんだと思っていました。あの時までは。
大体二年ほど前の話です。卒業を間近に控えた高校三年生で、僕の周りの友人は皆すでに受験を終えていました。本当にあとはただ卒業を待つだけだったんです。……ある寒い日のことでした。その頃、ウチの高校は三年生だけ早めに帰ることが出来ていたんです。まあ、教育課程もすべて片付いていますし、先生方は新入生のテスト作りだなんだで忙しいでしょうし、僕たちもその時はもう高校に通わねばならない理由もありませんでしたから。……いつも通り友人と集まって、五人でいろんな場所に出かけていました。冬なので海は厳しかったですが、それ以外の所は大抵。スキーなんかもやりましたね。問題のとある日、僕たち五人は少し遠くに出かけていました。友人の一人が車を持っていたので、それを頼ったんです。向かったところはK県の山でした。……思えばその時にはすでに、一人の友人、Aがおかしくなっていたのだと思います。確かにそこはスキー場として運営している山ではありました。僕としても、せっかくそれなりの値段をかけてスキー道具をそろえたのだから、何度もスキー場に行くのはやぶさかではありませんでした。他の友人もおそらくそうだったのか、誰一人としてそこに行くことへ反対はしませんでした。
K県の山へ向かう道中、助手席に座るAがいきなり話始めたんです。
――――――
「なあ、『ムラサキノカガミ』って知ってるか?」
「……いや、知らないな。なんだそれ、なんかのブランド?彼女にねだられたか?」
「このあたりに伝わる都市伝説だよ。……『ムラサキノカガミ』。これを二十歳になるまでに覚えていると、その身に不幸が訪れる」
「やめてくれよ、なんでいきなりそんな話するんだ?お前別にそんな話好きでもないだろ?」
「不幸って言ってもいろいろある。いつの間にか行方不明になっていたり、理由もわからないまま死んでいたり。……碌な死に方じゃないのは確かだな」
「やめろって!お前どうしたんだよ、俺たちの話聞いてんのか?」
「知ってるか?『ムラサキノカガミ』はある事件から生まれたんだ。それは……」
「いい加減やめろ!」
――――――
その時、車を運転していた友人が車を停めて、助手席に座っていたAを無理やりに降ろして、胸倉を掴みあげたんです。「どういうつもりだ」って。Aは、まだ続きを話そうとしていました。そこまで面白くもない話をなぜ無理やり続けるのか。Aはそんな男ではありません、クラスの中でもみんなに好まれるような明るい青年です。空気を読むことは誰よりもうまいはずでした。そんな彼がいったいなぜ。僕は車中から二人の様子を眺めていました。Aは制止する友人の声を無視し、話を続けます。「ここらに住んでいた家族がある事件に巻き込まれた」「そこに住んでいた少女がその事件を引き起こした」「ムラサキノカガミがすべての元凶だ」……。ついに僕たちはAの口をガムテープで塞ぎ、両手を背中側に縛りました。これ以上、そんな言葉を聞いていられなかったんです。Aはどうやってその事件を知ったのか、なぜそれを無理やりにでも伝えようとしたのか。今でもそれは分かっていません。……ただ、その時、山道の下、山と町の境目にあばら家があるのに気づきました。おそらく二階建てだったのだと思います。雨風の影響を受け、屋根はほぼすべてがはがれていました。壁もいろんなところか崩れていたのですが、二階のある一室。そこだけは風化していませんでした。
僕たちは縛り上げたAを車に乗せ、改めて山頂付近のスキー場を目指しました。道中、Aは暴れるといったこともなく、まるで寝ているかのように静かでした。……暴れてくれた方が、「何かに取り憑かれている」と思えることができてよかったかもしれません。車中はAの豹変にすっかり肝を冷やし、誰も何も言えませんでした。山道に人の気配がないことも、気を紛らわすことができない理由の一つだったのかもしれません。窓の外を見たところで、景色は真っ白で変わりはありません。そのため、どうしても先ほどの出来事が思い出されてなりませんでした。
しかし、スキー場が見えてくると、緊張感にあふれていた車中も次第にほぐれていきます。……Aはまるで二重人格者だとでも言うように暴れ始めました。「さっきのことは覚えているか」と聞くと彼は必死に首を横に振ります。それがどうしても冗談に見えなかった僕は、他の友人の制止を振り切ってAの口をふさいでいたガムテープをはがしました。彼は痛みに耐えながら「俺に何するんだよ!」と怒ります。まるでさっきまでのことをすっかり忘れているみたいに。友人たちは「質の悪い冗談だな」といったような眼でAを見ます。けれど、ゲレンデを目の当たりにするとそのような雰囲気はどこかに消えて行きました。Aだけは不服そうでしたが。
スキー場には3日ほど滞在する予定でした。ゲレンデの近くに、ロッジというものがありまして。そこに寝泊まりする予定だったんです。荷物を置きにロッジに向かうと、管理人のおじいさんが中から出てきました。予約した友人が名前を伝えると、おじいさんは鍵を渡してくれました。どうやら先ほどまで中の掃除をしてくれていたようで、彼の背後にはバケツとモップがあります。おじいさんは「中を案内しようか」と言って、ロッジの扉を開けました。いわゆるログハウスというもので、丸太で組まれた山小屋はその見た目に反して、中はとても快適でした。一階はリビングと、ダイニングキッチン。二階に寝室があるとのことです。おじいさんは最後に「何かあったら遠慮せずに連絡をしてほしい」と携帯電話の番号を教えてくれました。僕がおじいさんから番号を教えてもらっている背後で、Aは先ほどまでの出来事をしつこく尋ねていました。
友人の内一人がついにAのしつこさに耐えかね、「ムラサキノカガミ」がどうたら、といったように話を始めます。Aは「そんなこと話した覚えはない」とでも言いたげに首をかしげていますが、彼よりも、管理人のおじいさんが目を見開いて震えていたのです。明らかに様子がおかしい。そう思った僕はおじいさんに尋ねました。
――――――
「管理人さん?どうかされました?」
「き、君!名前は?」
おじいさんは話題の渦中であるAに詰め寄る。
「え?……Aですけど」
「……どこでその話を聞いたんだい?」
「いや、わかりません。こいつらが勝手に言ってるだけで……」
Aは周りにいる友人を指さすが、彼らもまた「急にこいつがしゃべり始めた」と責任の押し付け合いのようなことをしていた。しかし、おじいさんは迷うことなくAを問い詰める。
「……ムラサキノカガミに聞き覚えは?」
「少し前に。成人までに覚えたままだと不幸が訪れるとか聞いたことがありますけど。……でも、それってただの都市伝説じゃ……」
おじいさんはもともと顔に深く刻まれていた皺を、さらに深くするように顔をしかめる。「仕方ない」とでも言うようにため息を一つつくと、彼らをリビングのソファに案内した。彼は一人掛け用のソファに腰を下ろすと、「これは私が子供の頃の話だ」と前置きして、とある昔話を始めました。
「この山の麓、車で来たのなら知っていると思うが、あばら家があっただろう。何年も昔、そこにはある家族が住んでいた。夫婦と、娘が一人。旦那の方はどこかの会社でそれなりの地位だったようでな、あまり生活に困っている様子はなかった。当時を知っている者からすれば、彼らを小金持ちだと言うだろう。……それから何年か経ち、その娘が20歳になる前日。彼女のもとにある物が届いた。それは、鏡だった。見た目は普通の鏡だが、曇っているのか何も映らない。布で磨いても、鏡の曇りは取り除けなかった。……鏡と一緒に手紙も届いていた。差出人の名は、伊藤百合。娘が姉のように慕っていた女性の名だ。彼女は鏡が届けられた一年前、19歳の時に行方不明になっている。手紙にはただ一言、『ムラサキノカガミ』と書かれていた。それが一体何なのか、曇った鏡の名前なのか定かではない。……それから一日が経った。その日は日曜。両親は娘の誕生日を祝うため、朝から用意をしていた。両親は口をそろえて『誕生日おめでとう』と言いながら娘の寝室の扉を開けた。……娘はいなくなっていた」
「……それが、『ムラサキノカガミ』のせいだということですか?」
「そうだ。両親は訳も分からず部屋を探し回った。トイレに行っている様子もないし、知らないうちにどこかに出かけるような子でもない。そもそも、雪が積もるような寒い日に、何も履かずに外に出る訳がない。……そうしているうちに、父親は曇った鏡を見つけた」
「それから、どうなったんですか」
「すぐに警察に捜索届を出した。部屋からは伊藤百合からの手紙が見つかって、それが何かの手がかりになるかもしれないと、鏡と一緒に警察が持っていった。……あれから70年。音沙汰もない」
――――――
おじいさんはその話を終えると、「すぐに忘れるように」と言ってきました。けれど、あんなに訳の分からない話、深く考え込んでしまって忘れるどころではありません。……おじいさんがソファから立ち上がり、「邪魔したね」と言ってロッジから出て行きました。それと同時にスキー場の喧騒が耳に戻ってきました。友人たちもしばらく考え込んでいたものの、本来の目的を忘れてしまったわけではありません。一人が手を叩いて「スキーしようぜ」と言い出しました。僕たちはそれに賛成し、それぞれ装備を整えてロッジを出ました。
それから僕たちは何事もなかったかのように旅行を楽しみました。誰もあの話は口にしませんでした。きっと全員、その時はまだあの話を忘れていなかったはずです。けれど、口にしてはいけないと思っていたのでしょう。……帰る時、友人が運転する車中から外を眺めていました。この3日間、飽きるほど雪を見ましたが、なんだかそうしなければならないような気がして、友人たちの会話に耳を傾けながらも窓の外を見つめていたんです。その時、Aが「あっ」と声をあげました。何かを思い出したかのような、気になるものを見つけた時のような声です。友人たちは「何か動物でも見つけたか」と聞いていましたが、Aはすぐに「なんでもない」と誤魔化していました。……ですが、僕にはわかっていました。Aはあの失踪事件があった家を見つめていたのです。僕も、その家を見ていましたから。……二階にある一室から、誰かがこちらを見ているような、そんな気がしました。
あれから二年たち、今にいたります。あれからというもの、大学入学前の手続きやら、一人暮らしの準備やら、大学生活やらで忙しくしていまして、すっかり「ムラサキノカガミ」の話を忘れていたんです。高校時代の友人とは住む場所も通う大学も変わってしまったせいで、連絡を取ろうとしても都合の合わないことがしばしば。一か月に一度会えればマシな方、というのが続きました。……しかし、Aとはそれすら叶わなくなってしまいました。
Aは4月生まれで、その日は20歳の誕生日でした。そのため、メッセージアプリで「誕生日おめでとう。これで一足先に酒が飲めるな」とメッセージを送ったのです。送った時間は午前九時ごろで、講義で忙しくしているのならすぐに返事は来ないだろうと思っていました。しかし、一日経っても二日経っても既読にすらなりません。他の友人に聞いてみても、どうやら同じような状況だそうです。何か病気にでもなったのかと、Aの両親を尋ねましたが、「Aからの連絡はない」とのことでした。……Aの捜索届が出されてから、今日で3か月経ちました。明日は僕の誕生日なのですが、今朝、郵便受けにこんなものが入っていたんです。……曇った鏡と、「ムラサキノカガミ」と書かれた手紙。……僕は今日中にこれらを忘れることができるんでしょうか。……もし、忘れられなければ、僕はどうなってしまうんでしょうか。
読んで頂きありがとうございました。宜しければ評価・感想のほどよろしくお願いいたします。
「ムラサキノカガミ」の対処法は、水野温斗を覚えておくことだそうです。
どうかお忘れなきよう。




