7. 主力艦会議2(フランス艦ダンケルク、トルコ艦ヤウズ、?艦登場)
現代の人間の科学では測れない神話の力
しかしそれを使う彼女たちでさえも
自らが何を成せるのかは
自らの深淵を覗かなければわからない...
会議は小休止に入った。榛名がわたしにお茶を差し出してくれる。榛名は会議中は霧島と一緒に議事録を作っていた。二人が一つのパソコンの両側から流れるようにキーを打ち込んでいたのには驚いた。ただの姉妹艦というだけでなく竣工日が同じである双子艦だからこそのコンビネーションである。竣工日が同日という背景にはある悲劇的な事件が関わっているのでここではみな口に出さない。
榛名がわたしに
「イタリア艦の方々に対してはお見事でした」
とわたしがイタリア艦の飲酒をやめさせたことを褒める。
榛名
一方で霧島は会議室を見渡して
霧島
「これ以上何も起こらなければいいけど...みんな個性が強いからね。気を付けるのよ提督」
と軽くわたしを脅すようなことを言う。
榛名はもう霧島ったらとたしなめながら二人で自分たちの席に戻る。
会議が再開した。金剛が口を開く。
金剛
「しかし生まれ変わってみると人の世も世界もおかしくなっとるようじゃな。何か関係があるのじゃろうか」
バーラムも発言する。
「世界がおかしくなったから人間たちもおかしくなったのか。その逆か。どちらかしらね」
金剛がそれに応じて言う。
「そのためにわしらが生まれ変わったというのかな。ただ人の世がおかしくなった影響が世界に及んでいるのであれば.....うーむ.....我らによる人間の国家への介入も考える必要があるかも知れぬ」
わたしはびっくりした。わたしはこの艦隊による人間の世界への介入はより一層の混乱をもたらすと考えて反対していた。これまでわたしの身近にいた金剛はわかってくれていると思っていたのだが。
するとわたしの驚いた顔を見て金剛がなだめるように言う
「安心するが良い、提督。わしはそんな事をしようとは考えておらん。じゃが会議ではあらゆる状況を想定して検討する必要があるのじゃ。その点では朝鮮征...いや征韓論での閣議の発言が独り歩きして誤解された西郷南洲翁は気の毒じゃった」
征韓論での西郷隆盛の有名なセリフ「自分が朝鮮に使節として行って殺されたらその時は出兵すればよい」は彼の本心では無く外交交渉に反対する主戦論者を黙らせるための腹芸だったとする説があったのを思い出した。金剛は自分がまだ巡洋戦艦だった時代に薩摩閥出身の士官が同僚にそう語っているのを聞いたという。しかし、たとえ本心では無くてもそういう発言に刺激される人間は出てくるわけで、この艦隊でも...
「わたしは準備が整い次第この艦隊が人間世界に介入するべきだと考えています」
そう明確に言い切った言葉にわたしは再び驚いてその主を見る。それはフランス艦のダンケルクだった。ブラウン色のロングウェーブ髪の美女だが発言の過激さとは裏腹にどことなく哀しげな眼をしている。
ダンケルク
比叡があわてたように言う。
比叡
「ダンケルク! 金剛ねえさまはそういうおつもりで言ったのではないわ! 誤解しないで!!」
静かに答えるダンケルク。
「わかっております。グラン・スール比叡。グラン・スール金剛がそのようなお考えを持っておられない事は」
ダンケルクは1937年に竣工した。軍縮条約で定められた要目の枠内で建造された条約型戦艦というヤツだ。1910年代に建造された金剛やウォ―スパイトたち超ド級戦艦よりも世代が新しいので、ダンケルクは彼女たちをグラン・スールGrande soeur...フランス語でお姉さまと呼ぶ。
「ですが、戦争を恐れていてはより大きな悲劇を招くことがあります。わたしが軍務についた年、我が祖国の人々は戦争を恐れていました。そして国内の政治も労働運動で混乱の極みにありました。我が美しき国土をフランドルの戦場のように毒ガスで汚すまい、また、ロシアの赤軍と白衛軍のように国民同士が相討つ内戦の舞台にさせまい、そうした意志がナチス・ドイツへの宥和政策を産み出し二度目の大戦を起こしてしまったのです」
イギリス・フランスのヒトラーに対する宥和政策は21世紀の現在どころか当時から見ても最大の失策だ。ウォースパイトたちイギリス艦も真剣な表情をして聞いている。
バーラムが小声で呟く。
「戦争が始まったあの39年! ポーランドに9月に攻め込む前からバルト海では既にフンどもの艦隊が猛訓練をしていたというのにこちらはジョージ6世陛下のカナダ訪問の準備でお祭り気分!! ハ ! 後から見ればとんだお笑い種だわ!!」
バーラム
イギリス艦はドイツのことをたまにフンHunと呼ぶ。西ローマ帝国に進入した騎馬民族フン族が語源だが、そこから転じて第一次第二次世界大戦中のイギリスではドイツ兵への蔑称として使われたらしい。つまりはドイツ兵はヨーロッパを荒らしまわったフン族と同じで文明の破壊者というわけだ。使わないようにしたほうが良いとは思うのだがなおすのは難しいようだ。
The Life and Death of Colonel Blimp (1943),1:19:25
ダンケルクは話を続ける。
「かくしてナチス・ドイツは我が国に侵攻し、北部は占領され南部は傀儡政権となりました。わたし個人に限るとつい昨日まで轡を並べた戦友にメルセルケビールで鏖殺された口惜しさは申し上げるまでも無いでしょう。ですがツーロンの港にスクラップ寸前の身体を横たえている時、祖国の解放と第四共和政の誕生を聞いて思ったものです。あの時、わたしたちのド・ゴール将軍のような強力な指導者がナチス・ドイツに対して軍事力の行使も含めた断固たる態度をとっていれば、大勢の仲間たちが港で自沈するような事態は防ぐことができたかも知れない…と」
もし歴史の一齣として見ることが許されるならば、アジア太平洋戦争における日本海軍の崩壊が壮大な叙事詩であるのと同じように、第二次世界大戦におけるフランス海軍の歴史もワーテルローの皇帝近衛隊に匹敵する悲劇かもしれない。
フランス海軍の艦艇は当初は連合軍の一員としてイギリス海軍とともにドイツと戦ったのであるが、フランスがドイツに降伏した時、戦艦17隻を擁するその海軍力がドイツに利用されることを恐れたイギリス海軍がメルセルケビールの港に集結していた彼女たちを急襲したのだった。
ドイツがフランス全土を占領しようとしているために政治的空白が生じ、艦隊の指揮系統すら混乱していたフランス海軍は戦闘を行える状態でなかった。そのため、戦いは一方的なものとなり、フランス海軍は昨日までの友軍だったイギリス艦隊に降伏することを拒否して自らの誇りを守るために艦艇を次々と自沈させて行ったのだ。
メルセルケビールの話が出るとイギリス艦たちは神妙な表情になった。この戦いの当事者の一人であるヴァリアントもさすがに茶々を入れない。ダンケルクにジロリと視線を向けられて頭をかいてごまかしている。
悲劇はそれだけでは終わらなかった。残されたフランス海軍艦艇はド・ゴール率いる自由フランスとドイツの傀儡であるペタン率いるヴィシー政府に二分されてかっての同胞が敵味方に別れた。
そしてわたしの目の前にいるダンケルクはメルセルケビールの港から引き揚げられてヴィシー政府の所属になった。だが、戦争末期にヴィシー政府統治下の南フランスをドイツが直接支配しようと試みて侵攻、ツーロンの港に停泊していたダンケルクはドイツに降伏することを拒んで再び自沈した。
そして港に横たわったままツーロンで行われたドイツ軍とアメリカ軍の死闘を目撃して、フランスの解放と第四共和政の誕生を見届けた後に解体された。その時はすでに1958年。終戦から13年の歳月が流れ、フランスも、わたしの祖国日本も、そして世界も新しい時代に入っていた…
1940年。メルセルケビールの海戦後のダンケルク(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/71/Mers_el_kebir_dunkerque_3_VII_1940_ON024.jpg)
そしてダンケルクは話を続ける。
「今の世界は既存の秩序が揺らぎ、指導者が力を失っているということではわたしが生まれた戦争の直前の時代と共通しているように思います。わたしたちの介入がより一層の混乱を生むと心配なされるアミラルのお気持ちもわかりますが、強い力を持った指導者が軍事力を行使しなければより大きな悲劇がもたらされるかもしれません。世界大戦という悲劇を起こさないために我が艦隊による介入が必要だとわたしは考えます」
強力な指導者による軍事力の行使...その是非には議論があるだろう。しかし議論のための議論なら彼女が自分の壮絶な経験から導き出した結論の前には何の意味があるのか。わたしがそう考えていると別の発言が飛び出した。さきほどまで酔っぱらっていたドゥイリオだ。
カイオ・ドゥイリオ
「あたしもォ...二度の世界大戦を経験したけどォ...せっかく人間に生まれ変わったからァ...この島で家族や友達と仲良く楽しく暮らせればそれでいいかなァって思うのよねェ...」
ダンケルクはやや冷ややかに聞こえる声で言った。
「ですからそのような生活を守るためにも軍事力の行使が必要な場合もあるのです。それが今だとわたしは考えます。ご理解頂けるでしょうか。グランスール・ドゥイリオ」
するとドゥイリオは
「これはァ...あたしだけがそう思ってるだけじゃないのよォ...駆逐艦の娘だってそう思ってる娘は多いんだからァ...あたしのところのイタリア艦だけじゃなくて、あなたのところのフランス艦だってそうよォ...戦争ではさんざん働かされたから生まれ変わった今はのんびりしたいんだってェ」
自分の身内の事を言われてダンケルクはカチンと来たようだ。
「どうしてイタリア艦のあなたにわたしたちフランス艦のことがわかるのですか? いい加減なことを言わないで下さい。グランスール・ドゥイリオ」
するとドゥイリオは
「あらァ...あたしはウソなんかついていないわよォ...まろやかなトスカーナワインを飲むと口も軽やかになるのよねェ...あたしィ...あんたのところの駆逐艦の何人かと飲み友達なんだからァ...あたしの秘蔵のワインをごちそうすると美味しそうに飲んでくれるわよォ...あんたもいっつもテーブルワインなのもいいけどさァ...たまには高いお酒飲ませてあげなさいヨォ」
この飲んだくれ女は自分が酔っぱらうだけじゃなくて下の艦種の娘と飲みニケーションもやっていたのか。わたしはちょっとどころかかなりドゥイリオを見直した。
しかしダンケルクは「いつも安物のテーブルワインばかり」と言われたのでブライドを傷つけられて感情的になってしまったようだ。自分の縄張りを荒らされたという意識もある。
「...!! あ...あなたたちイタリア人はいつも享楽に流されて!! 今度の戦争でもわたしの祖国フランスのマカロン大統領が欧州統一軍を結成しようとしているのにあなたたちのところのあの女...! メロン大統領が邪魔ばかりして...!!」
安物のテーブルワインには反論できなかったのか、急に矛先を相手の祖国イタリアに向けた。そして自分の祖国を悪く言われたと感じたイタリア艦がみなダンケルクを睨みつける。中でもチェザーレは血相を変えて立ち上がった。
ほう...第二次大戦まで地中海の制海権を争って建艦競争を行っていた両国の歴史がこんなところにも...と考えかけたところ、ウォースパイトがわたしに目配せをしてきた。この争いを止めろということか。
わたしはかなり大きな咳払いをした。
「ゴホン! 確かお互いの祖国を悪く言うのは淑女協定では禁止だったねウォ―スパイト」
ウォ―スパイトがそれに答える。
「然り…ですわ。マイアドミラル」
ウォ―スパイト
イタリア艦とフランス艦が一瞬気を呑まれた隙に金剛が発言する。
「うむ...確かにこの問題は駆逐艦どもの考えも知らねばならぬの。いざ戦争となれば雑よ...ではない、広範な任務を担当するのはあやつらじゃからの。それにはちと時間がかかりそうじゃ」
フランス艦もイタリア艦も黙って自分の席に座り直す。どうにか大喧嘩になる前に回避できたようだ。わたしもアドミラル業が板についてきたかな? もっともこれはわたしのアクションに対してそれにふさわしいリアクションをみんなが返してくれるからであるが。
すると挙手して発言を求める艦があった。金髪ロングの美女でウォ―スパイトたちイギリス艦の西洋服とも金剛たちの和装とも違い、中近東風のコスチュームを身にまとっている。あれは...確かトルコ艦のヤウズ・スルタン・セリムだったか...
ヤウズ
「ダンケルク、ドゥイリオ。貴艦たちの経験に基づく意見は傾聴すべきものだ。だが武力による介入も非介入もそれによって国を守るためには彼我の力量や国際情勢を現実に基づいて判断した上での狡猾ともいえる外交テクニックが必要になるのだ。それをわたしの経験から話そう...」
ヤウズはわたしに向いて少し長くなるかもしれないがご容赦願いたいとことわった。三つの国に仕えた彼女の複雑な艦歴はわたしも承知している。わたしは彼女に向かってうなずいた。
ヤウズは話し始める
「わたしの元の名前はSMSゲーベン。もはやその名で呼ぶものも少なくなったが、最初の世界大戦の直前にドイツで作られた巡洋戦艦だ。竣工の後はドイツの地中海艦隊に配属されたが、大戦が始まってからはイギリス海軍の攻撃を避けてイスタンブルへ。そこでヤウズ・スルタン・セリムと名前を変えてオスマン帝国海軍の一員となった。大戦中は黒海で活動したがそこであの革命が起こる」
当時、オスマン帝国は15-16世紀は地中海の一大海軍国だったが、この時代は列強の海軍の技術革新についていけなくなっていた。その弱体化はバルカン戦争でギリシャ海軍に敗北するほどだった。そのためドイツの最新式巡洋艦ゲーベンを迎えたことは海軍力を飛躍的に強化するものであり、彼女の存在によって第一次世界大戦参戦を決断したという。まさしく一国の運命を変えた艦といえる。
ウォースパイトがヤウズに話しかける。
「ヤウズ、あの大戦でロシアの黒海艦隊がダーダネルス海峡を通過して地中海に出ることができなかったのはあなたが黒海で奮戦したおかげよ。あなたがいなかったらガリポリの悲劇は起こらなかったかも知れないわね」
1915年、イギリスとフランスを中心とした連合軍はオスマン帝国の首都イスタンブル占領を目指してダーダネルス海峡のガリポリ半島に上陸する。しかし、斜陽のオスマン帝国を甘く見ていたこともあってオスマン帝国陸軍が高地に築いた陣地を突破できずに多くの損害を出して撤退した。特にイギリス連邦の一員としてこの戦いに加わっていたオーストラリア軍を始めとして多くの戦死者、戦病死者がでたのでこの戦いは悲劇と呼ばれる。
ただ、この戦いでロシアの黒海艦隊がボスポラス海峡からマルマラ海に進入したら東西から首都を挟み撃ちにされてオスマン帝国は降伏していたかもしれない。だがヤウズの存在がロシアの黒海艦隊を阻止したのだ。
わたしがその事を言うと、ヤウズは恥ずかしそうな顔になって、それは少し褒めすぎというものだ。わたし一艦でロシア艦隊を阻止できたのではないのだからと断って話を続ける。
ヤウズ
「さて、わたしはテュルキエ共和国の戦艦となったのだが、重要なのはここからだ。革命の指導者、貴艦たちのいう『ゲリボル』半島の戦い...わたしたちにとってはチャナッカレの戦いの英雄でもあるケマル・アタテュルクの偉大さについては今さら詳しく説明することもあるまい。わたしが話すのはイスメト・イノニュをはじめとするアタトゥルクの後継者の物語だ」
ヤウズはさりげなくウォ―スパイトの「ガリポリ」をトルコ語読みの「ゲリボル」に訂正する。うーん、こだわるなあ。
「我らがガジ、ムスタファ・ケマル・アタテュルクは1938年に亡くなるのだが、死の床まで共和国の行く末を案じていた。聡明なアタテュルクはヴェルサイユ条約による国際協調体制が脆弱なことを見抜いており、次の世界大戦が起こった時には建国間もない我が共和国はその舵取りを誤れば破局に陥る、その時は近い…と側近に言い遺して旅立っていった」
「もちろんわたしは戦艦だったからその場にいない。だがアンカラでの国葬を行う時、わたしはアタテュルクの遺体をイスタンブルからイズミットまで運ぶ栄誉を与えられた。その間、ずっと物言わぬアタテュルクと会話していたので彼の心がわかったのだ」
そしてヤウズは目をつぶって下を向き
「アタテュルクはいつかわたしに乗って長い旅をしたいと言っていたそうだ。だが共和国の情勢はそのような落ち着いた時間を生前の彼に与えるはずもなく…夢がかなったのはその死後になってしまった」
心なしか声が潤んでいるように聞こえる。
だがヤウズは両目を開けて顔を上げ
「しかし、アタテュルクの棺を運ぶわたしをテュルキエ海軍の他に各国から派遣された弔問艦が護衛してくれたのでとても晴れやかなジャンナ…楽園への旅立ちになったはずだ」
そしてマレーヤの方に顔を向けて
「マレーヤ、貴艦は弔問艦としてビュユカダの沖までわたしに付き添ってくれた。その前の革命の時には我らがパーディシャーを安全なところまで送り届けてもらった。連合国の我々に対する仕打ちは別として貴艦にはとても感謝しているんだ」
マレーヤは何のとばかりに片手を振り
「テュルキエという国に名誉ある任務で二回も関わることができたのはわたしの艦歴の中でとても幸運だったと思っているんだ」
確かマレーヤはトルコ革命の時にオスマン帝国最後の皇帝メフメト6世をマルタまで送り届けたのだったか。彼はそれからイタリアに行きそこで生涯を終える。オスマン帝国皇帝は英語圏ではスルタンと呼称される場合もあるが、スルタンーカリフ制でカリフも兼任しているので、スルタンという呼び方は一方のみを押さえていると言えるのかも知れない。ヤウズがペルシア語で大王を意味するパーディシャーと呼んだのはそこにこだわったのだろう。
第一次大戦後にトルコ革命が起きたのもイギリスをはじめとする連合国がセーヴル条約で敗戦のオスマン帝国を分割支配しようとしたからであるが、ヤウズはイギリスの政治は政治、友は友と考えているようだ。
そしてマレーヤはその16年後、ケマル・アタトゥルクの葬儀の弔問艦として再びイスタンブルにその姿を見せる。この時はイギリス、ルーマニア、ドイツ、ソ連、ギリシャ、フランスの艦艇が派遣されている。葬儀が執り行われた1938年11月19日は第二次世界大戦が始まる1年前。トルコの歴史家の言葉を借りるなら「10か月後にお互いに爆撃し合う国々の艦が航を共にして偉大なるアタテュルクの棺に従った」ということになる。(https://www.milliyet.com.tr/gundem/onun-icin-yan-yana-geldiler-2342405)
そしてマレーヤが歴史の目撃者として二度も重要な出来事に立ち会っているとは...クイーンエリザベスクラスといえば日本ではクイーンエリザベスやウォ―スパイトが知られているのだが、マレーヤもまたユニークな歴史を持つ戦艦だと感じる。それと同時に戦艦が戦争ばかりでは無く平時も国家間の外交に大きな役割を果たしていたことを知らされる。
マレーヤ
しかしなかなか本題のはずのイスメト・イノニュによる第二次世界大戦中のトルコの積極的中立政策にたどりつかない。わたしはヤウズが1976年に解体されたのでその艦歴は60年になることを思い出した。老人...では無い、歴史を有する艦の話は長いのだ。
ふと周りを見てみる。金剛やウォ―スパイトたちはヤウズの話を傾聴している。しかし、ドゥイリオは先ほどスーツケースの中にしまったワイングラスとワインボトルを取り出そうとしてドーリアに手を叩かれている。ヴァリアントは花を摘みに行くと言って出て行った。生まれ変わった彼女たちに人間と同じ生理現象があるのかどうかわたしはまだ知らない。恐らく別室でくつろぎながら彼女の好きなココアでも飲んでいるのだろう。
ヤウズは我々の雰囲気を見てそろそろ話を戻したほうがいいな...という顔をして話を再開する
「イスメト・イノニュはオスマン帝国以来のアタテュルクの同志であり、共和国建国後も大統領だったアタテュルクの下で首相として彼を支えた。実はわたしも彼を直接知っているのだが、アタテュルクほどのカリスマ性を持っていないと見なされていた。その彼が第二次世界大戦中に強力な指導力を発揮して「偉大なる外交のタイトロープ」と言われた政治的成功を収めたのだ」
イスメト・イノニュ(İsmet İnön, 1884-1973)
ようやく本題に入りそうだ。ふと周囲を見るとさっきまでどこかに行っていたヴァリアントがいつの間にか戻ってきて自分の席に座ってヤウズの話を聞いている。なかなか要領がいいな。わたしと目が合うといたずらっぽく笑った。
ヤウズは話を続ける。うーん...だんだん会議の発言というより講演みたいになってきたなあ
「さて、わたしは先ほど狡猾な外交テクニックと言った。成功した中立政策はしばしばそのように呼ばれる。イノニュ大統領も枢軸国の勢いが強い時にはドイツと友好条約を結び、連合軍の勝利が決定的になった時点でドイツに宣戦布告した。まさに勝ち馬に乗る狡猾さと言っても...」
するとヤウズ先生の話の途中でも口を挟むヴァリアント。
「あたしは戦後まで生きてたから知ってるけどトルコって上手くやったねーって感じだったねー。あたしの後に解体されたキングジョージに聞いたけどちゃっかりNATOにも加盟したんだってー?」
ヴァリアントが解体されたのは1950年、トルコがNATOに加盟したのは1952年、戦艦キング・ジョージ5世 が解体されたのは1957年だ。確かヤウズはNATOに所属したはずだ。船体番号B70番。
チェザーレも発言する。小休止の間に会議室の隣にある別室で着替えてきたらしい。鎧を脱いでゆったりした寛衣を身に付けている。片手で頬杖をつき足を組んで話かける。ドゥイリオを叱った時はそれなりに堅苦しいのかと思ったら実は飾らない性格らしい。寛衣がスタイルのよいプロポーションを強調しているのがまぶしい。今度、彼女の艦に遊びに行ってみようかなあ...
ジュリオ・チェザーレ
「実は我らがドーチェも当初はイギリスとドイツの二大国を二股にかけようとした。わたしたちの言葉でいうとfare il doppio gioco、ダブルゲームを楽しむというやつだ。だが、危険な匂いのする伊達男を情熱だけで選んだ代償は歴史が示す通りだ。それがわたしたちイタリア人だ。それに比べるとトルコはよく判断を誤らなかったものだ」
ドーリアも口を挟む。
「戦後になって海軍の士官たちは準備ができていないのに早まって開戦したのが悪いとドーチェに全てを押し付けたわ。でもね、わたしたち海軍だって責任は大きいわ。あの時、ドーチェがアルバニアとエチオピアを押さえて地中海からインド洋に進出しようとしたせいであの地域を押さえるイギリスの利害とぶつかるのは目に見えていた。『イタリアは初めて外洋への出口を獲得した。そして航路の維持という新たな責任が海軍に課される』わたしたちのアドミラル・サンソネッティが1938年の『ブラッセー』に発表した論文の一節よ。なのに仮想敵国は昔通りのフランス海軍にしたままでイギリスと戦うことを本気で考えてはいなかった。あなたがさっき言ったような現実の国際情勢に基づいた戦略を立案できていなかったの」
アンドレア・ドーリア
ヤウズ先生がそれに応える。自分の話を中断されても機嫌を壊さないところはさすがトルコの名艦、凡百の先生とは違うところだ。
「うん、第二次世界大戦時の我がテュルキエの国家戦略は地政学的な位置にも関連している。東西の交通の要衝にある小国としては取るべき外交は限られているんだ。こちらに生まれ変わってからデリンゲルという現代の歴史学者の著書を読んだことがあるが、あの時代の我が国の置かれた立場を的確にまとめている」
ヤウズが指を鳴らすと会議室の空中にスクリーンが映し出される。英文の学術書のようだ。Selim Deringil, Turkish Foreign Policy during the Second World Warという表題がある。ヤウズはその中の一ページの内容を読み上げる。
「地政学における特殊な位置によってテュルキエは国際政治上で大きな発言力と強力な同盟国を得る。しかし周囲から貪欲な視線を向けられて大勢力の干渉を受ける。それゆえに外交は永遠の友好国も敵国もない。外交は理想や感情よりも現実を優先しなくてはならぬ。軍備は整えなければならないがそれは祖国防衛のみの手段である。そして現実的な外交とは粘り強い交渉であり、小国が生き延びるための重要な手段である…」
ヤウズは文献の内容を読み上げると指を鳴らしてスクリーンを消した。わたしは今、文献の書誌情報をメモしていたのに…途中で板書を消す予備校講師やパワーポイントの画面を変える発表者を思い出した。
ヤウズはそんなわたしには気付かない。彼女の話はいよいよ佳境に入ろうとしている。
「粘り強い交渉。あの時のイノニュ大統領の行ったことはこれだ。イノニュ大統領は当初はイギリス、フランス、ソ連と組んでドイツのバルカン半島南下を阻止しようとした。しかし独ソ不可侵条約とフランスの降伏でその計画は頓挫してドイツと友好条約を結ぶところまで追い詰められた。しかしドイツやイギリス双方から圧力を受けても粘り強い交渉であの大戦には終戦の年まで介入することは無かった」
ヤウズはさらに続ける。
「先ほどあげたデリンゲルは我が祖国の中立外交は当時も今もインモラルと批判されるがそれは政治的・軍事的弱体化を考えれば他に取りようのない現実的な選択だったと述べている。それは同時代人であるわたしも納得できるところだ。何せ戦争の影響で国内は食糧不足、国民を飢えが襲っていた。海軍に限ってもわたしを修理できる設備が無くてドイツから浮きドックを購入したのだから」
同時代人…? キミは当時戦艦じゃなかったのかい? 生まれ変わった彼女たちは艦と人、生物と無生物の境界が曖昧になっているようだ。
ヤウズの話は続く。
「わたしはこの艦隊があの時の我が故国テュルキエと重なって見える。まだ生まれたばかりの国。そして軍事的弱体化というのは神話の力を使える我々には当てはまらないかもしれない。しかし技術開発の裾野の広がりは人間の国家のマンパワーに比べると遥かに狭い。そしてエネルギーや軍需品、最低限の生活物資は魔法で自給できる。人間世界の情報はデジタルデータで取り寄せることができる。それでも文化や技術の多様性と発展は人間の世界が上だ。軍事介入を行って人間の国家と衝突するのは、長期的な技術競争や外交的な孤立を考えると明らかに不利だ」
するとマレーヤが大きくうなずく。そして指をパチンと鳴らすとまた空中にスクリーンが現れた。映し出されているのはお馴染みの『ジェーン年鑑』だ。
「あの総力戦を経験した貴艦たちならわかると思うが、我々ウォーシップスだけでは戦闘はできても戦争はできない。ここに映し出した『ジェーン』の兵器産業の広告を見てもわかるようにこれだけの民間企業が我々の戦いをサポートしてくれたのだ。企業の多くの技術者たちがわたしたちの艦に乗り込んで実用化されたエンジンやレーダーに不具合は無いか調査していったものだ。」
マレーヤは聞いているかアドミラルという顔をしてわたしを見る。彼女らにとっては自明の『ジェーン』をわざわざ映し出したのはどうやらわたしに見せるためだったらしい。
なお、マレーヤがスクリーンに出している『ジェーン』は紙の原本である。彼女は電子データではなくモノにこだわる。第二次世界大戦当時の戦艦ウォ―スパイトや戦艦ヴァリアントが指揮機能を強化した新型艦橋に改修されているのに比べ、戦艦マレーヤはそれ以前の旧型の艦橋のままだった史実が影響しているらしい。マレーヤはそれを言い訳するかのように、電子アーカイブだと本文に関係の無い広告ページは省かれている場合が多いのだ、便利になったのか、なっていないのかと苦笑する。
そしてマレーヤは話を続ける。
「ここ約束の地・ハイブラシルに設けた我らが根拠地では断片的な情報からでも現在の兵器でも生産できる。魔法を使った創造を行えば人間の世界が製造に要するプロセスを圧縮できるからな。そればかりでは無くて妖星破壊ミサイルのような超自然の力を持つ兵器の製造もできるかもしれない。しかし、我々の力の発動は星回りに制約されるので効率的な量産体制を築くのには問題が多い。例えば基地レベルの大規模な創造を行おうとすれば惑星プラネット・ナインを含んだグランド・トラインが出現する時に魔法を発動しなければならない。局地的な戦闘で人間の軍隊を圧倒できても数年以上のスパンでは不利なんだ」
そしてマレーヤはこれは忘れてはならない大事なことだがと前置きして
「先の大戦では政治家・研究者・民間企業が一体となって新兵器開発を含めた枢軸国との戦いをバックアップしてくれた。例えばドイツのUボートについては一度目の大戦が終わった直後から議会で官軍学の構成員からなる委員会が議会で組織され対策が進められた。そしてグレートブリテンとステイツが原子力を共同開発したように国家間の協力関係にも及んでいる。それが総力戦というものだ。しかし今のここではそれが得られない」
ヤウズは我が意を得たりという顔をする。
「わたしの現役時代では我が祖国テュルキエは西側とは違ってめぼしい兵器産業が無かったので、今、マレーヤが言ったことは身に染みているんだ。今は国際的にも通用する企業が成長していると聞いて驚いているが...幸い我々は人間の科学では測れない神話の力を持っている。もし人間の国家と交渉する事態になったならば異界とのルートのコントロールや魔法を現実の兵器に反映させるノウハウを背景に平和裏に交渉を行うのが現実的だと思う。艦隊が超自然の存在として認識される以上、人間の国家との信頼構築には時間がかかるだろうが、相互利益を提示すれば外交的な孤立は避けられるはずだ」
イタリア艦の席からはカブールが万年筆をもてあそびながら発言した。
「自明の事なのでみんな言うのを忘れていると思うけど、今のわたしたちには核攻撃を防ぐバリアが標準装備されているわ。わたしたちは魔女...ファタ・モルガーナの力はわたしたちを蜃気楼のような幻と化し、核の炎はわたしたちを傷つけることなく陽炎のように溶けていくわ。とはいっても昔の魔女が魔女狩りにあったように大国がこの能力を脅威と見なして敵対するリスクもあるのだけどね。それでも現在の国家間交渉においては十分なヴァンタッジオ...優位性になるはずよ」
カブール
彼女は英語のアドヴァンテージに当たる言葉をイタリア語でヴァンタッジオvantàggioと言った。そしてアーサー王伝説の魔女モルガン・ル・フェイの伝説はイタリアにもファタ・モルガーナとして伝わっていて蜃気楼の代名詞にもなっているのだっけ。そこから来ているのかイタリア艦はこの島をしばしばファタ・モルガーナの城と呼ぶ。確かにこの島は現実と幻の狭間で揺らめく蜃気楼の城塞のようだ。
するとダンケルクが反論する。
「グランスールの皆さま、あなた方は世界の秩序が壊れつつあるときにそれを放置して自分たちのみの安泰を計れというのですか」
ヤウズはダンケルクの目を見て答える。
「そうでは無い、ダンケルク。我が故国の中立政策は自国の利益に基づくだけのものでは無かった。それは我が故国の領土であったボスポラス海峡・マルマラ海・ダーダネルス海峡の自由通航を守るためのモントルー条約の精神に基づくものだ。テュルキエがむやみに戦争に介入すればアジアとヨーロッパを結ぶ海峡にもその影響は及び商船の通航はできなくなり世界の物流は疎外されるだろう。それと同じだ。我々がこの異界でカオスの人間世界への浸透を止めていることはそれだけで人間世界にも貢献しているのだ。そしてそれが我々の力の限界だと思う」
すると金剛が発言する。
「確かに現在のわしらの戦力ではカオス...混沌が実体化したシーサーペントやクラーケンの跳梁を押さえて奴らが人間の世界に入り込まないようにするだけで精一杯じゃなあ。もし超自然の存在である奴らが人間の海で暴れたら食料の輸送が止まり、飢えと恐怖が人間たちを襲うじゃろう。しかも奴らは人間の負の感情を煽る魔力を持つ。現在ではSNSでいがみ合っている連中がサイバースペースとやらの中でだけではすまずに現実でも傷つけあうじゃろうな」
ウォ―スパイトがさらに金剛の発言を補足する。
「会議のはじめで説明した通り、現在はわたくしたちが異界から人間の世界への航路を押さえているから、金剛シスターの話したカタストロフは辛うじて回避できているわね。でもそれは本当に辛うじて。現在は哨戒や演習を行って制海権の維持と拡大に努めているわ。でも異界の広さに比べたらこのフリートの艦艇数はごくわずかよ。シーパワーの均衡がすこしでも崩れたらカオスが人間の世界に入り込む。人間の社会が混乱している時にそんなことになったらどうなるか...」
そして金剛とウォ―スパイトがそれぞれ空中にスクリーンを作り出し、その中に現在の艦隊の活動する海域とそこで活動する艦艇数を映す。なるほど、異界の広大さと比べるとこの艦隊が制海権を握っている海域は点と線である。これを維持したまま人間世界の紛争に介入する二正面作戦は現在の艦艇数からはとても無理な事は軍事の素人であるわたしにもわかる。旧日本海軍の兵站を担当した大井篤の著書『海上護衛戦』がわたしの脳裏に浮かんだ。西太平洋での前線と東南アジアから日本本土への資源を運ぶ航路の双方を維持しようとして結局は艦艇数が足りずに戦線は崩壊した。人間の世界への武力介入に艦艇を割いたら旧日本海軍の轍を踏んでしまうだろう。
ウォースパイトはさらに話を続ける。
「しかも、この多国籍フリートは艦艇数が少ないだけでなく、国籍が異なるがゆえに連携にも課題があるわ。過去のインペリアリズムの時代にお互いを仮想敵国として軍拡競争を行っていた歴史は今のわたくしたちにも影を落としているのよ。今のフリートに人間世界の戦争に介入している余裕は無いの。ダンケルク、あなたも主力艦ならそれはわかっているはずよ」
ウォ―スパイトの言葉にダンケルクとイタリア艦はバツが悪そうな顔をしてお互いを見る。先ほどもふれたが、フランスとイタリアは長らく地中海の制海権を争ったライバルだった。
ドーリアがダンケルクを見つめて言う。
「今、ここにいるわたしたちイタリア艦4人が大規模な近代化改修を受けたのもダンケルク、あなたに対抗するためなの。さっきもそうだったけど過去に縛られていると思うと自分でも嫌になる時がある。でも感情的なしこりが残っていると現在の海軍では当たり前になっているデータリンクにも影響するわ。それを消すには共同演習を積み重ねるしかない。ただそれには時間がかかる...」
そしてドーリアはダンケルクに微笑みながら言った。
「時間がかかるけどきっとできるわ。わたしとドゥイリオは戦後まで生き残って最後は旗艦を務めたわ。そして我が故国がNATOに加盟してロングステップやグランドスラムの演習でアメリカ、イギリス、フランスの海軍と共同作戦を行った時は本当に時代が変わったと思ったのよ」
アンドレア・ドーリア
なおも不満そうな顔をしているダンケルクに畳みかけるように話すヤウズ。
「ダンケルク、我々海軍は戦わなくても平和に貢献できるのだ。わたしは第一次世界大戦の後は一度も実戦を経験していない。だがわたしの存在がソ連艦隊のボスポラス海峡南下を押さえた。またイノニュ大統領がまだ首相だった頃、トルコとブルガリアが友好条約を結んだ時、トルコに帰国する彼を乗艦させるためにブルガリアのヴァルナまで迎えに行ったことがある」
1933年。左側の記事がヤウズ艦上のイスメト・イノニュ(https://www.ismetinonu.org.tr/inonunun-1933-bulgaristan-seyahati-uzerinden-turk-bulgar-iliskileri-ve-turkiyenin-balkan-politikasi/)
ヤウズはこれは自慢になるがと前置きして
「ヴァルナの人々はわたしを歓迎してくれたよ。たくさんの人がわたしを見るために集まってくれたんだ。ヴァルナに到着した時にわたしの放った21発の祝砲は戦艦や巡洋艦を持っていなかったブルガリアに『あなた方には強い友人がいます。バルカン半島ではあなた方は孤独ではありません』というメッセージだったのだ。それと同じ事が今の我々にもできるのではないか? たとえば、海軍力に乏しいアフリカや島嶼国の小国と友好関係を築き、彼らの国を寄港地として利用する代わりに、もしカオスが出現して定期航路が妨害された場合に我々が出動してあいつらを排除するというものはどうだ?。もちろん世界全体の秩序を直接維持するのは難しいが、まず小さな島嶼国から信頼を得て、彼らの航路を守る実績を積み上げれば、国連という場を通じて大国との関係も徐々に築けるはずだ」
それを聞いて金剛が呟いた。
「となると万国公法のおさらいもしなければならぬの。わしたちの時代の国際連盟は加入国が63カ国、今の国際連合は193カ国だったか。国際政治も複雑になっておるからついていくのが大変じゃわい」
なるほど。もしこの艦隊が人間の世界と交渉を持つことになったら、海軍力の乏しい国の後ろ盾になることで人間世界と関わるのも一つの手段かも知れない。この艦隊の持つ神話の力を使って小国の地域安定に協力する。もちろんそれは相手の考えがあってのことであり、国連を通じた信頼関係の構築やNATOやANZUSのような集団安全保障体制との関係も考えなければならないので実現するかどうかはわからない。しかし、国際問題を解決しようとして戦争に介入するよりはずっと現実的だ。少なくとも将来の目標にしても悪くはない...
わたしは自分が賛成するとも反対するとも言わずにみなに尋ねた。
「ヤウズの話はどうだろう」
わたしがこのように言うまでもなく会議中のみんなの発言の流れではヤウズの提案に傾いているようだ。ダンケルクも仕方ありませんねという表情をしている。みな先の大戦で過酷すぎる現実を経験しているのだ。理想と現実の中庸を進む道を探しているようだった。
こうして会議がまとまりかけた雰囲気になったところ、突然席の向こうのほうからわざとらしい大あくびが聞こえた。その主は
「あーあー頭の悪い人の話は長いって本当ね。そんなポンコツ艦のいう事なんか真に受けたらだめよナヴァコスναύαρχο。小国の粘り強い外交? 一方的に自分を美化する話ばかりじゃないの」
わたしは声の主を見てPCに入っている資料を調べる。すると会議が始まる前のウォ―スパイトとの会話を思い出した。
「主力艦は戦艦・巡洋戦艦を指すと言ったが国によっては異なる場合は無いのかな?」
「たとえば、地中海の小国では、小さな艦が国の主力艦と見なされたりしますし...この艦隊でも...」
ひょっとしてこの艦のことか...彼女は地中海の小国から来た艦で、主力艦会議には珍しく小型艦ながらその国の代表として参加しているらしい。なるほど、ヤウズの「小国との協力」という提案が、自分の国を見下していると感じたのかもしれない。
するとヤウズはお前か!と言う表情でテーブルを強く叩きつけてものすごい形相で声の主を睨みつけた!!(続く)
金剛「いやはや...いつものことじゃがやはり会議というものは長引くものじゃ。結局、介入せずにカオスとの戦いに専念する方針で落ち着いたが、議論がまとまって良かったのう」
バーラム「みんな言いたいことをいうものね。後から議事録を確認すると前の発言の繰り返しになっていたり、内容が微妙にズレて行ったりするのはしょっちゅうだわ」
ウォ―スパイト「ダンケルクの提案はみんなの議論を呼んだわね。確かに彼女の気持ちも理解できるのだけど...」
金剛「その話じゃが.....最初からわしとウォ―スパイトが艦隊の現状を数字で示せばダンケルクも納得したのではないか。ヤウズのながーい話は必要だったのかのう?」
マレーヤ「こ...金剛...お...お前というヤツは...ヤウズはわたしの晴れ舞台も話してくれたのだぞ!!」
比叡「金剛姉さまっ!!いけません!! ヤウズだけでは無くてマレーヤにも失礼ですよ!!」
榛名「ヤウズさんがご自分の体験を話されたからこそダンケルクさんも納得なさったのだと思いますわ、金剛お姉さま。ね?霧島?」
霧島「そうですよ。人の心は数字だけでは動かないものですわ、金剛お姉さま。ね?榛名?」
金剛「ハハハ...これは失敬失敬。いや、みなにとって自らが背負っている歴史は喜ばしいにせよ悲しいにせよかけがえの無いものじゃ。ヤウズもそこを話したからこそダンケルクの心に響いたのであろうの。本当に必要だったのかと問うたのは不見識じゃった」
ヴァリアント「でもさー最後に爆弾発言がでてきたよねー」
ウォ―スパイト「発言者が誰かは次回に明かされるわ。次回は引き続き『主力艦会議』読んで楽しんで頂けると嬉しいわ」