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6. 主力艦会議(日本艦比叡・霧島、イギリス艦マレーヤ等、イタリア艦ジュリオチェザーレ等登場)

ここは異界にある幸せの島。

しかしイギリス艦はハイ・ブラシルまたはエメイン・アブラッハ、

日本艦は蓬莱の島または常世の国、

イタリア艦はファタ・モルガーナの城

フランス艦はケル・イースと呼ぶ。

各国間のみならず同国内でも呼び方が統一されてないのだが、彼女たちはそれでいいという...

「主力艦とは戦艦と巡洋戦艦を指します、マイアドミラル」


異界のやわらかな午前の日差しが窓から差し込む中、ウォースパイトは微笑みながらわたしにそう言った。


挿絵(By みてみん)

ウォ―スパイト



わたしがウォースパイトと話しているのは初めて彼女と会ったあのラウンジ。このラウンジはこの艦隊の幹部…主力艦と呼ばれる戦艦たちのサロンとしても使われているという。


ここは人間界の裏側の異界にある幸せの島。第二次世界大戦中に活躍した軍艦…ウォーシップたちが人間の女性として生まれ変わり、自らの分身である艦とともにこの島に設けられた根拠地に集っている。わたしの目の前の女性はイギリスの戦艦ウォースパイトの生まれ変わりである。


彼女たちによってわたしはこのフリートのアドミラルに選ばれた。ウォースパイトはわたしをマイアドミラルと呼ぶ。初めて会った時は、彼女がわたしの本心を試すためにわざと挑発した。そのためその時は剣呑な言い合いになってしまったが今ではすっかり打ち解けて話しかけてくれるようになった。


…とわたしの考えがあらぬ方向に行っていることに気がついたのか先に行ってよろしいですかと尋ねるウォースパイト。あ、ああ…とわたしが答えると

「戦艦と巡洋戦艦を主力艦とする分類はわたくしたち独自のやり方ではなくて第一次世界大戦後のワシントンやロンドンで締結された軍縮条約の定義に従ったものですわ。マイアドミラル」


ウォースパイトはテーブルに置いた長方形の英語の原書を開く。『ジェーン年鑑』は世界各国の海軍軍人や艦艇研究家がスタンダードワークと仰ぐイギリスの海軍関係の年鑑だ。


ウォースパイトは海軍には素人のアドミラルにまず基本的な知識を習得してもらおうと考えたようだ。『ジェーン年鑑』とその主編者のオスカー・パークスについての説明を始めた。


わたしはこの異界の艦隊のアドミラルなのだが軍人ではない。人間界におけるわたしは大学の研究所で非常勤の研究員としてあるマイノリティ集団の宗教や文化に関する文献や碑文の解読とその成果の発表を行ってきた。


ただ、詳しい説明は省くが、そんな研究生活も行き詰まっていた頃、ある奇縁からこの艦隊のアドミラルに選ばれたのだ(第一章から四章参照)。要するに、軍事知識には興味がないわけではないがそれを仕事にするには無縁な世界に生きてきたというわけだ。もちろんSNSで自らの軍事知識を発信するインフルエンサーでもない。


そんなわたしに対してウォースパイトは『ジェーン年鑑』の頭から解説していく。イントロと兵器広告のページはそこそこに済ませ、各国海軍の解説に入る。最初はもちろんロイヤルネイビー。アドミラル、ヴァイスアドミラルのエンサインから説明し、艦艇の構造図、砲のサイズをはじめ兵装のスペックを述べたNaval ordnance、主だった造船所のドックについての説明...うーん、今は『ジェーン年鑑』はネットでダウンロードできるからPDFファイルを眺めていたけど、興味のあるところを拾い読みするだけで全体を通したことは無かったなあ...…さらっと挙げられている数字や備考の意味を理解するのも難しそうだ...


ウォ―スパイトはできる限り易しく説明してくれているが、やはりわたしには厳しい。そもそも『ジェーン年鑑』は英語なのだ。より専門的な『ブラッセー海軍年鑑』に比べればシンプルな英文なのだが、シンプルなだけに背景の説明が省略されているところもあるので門外漢のわたしには却って理解するのが難しい。そのうちに彼女の優しい声が子守唄のように聞こえ始めた。柔らかい日差しの暖かさも相まって、わたしはついうつらうつら…


ポンポン...ハッ!! 肩を軽く叩かれてわたしは目を覚ます。頭を上にあげるとそこにはウォ―スパイトの覗き込むような顔があった。ウォ―スパイトはわたしが居眠りしたのに気づいて身体を伸ばして起こしてくれたようだ。ちょっと...いや、かなりバツが悪いな...


そんなわたしを見てウォ―スパイトは

「仕方の無い人ねェ」と笑った。


挿絵(By みてみん)

ウォ―スパイト



そのまま1940年版『ジェーン年鑑』を読み進めていくとイギリス艦のシルエットを示した頁に出会った。そこにはキャピタルシップス(Capital ships)…主力艦に分類される戦艦・巡洋戦艦があげられている。キングジョージクラス、リヴェンジクラスといった戦艦、フッド、レナウン、レパルスといった巡洋戦艦、そして我がウォ―スパイトをはじめとするクイーンエリザベスクラス..


わたしが艦たちのシルエットを見ているとウォ―スパイトは改まった表情になって

「キャピタルシップス(Capital ships)...主力艦とはただの分類上の定義ではありません。過去、わたくしたちは戦時だけではなく平時でも重要な存在でした。主力艦の強さは仮想敵国への抑止力でもあり、インペリアリズムの時代においては一国の安全を保障するものだったのです」


ウォ―スパイトはイギリスとアメリカの主力艦の砲の口径・門数を比較して両者が会戦した時のシュミレーションを行った『ブラッセー海軍年鑑』1938年の記事をわたしに示した。


イギリスとアメリカは第一次・第二次世界大戦で同じ陣営だったが戦間期は仮想敵国として大西洋を挟んでにらみ合っていたことを思い出す。軍縮条約もそれを背景に締結されたようなものだが、両国のパワーバランスを測るときには主力艦の存在を考慮に入れなければならなかったのだ。現在の核戦力と同じ役割を果たしていたと言えるのかも知れない。


ウォ―スパイトはその豊満な胸…ではなかった15インチ砲を張って誇らしげに述べた。

「わたくしたち主力艦は国家の威信と国民の輿望を一身に担ってきたのです」

....自らが一国の運命を背負っていたとする彼女たちの自負は決して誇張ではない。



勉強会が終わって一休み。紅茶を飲んでいる時、わたしはちょっと気になったことがあってウォ―スパイトに尋ねた。

「旧日本海軍では巡洋艦以上は軍艦と呼称され艦首に皇室を表す菊の紋章が彫られていて他の艦艇とは異なる存在だった。実は海防艦や砲艦などの小艦艇も軍艦に分類される場合があるので理解が難しいのだが...恐らくこれは日本海軍独自の艦種分類だと思う。キミは主力艦は戦艦・巡洋戦艦を指すと言ったが国によっては異なる場合は無いのかな?」


するとウォ―スパイトはちょっと困惑した表情で

「え...ええ...そういう事はア・リトル...無いわけではありません...たとえば、地中海の小国では、小さな艦が国の主力艦と見なされたりしますし...この艦隊でも...」


ウォ―スパイトが説明しかけた時に

「おお、ウォースパイト。我が親愛なるグランド・オールド・レディ、ここにいたのか」

...とややハスキーな女性の声が聞こえた。


わたしが顔をあげるとそこにはウェーブの黒髪ロング、褐色がかった肌の美女がいた。その女性はわたしに気づくと


「これは、アドミラル。先日にあなたが着任された時はわたしは任務で外洋に出ていたのでご挨拶できなくて失礼した。クイーンエリザベスクラスの戦艦、HMSマレーヤです。後ほどわたしの艦歴を記したレポートを提出する。ご一読頂ければありがたい」


挿絵(By みてみん)

マレーヤ



彼女がクイーンエリザベス級戦艦の一隻であるマレーヤなのか。ウォ―スパイトと同じく第一次大戦ではユトランド沖海戦で活躍し第二次世界大戦を戦い抜いた古強者だ。マレーヤという名前は当時イギリスの植民地だったマレー連邦が建造の費用を負担したことにちなむという。人間の女性として生まれ変わった彼女が褐色がかった肌というエキゾチックな外見を持っているのもその歴史が影響しているのだろうか。


なお、HMSとはイギリスの戦艦につけられる接頭辞だ。His (Her) Majesty's Ship...「国王(女王)陛下の戦艦」の略語だという。つまりは蕎麦屋で使われる「きん(大盛り)」とか「さくら(少なめ)」といった符丁のようなものだが、いちいち国名をあげるよりもこちらのほうが簡単なのでこの艦隊でも良く使われる。金剛たちも最近は自らをIJN(=Imperial Japanese Navy)と言い始めている。


マレーヤは言葉を続けた。

「アドミラル、ウォースパイト。そろそろ主力艦会議がはじまる時間だ。会議室においで願いたい」


おっともうそんな時間なのか。これから艦隊の主力艦...幹部会議がはじまるのだ。わたしもアドミラルとして出席しなければならない。着任して初日から遅刻したらさすがに示しがつかない。わたしはウォ―スパイトが言いかけたことが気になったが急いでいたのでこれ以上は聞かなかった。だが、このことは後で重大な意味を持ってくることになる...


わたしたち二人が立ちあがったらマレーヤがウォースパイトの耳元に唇を近づけて

「グラスゴーを連れてきたぞ」

と小声でささやくように言う。


ウォ―スパイトは軽くうなずく

「ありがとう......何も起きなければそれに越したことはないのだけど...」


わたしがラウンジの中を見渡すとその片隅にブロンドのショートウェーブの髪をした若いメイドが座っている。目が合うと彼女は立ち上がってわたしに無言で挨拶した。たしかイギリスの軽巡グラスゴーだ。わたしが着任した時のパーティで紹介された。なお、イギリスの軽巡はみなメイド姿をしている。これが伝統と彼女らは言うのだが何故海軍の伝統がメイドなのかわたしは未だにわからない。


挿絵(By みてみん)

グラスゴー


ウォ―スパイトはグラスゴーに声をかける。

「じゃあ申し訳ないけど会議が終わるまでそこで待機していてね、グラスゴー。どれでもあなたの好きな飲み物や食事を頼めるように手配したから」


一礼したグラスゴーに片手をふって挨拶を返し、ウォースパイトはわたしの腕を取って会議室に向かう。


会議室はラウンジの奥の廊下を進んだ突き当りにあった。閉じた扉には真実の口に似た円盤の彫刻が飾ってある。ウォ―スパイトに言われて口に手を差し込み、わたしの認識番号を正しく伝える。


すると口が閉じてわたしの手が抜けなくなってしまった。正しく伝えてウソをついてないのに何故だ? 必死に手を引っ張っても抜けない。グレゴリー・ペックとは違ってふざけてやっていないのだ。


それでも引っ張るとようやく扉があいた。...一体誰だ?この扉を作ったのは? ウォ―スパイトに聞くと彼女の姉妹艦バーラムが魔法で製造したという。


バーラムとは先日の着任パーティでちょっと話をした。その時は普通の会話で終わったのだが、あの女性はどういう趣味をしているんだ? わたしが困惑しているとマレーヤは「いかにもアイツらしいな」と苦笑し、ウォースパイトは「マイアドミラル、ごめんなさいね」とわたしに軽くあやまった。


会議室は幅広の石材でできたフローリング、木製の梁がむき出しになっている天井、壁全体をオーク材の羽目板が覆っている。イギリスの田舎の家のようだと思いながら中を見渡していると、ウォースパイトが

「この会議室はチューダー朝様式で統一されていますの。これもバーラムの力作ですのよ」

と説明する。もちろん彼女がのこぎりや金づちを握って造作したのではなく魔法で創造したのだ。


会議室にはすでに各国の主力艦たちが集まっていた。部屋の中心にある議長席のすぐ横に金剛が座っている。わたしを見ると彼女はにっこり笑った。金剛の近くには榛名が座っている。そして他の二人の女性は...ひょっとして金剛型の二隻か?


わたしの視線に気づいた金剛が自分の脇に座っている二人の女性を促す。

「おっとそう言えば提督にはまだ紹介していなかったの。比叡に霧島、お主らも提督にご挨拶するのじゃ」


挿絵(By みてみん)

金剛


やはり残りの二人は金剛型の比叡と霧島か。


金剛のすぐ隣に座っている女性が

「比叡です。提督にはご挨拶が遅れまして...」

挿絵(By みてみん)

比叡



榛名の隣に座っている女性が

「霧島よ。これからよろしくね」

挿絵(By みてみん)

霧島



金剛がわたしに説明する。

「比叡と霧島は今まで日本の巡洋艦と駆逐艦を率いてトッテモトオイトオイ泊地で演習を指揮しておっての。今朝こちらに戻ってきたところじゃ。ところで演習の成果はどうじゃったかの? 比叡?」


比叡が金剛に答える。

「こちらに生まれ変わって時間が経っておらず戦闘どころか航海のカンも戻っていない娘が多いです。統一された艦隊行動を取るまでには時間がかかりそうです。金剛ねえさま」


霧島がそれを捕捉する

「砲撃・雷撃の命中率や分散から再集結して陣形を組むまでの所要時間はまだ水準以下の数値ですわ。金剛お姉さま」


金剛が腕組みをして考えるようにして言う。

「酒と一緒でいい味が出るのには時間がかかるものじゃなあ。じゃが、そんなに待って居れぬかもしれぬ」


そのうち、榛名も含めて4人で演習の講評を始めた。魚雷の次発装填装置、スクリュー合わせ、機関始動からいっぱいまでせめて1ミリ秒、分子雲燃焼魚雷が云々…


正直、聞いても理解できない用語ばかりだが、それでも知らない分野の突っ込んだ会話は興味が湧く。まだ会議が始まるのは間があるので耳を傾けていると…後ろから誰かがわたしの肩を指でチョンチョンとつついた。


振り向くとそこにはウェーブショートの小柄な女性が快活な笑みを浮かべている。小柄だがバストのサイズは大きい。わたしもここに来て艦種を見抜く目はそれなりに養われている。彼女は巡洋戦艦では無くて戦艦か…?


「やっほー、アドミラル。HMSヴァリアントだよー。はじめましてになるけどこれからもよろしくねー」

するとこの女性がウォ―スパイトやマレーヤの姉妹艦、クイーンエリザベスクラスの一隻であるヴァリアントか。第一次世界大戦のユトランド沖海戦に参加して、第二次世界大戦はインドネシアまで進出して日本軍とも戦ったのだったか...


ヴァリアントはよいしょっと手荷物台に腰かけて

「いやー。あたしってばアドミラルの着任パーティの時はアニスラスの基地から戻ってくるところでさー。急いだけど結局間にあわなくてごめんねー。あ、そう言えばアドミラルって日本人だっけ。まあわたしも二度目の大戦では日本軍と戦ったけどさ。今は戦争は終わったんだし、人間の世界でもイギリスと日本ってまたくっついているしね。まあ仲良くしようよ」


挿絵(By みてみん)

ヴァリアント



わたしも答える

「あ...ああ初めまして。ボクは前の戦争は経験してないし、今の日本人の多くにとってはイギリスは親しんでいる国だ。何といってもシャーロックホームズやアーサー王の故郷だしね。ボクもイギリスの歴史には興味があってリック・ウェイクマンはよく聴いたものだ。まあ仲良くしよう」


それを聞いてヴァリアントは快活に笑った。

「へへへーアドミラルならそう言ってくれると思ったよー。それにあたしの国の事も色々と知ってそうじゃん? 嬉しいねー」


そういってヴァリアントは手を差し出す。わたしも握手してそれに応える。仲良くしてくれるのは大いに歓迎するが、ヴァリアントは話しながらわたしの身体をペタペタさわってくる。彼女なりの親愛の表現なのだろうか。ついにはわたしの手を取って自分の上腕や肩にあててくる。


わたしが少々困惑していると、誰かが

「そのへんにしておきなさい、ヴァリアント」


わたしが顔をあげるとそこにはシルバーヘアの長身の女性。ああ、あの真実の口を作ったクイーンエリザベスクラスの戦艦バーラムだ。


挿絵(By みてみん)

バーラム



バーラムが口を開く

「あなたの着任パーティで少しだけお話したけど。改めて自己紹介するわ、HMSバーラムよ。二度目の大戦では潜水艦に不覚をとったけど、今度はそうはいかないわよ」

なかなか気の強そうな女性だ。


ヴァリアントがわたしに説明する。

「バーラムはあたしたちクイーンエリザベスクラスの中では一番の魔法の使い手なんだよー。アドミラルも気を付けないとカエルか何かに変えられちゃうよー」


バーラムはヴァリアントの頭を無言で軽くはたいた。ヴァリアントは痛ーいと笑う。


わたしも何か話そうと思って口を出す。

「この会議室ってキミが魔法で創ったのだってね。なかなか趣味のいい作りじゃないか」

趣味のいいと強調したところに真実の口でひどい目にあったのが引っかかっていたのかも知れない。


バーラムが応える。

「ふふふ…ありがと。おほめに預かって光栄だわ。でも魔法と言っても万能では無いの。発動する時には星回りの位置を考えなければならないし、呪文を詠唱する時も抑揚や息継ぎの位置を変えると全く異なるものが創造されるのよ。正直、ドックのような大がかりな施設よりこうしたこじんまりとしたもののほうがずっと難しいわ」


バーラムの説明を聞きながら、まるで手品師のようなことを言うのだなと思いつつ、それでもその奥深さに感心しているとバーラムはニッコリ微笑んで

「ところで真実の口ってどうだった? 口に噛まれてどれくらい痛かったのか後で教えてね」


わたしが絶句しているとバーラムは

「では会議が始まる定刻よ。ヴァリアント、行きましょう」


…一筋縄では行かなそうだ。この女性は。


定例の時刻になった。わたしが議長席に座り、ウォースパイトはわたしの横に立って議事進行係だ。ウォ―スパイトはみなに向かって話す。


「今回でこのフリートの初期の作戦は完了した。各国諸艦諸姉のご尽力には感謝申し上げる」


さすがに会議の冒頭の挨拶なのでいつもとは違って男言葉で話すウォ―スパイト


そしてウォ―スパイトが右手の人差し指を振ると、皆の前に大きなスクリーンのホログラムが映し出される。議事の要点...完了した作戦の項目がパッパッパッと出てきた。それは

1.根拠地の建設

2.根拠地周辺の海域の制圧

3.新提督着任による指揮系統の一元化

である。まるで会議か学会発表のパワーポイントである


そこで金剛が発言した。

「わしらにとっては既に分かっていることじゃが、この作戦の背景を新提督にご説明申し上げる必要があるのではないかの? ウォ―スパイト」


ウォ―スパイトがうなづく

「了解よ、金剛シスター。わたくしたちのおさらいにもなるわね」

そしてウォ―スパイトがまた人差し指を振るともう一つのスクリーンが出現した。そこには

1. この異界は時間と場所の切れ目のないカオスが支配していた。

2. そこに大地母神の力で動いているウォーシップたちが着任して一定の秩序がもたらされた。

3. この島に根拠地を建設してその近海を制圧したためにカオスは退けられた。


金剛がわたしに補足する。

「ここに着任した艦艇が第二次世界大戦時のものに限られている理由は時間にケジメを作るためなのじゃよ。あらゆる時代の艦がよみがえって着任したらこれまた無秩序極まりなくなるでの。今までの人類史上最大の世界大戦を経験したわれらが生まれ変わって混沌を制圧する事になったのじゃ」


ウォ―スパイトが続けて説明する。

「そしてこの根拠地と人間界を往復する航路を確保できたことで作戦の第一段階は完了しました。これでカオスが大規模に人間界に侵入する事態は回避できたのです。ただ、わたくしたちは異なる国の異なる歴史を背負った艦隊による連合軍です。これまでの勢力圏を維持してさらに拡大するためには指揮系統の一元化は急務でした。そのためアドミラルをお迎えしたのです」


話し終えたウォ―スパイトが水を入れたコップに口をつけたので金剛が説明を引き取る。

「これまでは各国の艦隊が遠征や演習で統一された行動を取ったりあるいは技術交流を行おうとすれば要請と承認という面倒な手続きが必要じゃった。じゃがこれからは提督の命令書一通あれば組織が動くというわけじゃ」


なかなか理路整然とした説明だ。彼女たちはカオス...混沌が人間界に侵入するのを防ぐために艦隊を組織し、異界で活動していたというわけだ。しかし、わたしは気になることがあった。


「これは世界の宗教及び神話研究者によって既に明らかにされているのだが、ケルトの女神たち、日本の産土神、中近東のキュベレーといった大地母神は一神教の司祭や信者にとっては異教であり、もちろん全てとは限らないが混沌の側に分類される可能性もあるのではないか?」


金剛がうなずく。

「うむ。それは重要な質問じゃ。わしらの持つ神話の力は秩序と混沌の微妙なバランスの上に成り立っておる。例えば、わしら金剛型が使う修験の力は外つ国から来た仏の教えと本邦古来の山の神の習合じゃ。おぬしなら存じておるじゃろうが、仏の教えの本場である印度や西藏の密教も同じだという。それと似たようなものと考えてもらえれば良い」


そしてバーラムもわたしに説明する。

「わたしたちの使う神話の力はプラトン、アリストテレス、ニュートン、アインシュタイン、そして量子力学の世界観を織り交ぜて使えるのよ。言い換えれば関連性が無いように見えるイマジネーションをつなぎ合わせて現実のものにする力ということね」


バーラムの分かりにくい説明を聞いてわたしが戸惑った顔をしていると彼女はさらに説明を加えた。

「少しわかりにくかったかしら。つまりマクロコスモスとミクロコスモスの共鳴現象、重力、光等々、ミクロの粒子とその波動のエネルギーを自らの意志でコントロールできるのよ。人間の作った物理法則に縛られること無しにね」


...何となくわかってきた。西洋中近世の神秘主義は宇宙を指すマクロコスモスと人体を指すミクロコスモスの二つの対応関係で世界を解釈するのだが、その源流の一つがプラトンであるとどこかの本で読んだ覚えがある。そしてミクロの粒子とその波動を解析するのが量子力学だったっけ...それこそ言い換えるならファンタジーとSFの力の融合ということなのかな。


考え込んでいるわたしの顔を見て金剛が補足する。

「平たく言うなら人間どもがマンガ映画を評する時に使うご都合主義ということじゃなアハハハ」


比叡が控えめに姉をたしなめる。

「金剛ねえさま。失礼ですがそれを申し上げたらおしまいです。もう少し他の言い方を...」


ヴァリアントも口を挟む

「大丈夫だよ比叡ー。女神さまはとても大らかなんだからー。フリスティーアクトCríostaíochtの教え」

と異教の区別にも...ね」


そろそろ話が脱線してきたようだ。他の国の主力艦たちは呆れたような表情をしている。イタリア艦のジュリオ・チェザーレとコンテ・ディ・カブールはウォ―スパイトやマレーヤに話を元に戻せと目で促している。彼女たち四人はカラブリア海戦での戦場の旧知なのだ。


それに気づいたマレーヤが

「静かにしろお前たち。話をもとにもどすぞ」

とたしなめると

ウォ―スパイトがすかさず

「...という事で作戦の第一段階は終了しました。第二段階は制海権の維持及び拡大と決定しており、カオスの侵入を防ぐための哨戒や演習が既に行われています。先日はトッテモトオイトオイ泊地で日本艦による演習が完了しました」


...艦隊による大規模な演習を行うことは混沌勢力への示威につながるという。人間世界の海軍と似たようなことをやっているのか。


そしてマレーヤが

「それで本日は第三段階の目標について議論したい。第二段階の終了はまだ先の話になるが、だからこそ今のうちに意見を出し合って方向性を定めておきたい。直前になってあわてて戦略目標を決めようとしても意志の統一が取れずに良い結果にはならないからな」


ウォ―スパイトが付け加える。

「まだドイツ艦もアメリカ艦も着任していないので結論を出すのは先の話になるから今日はみんな自由に発言してちょうだい」


するとイタリア艦のジュリオ・チェザーレが立ち上がって発言した。彼女の艦名の由来はわたしたち日本人にも良く知られたローマ共和国末期の政治家であり軍人である、あのユリウス・カエサルだ。本人も艦名とそれに込められた歴史を意識しているのか、古代ローマ軍人が身に付ける鎧とトーガに似たコスチュームを身にまとっている


挿絵(By みてみん)

ジュリオ・チェザーレ



「我々は人間の身体と戦うナーヴィ…戦艦の姿を持って新たに生まれ変わった。その戦力は前世をはるかに上回る。21世紀の航空機、潜水艦はもちろんのこと核ミサイルすら我々を殲滅することはできないだろう。そして強大な力を持ったものにはそれを使う責任が生まれる」


マレーヤがうなずく。

「うん。チェザーレの言う通りだ。わたしもずっとその事を考え続けていた。現在は今の課題を解決するのに精一杯だがそれに流されてしまってはいけない」


ヴァリアントが茶々を入れる

「この二人は真面目だねー。もっと気楽に行こうよー」


ウォ―スパイトがチェザーレを見ながらつぶやく

「ほんとうにチェザーレは変わらないわね。戦後は運命が変わる経験をしたというのにあの時のわたくしに撃った砲そのままだわ」


そういえばカラブリア海戦でウォ―スパイトとジュリオ・チェザーレは互いに砲撃を交わしたのだった。この二人には戦場の友情があるらしい。そしてチェザーレは戦後に賠償艦としてソ連に引き渡されてノヴォロシースクと艦名が変わり、触雷と言われる事故で悲劇的な最後を遂げたのだった。


しかしイタリア艦たちはステレオタイプのイタリア人のイメージに反してみな真面目だ。何よりも会議が始まる定刻には既に会場にいたっけ。


カブールはいかにもサルデーニャ出身の有能な秘書という感じだし 


挿絵(By みてみん)

カブール



アンドレア・ドーリアはルネサンス風のお嬢様という感じだ...だが...一人...


挿絵(By みてみん)

アンドレア・ドーリア



「あはァ...アドミラルゥ...このワイングラスが気になるのォ...大丈夫よォ...イタリア人にとってはワインは水みたいなものなのォ...」


挿絵(By みてみん)

カイオ・ドゥイリオ



この女性は...確かカイオ・ドゥイリオだった。そういえば彼女だけ会議が始まるギリギリの時刻に走り込んできたのだった。どうも他の三人とは毛色が異なる印象を受ける。わたしはチェザーレの話を聞くふりをしながらPCのスクリーンに資料のPDFファイルを開く。この4人が建造された造船所の項目が目に入る。他の三人が建造されたのはジェノヴァやそのとなりのラ・スペツィアといった北イタリア。しかしドゥイリオは南のナポリにあるカステラマーレ・ディ・スタービア王立造船所だ。イタリアは北部と南部で住民の気風が違うというがその影響を受けているのかな?


ドゥイリオは他の二人と違いチェザーレの話を聞かずに赤色が目立つワイングラスをせっせと口元に運んでいる。第一次大戦から第二次大戦をへてその戦後まで40年以上の長い付き合いの姉妹艦ドーリアが腕をつかんでもやめない。ついにカブールがドゥイリオからワイングラスとフィアスコのボトルを強引に取り上げる。


それを見ていたチェザーレがついに堪忍袋の緒を切らしてドゥイリオに雷を落とす。

「いい加減にしろ!! ドゥイリオ!! 今は他国艦との全体会議だぞ!! 時と場所を考えんか!!」


ところがその後でチェザーレは

「わたしだって我慢しているんだぞ。まったく」

とつぶやくと怒りを鎮めようとするかのようにドゥイリオから取り上げたワイングラスにボトルの中のキャンティワインを注いで一気にあおった。それを見た他の二人も彼女から受け取ったグラスにワインを注いで回し飲みをする。


...これでわかった。彼女たちはやはりイタリア人だ。


すると金剛がわたしを肘でつつく

「ほら、提督何かいうのじゃ。公式の場でわしら他国艦が咎めると角が立つ。こういう時こそ提督の出番じゃ」


そんなに急に言われてもどうやって叱ったらいいのか言葉が出てこない。とっさに言った言葉が

「あー。キミたち。お酒を飲むのもいいけど勤務が終わった後にしてくれないか」

チェザーレはしまったという顔をする。カブールとドーリアは申し訳なさそうな顔をしてボトルとグラスを布に包みスーツケースのチャックを開けてその中にしまった。ドゥイリオだけは平気な顔でわたしに投げキッスを返してきた。

「ナポリの女は情熱的なのよ。アドミラル」


会議は小休止に入った(続く)。

金剛「さて、会議は小休止に入ったのでわしも休憩室で一休みするとするか…ん?イタリア艦どもは部屋の隅に固まって何をやっとるのじゃ?」

チェザーレ「おお金剛、お前もこちらに来いよ。今はワイ…じゃなくてぶどうジュースの試飲会をやっているんだ」

ドーリア「赤、白、ロゼ…じゃなかったサイダーもあるわよ、金剛さん」

金剛「おぬしら...飲むのは勤務が終わってからにせよとさっき提督から...まあジュースなら大丈夫じゃな。どれわしも一つお相伴になるとするか」

カブール「今はニューワールド…新大陸産のワイ…ぶどうジュースもフランスやイタリアのものと変わらないぐらいお味が良くなったわ」

チェザーレ「おい! ドゥイリオ! ボトルから直接飲むのはやめんか! きちんとデキャンタに移すのがワイ…ぶどうジュースを飲む時のマナーだぞ!」

ドーリア「もう…演習と同じでホントに大雑把ねェ…しょうがないドゥイリオ」

ドゥイリオ「何よォ...飲み方ぐらいどうだっていいじゃないのよォ...ホントに北部人は細かいわねェ...」

金剛「しかしこのワイ…ぶどうジュースはイケるのお」

チェザーレ「金剛、それはジャポネのヤマナシというところのものだ」

金剛「なんと! わしの若い頃は甲州ワイ..ぶどうジュースといえば舶来物よりは低く見られておったものじゃが.…いや戦後80年でよくこそここまでの味を!」

カブール「今では世界的にも認められているわ」

金剛「そうかそうか。わしは嬉しくなって来たぞ! よし! みなにわしの秘蔵のお米ジュースを…」

比叡「コホン…ねえ様、そろそろ会議が再開する時刻です」

金剛「おっともうそんな時間か。会議場に戻らねばの。次回『主力艦会議』(2)じゃ。..........ああ、おぬしたち、会議が始まったらそのぶどうジュースはきちんとスーツケースにしまっておくのじゃぞ」

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