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5. 艦内新聞(幕間劇)

人間たちの世界の裏側にある異界の島

今、ここに大規模な海軍基地が建設され

過去から蘇った軍艦たちが続々と集結しはじめた...

(三枝成彰 「グリーン・ノア2」のメロディ)


わたしがカフカ…では無くフカフカのベッドの中で目を覚ますとそこには見慣れぬ天井が見えた。


そうかここは金剛の艦内だった。昨日は金剛に案内されてここのケビン...旧日本海軍でいう船室のことで英語のcabinの訛りだろう...に案内されるとそのまま寝てしまったのだった。金剛には今日は好きな時間に起きてくるとよいと言われたが...


洗面が終わって服を着た頃におとないのノックがして返事をすると金剛が部屋に入ってくる。


わたしが金剛におはようの挨拶をすると彼女もそれを返す。


そして金剛は言った。

「ではそろそろ朝食にするかの? 士官室で食べるからついて参れ」


挿絵(By みてみん)


金剛の後について天井の低い廊下を歩く。くろがねの城の腹の中は暗くて狭くてかつ深い。しかし何となく暖かさを感じる。


金剛は第一士官室というプレートが掲げてある部屋の扉を開ける。火元責任者「金剛」という木札が扉の横にかけてある。部屋の中には白いテーブル掛をかけた食卓が設けてあった。


金剛はわたしを座らせてカップに紅茶を注いでから言った。

「では厨房で朝食を準備してくるからの。その間は艦内新聞でも読んで時間を潰すのじゃ」


金剛はいくつかの新聞らしきものをわたしに差し出す。


艦内新聞...帝国海軍では乗員の娯楽も兼ねて各艦が新聞を発行していた。内容は時事ニュースや艦内行事、寄港地の情報、乗組員手製のマンガや川柳も掲載されていたという。海軍兵士の艦内の生活を知るための貴重な史料であり、残っているものは少ないがいくつかは写真版にまとめられて出版されていたはずだ。その習慣を現在に生まれ変わった日本艦たちも受け継いでいるようだ。


そういえば、昭和12年に重巡足柄が新イギリス国王ジョージ6世の戴冠を祝うためにスピッドヘッドで行われた観艦式に出席したが、その航路についての論文でも『足柄新聞』が史料として用いられていた。たしか防衛研究所の図書館に所蔵されていたものを使っていた...そんな事を考えながら手元の新聞に目をやると...


なんと『足柄新聞』復刊第一号とあるではないか。あー。そういえば重巡妙高型の4隻も生まれ変わっていたのだっけ。昨日のパーティで四人そろってわたしに挨拶してくれたのを思い出した。足柄は...黒髪ロングの丸顔の美女だったか...


挿絵(By みてみん)


新聞を取ると第一面に「新提督、鎮守府に着任」の見出し記事でわたしの間抜け顔の写真が三段抜きで載っている。こっぱずかしいので読まずにすぐに他の記事を探す。


えーと...内容を見ると..ロイターや共同通信の記事を参考にしてまとめられた人間界のニュース、日本のニュースが中心なのはやっぱり日本艦なんだな...カッター競争の開催やその結果、料理レシピ、艦内映画上映会の案内、異界であるこの島に自生しているヘチマからの化粧水の取り方、巡航ミサイルを撃てるようにするための魚雷発射管の改造方法、ラムネ製造機械壱台おゆずりします...


雑多な記事だが人間に生まれ変わった艦たちのこの島での生活が伺えて興味深い。


その中には小説らしきものまで掲載されている...なになに? 華族の令嬢と使用人の女中との哀しい友情物語?...作者の名前はG.A.生...足柄(Ashigara)だろう。華族令嬢が誕生パーティを開き、彼女とシスターフッドの関係を密かに結んでいた使用人の女中も招待される。女中は病気の父親を抱えていて経済的に余裕が無いので手製の刺繍を誕生日の贈り物とする。だが、他の招待客による豪華なプレゼントに気おくれして自分の贈り物を扉の外にそっと置いて顔を見せずに帰る…


...吉屋信子が書いたようなストーリーが吉屋信子以上に甘ったるい美文調で書かれてある。あの女性はそういう趣味があったのか。


次の面にイギリス人につけられたと言われている彼女のニックネーム「飢えた狼」に関する考証記事が掲載されている。幸田露伴の考証随筆を思わせる漢文調の文体だ。これも足柄が書いたようだ。なかなか多才じゃないか。


そういえばイギリス国王ジョージ六世の戴冠式では、日本海軍は宣伝のために著名な文化人や芸能人を足柄に乗せて使節とともに派遣したらしい。人間に生まれ変わった足柄は彼らの影響を受けたのかもしれない。


中身を読んでみると遣英艦隊の司令官である小林宗之助の講演録の一節「イーグルは女性を思わせるが、足柄はウルフのようである」を紹介している。


シンガポールでイギリスの航空母艦イーグルと並んで停泊している姿を見て誰かがそう言ったこと、その誰かは「或る人」としか書かれていないのでイギリス人と在留日本人との双方の可能性があること。小林宗之助がイギリスから帰ってきた直後の講演なので足柄のニックネームに関するもっとも早い記述では無いかと書かれてある。


なるほど、最初はただの「狼」だったけどそれに尾ひれがついたという事かな。欄外に細い字で「わたしは飢えてなんかいない」と書き込まれていたのを見て思わずわらってしまった


まあ人間に生まれ変わって異界のこの島に集まっても軍務のほかに生活や趣味を楽しんでいるようで何よりだ。


次の新聞を取ると『榛名日日新聞』。ほう、榛名も艦内新聞を発行しているのか。


第一面は『足柄新聞』と同じくわたしの着任の記事だが昨日のラウンジの一件が掲載されているところが違っている。榛名はその場にいたから記事を書く役目が回ってきたようだ。


わたしが話した内容がまとめられており、記事の最後は「新提督のご意志は我らの自重にあり。艦隊諸姉は軽挙妄動を慎み、今は他日に備えて軍力を蓄える時である...」と締められている。


ただ、注目すべきはウォ―スパイトの挑発にのってわたしが彼女に食ってかかった緊迫した場面は省かれていて、ウォースパイトのインタビューに穏当に答えたということになっている。なるほど、歴史はこうして書き換えられるのか。


とはいえ、わたしが話した内容については過不足なく、記事の最後から少し手前の目立たない場所に


ウォ―スパイト「ところでこれはあくまで仮定なのですが、わたくしたちの艦隊が現在の人間界に出現したらどうなるのでしょう?」


提督「うーん…現在の列強諸国の民心を考えるとより一層の混乱をもたらしてしまうかもしれないね」


とわたしのウォースパイトへの反論もきちんと押さえた記事になっている。榛名が記録者としての良心と艦隊幹部の立場との両立に苦心した様子がうかがえる。


その他の記事を読むと「戦艦榛名の後甲板でのバザー開催のお知らせ。各艦、司令部から割り当てられた購入チケットを持参の上、振るってご参加ください...」


佐世保のフードコートで初めて会った時、金剛と榛名は買い物について話していたが、天神の百貨店の外商部を通じて購入してきた雑貨や嗜好品をここで放出するらしい。


その目録が書かれていたので見てみると...リップスティック、紫青堂の化粧品や乳液、リコールの下着、ガディバンのチョコレート、長崎銘菓百島せんべい.、長崎和牛・鹿児島黒牛の肉入りの高級レトルトカレー、ベストセラー小説、人気コミック、石波文庫・筑波学芸文庫・轟団社学術文庫の新刊、軍事雑誌『日本の艦船』『ありい☆ず』『MAMOROU』『日本ミリタリーレビュー』『軍事史学雑誌』『防衛白書』の今年度分等々...


しかし、隠すべきところは隠した上で最低限の事実を書いた記事といい、硬軟取り混ぜたバザーの出品リストといい、榛名はなかなかの能吏なのかもしれない。


そんな事を考えていると金剛がランチョントレイに朝食を乗せて運んできた。メニューは…トースト、ハムエッグ、フルーツサラダ、ホットミルク…


金剛は

「しっかり食べるのじゃぞ。朝食は元気の源じゃからの」

まるで母親のような事を言う。


挿絵(By みてみん)


金剛はではわしもお相伴するかのとわたしの前に座り、焼いたトーストにゴロゴロしたイチゴが入ったジャムを塗ってくれた。


「ウォースパイトからの差し入れじゃ。あやつのお手製じゃぞ」


ジャムが美味いのか塗り方が上手いのか、目覚めた頭に心地よい甘さだ。


しばらく二人で食べている内に金剛が口を開く。

「今日はおぬしは一日中休みじゃ。何かやりたいことはあるかの?」


わたしは戦艦…というか船に乗って一度やってみたいことがあったのだ。それを金剛に伝える。


「ほう…一日中わしの甲板で寝転がっていたいとな? なるほど、そうやって浩然の気を養うのも良いじゃろう。ただし甲板に照りつける日差しの強さはおぬしの想像を超えておるからの。日除けはつけさせてもらうぞ」


わたしは読みかけの艦内新聞を何紙か持って後甲板にあがり、金剛が設けてくれた日よけの下にビーチチェアを置いて手に取る新聞を選ぶ。


『妙髙新聞』…妙高とは昨日のパーティーで顔を会わせた。黒髪を後ろでまとめた瓜実顔の美人だった。


挿絵(By みてみん)


高の字がはしごだかの異体字になっているのは当用漢字や常用漢字が制定されていなかった戦前の感覚が彼女に残っているのか。ページを開くと「シンガポール今昔雑記ー80年ぶりに訪れた昭南島」


彼女はシンガポールで終戦を迎えてそのままそこで解体されたのだった。シンガポールに上陸して高島屋の支店を覗いたことが書かれている。その内容は…日本人の若い女性店員が臆せずに西洋人と英語で渡り合っていたのでわたしは驚いた。しかも彼女が男性店員に指示を下していたのにはもっと驚いた。でも同じ若い女性でも華人の物売りの威勢の良さは往時と変わらず…か。


戦前世代の妙高にとっては現在のシンガポールもさりながら海外のビジネスの現場で活躍する日本人女性に強い印象を覚えたようだ。


わたしがビーチチェアに寝転んで妙高の旅行記を読みふける横で、金剛がデスクを置いて何やら書き物をしている。いつのまにか艦は微速で湾内を巡回している。ゆっくりした時間が流れていく。


気が付くと進行方向の反対側から戦艦榛名が近づいてくる。艦橋がチカチカと輝く。金剛への乗艦許可を求める発光信号である。


戦艦金剛も「了解」の信号を出す。金剛が針路をゆっくりと進行方向から右向きに転換する。戦艦榛名が戦艦金剛に横付けするのでそれがしやすい位置を取るのだという。カッターで搭乗しても良いのだが、艦同士を直接触れあわせることが生まれ変わった彼女たちのコミュニケーションのようだ。


すでに衝撃を吸収するための防舷物が金剛の舷側に取り付けられている。


金剛はわたしに言った。

「もうすぐ榛名がわしに接艦するから衝撃に備えて何かに捕まっておれ。あやつの腕ならまあ心配はいらぬが念のためじゃ」


戦艦榛名が戦艦金剛に接艦する。ドンという衝撃に備えるために手すりを両手で強く握っていたが、実際はトン…のような感じだった。


乗艦してきた榛名に『榛名日日新聞』にあるわたしの談話記事を読んだことを話すと彼女は

「本来なら印刷前の原稿をお見せするべきなのですが、提督が早く休まれたのでそれができませんでした。今回は速報性が要求されたのです。間違ったところがあったらおっしゃって下さい。訂正記事を書きますから」


その後で榛名は申し訳なさそうに言った

「ただし、ウォースパイトさんとのやり取りはそのまま書くと誤解する娘がいるかも知れませんのであのままで…申し訳ございません」


わたしはいやいやと手を振り

「しかし読んでいて思ったけど、上手にまとめたねえ、この記事」


すると榛名は真っ赤になって下を向いてしまった。しまった、わたしは褒めたつもりだったが嫌味になってしまったか。別に他意は無かったのだ。どうしよう。ちょうと手元にティーポットと予備のティーカップがあったのでそれにお茶を注いで榛名に渡す。仲直りのサインだが通じるだろうか。


挿絵(By みてみん)


わたしがカップをずいと突き出すように渡したので榛名は最初は驚いたようだがやがて嬉しそうに受け取った。お手ずから頂きますと言って美味しそうに飲む。良かった、こちらの気持ちが伝わったようだ。


金剛はその様子を見ていて

「提督はこれぐらいの事で腹を立てるような狭量な男では無いから安心せい。のう提督?」

とニヤリと笑う。


わたしも

「『[新提督のご意志は我らの自重にあり。艦隊諸姉は軽挙妄動を慎み、今は他日に備えて軍力を蓄える時である』ボクの言いたいことが本人以上に的確にまとめられているから良くできた記事だと思うよ。これだったら誤解する読者もいないんじゃないかな」ともう少し詳しい感想を言う。榛名はお褒めにあずかって恐縮ですとはにかんで言った。


わたしとのやり取りがすむと榛名は金剛が万年筆を走らせている書き物に気づいたようだ。その視線に気づいた金剛が口を開く。


「わしは今、三式弾の強化案を考えているのじゃ。ヘンダーソン基地砲撃でわしらの名前をあげたあの武器も現在の戦争で使うドローンとやらの飽和攻撃には無力らしいの。三式弾の散布範囲や発射速度では大量のドローンが分散して攻撃してくるのには対抗できぬらしい。まあ80年前のあの戦争でもアメリカの航空機にはさっぱりじゃったから当たり前と言えば当たり前じゃな。アハハハ」


紅茶を飲んでいた榛名は左手の人差し指を口元にあてて

「最後は軍事機密ですわ、お姉さま。...ところでどのような強化案を考えてらっしゃるのですか?」


金剛は今まで書き込みをしていたノートブックをわたしたち二人に見せる...その強化案とはとんでもないものだった。

「この三式弾改はな、炸裂すると数千度から数万度のプラズマ熱線が数百メートルの範囲に拡散するのじゃ。プラスチックやカーボンファイバーを素材にしたドローンの群れなんぞ一瞬で蒸発じゃ!。熱線は数秒間持続的に放射されるから回避する暇もないわ」


わたしはあいた口がふさがらなかった。

「そ...そんなエネルギーがどこからでてくるんだい? しかもそんな熱エネルギーに砲身や砲弾が耐えられないのじゃないか?」


金剛は胸をそらせて得意げに

「なあに。生まれ変わったわしらに備わる神話の力を使えばの。人間どもの科学から見れば多少無茶なことでもなんとかやってのけるのが強みじゃ!! のう榛名?」


榛名はノートブックを見て考え込みながら

「ただ、この熱量だと自軍にも被害が及んで味方撃ちになる危険がありますわ。あと海上で撃てばその高温で生態系への影響も...でもエネルギー制御の問題を解決すれば実用性があると榛名は考えますわ、お姉さま」


金剛は我が意を得たりとばかりにうなづき

「よし、おぬしのお墨付きをもらったのでわしは自信が出てきたぞ! 後は徹甲弾をエクスカリバー砲弾のように自動追尾の誘導弾にするのじゃ! マッハ2で飛び、自由自在に旋回して複数の目標を破壊するのじゃ!!」


そのうちに金剛は気分がノッてきたのか

「♪♪とばせてっけん てっこうだん♪♪ 今だ だすんだ  バストファイアー♪♪ じゃ!!」

と自分の胸を両手のひらですくい上げてゆさゆさと揺らしながら何かの替え歌を唄い始めた。榛名は顔を耳元まで真っ赤にして下を向いている。


そして

「よーし! 戦艦が発進する時は提督が乗ったオートジャイロが艦橋に収納! 強化ウイングパーツを装着して空中戦艦じゃ! 『金剛新聞』の復刊第一号は超甲高速戦艦・金剛Zのお披露目じゃ!  これには押川春浪もびっくりじゃ! イラストはウォ―スパイトに頼んでオスカー・パークス殿に描いてもらうぞ! 」


ついに榛名の金切り声が甲板に響いた。

「金剛お姉さま!! 翻案権で訴えられても榛名は知りません!!」










金剛「さて、今回は幕間劇ということでわしらの日常の一端をお見せしたのじゃが...しかし帝国海軍の軍人どもも月月火水木金金で休日返上の猛訓練と言いながら今でいうレジャーを要領よく楽しんで居ったのう」

榛名「みなさん多趣味でいらっしゃいましたね。デッキゴルフ、デッキにネットを張ってバレーボール、今回お話した艦内新聞の編集と発行...」

金剛「ああ、おぬしが話したようにデッキゴルフもやっておったのう。わしらの頃はゴルフなんてお大尽の遊びだったから優雅なものじゃった。じゃがデッキゴルフを楽しむ偉いさんの中には行儀の悪いヤツラがおってのう。新兵どもが古参兵に怒鳴られながらピカピカに磨き上げた甲板に葉巻の灰をポロポロこぼすから顰蹙をかっておったわい」

榛名「お姉さまったら...でも榛名も戦艦だった頃は色々な遊びを楽しまれているのを見てうらやましく思ったものです」

金剛「じゃがわしらも今生は人間なのじゃ。新しく授かったこの命、前世ではできなかったことを楽しんで見ようかのう」

榛名「はい!!」

金剛「では次回は『主力艦会議」じゃ。新キャラがたくさん出てくるので覚えるのが大変じゃ...」

榛名「見て...読んでくださいっ!」

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