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33. 火山島の休息(R15温泉回、わたしと金剛、比叡、扶桑)

...大らかな混浴は、人間として極く自然なことなのですよ(中略)温泉旅行の目的が、ほんとに楽しい、心身を含むリラックス、あるいはリフレッシュにあるとするならば、混浴でなくては千分の一、万分の一を噛ったにすぎません...


藤岳彰英『混浴温泉 』(保育社1986年)の「はじめに」より

異界と人間界の航路を妨害する怪獣モササウルスを退治した我が艦隊。


幸いにして犠牲も出ずに凱旋の帰途についた。


わたしは戦艦金剛の後甲板に立ち、遠ざかっていく戦場・インスラ・オヴィウムの島を見つめている。今やその島影は水平線の向こうに没しようとしていた。


気がついたら金剛が外套を持って側に来てくれていた。


「提督、あの双子火山島に寄ってエネルギーを補給する。今回の戦いでは予想以上の消耗じゃったからの」


「わかった。それだけ激しい戦いだったということだね」


金剛から受け取った外套を羽織りながら返事をする。


双子島の火山島は戦場に行く前に立ち寄った最後の補給基地だ。そこでは火山のマグマをエネルギーに変換した。彼女たち戦艦は神話の力によって人知の及ばないことができるのだ。


双子の火山島が見えてきた。以前に立ち寄った時よりも一層の煙がもくもくと出ている。


「ほう、今日はこの間来た時よりも火山活動が活発になっておるの」


金剛がツアイス製の双眼鏡を覗いて火山の様子を見ている。わたしが肉眼で見ても煙の勢いが強くなっているようだ。


「噴火したらどうしよう」


「なあに、大丈夫じゃろう。ま、噴火寸前の火山を見ながら酒を飲むのもオツなものじゃ」


歴戦の艦にして再生を経たためなのか金剛は肝の据わりすぎたことを言う。


そうこうしているうちに艦隊は火山島に到着し、序列に従って順番に湾内に入って投錨した。


巡洋艦や駆逐艦たちが埠頭で点呼を取った後でワイワイと話している。


「あの二つの火山を見ているとラバウルを思い出すね」


「そうそう、あそこには火山が三つあったわね。島の奥に一つ、それで湾の近くの二つは双子みたいにそっくりだったわ」


金剛も火山を仰ぎながら往時を思い出したのか


「うむ、あの巍巍たる山の姿はニューブリテン島にそっくりじゃな」


巍巍なんて言う言葉、わたしは漢文史料でしか見たことないぞ。そう思っていると重巡の足柄が意地悪な笑みを浮かべて


「あら、金剛さんたち戦艦はずっとトラックの泊地でしょう?ラバウルなんか来てもいないじゃないですか」



「何を言っておる。わしら金剛型とてガダルカナルの戦いでは活躍しておるではないか!...じゃが、確かにラバウルには来ておらなんだな。ショートランドと間違えたわいハハハ」



と金剛は笑ってごまかしながら埠頭に降りてきたバーラムに向かって行った。「おおバーラム、おぬしも上陸したのか」


イギリス艦バーラムは一匹の白い羊を連れてきている。


そうだ、バーラムによれば白い羊は生の象徴、あのモササウルスの生まれ変わりということだ。あの戦いが終わった直後に出現し、いまはバーラムの艦に乗っている。(ep. 32)


しかし羊を連れたバーラムの顔はなんとなくさえない。

「この子、あれから食事をしないの。上陸すれば少しは元気になるかと思ったのだけど…」


そうか、せめてもの罪滅ぼしにと幸せの島に連れ帰ることにしたが、それはこちらの身勝手な考えに過ぎなかったか…わたしの心は沈んだ。


榛名も心配そうな顔をしてこちらに来た。


そして手に下げたバスケットからリンゴジャムが塗ってあるロールパンケーキを取り出す。


「上陸した時に提督に召し上がって頂こうと思ったのですが、一個だけあげてよろしいでしょうか?」


わたしも否やのあるはずがない。首を縦に振って榛名を促す。


羊は鼻を差し出してロールケーキの匂いをかぐと、やがてムシャムシャと食べだした。


バーラムはそれを見るとやや安心した表情になって


「あら、やっぱり上陸したのが良かったのね」

自分のバスケットからパイを取り出して羊に与える。


すると羊は匂いもかがずに前足で蹴り飛ばした。


バーラムはさすがにムッとした表情をする。


「いとこ殿のロールケーキと違って、わたしの作ったキドニーパイは毒薬だと思われたようね」


金剛は「まあまあ畜生のやることじゃからの…」とバーラムをなだめる。


わたしもバーラムの気を鎮めようと彼女のバスケットからキドニーパイを一切れとって口に入れる。


「………!!」


こ…これは…アンモニアの臭いが強烈だ。そうだ、キドニーパイというのは牛や羊の腎臓を餡にしたパイだった。


いつか中国へ調査に行った時に、向こうの大学の先生に食べさせられた臭豆腐よりもキツイぞ、これは。


吐き出したくなる衝動を必死でこらえて口に入れた分だけでも飲み下す。


すると扶桑が強い香りの緑茶の入った湯飲みをさっと差し出してくれた。口に含んでこっそりうがいをする。山城が和紙で出来た袋を出してくれたので目立たぬようにあける。


金剛も一口含むと顔をしかめてバーラムに問い詰めるように言った。


「いつぞやウォースパイトにご馳走になったものより一層じゃの。おぬし、きちんとミルクで煮て下ごしらえをしたのかの?」


キドニーパイはイギリスの料理なのでウォースパイトやバーラムといったイギリス艦がよく作る。しかし艦によって違いがあるようだ。


金剛に問い詰められたバーラムは


「あら、ミルクを下ごしらえにするとキドニーの臭いが移って使えなくなるのよ。もったいないでしょ」


バーラムの答えに金剛は呆れた表情をして首を横に振った。


「今さら言うまでもないが、これがこやつが食を取らなかった理由じゃの。しかし相変わらず『ケチ』じゃの」


バーラムはそれを聞くとハ!と息を鳴らして


「戦時下の国民生活ではミルクは貴重な栄養源なのよ。無駄遣いなんてできるわけないでしょ。あなたたち日本艦はまだまだ総力戦をわかっていないわね。教育が必要だわ」



その光景を遠巻きに眺めていた駆逐艦たちはヒソヒソと話し始めるが、それはこちらまで聞こえてくる。


「ねえ、トイレットの臭いがこっちまでくるわよ」


「そういえばイギリス艦の娘たちが噂していたわ。ウォースパイトさんは別だけど、バーラムさんは食材の節約だと言って腐りかけのニシントマトを食べさせるし、ヴァリアントさんは豆しか出してくれないし、マレーヤさんはとにかく下手だし、たまらないって」


この艦隊では大型艦が小型艦に手料理を振る舞うことになっている。艦艇だった時代に、しばしば大型艦が小型艦に燃料を洋上給油した名残である。


しかし、バーラムの手料理が腐りかけのニシントマトって...やっぱりケチといって悪ければ始末屋なのではないか。


わたしがそう考えてバーラムの顔を見つめると彼女はジロッとわたしを見返し、そしてギロッと駆逐艦たちを睨み付けたのでみんな押し黙った。


すると金剛はそんな空気を変えるかのように


「提督、エネルギー吸収は自動操作にしたから我らは保養に行こう。この島には温泉が湧いておるぞ」


金剛の言葉にみんなワッと歓声をあげた。



挿絵(By みてみん)

バーラム

「ナポレオン戦争から我がブリテンは飢餓の恐怖と戦ってきたわ。戦いに用いた武器は二つ、栄養学と統計学を用いた効率的な生産と分配システムの確立よ。節約は瑣末な問題に過ぎないわ」


榛名

「英国の食料政策についての虎の巻、オールとラボックの『戦時食料政策論』は、昭和17年に我が国でも翻訳されましたわ」


金剛

「しかし下のものに手抜き料理をだして『スパルタ流の質素な食事』とごまかしていたら今に反乱が起こるのではないかの」





金剛が案内してくれた露天の岩風呂は10人以上が入ることのできる広々としたものだった。


手を突っ込んでみると熱すぎず温すぎずでちょうど良い湯加減だ。


戦闘が終わった安心感もあって気が浮き立ち、さっそく服を脱いで中に入る。


すると風呂の真ん中からいきなり湯が噴水のように盛り上がる。間歇泉だ!


間歇泉が涌き出るとともに湯気がもくもくと起こる。何も見えなくなる。ここは誰?わたしはどこ?という古いジョークが頭をよぎる。


必死になって周りをキョロキョロしているうちに間歇泉はおさまり湯気はようやく晴れてきた。


すると…自分を囲むような人の気配に気づく。後ろを振り向いたら戦艦たちはみな服を脱いで温泉につかっているではないか。


金剛、比叡、榛名、霧島、扶桑、山城、そしてバーラム。みな戦艦だけあって立派な主砲を持っている。


主砲だけではない。主砲を支える砲塔...人間で言えば肩の稜線にあたる部分も堂々としてゆるぎない。


わたしはしばし見惚れてしまった。しかし自らの不躾な視線に気づいてあわてて目をそらす。


「なんじゃ提督、ここは戦場ではない。そのように緊張するでない」


金剛は湯から立ち上がった。クリッパー船を思わせる美しい体躯をわたしに見せる格好になったが意に介さずに堂々としたものだ。


「わしの主砲なぞ見慣れておるではないか。今さら照れることは無いじゃろう」

金剛は事もなげに言うと砲口をわたしの口元に近づけてくる。それを見て比叡は軽く咳払いをした。


「こ…金剛、確かにそうだけどやはりこういう場所では恥ずかしい」


わたしが顔を背けながら言うと金剛は


「普通はそれは女の台詞じゃぞ。まあよい、これもお主と戦艦たちの絆を深めるため。大人の付き合いというものじゃ」


そ…そういうものなのか。わたしは経験したことないが、昭和の温泉では混浴が行われていたという。何事も現代の価値観で計ってはいけない……と、自分に言い聞かせるわたし。


わたしは腹を決めた。今だけはジェイムス・ボンドになってやる。


わたしは不器用に金剛のからだに腕を回すと砲口に接吻する。


金剛はン…と声をあげた。比叡が二度目の咳払いをする。


わたしは湯につかっている比叡に身体を近づける。


「おっと、比叡。キミを放っておいてごめんよ。さみしい思いをさせて悪かったね」


比叡は明らかに笑いをかみ殺す表情をしたが自分の身体をわたしに寄せてくれた。


わたしは彼女の肩に腕を回して横から二人の身体を合わせる。質感とぬくもりが伝わってくる。


すると露天風呂から火山が噴煙を上げているのが見える。火山のふもとの湾には多くの艦が投錨している。


わたしは比叡に話しかけた。


「素晴らしい眺めだ。湯に浸かりながらこの景色を鑑賞できるなんて、人間界にいた時には味わえなかった贅沢だね」


比叡はその理知的な顔をわたしの肩にもたれかけながら


「はい、提督。あなたと二人きりでこんな素晴らしい時間を過ごせるなんて、戦艦だった時には考えもしませんでしたわ」


「うん。この雄大な自然とキミの美しい瞳に乾杯だ、比叡」


比叡は目を丸くして盛大に吹き出しかけると、あわてて口元を手で隠した。横を見ると金剛が顔をそむけて笑いをこらえているではないか。やっぱり外しちゃった?


それでも比叡はそっと顔を差し出してくれたので唇の横に軽く接吻する。


比叡と距離が近づいたのはこれが初めてだったな...これ以上進むのは止めておくか....


そう考えていると、比叡はわたしの耳元に口を近づけると小声で囁いた


「どうか提督のお心のままに」


そしてわたしはさらに大胆になった。彼女の唇に自分の唇を合わせて口を吸い続けたのだ。


山城はだけ目をむいたが他の戦艦たちは見て見ぬふりをしてくれたようだ。


再び間歇泉が湧き出して周囲は湯気と煙に包まれた。


視界が遮られたことを幸いに、わたしはあることを思い付いた。


手探りで金剛を探すと彼女の長い髪が手に触れたので、それを軽く引っ張る。


金剛が近づいてくると彼女を座らせその身体にもたれかかる。これでわたしの背中はごつごつの岩肌ではなくてふかふかのベッドになった。


そしてわたしの隣に座っている比叡を正面から抱き寄せる。彼女は拒むことなく自分の身体を任せた。


彼女の身体をゆっくりと沈める。そして……わたしは儀式でなすべきことを行った。


はじめは比叡は周囲を慮って無言だった。しかし、わたしが儀式を続けているうちに声をあげた。細く…長く…そして身体を激しく痙攣させる。


儀式が終わる。わたしは脱力した比叡を優しく横たえた。


すると金剛がわたしの肩を叩く。彼女は艶っぽく微笑んだ。


二人だけの秘めごとにしたいようで、声こそ出さないが今度は自分の番だと言いたいようだ。よし毒食わば皿までだ。


わたしは金剛にも儀式を行った。声が周囲に漏れないように手で彼女の口をふさぐ。


儀式を続けていると金剛は足をピーンと張った。そして目をつぶって震え続けた。


間歇泉が止み、視界が晴れてくると三人とも何事もなかったように並んで座った。わたしは金剛と比叡の腰に手を回し、もう一度雄大な火山を眺める。いや絶景かな、絶景かな。


挿絵(By みてみん)

金剛


挿絵(By みてみん)

比叡


挿絵(By みてみん)

はじめは比叡は周囲を慮って無言だった。しかし、わたしが儀式を続けているうちに声をあげた。細く…長く…そして身体を激しく痙攣させた。


挿絵(By みてみん)

儀式を続けていると金剛は足をピーンと張った。そして目をつぶって震え続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


そのうちにに身体が火照ったので、わたしは湯から身体を上げて岩に腰掛けた。


それを見た扶桑が

「提督、湯あたりするといけません。今、サイダーを持ってくるからお飲みになってください」


岩ぶろから扶桑は立ち上がった。


扶桑の後ろ姿を見つめる。彼女は、戦前の女性の標準的なヘアスタイルである断髪を軽くまとめている。


そのプロポーションは、元巡洋戦艦である金剛姉妹が鋭角的なのと比べると、骨太でどっしりとしたデザインだ。丸い艦尾には安定感が漂っている。最初から戦艦として建造された貫禄だ。


扶桑はわたしの視線を感じたのか、頬を赤らめた。


…白い霧のような湯気の中で、ほんのりと赤らんだ頬を見るのも、なかなかに風情があるな。そう考えていると…


「ツッ…!」


彼女は顔をしかめて腰をさすり出した。妹艦の山城があわてて駆け寄る。


「すみません、提督。怪獣に体当たりされたところが…」


「どこか打ち所が悪かったのですか?ねえ様!」


そうだ、扶桑・山城姉妹は、先の戦いで多くのモササウルスに体当たりされた。そのダメージが人間体にも影響しているのだ。


「扶桑、大丈夫なのか?」


わたしに対して扶桑はうなずいたがそれでも顔をしかめる。我々に敗れたとは言え、やはり敵は敵だったのだ。


山城は扶桑の横でオロオロしている。

「ねえ様、今すぐ明石を呼びましょう」

「今の明石さんに手数をかけるわけにはいかないわ。お湯に浸かっていれば治るから大丈夫よ」


二人きりの姉妹艦だから心配だろう。山城の言う通り工作艦の明石に見てもらえばよいのだが、今の彼女は駆逐艦たちの検査で手一杯のはずだ。


すると金剛がいつものように?とんでもないことを言った。

「提督、お主か扶桑の艦尾をマッサージするのじゃ。今、ここで傷を癒すのにはそれしかないぞ」


扶桑は一瞬戸惑った表情をして「でも提督にご迷惑をかけるわけにはいきません」


わたしも戸惑ったが帰りの航海のことを考えると今、ここで治したほうが良い。


「気にするな扶桑。提督と戦艦の間柄じゃないか」


わたしは扶桑に手のひらを当てる。人間で言えば肉置きにあたるところだ。ピーンと張ってさわると跳ね返ってくるようだ。


そうか。これが近代化改装で防御力を上げた船体なんだ。


おっと…脇道にそれるのは止めて真面目にやらなければ。


わたしは、人間で言えば尾てい骨にあたる部分を、軽く指で押した。


「ツッ…!」扶桑は声をやや強くあげる。


「痛いのかい?扶桑」


扶桑は軽くうなずく。山城は心配した表情で姉を見ている


「ひょっとしてスクリューシャフトが傷んでいるのかな?」


わたしが周囲に尋ねると戦艦たちはみな首を縦に振る。


「人間で言えば打ち身のようなものじゃな。それほど大事ではないが、やはり今ここで治したほうがよいの」


金剛が皆を代表して結論めいたものを出した。


挿絵(By みてみん)

扶桑


わたしはいきなり患部に手を当てるのではなくて、まずスクリューシャフトの周りの凝りをほぐすことから始めた。


わたしがマッサージすると扶桑のバルジがたぷたぷと揺れる。力を入れたり弛めたりをリズミカルに繰り返す。


もうそろそろいいかな…そう考えてスクリューシャフトのあたりの鋼板を指で押す。


「クッ…!」扶桑が痛がる。山城がビクッとした表情をした。


「ふうむ…これはスクリュー口の内部から痛みが来ておるようじゃ」


金剛が研修医を見守る指導医のように所見を述べる。


榛名が看護師のようにわたしに治療道具を持ってくる。


まるで「温泉変じて病院の処置室になる」だ。


「提督、これを」


榛名が差し出したものは内科医が触診に使う手袋だった。いやこれはあくまでものの例えだが。



手袋をはめたわたしは扶桑のスクリュー口を探す。確か扶桑型のスクリューは二つあったはずだ。


まず後ろのスクリュー口に指を入れてみる。入り口の近くにそうっと…


「アア-ッ!!」

扶桑は強い声をあげた。


確かに後ろの穴の締まりは強い。凝りはここに集中しているようだ。


「提督、この霊薬を扶桑さんのスクリュー口の内部に塗ってあげてください」


わたしは、榛名が差し出した霊薬を自分の人差し指に塗った。そして扶桑に声をかける


「じゃあ扶桑、行くよ」


「ねえ様、辛いかもしれませんが提督を信じて…!」

妹の自らを案じる声に応え、扶桑は力強く頷いた。


わたしはゆっくりと人差し指を入れて中に霊薬を塗りまわす。


扶桑の顔は能面のようだが、必死で痛みをこらえていることは、わたしにも想像できる。


「頑張るんだ、扶桑」


「はい…提督」



彼女の内部をわたしの指がうねうねと動きまわる。それでも彼女は必死でこらえ、決して「イヤ」とか「ヤメテ」という言葉は出てこなかった。


古き時代の耐える日本女性の姿を扶桑に見出だして、わたしの心に波が立った。


「扶桑!これから最後の治療をするぞ!」


「えっ…提督なにを…?」

扶桑の驚きに構わずに、わたしは霊具を取り出してそれに榛名の霊薬を塗りたくる。


そして扶桑の艦尾から後部スクリュー口に差し込んだ。


「くうっ…!」

扶桑が痛みに耐える。無理もない。霊具は指よりも大きいのだ。


山城があわてて止めようとするがわたしは叫んだ。

「ボクを信じるんだ山城!」


山城はハッとして声と動きを止める。


「そのまま息を吐いて身体の力を抜くんだ、扶桑」


わたしの命令どおり扶桑はハーッと息を吐いて力を抜いた。霊具が後部スクリュー口の奥までスルッと入った。


「よし!痛みに耐えてよく頑張った!」


わたしは差し込んだ霊具を後部スクリュー口の中でグリグリと動かす。


最初は苦痛に耐えていた扶桑も榛名の霊薬が効いて顔が紅潮してきた。


いいぞ!苦しみが歓びに変われば治療は成功だ。


わたしは前部スクリュー口にも霊具を差し込む。そして前と後ろの口を交互に抜き差しする。


扶桑は眼を閉じたまま、自らの小指を口に噛ませて叫び声が漏れないように、必死でこらえている。


わたしはさらに治療を加速させる。前と後ろの穴を突く!突く!突く!


扶桑に変化が現れた。閉じた目がうっすらと開き、口が半開きになってツツーと唾液が落ちた瞬間


「ああああああああっ!だ駄目ェェェェェ!」


扶桑は周囲に届くような大きな声を上げた。それと同時に彼女の身体が五色の瑞光に包まれる。


成功だ!そう確信するとわたしの頭の中にも光が走った。わたしに呼応するかのように間歇泉が大きく吹き上がった。


…気がつくと、温泉の中はわたしと扶桑の二人だけだった。



わたしは脱力した扶桑を優しく湯船に横たえる。扶桑の艦尾を触ってみる。強く力を入れても彼女は陶然とした表情を崩さない。


「恥ずかしいです。わたしの艦尾は追加工事で延長したのですが、垂れ下がってしまってボディラインが…」

…こういう言葉が出てくること自体、扶桑の苦痛は消えたということだ。治療は成功したのだ。


わたしも安心感で気が弛み、つい悪戯っぽく彼女をからかってしまった。

「でも扶桑、恥ずかしいというのならさっきのキミの顔が…」


半眼の目で口から涎を垂らした自分の顔を思い出した扶桑。顔を真っ赤にしたと思うと、二つの手のひらで自分の顔を覆って俯いてしまった。


わたしは扶桑の手のひらを顔からはずして


「イヤ、キミを傷つけるつもりはなかったゴメンゴメン」


「もう!…これからはさっきの事はおっしゃらないで下さい」


わたしは抗議するような表情の顔を撫でて言った。


「じゃあ…仲直りの儀式をやらないか?」


扶桑はそっと目を閉じる。わたしは先ほど、金剛や比叡にしたとおりのことを行った。


「ああ~~おかしくなってしまいますぅ~~」


二人だけの空間に再び扶桑の乱れた声が響きわたった。


挿絵(By みてみん)

扶桑は周囲に届くような大きな声を上げた。


挿絵(By みてみん)

扶桑はそっと目を閉じる。わたしは仲直りの儀式を行った



儀式が終わって二人が身体を寄せ合いながら湯に浸かっている時…


「こら!今は中に入るな!」

山城の声が突然周囲に響いた。


「ちゃんと飼い主の言うことを聞きなさい!いい加減にしないと鞭でぶつわよ!」


こんどはバーラムの声だ。


「バーラム、このヒツジの係はあんたでしょ!」

とさらに山城の声が聞こえた瞬間…


あのモササウルスの生まれ変わり…モサ羊が温泉にドブンと飛び込むやバシャバシャと湯を引っ掻き回す。


泥が跳ねるのを必死でよけながら、わたしと扶桑はあわてて湯から上がった。


モサ羊は湯の中をしばらく泳ぐと追いかけてくるバーラムの手をすり抜けて逃げていく。


わたしも急いで服を着てモサ羊を追いかける。


行く手に大きなテントが見える。


モサ羊はその側まで走っていくとテントの端を引っ張った。


すると幕が崩れる。悲鳴とともに中から現れたのは、明石の検査が終わって温泉に入ろうとしている巡洋艦や駆逐艦だった。


「キャアッ」

川内は胸と下を隠して大きな叫び声をあげる。


「……!」

神通はわたしの顔を見るや両手で上半身を覆ってしゃがみこんでしまった。


「待てー!! この助平羊!」

那珂は全裸でモサ羊を追いかけていく。


わたしはあわてて神通の身体にバスタオルをかけた。


モサ羊はさんざん逃げ回ったあげく、阿武隈、潮、曙の連係プレーで御用となった。


「アメリカの潜水艦よりてこずらせたわね、この子」


阿武隈がモサ羊を腕に抱えて戻ってきた。バーラムに羊を渡す。


その瞬間、阿武隈は、羽織ったバスタオルがずり落ちそうになったので、急いで持ち上げる。直しながらわたしにウインクした。


バーラムは鞭を取り出した。家庭教師が坊っちゃまの手を打つ鞭ではない。馬丁が馬に言うことを聞かせるために使うものだ。


鞭を見るや、モサ羊はトコトコトコと榛名の後ろに隠れる。そしてキューンキューンと哀れっぽい鳴き声を出した。


軍務についている時はともかく、それ以外は心優しい榛名。

「バーラムさん、鞭はやりすぎでは…」


バーラムはハ!と息を鳴らすと

「甘いわね。羊は小鳥のような愛玩動物とは違うの。厳しくしつけないとこちらが舐められるわよ」


さすがは日本より牧羊の伝統があるヨーロッパ、わたしは妙なところに感心した。


山城が言う。「もうこの島に置いていきなさいよ」


すると金剛が

「それは駄目じゃ。この羊はあのモササウルスの生まれ変わり。わしらの島に連れ帰るのはカオスとコスモスの円環をめぐらせることにつながるのじゃ」


バーラムは金剛の言葉を受けて

「そういうこと、全ては我らが永遠回帰の神話のため。でもそれとこれとは別、しつけは必要よ。さ、榛名、そこをどきなさい」


バーラムは鞭を構えてゆっくりと歩く。モサ羊は怯えたように身をすくめる。



すると…地面が揺れ始めた。火山の活動が活発になったのだ。比叡は片膝を立てて座ると手を地面に当てた。比叡の手が法力で満ちる。


「不味いわ…提督、金剛姉さま、地中に探信音を放ったけど溶岩の対流の乱れが許容値を遥かに超えています。このままだと噴火するかも…!」


霧島が慌てた声で

「でもエネルギーの吸収は予定の三分一ですわ、比叡姉さま」


その瞬間、モサ羊が大きなそして長い鳴き声を上げた。鳴き終わると火山の活動は静かになった。


みんな驚いて呆然としている。


わたしは考えついたことがあり、バーラムに勢いこんで話した。


「このモサ羊は永遠回帰の神話の象徴のみならず、世界を安定させる役割も負わされているんじゃないか?それが君たちに戦いで浄化されたためだとしたら?」


バーラムは首を横に振った。


「さあ、どうかしら?今のあなたの思いつきが真理かどうか確かめるためには、考証と検証が必要ね」


やっぱり一蹴されてしまった。それでもバーラムは羊を見やると


「でも、この火山島にはこれからロイヤルネイビーの艦も寄港する予定だったのよ。この子に助けられたわね。今回は鞭で叩くのだけは許してあげる」


その言葉を聞くとモサ羊は榛名の足元を離れわたしの足元に鼻をつける。


そしてトコトコと巡洋艦や駆逐艦の方へ行くと彼女たちが羽織っているバスタオルを引っ張りはじめた。


巡洋艦や駆逐艦が黄色い叫び声をあげる中、金剛はニヤニヤしながら


「まるで提督に今度は巡洋艦や駆逐艦と温泉に入れと言っているようじゃの」


バーラムは金剛の下ネタジョークを聞くと


「男女混浴が世界秩序の安定?日本人のミドルが好きそうな下卑たジョークね。でもおあいにくさま。今度はわたしが魔法でビーチを創造してあげるわ」


温泉の次はビーチで遊べると聞いたみんなは一斉に歓声をあげた。(続く)



挿絵(By みてみん)

バーラム


後書き



妙高

「絶景ね。いいところに温泉を見つけられて良かったわ。さ、重巡妙高型四姉妹でゆっくり入りましょう」


足柄

「こうしてお湯につかりながらあの火山を見ているとラバウルを思い出すわ。ガダルカナルの戦いの時に見たあの山は美しかった」


那智

「わたしが思い出すのはキスカ撤退の時に見たキスカ富士だな。陸さんの兵士が整列している後ろに見えた火山は壮観だった」


足柄

「那智姉さんがキスカ・マーチならわたしはラバウル小唄ね。さ~ら~ばラバウルよ~わたしの艦内ではずっとラバウル小唄のレコードを流していたわ。有名だったもの」


妙高

「足柄ちょっといいかしら。そのラバウル小唄、たしかレコードになったのは昭和19年でその時にはガダルの戦いは終わっていたはず…」


羽黒

「それに那智姉さんだってキスカ撤退戦は途中で戻ったんでしょ。あとキスカの火山は島の北側だからね。東からキスカ湾に入ると進行方向の右手にあるんだよ。港に整列した兵士の後ろに見えるの?本当にキスカに行ったの?」


那智

「う…うぐ…わたしが行ったのはアッツ島だったかな…アッツにだって火山はあったはずだ。でも…キスカ撤退戦は有名で聞こえがいいからつい…」


妙高

「駄目よ、那智、足柄。あやふやな記憶で話しては。これが戦果の報告だと考えてごらんなさい。いい加減な数字が伝わって司令部の戦略判断を狂わせるわ。台湾沖航空戦を忘れてはいけませんよ」


羽黒

「それだけじゃないわ。姉さんたちみたいに話を盛ったせいでね。わたしたち戦争経験者の話なんてミリオタに笑われるようになっちゃったんだよ。熱心に聞いてくれるのは提督だけだよ。あの人は浅いところしか知らないニワカだから」


足柄

「な…何よ!妹のくせに偉そうに!アメリカの航空機はみんなB29よ!地上から青い目のパイロットが見えたのよ!どうせわたしは飢えた狼よ!それでいいでしょ!」



那智

「おい、空襲の話はさすがに冗談ではすまんぞ!最後だけは大笑いできるがな。こら!お湯をかけるな!目に入ると熱いだろ!」


妙高

「足柄。民間人の方々の証言なら仕方ないことです。でも、あなたが艦載機と陸上機を一緒にしたら…それは帝国海軍の名誉ある軍艦としてあるまじきこと!」


足柄

「ビクッ…! 妙高姉さんってば怖い顔で睨まないでよ…わかったわよ」


那智

「まあまあ妙高。こいつも反省しているんだ。久しぶりにみんなでのんびりしよう」


足柄

「ああ…いいお湯だこと…ところで妙高姉さん、確かラバウル小唄は南洋小唄の替え歌で昭和15年にレコードが出てたはずよ」


妙高

「あら?そうだったかしら」


那智

「わたしの艦内では流行っていたかな?南洋航路。どうも思い出せないな」


羽黒

「真実は薮の中だね」

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