32. インスラ・オヴィウムの戦い2
......ギリシャ人やローマ人は、ケルト人のこの死を怖れぬ勇敢さの秘密は霊魂の不死を説く彼らの宗教にあると考えた。そして、それを、彼らの知るピタゴラスの輪廻転生説-死後の霊魂が他の人間や動物に乗り移って転生を繰り返すというーのようなものだろうと想像していたようである......
田中仁彦『ケルト神話と中世騎士物語』17頁。※ただし、ピタゴラスの輪廻転生説と同一視したのはあくまでギリシャ・ローマ人の想像である。
異界と人間界との航路を妨害する脅威となり得る怪獣・モササウルスの群れを討伐するために出動した我らが連合艦隊。
その群生地インスラ・オヴィウムの島に到着した我らは、軽巡阿武隈たち第一水雷戦隊の活躍で、モササウルスを連中の巣から誘い出すことに成功した。
しかし連中はただの怪獣ではなくて、我らにフェイントをかける知性をも持っているようだ。旗艦金剛に設けられた司令部に詰めている戦艦たちに緊張が走る。
「鳳翔! 龍譲!搭載している航空機をどんどん発艦させて!」
作戦参謀である霧島が命令を下す。
空母鳳翔、空母龍譲から複葉の10式艦上戦闘機が飛び立つ。今回の戦闘には機動部隊の主力である赤城や加賀たちは参加していない。しかし、雷撃以外の任務でも偵察や弾着確認等に航空機は必要なのだ。
「第一陣!戦闘序列は整えたわね!」
パッパッパッ....と司令部に神話の力で複数のスクリーンが出現する。その中に多くの艦影が映った。
突入第一陣の戦闘序列は軽巡川内率いる第三水雷戦隊、軽巡那珂率いる第四水雷戦隊、軽巡神通率いる精鋭第二水雷戦隊、後衛に日本艦の中では戦い慣れした重巡妙高、那智、足柄、羽黒からなる第五戦隊だ。
スクリーンが外の艦影から中の艦橋に切り替わる。自艦の艦橋にいる人間体の彼女たちは、緊張した面持ちで敵怪獣を待ち構えている。
「霧島!モササウルスの群れが接近してるわ!距離8000異界里!7500…7000!」
わたしはスクリーンから視線を外す。旗艦金剛の艦橋で、モササウルスの動きを報告するのは、この作戦で情報収集と分析を担当している榛名。
「よろしい!天祐を信じて突入せよ!」
霧島の号令に艦隊が動き出した。各艦の檣頭には戦闘旗が翻る。
彼我の距離が6000異界里に達した時点で川内、那珂、神通の主砲が火を吹いた。
砲弾がモササウルスに命中して海が真っ赤に染まる。しかし残ったモササウルスはぐんぐんと接近してくる。
ワニの頭と海ヘビの胴体を持つ怪物、ガッと開けた口からギラッと牙が見える。
「やつら、恐れを知らないというの?」
「違うわ、霧島、砲の間合いを外すことを知っている…?」
これは初手から調子が狂った。近代の海戦においては遠距離からの砲戦から始まるのが通例だ。
わたしは『戦史叢書』の一節を思い出した。日本海軍水雷戦隊の突入が勝敗を決したスラバヤ沖海戦でも、17時45分に距離1.68万メートルに迫った敵駆逐艦への神通の砲撃から始まっている。
それから40分あまり那智や羽黒の重巡が敵巡洋艦と砲戦を展開した後、味方の輸送船団への接近を防ぐため、18時33分に「全軍突撃せよ」の命令が下されたのだ。
陸戦も海戦も性急な突入は行わず、最初は遠距離戦で戦況を図るのは変わらないわけだ。自軍の被害を恐れるのは敵味方共通しているが、怪獣モササウルスにはそれが通用しなかった。
全軍に困惑と動揺が走るのをわたしは感じた。このままだとモササウルスの群れに艦列がズタズタにされる…
「うろたえるな!」
凛とした声が通信によって全軍に響く。
その声は神通だった。
「動揺する必要はありません。水雷戦に移る手順が早まっただけです。全軍突入 !」
わたしはスクリーンを凝視した。軽巡洋艦神通の美しい艦影が全軍の先頭を切る。
神通はモササウルスの群れに蝕接すると魚雷を発射して反転する。恐らくは数学的にも見事なカーブにわたしは見惚れてしまった。
そして旗艦に遅れを取るなとばかりに第二水雷戦隊の精鋭…朝潮たち第八駆逐隊、そして親潮、磯風たちは神通よりもさらに突っ込んで魚雷発射を敢行する。
堀元美が日本海軍駆逐艦の最終形態と評した陽炎型の親潮と磯風が先陣をきる。
「親潮の映像を拡大してくれ」わたしの命令とともにスクリーンに親潮の艦影が大写しになる。
わたしは手元の資料で親潮の艦歴を確認する。太平洋戦争開戦時には既に二水戦に所属していた親潮。ルンガ沖夜戦の水雷戦では東日出夫艦長の指揮のもと、甲板の人影が見える距離まで敵艦に接近したと言われる(『八聯特戦記』152頁)。
親潮はこの戦いでも勇敢さを見せた。モササウルスの眼球の瞬膜が見える距離まで近づくと魚雷をぶっ放してすかさず反転したのだ。
「次は磯風」磯風にスクリーンが切り替わる。
磯風は太平洋戦争初期から中期にかけては機動部隊の護衛に従事しており、二水戦に編入されたのは戦局も押し詰まった昭和19年。この時には神通も親潮も既に沈んでいた。
しかし、磯風も太平洋戦争の緒戦から末期まで戦い抜いた艦だ。実戦の呼吸は十分に心得ている。わたしが見ているまえで親潮と連携して魚雷を敵に叩き込んだ。
続いて朝潮たち第八駆逐隊が映された。彼女たちは日中戦争から太平洋戦争序盤まで二水戦に所属して神通の指揮のもと戦った艦だ。神通が切り開いた敵陣の裂け目をさらに広げるように魚雷を発射した。
異界兵器分子雲燃焼魚雷はここで大きな効果を上げた。航跡を乱すことなく真っ直ぐに突っ込んでいき、狙いどおりの地点で次々と爆発する。モササウルスの前衛は大きな被害を受けた。
それを確認したわたしは金剛とうなずき合った。
「まずは戦果をあげたということじゃの」
金剛は満足げな様子だ。
神通「落ち着いて訓練通りに発射しなさい!」
親潮「陽炎たちが着任するまであの娘たちのぶんまで!」
磯風「神通さんの指揮で戦うのは今回が初めてか。しかしあの戦争でのわたしはよろず屋稼業、どんな任務だってやり遂げてみせる!」
朝潮「第八駆逐隊突入!今生こそ一人も欠けること無く!」
モササウルスの群れは血しぶきを上げて悶え狂い、海上は炎のようになっている。
「神通に負けていられないわ!わたしたちも行くよ!那珂!」
通信から川内の声が響く。
「二水戦、三水戦よりも手柄を立てるよ!みんな!」
那珂も応じる。二人の元気な声が水雷戦隊に活気を与えたのが司令部からも感じられた。
二水戦に続けとばかりに三水戦、四水戦が突入の態勢を整えた時に異変が起きた。
さらに突っ込んでくるかと思ったモササウルスの群れはくるりと反転して戦場を離れたのだ。
「やつら…やっぱり知能が…?」
わたしは思わず声を出した。
榛名に目を移すと、彼女は聴音機に耳を当てながらマルス・ルモグラフ鉛筆を紙に当てて何やらの計算をしている。
わたしは霧島に声をかけた。
「あの群れはまた湾内のフィヨルドに逃げ込むんじゃないか。そうなったら阿武隈たちの作戦が無駄になるぞ」
すると霧島。わたしの顔を見て
「心配しないで、提督。こんなこともあろうかと」
いかにも自信ありげに解説しだした。
「こんなこともあろうかと。鳳翔と龍譲の航空隊に命令して、湾の入り口に機雷をばら蒔いておいたのよ」
スクリーンは湾の入り口にズームアップしていく。モササウルスの群れが機雷源に近づいていくのが見える。
「そうよ…そのまま…そのままよ...いい子ちゃんたち...」
霧島が舌なめずりするように呟く。本当に舌を出したらはしたないと比叡に叱られるが。
わたしと霧島が息を呑んで見つめていると......再び異変が起きた。モササウルスの群れは機雷原の前でピタリと止まったのだ。
その中の数匹が先行して湾の入り口を遊弋すると、しっぽを立てて振り回す。
すると群れは方向転換し出したのだ。
その瞬間、霧島は叫んだ。
「第五戦隊!砲撃であいつらを機雷原に追い込みなさい!」
妙高、那智、足柄、羽黒が砲撃を開始する。続いて前進した衣笠たち第六戦隊も砲撃を浴びせる。
砲弾は水雷戦隊を飛び越えてモササウルスの群れに命中する。特に妙高型の砲撃の集中は際立っていた。今日は彼女らの最大の欠点であった砲弾の散布界の過大は発生していないようだ。
一方で聴音機を耳にあてていた榛名は
「霧島、まだ怪獣の言葉を解読できていないけど、鳴き声を聞くとかなり動揺しているわ!」
それを聞いた霧島
「いいわ!砲撃の手を緩めないで!扶桑、山城、あなたたちも戦場に向かう準備を」
扶桑と山城はわたしに一礼して艦橋を降りていく。
映像で見るとモササウルスの群れはのたうち回りながら徐々に機雷原に押し出されていく。
しかし…わたしはあることに気付いた。
「映像をズームしてくれ!」
榛名がスクリーンをズームさせると群れの真ん中に他の個体より大きいモササウルスが一匹。彼?彼女?だけは微動だにしていない。あの個体は一体....?
突然、その大モササウルスは大きく咆哮した。それと同時にモササウルスの群れは湾の外縁の潮流に乗って加速した。
バーラムが感心したように呟く。
「まあ、ドリフトダイビングをやったのね。潮流を重力に見立てたスイングバイ、といったところかしら」
モササウルスの群れは砲撃を受けながら脱出していく。
それを見ながら金剛もうなずく
「ほう、思いきった手を打ったものじゃな。畜生といえども侮れぬわい」
かくしてモササウルスの群れは、多くの犠牲を払いながら彼らにとっての死地から逃げのびた。
霧島は想定外の展開に呆然としている。
すると比叡が妹艦を叱咤した。
「霧島!敵を外洋に逃がしたらこの作戦は失敗よ!」
霧島はハッとなって
「こちらも全艦方向転換!外周から敵を囲みなさい!何としても外洋に出してはダメ!」
艦隊は動きだす。こうして戦局は転換した。
霧島「全艦に告ぐ!怪獣を外洋へ逃がすな!」
時刻は薄暮から夜に移ってきた。夕闇が迫るなかでの追撃戦である。
先の大戦で実戦を経験している日本艦。縦一列になって敵怪獣を追いかけることはせず、二水戦が先行して怪獣の群れの先頭を押さえようとしている。
スクリーンで見ると、その航跡は綺麗な放物線を描いたようであり、皮肉屋のバーラムもそれを見て感心したような顔をする。
二水戦の旗艦をつとめる神通が全艦隊に命令を下した。軽巡より上の重巡や戦艦たちには意見具申という形式であるが。
「敵怪獣の反転迎撃を警戒しなさい!」
スクリーンの中の神通は握り飯を頬張っている。敵を睨んで、立ったままの夕食である。
別のスクリーンには自艦の艦橋にいる那珂が映る。夕食の握り飯についた沢庵をポリポリ食べながら口を開く。
「スラバヤ沖の戦いの追撃戦を思い出すね、神通ちゃん。あの時もデロイテルやエクセターたち最後まで激しく抵抗したよねー」
通信から那珂の快活な声が響く。そういえばスラバヤ沖の海戦では那珂も神通とともにエクセターたちイギリス艦やデロイテルたちオランダ艦からなる連合軍艦隊と戦ったのを思い出した。
那珂の言葉を聞いた神通は
「あの時も米英蘭豪の艦隊は何度か反転迎撃する気配を見せました。幸いにして何事も起きませんでしたが、こちらが隙を見せたら思わぬ逆撃を食らったかもしれません。今回も気を抜いては行けません」
那珂は無言で艦橋の窓から外を睨み付けた。
異界時の午後八時半、わたしは空中に輝く光を見た。神通の水偵が敵怪獣に触接し、吊光弾を落としたのだ。
「敵怪獣は米英の艦隊ではありません!どんな手を使ってくるかわからない!用心しなさい!」
通信の向こうから神通が全軍に通達する。
「なあに。どんな手を使ってくるのかわからない敵と砲を合わせるのが実戦の醍醐味ってもんよ。これは演習とは違う!三水戦!ついてきなさい!」
川内はそう叫ぶや自艦を先行させる。彼女が旗艦を努める叢雲や綾波たち三水戦がそれに続く。
「方位発射一斉集中射法で発射始メ!」
通信から川内の号令が響く。三水戦の艦が回頭し始めた。
「テ!」の掛け声で魚雷が二秒間隔で発射される。
分子雲燃焼魚雷はモササウルスの群れの先頭めがけて進み、轟音をあげて爆発する。
暗黒の海に光が輝き轟音が響きわたる。
「やったか!」
川内が歓喜の声をあげる
「待って下さい。川内姉さん!」
何かに気づいたような神通が警告する。
わたしは思わず身を乗り出した。戦場を映すスクリーンを凝視する。
吊光弾の光に照らし出される洋上を黒い影がいく筋も走る。
「川内ちゃん、あいつらこっちに突入してきた!」
那珂の悲鳴が通信に響く。洋上の筋とはモササウルスだったのだ。
彼らはウリリリィ~と吠え声をあげて艦に体当たりを仕掛けてきた。
各艦はあわててかわす。体当たりをかわされたモササウルスは、そのまま直進するも方向転換して戻ってくる。
我らが艦艇は爆雷を投下しながら闇雲にかわそうとする。
「落ち着きなさい!」
と神通が叱咤するも艦隊の動揺が隠しきれなくなった時…
暗黒の海上に砲弾が次々と着弾し、モササウルスを屠った。
わたしが驚いている傍らで霧島がスクリーンに話しかける
「ありがとう、妙高。敵怪獣の勢いを止められたわ」
「どういたしまして。闇夜のレーダー射撃はシンガポール以来だけどどうにか成功したようね」
スクリーンの中の妙高が微笑んでいる。
妙高は第二次大戦末期にアメリカ潜水艦バンゴールから魚雷攻撃を受けた時、傷つきながらも浮上したバンゴールにレーダーで砲撃を返したのだった。
妙高
那智
足柄
羽黒
わたしは旗艦金剛の艦橋から戦況を確認して安堵の息を吐いた。
妙高の砲撃で混乱していた艦隊は冷静さを取り戻したようだ。
艦橋に映し出された複数のスクリーンを見る。
駆逐艦たちはモササウルスの突撃を交わすと僚艦が探照灯を当て、砲撃や爆雷の投下を行う。
そして磯風が、叢雲が、綾波が、浦波が、吹雪が、潮が、曙が、主砲をまるで剣のように扱い、次々とモササウルスを退治していく。
モササウルスの群れは逃げ始めた。
司令部の霧島が叫ぶ。
「敵怪獣を逃がすな!」
霧島の命令を受けて神通が水雷戦隊に告げる
「三つ固めで平行追撃!漸減作戦で訓練した艦隊運動の応用です!」
水雷戦隊は三方に分かれてモササウルスの群れを囲むと、速度を合わせながら魚雷を発射していく。次弾装填装置はここでも威力を発揮した。
川内が叫ぶ。
「あとちょっとよ!このまま奴らにピッタリとついていくのよ!」
すると一水戦を率いる阿武隈が通信に割り込む。本来の任務は司令部の護衛だが今は前線に進出している。
「ちょっと待って三水戦。あいつらの鳴き声が変わったわ。いやな感じがするの」
司令部では榛名が聴音機を耳に当ててモササウルスの鳴き声を解析していたが、突然顔色を変えて叫んだ。
「全艦隊!一時停止!」
自らの権限を犯された霧島は声をあらげる
「榛名!どういうこと!」
榛名は霧島以上に声をあらげて
「このままくろがねの女どもを誘い込め!って言っているのよ!霧島!」
すると群れの中心にいた大モササウルスが突然咆哮した。全艦があわてて停止する。
その瞬間、空中にオーロラが出現して海にカーテンが降りたようになった。艦隊のギリギリ手前だった。
眼前に出現したオーロラのカーテン。その向こう側には何があるのかわからない。
我が艦隊の進撃は停止したままだ。榛名が偵察のドローンを飛ばしたがカーテンに接触するや一瞬で蒸発した。
現場の指揮官たる軽巡は通信を通して話し合っている。
「突入あるのみ!わたしたちには神話の力がある!」
「ここは慎重に川内姉さん。ですが勢いを殺すのは愚策です!」
「でも川内ちゃん、神通ちゃん、切り札の分子雲燃焼魚雷も残り少なくなってきたよ」
姉妹艦の神通、川内、那珂が話し合っている中で
「ここで帰ればまた来られるっていいますよ、提督」
「阿武隈!お前はまたそんなことを!キスカのように上手く行くとは限らんのだぞ!」
「…キーン…那智さん、耳、耳。重巡が軽巡同士の会話に割り込むと指揮系統が…」
「ああ!?」
「いえ何でも…」
阿武隈がまたとぼけたことを言ってキスカ以来の古馴染の那智に怒鳴られているが、引き返すのも一つの考えだろう。
しかし、わたしはこれまでの戦闘の経過を反芻してみた。モササウルスの思わぬ逆擊にあって混乱したものの、撃沈大破した艦も出ず、おおむね順調だ。
特に敵の罠にはまる寸前で、榛名が彼らの鳴き声を解読してギリギリで回避できたのはツキに恵まれていると言って良い。
神通の言う通り勢いというものは小賢しい計算を越える場合もあるのだ。
とはいえ、進路に立ち塞がるオーロラのカーテンにみな不安を抱いている。神話の力で突破できても中にどんな罠があるのかわからない。
突入すべきか否か…わたしは指揮官としての決断に迷っていた。艦隊みなの視線が自分に集中しているような気がする。
意識を内から外に移すと金剛が目の前に立っていた。彼女はわたしに片手を差し出す。手のひらの中にはサイコロが三つ。
「金剛、これは何だい?」
「見ての通り賽じゃ」
そして金剛は通信の向こうにいるみなに聞かせるように、朗々と講釈を唱え始めた。
「そも、賽というものは天竺に起源をもち、それから唐の国を経て本邦では奈良朝時代に伝えられたと宮武外骨氏は説く。この由緒ある品で提督たるお主に吉左右を占ってもらおうというわけじゃ」
バーラムがカードをシャッフルしながら言う。
「さっきからわたしもカードで占っているけど、ハッキリした答えがでないの。ここはやっぱりアドミラルに占ってもらわないと」
この艦隊は20世紀の近代海軍なのにまるで中世みたいだな…と思う間もなく、金剛とバーラムは「さあ! さあさあ!さあ、さあ、さあ!」と言わんばかりの圧をかけてくる。
わたしは彼女たちの眼力に巻き込まれるようにサイコロを受け取り、手のひらに包んで振る。
一回目…二回目…三回目…わたしはサイコロを机の上に放り投げた。
「大吉じゃ!全艦突入!ト連送!」
なんと、金剛はサイコロの目も見ずに全艦にそう告げた。
そのとたん日本の戦艦たちの六隻の艦首にある紋章が輝いて神話の力がビームになって発射された。
六つの光が一点に集中し、海面まで降りたオーロラのカーテンに大きな穴が空く。
艦隊は水雷戦隊を先頭に内部に突入していった。
突入後数分もせずにカーテンと外の海の境界に戦艦たちが停泊し、神話の力で力場を張って橋頭堡を作る。
カーテンの内側は霧がかかったようになっていてモササウルスが襲ってくる。
「全艦が一気に突入してはダメ!戦隊ごとに突入しなさい!敵に一撃を与えたらこの力場に戻ってくるのよ!」
霧島が全軍に告げる
「これまでの戦闘で敵怪獣の数は減っているけど、こちらには被害が出ていない。消耗戦に持ち込めば我が方が有利よ!」
たった今まで推測統計で敵の残数を計算していた榛名が告げる。
「各艦!30分おきにエネルギーキャラメルの服用を忘れないこと!」
補給担当の扶桑が彼女にしては大きな声で通達した。
しかし敵の抵抗もしぶとい。第二水戦、第三水戦、第四水戦が突入して多くの損害を与えたと推測されるが未だ決着がつかない。
続いて妙高たち重巡からなる第五戦隊が突っ込んだ。太平洋戦争末期まで活動した妙高型は戦い慣れている
「ご覧なさい、アドミラル。妙高たちは敵を一点に集めるつもりよ」
バーラムはわたしの肩を叩くとスクリーンの一つを指し示した。彼女が指を鳴らすとウォーゲームのマップのようなグラフィック映像に切り替わった。
「青の光点が我が艦隊よ」
妙高は子隊の駆逐艦神風たちを先行させて一ヶ所にモササウルスの群れを追い込み、砲撃を集中しようとしているようだ。
だが、諸元を入力して発砲する寸前に、後退する那珂たち第四水戦が間に入り込み、彼女たちの作戦は不発に終わった。
スクリーンが再び切り替わって艦橋の妙高が映る。普段は穏やかな彼女らしくもなく、顔をしかめて小声で何かを呟いた。
ひょっとしたら、那珂たち四水戦と妙高山の山神に抗議したのかも知れないが、外に聞こえることは無かった。
それでも妙高たちは後退する時にわざと艦列に隙を作り、モササウルスを誘い出そうとしたが敵もさるもの、その手には乗って来なかった。
「これが戦場というものね」
バーラムは軽く肩をすくめる。
妙高たち第五戦隊が後方に退いて一瞬攻撃の間があく。
その隙を狙ってモササウルスの群れがこちらの橋頭堡に突入してきた。
すかさず艦隊旗艦たる戦艦金剛は戦艦比叡・霧島・榛名に守られながら後ろに退がる。
そして扶桑と山城が前進する。
金剛の艦橋にいるわたしの眼前で、モササウルスは次々と戦艦扶桑と戦艦山城に体当たりをかける。
扶桑、山城ー!わたしは思わず目を閉じる。脳裏にスリガオ海峡で沈んだ両艦の悲劇がよぎる....!
だが、恐る恐る目を開けると....二隻の戦艦は微動だにしていなかった。
「戦艦が簡単に沈むかー!」
スクリーンの中で山城が仁王立ちになって絶叫する。
後退する自艦の艦橋で金剛は感に耐えぬように呟く。
「畜生とはいえ大した奴らじゃ……じゃが、これが連中にとっては最後の突撃じゃろうなあ」
やや感傷的な金剛に対してバーラムは冷静だった、
「そうね、扶桑と山城を転覆できないところを見ると、かなり弱っているわね。既に戦局は決したわ」
轟音が次々と響く。モササウルスの群れに向かって扶桑と山城が砲撃を浴びせているのだ。
わたしは戦艦金剛の艦橋から戦況を見ながら
「三度突撃したが李元昊には届かなかった…四度目に突撃する力はもう尽きた…」
というある武将の最後の言葉を思い浮かべた。
彼は敵味方の折り重なる死体の中で愛剣を自らの喉元に突き立てたと伝えられている。眼前の海にも多くの動かぬモササウルスが浮かんでいる。ここで斃れたモササウルスたちはどこへ行くのだろう。そしてあの大モササウルスは....そんな考えが頭をよぎる。
扶桑と山城を仕留められなかったモササウルスが後退した後、止めを刺すべく水雷戦隊が突入の態勢を整える。
これが恐らく最後の突入になるだろう。わたしは金剛たちとともに司令部のスクリーンから準備の作業を見守る。
激しい戦闘で神通たち水雷戦隊のエネルギーは既に尽きている。戦艦からエネルギーを供給されている時に神通が上申する。
「分子雲燃焼魚雷、残数はもうありません」
すかさず妙高たち第五戦隊、衣笠たち第六戦隊が手持ちの魚雷をわたす。
オーロラの輝きの下で、衣笠は自艦のデリックを巧みに操りながら
「いい?これが最後の魚雷よ!無駄弾にしたら許さないから!」
オーライオーライと自艦の甲板で両手を振って魚雷を受けとる神通。
「了解です!決して無駄にはしません、衣笠さん!」
かくして那珂の四水戦がモササウルスの群れを奥に押し込んで退くと、すぐに神通の二水戦と川内の三水戦が前進して左右に分かれる。
「「テ!」」
通信では姉妹の息はピッタリと合わさり、同じ声に聞こえた。
しかしスクリーンに映る姿は異なった。神通は艦橋で微動だにしない直立不動、川内は上体を乗り出して号令をかけた。それは姉妹二人の個性を映しているようだった。
魚雷は連鎖するように爆発してモササウルスの群れはようやく壊滅した。
魚雷の爆発が収まった海域に、静寂が訪れた。
だが、戦いは終わっていなかった。
波間に浮かぶ巨大な影――あの大モササウルスだ。傷ついた巨体の周りを、小さな幼生たちが取り囲んでいる。
スクリーンに映るその光景を、艦隊の誰もが息を呑んで見つめていた。
幼生たちは巨体に寄り添い、甲高い声で鳴き続けている。
聴音機を耳に当てていた榛名の手が震えた。幼生の鳴き声を解析した榛名は
「死なないでお母さん…」
と訳しただけでその後は黙ってしまった。さっきまで味方を鼓舞していた川内も神通も言葉を失っていた。
その中で、金剛は静かに進み出る。
「さて、提督、お主の命令をもらわなければならぬ」
バーラムが付け加える。
「言うまでもないことだけど、ここで逃したら成体になった後に暴れまわるわよ」
わたしもそれなりに年を取っている。若かった頃とは違って、瑞々しい感性よりも乾いた理性が上回った。
「うん。これから命令を下す。残ったモササウルスの群れを駆除せよ」
そして戦艦金剛の主砲から三式弾が発射され、焦熱の中でモササウルスの群れは完全に消滅した。わたしは目をそらしたい衝動を必死で抑えて直視した。
戦いが終わった翌日、金剛はインスラ・オヴィウムの島に小さい祠を立てた。
全員が整列して祈りを捧げる。
「偽善ね」
儀式が終わった後、バーラムがこれまでにない皮肉な口調で呟く
「そうかも知れぬの」
と、金剛。
わたしは二人に言った。
「わたしは日本人だからこう思うのだが、我々は平安の昔から敗者を寺社に祀って弔ってきた。それは怨霊を恐れたためと言われているが、勝者が自らの罪と業を忘れないためもあったと思う。そうだ、偽善ではあるが、自分たちの歴史を直視するのに必要な行為なんだ」
自分でも考えを整理できずに未消化のままで言ってしまったのだが…
バーラムはわたしを興味深く見つめたがやがて視線を反らすと
「なるほどね、でも無駄になったかも知れないわね」
バーラムは入り江の向こうを指さす。
すると丘の上に黒い羊が現れた。その羊は入り江を泳いでこちらの岸に上がると白い羊に変わった。
バーラムはその羊の頭を撫でると
「わたしたちブリテンの神話では黒い羊は死の象徴、白い羊は生の象徴よ」
わたしは瞬間に何かを悟った。
「死の象徴が生の象徴に変わる…ひょっとしてその羊は…?」
「ご明察の通り。これはモササウルスの生まれ変わり。霊魂は姿を変えて死と生を繰り返すのがサモスの賢者の教え。この羊は幸せの島に連れ帰って大切に育てるわ。多少の罪滅ぼしにはなるでしょう」
駆逐艦たちが集まってきて白い羊を囲み、眺めたり、手のひらをなめさせたりしている。
その光景を眺めながら、わたしは静かに命令した。
「作戦終了だね。これからわたしたちの島に戻ろう。全艦抜錨」
山城「戦艦が簡単に沈むかー!」
後書き
(前回の後書きからの続き...空母瑞鶴は自艦にアニメのZZガンドムロボを搭載したいと申請して、怒った日向・伊勢に呼び出される)
日向
「翔鶴に瑞鶴。忙しいところを呼びつけてすまなかったな」
伊勢
「それでね、瑞鶴。自分がどうしてこの部屋に呼び出されたのかわかってる? 」
瑞鶴
「(ツーン…)」
翔鶴
「(オロオロ)瑞鶴!早くあやまりなさい!……すみません、日向さんに伊勢さん、わたしがこの娘によく言い聞かせますから」
日向
「翔鶴からもよく言っておいてくれ。現在の我々はアニメのロボットを空母に搭載させることは考えていない」
伊勢
「そうよ。航空機に必要なのは物量と稼働率。ロマンを追いかけている余裕は無いの」
翔鶴
「はい、その通りです。…わかったわね、瑞鶴。わたしたちは純正空母よ。その誇りと本分を守りなさい。オモチャなんかに目移りせずに現在搭載している航空機の錬成に全力を…」
瑞鶴
「でも翔鶴お姉ちゃんだって言ってるじゃん。いつかベルディオスロボを搭載したいって。パイロットのマランとかメリンとか言う人、お姉ちゃん好きなんでしょ」
翔鶴
「こ…こら瑞鶴、あれは本気で言ったんじゃないの」
日向
「ベルディオスロボ…知らないな、何だそれは?」
伊勢
「ガンドムロボなら有名だからわたしでも聞いたことあるけど…」
翔鶴
「(ピクッ)い、いや…日向さん伊勢さん、ちょうどいいから今ここで提出します。これがわたくしたちの新しい搭載機の申請書です」
日向
「…サーブ 35 ドラケン戦闘機?」
伊勢
「ダブルデルタ翼って変わってるわね」
翔鶴
「中立国だったスウェーデンの国土防衛のために開発された超音速戦闘機で、稼働性に優れています。道路を滑走路として使えるように設計されているとか。2005年に最後の機体が退役したのでそろそろこの異界に大量に流れ着いてくる時期…」
日向
「給油と兵装搭載を10分以内で行えるのか。まさに稼働性だな。あの戦争で南方の島嶼部の基地に配備したら活躍したかも知れないな」
伊勢
「しかもアウトレット品を格安で大量に入手できるなんてね。さすが翔鶴、しっかりしてるわ...…誰かさんと違って」
翔鶴
「恐れ入ります」
瑞鶴
「(ムッ)…翔鶴お姉ちゃんはいつも優等生だね。でもね、あたし知ってるんだよ、ドラケンだって結局はパイロット狙いじゃない。ベルディオスロボとドラケン戦闘機のパイロットって雰囲気も似てるし、声だって同じ声優が演じてるみたいに瓜二つだし。お姉ちゃん、ああいう陰のある美形に母性本能くすぐられちゃうんだよね」
翔鶴
「瑞鶴!なんてこと言うの!」
瑞鶴
「それでね、あたしもっと知ってるんだよ。ベルディオスロボってテレビジョンは打ち切り、映画化もガンドム映画に人気を取られて大失敗。明日を救えなかったロボってね~あはは」
翔鶴
「(ピキピキ)ず・い・か・く~~ドカーッ!!」
瑞鶴
「ギャアken/adxtpiafw-h/am!!」
日向
「おお、久しぶりに見たな。翔鶴の姉ちゃんキック」
伊勢
「あそこに蹴りを入れられると男性はもちろん女性でも痛いのよね~」
翔鶴
「瑞鶴!いつもあんたのこと心配しているお姉ちゃんに向かって憎らしいこと言うのはこの口か~! この口か~~!!この口か~~~!!!」
瑞鶴
「ビェエェエん ヴぉにえぇじやんうごめえんにゃすうわい(お姉ちゃんごめんなさい)」
日向
「ああ、ちょっといいかな。二人きりの姉妹の語らいに入って悪いが、この部屋には次の予定があるんだ。そろそろこのへんで」
伊勢
「あ。みんな、金剛からメールが来たわ。インスラ・オヴィウムの作戦は成功したそうよ。凱旋してくるあの娘たちを出迎える準備をしましょう。」




