31. インスラ・オヴィウムの戦い1(軽巡洋艦阿武隈登場)
...軽巡はまさしく中小企業にあたる。大企業の組織力と一匹狼のむこうみずな気風を、両方とも合わせもっていた。まず第一に、小さまわりがきく。したがって海軍でもじつによく使われた艦種であろう...
中垣義幸「体験的”軽巡洋艦乗り気質”告白集」『軽巡二十五隻』
海に浮かぶ二つの火山から煙がもくもくと出ているのが見える。
そしてその火山島の湾には日本のウォーシップたちが投錨している。
大自然の前には人間の作り出したものなど…と、本来なら言うところである。だが、彼女たちは神話の力で生まれ変わった戦女神の化身のような存在だ。
火山島に比べれば大きさこそ異なるものの、その存在感は負けてはいない。この異界でしか見られない壮大なパノラマである。
わたしが戦艦金剛の甲板で雄大な気分に浸りながら鑑賞していると雪風がホットカルピスを持ってきてくれた。
礼を言ってそれに口をつける。飲み干してから雪風の腰に手を回して引き寄せる。そして彼女の後ろ髪に顔を埋める。
雪風は「あっ...」と小さく声をあげただけで抵抗はしなかった。
おっとこれは遊戯や悪戯では無い。クリスマスの翌日に軍艦マーチの演奏とともに幸せの島の基地を出航してからはや幾日。ここは我らが艦隊の根拠地たる幸せの島を遠く離れた地。
それだけコスモスが衰えているので幸運の力が重要になってくる。そして雪風は旧日本海軍の中で終戦後30年まで生き残った幸運艦。そこで司令官たるわたしが彼女の運気を引き出すことが必要になってくるわけだ。
しかし雪風の後ろ髪からは石鹸の匂いが心地よい。いつも清潔・整理・整頓を心掛けている彼女らしいな...
そう思っていると視界の端にジャーヴィスが見えた。彼女もイギリス海軍の中ではラッキー・ジャーヴィスとして知られる幸運艦だ。わたしは彼女を手招きする。
「ちょっとさわるだけよ」
ジャーヴィスはつま先を立てて顔をわたしに近づける。わたしは腰をかがめて自分の頬を彼女の顔に合わせた。香水の匂いがする。意外と大人っぽい香りだ。
しばし二人と身体を合わせて彼女たちの運気を司令官たるわたしにうつす。三人の息遣いだけが聞こえる無言の時間がすぎたのち...
「今日はこれぐらいかしら」
と、ジャーヴィス
「戦艦の皆さんが艦橋に集まっていますっ」
と、雪風。
わたしは二人の身体を離すと
「では艦橋に向かおうか」
....カオスの力で強化された海上モンスター・シンモササウルスの討伐に赴いた艦隊は、最後の補給基地であるこの火山島に無事予定どおり到着したのである。
「比叡の艦隊運用術は名人芸だね」
どこかの小説に書いてあったようた言葉を借りて比叡を褒め称える。一般大学院出のわたしは海軍の言い回しに通じていないので、これで勘弁してもらおう。
名人芸とは大げさな言い方かも知れないが、実際にその通りなのだ。
この航海中、先頭に立った比叡の艦橋後部に飾られた時計…違った、艦隊の速度を指示する文字盤に全艦が注目していた。
すると比叡は微笑みながら
「バーラムのおかげですわ。彼女の補給の采配よろしきを得て、遅れることなくすんだのですから」
そうそう、バーラムの働きも大きかった。
この異界の航路の各地にはイギリス海軍が補給基地を設けている。
しかし一つの基地で全艦が補給を行ったら、観光地の女性トイレのようにその機能がマヒしてしまう。
そこでバーラムは各艦のエネルギー消費量と基地のキャパシティを睨みつつ
「ここの基地ではあなたとあなた。あなたとあなたは次の基地まで我慢しなさい」
と割り振りを行った。
彼女の計算が確かだからこそ
「あたし、もう我慢できない~」
とバスを停めて草むらで…違った、波浪の中での洋上補給にならなくてすんだのである。
そのバーラムはイギリス艦を全て先発させた後もオブザーバー然として旗艦金剛の艦橋に居座っている。
バーラム「航海の間に髪が伸びたわね。日焼けしてちょっと色が変わったかしら」
「霧島、ツキが落ちているわよ。作戦担当士官がこれでは今度の戦いは大丈夫かしら?」
「どこで覚えたのよバーラム、ツキなんて日本語。見てらっしゃい、次のゲームでは取り返すわよ」
バーラムと霧島、二人がやっているのは貴婦人の嗜み?であるカードゲーム。
ただ遊んでいるのではなくて、これまた作戦の成功率を上げるために必要な儀式らしい。
テーブルに盛り上がったチップコインの山が左に右に何度か移動した後、
艦橋に榛名が上がってきた。
チップを抱えこんだ霧島が
「榛名、あなたもゲームに参加しない?」
聞かれた榛名は軽く首を横に振る。双子艦とは言っても趣味嗜好は異なるようだ。
その榛名は手のひらサイズの長方形の箱を取り出すと
「提督、火山のマグマをキューブに変換できました。どうかご検分を」
彼女たち戦艦は火山のマグマから熱量を取り出せるのだ。これから戦闘なのでエネルギーはいくらあっても足りることは無いという判断である(ep.30参照)
「これがエネルギーキューブ?」
手のひらサイズの長方形の箱。箱の表面には一粒3万キロメートルのロゴ。その蓋を開けると出てきたものは…
「…これはキャラメル?」
金剛が声をかける
「提督、間違ってもおぬしは口に入れるでないぞ。不活性化したとはいえ圧縮された高濃度エネルギーだからの。人間の身体に入ったら、夜のお菓子どころではすまぬぞ」
「わたしたちが口に入れると戦闘で消耗したエネルギーの回復にきわめて効果的です、提督」
榛名から説明を受けたわたしは
「しかし、何故キャラメルの形に?」
榛名は微笑むと
「それは手軽さと慰安を兼ねたものです」
なるほど。そういえば旧軍も疲労回復と慰安を兼ねてグリコのキャラメルを甘味として兵士に支給していたな。彼女たちはそれに倣ったというわけだ。
「今、扶桑さんの艦で皆に支給しているところです。榛名が情報分析の報告がてら司令部に持参しました」
そういえば今回の遠征では霧島が作戦、比叡が航海、榛名が情報分析、扶桑が補給、山城が査閲それぞれを担当していたのだった。金剛は参謀長格だ。
その金剛がキャラメルを一粒口に入れると
「うむ、甘味がちときついが戦闘で緊張しきった頭にはちょうど良いかも知れぬの。さすがは扶桑の作じゃ」
比叡も一粒口に入れると
「でも前回の遠征の時に配った肝油状のエネルギーは評判悪かったですわね」
「ドロドロで見栄えも悪い上に独特の臭いが鼻についたからの。作った山城には責任をもって片付けてもらわないと」
「山城だけに押し付けるのも酷ですから、わたしたち戦艦組も協力しないといけませんわ、金剛姉様」
「…おっと榛名、そろそろお主の報告を聞かねばならぬ」
比叡の言葉を聞かなかったフリをした金剛、ごまかすように榛名をうながした。
山城「栄養満点なのよ!わがまま言わずに食べて頂戴!」
扶桑「じゃあわたしがドロップに作り直してあげるわね。...河合亀太郎博士の論文はどこにあったかしら?見つかったわ『日本産タラ肝油の生藥學的研究』」
ピッ…ピッ…ピッ…
扶桑と山城が艦橋に来るのを待って、榛名は何枚かの映像をスクリーンに写し出した。
「艦隊の水偵を飛ばして島周辺の海域を偵察しましたが、モササウルスの活動は観測できません」
あれだけ暴れまわっていたモンスターがピタリと消えるとは妙な話だ。わたしは榛名に尋ねる。
「それでは連中はどこに?」
榛名が指を振ると一枚の画像が拡大される。島の湾の映像だ。
「水偵に搭載した機器で生命反応を観測したところ、湾の奥の海底に集団で潜んでいることがわかりました」
島も湾も静謐で生物の気配一つ感じないのが不気味である。
榛名は説明を続ける。
「これはイギリス海軍の哨戒活動が海上モンスターに無形の圧力をかけたと判断してよいでしょう…ですが…」
わたしは聞き返した。
「…ですが?」
「湾内に立てこもったモンスターを外に引きずり出すのは難しいかも知れません。霧島、湾の入り口に爆雷を投下するだけでは効果が薄いわよ」
するとバーラムが航海の間に伸びた髪をかき上げながら
「立てこもって出てこないなんて、前の大戦の時のカヴールたちみたいね。艦隊保全策をモンスターが知っているなんて思わなかったわ」
さらにバーラムはティーカップを口に付ける。彼女が飲んでいるのは強い香りのするハーブティーだ。
「こういう時は私たちロイヤルネイビーがタラントでやったように爆撃が定石なのだけどね。赤城たちはオーバーホール、瑞鶴たちは訓練中だけど、鳳翔や龍穣は連れてきているのでしょう?」
榛名は自分の湯呑に入った緑茶に目を落とすと
「戦艦が港に籠っても航空機の爆撃には無力なことは、榛名たちも呉軍港の空襲で思い知らされました。ですが今回は難しいと思います」
「それは何故だい?榛名」
わたしは彼女に聞く。
「この湾は北欧のフィヨルドのように狭く深いのです。このような地形で効果的な爆撃を行えるのは、ドックで休養中の赤城さんと加賀さんの航空隊だけです」
なるほどのう…と金剛。イギリス生まれで金髪碧眼の彼女は、純日本製の妹たち…黒髪黒眼の榛名と霧島を見ながら
「初手から少数の艦隊で湾の奥に斬り込みをかけるしかないわけじゃな」
作戦担当の霧島を見ると、彼女はすでに自分のキーボードで作戦案を打ち直していた。
「それでは一水戦に先陣を任せましょう。山城、あの娘たちのボイラーには異常無いわね」
霧島からの質問に対して山城は
「第一含めて各水雷戦隊の整備は万全よ…だけど…」
「だけど?確か第一水雷戦隊の旗艦は阿武隈だったよね?」
山城のくぐもった返答が気になってわたしは横から口を出した。軽巡洋艦阿武隈。史実では木村昌福によるキスカ撤退戦の旗艦を務めたことで有名だ。
山城はわたしを見てためらいつつ
「提督の前では申し上げにくいのですが、阿武隈はやる気があるのか無いのか…」
山城が指を振ってスクリーンを出す。その中に軽阿武隈が映し出される。
映像は艦首から艦尾にかけてパンするとズームに変わり、甲板にパイプ椅子を据え付けて腰掛けている女の子が一人
「提督、あれが阿武隈じゃよ」
艦隊が最後の補給作業で騒然としているなか、阿武隈は悠然と海に釣糸を垂らしていた。
すると駆逐艦の潮が近づいてきて例のエネルギーキャラメル箱が詰められている袋を渡す。
「阿武隈さん、山城さんが見てますよ。カンカンに怒られちゃいますよ」
「ふああ~っ」
阿武隈は釣竿を傍らにおいて伸びをすると、映画『太平洋奇跡の作戦 キスカ』の三船敏郎の口真似をして
「人間たまには怒ったほうがイイ。戦争をシトルンダカラナ」
「たまにはって、いつもいつも山城さんや那智さんを怒らせてるの阿武隈さんじゃあ......あっ…これって司令部に聞こえてますよ。また悪い成績つけられちゃうわ」
「気にしない気にしない。木村昌福提督だって成績はドンケツだったから大丈夫!」
そう言うと阿武隈はカメラ目線でニッコリ笑うと司令部で見ている戦艦たちに両手を振った。
くりくりした目の女子大生然とした阿武隈。手のひらを前でちょこんと揃えて軽く振るのがかわいい。
しかし、わたしのようには感じなかったものもいて…
「霧島!阿武隈は単艦で敵陣に突入させなさい!そうでもしないとあの娘の性根は直らないわ!」
山城は例によってカーッとなり、例によって扶桑に取り押さえられている。
もちろん霧島がそんな作戦案を上申するわけもないし、わたしだって許可するつもりはない。
金剛がその場を締めるように
「今回の先陣は一番槍をつけるだけではなくて、敵を誘い出す役目じゃ。阿武隈ぐらい腹が据わっていなくては務まるまいよ。よろしいかな、提督?」
「うむ。あのキスカ撤退戦の旗艦を務めた阿武隈なら困難な任務でも狼狽えることは無いだろうね。指揮艦として適任だ」
という、わたしの言葉で幕となった。クリクリした目の女子大生然とした彼女の外見からはまだ想像できなかったが。
阿武隈「ねえ、もし山城さんを怒らせてお役御免になったらね。一水戦のみんなで陸に上がって塩でも作らない?」
潮「戦後の木村提督みたいにですか?法律を調べて苦労してお金を集めたのですから大したものね」
曙「塩は人間が生きていく上で欠くことができないもの。今度は命を支える任務につくのも悪くないかな。今さらこのわたしが...と思いますが」
阿武隈「なーに!木村提督だってカイゼル髭を剃り落して、禿げ頭の普通のおじさんになったんだから大丈夫!」
かくして出航の時刻となり、全艦が勝栗を口に含む。真珠湾奇襲の故事に倣ったものである。
出航から一昼夜もたたないうちに、神通たち第二水雷戦隊から目標であるインスラ・オヴィウム周辺の天候・風速・波高の連絡が入る。
万が一怪獣の群れと遭遇した時のために最精鋭の二水戦を先発させたのだが、相変わらず島は静まり返っているらしい。
かなり不気味な雰囲気だが、計画どおり阿武隈たち一水戦が湾内に進出する。
「阿武隈さん、どうします?」
通信が司令部とつながっているので、潮が阿武隈に話しかけているのが聞こえてくる。
「うーん....呉松から揚子江を遡上したようにすればいいんじゃない?」
これから敵中に入ると言うのにのん気な阿武隈の声が聞こえる。
「それでは両岸の警戒を厳とします」
阿武隈とは対照的に固い口調の曙
「じゃあそっちは曙に任せるね。わたしは探信儀で水中を監視します、阿武隈さん」
呉松から揚子江を遡上とは第二次上海事変や日中戦争での海軍の作戦を指す。
阿武隈は第二次上海事変が初陣だ。打てば響くように応じた潮、曙も日中戦争経験組である。
戦い慣れした彼女たちは先に阿武隈の水偵を飛ばして状況を確認した上で、慎重にフィヨルドに入り込んだ。
そこで彼女たちは昔話に花を咲かせ始めた。緊張をほぐすためのベテランの知恵なのだろう。
「揚子江では岸にシナ軍の砲台が潜んでいていきなり弾が飛んで来たっけ。覚えてる?潮」
「獅子林砲台ですか? わたしはあの時はいませんでした。でも、シナの艦隊...あれを艦隊と呼べるのかなあ...は最初の戦いで撃沈できたけど、陸兵が抵抗するのにはてこずりましたね」
「ごめんごめん、あんたのこと卯月と勘違いしてたわ。それでね、獅子林砲台の連中、こっちがいくら砲撃しても黙らなくてね。最後は航空機まで動員したからねー。それも9回の爆撃でようやく息の根を止められたんだからしぶとかったわ」
「一つの砲台に一週間もかかったそうですね。それなのに内地ではシナは弱兵とか…まったく!」
「まあねー。だけど曙、我らがヨナイ閣下もシナは弱国だって信じて疑わなかったからよそ様のことは言えないよね。おかげで戦争は泥沼なんだから」
曙と阿武隈の会話が大陸政策における海軍の戦争責任に及んできたので、金剛艦橋にいる司令部の戦艦たちは複雑な表情をしている。
すると比叡が大きく咳払いをする。話がさらに上の人間…ナントカ宮やナントカ陛下に行く寸前で彼女たちは黙りこんだ。
司令部のスクリーンに、ドローンを使って、空中から撮影した動画が映し出された。今回の作戦では情報分析を担当する榛名が操っている。
いつか匈奴の遺跡の調査にドローンを用いていることを寝物語で榛名に話すと、能吏肌の彼女は早速どこからか入手してきたのだ。
スクリーンを見ると、少し広がった湾に阿武隈たち一水戦が入るのが見えた。
「榛名さんからドローンの分析データを受けとりました。そろそろ怪獣たちの潜んでいる水域です。阿武隈さん」
「探信儀を使って測深しました。このあたりに浅瀬はないです」
「曙に潮もご苦労様。じゃあ、一つこのあたりで踊ってみようか、デッドライン…D線上のワルツ!」
阿武隈の元気な声が通信から司令部に響き渡る。
あまりセンスの良くないネーミングね、とバーラムが小声で呟いたが、それはこの際どうでもよろしい。
阿武隈、潮、曙の三隻が旋回を始める。最初はゆっくり、徐々に速度を早める。時折爆雷を投下する。
こうして水中をかき回してモササウルスを刺激するのだ。
この運動を繰り返しながら奥に進出していく。連中に接触するまで行うので、まさにギリギリのデッドラインである。
ところが…である。湾内には何の変化も見られない。
「おかしいなー。もう少し奥に行って見よっか」
声を聞くだけで、クリクリした目を瞬かせながら小首をかしげる阿武隈の姿が頭に浮かぶ
「水路が細くなってますから気をつけてくださいね」
「奴らが手ぐすねひいて待ち構えてますよ」
面倒見の良いマネージャーを連想させる潮の声と、昔のスケバンのようなややキツ目の曙の声を背中に受けて、巡洋艦阿武隈が先頭に立つ。
ドローンからは巡洋艦阿武隈がゆっくり進んでいくのが見える。
そのうちに阿武隈は童歌らしきものを歌いはじめた
「♬一つひっとつーでひとりきり♬ 二つふったつで別れみち♬ 三つ終わってつっぎがくる♬…」
阿武隈の歌が四つ目に入ろうとする時…
曙が叫んだ!
「阿武隈さん!生命反応確認!数多数!」
異変は空中のドローンからも観測できた。渦とともに水面が二つにガバッと別れ、その中からワニと海蛇の合の子のような怪獣の群れが突然グワッと出現したのだ。あれがモササウルスだ!
榛名「でてきたわね!阿武隈さん、お願いよ!」
ドローンの空撮映像が光で輝く。通信から轟音が響く。
阿武隈たちが砲撃で応戦しているのだ。
再びドローンの映像を見るとフィヨルドの奥まで水面の色が変わった。水底に潜んでいたモササウルスたちが現れたのだ。ものすごい数に見える。阿武隈たちは大丈夫か!
「榛名、一水戦の調子はどう?」
霧島が榛名に声をかける。彼女の声も上ずっている。
すると艦橋にスクリーンが出現する。その中にグラフの映像が写し出される。上下に動くのが切迫感を余計に示す。
「三隻ともボイラー、出力ギア、スクリューシャフト順調に作動中よ! 霧島!」
榛名が答える。今回は情報分析担当の彼女がアニメで言うオペレーターの役も兼任している。
「よろしい!一水戦!このまま湾の外へ怪物どもを誘い出しなさい!」
作戦担当の霧島が命令する。厳密な役割分担を考えれば、指揮は司令官か参謀長の役割だが、この際そんな事は言ってられない。これが日本軍の伝統だ!
「わかりました!」
潮が真面目に答える。
「全く!命令するほうは気楽なんだから!」
曙が周囲に聞こえたって構わないとばかりに呟く。
わたしは内心の動揺を押さえて司令官らしく無言で平静を装う。しかし握りこんだ手のひらが汗でびっしょりだ。無事でいてくれ!
その間もモササウルスは一水戦の艦艇に襲いかかる。首を突きだし、口をガバッと開けて阿武隈たちを噛み砕こうとする。
中生代のモササウルスは全長10メートル前後だが、この異界のシン・モササウルスはカオスの影響を受けて何倍にも大きくなっているようだ。
やつらが暴れるたびに水面が大きく波打つ。振動で崖が崩れて岩が落ちてくる。
一水戦の三隻は落石をかわしつつ、主砲を連射してモササウルスの攻撃を退ける。
阿武隈はさっきまでの呑気な雰囲気を一転、鬼のような表情で目を見開き
「この戦場で後に戻れば地獄に落ちるよ!シャアッ!」
と雄叫びをあげる。
彼女らの奮戦に気圧されたのかモササウルスの群れは一旦退く。
阿武隈たちはスクリューの後進をかけて後退する。
モササウルスたちは相手が逃げたと感じたのか、かさにかかって追いかける。
接近してきたところを主砲の連射で退ける。これを繰り返す。
するとモササウルスは学習し始めたのかだんだん前進が遅くなってきた。
「おっと、ちゃんと着いて来なくちゃ駄目じゃないの」
阿武隈は軽口を叩くように言うと自艦を前進させた。
巡洋艦阿武隈はモササウルスの群れの前方にググーッと進むと探照灯をパッパッパッと点滅させた。パッシングだ!
するとモササウルスは挑発を受けて怒り狂ったのか、ウリリリィ~とそれまでとは違う吠え声を上げて猛スピードで追いすがってくる。
阿武隈たち三隻はあわてて後退する。
「無茶しないでください!もう!」
と、潮。
「薬が効きすぎたようですね」
と、曙。
「やれやれ。ネットでみた昭和の暴走族よりも単細胞だわ、あいつら」
余裕綽々…いや余裕を装っているのか…な阿武隈である。
この挑発を繰り返しているうちに時間は朝から正午を過ぎてやがて夕方に差し掛かる。
見ているだけのわたしはともかく、直接撤退戦を行う阿武隈の胆力には驚嘆するほかない。
そろそろ湾から海の出口に差し掛かった頃…モササウルスの群れは止まったままウンともスンとも動かなくなった。パッシングにも反応しない。
「あれれ~っ。日が沈んできたから動かなくなったのかな?潮、やつらって昼行性だったっけ」
通信で駆逐艦潮の艦橋に向かって尋ねる阿武隈。
「ええと…榛名さんから渡された資料にはそんなことは書かれてないですね」
情報分析担当の榛名が作成した『敵怪獣早わかり』をパラパラとめくっているであろう潮。
「霧島さ~ん。どうします~?」
と阿武隈。
「どうもこうもないわ。敵怪獣を湾の外に誘い出すのが目的なんだから後一息よ」
と霧島。
「は~い」
と阿武隈。
「それじゃあ、わたし一人で行くから潮と曙は後方支援を頼むね」
巡洋艦阿武隈はゆっくりと前進する。
既に歴戦の金剛たちは妙な雰囲気に気づいていたが、湾の外に誘い出さなくてはどうしようもない。阿武隈に任せるしかない。
阿武隈が接近してもモササウルスの群れはピクリとも動かない。さらに阿武隈が鼻先まで近づくと…
いきなり何十個の目がギラッと輝き、ワニのような牙が阿武隈に襲いかかった!
阿武隈はギリギリで交わすと全速力で退避する。
「潮、曙、さっさと逃げるよ!」
司令部で霧島が金切声を上げる。
「一水戦!全力で退避しなさい!」
「焦らないで!長良型軽巡と特型駆逐艦の速度なら引き離せるわ!」
データを計算しつつ焦ったような声を上げる榛名。
わたしも危うく叫びかけたが慌てて声を飲み込む。部隊に動揺を与えないための司令官としての自制心だ。
金剛、比叡、扶桑、山城も張り詰めた顔をしている。
その中で場にそぐわぬ落ち着き払った声が....
「あいつら、どこまで知性があるのかしら」
オブザーバーとしての立場からなのか、冷静なバーラムの指摘。その言葉に霧島も榛名も一瞬ハッとした表情に変わった。
一水戦はかろうじてフィヨルドの外に出たが、モササウルスも一緒に現れる。
広い海に出たのでモササウルスの群れは阿武隈たちを囲むように大きく広がった。
ついにわたしは叫んだ。
「早く後続の艦隊を!」
すると金剛は冷徹にも思える声で
「いや、まだじゃ。怪物どもの群れがフィヨルドの奥に戻れぬ位置まで引き付ける必要がある」
「し…しかし…!」
「阿武隈たちを信じるのじゃ提督」
金剛の手元を見るとわたしと同じく強く握りこまれていた…
広い海が怪獣の身体で埋まる。モササウルスの群れが囲みを閉じる寸前、阿武隈たちはゴム毬が跳ねるように包囲網から逃げ出した。
なおも追いすがるモササウルスたち。ウリリリィ~という不気味な鳴き声の大合唱にわたしは思わず両手で耳を塞ぐ。
あわや阿武隈たちが追い付かれそうになり、わたしの心臓が止まるかと思った瞬間。
金剛が片手を振ると艦橋の戦艦たちがうなずき、それぞれの艦から探照灯のビームが放たれた。
大出力の輝度を浴びてモササウルスの動きが一瞬止まる。
その隙に阿武隈たち一水戦はグングンとモササウルスを引き離し、無事艦列に戻った。
「よくやったぞ一水戦」
金剛がスクリーンの向こうの阿武隈たちに声をかける。
「謝意はかたちで示してくださいよ」
と曙。
霧島と榛名は息を合わせるかのようにハーッと安堵の声をあげ、二人そろってこめかみを指で揉んでいる。
「これで次の作戦につなげられる。でかしたぞ。阿武隈、潮、曙」
わたしも司令官らしく皆にねぎらいの言葉をかける。
スクリーンの向こうの阿武隈はわたしに向かってニッコリ笑い、両手のひらを揃えて身体の前で振った。
その阿武隈は手を下すと探照灯から放たれる光線が目に入ったのか顔をしかめる。
眩しそうに目を細めたが、やがて遠いところを見るような表情になって
「ビームきらめく、雲を裂く、生きて見つめる…」
と、唄うように呟いた。(続く)
......................................................................................................
阿武隈「あー。怪獣の唾がかかっちゃった。くっさーい」
扶桑「わたしたちは神話の力で守られているけど、念のためにきちんと洗浄するのよ」
榛名「唾液の成分を分析したいから服は洗わずに持ってきてね」
阿武隈「ねえ、提督。あたらしい服、わたしに買ってくださいな」
後書き
日向
「伊勢、これが今日の決済案件だ」
伊勢
「どれどれ…電子化とやらが進んでも紙はまだ必要だから却ってややこしいわね」
日向
「仕方ない。比叡たちが出撃している間、我々だけで書類を裁かなければならないからな」
伊勢
「戦艦の艦長は連合艦隊と赤レンガを行ったり来たりしている人が多かったから、わたしたちだって生まれ変わっても軍政の仕事がこなせるんだけどね」
日向
「それで最初の案件は…機動部隊関連か」
伊勢
「わたしたち戦艦に航空部隊の世話なんて無茶振りするんだから。お主たちだって半分は空母だから頼むぞって言われてもね。金剛さんったら!」
日向
「まあそう言うな。フムフム…赤城と加賀のドック入りと整備は順調のようだ。それで…これは瑞鶴からの申請書だ」
伊勢
「また新しい申請書を提出してきたのね。前に出してきた書類はどこかしら?」
日向
「ちょっと待ってくれ…瑞鶴のコード番号は....ポチポチ…バンッ!」
伊勢
「出てきた出てきた。これが瑞鶴関係の書類ね。さすがは我らが松田千秋提督。戦後に発明なさったマツダKテックスの使い勝手は抜群だわ」
日向
「松田提督が戦後に始められた事業、規模では大企業に比べるべくもないが、それでも特許を取ったカルテ抽出装置は病院で長く使われていたのだから大したものだ」
伊勢
「ちょっと…!瑞鶴ったらね、またアニメの変形ロボットを搭載したいって申請してきたわよ」
日向
「またか…全くあいつは…前の書類を見ると、Gアーマーガンドムロボ、次はZガンドムロボ、そして今回はZZガンドムロボ…」
伊勢
「どんどん要求がエスカレートしているわね。可変MSなんて整備に手間暇のかかる金喰い虫、あの娘に運用できるわけないでしょう。その前に散らかりっぱなしの格納庫を片付けなさいっての」
日向
「一度、姉の翔鶴も呼んで話したほうがいいのかもな」
伊勢
「そうね。でも事は疾く密なるをもって良しとす。北号作戦の戦訓よ。さっそく呼び出しましょう」
日向
「ああ、その通りだ。ピッピッ…トルル~ああ翔鶴。ちょっと話したいことがあるから瑞鶴を連れてわたしの艦まで来てくれ。第二士官室を三者面談室にしてあるから。それでは」




