28. これがバザァ! (駆逐艦綾波登場) ※R15描写強め
本章登場人物
主人公…高齢ポスドク。異界に甦った多国籍艦隊のアドミラル(提督)
綾波...日本特型駆逐艦。前世は太平洋戦争中の第三次ソロモン海戦で撃沈。
浦浪...日本特型駆逐艦。綾波の僚艦。
榛名...日本金剛型戦艦三番艦。今回は自艦でバザーを開催。
霧島...日本金剛型戦艦四番艦。今回はバザーのイベントで司会を務める。
ガリバルディ...イタリア軽巡。 ダンケルク...フランス戦艦
マレーヤ…イギリス戦艦 グラスゴー...イギリス巡洋艦
金剛...日本金剛型戦艦一番艦。主人公を補佐。
ウォースパイト...イギリス戦艦クイーンエリザベス級。同じく主人公を補佐。
異界の中国青島からフリートの根拠地…幸せの島に戻ってきたわたし。
季節はいつの間にか移り変わり、海上には初冬の空気が漂っている。
今日は久しぶりに戦艦ウォースパイトに搭乗し、幸せの島の周囲を巡回しているところだ。
わたしは戦艦ウォースパイトのスターンウォークにウォースパイトと一緒に立っている。
スターンウォーク…木造船の時代から艦艇の艦尾に付けられているバルコニーのようなものだ。
提督が艦隊を巡察する時、ここに立って司令官としての威厳を示したという。
金剛たちにも最初は取り付けられていたが、改装の時に順次取り外された。そして第一次大戦後に建造された艦艇には、少数の例外を除いて、最初から付けられなかった。
ウォースパイトは第二次大戦後まで残されていた珍しい例だ。
1950年代の初頭、解体されるウォ―スパイト。右下にスターンウォークが見える(https://www.rebellionresearch.com/where-is-hms-warspite-now)
「マイアドミラル、いかがでしょうか? 戦艦ウォースパイトのスターンウォークは」
奥ゆかしい彼女はあからさまな自慢はしないが、英国海軍の伝統を示す設備を備えていることは誇りなのだ。
「ああ…ここに立っていると古きよき時代の格式というものを感じるよ」
手すりを握ってわたしは呟いた。それにはヴィクトリア時代を連想させるような装飾が施されている。
ウォースパイトは満足気にうなずいた。
冬の海上は冷たいが手すりは暖かい。ウォースパイトが魔法をかけてくれているのだ。
わたしは後一点、思い付いたことがあったので、ウォースパイトの耳に口を当ててささやく。
ウォースパイトは耳を寄せたが、やがて顔を真っ赤にして
「まあ! 戦艦を女性にたとえると、艦尾にあるスターンウォークはレースの付いた女性の下着!」
人間の女性だったらセクハラだと怒るところだが、ウォーシップの化身である彼女は男性の生理を知り尽くしている。30年に渡って1000人以上の海の男が彼女の艦内で生活するのを見つめてきたのだ。
ウォースパイトは笑みを浮かべて
「仕方の無い人ねェ」
と寛容にも許してくれた。
ブルルっ! 少し風が強くなってきたようだ。ウォースパイトに声をかけて艦内に戻る。
戦艦ウォースパイトのキャプテンズルームには金剛と榛名がいた。
そうだ、これから先日の青島への演習航海の総括をするのだった。
「日中の懸案は当分の間はペンディングにしたほうが良いわね」
と、ウォースパイト。
「うむ。こちらの世界の台湾海峡への帝国海軍機動部隊の派遣要請を受けたが、まだ部隊の錬成が進んでおらぬからの」
「そうね。今のわたくし達にとっては海上モンスターの脅威の排除が最優先だわ。このままだと人間界との航路が妨害されてしまう」
わたしウォースパイトと金剛の会話に口をはさむ。
「やはり人間界との航路の維持が最優先なんだね」
「うむ…それは今日のバザーに来てもらえればわかるはずじゃ。…榛名、例のものを」
長姉の威厳をもって、時代劇の水戸黄門のような口調で榛名に命令する金剛。
それまでは控えめにして会話に口をはさまなかった榛名は、一枚のチラシをわたしに差し出した。
「本日の午後から、戦艦榛名の後甲板でバザーを開催します。諸事多難で延び延びになっていましたが、今しか開催できる機会は無いと考えて本日になりましたの」
思い出した。人間界でわたしが初めて金剛や榛名と出会った時、榛名はバザーに出す物品を買い付けていたのだった(第二話参照)
「バザーでは様々な催し物も行いますので、提督も是非おこしください」
老舗のデパートガールのような口調で、榛名はわたしに声をかけた。
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午前の執務と昼食を終えてから、わたしはウォースパイトに乗って戦艦榛名の投錨地に向かった。
途中の海域で日本の駆逐艦綾波・浦波とイギリス駆逐艦のジャヴェリン・ジェーナスが演習を行っているので視察していく。
双眼鏡で眺める。ジャヴェリンとジェーナスは距離を取って魚雷で仕留めようとするが、綾波は一直線に突っ込んでくる。
イギリス駆逐艦は応戦しようとしたが、浦波が側面に周りこんだので、戦力が分散されてしまった。
ジェーナスは浦波の応戦に回るが、先手を取られた勢いを挽回するのは難しい。
遠方よりジャヴェリンが放った魚雷は綾波に回避される。そして綾波が有効射程距離内に入った瞬間、彼女の放った魚雷が二隻の船腹に命中して撃沈判定がでた。
当初は無謀に見えた綾波だが、彼我の魚雷の有効射程距離をギリギリまで計った突入だったのだ
ウォースパイトはオペラグラスのような双眼鏡を顔から外して
「やはり投入する局面を誤らなければ日本艦は強力ですわ。海上モンスターとの戦いでも戦力の中心になってもらわねば」
その後で彼女はボソッと
「我らがアドミラル…アンドリュー・カニンガムならあの娘たちの使い方を間違えなかったものを...あら、失言。今申し上げたことは金剛シスターたちには内緒にしてくださいまし...ビトウィーン・アワーセルブス」
と小声で呟いた。
バザーが行われる戦艦榛名が見えてきた。お祭りの日ということで艦は満艦飾の装いだ。艦首から艦尾まで飾られている万国旗が目に映えて楽しい。
ラッタルを上がって甲板に出るとすでに模擬店が並んでいてバザーらしい賑やかさがある。日本艦だけではなくてイギリス艦などの各国艦が集まっている。
何気なく後ろを振り返ると、先ほどの模擬戦で活躍した特型駆逐艦綾波と浦波が登ってきたところだ。
駆逐艦綾波の外見は凛々しい目をした十代の娘だ。編み込んだ黒髪を、竜の尻尾のように後ろに下げている。第三次ソロモン海戦で、アメリカの戦艦2隻駆逐艦4隻と単艦で戦い、自らは撃沈されたが敵側にも被害を与えた戦歴を彷彿とさせる風貌だ。
浦波は優しい目をした十代の娘だ。サラサラの髪を後ろに流している。綾波とは第19駆逐隊に属する艦として戦友だった。
甲板に上ってきた二人をイギリス艦をはじめとした各国の駆逐艦が取り囲む。
「ねえねえ、ベテランのジャヴェリンとジェーナスを相手に撃沈判定を出すなんてすごいね」
「単艦で一直線に突っ込んでくるなんてマグニフィセント・バラー!」
「どうやったらああいうアンサンセな戦術ができるのかしら?」
「無謀な勇気ならあんたの国だって似たようなもんでしょ、フランス艦」
綾波は口元は微笑んでいたが
「まず、やってみろ。話はそれからだ」
ぶっきらぼうな返事をしてその場を去っていく。
白けたように黙りこんだ各国の駆逐艦。
彼女たちに対して浦波が
「ごめんね~あの娘ったら誰にでもあんなんで」
と両手を合わせてあやまった。
わたしは綾波の凛々しい風貌と男の子みたいな口調、そして愛想の無さに興味を抱いて、彼女に近づいた。
「きみの模擬戦の活躍は見ていたよ。だけどコツを聞かれて、まずやってみろという答えは興味がわいたよ。そういうものなのかい?」
綾波はわたしのほうを振り向くと
「司令は『一の太刀』という言葉をご存じですか?」
「『一の太刀』…?」
「そう、一の太刀。百回これを繰り出せば百回敵を斬るという究極の剣です」
「…それができれば理想的ではあるが現実はそのように行くかな?」
歴戦の綾波には彼女なりの考えがあると思うのだが、ここはあえて常識論で質問する。
「そう、いつでもできるとは限りません。だがやらなければいつまでたっても出来ない。そういうことなのです」
む…これは一本取られた…そう思っていると
「そうだよ。いつもあれが上手く行くわけないんだよ。あたし、もうアヤちゃんの乗組員だけ助けるのはイヤだよ」
浦波だった。そういえば撃沈された綾波の乗組員は浦波が救助したのだった…
綾波は浦波の顔を撫でると
「心配するな、ウラ。わたしだってあの戦争の二の舞はごめんだ。さ、バザーに行こう。司令、それでは失礼します」
綾波はわたしに向かって一礼するとそのまま去って行った。
すると浦波が綾波に寄り添い、綾波は浦浪の肩に腕を回すと彼女をやさしく自分に引き寄せる
…親密すぎる二人に戸惑っていると…
「んー司令、綾波ちゃんと浦波ちゃんは『夫婦』ってみんなに呼ばれているんです!」
雪風だった。
「夫婦って…」
わたしの疑問に雪風は
「はいっ! 駆逐艦は団結力が何よりも大事なんですっ。夫婦とか恋人って呼ばれている娘たち、結構いるんですよっ。例えば暁ちゃんと響ちゃんとか…」
…何だか女子校か少女歌劇団の寄宿舎みたいだ。あまりに濃密すぎる少女たちの団結に当てられてよろめいてしまった。
すると雪風はホットカルピスを差し出してくれたので、礼を言って飲む。
青島では雪風と色々あったのだが、あえて口には出さないことにした。勘の鋭い彼女はわたしの心の動きに気づいているだろうが...
綾波
浦波
バザーを見てまわる。並べられている品々は、リップスティックや乳液などの化粧品、チョコレートやせんべいといった菓子類、高級ブランドのレトルト食品、書籍等々…
榛名が人間界の百貨店の外商部を通じて買い付けてきたものだ。やはり化粧品や菓子類に人気があるようだが、書籍のコーナーにも集まっている。
どんな本を読んでいるのだろうという興味で行ってみる。
彼女たちが手にとっているのは『日本の艦船』や『MAMOROU』などの艦船雑誌だ。「日本海軍特集号」?
「あー…懐かしい。厦門に寄港した時のわたしが写ってるわ」
「そうそう、この時に近づいてきたイギリス艦にジーッと写真撮られたのよね」
「ちょっと! 甲板に洗濯物干している写真まであるわよ! こら! イギリス艦! あんたたちは!」
「知らないわよ。ケアレスなほうが悪いんじゃない」
…本来なら険呑な内容の軍事雑誌も彼女たちにとっては思い出のアルバムのようだ。
ハァハァハァ…息づかいの音に気づく。
わたしの隣にイギリス巡洋艦グラスゴーが来たのだ。
よく見ると両手に複数の紙袋を下げている。
「グラスゴーかい? かなり買い込んだものだね」
「ええ…これから大規模な作戦が始まるという噂ですしハァハァハァ…このチャンスを逃したらハァハァハァ…いつバザーが開かれるかわかりませんからねハァハァハァ…」
何を買ったのかなと考えて紙袋に目を凝らすと、入り口から見えたのは女性下着だった。
「アハッ…ダメですよー…そんなにまじまじと見たらー」
「袋に入っているのってみんな…その…」
グラスゴーの下げている紙袋はパンパンに膨らんでいる。
グラスゴーはわたしに顔を近づけ、手元を顔の横に当てて囁くようにいう。
「…これはデリケートな話なんですけど…日本製のニッカーズってクロッチの肌触りが優しくて重宝するんです。リコール社の製品はグラスゴーの推しなんですよー。株もこのあいだ買いました」
グラスゴーのいう通りのデリケートな話題に、わたしはどう反応して良いのかわからない。かろうじて
「しかし、衣類はこの幸せの島の工廠で製造しているはずだが」
するとグラスゴーはわかってませんねとばかりに首を横に振って
「ここの工廠で生産されるニッカーズって、デザインは白無地、肌触りはゴワゴワ、サイズはブッカブカ…グラスゴーたちはソビエトの女の子じゃないんです。いいえソビエトのほうがマシかも」
グラスゴーは憤懣やる方ないという趣きでまくし立てると
「工廠はマレーヤさんが魔法で管理してるんですけどね。もうちょっと何とかならないかなあ」
と、洋画のコメディのように肩をすくめてお手上げのポーズを取った。
「剛健質実はわがブリテンの美徳だぞ! グラスゴー!」
叱咤の声に驚くとそこには仁王立ちになったイギリス戦艦マレーヤがいた。艦名と艦歴を反映して褐色がかった肌の色だ。
マレーヤはグラスゴーだけではなくてわたしにも聞かせるように
「最初の大戦、二度めの大戦を思い出すんだ。国民は物資の統制に耐えて勝利を掴んだ。わたしは当事者としてその時の記憶を風化させないために必要以上の奢侈は…」
すると、マレーヤのバッグから何かがポトッと落ちたので、わたしは拾い上げた。
「…黒地に金と銀とのラメ入り…そして穴開き…」
マレーヤは顔を真っ赤にしてわたしから取り上げる。
「いや、ごめんごめん。本当に悪かった……しかし誰に見せるの?」
「だ…誰に見せるのでもない! わたしたちはウォーシップでも今は女性! そして女性にとってランジェリーは身を守る最後の鎧だ! 」
そ…そういうものなのか…姉妹もいなければ結婚もしていないわたしには、女性心理はわからない…
マレーヤ「ランジェリーは女の最後の鎧なんだ!!」
戸惑っていると、突然、マイクのスイッチを入れる時の大音量が聞こえた…霧島だった。
金剛型の四番艦にして榛名とは同年同月同日竣工の双子の姉妹艦だ。ヘアスタイルは榛名と同じように黒髪を後ろで結ったものだが、長い髪の榛名とは異なり、霧島は中ほどでばっさり切り落としているのが特徴だ。
「あーあー…ただいまマイクのテスト中…榛名? 聞こえている?」
霧島の活発な声が壇上から会場に響き渡る。もっともここは彼女の艦ではない。戦艦榛名の甲板だ。
この異界艦隊では、他人の艦では遠慮するという不文律がある。キャプテンが艦の全てを握るという人間界の原則に従っているのだが、それにも関わらず霧島が我が物顔なのは、ここが彼女の双子の姉妹艦である榛名だからだ。
「それではバザーもたけなわになったところでイベントをはじめます! 恒例のズロース・コンテスト!」
ズロース・コンテスト!? わたしは飲んでいたホットカルピスを吐き出しかけた。
ズロース・コンテスト…わたしの時代の言葉になおせば「パンティ・コンテスト」じゃないか! 年頃?の娘なのになんて赤裸々な…
壇上の霧島はわたしの当惑した表情に気づいたようだ。さすが目視の技術を極限にまで発達させた日本海軍だ。
「それでは今回は提督もいらっしゃるのでコンテストの意義を改めて説明させて頂きます」
…なんだなんだ。ただの悪ふざけかと思っていたら、何か意味があるのか。
霧島の声が響き渡る。
「着物…それは日本女性の誉れであると同時に身体と心を縛る枷でもありました。女性ならば愛憎複雑な感情を着物に抱いたはずです」
…なんだかフェミニズムのような言い方だ。そういえば金剛型が竣工した大正期はフェミニズムが日本に入ってきたのだっけ。
「これは観念論だけの問題ではありません! 災害が起きた時、多くの女性が着物がはだけるのを嫌がり、避難が遅れて多くの犠牲者を出したことを忘れてはいけません!」
…そういえばデパート火災が起きた時、下が見えるのを嫌がった和装の女性が避難階段を降りようとせずに犠牲者になってしまう痛ましい事件が起きたな。
「しかるに! 大正の御代に本邦に入って来た西洋のズロース! それはわたしたち女性に解放と可能性を与えたのです! ほら、こういうこともできるのよ!」
着物姿の霧島は、いきなり片足を高く振り上げてキックのようなポーズを取った。
目にもまぶしい白い美脚の根本には、目にも鮮やかな緋色が見えた。
榛名がわたしの視線に気付き、あわてて壇上の霧島に、美脚を引っ込めるようハンドサインを送った。
そんな双子姉妹のやりとりを横目で眺めながら、わたしは幸田文の小説『きもの』を思い出した。
『きもの』の主人公である西垣るつ子は小学校時代に洋服を着てブランコ遊びをする。それは着物では得られない解放感だった。もちろん男子の級友には下着が見えるのだが、それは子供たちにとっては猿股のようで、性的な羞恥を伴わないものだった。
だが、そんな少女も成長すると共に着物に関するしきたりを教えこまれて、世間のしがらみに絡めとられていく。
ついには結婚の時、他人の手によって剥がされる下着を通じて、自分が女性であることを思い知らされるのだ(『きもの』本文の最終頁)。
壇上の霧島をはじめとする彼女たちはウォーシップの化身だ。人間の女性よりも遥かに強大な力を持っている。彼女たちは女性に桎梏が課せられた時代を超越しようとしているのか。いや、それはわたしの考えすぎか…
するとマレーヤとグラスゴーがわたしの袖を引っ張るのに気づいた。先ほどから何度も繰り返していたようだ。
「…なんだい? 二人とも…」
その瞬間、会場にマイクの声が響き渡った。
「すなわちズロース・コンテストは出場者のファッションセンスのみならず、女性としての矜持が試される時! 今回は提督に特別審査委員を務めて頂きます!!」
え?え?ええ~~~!
ビックリ! いきなりボクが女性下着の審査員!?
…そんなアニメかラノベみたいな展開に驚いている場合ではない。
「ちょっと待て。霧島。ボク…いやわたしは男性だぞ! わたしが女性の下着をまじまじと見るのはさすがに不味いんじゃないか!」
遠くから壇上の霧島に大声をはりあげて抗議する。しかし…
「大丈夫です! 前は布できちんと隠しています! わたしたちは恥ずかしいとは考えていません!」
…令和の価値観から見ればどこかズレていることを霧島は言う。
なおもためらっているわたしにグラスゴーが面白がってわたしをそそのかしにかかる。
「大丈夫ですよーアドミラル。それにウォーシップたちのランジェリーが見られるのはアドミラルだけのプリバレッジですよー。このチャンスを逃す手はない!」
するとマレーヤも
「こういうイベントを盛り上げるのも司令官の仕事だぞ、アドミラル。いやアドミラルだけに恥ずかしい思いはさせん。わたし、このマレーヤも出場する!」
女性のマレーヤにここまで言わせては後には引けない。わたしは特別審査員を引き受けることにした。
ただし、霧島のスピーチを聞いた限りではかなり真面目なイベントらしい。女性のパンティを見ると言っても、眼福・眼福とヤニさがることのないようにしないと…。
戦艦榛名の備品の蓄音機から流れる騒々しいファンファーレとともに出場者が壇に上がる。
最初はイタリア軽巡のガリバルディだった。青島にも一緒に行ったっけ。
彼女はドレスのスカートをバサッと勢い良くひるがえす。その中に見えるのは真っ赤に燃えた…
「どう? わたしのムタンデMutandeは?」
「ああ…目にも鮮やか…というより目の中で燃えるようだ」
「名前はカミーチャロッサというのよ…アミラリオには意味がわかるかしら?」
わたしはイタリア語は分からない。だが、何やら因縁があるような言い方だ。下着の色は赤…そして彼女の艦名から…
「ひょっとしてリソルジメントの赤シャツ千人隊?」
「チェルト! その通り! よくわかったわね! 何だか嬉しくなって来ちゃった!」
ガリバルディは正解を出したご褒美と言わんばかりに、両手でわたしの頭を抱えると自分の下着に押しつけた。機関出力10万馬力の腕力には抵抗なんか出来なかった。
赤い布地を通り越してその奥にある黒がわたしの目に迫ってきたところで…
「ありがとうございました! では次の方!」
司会の霧島によるストップが入る。壇の下から榛名がハンドサインを送っていた。
次に壇に上がってきたのは、フランス戦艦のダンケルクだった。
ダンケルクは第二次大戦のフランス海軍の悲劇を背負ったような艦である。この異界に生まれ変わってもその記憶を引きずっていたようだったが(第7話)、こういうイベントに出てきたのを見ると少しは気持ちが前向きになったのだろうか。
ブラウン色のロングウェーブ髪の美人は相変わらずだが、以前に比べると明るくなったように思えるのは気のせいか…
そのダンケルクは、舞台の幕をスルスルと上げるように、ゆっくりと自らのスカートを持ち上げた。
彼女が履いている下着は薄いブルー。だがそのワンポイントとして、三つの剣が連なったような黄色の刺繍が施されている。この模様は確か見覚えが…
「…これはブルボン王家の紋章だね」
「ウィ。その通りです。ブルボン王家の紋章…フルール・ド・リスをかたどったものです。アミラル」
冷ややかにも聞こえる、静かなしゃべり方は相変わらずだ。
「キミは王政ではなくて共和政時代に建造された艦だったね」
ダンケルクは軽くうなずくと
「ですが、親から子へそして孫へ…石を積み上げるように受け継がれるのがヨーロッパの伝統。このフルール・ド・リスもその一つなのです」
石といえばケルンの大聖堂は600年の歳月をかけて建てられたのだったな。しかし、下着にまで伝統の意匠とは…ヨーロッパの自らの歴史と伝統への誇りは深いものがあるなあ…そう思っていると匂いがわたしの鼻をくすぐった。
ダンケルクが答える
「これはフルール・ド・リスの意匠のもととなったアイリスの花びらから調合した香水です。下着に染み込ませてあるのです」
なるほど、さすがお洒落で有名なフランスの艦だ。
その匂いに誘われて、わたしはつい鼻を近づけて嗅いでしまう。柔らかな香りが鼻腔に広がり…
すると布地がしっとりと色を変えた…そうか染み込ませた香水が表に出てきたのだ。だが上から吹きかけられるダンケルクの息づかいが次第に激しくなり…
「ありがとうございました! では次の方!」
司会を務める霧島の声が響き渡る。
榛名が焦った顔で、またハンドサインを送っているのが見えた。
次は誰だろうと思ったらマレーヤだった。さすがはクイーンエリザベス級戦艦。近くで見ると堂々たる体躯だ。
「キミも出場するんだ?」
「言っただろう?アドミラルだけには恥ずかしい思いはさせないと」
そういえばそうだった。義理堅い...英語ではコンシエンシャスとでもいうのだろうか...彼女らしいな。
マレーヤの履いている下着を見せてもらう...黒地だが布面積が狭い...そして真ん中に金糸でバタフライの刺繍がしてある。
驚いたのは蝶の胴体だ。その部分だけ布が無い!わたしは思わず口に出してしまった。
「これ、中が見えているんじゃないのか?」
わたしの言葉を聞いて霧島と榛名が顔色を変えた。霧島はすかさずマイクを握ると
「誠に残念ですが!マレーヤは失格!!」
マレーヤの失格はとんだハプニングだったが、それからは行事も滞りなく進み、最後に壇上に立ったのは綾波だった。
綾波はスタスタと歩いてわたしの前で止まる。
今日の綾波は青のブレザーにスカートを合わせている。彼女はためらう風もなく、サッとスカートを持ち上げる。
彼女の下着は…純白だった。染み一つ汚れていない。
わたしはつい感心してまじまじと眺めてしまった。
「いかがですか? 司令」
と、綾波が聞いてくる。
「いや、あまりにも清潔な白だから感心したよ。ここまで手入れするのだからやはりキミなりの理由があるのだろうね?」
わたしは逆に綾波に問うた。
実は白の下着は日本艦でも何人かが履いていた。しかし理由を聞いたら、みなクスクス笑うか恥ずかしがるかで答えてくれなかったのだ。果たして綾波はどうだろうか。
彼女は即答した。
「見苦しくないようにするためです」
「…見苦しくないようにする?」
彼女の答えをおうむ返しに繰り返すわたし。
「はい。昔の武士で心得のあるものは、戦場に出るときに真っ白に洗った褌を身につけたそうです」
…真っ白なふんどし? 急に時代を越えた比喩がでてきたのでとまどう。
「それには理由があります。もし戦場で斃れた時、敵の雑兵に身ぐるみ剥がされるのがあの時代の習いでした。死んだ後でも嗤われないために清潔な下着を付ける必要があったのです」
綾波はさらに言葉を続ける。
「わたしが沈んだソロモンでの夜戦…味方との連絡の齟齬のために敵陣へ単艦で突入することになるとは思っても見ませんでした。戦場ではいつ斃れるかわからない…それを忘れないために真っ白な下着をいつもつけているのです」
綾波はそう言い終えると持ち上げたスカートを降ろし、わたしに一礼して壇を降りて行った。
「それでは最終審査です。提督! 誰が優勝ですか? さあお答えを!」
司会の霧島はそう言ってわたしにマイクを向けた。
わたしは迷わずに言った。
「優勝は…綾波!」
会場がどよめく。その中で霧島は
「それでは理由をお聞かせ願いませんでしょうか?」
「その前に言っておく事が一つ。わたしは男性だ。男性の視点から見ることしかできない」
霧島は一瞬不審な表情をしたがそれでも
「続けて」
と先を促した。
「見苦しくしないために純白の下着をつけるという綾波の言や良し! わたしは女性というよりも戦友としての言葉に感銘を受けた! よって優勝は綾波!」
会場がワーッという空気に包まれた。
「素晴らしいお答えをありがとうございました!」
霧島が大きな声でわたしを讃えてくれた。
…ただ、その後に霧島は
「ですが、わたしたちを戦友として見るとおっしゃっても、すぐに前言をひるがえすのがオトコの悲しい性!」
なんと会場のウォーシップたちは霧島の言葉に一斉にうなずいた。…こ…これは全く信用が無い!?
「とはいえ! 今ここで! そのようなお答えを頂けただけでわたしたちは大満足です! ありがとうございました!」
盛大な拍手とともにわたしは壇上から降りる。榛名が必死に頭を下げてわたしに謝っているのが見えた。
ガリバルディ
ダンケルク
綾波
こうして盛況のうちにバザーは終了した。わたしは戦艦ウォースパイトに搭乗して司令部の港に戻る。
スターン・ウォークに立って遠ざかって行く島々を見つめる。
「コンテストの審査員はご苦労様でした。マイアドミラル」
わたしの隣にいるウォースパイトが労ってくれた。
「ハハハ…最初は驚いたけどね」
ウォースパイトが差し出してくれたココアを飲みながらわたしは彼女に話しかけた。
「金剛が言っていたとおり、君たちが人間世界との航路を維持する必要性、バザーに来てわかったような気がするよ」
ウォースパイトの美しい瞳がわたしの顔を見つめる。どぎまぎする気持ちを抑えながら
「君たちにとって人間世界の物資は単なる贅沢では無くて、人間に生まれ変わった自分たちを支える拠り所なんだね。綾波にとって純白の下着は過去の歴史の尊厳とこれから生きる覚悟を示すものだったんだ」
わたしの答えにウォースパイトは満面の笑みを浮かべて
「ブリリアント! その通りです!まさにそのためにわたくしたちは戦うのです!」
皮肉な見方をすれば、女性下着のために海上モンスターと戦うと言ったようなものだが、それでもウォースパイトはブリリアントと最高の褒め方をしてくれた。
するとウォースパイトはいくぶんかモジモジとしながら
「ねぇ、マイアドミラル。わたくしの選んだランジェリーも見てくださいますか?」
わたしが驚いている間にウォースパイトは後ろ向きになって自分の履いている下着を見せてくれた。
それはレース模様が縫い込まれた白のドロワーズだった。
ウォースパイトの魅力的なヒップをクラシックな美しさを持つランジェリーが包んでいる。
わたしが見惚れて呆然としていると
「この上質のシルクは肌触りが素晴らしいの。どうぞ、さわってお確かめになって」
その言葉を聞くや否やわたしは狂ったように彼女のヒップを撫でまわした。
霧島が指摘したとおりだ。コンテストでは偉そうなことを言ったが、その実、自分の男性を押さえつけるのに必死だったのだ。
手で撫でるばかりではなくて、頬ずりしてシルク越しにウォースパイトのヒップの感触を堪能する。
そしてシルクの上からヒップを甘噛みしているとついにウォ―スパイトは火照ったような声でわたしにささやいた。
「エンジンの暖気は完了しましたわ、マイアドミラル。これから操艦訓練のお時間です」
エンジンだけではなくてスターン・ウォークも暖まってきたのを感じる。
「…それでは、このスターン・ウォークの上で操艦しようか。戦場では艦尾から操縦することだってあるだろうしね」
「まあ…犬か馬みたいに……?」
「もうすぐ夕暮れだ。誰にも見えやしないさ」
「フフフ…それではマイアドミラルのお手ずから外してくださいまし」
わたしはゆっくりと外す。ウォースパイトはわたしに背を向けたままで甘い喘ぎ声をあげる。
二人の夜間戦技はまだ始まったばかりだ。
..................................
....夜間の操艦訓練を終え、わたしはウォ―スパイトのキャプテンズルームに戻った。
「アアゥ..アアッ...アー...アアアーッ…マイアドミラル...アドミラル...♡」
操艦中、ウォースパイトのエンジン音は大いに乱れていたが、艦の針路は一ミリたりとも乱さなかった。
一緒に戻ってきた彼女はお茶の支度をしてくるといって部屋を出て行った。その間、わたしは壁にかかっている一枚の絵画に目をやる。
...Oscar Parkes, All the Ships of the British Navy - The Worlds Most Formidable Fleet c. 1938.
(「イギリス海軍全艦艇...世界で最も恐るべき海軍」1938年作)
1938年時のイギリス海軍の艦艇群が一幅の絵の中におさめられている。パッと見ただけでもフッド、レパルス、リヴェンジ、ネルソン...そして我がウォ―スパイトをはじめとするクイーンエリザベス級の戦艦たち...
作者はオスカー・パークス。本業は医師だが、イギリスの最も著名な艦艇研究家にして画家でもある多才な人物だ。
人間界の画廊で売り出されていたものを、榛名に頼んで買ってきてもらったと、ウォ―スパイトが言っていたな...絵画の下の壁には小さな文字が筆記体で書かれてある。よく見てみると
''In The last Golden Days of the Thirties"
(1930年代、最後の黄金の時代)
1938年は第二次世界大戦の直前だ。あの大戦の後では大英帝国の斜陽は決定的になり、この絵に描かれた戦艦たちも財政難を理由にみな廃艦となった…
「...ウォ―スパイト」
....先ほどまで残っていた甘くて熱っぽい余韻は一気に醒めた。そして、老軍人か老政治家のように、重い一文を自筆で記すウォ―スパイトの姿を思い浮かべた。
後書き
金剛
「今回のバザーも盛況のうちに終わって何よりじゃ」
比叡
「本当にそうですわね。コンテストの審査員に提督をお招きすると聞いた時はどうなることかと思いましたが」
金剛
「じゃが、わしの言ったように上手く行ったじゃろう。提督と皆の絆が深まって良かったわい」
比叡
「全くおっしゃる通りでしたわね。姉さまはこうなることをあらかじめおわかりに?」
金剛
「まあ、わしも一抹の不安が無かったわけではないが…もし提督がケダモノになった時は遠慮はいらぬ、榛名は足を引っかけて霧島は後頭部を殴れ、全責任はわしが取る…とあの二人には言っておいた」
比叡
「また姉さまはあること無いことを…」
金剛
「ハハハ…しかしわしらの時代にはズロースコンテストなんて考えられなかったが、自由と民主主義の世と言われる令和ではどうなのかのう」
比叡
「では生成AIクロックくんに尋ねてみましょう…カタカタ…」
クロックくん
「炎上シナリオ(100%こうなる)…誰かが動画をSNSに投下…6時間後『このイベントやばくね?』…12~24時間後『セクハライベントじゃん』『性の消費化! 』でコメントが十万件超ついてネットニュースに…48時間後『提督が謝罪会見したけどコイツ他人事だな』『ちっ!反省してまーすみたいで感じ悪い』で総攻撃…一週間後に提督が辞任しても沈静化せず」
金剛
「なにやら物騒なことを書いておるが本当にこうなるのか?ちと大げさではないか?」
比叡
「そういう可能性もあると言うことですわ。想定されるリスクを極大化しているようですわね、このAI」
金剛
「どうしてそうなるのじゃ?」
比叡
「主な学習データが短文投稿プラットフォームなので…今、そこにある危機を過剰に強調する傾向があるのですわ」
金剛
「なるほどのう。あのSNSにはロシアの経済はもうすぐ崩壊するとか、ウクライナは全面降伏するとか極端なことばかり書かれておるが…現実はもうすぐ4年になるが決着がついておらぬ」
比叡
「最近は通貨安で円は紙くずになると言い出しましたわね。…生成AIをジェニーちゃんに変えようかしら。あちらなら論文検索サイトもデータセットに入っているのでもう少し冷静な分析が…」
金剛
「ん? プロンプトとやらを打ち込んでいないのに勝手に動き出したぞ」
クロックくん
「寝ろうサイトはみんなの場所だ。みんなランキング上位を目指して頑張ってるんだ。サーバーは有限なのに自己満小説で無駄遣いするな。市場のゲームルールに従えないのならチラシの裏にでも書けけけけけケケケケケ...........30年後の日本は市場で価値を発揮できる階層が大都市に居住し、市場から排除された階層が過疎地で残置集落を形成する極端な二極化社会が到来するでしょう」
金剛
「急に支離滅裂なことを言い出しおったぞ…そうか! 痛いところを突かれたのでハレーションを起こしたのじゃ!」
比叡
「姉さま、それをおっしゃるならハルシネーションですわ」
金剛
「ハハハ...これは失敬、失敬。しかし戦時中の情報統制とは違うところで、令和の御代も窮屈になって来たようじゃのう」




