25. 夜間の水雷戦演習...そして実戦(イギリス軽巡オライオン登場)
「全軍をゆるがす深刻な動揺のさなかで、絶対に動揺できないのが、総司令・尚旭東だった。彼は北京西城の総司令部にあって、各地の総隊から櫛の歯を引くように集まる悲報を平然とうけとめていた。(中略)すべての憂慮を胸にひめ、一瞬たりとも平静を失い、笑顔を絶やしたりせぬよう努めねばならなかった」(朽木寒三『続馬賊戦記』第四章第十一節より)
嵐は彼方に過ぎ去り洋上には静謐さが戻ってきた。
先ほどまでは夕陽の名残りを示すかのように晩霞が雲の端を美しく彩っていたが、それも次第に消えていき洋上を夜が覆う。
だが星の光のもとで我が連合艦隊はますます活気を呈してきた。
これから日本海軍の名物である夜間演習が始まるのだ。
各国の観閲武艦は旗艦である金剛の甲板に集まって興味深く眺めている。
その中からイギリス軽巡オライオンがわたしに近寄ってきた。
「アドミラル、船酔いの具合は如何ですか? あらあら、顔を青白くしちゃって。ダメですよ、指揮官が弱った顔をみんなに見せては」
少しメイキングしてあげるわと言うと、彼女は自分のコンパクトを取り出して、パフをパタパタとわたしの顔に当ててくれた。
イギリス軽巡オライオン。オリオンともいう。名前の由来はもちろんギリシャ神話の悲劇の英雄である。
艦の竣工は1934年。第二次大戦で活躍したリアンダークラス軽巡洋艦の一隻だ。
姉妹たちの中でオライオンは戦闘勲章を13個受賞している。これはトップのウォースパイトに次ぐ数だ。
その戦歴は南米、地中海、インド洋といった世界各地の海で海戦や船団護衛、陸兵の上陸支援に従事した。あの歴史的なノルマンディー上陸作戦にも参加している。
そして人間体の彼女は金髪のウェーブ、小柄な肢体と笑みを浮かべた顔はいたずらっぽい妖精を想わせる。
同じブロンドでもウォースパイトが貴族の屋敷の女主人だとすると、オライオンはお坊っちゃまお嬢ちゃまのお守りをしているメイドと言ったところだ。
本来なら赫々たる武勲に輝く歴戦の強者のはずなのだがとてもそんなふうには見えないなあ...
オライオン「アドミラル、HMSオライオンです。先の大戦では南米、地中海、インド洋で戦いました。本当に『Orbe circuncinto(世界中で)』だったわね。戦後はコルフ島事件に姉のリアンダーと巻き込まれちゃったわ」
「んー。こちらの世界に生まれ変わったオライオンさんも強者なんですよっ。司令」
わたしの心を見透かしたかのようなことを言ったのは日本の駆逐艦雪風。
司令部の従卒艦として各国の観閲武艦に夕食の弁当を配っていたのだ。
「オライオンさんはイギリス海軍の鬼教官なんですっ。だからジャーヴィスも顔をあわせないようにして逃げ回っているんですよっ」
オライオンに聞こえないように小声でささやく。
そのオライオンは聞こえているのかいないのか
「ありがと、雪風。これが今日のサパーなのね。ところでジャーヴィスはどこに行ったのかしら?」
そういえばジャーヴィスは嵐で傷ついた艦の修理をしなければならないと言って、自分の艦のエンジンルームから出てこない。
「あらあら。逃げ回っても無駄なのに♡。そうね。今度のトレーニングメニューはオールナイト・スクワット&マラソンね♡ でもあの娘ったら見えないところで上手にサボるのよね。今度はゲッシュ(呪い)をかけて足が止まらないようにしようかしら♡」
駆逐艦とはいえ戦闘勲章13個を授与されたジャーヴィスに対しては軽巡でも多少の遠慮があるのだが、彼女に匹敵する功績があるオライオンは容赦がない。まして他の駆逐艦には…と言うことだろう。
わたしは金剛の主砲にもたれるように腰をおろして渡された弁当の蓋を開ける。
中身は巻き寿司とだし巻き玉子。手づかみでぱっくりと食べられるのはさすが海軍の戦闘配食だ。
とはいえこれは一般的には航空兵に出す食事だ。金剛はかなり奮発したようだ。
食べ始めたわたしの横にオライオンが腰を下ろす。
「今度の夜間演習ではわたしがアドミラルへの解説を担当することになりました。よろしくね」
「え? キミが説明してくれるの?」
「ええ、マタパン海戦で活躍したお主なら夜間戦技には詳しいじゃろうと金剛さんに頼まれちゃった」
そうなのだ。日本海軍の歴史を追っていると夜戦訓練は我が国のお家芸のように見えてくる。
だが夜間戦技の訓練に力を入れていたのは日本海軍だけではない。例えばイギリス海軍があげられる。
第一次大戦中に起きたかの有名なユトランド海戦。
その終盤の戦闘は1916年5月31日の日没から翌6月1日まで行われた。
この戦闘で、イギリス艦隊は夜戦の準備をしていなかったためにドイツ大洋艦隊の戦場からの脱出を許すことになった。
そのため戦間期にはイギリス海軍は夜間戦技の訓練に力を入れた。その努力は第二次大戦に実を結び、夜戦となったマタパン海戦ではイタリア海軍を圧倒することになった(Vincent P. O’Hara and Trent
Hone2023(Eds.) Fighting in the Dark: Naval Combat at Night, 1904–1944)。
我がウォースパイトを始めとするイギリス海軍は、イタリア重巡のポーラ、ザラ、フィウメを撃沈してイタリア海軍の機動力を奪ったわけだが、そのきっかけを作ったのが、夜にも関わらず、レーダーでイタリア艦艇を探知したオライオンというわけだ。
わたしの横で巻きずしに口をつけているオライオンを眺める。スリーサイズはわたしがざっと見たところ、6, 56, 554。
……もちろん主砲、船幅、全長の数字である。アドミラルが麾下の艦艇を異性として見るなどとそんな不届きなことは……
「あら♡ ウォ―スパイトさんの15インチ・マーク1に比べると小さいですけどこれでもなかなか使えるのですよ。わたしの主砲6インチ・マーク 23」
わたしの心を見透かしたかのようなオライオンの言葉に驚いて寿司が喉に入る。雪風といいオライオンといい歴戦の武勲艦はカンが冴えているというべきか。
オライオンは咳き込むわたしの背中をさすってサイダーをわたしてくれた。
ぶるるるっ...サイダーを飲み干すと身体が冷えてくるのを感じる。
異界といえども季節の移り変わりはある。ここ最近は陽が沈むと急に冷え込むようになってきた。
わたしが自分の腕で身体を擦っているのを見たオライオンは自分の身体を寄せてきた。
「今、艦にヒーターを入れたわ。わたしにぴったりとくっついてね。身体が暖まるから」
「え…しかし、それは…」
ウォーシップとはいえ今は女性と密接な接触をするのはためらいがある。
「ダメよ。アドミラルが風邪をひいたりしたら、わたしがいるのに何をやってたのってウォースパイトさんに叱られちゃうわ。さ、このままわたしにぴったりくっついて」
オライオンはさらに身体を寄せてくる。彼女のヒップがわたしの太ももにあたる。
わたしも彼女の温もりが心地よくなり、ついにオライオンの腰に手を回して互いの身体を密着させる。
しばらくすると身体がすっかり暖まってきた。
「夜は冷えるけど星は綺麗ね」
「鬼教官には似合わないロマンティックな言葉だね」
「まあひどい。ふふふ…アドミラルをカエルに変えちゃおうかしら♡ わたし、妖精の魔法をちょっとだけ使えるのよ♡」
そういえばイギリス艦の中にはウォ―スパイトはじめ幻想ケルトの魔法が使える艦がいるのだった。こわいこわい。
オライオンは冗談ですよと言って笑うと、何かの気配に気付いたように甲板を見る。
すると甲板の下から伝声管がニューっと延びてきた。
「提督、お楽しみ中に申し訳ないが、そろそろ演習が始まるからの。羅針艦橋においで願おう」
「さすがは金剛さん。ベストタイミングね」
金剛がわたしを呼んでいる。さあ、夜間演習の始まりだ。
羅針艦橋に上がるとそこは真っ暗闇だった。星々の淡い光だけが室内に差し込んでいる。
人のシルエットが見えるがわたしには誰なのかわからない。
わたしは手探りで電灯を探してスイッチを入れる。
何故かオライオンが止めようとしたが彼女の手は間に合わなかった。
ようやく灯りがつき、艦橋にいるのは金剛、比叡だとわかる。
ところが比叡は慌てて駆け寄ると電灯のスイッチを切り、室内はたちまちもとの暗闇に戻る。
「こらこら、提督。ここは軍艦じゃぞ。日没後は灯火管制が常識じゃ。夜間航行で明かりをつけたら敵さんに見つけてくれというようなものじゃからの」
暗がりの中で金剛が腕を組んで説教する。
「現代はレーダーはもとより衛星からの画像で艦艇の動きは追跡できるようになっていますが、それでも夜間の灯火管制は厳格に守られているようでございますわね」
いつもの如く金剛に補足して説明を加える比叡。
そういえば艦橋に上がる時も階段周りは赤灯しかついていなかった。わたしは内心で自分の不明を恥じた。
「ということで夜間はおぬしのスマホも電源を落とすのじゃぞ。ディスプレイのブルーライトとやらは思ったより光が外に洩れるからの」
金剛の言葉を聞いて、わたしは慌ててスマホの電源を切る。
スマホのディスプレイの光も消えて艦橋内は再び暗闇となった。暗がりに慣れていないわたしをオライオンが導いて艦橋窓まで連れて行く。そうだ、イギリス海軍も夜戦の経験は豊富だったのだ。
金剛「提督や艦長が指揮を取る艦橋はわしらには二つあってな。戦闘艦橋とその下にある羅針艦橋じゃ。夜戦の時には羅針艦橋が使われるのじゃ」
ザーッと大艦が波を切る音が聞こえる。
これから古鷹、加古、衣笠、青葉で構成される第6戦隊が仮想敵となっている駆逐艦を襲撃するのだ。
しかしわたしには音は聞こえども彼女たちの艦は見えない。今夜は新月。海上を闇が覆っているのだ。
金剛たちは遠目で衣笠たちの動きが見えているのだが、わたしは双眼鏡を覗いてもハッキリしない。
突然、わたしの横についていたオライオンが手を伸ばして双眼鏡を取り上げる。
その瞬間、洋上を太陽のような光が輝く。双眼鏡を覗いたままだったら目をやられるところだった。
その光は第六戦隊の航空機が落とした吊光弾だった。
それと同時に衣笠たちの艦から光が延びる。投光器が目標となっている駆逐艦を照射したのだ。
夜陰に自らを隠していた駆逐艦たちは海域を離脱しようとするが、照射された光は彼女たちを逃さなかった。
たちまち衣笠たちから演習用の魚雷が発射され、次々と命中判定を出していく。あの第一次ソロモン海戦を彷彿とさせる見事な手並みだった。
バシッ! 金剛が会心の出来だと言わんばかりに自らの太ももを叩いた。
「今日はまた一段と冴えておるの。駆逐艦どもは回避する暇も無かったようじゃ」
「さすが第6戦隊ですわね。ですが...レーダーの発達で時代遅れになってしまった我らの夜間戦技がまた必要になるとは思いませんでしたわ、金剛姉さま」
金剛、比叡が今の演習について話している。比叡の言う通り、太平洋戦争の中盤からアメリカ軍のレーダーの発達で日本海軍の夜間戦技は有効性を無くしたと言われる。
もちろん現在の人間界ではとっくの昔に時代遅れになっている。衛星画像という現代の神の眼の前には深海の潜水艦を除けばほとんどの軍事行動が丸裸だ。
だが、ここは異界だ。大宇宙と直接つながっているため、地球上には存在しない物質が天空から降り注いでくる。それは衛星通信はおろか、レーダーや電子機器の作動を妨害するのだ。
「さて♡ 問題ですアドミラル♡ 今の衣笠さんたちの夜襲が成功した原因は何でしょう?」
オライオン鬼教官殿がさっそくわたしに出題してきた。ただ解説してくれるだけかと思ったがなかなかに厳しい。
「うーん...今夜はレーダーが使えないから...アメリカ軍が猫の眼と呼んだ目視能力?」
「ブーブー(boo-boo)...ざんね~ん♡ ちょっと違います。さ、次の答えをはやくはやく♡」
幼児語を使って訂正するオライオン。駆逐艦に対する彼女の教官ぶりが少しだけ伺えるようだった。だから怖いんじゃないのというジャーヴィスの呟きがどこからか聞こえてきた。気のせいか。
「チックタック…チックタック…まだかなまだかな~グズグズしてるとアドミラルを小鳥に変えちゃうぞ~♡」
動物に変えられてはたまらない。わたしは必死で考える。…えーと…
「さっきの第六戦隊の夜襲を見ていると吊光弾、サーチライト、雷撃の手順が鮮やかだった。それと関係が?」
「スポット・オン(Spot on)! 正解よ! 」
オリオンはブリティッシュのスラングを使ってわたしの答えを誉めてくれた。
「敵を補足するまでは、我がキングダムやステイツが使ったレーダーや、日本が頼った猫の眼(Cat's-eyed Japanese lookout)も大切よ。ただ戦場についてからは吊光弾とサーチライトの効果的な使用がとっても有利に働くの」
「ぼくは今まで夜襲と言えばレーダーと目視しか思い浮かばなかったが…」
「我々ロイヤルネイビーはね。ジャトランド海戦の戦訓を見直して夜戦を本格的に研究したの。無線、方向探知、航空などの新技術の導入を検討しながらね。そして1934年の演習ではアドミラル・サー・ウィリアム・ワーズワース・フィッシャー提督率いるレッド・フォースが敵の不意をついた照明弾やサーチライトの使用で大きな成果をあげたのよ。今の衣笠さんたちもそのやり方に沿ったものだったわ」
「闇夜に突然の光…つまり敵の心理的な動揺を誘ったのだね。今のは演習の話だが実戦でのサーチライトの効果はどうだったんだい?」
「ええ、あのマタパン岬の海戦よ。駆逐艦グレイハウンドがイタリア重巡にサーチライトを照射したのが運命の22時27分。油断していたフィウメさんやザラさんがライトの明かりで真っ白に照らし出されたわ。後はウォースパイトさんたちの砲撃が面白いように決まったの。ロプサイデッド・ヴィクトリー(Lopsided victory)♡ 駆逐艦スチュアートのクルーが作った詩じゃないけど私たちの見せた大胆さはウォプスを悔しがらせたわ♡」(Angus Konstam, Cape Matapan 1941: Cunningham’s Mediterranean Triumph, p.79)
オライオン
「『
Then came the fight off Matapan そしてマタパン岬沖の戦いが起こり、
With Stuart to the fore. 駆逐艦スチュアートが先頭に立った。
The impudence she showed that night, その夜に彼女が見せた大胆さは、
Has made the Wops quite soreイタリア人たちを思いっきり悔しがらせた』
foreとsoreでちゃんと脚韻を踏んでいるわね。オージーも洒落た詩を作るじゃない。あの夜戦では駆逐艦の娘たちが敵艦に肉迫してサーチライトを照射したのよ♡」
※Leslie Edward Stuart Clifford, THE GREY OLD LADY(https://www.awm.gov.au/collection/C2742707)
「か~~っ! 相変わらず嫌みったらしい女ね! 」
突然、大声がわたしの耳に入ってくる。
声の聞こえてきた場所を見ると三人のシルエットが浮かんでいる。
暗闇の中で目をこらしてみると、川内、神通、那珂だった。川内や神通とは既に顔を合わせている(第22、23話)
今回の演習では水雷戦隊の旗艦を努める軽巡の三姉妹じゃないか。
先ほどの言葉を続ける川内。
「何がロプサイドビクトリーよ! イタリア艦のアブリッツィたちが聞いたら何ていうかしら! オリオン!」
「あら、川内たちじゃない。そういえば次はあなたたちの演習ね」
そういえばこれから川内たち水雷戦隊の演習だった。それもただの演習では無い。異界の基地で開発した超科学兵器である分子雲燃焼魚雷の発射実験だ。
「高見の見物をさせてもらうわ。アドミラルの隣という特等席からね♡」
オライオンは川内に見せつけるかのようにわたしに寄り添ってくる。
口の悪さとは裏腹に、肌につけている香水はナチュラルな匂いで心地よい。
「ちょっと! わたしたちの提督にあまり近づかないでちょうだい! 提督、あなたも鼻の下を伸ばしてるんじゃないの! 」
この暗闇でわたしの表情がわかるとは驚いた。
「え? どうしてわかるんだい?」
「フフフ…わたしたち水雷戦隊は暗闇でも数キロ先のゴマ粒が見えるように日々訓練を重ねているのよ…神通!!」
川内と神通の手のひらが同時に翻る。すると二つの短剣がオライオンの両頬をギリギリかすめて背後の壁に突き刺さった。
この暗闇の中でオライオンに当たらずに短剣を飛ばすとは…わたしは驚いて声も出ない。
川内が得意げに胸を反らすのが暗闇からかすかに見えた。
ところがオライオンは平然として
「わ~すごいすごい~」
と拍手をしている。
「日々に重ねたシゴキの成果ね。日本の海軍では五省を叩きこまれているんでしょ?一つ、シドー・フカクゴ、セップクよ♡ってね。わたし一度ハラキリ見てみたいわあ♡」
川内が歯噛みする音がこちらまで聞こえる。
軽巡同士の対立に今まで中立を保っていたわたしだが、つい口を出した。
「それは海軍五省ではなくて新撰組の局中法度をアニメソングにアレンジしたものだよ」(『行殺新撰組』)
「いーのよ! 提督! コイツ、知っててわざと間違えてるんだから!」
オライオンは笑いながら川内を眺めていたがやがて真剣な表情になり
「ところで川内、一つ訂正しておくわ。わたしはオリオンではなくオライオン。ジャパニーズイングリッシュの発音で古代ギリシャの英雄を呼んだら笑われるわよ」
すると律儀な神通が反応する
「え…そうなの? オ…ライオン?」
「ダメ、ダメ。ア・ライ・アン(əˈraɪ.ən)。さ、もう一度♡」
「あ…あぇらぁいえぁん?」
「うーん、惜しいわね♡」
ついに川内は業を煮やして
「神通! コイツの言うことなんか無視しなさい!」
「しかしですわ、川内姉さん。やっぱり人さまのお名前はきちんとした発音でお呼びしないと」
とうとう那珂が大きなあくびをして
「川内ちゃん、神通ちゃん、もう行こうよ。演習の準備が終わった報告なんて通信で済むんだよ。なのにわざわざ川内ちゃんが直接行くなんて言い出すからさー」
本来なら那珂の言うとおりなのだが、川内としては対面でオライオンに言わなければ気が済まなかったようだ、
これはオライオンの人を食った態度に腹を立てているだけではない。
日本海軍のなかで夜戦の第一人者たる水雷戦隊の旗艦としては、マタパン岬沖海戦で鮮やかな夜襲を行ったイギリス艦に対抗意識を燃やしているようなのだ。
川内たちが自分の艦に帰った後、金剛から演習開始の命令を伝える通信が水雷戦隊に送られた。
「よーし! 水雷戦隊のみんな! 行くよー!」
通信に川内の元気な声が響きわたる。ああ見えても皆を引っ張っていくのは川内なのだ。
「対英米六割に抑えられた帝国海軍の苦境を跳ね返すために猛訓練した夜間戦法! この異界でも見せてあげなさい!」
「英」のところに強いアクセントを置く川内。みんなの前なので名前を出さないが、明らかにオライオンを意識した言い方だ。
しかしオライオンは平然たるものだ。何も気づいていない顔をして雪風と雑談している。
「では、提督。演習開始の号令をおぬしからかけてもらおう」
金剛に促されてわたしは片手をあげた。「それでは演習はじめ! かかれ!!」
天候は曇り。時々驟雨。海上の模様は平穏にして多少のうねりあり。
天候は快晴とは言えないが、この程度では演習を中止するに及ばないという戦艦たちの協議で、演習は実行された。
金剛が指を鳴らすと海図室から海図台がガガーッと移動してくる。
そして卓上が電子ディスプレイに変わり、演習を行う各艦の位置が光点として映し出される。光が外に漏れないダークモードである。
各艦の光点は青と赤に分かれている。扶桑、山城が率いる無人艦の艦隊が青軍、川内率いる第三水雷戦隊、神通の第二水雷戦隊、那珂の第四水雷戦隊が赤軍である。
赤軍の水雷戦隊が三隊に分かれて青軍の両横に附く。
そして並走しながら魚雷を次々と発射するのだ。
艦首から進行方向に発射できる潜水艦とは異なり、魚雷発射管が艦の横に向いている水上艦の特徴を最大限に生かす戦法である。
これを日本海軍では三つ固めという(林譲治『図解 海軍水雷戦隊』150-151頁)。
「果たして実戦でもこの陣形の通りにいくのかな?」
素人たるわたしの疑問に金剛は笑って
「提督、今回の演習は甲種夜間戦闘発射の訓練じゃ。甲種という呼び方が示すように、これはあくまで基本戦技の訓練じゃ。応用たる乙種訓練はまた別に行うのじゃ」
今回は、駆逐艦が魚雷の発射に習熟するための訓練なので、実戦を再現する必要は無いということだ。
「古流剣術の型稽古も実戦とは離れているという非難を受けますが、あれは実戦の雛型ではなく、身体の操作法を身につけるための訓練なのです」
補足する比叡。剣術を喩えに出すのは、乗組員の体育として武道を奨励していた、日本海軍の歴史が現れている。
「ホッケーで言えばミニゲームみたいなものね。プレイヤーのシュート力を養成するために、わざと試合とは異なるルールやシチュエーションでゲームをするの」
比叡とは異なり、オライオンはホッケーに譬えた。デッキホッケーが伝統だったイギリス海軍の巡洋艦らしいセリフだ(https://hockeygods.com/hockeys/7-deck_hockey)。
そして話を戻す金剛
「とはいえ、夜間の海、それもレーダーが効かぬ状況じゃ。そして海象や気象はこちらの思うようにはならぬ。そのような中で魚雷の射角を出さねばならぬから難しいぞ。川内たちの腕の見せ所じゃな」
扶桑たちの率いる青軍艦隊と、川内たちの率いる赤軍艦隊は次第に距離を縮めている。
「ふうん、縦陣同士で接近するのね」
と、興味深く呟いたのはオライオン。
「わたしたち帝国海軍は艦隊決戦を目標に演習を行ってきたからね。イギリス海軍はどうだったの?」
オライオンに尋ねる比叡。
「1929年の地中海での夜間演習は、ネルソンさんやレパルスさんが率いるレッドフォースを、フッドさん率いるブルーフォースが襲撃するプログラムで行われました。レッドフォースはコンヴォイを護衛した護送船団、それに対してブルーフォースは四方から攻撃をかけました」(Royal Navy Fleet Exercises - 1929 (Exercise MA & MZ), https://youtu.be/wlTb98J4OXQ?t=1871)
比叡に解説するオリオン。
「今回の日本海軍の構成や陣形と比較してどうだったんだい?」
興味が湧いてつい込み入ったことを聞くわたし。
演習の最中に聞くべきことではないかもしれないがオライオンは答えてくれた。
「その時のブルーフォースは巡洋戦艦のフッドさんを中心に巡洋艦、駆逐艦、潜水艦で編成されていたわ。今回のように軽巡と駆逐艦のみで編成される戦隊とは異なるわね。そうね、水雷戦隊は日本海軍独特の編制だわ」
「それで、その時の演習ではどのような戦訓が得られたのかの?」
「はい。両者は会敵したのですが、夜間の戦闘だったので味方撃ちあるいは砲煙に視界を遮られてブルーフォースの襲撃は失敗。サーチライトやレーダーの活用が必要という結論になりました」
オライオンの解説にふうむと腕組みする金剛。
するとディスプレイを見ていた比叡が、
「提督、川内たち赤軍に動きが見られました」
川内たち赤軍は単縦陣だった艦列を三方に分けた。航跡を見ていると鳥の足に似ている。
「ふむ。川内たちめ、捜索列を張ったか。異なる方角に向かった三つの隊のうち、どれかが青軍を見つけたら残りの艦も駆けつける寸法じゃ」
「この旗艦では赤青両軍の機密信号を受信して両軍の動きを把握していますが、川内も扶桑も互いの位置は手探りですからね。金剛姉さま」
「今日は視界が悪いからの。双方とも相手を探すのに苦労しておるじゃろう」
金剛の言葉に、ふと気がついて窓を見ると、いつの間にか雨が強くなっている。
「我レ敵ヲ認ム! 探照灯照射!!」
「山城さん、全艦隊針路西!」
山城と扶桑の声が通信に響く。
「おっ! ついに双方とも互いに視認したの!」
そして川内たち赤軍の通信があわただしく交わされた。
三方に別れた戦隊が一斉に針路を変えて扶桑たち青軍に向かう。
「さて、コロンバンガラの海戦ではマイシスター・リアンダーと戦った神通。神通の壮烈な戦死と引き換えにリアンダーは再起不能。我が姉の熱の拍車は氷の拍車になってしまったわ♡。今、神通によるフォルスタッフ・ギャッズヒルの素晴らしい夜働き(Nights exploit on Gads-hill)を見る事ができるのね♡」
まるでシェイクスピア劇を演じる役者のように、彼女一流の皮肉を朗々と語るオライオン。『ヘンリー四世』を引き合いにだしたのは日本艦は知らないだろうと思ったのだろうが、明治から坪内逍遥が翻訳を出しているので、日本人だってわかる人間はいるぞ。
だが神通の夜戦をフォルスタッフの夜盗行為に喩えるとはオライオンも辛辣なことを言う。
1942年7月12日23時台、ソロモン諸島コロンバンガラ沖では、日本軍と連合軍の海戦が行われた。
この戦いで、神通は探照灯を照射して敵の注意を引きつけ、「サボテンの林のような」と形容される集中砲火を受けて撃沈。
だが、神通の犠牲によって、日本の駆逐艦は敵の懐に入りこみ、彼女たちの雷撃によってオライオンの姉妹艦リアンダーは機関部を破壊され、終戦まで前線に復帰することは無かった。
オライオンの辛口はやはりその事が影響しているのだろうか。
わたしがそんな事を考えていると…
「海上に電光発生! 視界極めて…極めて悪し!」
それは川内指揮下の叢雲からの通信だった!
バチバチ…ピカッ! ピカッ! ドーン!
旗艦の金剛からも海上に電光や雷球が次々に発生しているのが視認できる。
「金剛、一体これはなんなんだ!」
焦って金剛を問い詰めるように聞くわたし。
「待て待て提督、今状況を注視しているところじゃ」
「日銀総裁みたいなこと言うんじゃなーい!」
「うろたえるな提督。うかつに発言しても昭和2年の金融恐慌のような取り付け騒ぎになるだけじゃぞ」
「今、霊子電算機で状況を分析しています!! もう少しお待ちを!」
比叡の声が聞こえる。
続々と各艦から通信が寄せられる。
その中でわたしは昔に読んだ日本人馬賊王・小日向白朗の伝記の一節を思い出した。全軍を揺るがす深刻な動揺のなかで総司令だけは絶対に動揺してはいけない。集まってくる悲報を平然と受け止めつつ、一瞬たりとも笑顔を絶やしてはならないのだ(朽木寒三『続馬賊戦記』第四章第十一節より)。
わたしは腹を決めた。報告が入るたびにウムッとうなずくだけの芝居をする。
そんなわたしを見ていた金剛が発言した。
「さて、提督。演習中止かこのまま続行か決めなければならぬ」
赤軍を率いる川内から通信が入る。
「提督! わたしたち赤軍はこのまま続行できます!わたしたち水雷戦隊の士気は衰えていません!」
続いて青軍の扶桑からだ。
「提督!演習中止を進言します!この電光、叢雲さんと望月さんが触衝事故を起こした時の気象に似ています」
すると叢雲が通信に割り込んでくる。
「司令、わたしはあの時とは違う!もう触衝なんか起こさない!この演習のためにあれだけみんなと特訓してきたんだから...!」
「叢雲!戦隊旗艦と司令部の通信に割り込まない!」
比叡が叢雲をたしなめた後で、わたしは金剛と比叡に尋ねた。
「仮にこの演習を中止したら、艦隊の錬成スケジュールはどれくらい遅れる?」
指で下あごを挟み、少し考えてから答える比叡。
「本演習が中止になると、提督のおっしゃる通りに艦隊の錬成は遅れが出るでしょう。混沌の怪物の活動が活発になっている現在の状況を考えると憂うべき事態です。ただ...」
「ただ?」
わたしは鸚鵡返しに尋ねる。
「今回の電光の発生を分析しましたが、今までとは異なります。ひょっとしたら未知の現象かも知れません」
司令部で鳩首会談をしている間に、電光はますます激しく光り、ついに一つの形に凝縮する。
それは長い首を持つ巨大な四つ足の怪物だった!
「…キレイン・クロインCirein-cròin!」
オライオンが呻くように呟いた。
「知っているのかオライオン!?」
わたしはオライオンに尋ねる。
「ええ。スコッティシュ・ゲールの伝説にある海の怪物よ。七頭のクジラを一気に平らげると言われてるわ。もちろん人間も好物よ。あいつらに食べられた船乗りは数知れず」
「…つまり、わしらにとっても敵というわけじゃな」
納得したように呟く金剛。納得したのは金剛だけではない。わたしもだ。
「…つまり、われわれの取り得る選択肢は実戦だけということだね。金剛、艦隊に合戦の許可を」
わたしは命令した。それはみんなの総意だった。
金剛たち戦艦や衣笠たち重巡から水偵が飛び、吊光弾を落として戦場の視界を確保する。
「よーし! みんなレビュゥの幕開けだよー。行け! 柱島少女歌劇団!!」
那珂の元気な声が響き渡る。
敵は怪獣なのだが、戦闘という方針が決まったので、却ってハリキリだしたようだ。
自分たちをSKDに喩える冗談で味方を鼓舞している。
しかし鼓舞された駆逐艦たちは…
「ちょっとちょっと那珂さんって大正の終わりの竣工だったよね」
「やーね。大正生まれなのに自分も少女のつもりでいるわよ」
「そこ! 那珂ちゃん聞こえてるよ! 昭和生まれの陽炎型や夕雲型のくせに10年早い!」
那珂「今度の公演では那珂ちゃんオフィーリアを演るからね!」
オライオン「那珂がオフィーリア?狸御殿のオペレッタの方が似合うんじゃないかしら。お腹のドラムをポンポンポン♡ スッチャラ スッチャラ ポンポンポン♡」
那珂「那珂ちゃんムッカムカー!」
雪風「オライオンさんって意外と日本のサブカルに詳しいんですねっ」
しかし、キレイン・クロインは無茶苦茶に暴れだした。身体を震わせて大波を起こす。しっぽを振り回す。はては眼から怪光線を発射し始めた。
みな先の大戦を経験しているのだが、連合軍の艦隊を相手にするのとは勝手が違っているようだ。
格闘技のプロフェッショナルにとって、無手勝流で暴れる素人を取り押さえるのは試合よりも難しいというが、それと同じことが起こっている。
駆逐艦たちは攻撃の陣列を整えられない。
そのため青軍の扶桑・山城、戦場に駆けつけた金剛たち戦艦は、味方撃ちを恐れて、自慢の主砲を発射できずにいる。
占位さえ定められずに混乱する駆逐艦たちを見て、業を煮やした神通は、ついに単艦で怪獣の前に出た。
巧みに艦を操って怪獣に立ちふさがった神通は、探照灯を最大輝度で放った。
神通に注意が向いたキレイン・クロインは、眼から出てくる怪光線を彼女に向かって乱射し始めた。
神通はそれを回避しつつ叫ぶ。
「わたしが敵を引き付けている間に早く陣列を整えなさい!」
「神通!」「神通ちゃん!」
全軍の盾となった神通に、川内と那珂が悲鳴をあげる。
そして悲鳴をあげたのはもう一人…
「リアンダーから聞いた通りだわ! 神通! またコロンバンガラの時のような無茶を…!」
いつもの彼女らしくない上ずった声をあげたオライオン。
オライオンは艦橋の窓を拳で叩き割るとそこから飛び降りる。
そしてメイドエプロンのポケットから折り畳み傘を取り出して開くと、風に乗ったメアリーポピンズのように、巡洋艦オライオンの露天艦橋に舞い降りる。
オライオンが自艦の艦橋に降りると同時に、巡洋艦オライオンは怪獣キレイン・クロインのところに向かって動きだす。
だが、神通のように真正面に出ることはせずに迂回ルートを通って怪獣の斜め後ろに出た。
風向きや潮流、波を利用した見事な操艦に、金剛と比叡は思わず感嘆の声を漏らす。
怪獣の後ろに出たオライオンはサーチライトを放った。
別方角からも光を感じたキレイン・クロインは注意をそちらに向ける。
「川内、那珂! あなたたちもサーチライトを照射して! 四方から光を当ててキレイン・クロインの知覚をマヒさせるの!」
オライオンの指示に従って川内と那珂は探照灯を放つ。キレイン・クロインの動きが止まった。
「さあ、日本のデストロイヤーたち! フォーメーションを整えて魚雷を撃ちなさい!」
駆逐艦たちは光の包囲陣の内側に入り込むと、訓練通り三つ固めの陣列を編成して、三方から分子雲燃焼魚雷を発射した!
分子雲燃焼魚雷は発射されると同時にアストラル化するので、海流に影響されることなく目標に進む。
そして目標の手前で実体化すると爆発し、キレイン・クロインの身体にある混沌の障壁を破った。
駆逐艦たちがそのまま離脱すると、苦しむ怪獣に金剛たち戦艦や衣笠たち重巡が砲撃を加える。
その砲撃は怪物にとってとどめとなった。徹甲弾は身体をつらぬき、徹甲榴弾は内部から体組織を破壊した。
キレイン・クロインは悲鳴を上げてのたうち回り、やがて消滅していった。
戦いが終わり、各艦から報告を受けてそれぞれの無事を確認する。気がついたらすでに朝日が昇っていた。
つまりは徹夜したことになるのだが、緊張と興奮で眠りたいとは思わない。
「ですが、水雷戦隊の雷撃の後に戦艦と重巡による砲撃…期せずしてあの漸減作戦の理想どおりの戦闘が展開できましたわ、提督に金剛姉さま。…ただ、オライオンの突入は予想外でしたが」
「ま、戦場では予想外のことが起こるものじゃ。気にするにおよばぬ。のう、提督」
「これで軍律違反云々を問うのは野暮を通りこして愚かというものだね」
「…ということじゃ。オライオン。後は叩き割られた窓ガラスの修理代じゃが、あの見事な操艦の見料と相殺ということにしておこう」
と、金剛がいたずらっぽく笑って、艦橋に戻ってきたオライオンに声をかけた。
「あなたは川内たちと仲が悪いと思ったけど、観閲武艦の任務を越えて、あの娘たちと一緒に戦うなんてね。どういう風の吹きまわしかしら?」
と、比叡がオライオンに尋ねる。
オライオンは微笑んでいるだけで何も答えない。
オライオン、川内、神通、那珂、そしてここにはいないがリアンダー。
先の大戦をきっかけに結ばれた、海の友情ならぬ海の愛憎?もなかなか複雑なようだ。
そしてわたしは、オライオンの手に、縁日の金魚袋がぶら下がっているのが目に入った。
よく見ると、その中には銀色の魚が泳いでいる。
「オライオン、その魚は…?」
と、わたしは尋ねる。
「あ、これですか? さっきのキレイン・クロインが魚に変身した姿なんです。大丈夫、もうカオスは抜けているから人間を襲うことはありません」
「それはどうするのじゃ?」
と、金剛はオライオンに聞いた。
「わたしたちロイヤルネイビーの異界基地スカパ・フローの海に放してあげるつもりです。故郷のスコットランドの海と同じだから淋しくはないでしょう。この子も文明が進んだ人間界に居場所がなくなってしまったんです。わたしたちと似ているのかしら?」
いつもとは異なり真面目な顔をするオライオン。不思議そうな顔をしているわたしに気づくと
「そうね、満月の晩に怪獣に戻ったら、ネッシーみたいにスカパ・フローの名物になるかもね♡」
冗談めかしたオライオンのセリフにクスッと笑うわたし。
その瞬間に緊張が解けて眠気が一気に襲ってきた。
「提督、起こしたヤツは軍法会議で銃殺刑にするから安心して眠るがよい」
何かの小説の表現を盗用したかのような金剛の冗談を聞きながら、わたしは艦橋の床に崩れ落ちる。
オライオンが毛布をかけてくれたのを感じながら、そのまま眠りの世界に沈んでいったのである。
後書き
金剛
「ふむ…映画『THE雪風』を見たがなかなかに面白かったの。令和の日本人も捨てたものではないわ」
比叡
「脚本も演技もわたしたちの時代と比べると進化していましたわね、金剛姉さま」
金剛
「わしらの頃は滑舌がぎこちないものが多かったが、今の役者はみなハキハキとしゃべるのう」
比叡
「提督がおっしゃっていましたが、物語は世を映す琥珀の鏡とはまことですわね」
アヴェロフ
「琥珀を例え話にするなんて、ナヴァコスもなかなかロマンチックね」
金剛
「確かに琥珀には大昔の生き物がそのままの姿で閉じ込められておるというからの。そこで、わしも一つ言いたいことがある」
比叡
「何でしょうか? 姉さま」
金剛
「あの映画の雪風は夜間航行にも関わらず艦橋は灯りが煌々とついておったの…平和が続いて八十年、わしらにとって当たり前だった灯火管制も忘れられたか」
比叡
「ですが、他の部分はしっかり考証されていましたわ。わかっている上での演出かも知れませんよ、金剛姉さま」
アヴェロフ
「実際はタバコの火でさえも数キロ向こうから見えるものよ。けれど映画では、美男の俳優の顔が見えなければ興ざめでしょう?」
金剛
「いや、暗がりのほうが小じわや肌のたるみをごまかせるから都合が良いかも知れぬぞ。アヴェロフ、ちょうどおぬしのようになアハハハ」
アヴェロフ
「な! 何ですって~~! 金剛! あなたこそ大規模な改装でごまかしているけどね! 艦齢はわたくしとそれほど違わないでしょ!」
金剛
「言われてみればその通りじゃアハハハ。どうじゃ比叡、わしとお主の二人で、帝国海軍の加農姉妹と名乗って芸能界デビューするというのは」
比叡
「でも、金剛姉さま。アンチエイジングを売り物にする芸能人は今や飽和状態でレッドオーシャンらしいですよ」
金剛
「そうか…いや商売の道は厳しいのう」
比叡
「ところで雪風。最近封切られたあなたが主役の映画をもう一本観たのだけど、あなた怪獣と戦ったのね」
金剛
「そうじゃそうじゃ。わしらが沈んだ後にお主と響と二人であの怪獣王ゴヅラと戦ったなんて知らなかったぞ」
雪風
「あっ。あの映画見たんですか? 昭和22年のオオワタツミ作戦は機密解除されてなくて雪風からは話せないんです。すみません。でもいつの間にか映画になっちゃって…どこから情報が漏れたんでしょうねっ」
アヴェロフ
「今はエウローペーΕυρώπηもアポ・アナトーリΆπω Ανατολή(極東)もすっかりキナ臭くなっちゃったわね。我が母国エラーバもアメリカに頼れなくなったのでフランスと軍事協定を結んだけど心配だわ」
金剛
「そしてこういう時こそ異界の混沌の活動も活発になるのじゃ。我らも気を引き締めなければならぬぞ」




