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22. 柱島泊地にて3(戦艦たち。わたしと榛名)

「その瞬間に真由子の身体の芯でも、溶岩が一気に盛り上がって噴出していた。ついにという感じで、溶岩が火口から溢れ出た」

笹沢左保『女は月曜日に泣く』徳間文庫版191頁より

水雷戦隊の演習を観閲するために日本艦の基地である柱島泊地に来たわたし。


演習が始まるまでの時間、重巡衣笠に柱島泊地を案内され、この泊地が日本艦にとって昭和20年以前の世界に対する追憶と鎮魂の場所であることを知った。


そして、わたしと操艦の儀式を行うことで過去の記憶から前に進むことの出来た衣笠。


未来に進むためには過去の歴史をどのように受け止めれば良いのだろうと考えているうち、金剛が演習の準備が出来たことを知らせに来た。



重巡衣笠の甲板から周囲の海を見ると、艦隊が集結して錨を下ろしている。


「これは艦載水雷艇で港に向かったほうが良さそうじゃの」


「そうですね。重巡だと投錨している他の艦を避けるのが面倒です」


金剛と打ち合わせした後に衣笠は自らの艦載水雷艇をデリックで海に下ろす。わたしと金剛はそれに乗り込み、衣笠の運転で呉の港に向かう。


そういえば大正6年7月に当時は皇太子だった昭和天皇が呉を訪問した時だと、御召艦香取は倉橋島錨地に投錨して、昭和天皇は艦載水雷挺で呉の港に到着したのだったか。(大正12年『呉鎮守府沿革誌』)


わたしがぼんやりとした考え事にふけっているうちに、水雷艇は現在では早瀬大橋がかかっている狭い海峡を抜けて、榛名が大破着低した小用の港を左手に見ながら呉の軍港に入る。


金剛は片手を目の上にかざして航路の向こうに目をこらしていたが


「おお、みな竹ヶ鼻桟橋に集まっておる。衣笠、このまま水雷艇を桟橋の横につけるのじゃ」


桟橋には戦艦たちの人間体がわたしを迎えるために集まっている。


水雷艇からわたしが桟橋に移ると、高らかにファンファーレが鳴り響き、和装の戦艦たちが一斉に上体を前に傾ける。45度の最敬礼だ。


一列に並んだ着物美人たちにお辞儀で出迎えられるのは悪い気分では無いが、その一方で仰々しい儀式はどうも慣れない。


前に比叡が言っていたっけ。

「地位が人を作ると言いますが、実際には儀礼によって作られるのです」


その時は金剛が

「これでも往時に比べたらかなり略式にしてあるのじゃぞ。おぬしがかってのGF司令長官じゃったら食事の時も軍楽隊、ご不浄に行く時もファンファーレじゃ」

などと茶化していたが


満州国皇帝のお召艦も務めた比叡らしい見識だったなと考えながら、彼女たちの出迎えに対して板につかない敬礼で応える。


列の先頭にいる比叡が

「提督、現在着任している戦艦の全てがここであなたをお待ちしております」


列を眺めると比叡のすぐ後ろには榛名。


そして、霧島、扶桑、山城、伊勢、日向と竣工順に並んでいる。


長門、陸奥、大和、武蔵はまだ着任していないと聞いた。


すると山城がジロッと衣笠を睨む。


自分の戦隊、すなわち古鷹、加古、青葉で構成される第6戦隊に戻れという合図である。


「偉い人が集まるとわたしなんてあっという間に下っ端なの」


衣笠は肩をすくめて小声で呟くとわたしから離れて行った。


何だか衣笠が可哀想になって声を掛けようとしたが、彼女はダメよと目配せしてきた。そうだ、もうここは階級と儀礼が支配する空間なのだ。


「では、提督。これより鎮守府廳舎の御休憩室にご案内します」

庁舎を廳舎と旧字で書くような重々しい声で比叡はわたしを先導する。


金剛がわたしのすぐ後ろに護衛するかのように付き、以下戦艦たちが一列になってしずしずと進む。


わたしの進路の両横には巡洋艦たち、その後ろには駆逐艦たちが整列している。


まるで映画『トラ・トラ・トラ』のオープニング、連合艦隊司令長官として赴任してくる山本五十六を長門の乗組員が出迎えるシーンのような厳粛な儀式だ。


息が詰まりそうになったので襟元をちょっとだけ開けて空気を入れようとする。


すると駆逐艦たちの私語がかすかに聞こえた。


「あっ!襟をいじった!」

「やっぱり提督も息がつまるのよね。あたしたちとおんなじだわ」

「戦艦の人たちが無理に堅苦しくしちゃうんだもん。提督もかわいそー」


あまりにも明けすけなささやき声に巡洋艦が叱ッ、叱ッと抑えようとする。


だが比叡がサッと、山城がギロッと視線を巡らせると小声はあっという間に聞こえなくなった。


かくして『白い巨塔』の教授回診の如き行列は親子のように並んだ新旧鎮守府庁舎の建物に近づいていく。


庁舎に入り休憩室のソファーにわたしが腰を下ろすと部屋の中の空気が緩んだ。


「まあまあまあまあ…提督、本日は我々日本艦の基地に提督をお迎えできて光栄ですわー。わたしたち扶桑型戦艦二隻、これからも姉妹揃って提督に忠勤を励みますからご存分に命令を下さりませ~」


先ほどのキツイ態度とは一変して、にこやかな笑みを浮かべてわたしに近づいてきたのは山城だった。


ひょっとしてこれがこの艦隊におけるオモテとウラというヤツか。


山城の着た黄色の着物が目にまぶしい...とともに感情の起伏の激しさを表しているようで多少の圧迫感がある


「山城さん、提督が戸惑っていらっしゃるわよ。提督、扶桑です。これからもどうかお見知りおきを」


落ち着いた声の扶桑は目に優しい青色の着物。


「ああ、こちらこそこれからもよろしく。頼りにしているよ、二人とも」


わたしの言葉に満面の笑みを浮かべる山城。


わたしと彼女たちが話している間、金剛は伊勢たちと挨拶を交わしていた。


「日向も伊勢もトラック泊地からわざわざご苦労じゃったの」


「ああ、提督ご観閲の演習なら何をおいても駆けつけないとな」

時代劇の女剣士みたいな風貌の日向。


すると比叡が事務的な話題をふる。

「トラック泊地の建設はどう?」


「ええ、着々と進んでいるわよ。料亭(レス)パインもちゃんと作ったから楽しみにしていて」

これまた時代劇のお転婆な姫さまといった伊勢。


「提督、ご無沙汰いたしております」

「久しぶりね。ひょっとしてわたしのこと忘れちゃった?」

おしとやかな榛名とざっかけない雰囲気の霧島も相変わらずだ。


挿絵(By みてみん)

比叡「本来ならば海軍礼式令に従ってお迎えするべきでした。ですが、現時点ではいまだ運用に関する解釈が定まっていないので即席になってしまいました」


挿絵(By みてみん)

榛名「各艦の投錨地を決めるだけで時間がかかってしまいましたわ。比叡姉さま」


挿絵(By みてみん)

霧島「あの娘の隣がいいとかあの娘の隣は嫌だとかいう要望を調整するのは大変だったわね。しばらくしたらまた席替えをやらなきゃ」


挿絵(By みてみん)

扶桑「提督をお迎えする時の整列は呉海兵団の観兵式を参考にしました。山城さんに教練を手伝ってもらって助かったわ」


挿絵(By みてみん)

山城「そこ! 隊列が乱れているわよ! どうして一回でできるようにならないの!?........いま私のことをヒスおばとかヒス城って言ったのは誰!?」


挿絵(By みてみん)

日向「海兵団の観兵式の次は海軍相撲を復興させたいな」


挿絵(By みてみん)

伊勢「わたしの甲板でぶつかり稽古していたのを思い出すわね」


挿絵(By みてみん)

金剛「どうじゃ提督。なかなかみな個性豊かじゃろ?」




「キミたちとも久しぶりだね、榛名に霧島」


榛名、霧島とはアヴェロフとヤウズが仲直りして以来か。


そういえば榛名とはわたしが異界に来る以前に出会っていたんだっけ。


それを思うと随分長い間会っていなかったような気がする。


「そういえば榛名、キミとはわたしがここに来る前、佐世保のフードコートで金剛と一緒にいて以来だから随分長い付き合いになるね。いろいろと助けてもらったっけ」


もったいないお言葉ですわと榛名。


わたしはソファーの両横が空いているのに気付き、榛名と霧島を座らせる。


「考えてみたらキミと出会ったのはウォースパイトの前だっけ。それなのにキミを操艦したことが無かったなあ。悪いことをしてしまったかな」


「まあ、提督ったら」


顔を赤くしてうつむく榛名。


すると霧島は

「提督、榛名ったらね。いつあなたが自分の艦に泊まってもいいように、艦長室のベッドシーツを毎日洗濯しているのよ」


「霧島!! ここはみんながいるのよ!」


「あら、いいじゃない」


「だめ、これは戦艦榛名の軍事機密!!」


「我が軍の暗号と同じでみんなに知られちゃってるから今さら気にすることもないわよ」


「霧島ーっ!」


こうして双子艦がじゃれあっている時に先ほどまでわたしと話していた扶桑型姉妹が来た。


わたしの座っているソファーに近づいてきた山城は


「まあまあまあまあ……提督、この休憩室はいかがですか? ここは姉妹艦の扶桑姉さまがもとの世界にあったものを復元したのですよ」


では飲み物を取ってきますねと席を立つ榛名。


山城は空いたところに姉の扶桑を押し出すように座らせる。


扶桑は榛名に会釈して浅く腰をかける。そして榛名は山城の席を空けるように霧島に目で合図したが……


霧島は知らぬ顔をしてそのまま座っている。


気づかなかったのか……いや双子艦なので彼女たちの意志疎通は完璧だ。わたしは以前の会議でそれを目の当たりにした(第7話)。絶対気づいているはずだ。


山城の笑顔が一瞬こわばるのが見えたが、巡洋艦や駆逐艦とは違って霧島は戦艦だ。しかも艦歴は扶桑型よりも長い。


仕方が無いので山城は扶桑の横に座る。ソファーの広さは余裕があるとはいえ三人掛けだ。山城のヒップの半分がはみ出てしまった。


「休憩室ばかりでは無くてこの呉の港は扶桑姉さまの力作ですのよ」


山城が姉の横から身を乗り出すようにしてわたしに話しかける。


扶桑も戦艦だから強い神話の力を持っている。その能力でこの軍港や付属施設を創造したというわけだ。


それなりに時間がかかるというが、人間がジオラマを作るような感覚のように思える。


「扶桑さんは呉の港で進水式をあげたのですものね」


と飲み物を持って帰ってきた榛名。

アールデコ調の切子が入ったガラスコップをわたしに差し出す。


「ええ……わたしが進水式をあげたのは大正3年3月28日……その翌月には皇太后陛下が崩御せられて呉の鎮守府でも祭壇を作って遥拝式を行ったの。そして8月には欧州大戦で我が国もドイツに宣戦布告……あの年の前半があわただしかったのはよく覚えているわ」


遠くを見つめるように述懐した扶桑は榛名が立っていることに気付き、あわてて席を譲ろうとした。


しかし山城は姉の膝をしっかり押さえて立ち上がろうとさせない。


榛名がそのままそのままと片手を軽く振ったので扶桑は立ち上がるのを諦めた。


霧島は榛名から受け取ったコップに口をつけながらすました顔をして眺めている。


太平洋戦争時の戦艦を艦歴順に並べると金剛型ー扶桑型ー伊勢型ー長門型ー大和型。


つまり戦艦としては古株である金剛型の霧島と扶桑型の山城で、提督であるわたしの近くの席を争っているわけだ。それも姉妹の榛名と扶桑を差し置いて.......大丈夫か、ここの連合艦隊は。


わたしはアールデコ・ガラスコップの中に入ったレモネードを飲みながら、空気を変えるために愚にもつかない話題を出した。


「この呉の軍港には何か名所があるのかい?」


すると扶桑が熱を込めた口調で

「はい、提督。あとで鎮守府の後庭をご覧ください。今上帝…今では昭和帝とお呼びするのでしたか…が皇太子時代にお手植になった金松があります。わたしもかなり記憶が薄れていますが、何とか再現することができました」


すると伊勢が近づいてきて

「わたしも呉で建造されたから昭和帝お手植の松はよく覚えているわ。扶桑さんの再現した鮮やかな黄色の松はわたしの記憶の金松と同じだった。びっくりしちゃったわ」


そして金剛は

「ちなみに提督、おぬしが腰掛けているソファーはの。昭和帝が腰を下ろされたものと寸分違わぬように扶桑が再現したのじゃ」


わたしは驚いて腰を浮かす。ネットの政治思想チェックでは穏健リベラルに分類されたわたしだが、皇室に対するそこはかとない敬意は持っている。


「かまわん、かまわん。そのソファーは複製じゃ。天ちゃ……おっと昭和帝が実際にそこに座られたのではないからの」


するとすかさず山城が口を挟む。

「提督、いかがですか? 扶桑姉さまの作られたソファーは。本物と同じ座り心地でございますでしょ」


「ああ、とてもデラックスな座り心地だ」


「そうですとも、そうですとも。我々扶桑型戦艦は帝国海軍初の超ド級戦艦。紙装甲とは違いますのよ」


すると榛名と霧島が表情を変えた。


金剛型はもともと巡洋戦艦として建造された。巡洋戦艦は戦艦と同等の攻撃力を持つ一方で装甲の厚さを犠牲にして速力を高めた艦種だ。


そのため、金剛型は戦艦に改装された後も防御力の弱さが懸念材料となった。山城はそのことを当てこすっているのだ。


扶桑は必死になって妹にアイコンタクトを送る。しかし得意気な表情の山城はそれに気づかない。


ちなみに当てこすられた金剛型の残り二隻……金剛と比叡はというと


金剛は困ったものじゃと軽くため息をつき、


比叡は仕方の無いヤツだと目を閉じて頭を横に振った。


比叡は山城と同じく横須賀海軍工廠で建造された。同郷のよしみで山城には幾分か和らいだ気持ちを持っている。


そしてイギリスで当時の最新技術を用いて建造された金剛。


その後の帝国海軍の戦艦は多かれ少なかれ技術的には彼女の影響を受けているため、後続の日本艦にライバル意識を持ってはいないようだ。


伊勢は……とわたしがその場を見渡すと彼女はいつの間にか姿を消していた。


部屋全体を眺めたところ、何が起きたのか理解しきれていない日向の袖を引っ張って、急いで廊下に出ていくのが見えた。


さすがにフィリピン沖海戦、北号作戦で米軍のハルゼー提督を出し抜いただけのことはある機転の速さだ。場の空気が気まずくなったのを察していち早く脱出したようだ


ちなみに日本艦鎮守府で使われるOA機器は伊勢と日向が創造したものだ。使い勝手が良いので外国艦にも一部が輸出されている。


そしてその機器にはMカルテックスというエンブレムが刻印されている。彼女たちが尊敬してやまないある提督への記念と追憶が込められているらしい。


挿絵(By みてみん)

伊勢「提督、あなたの本棚って空襲を受けた呉の軍港みたいになってるわね。伊勢・日向謹製の新型書架4500を使いなさい。どこに本を放り込んでも十進図書分類法に従って整理されるわ。そしてこのコントローラ―で書名を入力すると本が飛び出してくるのよ。わたしたちの司令官だった提督が戦後に発明したカルテ整理システムを発展させたものなんだから」








いや、北号作戦……旧日本海軍が成功させた最後の作戦なんていう戦史ロマンに浸っている場合じゃない。この場の空気を変えないと。


「戦艦の方々、準備ができましたので会議室にお集まり下さい」


静かではあるが流れに楔を打つようなピシッとした声が聞こえた。


そこに現れたのは髪を後ろに束ねて眼鏡をかけた、有能な秘書か会計担当といった感じの女性。


確か……大淀だったか。


軽巡洋艦大淀、昭和18年竣工。もともと潜水戦隊の旗艦として設計されたため、通信設備をはじめとする司令部施設が充実していたので一時期は連合艦隊の旗艦になったことがある。


その艦歴のため戦艦たちにも一目置かれている。彼女の一言で戦艦たちはざわざわと部屋から移動を始めたので、榛名、霧島と山城の間の微妙にはりつめた空気も外に流れていった。



挿絵(By みてみん)

大淀「キミが来てくれて助かった? はて? 何のことですか? ........フフフ見ざる聞かざる言わざるが司令部を乗せる旗艦を務めたこの大淀の信条です」







「神通は来ているわよね」


「はい、今回の演習について提督にご説明申し上げる準備は整っています」


「あなたに任せておけば安心ね」


「ところで総司令部への移籍の件については考えてくれたかの?」


「副艦任務のお話ですか。わたしは戦時中の竣工ですので他国艦との交流経験がありません。イギリス艦やイタリア艦と協力して案件をさばいていけるかどうか……」


「雪風は上手くやっておるぞ」


「あの娘は戦後まで生き残って台湾では米軍と共同作戦を行った経験がありますが、わたしには……」


「姉さま、大淀を引き抜かれたら困りますわ」


「そちらには愛宕がおるから良いではないか」


会議室に向かって廊下を歩きながら大淀は金剛や比叡と事務的な会話を交わしている。


会議室は長テーブルにチェアが置かれている洋間だった。


吊り下げられているのはシャンデリア。そして土足で入るのは躊躇ってしまう豪華な絨毯が敷かれている。


しかし、気がつくと天井や壁に金唐紙が貼られている。鎮守府庁舎や司令長官官舎はイギリスを範とした旧日本海軍らしく西洋風の建築である。だが内装には日本の伝統工芸を用いているというわけだ。


これも扶桑が創造したものだという。和洋折衷の庁舎は戦前の昭和と超常現象が入り混じったこの異界の基地とどことなく共通している。


資料をまとめた用紙の束が置かれているのがわたしの席らしい。


そこに座って大淀が淹れておいてくれたらしい、湯飲みに入った玉露に口をつける。


一息入れる間も無く、神通が今回の水雷戦演習の説明を始めた。


神通も髪を後ろに束ねた和装、小学校の女教師といった固い雰囲気の美人である。


彼女の説明も専門用語が入った緻密なものだ。


わたしは手元に置かれた資料をめくりつつ話について行こうとするが大変だ。


最近、ネットで有名な動画配信者がその人気をバックに日本のある地方都市の市議になったニュースがあった。


ネットでは天文学的な数のフォロワーを持つ彼も議案書を理解して議事進行についていくのは大変らしい。


先輩市議から

「キミ、ちゃんと議案の内容を理解して議事に臨まないとあかんで」


「すみません、先輩。議会が始まるまでに議案書を全部読みきれませんでした」


とはいえ、彼は人気者だ。先輩市議に注意されても

「○○さんは他の議員が足元にも及ばない発信力があるんだ! 先輩面して偉そうな説教するんじゃない!」


と集団で庇ってくれるフォロワーがいるのだが、わたしはそうはいかない。


四苦八苦しているわたしを見かねた榛名が隣の席から万年筆を指し棒の代わりにして優しく説明してくれる。


挿絵(By みてみん)


気がつくとみなの机の上には資料は置かれていない。


榛名に小声で訪ねると彼女も囁くように


「榛名たちは予め頭の中で情報の共有ができています」


「情報の共有?」


「はい、提督。端末からクラウドストレージにアクセスしてファイルをダウンロードするようなものです。榛名たちはPCではありませんからあまり良い喩えでは無いですが」


これではわたしが彼女たちの議論について行くのは並大抵のことではない。


焦れば焦るほど空回りして理解が進まない。


理解が進まないのはもう一つの原因がある。神通の服装だ。


神通は旧日本海軍水雷戦隊の中でも最精鋭と称される二水戦の戦隊旗艦を努めた。


彼女は和装なのだが、水雷戦隊は戦場を駆け回って何ぼ、動きやすい服装をということで、下を切り落として丈を極端に短くした袴を履いている。


みな女性なので見る方も見られる方も気にしないのだろうが、男性のわたしは彼女の引き締まった太ももにクラクラフラフラ……


挿絵(By みてみん)

神通「魚雷攻撃ハ襲撃部隊ノ種類の如何ヲ問ハズ、射線ヲ敵ノ全幅ニ散布スルに非ズシテ局部ニ之ヲ集中セシムルヲ本旨トスル....被害艦ガ敵ノ重要ナル艦ナルニ於テハ、其ノ影響重大ニシテ其ノ被害艦ノ喪失ガ敵ノ全勢力ノ何分ノ一ノ攻撃力ヲ減殺スト云ウガ如キ計数ノ打算ヲ超越シタルモノナリ...提督? ご理解頂けましたでしょうか?」


比叡「我が艦長井上成美大将が海大教官時代に作成された水雷戦の講義資料ね。魚雷の命中率は敵艦隊の隻数によって変ります。魚雷を回避される可能性を考えた上で戦略的に重要な主力艦に雷撃を集中させる戦術なのですよ、提督」


金剛「平たく言えば狙うならば雑兵よりも大将首という考え方じゃな。主力艦が撃沈された場合の軍事的バランスに与える影響や敵国民への心理的効果を考えれば戦術としては間違ってはおらぬ。ただわしらが米軍の物量に負けたことを考えると海大ではロジティクスとやらを教えるべきだったかも知れぬな」





金剛の咳払いで我に帰る。金剛はわたしを見かねて言った。


「やはり神通の説明は分かりにくいようじゃの」


神通は申し訳なさそうに身をすくめる。そしてわたしの視線に気づいたのかミニスカートのような長さの袴の裾を直そうとする。


本当は基礎知識に欠けているわたしに責任があるのだが、公式の会議で提督たるわたしを叱ることはできないので神通にお鉢が回るわけだ。申し訳ない。


そして金剛はまたまた?とんでも無いことを言い出した。


「榛名、提督に口づけするのじゃ」


こんな公式の会議でそんなエロティカなことを……わたしは驚いて


「ちょっとちょっと。いきなり何を言い出すんだ金剛! 助平と仕事のケジメをつけろって言ったのは金剛じゃないか!」


「もちろんこれは仕事の話じゃ。わしらは情報を急いで共有する必要がある時、唇を通じて行う。わしらはこれを唇の触れ合い回線と呼んでおるが、ログデータの量子多体形と極微積集を同時に伝えることができるのじゃ」


突然でしかもとっぴな話にわたしは唖然とする。


「ちょうど外でやっておる。見てみるのじゃ」


金剛の指に従って窓の外を見ると、駆逐艦同士が抱擁して熱いベーゼを交わしあっていた。


「い……痛いよ如月ちゃん」


「ダメよ睦月、もっと強く抱きあわないと。ああ……あなたの唇が熱いわ……」


「あああ……如月ちゃん……」



……一体何なんだ、これは……


と思っているわたしに金剛は


「あれはエスのカップルが禁断の愛を交わしあってるのではないぞ。歩哨が交代するのでデータを共有しているのじゃ」


まだ当惑しているわたしに

「この会議室の安全を確保するのに必要なデータはの。大気の成分、地磁気、周辺のヴァイタル反応など多岐にわたる。それを短時間で共有するために唇の触れ合い回線を行っておるのじゃ」


挿絵(By みてみん)

睦月「ハアハアハア....好き...好きだよ...如月ちゃん...」



挿絵(By みてみん)

如月「シッ...! 情報を共有するフリをしているのよ睦月。金剛さんなら見逃してくれるけど比叡さんや山城さんにバレたら大目玉よ」




なるほどなあという顔をしたわたしに


「まあ誰でも良いというわけでは無いのじゃがの。しかし榛名はおぬしなら良いと言うておる。さあ榛名、提督に情報を送るのじゃ」


榛名は顔を赤らめて

「では提督、失礼いたします」


というや否や、わたしに迫って熱いキッスをしてきた。


挿絵(By みてみん)


ング……ング……榛名の唇の感触とともに知識がわたしの脳内に流れてくる。


「榛名、情報を流し入れる速度はゆっくりにするのじゃぞ。提督の脳はわしらとは異なる。急に伝達すると知恵熱を起こすからの」


「ふぁい……おねえひゃま」


唇を唇で塞いでいるのでくぐもった声になる榛名。


「ん...ん..ンンン...ていとく...もっと舌をひゃるなのくひの中へ...」


かくして神通が水雷戦の演習について解説しているその横で、わたしと榛名がお互いの頭を抱きながらディープキスを交わしているという非常にシュールな光景となった。


しかしそのおかげでしばらくするとわたしも神通の話についていけるようになった。


「勝敗の基本式Cn(N²−n²)=Cm(M²−m²)はフィクス少将と野崎博士による数式を井上成美が艦隊戦に応用したものだ。だが時代的な限界があるだろう。これをサルボ戦闘モデルと比較したらその有効性はどうだろう?」


ついに知ったかぶりの質問まで出せるようになった。


「その知識はすぐに消えるから後で復習して記憶に定着させるのじゃぞ」


少し調子に乗ったわたしに注意する金剛。


神通の話が終わり、わたしは榛名を自分の身体から離す。


すると何を考えたのか山城が扶桑をわたしの前に押し出してきた。


「ち...ちょっと...お止めなさい、山城さん」


「いーえ、扶桑ねえ様。今こそ私たち扶桑型も提督のお役に立つ時です! さあ提督! 扶桑ねえ様に熱い接吻を!!」


「ゴホン。山城、さっきも金剛姉さまがおっしゃったけど、あまりたくさんの情報を入れると提督の身体によくないわよ」


「扶桑の気が進まなかったら伝達する時にハルシネーションが起きるから危険じゃぞ」


比叡と金剛にそう言われて山城は残念そうに引き下がって行った。



さて、会議が終わった後にわたしは長官公室を借りてその復習をしていた。


えーと……今回は軽巡と駆逐艦からなる水雷戦隊の赤軍が、無人艦によって編成された青軍に分子雲燃焼魚雷を発射する。



それに参加する艦艇のリストを見直す。その要目……機関部の出力や基準速力・巡航速力といったカタログデータを覚えるのも大変だが、複雑なのはそのスペックはボイラーの現在の状況によって変動してしまうということだ。


その変動の数値を出す計算式を渡されたのだが、少数点ゼロゼロコンマまで含めなくてはならないから複雑だ。


楽をしようとして生成AI「チャッピーくん」に数字と数式を入力して計算させたら……もっともらしいが、どこか違った数値が出てくる。


そこで

「これは本当に正しい数値なのですか?」

と問い詰めたら


「すみません。わたしにはわかりません。女体の神秘。女心と秋の空。ご自分で探求することをお勧めします。答えがわかったらわたしにも教えてくださいね」


とんちんかんな答えが返ってきた。さっそくハルシネーションを起こしたようだ。困ったな、やはり戦艦の誰かに聞かないと。


頭を抱えているところにトントンとノックの音が聞こえる。


返事をしたらお茶とお菓子を持って榛名が入ってきた。


「少しお休みになりますか?」


そう言ってわたしの好きなきんつばを差し出してくれた。


ずっしりと入ったあんこをほおばると疲れた頭に効いてくる。甘ったるくなった口の中を緑茶で締めるのもまた良い。ついつい美味し美味しと叫びたくなる。


榛名はそんなわたしを微笑んで見つめていたがやがて

「お仕事の具合はいかがですか?」

とたずねて来た。


「ああ、演習に参加する艦艇の要目を見ているのだが、公試排水量とか推進軸回転数とか慣れない用語を理解するのが大変だよ。ただ数値については第二次大戦時のものを書いてあるけどその変動幅がわかりにくいんだ」


「公試排水量とは我が帝国海軍の伝統的な考え方で、艦に乗員、弾薬、消耗品を搭載した排水量のことです。戦場に到着した時のことを想定したものですわ。今の海自では常備排水量と呼んでいると聞きました」


「なるほど。海自も帝国海軍の伝統を受け継いでいるところが面白いね。ところで機関出力等の数値の変動なんだけど...」


榛名は少し考えてから説明した。

「榛名たちの機関部の出力はユータラス・コンディションとメンストラル・サイクルに左右されます。確かにこれは数式では把握しきれない部分があります」


突然、軍事にそぐわない語彙が出てきた。意味はよく分からなかったが何となく彼女たちのプライバシーに関わるような気がしてあえて問うのをやめた。


とりあえず榛名に先を話すように促す。彼女はうなずいて話を続ける。



「詳しく話すと長くなりますが、月の満ち欠けや心の具合によって力が強くなったり弱くなったりもします。これは必ずしも数式で表現できるものでは無いのです」


「とすると、今まで僕が計算で出そうとしていたのは……」


榛名は申し訳なさそうに

「……紙の上の計算だけでは半分もわからないでしょう。よろしければ榛名がお教えさせて頂きますが」


「頼むよ、榛名」


すると榛名は眼をつぶって自分の唇をわたしに差し出してきた。


「え!? さっきも驚いたけど今度もかい?」


「はい。榛名は戦艦ですから帝国海軍の全艦艇のユータラス・コンディションとメンストラル・サイクルを把握しています。ですが、これは言葉では伝えられません。先ほどの唇の触れ合い回線が一番良いのです」


わたしがなおも躊躇っていると榛名は顔を紅潮させて


「……ほんとうは榛名も恥ずかしいです……でも提督が艦隊を指揮するのをお助けできるのなら……」


わたしは榛名の肩を抱いて自分の唇をそっと重ねる。すると艦艇のデータが感覚に直されて流れ込んでくる。


まるで数式の海を漂っているようだ。


「数式には美しい数式、そうでない数式、スマートな数式と様々です。それを感じて各艦艇の今の状況をおわかりになってください」


かくして演習に参加する艦艇のユータラス・コンディションとメンストラル・サイクルを知ることができた。


榛名の言ったとおり艦によって様々な個性がある。


それを知るということは彼女たちの秘密を知ることでもあり、ほのかではあるが背徳の香りが漂う。


その香りに少しだけ酔ってしまったのか、わたしは榛名に思いきった事を言ってしまった。


「榛名、ボクはキミのユータラス・コンディションとメンストラル・サイクルを知りたい!」


「あれっ……提督……いけません、榛名はまだ……」


わたしは唇を離して彼女に尋ねる

「ダメなのかい? 榛名?」


「お……お許しください……本来ならボイラーの稼働状況は軍機に属するもの……艦長ならともかく……」


か細い声で恥ずかし気に呟く。そんな榛名を見ているとますます彼女の秘密を知りたくなる。


わたしは榛名の眼をじっと見つめると


「榛名!! ボクはキミの艦長になるんだ!!」


三笠から教わったとおりの一に押し二に押し三に押しの精神だ。臭いセリフでも構うものか。巧遅よりも拙速というでは無いか。


言葉とともに榛名の肩を強く掴む。掴むばかりではない。彼女を引き寄せて互いの身体を密着させる。


いささか強引ではあるが榛名は拒まなかった。そして艦長という言葉にわたしの意志を感じたのだろうか。榛名は何かを決意した表情になった。



「……わかりました。提督に榛名の機密を捧げます。さあもう一度唇を……」


榛名の唇に自分の唇を重ねる。今日で何度目だろう。彼女の唇を味わうのは……


唇を通じて榛名のユータラス・コンディションとメンストラル・サイクルのデータがわたしの心に入ってくる。


その数式は美しかった。高校時代では数学を全然理解できなかった私だが、数式に陶然するという感覚をこの時はじめて知った。


わたしはデータを残さず吸いとろうと榛名の唇を必死になってむさぼる。


最初はされるままになっていた榛名だが、間を盗んでわたしの顔から少し距離を取った。


「そのようにむさぼるばかりでは却って榛名の秘密は伝わりません。こういうやり方も……」


榛名は自分の唇をわたしの唇にそっと触れてはちょっと離すのを繰り返した。


わたしも彼女にされるがままにされているうちに呼吸を覚え、自分からもリードしてみる。


ついには唇を離した後に舌を出す。彼女もそれに応じて自分の舌をわたしの舌に触れ合わせてきた。


タガが外れたようにお互いの舌を味わっているうちに、榛名のメンストラル・サイクルを表す数式が急に変化した。


それはいつもの控えめな彼女に似つかわしくないような激しい変化だった。


「申し訳ありません……提督……榛名は始まってしまいました」


蠱惑的な表情で彼女は言った。


「今日は月の巡りと榛名の主機が呼応する日。そしてそれは榛名の心にも波立ちを起こすのです。いつもは一人で心の波を静めているのですが、今は提督、あなたがわたしの前にいます。どうか…」


いつもは控えめな榛名に似合わない蕩けるような声で迫ってくる。


衣服を介してとはいえ、彼女の身体を受け止めているとわたしの心にもざわざわと波が立ってきた。


わたしは呼吸を荒げながら彼女に尋ねる。


「ハアハアハア…ボクの心にも波立ちが起こってきた。榛名、どうすればいいんだ?」


「ああ嬉しい…提督の心もわたしに呼応してくださったのですね。今から提督を榛名の深奥部へご案内します。そこで二人の心の波を静めましょう」


榛名はそう言うと帯の紐を自分で解いた。それは魔法を発するサインだった。


挿絵(By みてみん)

榛名「さあ、月の光の導きで榛名といっしょに…!!」




その瞬間、わたしは戦艦榛名のボイラーの中にいた。


戦艦のボイラーと言えば高温で普通だったら人間のわたしなぞ熔けて無くなっているはずだ。


しかしそこは人肌に触れているようなぬくもりだった。そう、子宮の中にいるという譬えがぴったりくる。


その中を漂っていると目の前に榛名が現れた。わたしの上に覆いかぶさってわたしの頭を両腕で抱く。


「さあ…提督、榛名の心の波を静めてください。そうしてくださったら…明日からはもとの榛名に戻ります」


わたしも月の光に導かれるように榛名に自分の心の波を流し込む。


その波は奔流となって機械と心が渾然一体となった榛名の深奥部に集中する。


「ああ、好きよ!」


榛名は甘い声を絞り出した。


榛名のタービンの羽根が波打ち、ボイラーにうねりが寄せた。


榛名のよじった腰が浮き上がった。榛名は今、わたしと心を合わせる歓びを強烈に自覚しているようだった。


ボイラーが燃えるように熱くなり、蒸気が波紋を描くように広がっていく。


驚くような鋭い悲鳴が榛名の口からほとばしり出た。そしてわたしの頭を掴んで髪の毛をかきむしった。


榛名の歯がカチカチとなり、甘くすすり泣くような声を洩らす。


「ていとく! ていとく!」


だが、主機が完全燃焼するためにはまだ重油とボイラー水が足りないようだ。


わたしはさらに心の波を流し込む。


榛名は上体をのけぞらせるや動物のような声をあげた。


わたしが流し入れた心の波がボイラーで熱っせられ、蒸気管をたどってタービンへというコースをたどるにつれて、榛名は荒々しい狂態を大胆に演じるようになった。


彼女は足を蹴飛ばし、わたしの背中に爪を立てながら苦悶の表情で泣き叫ぶ。


もはや榛名の狂ったように叫ぶ旋律はわたしには言葉とわからなくなっていた。


わかるのはわたしの名前とわたしを好きと呼ぶ悲鳴のような声だけだ。


そしてわたしも榛名の狂態にのめり込むにつれて自分の意識を失いかけてきた。



ボイラーから生じる熱とタービンを回す水蒸気はますます熱く激しくなる。


ついに彼女の心の中を映すように閃光が周囲を走り、悲鳴は異様な声に変わった。


「ていとく! はるなはあなたを愛しています!」


その瞬間、榛名が起こす巨大なエネルギーの波動に飲み込まれて心も身体も彼女の中に熔けてしまったと自覚した刹那。


わたしは戦艦榛名の艦長室のベッドに寝ている自分に気がついた。


寝返りをうってベッドシーツに顔をすりつけると洗いざらしの肌触りが心地よい。


夢うつつの状態で自分がこんなところで何をしているのかわからないまま、窓の光りを感じてそちらに顔を向けると…


そこには美しい肢体の榛名がいた。


榛名はわたしに微笑みながら

「お目覚めになりましたか。提督はお疲れのようなので今日の夕食会はキャンセルしておきました」


え?…夕食会って? …そうだ、わたしはこれから始まる演習の下調べをしていたんだった…


「あっ! 演習はどうなったんだ! 」


「ご心配には及びません。演習は明朝からです。今日は榛名が夕食をご用意させて頂きますからゆっくりとお休みになってください」


まだ頭が働かずに生返事をしているわたしに


「今夜はずっと榛名がお側にいますから安心してお休みになってください」


わたしのために乱れた髪の毛を結いなおしながら、榛名は艶然と微笑んだ。


挿絵(By みてみん)


後書き


雪風

「衣笠さんの艦を曳航するのに手間取っちゃったね」


ジャーヴィス

「ホントね。海図のデータをわたされても初めてのアンカレッジ (投錨地)は神経使うわね」


雪風

「錨地を測るときも基準点とり違えてなかったから大丈夫だよ!」


ジャーヴィス

「…あ、桟橋の近くにみんなが集まっているけど何かしら?」


雪風

「あれは集結した艦隊を目当てに屋台が集まっているんだよ、ジャーヴィス」


ジャーヴィス

「へー。フード・ストールか。ジャパンのストールはどんなものを売ってるのかしら。見に行くわよ」


磯風

「お、雪風にジャーヴィスか。そうか、お前たち二人は今は司令部所属だったな。あの馬鹿馬鹿しい大名行列に付き合わなくてもいいんだから結構なことだ」


雪風

「あー。司令をみんなで整列して出迎えたんだ?」


磯風

「ああ、比叡さんと山城さんがどうしてもやるって言い出してな。こっちは連日の猛訓練で疲れているのに迷惑な話さ、まったく」


ジャーヴィス

「それが終わったからみんながここに来たのね」


雪風

「んー…でもわりと多くの店があるね。いつもは食事に付け合わせる納豆やとろろ昆布の屋台しかないのに洋食屋やミルクホールのテントもあるね」


磯風

「金剛さんと扶桑さんが気を利かせていつもより余計に店を作ってくれたんだ。陸さんの辻政信参謀は前線を視察した時には兵たちへの差し入れを欠かさなかったというが、高級将校たるもの常にかくあるべきだな」


ジャーヴィス

「どれどれ…わたしも一つ食べてみようかしら…臭う!? ジーザス!! このビーンズ腐ってるわ! あんたたちのところの衛生管理はどうなってんの!!!」


雪風

「んー。ジャーヴィス、これは腐ってるんじゃなくて発酵してるって言うんだよ」


磯風

「そんな絵に描いたようなセリフ、グローバル化の進んだ21世紀なら外人でも言わないぞ。お前たちの国にだってあるだろう? ほら…リヴァロのウォッシュチーズだったっけ…キツイ臭いのするチーズ」


ジャーヴィス

「悪かったわね! わたしは20世紀のブリテン艦なの! あと、ウォッシュチーズはブリテンじゃなくてフレンチの食べ物!! リヴァロの文句はフレンチ艦のラ・テリブルに言いなさい! 味がわからない野蛮人ってすっごく冷たい目で睨まれるわよ!」


霧島

「こらこら、そこは何を騒いでいるの? あら、あなたたちもこちらへ来たのね」


雪風

「霧島さん? 今頃は司令と一緒に夕食会じゃなかったんですか?」


霧島

「それがね、司令はお疲れだからお休みになるって榛名から連絡があったの。だから夕食会も中止よ」


雪風

「明日から演習ですもんね。大事を取るのは大切ですっ!」


霧島

「そうよ、あなたたちも適当なところで切り上げて休んでおくことね。眠るのも任務のうちよ」


ジャーヴィス

「それで、アドミラルは榛名さんのところで休んでいるんですね? わたし従卒艦だから所在を確認しておかないと」


磯風

「あっ…やめろジャーヴィス」


霧島

「そうよ、提督は榛名のところよ! また先を越されたわ! あの娘ったら提督や金剛お姉さまたちの前ではわたしは何も欲しがりませんって顔をしているくせに…悔しい!!」


雪風

「じ…じゃあ…明日も早いので雪風たちはこれで失礼しまーす!!」


磯風

「ふう…鶴亀鶴亀。ジャーヴィス、榛名さんと霧島さんはいつもああやって張り合っているんだ」


ジャーヴィス

「ウープス。そのつもりはなかったんだけど、わたしって地雷をふんじゃったのね」


雪風

「でもね、霧島さんが榛名さんの悪口を言っても絶対に相づちをうったらダメだからね、ジャーヴィス」


磯風

「ああ、いつだったか涼月のヤツが霧島さんに合わせて、榛名さんはカマトトって言ってしまってな。その後の巡検でボーナスに響くくらいの辛い点数を霧島さんに付けられた」


ジャーヴィス

「あー。自分は悪口を言うけど他人が言ったら怒るわけね…やっぱり双子艦って面倒臭いわね。こっちのネルソンさんやロドネーさんも水兵だって区別がつかないぐらいそっくりの艦なんだけど、似てるって言ってもそうでないって言っても二人とも傷つくのよ。あと、キングジョージクラスの五人姉妹もロイヤル・ファミリーとバスタードの間で...」


雪風

「わー! それ以上は言っちゃダメ!」


磯風

「最後はなかなかきわどい冗句だったな」


雪風

「まあ、今日はせっかくだから上の人のことは忘れて三人で美味しいものでも食べようよ」


磯風

「ああ、洋食屋でコロッケ定食を食べた後に、ミルクホールでコーヒーと一緒にシベリアをつまむのも悪くないな」


ジャーヴィス

「いいわね! コロッケ定食も興味あるけど、わたしシベリア大好きなんだ! 行きましょう!」


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