19. アドミラルの操艦トレーニング2(艦の塗装色はショッキングピンク)
爾等も妻をあつかうこと弱き器の如くせよ...「ペテロ第一の手紙」より。
わたしは異界に生まれ変わった第二次世界大戦時のウォーシップたちに選ばれたアドミラル。指揮官としては新米で頼りない限りだったが、各国寄り合い所帯の連合艦隊に起きた内輪もめの問題解決に尽力し、ついに彼女たちの操艦を許されることになった(これまでのエピソード参照)。
ここは洋上、気持ちの良い午前の日差しの中でわたしは戦艦ウォ―スパイトの操艦訓練をしている。
艦橋からウォ―スパイトの主砲を操作して砲身の上下運動を行う。これは主砲の交互打ち方を行うために必要なメンテナンスである。
交互撃ち方とは主砲を撃つ時に発射時間の間隔を縮めるために連装砲を左右交互に発砲する撃ち方である。迅速な装填のためには発射後に砲の仰角を下げなければならないが、そのためには砲身がスムーズに上下運動できるように日頃から訓練や整備を行う必要があるわけだ。
「ヴァンガードの主砲交互撃ち方。向かって右の砲身が下がっている」(https://www.reddit.com/r/WarshipPorn/comments/1g2rf1t/the_battleship_hms_vanguard_fires_a_4_gun_salvo/)
わたしは主砲のコントローラーを手に取って上下に動かす。
もちろんゆっくりと…優しく…だ。
すると甲板の連装主砲がそれに連動して互い違いに上下運動をする。
戦艦ウォースパイトの主砲を操作すると人間体のウォースパイトは「はぁふ…」と切なげに息をもらす。
次にわたしは主砲のコントローラーを下からすくいあげてユサユサと揺さぶる。
音に聞こえるクイーンエリザベスクラスの15インチ砲、その主砲のコントローラーもロイヤルネイビー、いや列強の戦艦で三本の指に入る大きさだ。
「あっ…あっ…」
わたしがコントローラーを揺さぶるたびに、人間体のウォースパイトは甘やかな声をあげる。主砲がさっきよりも一層激しく上下運動する。
次にわたしは円錐形のコントローラーの頂点についているイチゴ形のダイヤルに指を伸ばす。
もちろんもとの戦艦には無いギミックではあるが、生まれ変わった彼女たちはこのダイヤルを操作して主砲の破壊力を調整するのだ。
今日は主砲の最大の威力を試す予定なのでダイヤル操作も念入りに行う。
わたしはてっぺんのイチゴに人差し指の腹を軽くあてて左右上下に動かす。時折ちょんちょんとつついて刺激する。
「ああッ...! マイアドミラル...マイアドミラル...あなたというお方は......ンンッ!」
イチゴがだんだん固くなってきた。主砲への装填作業が完了しつつあるというサインである。
しかし今日の試射は主砲の威力を最大にするものだ。これではまだ足りない。
そこでわたしはイチゴを口に含み舌を使ってダイヤルを回す。
主砲の装填がエネルギーMAXに近づくにつれて神話の力が艦に満ちてくるウォースパイト。ついに感きわまって英語で叫び声をあげる。
「AH...AH...AH!..Aah! Yah! Haa...yah! Don't do that! You're driving me crazy!!」
…一言強く断っておくがこれはポルノでは無いぞ。
主砲への装填作業は完了した。次は発射に移る。
わたしはウォースパイトに優しく声をかける
「さあ…キミとエンゲージするよ…ウォースパイト。心の準備はいいね」
わたしが彼女の金髪を撫でながら聞くと
「イエスです…イエスですわ。マイアドミラル」
ウォ―スパイトは潤んだような目をわたしに向けて答えた。
わたしは手に持った生命のスティックを戦艦ウォースパイトの船体に出現したコネクタにゆっくりと差し込む。
スティックがみちっと音を立ててコネクタに入り込むとウォ―スパイトはAHAA…と甘い叫び声をあげた。
わたしはスティックを一定のリズムでストロークを効かせて出し入れする。ときおり、スティックをコネクタの中で円を描くように回す。
これは先日、金剛の操艦で覚えたテクニックだ(第18章参照)。ウォースパイトでも試してみようというわけだ。
金剛に通用した操艦術は果たしてウォースパイトでも効果を上げた。
わたしの操作に応えるかのようにウォ―スパイトは全身をうねらせる。そして船体が神話の力で輝きはじめた。
「IT'S...IT'S HITTING SO Deep! No...More...Ahh! My feelings for you are...... I'm cominggggg!」
ウォースパイトがスナスSúnásの境地に達すると同時に戦艦ウォースパイトの主砲から轟音とともに巨弾が発射された!!
…繰り返しになるがこれはポルノでは無いぞ。
わたしは気を失ったウォースパイトをいたわるように抱きながら双眼鏡を覗いて弾着を確認する。
なんと標的としていた人工島がただ一度の斉射で消滅していた。
意識を取り戻したウォースパイトも艦橋の机に横たわりながら上体を起こして弾着を確認する。
「Aah…マイアドミラル…濃縮S-ぺシウム弾は予想より遥かに大きい効果を上げました。これもあなた様のおかげですわ…」
まだトロンとした声で説明するウォースパイト。とにかく試射は成功をおさめたようだ。
これで司令部を兼ねている金剛の艦に戻れる。昨晩はウォースパイトの艦に無断外泊してしまったがこれで帳消しになるだろう。
ウォ―スパイト「マイアドミラルはお疲れのようだから帰りはオートマ操艦にしますわ。わたくしに身を任せて頂ければ根拠地までお連れします。え? やっぱりマニュアル操艦にする?....ち...ちょっと...あっ...ああっ...あんっ...もう...仕方の無い人ねェ...いらっしゃい」
根拠地に戻って司令部のある戦艦金剛の執務室に行こうとする。
しかし甲板から艦橋に入ろうとしてもドアが開かない。
まさか無断外泊を怒っているのではないだろうな。
何度か扉をドンドンと叩く。ドアノブをガチャガチャといじる
「すまん、金剛、無断外泊したことは悪かった。このとおり謝るから開けてくれ!!」
するとドアが開いた。
ドアの向こうで金剛がニヤリと笑って出迎えてくれた。
「冗談じゃ。ウォースパイトの操艦と主砲の公試はご苦労じゃったの」
金剛は執務室のスクリーンに戦艦ウォースパイトの射撃のデータを映し出した。
「ふむ…濃縮S-ぺシウム弾の破壊力は予想以上だの」
「ええ、これで実戦で使える見通しがたったわ」
復路もわたしのマニュアル操艦だったためか満ち足りた表情のウォースパイト。
次に金剛はグラフを映し出す。
「これは発射の時の提督とウォースパイトの波をグラフにしたものじゃ…ふむ、二人の相性はピッタリなようじゃの」
金剛「上が提督、下がウォ―スパイト。今の言葉でバイオリズムというのかの。提督に比べるとウォ―スパイトの波は複雑な動きをしているが、これはわしらが人間とは異なる存在だからなのじゃ」
ウォ―スパイト「わたくしの内部のデータが資料として公開されるなんて恥ずかしい気もするけど、これもこのフリートのためだわ」
そして金剛はニヤリではなくニタリと笑って
「どうじゃ。わしが提督に教えた操艦術はウォースパイトにも効果があったようじゃの。このグラフの曲線を見るとかなりの歓びをウォースパイトに与えたようじゃ」
「……ええ、アドミラルはとてもアグレッシブにかつソフトにわたくしを愛してくれたわ。金剛シスターよりも相性は上かもしれないわね」
「……そうかそうか。では次はさらに上級者用の技を提督に教えよう。もっとウォースパイトを歓ばせてやるがよいぞ。もちろんわしが先じゃがの」
「……あら、それではわたくしも大地の女神さまの教えにあるテクニックをマイアドミラルにお伝えしようかしら。」
顔を見合わせてフフフと笑い合う二人。なんだこの空気は…彼女たちは他の艦に乗っても嫉妬しないんじゃなかったのか。
すると金剛は
「と、まあ冗談はこれくらいにしておこう。提督、何も怖がることは無いぞ」
「ええ。金剛シスターの言う通りですわ。わたくしたち二人のどちらかを選ぶように迫ることはありません。人間の女性とは異なりますからご安心を」
いまいち安心できなかったが、先ほどの会話にあった疑問点をただす。
「改めて聞くけど濃縮S-ぺシウム弾って何だい?」
「S-ぺシウムは地球上では確認できない超重元素で太陽系では火星にのみ存在すると従来では言われていました。ですがこの異界で大きな鉱脈が見つかったのですわ」
「これを武器として使う場合は粒子状の光線として用いるのが普通じゃ。じゃが中長距離だと気象によって出力が影響を受ける。しかもアカシックレコードを調べたところ、光線を放っても鏡で反射させる対処法があることがわかったのじゃ。使ったのは確かセミとザリガニの合いの子のような宇宙人じゃったの。それで濃縮したものを実体弾として使うことにしたのじゃ」
わたしは金剛の言葉の中にあった語句に引っかかる
「…宇宙人って?」
すると金剛に代わって答えるウォ―スパイト
「この異界はたびたび年老いた星が降りてくることからもわかるように外宇宙とつながっていますの。万が一攻撃的なエイリアンが侵入した時のための兵器なのですわ、マイアドミラル。S-ぺシウムは外宇宙に存在する有機体・半有機体の分子構成を破壊するのに極めて有効な物質ですの」
「地球上には存在しない超重元素を濃縮して実体弾として使うのはわしたち戦艦でも難しかったが今回ようやく成功したのう」
「ええ…これもマイアドミラルのおかげよ、金剛シスター」
「つまり、提督の操艦でわしらの秘めたる力が現れたのじゃ。それが確かめられたのが大きな収穫じゃ。それで次の話に入るが」
執務に関してはわりといらちなところがある金剛。忘れるといけないからのと断って話を続ける。
「昨晩、わしの艦に夜食を食べにきた水雷戦隊の駆逐艦どもから話を聞いたのじゃが…分子雲燃焼魚雷を駆逐艦から発射するという実験はどうも上手く進んでおらぬらしい」
分子雲燃焼魚雷は異界の根拠地で開発した兵器だ。以前に、駆逐艦たちがこの兵器を扱うことを望んで訓練計画を司令部に上申した。
金剛はその意気込みを買ってわたしに許可を願い、わたしも進んでサインをした。わたしがアドミラルになった最初の時期に決裁した案件なのでよく覚えている。
「分子雲燃焼魚雷はこの異界の怪物どもに効果のある超科学兵器なのじゃが、扱うにはそれなりの魔法力とそれを効果的に用いる技術が必要じゃ。駆逐艦どもはそれで苦労しておるようじゃな。わしが夜食に作ったライスカレーを食べながら愚痴っておったわい」
「分子雲燃焼魚雷の運用計画がこのまま進まないと計画の中断もあり得るわね。今の段階ではまだ早計かもしれないけど、それでも決断は早いほどいいわ」
さすがに主力艦・司令部詰めの参謀艦の責任感から言うことも厳しいウォースパイト。
もっとも金剛には何か考えることがあるようだ。
「それでわしがさっき言ったことと絡んでくる。提督が駆逐艦を操艦すれば、あやつらの隠された力が目覚めて計画も進むのではと考えたのじゃ」
「わたくしはもう少し戦艦クラスでデータを取ることを考えていたけど、これを機会に一気に進めようというのね、金剛シスター」
わたしもコメントを加える。自分が直接関わるので黙っているのも無責任だろう。
「分子雲燃焼魚雷実験の停滞を奇貨としてアドミラルによる各艦艇の掌握を完成させるのかい? 高速戦艦の金剛らしい果断な処置だね。だけど、租界での抗日運動を奇貨として一気に中国南方の利権を握ろうとして上海事件を起こした帝国海軍とやり方が似ているようにも思う」
自分でも突飛なたとえだと気づいたけど、つい思い付きと連想で言ってしまった。
海軍の悪口ではあるが、さすが金剛は動ぜずにおぬしもなかなか言うのと苦笑しただけで
「確かにわしも性急と思わんでも無いが、異界の怪物に対抗する軍備の充実はなるべく急ぎたいのじゃ。やつらの人間界への侵入を防ぐのはこの艦隊の最優先の任務でもあるしの」
そしてあくまで慎重論にこだわるウォ―スパイト
「もう少し大型艦でデータを取ったほうが良いのでは無いかしら? それに駆逐艦まで操艦したらマイアドミラルのお身体にも負担がかかるかも知れないわ。そうだわ、チェザーレに頼んでティラミスでも...」
金剛は「おぬしは何を言うておるのじゃ。それではわしもイモリの黒焼きを提督に食べさせるぞ」と詳しく解説するのは憚られる応酬をした後で
「明後日、帝国海軍水雷戦隊による魚雷戦の演習が行われる。そこにおぬしも臨席して今後の処置を考えて欲しいの」
とわたしに要請した。
それからたまっている書類仕事を片付ける。その間も司令部には来客が訪れて応対に忙しい。
昼食はイタリア艦ジュリオ・チェザーレとともにする。艦隊が用いる魚雷について話があるという。イタリア軽巡のジュゼッペ・ガリバルディを連れている。
ジュリオ・チェザーレ「久しぶりだな、アミラリオ。こんどわたしを操艦してみないか?」
金剛「ところでその痴女ギリギリの格好は何じゃ?」
ジュリオ・チェーザレ「いやなに。アミラリオをセドゥツィオーネseduzione... 激励するためさ」
金剛「いま、おぬし言葉をごまかしたじゃろ?」
ウォ―スパイト「建造された場所が北部とはいえやはりイタリア艦は情熱的だわ。でもほどほどにね」
いつもウォースパイトにばかり昼食を作らせるのは悪いと言うことで金剛が作ってくれたのは蕎麦だった。
愛国者のチェザーレはイタリア料理のソースの複雑な味わいに比べたらソバツユなんてショーユだけの単調な味わいだけじゃないかと、ひとしきり西洋人にありがちな悪口を言っていたが、フォークで蕎麦とともに口に入れると金剛が甕に寝かせて熟成した味わいに取りつかれたようになった。
隣に座っていたガリバルディにもしきりに勧める
ガリバルディは「まあまあね」という顔をしていたがそのフォークは止まらなかった。
ジュゼッペ・ガリバルディ「姉のアブルッツィと二人で戦後も長く現役だったわ。共和国海軍の旗艦も務めたしミサイル巡洋艦にもなったの。よろしくね、アミラリオ。…え? 赤いドレスに黒い髪、肉感的な唇、イタリアの軽巡は情熱的だって? ふふふ...ありがと。アミラリオも素敵よ」
食べ終わって緑茶を飲んだ後にチェザーレは魚雷の話を持ち出した。
先日、モササウルスの群れが出現してこのままだと人間界に侵入するという通報をガリバルディのベル47偵察ヘリコプターから受けて、イタリアの重巡ポーラが率いる戦隊が急行した。
しかしもともと代謝率の高い混血動物に加えて、異界のカオスの影響を受けてエネルギッシュな怪獣に変異していたために、駆逐艦や軽巡が発射した従来の魚雷ではその効果が限られていたという。
「あいつら、こちらが発射した魚雷を口で咥えてバリバリ噛み砕くのよ。火薬が爆発しても平気な顔をしているわ。中には魚雷をハッシと咥えるやこちらに投げ返す個体もいたわ」
とその場にいたガリバルディ。
「完全に遊ばれているわね」
とため息をつくウォースパイト。
「モササウルスの珍プレー好プレーというヤツじゃの。撮影した映像をネットに上げたらアクセス数を稼げるかも知れぬの」
どんな時にも軽口を忘れない金剛。
結局は連絡を受けたチェーザレとカブールが戦場に向かい、ポーラたち重巡とともに集中砲火を浴びせて一旦は撃退したという。
ポーラ「魚雷が効かない!? インクロチャトーレ・リッジェーロincrociatore leggeroとカッチヨアトペテニエレcacciatorpe|diniereは道を開けな! 初速の速いあたしたちインクロチャトーレの203mm砲で決めるよ! チェザーレたちが来る前に片をつけるんだ!...グビグビ」
ザラ「ポーラ! お酒はダメぇ!!」
「…たまたまポーラたちザラ級重巡が魚雷発射管を装備していなかったのでかなり手こずってしまったよ。だが従来型の魚雷では対抗できない個体が現れているのでね。一刻も早く分子雲燃焼魚雷のような超科学兵器を実用化して欲しいんだ」
と、話を締めくくるチェーザレ。
ガリバルディ「これがわたしのベル47偵察ヘリコプターが撮影したシン・モササウルス2.0の映像よ」
ウォ―スパイト「どことなくみんな楽しそうに見えるわね」
ガリバルディ「どこかのバカが餌付けしてティラミスでも与えたんじゃないかって思うぐらいハイになってるわ」
チェザーレ「こいつらの鳴き声を解析したが『オレはやるぜ! オレはやるぜ!』と叫んでいるようだ」
金剛「こんなヤツラを相手にしなければならぬとはのう」
腕組みして考えこむ金剛。そしてウォースパイトはガリバルディに尋ねた。
「ガリバルディ、あなたはポスト・ウォーの時期にミサイルを装備したと聞いたけどそちらのほうの実用化はどうかしら?」
そして答えるガリバルディ。
「ボラリス・ミサイルは模擬弾を発射した経験しかないし、テリア・ミサイルは防空用だからワイバーンには有効だけど海生生物には難しいわね、ウォースパイトさん」
わたしは彼女たちに聞いた。
「つまり進化しつつある海生モンスターに通用して、現在もっとも実用化に向けて進んでいる超科学兵器は分子雲燃焼魚雷というわけだ」
うなずくチェーザレとガリバルディ。
うなずく二人を見て金剛は
「戦隊指揮官を努めていたポーラの話を聞きたいの。ほら、あそこに停泊しているのはあやつのフネではないのかの?」
確かに司令部用の港にはイタリア艦が三隻錨を下ろして停泊している。
するとチェーザレとガリバルディは困ったような表情をして顔を見合わせる。
そして観念した表情でチェーザレが親指で指し示す。
チェーザレの指線に従ってわたしが執務室の窓から甲板を見下ろすと…
…酔いつぶれた女性がワインボトルを片手に大の字になって寝ているのが見えた。やれやれ。
そしてチェーザレが
「ではわれわれはこれで失礼する。この件については司令部の善処を願う」
と辞去の弁を述べたが、二人ともどことなく落ち着かない。
そうと察した金剛が
「これからフネを運転して戻るのじゃろ? 二人とも一杯だけじゃぞ」
といってどぶろくをワイングラスに注いで差し出した。
「うーん…このフルーティな味がたまらん」
とチェーザレ。
「おぬしら、先ほどはさんざん蕎麦の悪口を言っていたのに酒はかまわぬのか?」
と金剛。
「お酒に差別は無いの。お料理や美術とは違うのよ」
と飲み干したグラスを金剛に差し出すガリバルディ。
現金な二人を見て肩をすくめるウォースパイト。
「それで、酔いつぶれたポーラはどうするの? 艦は司令部で管理するから人間体だけ連れて帰ってもいいのよ?」
チェーザレは
「酔っぱらって艦を放棄するなんてレジア・マリーナの名誉を汚す真似はできんよ。艦はわたしがタラント基地まで曳航していくつもりだ。さすがに飲酒運転はさせられんからな」
チェーザレは二杯目のどぶろくを飲みながらわたしたちに語った。
わたしが不審の目で見ていると
「五杯目までは飲酒運転に入らないのよ。それが法律」
片目をつぶって嘘かホントかわからないことをいうガリバルディ。
イタリア艦が帰った後で金剛は妹の比叡に連絡を取った。
「と…いうわけでの。チェーザレたちの報告を聞いても分子雲燃焼魚雷の実用化は急がねばならぬ。それで進捗状況について詳しい話を聞きたいのじゃが」
「わかりました。今日の夕食の時に磯風をつれて司令部に伺います。その時にこれからについてご相談を」
と比叡
何にしても金剛型姉妹は決めるのが早い。さすが旧日本海軍で最も実戦部隊に近い戦艦だっただけはある。
さて、イタリア艦は執務室から出ていった後、わたしは甲板で酔いつぶれたポーラが気になって下に降りていった。
すると甲板ではジャーヴィスがポーラを介抱していた。
「ほらほらポーラさん。こんなところで寝ていると風邪引くよ」
午後の日射しは強烈で身体を冷やすとは思えないが、とりあえず人間が酔っ払いに声をかけるセリフを言ってみたようだ。
「もう! 生まれ変わっても酔っ払ったポーラさんの世話をさせられるなんて思わなかったわ!」
「そう言えばジャーヴィス、確かキミは沈没するポーラの乗組員を救出したんだったね」
「そうよ! あのマタパン岬の海戦! あの時に海から引き上げたポーラさんのクルーったらベロンベロンに酔っ払っていてね、開いた口がふさがらなかったわ」
ジャーヴィス「あのウォプス(wops)ったら、すっかり出来上がっちゃってオーソレミーオとご機嫌でね。こちらの尋問にもロクに答えられやしない。わたしのクルーはみんな空を仰いでジーザスって呟いていたわ」
…海に投げ出されたので低体温症を防ぐために飲酒したという説もあるのだが、救助したイギリス軍に軍紀の崩壊と受け取られてしまうのは、イタリア人の日頃の行いゆえか、はたまたイギリス人の偏見か…
荒っぽいジャーヴィスはついにポーラを何度も蹴飛ばしたがそれでも起き上がろうとしない。
しばらく腕組みをして考えこんでいたジャーヴィス。やがて一計を案じたのか、スカートを押さえてしゃがみこみ、ポーラの耳元に口を近づけると
「ポーラさーん! こんなところに一人でいるとね! ヌビアンの魚雷に撃沈されちゃうわよ!」
その瞬間、マタパン岬海戦の古い記憶が甦ったポーラは、バチッと目を開けるとキャアと叫んで自分の艦に飛ぶように走って行った。
一方でガリバルディは手を貸そうとした雪風の申し出を笑って断わり、一人で自分の艦に戻って行った。
ガリバルディは第二次大戦後まで生き延びて、NATO海軍によるグランドスラム演習のような多国籍艦の共同作戦も経験している。
そのためか口ではああ言ったものの、飲酒に関する基準が母国と他国では異なることも理解しているようだ。二杯目で留めて酔いを回らないようにしたらしい。
さてチェザーレはどうかな。彼女を見ると戦艦金剛の甲板から魔法のタラップを出して自分の艦に乗り移ろうとしていた。
ただ、どうも足元が危なっかしかったのでわたしが横から支えて移動させた。
「すまんな、アミラリオ」
「いや気にしなくていいよ。チェザーレ。」
寛衣を着たチェザーレを横から抱いて歩く。彼女の口元からはアルコールに混ざってほのかにエスプレッソの香りがした。
しかしチェザーレは自艦の甲板に乗り移ると座り込んでしまった。
「うーん…あのドブロクという酒、甘い飲み口だが後から酔いが回ってくることを忘れていた」
五杯も飲んだのがまずかったと頭を振るチェザーレ。
わたしはとりあえずチェザーレを甲板に寝かせる。防弾用のマットがあったので彼女の下に敷いた。
そして服の紐の結び目を解く。少々手間取ったが。
「アミラリオ、すまん。自力でエンジンをかけられそうに無い。アミラリオのマニュアル操艦でエンジンに火を入れてくれないか」
甲板に仰向けに横たわったチェザーレから懇願される。
アルコールが効いて自力では動けない彼女の身体をわたしが弄るといえばハレンチすぎる言葉の響きだ。これが人間の女性だったら無用の誤解を招くだろう。
わたしもアドミラルになった当初ならためらったかも知れない。しかし金剛やウォースパイトを操艦した後なので多少の度胸はついている。
「わかった。ちゃんとエンジンをかけるから安心してボクに身を任せるんだ」
コクッとうなずくチェザーレ。
わたしはチェザーレの寛衣をずらしてエンジン起動に使うコネクタを探す。…あった。
しかしそのコネクタには保護シートが貼られていなかった。
彼女たちにはわたしが操艦するための生命のスティックを入れるコネクタが船体についている。
しかしそのコネクタは砲撃による粉塵、風によって運ばれてくる陸上の砂塵、海の塩が付着すると感度が下がる。
そのため、使われない時のコネクタには保護シートを貼るのが普通だ。それも各艦によって個性があるのが面白い。
例えばウォースパイトはシルク地のレース、金剛は綿の白無地、ヴァリアントはサテンの黒レースだったっか。だがノーシートははじめて見た。
「チェザーレ、何だい? これは。キミたちと人間の女性とは似て非なるものだ。それでもイタリア女は挑発的なファッションがお好きと言われても仕方ないぞ」
わたしはコネクタを指でツンツンとつついて詰問する。
酔って身体が動けないチェザーレはされるままになっていたがかろうじて唇を開き
「アッ!…アア…ヤメテ…こ…これはアミラリオが喜んでくれるのではないかと思って…い…いや! コネクタを露出したままにすると気温の微妙な変化を感じることができるんだ…」
チェザーレ「ち...違うんだアミラリオ...イタリア女だっていつもこんなアヴァンギャルディアAvanguardiaなモーダModaをしているわけでは無いんだ...(恥ずかしいけど好きな男の前なら)...」
そうか、航海に必要な場合もあるんだ。わたしは半分は納得したが…
「しかし生命のスティックを入れてエンジンを起動する前にコネクタの清掃をしなければならないな」
わたしはコネクタの周囲を指で拭うようにする。
するとチェザーレはより強く身体を振るわせた。
「アッ! ! アアア…ああアミラリオ…ああ…」
わたしが拭った指先を舐めると塩の味がした。おそらくは海の塩なのだろうが彼女の汗その他の味かもしれないと考えると…
いかんいかん、彼女たちは大事な戦友なのだ。人間の女性と同じように考えるべきでは無い。
わたしはコネクタの汚れを指で拭う。なるべく丁寧に、そして人間の女性を愛するように…
その気持ちが伝わったのかチェザーレは歔欷の声をあげる。
「アア…アミラリオ…アミラリオ…おまえにこんなことをしてもらってわたしは幸せだ…」
身体を左右によがらせるチェザーレ。彼女の歓ぶ姿を見ているとわたしも熱が入る。
ついにわたしはしゃがみこんて自分の口元をコネクタに近づけると舐めてその汚れを拭いとる。
チェザーレのしょっぱいコネクタを舌で味わうのにいつの間にか無我夢中になる。そうだ、さっきまで炎天下の甲板でポーラを見ていたので身体が塩を欲しているのだ。
わたしが生存本能に基づく欲望で塩味のコネクタを必死になってペロペロと舐める。
「アッ…アアーッ…アアアン…アアアアーッ! トゥ ミ ファイ インパッツィーレ!!」
チェザーレは甘い声をあげながら激しく身体を振るわせる。
そしてコネクタからプシャアアと真水が溢れてきた。ボイラ水が逆流してきたのだ。
第二次大戦時の戦艦の多くはピストンではなくタービンエンジンのため、蒸気を発生させるための真水を積んでいる。チェザーレも例外では無い。
炎天下の甲板にいたわたしは水分を欲している。コネクタの穴に口をつけて溢れてきた真水を一滴残らずチュウチュウと吸いとる。
「そ…そんなに吸ったらヒイーッ…」
チェザーレは悲鳴とともに気絶した。これをイタリア語でアクメAcmeという。意味は絶頂でも日本語とは異なり性的な意味で用いないらしいから要注意。
さて、いつもはポリネシアン・スタイルで操艦するわたしだが、今日はちょっと事情が異なる。
先ほど金剛が比叡を呼び寄せる通信をしていたのを思い出した。
つまりは比叡が司令部の港に来る前に大型艦が係留できるスペースを空けておかなければならないのだ。チェザーレの出港を急ぐ必要がある。
わたしは気を失っているチェザーレに心の中で謝り、生命のスティックを一気にコネクタに差し込んだ。
奥まで入れた時にズブッと大きな音がしたが、それでもチェザーレは意識を取り戻さなかった。
コネクタの中に入ったスティックをそのまま通根抜根する。急いでいたので我知らず力が入ってしまったようだ。
「ン…ンン…アミラリオ…?」
意識を取り戻したチェザーレが薄目を空ける。
しかしその時にはスティックがコネクタの中で激しくチャージ運動を繰り返していた。
「や…やめろ…アミラリオ…」
ズッズッズッ…
「やめ…アアやめないで…い…いややめてくれ」
わたしはスッ…とスティックの動きを止めて
「キミがイヤならここで止めるよ、チェザーレ」
「い…いや…やめないでくれ…そもそも頼んだのはわたしなんだ」
ズッズッズッ…
「アアーッやめてくれ」
スッ。
「イヤっ! 続けてェ」
ズッズッズッ…
「ダ…ダメだ…意識がハッキリしないから自分がどうなっているのかわからない…」
ズッズッズッズッ…
「ああ艦が海の中を浮かんでいるようだ…いや空の上をフワフワと漂っているのか…アア…天空に…天空に…ストヴェネンド...ストヴェネンド.....アアアアーッ! ヴェンゴ!!!!」
その瞬間、戦艦ジュリオ・チェザーレが神話の力で満たされ、エンジンが力強く動き始めた!!
...何度も、そしてくどいぐらいに断るがこれはポルノでは無いぞ。
酔いも醒めて自分で自艦を操縦できるようになったチェザーレだがわたしをいまだに酔いが残ったような目で見つめて
「アミラリオ、クアント セイ ベッロ....おまえは貴婦人を弄ぶチチスベオCicisbeoのような男だ…でもわたしはおまえをすっかり好きになってしまったぞ」
そう呟くとチェザーレは腕を回してわたしを引き寄せ、首すじに別れのキスをしてくれた。
チェザーレ「それではアリベデルチ、アミラリオ。このまま別れるのはつらいが金剛やウォ―スパイトが心配しているからな。いつかお前の操艦であの懐かしい地中海を航海したいものだ」
戦艦金剛の執務室に戻ると金剛が近づいてきてわたしを肱でツンツンとつつきながら
「提督も色悪じゃのう。コノコノ」
ウォースパイトは微笑みながら
「チェザーレがあんなに乱れるとは思ってなかったわ」
二人の手元を見ると双眼鏡が置いてあった。まさかさっきの危険な情事?をずっと見られていたのか。
わたしがバツの悪い顔をしていると
「これもモササウルスを駆除する作戦・オペレーショントルネードが成功する前兆だと思いたいわ」
とウォースパイト。
「確かにその事で比叡たちと打ち合わせする前だと思えば縁起が良いわい」
と金剛。
そういえばそろそろ比叡が来る時間だ。港の入り口の向こうに目を凝らすと戦艦比叡のパゴダマストが見えて徐々に大きくなっていく。
気づいた金剛が入港許可の信号を送る。戦艦比叡は金剛の横に錨を下し姉妹艦が仲良く並んだツーショットとなる。
司令部を訪れた比叡は駆逐艦磯風を連れていた。
駆逐艦磯風、水雷戦に特化した甲型駆逐艦陽炎型の一隻だ。その戦歴は真珠湾から始まってミッドウェー、ガダルカナル、レイテと戦い抜き、最後は大和、矢矧、雪風その他とともに天一号作戦に出撃したが坊ノ岬沖で撃沈された。
いわば太平洋戦争の最初から終盤までを経験した歴戦の艦なのだが、人間に生まれ変わった彼女は黒髪ロングの美少女だ。
雪風にとっても同型艦であり、長く一緒に戦った戦友である。
雪風は馴れ馴れしく磯風に近寄ると
「久しぶりだね、磯風。どう? ちゃんとやってる?」
「ちゃんとやってるに決まっているだろう。それよりも雪風、おまえこそちゃんとやってるのか? まさか司令に破廉恥な真似はしていないだろうな。この助平艦が」
「ひどいなあ~雪風は真面目に働いているよ~ね? ジャーヴィス?」
「まあそういうことにしておいてあげるわ。.....一つ貸しだからね」
磯風はわたしに気がつくと近づいてくる。敬礼するかと思ったら頭を下げた。そうか、無帽だったら敬礼はしないのが海軍式だったか。
「司令、はじめてお目にかかる。駆逐艦磯風だ。以後お見知りおきを」
相棒?の雪風とは異なりかなり真面目そうだ。
磯風「磯風だ。人間の姿に生まれ変わったら金剛さんや比叡さんに神話の力とか異界とか言われて正直戸惑っている」
「相変わらず仲がいいわね。こういうのを日本では凸凹コンビって言うんだっけ?」
とジャーヴィスが言うと磯風は心外だという顔をして
「失敬な。天津風も浜風もまだ着任していないから臨時編成でこいつと駆逐隊を組まされたんだ。まったく何の因果で…」
「でも磯風と隊を組んだら安心だよ」
「わたしは全然安心では無いが」
「ひど~い」
「お前、時雨がやられたあのヒ87船団、危ないと思ってわざと故障して港に戻ったんじゃないのか?」
「違う! 違うよ! 磯風までそんな事を言うなんて!」
「ハハハ冗談だ。......三分の一はな」
…仲が良いのか悪いのか。
するとそこに落ち着いた声がかかる。
「磯風。久しぶりに雪風に会って嬉しいだろうけど、そろそろ時間よ。分子雲燃焼魚雷について提督にご説明申し上げるときはあなたも同席するのよ」
それは比叡だった。雪風に会って嬉しいと言われ、不満そうな顔をする磯風だったが、さすがに比叡には何も言わずに黙って着席する。
わたしも自分の席に着席する。PCを開き、その横に書類を置く。
ちょうどわたしの正面に比叡が座った。
豪快あるいはアバウトな姉の金剛を下から支える副将格という趣きのある比叡。
生まれ変わる前も満洲国皇帝のお召し艦、演習統監艦、戦艦大和のテストベッド、練習艦といった多様な任務を経験している。
この異界でも日本艦鎮守府の軍務は経験豊富な彼女が仕切っている。姉の金剛が司令部で他国艦と交渉しつつ大所高所から艦隊の舵を取るのも比叡あっての事なのだ。
そんな彼女を眺めているうちに、わたしはふと比叡に乗ったらどうなるかと思った
わたしはまだ比叡に搭乗したことは無い。しかし、わたしが操艦した時の金剛、ウォースパイト、チェザーレの様子から考えると、いつも冷静な比叡はどんな顔をするのだろう…
その光景を想像しながらボーっとしていると、横に座った金剛が手を伸ばしてわたしの股間をギュッと掴んだ。
「これから会議じゃぞ提督。助平も良いがメリハリをつけろといつも口を酸っぱくして言うておるじゃろ」
そして比叡はわたしの良からぬ妄想の対象になっていたことにとっくに気づいていたらしい。
「わたしも艦歴は長いので男の人の性的な話は今さらですが、確かに時と場合というものがありますから」
比叡はニッコリと微笑んだ。
比叡「わたしも艦歴は長いので男の人の性的な話は今さらですから」
金剛「うむ。宗谷の丸い艦尾を見て下宿屋のおばさんの尻を思い出したとか、従兵として艦長の私宅について行ったところ、奥方に懸想して布団にイカの絵を描いたとかいう若い水兵の話には事欠かぬわい」
比叡「ゴホン...姉さま、時と場合というものが....」
わたしはバツの悪さを隠そうとコホンと一つ、咳払いをして
「それで、最初に分子雲燃焼魚雷について基礎的なことを聞かせて欲しいのだが…」
わたしの質問に比叡が答える。
「分子雲とはこの異界に外宇宙から降り注ぐ星間ガス雲です。これを高密度に圧縮させると恒星が誕生する核となるのでそのエネルギーを魚雷の推進力及び爆薬として使います」
「で、従来の魚雷と比べてどのような利点があるんだい?」
「この分子雲は低温なのですが、それをプラズマ化するとその影響で魚雷が幽体となるのです。そのために潮流の影響で進路が曲がることなく進むことができます」
「潮流の影響を受けないで進む魚雷というのは革命的かも知れないね。それで」
「この魚雷を目標付近で幽体から実体に戻すと恒星が生み出されるのですが、その時に生じるエネルギーを破壊力として用いるのです。この異界で混沌によって生み出された怪物には効果が高いと推測されます」
比叡は一通り説明した後で「核魚雷以上の破壊力があるのでこの異界でのみ用いる兵器ですが」
と付け加えた。
うーん。聞いているだけだとリアル志向のSFというより子ども向け巨大ロボットアニメに出てきそうな武器だなあ。こんなトンでも兵器が現実に運用できるなんて信じられないなあ…
「それでその兵器の運用では問題は無いのかい? 駆逐艦が手こずっていると聞いたけど」
比叡が答える。
「はい。現時点では駆逐艦による運用については幾つかの課題があります。一つは14Kという低温の分子雲を魚雷に注入する技術、もう一つは魚雷を放つ位置を確保するための艦隊運動です。磯風、あなたから提督にご説明申し上げなさい」
磯風が説明を始める。
「分子雲燃焼魚雷の管理は酸素魚雷を扱う技術を応用すればどうにかできることがわかった。それは酸素魚雷の使用を前提として設計された甲型駆逐艦、我々陽炎型と夕雲型が適任だ。朝潮型や白露型にも酸素魚雷を用いた経験のある艦があるのだが、もともとではなく改装した上なので魚雷を燃焼させるのには苦労しているようだ。かなりの確率でエラーが出る」
比叡が補足する。
「プラズマが発生すると周囲の分子が崩壊するので、分子雲のプラズマ化を段階的に行って魚雷のみに幽体化が起きるようにするのですが、その際に魚雷内部に酸素を注入する技術が役に立ちました。陽炎型や夕雲型の娘は慎重に酸素濃度を上げていくコツをつかんでいるので、ここでも覚えるのが早いです。ただ、他の型の娘はエラー反応が許容値を下回るのに時間がかかりそうです」
プラズマ化が失敗すると広範囲に影響が及ぶので事前にコンピュータで予測できるようにしたのですと比叡は付け加えた。
そして磯風が説明を続ける。
「だが我々陽炎型、夕雲型にも問題がある。わたしも含めて陽炎型は日米開戦直前に竣工したので、水雷戦の訓練が十分でないままで実戦に投入された。そしてあの戦いで水雷戦が行われたのは最初だけで、後は潜水艦と航空機相手の戦いがほとんどだった。つまり水雷戦をきちっと学んでいないんだ」
水雷戦の本格的な演習はレイテの戦いの前にリンガでやったのが最後だったなと磯風。
特型以来の試行錯誤をへて水雷戦に特化して設計された陽炎型だが、開戦になってからの任務は大型艦や輸送船の護衛だったんだっけ。
「戦争が始まってから竣工した夕雲型のやつらはもっとひどい。大して訓練もしないままで実戦に投入され、大して経験も積まないままで沈められた」
あの戦争については色々なものを抱えていそうな磯風。そして話が過去に向かいそうになったが
「つまり、吹雪たち特型駆逐艦に比べると魚雷の運用には長けているけれども、艦隊運動ではまだまだ課題があるということです」
話を過去から現在に戻す比叡。
「そして生まれ変わったわたしたちに与えられた新たな戦場、この異界特有の要素があります」
それを聞いて金剛ははたと膝を叩いて
「そうじゃった。そうじゃった。この異界の海はわしらが生まれ変わる前に航行した人間界の海とは全く異なるのじゃった」
ウォ―スパイトも金剛に同調して
「ええ、この異界の海は外宇宙からの物理現象が干渉してくるものね。それらが発生するタイミングと規模をシュミレートしながら航海するのはわたくしたちでも最初は難しかったわ」
「そういえばこの間、新しく着任した浦風がわしに挨拶に来てくれたが、あやつの個艦訓練は進んでおるのかの?」
比叡は微笑みながら
「ええ、今頃は外洋航行の訓練で川内型の三人にしごかれているところですわ」
浦風「うええーん! 金剛さんからもらったお小遣いで最新の航海計器そろえたけど全然役に立たなーい!...恒星風に次元震ってみんなどうやって航路を計算しているのぉ~~~」
川内「機械を使うな! 目を使え!」
神通「後ろにも目をつけなさい!」
那珂「でも目の下半分でちゃんと計器を見てね」
浦風「どうすればいいのぉ~(泣)」
比叡「...とまあ、こんな感じです」
金剛「ハハハ...苦労しておるのう。まあすぐに覚えるじゃろう。ああ見えても歴戦の駆逐艦じゃ」
説明を続けようとする比叡。彼女が指を振ると空中にスクリーンが現れた。
そこにはパワーポイントのような箇条書きが写し出される。
1. 魚雷の運用には長けているが水雷戦の艦隊行動には習熟していない艦
2. その逆。
3.異界での航海そのものに未熟な艦
「現在のところ1と2の集団に水雷戦の訓練を行っていますが、現時点の完成度は目標とする数値の6割行くか行かないかと言ったところでしょう。金剛姉さま」
「それで明後日の提督臨席の演習まで間に合うのかの?」
心配そうな表情の金剛。
「かなり心もとないのですが、期日までに訓練を繰り返すしかありません。わたしと榛名、霧島、それに扶桑、山城の五人でサンマータイムの法術をかけて演習を行う時間を増やそうと考えています」
そういった後で比叡は上目遣いに金剛を見て
「ところで金剛姉さま、イタリア艦やイギリス艦が分子雲燃焼魚雷の運用に興味を示しているそうですね。明後日の演習では観閲武官をおくりこんでくるのではないかと山城が言っていましたが」
「ん…? わしは聞いておらぬの。先ほどチェザーレと話したがそんな話は出なかったぞ。まあそういうことだから山城や川内たちには余計なことを気にせずに駆逐艦の訓練に専念するよう伝えるがよい」
金剛は何故か鼻に指先を当てながらそう言った。
「わかりました」と言って退出しようとする比叡。
そんな彼女にウォースパイトは声をかける
「今のスケジュールではまず問題点を洗い出す作業を中心に行うから、完璧を目指して無理な演習する必要は無いのよ」
比叡と磯風が司令部を退出した後で金剛は
「さて、明後日の演習で観閲武官は誰を送ってくるのじゃ」
自分のPCを開いてメールをチェックするウォースパイト。
「ええと…フランスは軽巡モンカルム、イタリアはさっきの軽巡ガリバルディ、トルコは防護巡洋艦ハミディエ、ギリシャは装甲巡洋艦アヴェロフ…わたくしたちロイヤルネイビーは軽巡オライオンを派遣するとマレーヤからメールが来たわ。進化しつつある海生モンスターへの対抗兵器だからみんな注目しているのね」
わたしは空いた口がふさがらなかった。
「こ…金剛…キミはさっきは観閲武官は来ないと言っておいてその舌の根も乾かないうちに…」
わたしの戸惑った顔を見ても金剛は動じずに
「ああその事か。わしが明後日の演習に各国が観閲武官を送るとバカ正直に言うてみろ。比叡はその事を日本艦の皆に伝えざるを得ない。そうするとじゃな、山城や川内たちは帝国海軍の恥ずかしいところを見せるなとばかりに駆逐艦どもを無理にシゴく。そして行き着くところは昔の演習のような殉職者が出る大事故じゃ。だからわざと伝えなかったのじゃ」
「し…しかし…キミは大切な妹に嘘をついたことに…それでいいのかい?」
「ほれ、わしが比叡に話すときに鼻に指をつけたじゃろ。あれはこの話はウソという野球のブロックサインのようなものじゃ。直接言葉で伝えたわけでは無いから比叡も自分は聞いてなかったと堂々と言えるわけじゃ」
するとウォースパイトも
「わたくしも今の段階では完全にしなくても良いと比叡に伝えたけど、彼女はわかったかしらね」
わたしは主力艦たちの腹芸に口をあんぐりするばかりだった。多くの人間模様を見てきた彼女たちは違うなあ…
とはいえ比叡に心理的負担をかけさせない上にいざという時は自分が悪者になるよう取り計らった金剛。やはり比叡は彼女にとって大切な妹なのだ。
そんな事を考えているわたしに金剛は
「ほれ、観閲武官派遣に関する命令書じゃ。これは各国艦同士のやり取りだからお主のサインがいる。それと駆逐艦が新型魚雷を使いこなすための覚醒にはおぬしの力が必要になるかもしれぬ。よろしく頼むぞ」
わたしはサインした後、金剛たちの駆け引きに気を当てられたせいか、外の空気を吸いたくなった。
甲板に降りてみると向こう側で磯風が出航の準備をしているのが見えた。
そうだ、駆逐艦の能力開発にはわたしが必要だという事だ。彼女たちを理解するために磯風と話してみるのもいいかもしれない。
磯風は駆逐艦磯風の甲板で九二式四連装発射管を整備していた。
「なかなか精がでるね」
とわたしは声を磯風にかける。
磯風の許可を得てわたしは戦艦金剛から駆逐艦磯風に乗り移る。
わたしの手を掴んで乗り移るのを手伝ってくれた磯風は言った。
「ああ…明後日の演習では各国の観閲武官が来るからな。きちんと整備しておかないと…」
え? 磯風は気付いている?
わたしの表情から内心を読み取ったかのように首を振る磯風
「やっぱりそうか。金剛さんと比叡さんの様子がどうもおかしいと思っていたんだ」
わたしはなけなしの自制心を総動員して黙ったままでいる。
「あの戦争では色々と無茶な作戦に駆り出されてね。命令を伝えに来る参謀どもの顔色を読むクセがついてしまったんだ。だが金剛さんの心遣いはありがたい。このことをうちのヒスおばが知ったらどういうことになるか火を見るよりも明らかだからな。口外はしないから安心してくれ」
戦争という極限の状況における上と下の腹の読みあい、駆け引きには「は~」という感想しか出てこない。
「ちなみにヒスおばとは誰のことだい?」
磯風は笑うだけで答えなかった。誰だろう?
「司令、手持ち無沙汰だったら魚雷発射管に異常は無いか確認してくれないか」
わたしは魚雷発射管の覆いを開けようとしたが、女性の衣服…いや駆逐艦の構造には詳しく無いせいで間違えて艦尾の覆いを上げてしまった。
さすが堀元美『駆逐艦』で日本海軍の駆逐艦の最終結論と書かれている陽炎型。艦尾の折れ角を付けた鋭いラインには思わず見入ってしまう。いや見るだけではなくて引き締まった艦尾をさわってしまう。
「さすが、リベットだけではなくて電気溶接で建造された船体はスベスベだあ~」
つい声に出してまで旧日本海軍の技術の素晴らしさを堪能してしまう。
ふと気付いたら磯風の顔が凍るような冷たい表情になっていた。
磯風はわたしの手を取るとそのツボに圧力をかけた。わたしがビクッとした隙に彼女の合気が決まってわたしは甲板に座り込んだ
わたしを見下ろした磯風は厳しい声でこう告げた。
「問おう。あなたはわたしたちの指揮官か?」(続く)
磯風「司令....笑ってるうちにやめよう....な」
後書き
磯風「まったく! 何て男だ! 今度の司令ときたら! プンプン」
雪風「磯風ー! 何を怒ってるのー?」
磯風「ああ雪風、それにジャーヴィスか。かくかくしかじか」
雪風「あー。司令ってば。よりにもよって磯風に悪戯しちゃったんだね」
ジャーヴィス「艦によってプライベートゾーンは違うってヴァリアントさんに教えてもらったばかりじゃない。まったく面倒見きれないわね」
雪風「んー…司令もどうせ悪戯するなら雪風にしてくれても良かったのにね。最後まで遊んであげるのに」
ジャーヴィス「いや、あんたみたいに堂々と言われても…わたし? わたしは喉元を撫でられるぐらいならいつでもOKだけど。でもそれ以上は心の準備がいるわね」
磯風「お前たちは一体何の話をしてるんだ? わたしは船体をさわられたことを言ってるんだぞ」
ジャーヴィス「ゴホン! そうね! 船体の話だったわね! ホントにアドミラルったら!」
磯風「話を戻すとあの司令は文科の出身らしいな。わたしは学徒上がりの士官は好かん!」
雪風「あー思い出した。確か磯風のところで予備士官がもめ事起こしたんだよね」
磯風「そうだ。軍務もできないくせに自惚れの強い男でな。虚勢を張って時と所をわきまえずに兵を殴っていたので、下士官たちの闇討ちにあって退艦させられたんだ」
雪風「んー。あの人たちは軍隊に慣れていないから仕方ないよ。大学出ということで士官に選抜されたので下士官の人たちからの妬みを買っていたのかも知れないね。雪風のところはみんなで協力して手助けしていたよ。早く軍隊に馴染めるようにね」
ジャーヴィス「わたしは良く知らないけどそんなに見境無しに兵を殴るんだったら、医者に見せたほうが良かったんじゃない。いや、いるのよ。生死の重圧と閉鎖的な艦内の生活に耐えられずに気がおかしくなるヤツ。わたしたちロイヤルネイビーでは精神科医がやってきたわ。治療といっても睡眠薬処方すればいい方だったけど」
雪風「んー。帝国海軍ではそういう事はやらなかったね。そもそも心の病気に詳しい軍医さんなんていなかったなー。そういえばこの間、金剛さんと比叡さんが精神医療の勉強会を日本艦でやろうかって話していたけど」
磯風「ヒスお…いや山城さんは神経衰弱なんて心の風邪だから気合いを入れれば治るって言っていたな」
ジャーヴィス「うわー。山城さんって戦艦でしょう? 一国の主力艦がそんな下士官みたいな発想だなんて……ねえ、大丈夫? あんたたちのところ」
雪風「心配しなくても大丈夫だよ……大丈夫かな…ちょっと大丈夫じゃないかも知れないねハハハ…」
磯風「戦争が終わって80年たっても組織の体質は変わってないということだな」
ジャーヴィス「ちょっとちょっと。最近になって人間界でもこの異界でもわたしたちロイヤルネイビーとインペリアル・ジャパニーズ・ネイビーは同盟を復活させたんだからね。同盟国の足を引っ張る真似だけはやめてちょうだい」
磯風「あ、比叡さんから出航の信号が来た。機関を始動させなければ」
雪風・ジャーヴィス「「それじゃあまたね」」




