18. アドミラルの操艦トレーニング(艦橋の上の儀式)
豊穣の儀式は食物の豊富さや子どもの誕生を確かなものにするための魔術的・宗教的な儀式である。植物の誕生・再生・死を象徴する大地の女神の神話が神聖な劇で演じられる時は最高の儀式となる。また、収穫や出産を祈る時は男性器の呪物化や儀式的な売春という共感魔術が行われる…(https://www.infoplease.com/encyclopedia/religion/other/general/fertility-ritesの一部を要約)
わたしは戦艦金剛のフカフカのベッドの上で目を覚ました。すると部屋の中にはいつもよりもはりつめた空気が漂っている。
妙だなと感じたが、今日からわたしの操艦トレーニングがはじまることを思い出した。
ここはいわば彼女の腹の中。わたしを提督として鍛え上げようとする真剣な意志が艦内の空気を通して伝わってきたようである。
机の上に目を向けると「艦橋の上にある主砲射撃指揮所で待つ。金剛」という紙片が置いてあった。
それを読んでわたしは内心でウワーッと声を上げた。
主砲射撃指揮所といえばパゴダマストの最上階にあたる場所だ。砲撃の照準を定めるための巨大な10メートル測距儀が置いてある。
第二次大戦時には部分的にレーダーを導入していたとはいえ、最後まで光学観測による砲撃にこだわった旧日本海軍だ。
できうる限り遠方から敵を砲撃するため、目標を観測する主砲射撃指揮所はかなり高い場所に設けられている。確か金剛の場合は昭和12年の第二次近代化改装で30,000メートル以上の遠距離砲戦能力を持つようになったはずだ。
そのため艦橋は昔の城郭を思わせる堂々とした建造物になっている。城郭と言っても戦後に再建された名古屋城のようにエレベーターがあれば上に行くのは楽なのだが、金剛は第一次大戦前に竣工した旧型艦だ。大和や武蔵とは異なりエレベーターなんてものはない。
わたしは階段をえっちらおっちら…頂上に向かうにつれて階段は狭く急になって行き、何度か足を踏み外しそうになった挙げ句、ようやく屋上にある主砲射撃指揮所にたどり着く。
朝の陽の光はまぶしかったが防空指揮所に併設された主砲指揮所は狭い空間なので金剛の姿がすぐに見えた。
金剛「ん? どうして帝国海軍はこんなに艦橋を高くしたのかじゃと? ほれ、猿とナントカは高いところが好きというじゃろ」
戦艦金剛の艦橋(https://x.com/Fusoteitoku/status/1876175670411452722/photo/1)
金剛「ん?提督? これはいつの時期の艦橋かじゃと? 思い出すからちょっと待っておれ。うーむ....昭和12年のものじゃな」
雪風「金剛さん、羽織のたもとに本が入ってますよ。『日本の戦艦 軍艦メカ1』光人社刊...またカンニングですか?」
金剛「わしの艦橋は建て増ししたり設備を取り付けたりで15回以上姿が変わって居るからの。実を言えばよく覚えておらぬのじゃ。自分の事なのに他人の書いた本に頼らねばならぬとは歳は取りたくないものよ」
金剛は対空見張り用の21号電探を修理していたが、登ってきたわたしに気がつくと
「よく登って来たのう。ここなら邪魔が入らぬからのう」
そしていたずらっぽく笑って言った。
「ではこれから下に降りてもう一度登って来てもらおうかの」
わたしが半ばやけっぱちでもう一度下におりようとすると、金剛は
「怒るな怒るな、冗談じゃ。じゃが、真に受けてムキになるようではまだまだ余裕が無いのう、提督よ」
そう聞くやわたしは足を止める。そして余裕が無いという金剛の言葉を反芻してやや自分を取り戻す。
「いや、ぼくも一瞬カッとなってしまったがやはりジョークにはジョークで返すのが指揮官の余裕ってことなのかい? 金剛」
金剛はわたしにカルピスを差し出して言った。
「その通りじゃ。兵士には兵士の、提督には提督にふさわしい鍛え方があるのじゃ。虎の子の機動部隊が壊滅したという通信が入っても平然と将棋をうてるようになるまで胆力を鍛えるのが提督というものなのじゃ」
確かミッドウェーの山本五十六の逸話だったっけ…わたしが記憶から取り出していると金剛は
「じゃから今のおぬしのように最上階まで登って疲れたぐらいで平常心を失ってはいかんのじゃぞ」
…金剛の言葉にハッとなるわたし。そうだ、まだまだわたしは新米の未熟なアドミラルなのだ。
すると金剛はそんなわたしを見て
「わかってもらえたようじゃの。まあ、あまりシゴキすぎて実戦で力を出せなくなったら本末転倒じゃ。準備運動としてはこれくらいで良いじゃろう。でははじめるか」
わたしは金剛に復習を兼ねて確認する。
「君たちが艦を動かすには自分たちの意志で行うオートマと人間の手によるマニュアルがあるんだよね。そして人力で動かすと言っても今の君たちはエンジンの始動と操舵だけだと聞いたが」
「そうじゃ。さらに説明を加えよう。オートマはわしらの意志を艦内各部の機器に通して行うのと同じく、マニュアル操艦も提督がわしらと心を通じ合うことで行う」
「心を通じ合う…?」
わたしはおうむ返しに聞く。
しかし心を通じ合うといっても抽象的すぎてわかったようでわからない…仕方がないので金剛に聞く。
「それで僕は具体的にどうすればよいんだい?」
「さあ、どうすれば良いのであろうの。それはおぬしが自分で考えるのじゃ」
…まるで禅問答だ。夏目漱石の『門』や海音寺潮五郎の『天と地と』で参禅した主人公が公案を出題され、あまりにも抽象的な語句を自分の内的体験として言語化するのに苦しんでいたのを思い出す。
わたしが悩んでいるのを見て金剛は
「一つ手がかりを出そう。わしとおぬしの心は既に通じておる。わしを動かすにはあと一押しじゃな」
ますます頭の中が混線する。わたしは思考を整理しようとして一休さんのように座り込む。ポクポクポク...
そんなわたしを見て金剛は仕方ないのといった風情で
「提督、軍人は思案よりも行動あるのみじゃぞ」
それでもわたしは静座して思索を続ける。
…二人の心は通じ合っている…後一押し…行動あるのみ…そして人間とウォーシップスの絆…そうだ絆こそがこのマニュアル操艦の本質だ。そしてそれを行動によって現実のものにしなければならない!
わたしの頭の中で何かがチーンと鳴って思考がつながった。
わたしは金剛に近づいて彼女の両肩に手を回すとゆっくりと二人の身体を重ね合わせた。
金剛はわたしの行為に抵抗することなく
「そうじゃ…これが生まれ変わったわしたちと人間との絆なのじゃ…」
わたしが次に進もうとすると金剛はわたしの手を押さえ
「まだまだじゃ。まず始めるのは機関部の暖気じゃ」
「…機関部の暖気?」
「そうじゃ…わしらの機関部は急に火がつくと熱膨張を起こして亀裂が入ってしまうからの…その前に機関科の士官下士官は念入りにわしを温めてくれたのじゃ…」
「そ…そうなんだ…こんな感じかな」
わたしは手を回して金剛を擦りはじめる。
「ダメじゃダメじゃ」
金剛はイヤイヤをするように首を横に振った。
「フネのコンディションはのう…気温、ボイラ水の水質…その他色々な理由で機関に火がすぐに付いたり付かなかったりと同じではない。それに合わせて人間たちがやり方を変えるのじゃ」
わたしが不器用な手であちこち場所を変えて擦ったりつついたりしていると金剛は…
「ええい! おぬしは下手くそじゃの! まずは甲板掃除からやり直しじゃ!」
金剛は後甲板を覆っていたリノリウムを取り外して艦の素肌を見せる。
「さあ、丁寧に…そして優しく掃除するのじゃぞ。わしの現役時代は大勢の水兵が甲板士官に怒鳴られながら雑布でピカピカに磨いてくれたがの。力を入れすぎて掃除が終わった後はヒリヒリしてたまらなかったわい」
金剛「さあ、わしの後甲板をきれいに掃除するのじゃぞ。人間のおなごの肌をいたわるように優しく...な」
そ…そうか…ではなるべく優しく…と言ってもタオルを使ったら乾布摩擦になってしまう…よし
わたしは金剛の後甲板に口をつけると舌で汚れを取りはじめた。船体を刺激しないようにゆっくりと…そしてねっとりと…
「ひゃぅぅん!」
金剛は驚いたように叫び声をあげた。
「い…痛かったのかい? ほ…他のやり方で甲板掃除を」
「い…いや…大丈夫じゃ…このまま続けておくれ…」
わたしはさらに舌を使って念入りに汚れを取る。
「ふぁぁん…ふぁっ…ふぁぅ…」
舌で表面の甲板に触れているだけだが、それでも艦の深奥にある機関部が暖まってきているのを感じる。
「あふっ…んぅっ…ふあ…後甲板の汚れはもう拭えたようじゃ…次は前甲板を…はよう…」
金剛の船体を返すとわたしの前に前甲板があらわとなった。今度はやり方を変えて唇を付けたり離したりする。
「ふぁう…ふぁぁぁつ…良いぞ提督…おぬしはとても上手じゃ…ン!ンン…この際じゃ…主砲の動作も確かめてくれ…」
わたしは金剛の主砲を手のひらで優しく掬い上げたり下ろしたりする。そのたびに二門の主砲の砲身は仰角一杯に上がったり下がったりを交互に繰り返す。
そして主砲の砲口をそっと咥える。もう一門の砲口を人差し指の腹を使ってなで回す。
「あぁ…提督…おぬしという男は…はぁふ…」
…そのうちに濡れたような感触に気がつくと私たちの座っている床に黒い液体が溢れている。
妙な匂いがするが…これは石油の匂いだ。
「タ…タンクの油が逆流してきたのじゃ…て…提督…その油を吸い取っておくれ…」
「だ…だけど…これは石油じゃないか…」
「提督……わしを信じておくれ…おぬしに嫌な思いはさせぬ…」
確かに金剛がわたしを傷つけるようなことをするわけが無い。しかし…石油の匂いはますます強くきつくなっていく。
わたしがためらっていると金剛は
「は…早く吸いとっておくれ…ご…後生じゃ…」
金剛を信じてわたしは鼻をつまむような心持ちで石油を口で吸った。チュルチュルチュル…
その瞬間、黒い石油は金色の甘露に変じた。あまりの甘さにわたしは必死になって吸い取り、一滴も残すまいと必死になって舐め取る。
それが終わると金剛は感極まった声を上げて後ろにのけ反った。
しばらくすると金剛はとろんとした目で
「提督…おぬしはわしを信じて無理な頼みを聞いてくれたの…正直言っておぬしが聞いてくれぬのではないかとわしは怖かったのじゃが…でもこれで二人の絆は深まったぞ…」
わたしはぐったりしている金剛の頬に手を当てながら
「最初は驚いたし正直言ってためらいもした。でも金剛がボクを傷つけるはずが無いと思ったんだ」
金剛はうなずきながら
「そうか、そうか…いやお主にならわしの舵取りを任せられるのう…いやお主の操艦なら座礁しようが転覆しようがわしは本望じゃぞ」
そう言い終えると金剛は
「さあ、ボイラーの暖気は完了した。今から機関部を始動して出航じゃ。提督、おぬしが持っておる生命のスティックをわしの船体のコネクタに差し込むのじゃ」
わたしはスティックをコネクタに差し込もうとするが、なかなか嵌まらない。
金剛はわたしの手をそっと掴んで導くとスッと中に入った。
「生命のスティックは嵌め込むのが難しいのじゃがはまるときはスッとはまるのじゃ。人間の男女の仲と同じじゃの」
わたしが嵌め込まれたスティックをさらに深く差し込むと金剛は目を閉じて「んぁぁん」とうめき声をあげた。
「大丈夫かい金剛? ボクが力を入れすぎた?」
「はぁ…だ…大丈夫じゃ…あぁ…は、入ったかの」
「ああ、しっかり入っているよ」
「よ…よし…そのままスティックをリズミカルに通根抜根させて機関部を始動させるのじゃ」
わたしはコネクタの中に入ったスティックを強弱をつけて深く入れたり揺さぶったりする。
ちょうど自動車のイグニッションをかけるようなものだと考えることにした。
そのたびに金剛は
「んふぅっ…スティックを通じておぬしの心がわしの奥まで伝わってくるぅっ…わ…わしは嬉しいぞぉっ…あふぅっ…もう少しじゃ…もう少しで機関部の出力がぁっ…あぁっ…ふぁっ…ふぁぁぁっ…んぁぁぁぁっ…あああぁああぁああ…」
金剛が半泣きになって声をあげると同時に、戦艦金剛に神話の力が満ちる。船体が金色の光で輝き、エンジンが力強い唸り声を上げた。
そして、艦は戦闘速度で港を出航する。
「はぁっ…はぁっ…何の異常もなく出航できたようじゃな…」
脱力してわたしにもたれ掛かりながら金剛は呟いた。
わたしは彼女を抱きしめて頭や背中を撫でながら尋ねる。
「このまま予定していた航路を進むの?」
「そうじゃ。コネクタに入ったスティックを深く入れれば増速、浅く引けば減速じゃ。コネクタの内部で右に傾ければ面舵、左に傾ければ取舵じゃ。このままやって見るがよい」
こうしてわたしはしばらく操艦を行った。
わたしが舵を切るたびに金剛は甘やかな声をあげて身体をよじらせる。
「ふぁぁあん...て...ていとくよ...おぬしのかじ取りに身を任せている今....わ...わしは羽化登仙の境地じゃ...ずっとこの日を待っていたのかも知れぬ...」
陶然とした表情の美女を腕に抱きつつ、艦橋の上から大海を睥睨して戦艦を操る。
まるでB級ハリウッド映画のマッチョヒーローみたいだが気分は悪くない。むしろ爽快だ。
ポスドク時代は交際する女性もおらず、図書館と自宅のパソコンとの往復だけだった。その時は異界で海の男になるなんて考えもしなかったなあ。
しかし安っぽい男の夢に浸っていられたのはごく僅かの時間だった。思い出したように仙境から戻ってきた金剛が本腰を入れてわたしのトレーニングを始めたのだ。
「ほらほら提督、両舷前進原速黒15…続いて減速赤10。どうした、どうした、もっとストロークを効かさねばこの波は切れぬぞ」
わたしに抱かれたまま鬼教官と化す金剛。両足を開いてがっちりわたしの腰をホールドしているので、ひと休みしようにもできない。
「ほらほら、後方から追波が来てフネが転覆するぞ。そういう時はの、スティックをコネクタの中で円を描くように回せばブローチングを回避する力が発動するのじゃ…んふぅっ…そうじゃ良くできた。今の呼吸を身体で覚え込むのじゃぞ」
こうして午前中いっぱいの時間をわたしは身体を使ったので精根尽き果て、逆に金剛は若返ったように艶々として基地に戻ったのだった。
男の夢をかなえさせてもらったとはいえ、少々不公平ではないかと艦橋を降りながら考えていると、金剛はそんな顔色を読んだのか
「怒るな怒るな。いつでもどこでも平常心じゃぞ、提督」
そしてニヤッと笑うと
「だからわしは言うたじゃろう。提督には胆力が必要だとな。おぬしもここを鍛えるのじゃぞ」
金剛はそう言ってわたしの下腹のさらに下をポンと叩いた。
執務室に戻るとそこにはウォースパイトが待っていた。勝手知ったる他人の家では無いが、この二人は互いの艦に入るのにもはや隔意は無くなっている。
ウォースパイトは満ち足りた金剛の顔を見ると
「マイアドミラルの操艦トレーニングは成功したようね、金剛シスター」
「うむ性交したぞ…おっとこれはいかん、OSの変換ミスじゃ。とんでもない漢字になってしまって世間の誤解を招くわい」
ウォースパイトは「もう! 気をつけてね」と言って持参したティーセットにお茶を入れて金剛とわたしに差し出す。
「何はともあれ二人ともお疲れさまでした」
「ウム、ウォースパイト、わしは久しぶりに人間に操艦される歓びを味わったぞ」
「そんなに上手だったの? マイアドミラルのテクニック」
それこそ世間様が聞いたら誤解しそうな会話をしている二人。
わたしの不審の表情に気づいたウォースパイトは軽く咳払いをして
「マイアドミラル。今の操艦の儀式というものは、妙な方向に深読みするタイプの神話学者や文化人類学者が見たら性愛のメタファーと誤解するかもしれません。ですが、それ以上の意味があるのです」
「それ以上の意味だって? 僕は艦を操るだけだと思っていたが…」
「いいえ。これはブリテン島の古儀式に従ったものです。」
何やら歴史を持ち出すウォースパイト。彼女たち生まれ変わったウォーシップ(ス)は神話の力でアカシックレコードにアクセスできるので、現代人の記憶から既に失われた歴史に精通している。
「ロングロングアゴォ…まだブリテン島にフリスティーアクト…ナザレのイエスの教えはおろかローマ人の文明がもたらされるはるか以前からの伝統ですわ。マイアドミラル。
「我が故郷たるブリテン島は狭い島国にも関わらず内戦が絶えなかったことは歴史に詳しいマイアドミラルならご存知かと思います」
わたしは記憶を広い集めながら答える。
「歴史時代をあげてもアングロサクソン七王国とデーン人の戦争、ノルマン人の征服、ばら戦争、イングランドとスコットランド、そして現代でもIRAの武装闘争があったね」
「はい…それは記録が残っていない遥か昔も同じです。ですが、何十年あるいは何百年かに一度、ブリテン島を統一する英雄が現れました。その英雄が牡鹿王として即位する時、ブリテン島に黄金の秋をもたらす大地の女神と婚姻を結んでとこしえの平和と繁栄を誓ったのです」
女神と婚姻なんて何だか神話学のようになってきたな…と考えるわたし。
「その誓いの儀式は大地の女神の意志を体現する湖の貴婦人たちと、牡鹿に扮した英雄が交わることでした。これは性愛ではなくて豊穣なる大地と人間とが絆を結ぶメタファーなのですわ」
「つまりただのエロチックでは無くて聖別された男女の交わりというわけなんだ。仏教でいえばセックスという破戒を反転させた力でマハームドラーの境地にいたる後期密教に似ているね」
「その通りですわ。さすがご理解が早くて助かります。この慣習はアーサー王伝説にも伝わっています。ただ、そこでは牡鹿の角は聖剣エクスカリバーに、湖の貴婦人との交わりは王と魔女の近親相姦に形を変えましたが」
「ああ、モルガン・ル・フェイはもともとは大地の女神の意志を体現する巫女だったんだね」
「はい。現代の神話学者は歪められた伝説だと解釈するかもしれません。ですが、物事は本質を変えず形相を変えて循環する…これは大地の女神の教えです。マイアドミラルがわたくしたちを操艦するのも大いなる循環の一部なのです」
金剛が茶目っ気たっぷりに言う
「まあそういうわけじゃ。これはただの助平をもっともらしい理屈でごまかそうというわけではないぞ」
「金剛シスター!!」
ウォースパイトに怒られて「いや失言じゃった、失言じゃった」と頭をかく金剛。
…いったい何度目だろう。この景色を見るのは。
金剛は話を続ける。
「と言うわけで、これからは毎日一日の半分は操艦の訓練じゃ。もちろんわしだけではなくてたくさんの艦に乗ってもらう。鉄は熱いうちに打て!! じゃ!!」
たくさんの艦に乗るという言葉を聞いてわたしは
「すると他の戦艦や重巡、軽巡、空母、駆逐艦、海防艦、フリゲートやコルベットも?」
「そうじゃ。艦種によって操艦のやり方は異なるからの。わしらの提督として多くの艦を操ることが必要なのじゃ」
「ウォースパイトの格調高い神話論に比べるとあまりにも下世話な質問で気がひけるのだけど…船の精霊は嫉妬深いと何かの本で読んだことがあるんだ。ある艦に乗ったらすぐ別の艦になんてドン・ファンのようなことをしていいのかい?」
するとウォースパイトが
「あら、マイアドミラル、わたくしたちは人間の女性とは違います。自分と違う艦に乗ったり操艦したりしてもジェラシーを感じることはありませんわ。ただし…」
ただし…?
ウォースパイトは急に白面になってわたしに釘をズブッと刺した。
「人間の女性に心を移した時は…」
「移した時は…ど、どうなるんだい?」
金剛が怖い顔をして言った
「もし提督が人間のおなごに手を出したらのう。その時は軍規違反で即決の軍事裁判じゃ。もちろんわしはおぬしの弁護人になってやるがそれでも死一等を減じて名誉の自決じゃな」
わたしはあまりの言葉にうろたえて
「じ…自決って…むかし、226の青年将校を演じた萩原健一が銃口を咥えて何度もためらったあげく無理やり引き金を引くシーンが生々しかったのを覚えているが…」
「あの連中と違って提督の階級章を剥ぎ取ることはせぬからそれだけでも恩情じゃぞ。もちろん提督一人を行かせはせぬ。そうなったらわしも自沈してすぐに後を追うわい」
わたしが一瞬絶句すると金剛は
「まあそうならないよう提督には身を謹んで欲しいということじゃ。最近はプラムの病もまたぞろ流行っておるようじゃな。マッチングアプリなんぞで得体の知れぬおなごに手を出すよりもわしらで我慢せい。さあ、昼食とするか」
昼食はウォースパイトが持ってきた熱いコーヒーと香ばしいヒナ鳥の肉が入ったクラブサンドイッチだった。
「しっかり食べるのじゃぞ、提督。これからは体力をつけてもらわなければならぬからのう」
「それでこれからはどのウォーシップに乗艦してもらおうかしら? 金剛シスター?」
「そうじゃのう…やはり艦によって違うからのう…今の時代でいう個性というヤツじゃな。それで行くと大和や矢矧のようなネンネはよしたほうが良いのう…そして摩耶のようなジャジャ馬もダメ…」
「ふふふ...なかなか難しいわね」
とウォ―スパイト
「まあまずは戦艦が基本じゃな。中でも二度の大戦にわたって海上の女王として君臨した超ド級戦艦・巡洋戦艦の操艦に習熟してもらわねばならぬ。自分のことを持ち上げるのは気が引けるが、わしらは大国間の抑止力としての重鎮だった。戦後は航空機の発達や核兵器の開発で無用の長物となってしまったが、それでも海軍の歴史を知るには重要な艦種じゃ」
「極東や太平洋に派遣されて帝国の権益を守った巡洋艦も重要なのだけど....そうね、まずは戦艦かしら」
と考え込むように言うウォ―スパイト。
そうだった。大英帝国は世界中に植民地や同盟国等の権益を持っていたから、装甲や火力を犠牲にして航続力を高めた巡洋艦は帝国の勢力圏を維持するのに大きな役割を果たしたはずだ。有名どころではベルファストは第二次世界大戦末期に極東に派遣され、戦後も日本や香港に長くその姿があった。閑話休題。
そのようにわたしが考え事にふけっているとそれは金剛の声で中断された。
「それでは次はウォ―スパイトに乗ってもらおうかの」
「え...ええ...わかったわ。マイアドミラル、わたくしでよろしければお相手を務めますわ」
すこしためらうように言うウォ―スパイト。
「それでは決まりじゃな。提督、さっそくわしのフネからウォ―スパイトに乗り移るが良い」
そして金剛はわたしの耳に口を近づけて
「提督、操艦のやり方はそれぞれの艦によって異なる。ウォ―スパイトはちと厄介じゃがよろしく頼むぞ」
ウォ―スパイトがわたしたちのほうを見ているのに気づいた金剛はわたしの背中をドンと押して
「それでは洋上に行ってくるがよい! 夕食を用意して待っておるからの!」
戦艦ウォースパイトは甲板から中の船室まで清潔感に満たされていて人間となった彼女の几帳面な性格を表しているようだった。
わたしをウォードルームwardroomに案内したウォースパイトは着替えてきますからしばらくここでお待ちになって下さいと席を外した
ウォードルームは彼女が生まれ変わる前ならたくさんの士官が詰めていたのだろうが、現在ではバル・ルームのようになっている。戦艦なのにバル・ルーム?
「このウォードルームを片付けて社交の場として使えるようにするつもりでしたが、艦内は手狭ですのでリッチモンド公爵夫人の舞踏会のようになってしまいました。1814年、ブリュッセルでのリッチモンド公爵夫人主催の舞踏会に出席したウェリントン公はフランス軍がカトル・ブラに進軍したとの報を聞き、その場から直接戦場に向かってウォータールーでナポレオンを破ったのですわ」
リッチモンド公爵夫人の舞踏会(The Duchess of Richmond's Ball (1870s) by Robert Alexander Hillingford.
https://en.wikipedia.org/wiki/Duchess_of_Richmond%27s_ball#/media/File:The_Duchess_of_Richmond's_Ball_by_Robert_Alexander_Hillingford.jpg)
ウォ―スパイト「これが1815年6月15日、ベルギーはブリュッセルでリッチモンド公爵夫人シャーロット・レノックスが主催した舞踏会よ。グレートブリテンの歴史においてもっとも有名な舞踏会と言われているわ」
霧島「出席している男性は軍人がほとんどのようね」
ウォ―スパイト「ええ、ウェリントン公爵の軍隊に所属していた高級将校のほとんどが出席したわ」
金剛「やっぱりわしの故郷の英国だけあって華やかな舞踏会じゃな」
ウォ―スパイト「でもこの舞踏会に出席した軍人の多くはウォータールーの戦いで傷つき、戦死したの。華やかな舞踏会の後に待ち受けている死...人間の運命について考えさせられるために多くの作家や芸術家にインスピレーションを与えたのよ」
霧島「メメント・モリ...汝、死を忘るるなかれ...か。わたしも戦艦の魂をもつものとして考えてしまうわ」
金剛「しかしリッチモンド公爵夫人は英国の貴族婦人じゃろう。という事はベルギーで開催されたこの舞踏会の会場は彼女の邸宅では無いということなのかの。それによく見たらホールも狭いのう」
ウォ―スパイト「いい質問ね、金剛シスター。それを今から解説するわ」
舞踏会の開催地(The coach house, proposed by Sir William Fraser in 1888 as the likely location of the ball.
https://en.wikipedia.org/wiki/Duchess_of_Richmond%27s_ball#/media/File:The_Duchess_of_Richmond's_ball_(the_coach-maker's_depot).jpg)
ウォ―スパイト「第4代リッチモンド公爵チャールズ・レノックスはナポレオンの侵攻に備え、軍を率いてベルギーに駐屯していたの。リッチモンド公爵夫人シャーロットも夫の赴任地に同行したのね。公爵一家はブリュッセルのサンドル通りに土地を借りて住んでいたのだけど、舞踏会の会場は...その...馬車小屋を改装したと言われているわ」
霧島「これが華やかな舞踏会の会場のもとの姿...何だか見てはいけないものを見てしまったという感じね」
金剛「しかしこのようなみすぼらしい小屋を短い時間で舞踏会が開催できる場所に仕立て上げたのじゃな。そのシャーロットという御仁はかなりのやり手と見たぞ」
ウォ―スパイト「リッチモンド公爵夫人もスコットランドの名門ゴードン公爵家の出身よ。彼女の子孫があのプリンセス・ダイアナにつながるから、次のユナイテッド・キングダム国王のご先祖ということになるわね」
金剛「そしてこの舞踏会に出席したウェリントン軍の将星は、フランス軍がカトル・ブラに進出した報を聞いて戦場に旅立つということか...いかにも悲劇的な逸話なのじゃが...わしが思うに...押しの強い公爵夫人から招待状を送られてみなイヤイヤ出席したのではないか? ナポレオンが出馬したという報を聞いて内心ではホッとしていたのでないのかのう?」
ウォ―スパイト「.....」
霧島「それも歴史の真実かも知れないですわね、金剛お姉さま」
いつの間にか着替えてきたウォースパイトがわたしに説明を加える。彼女が来ているのは白を基調としたイブニングガウンだ。
「ワーテルローの戦いの前に行われたリッチモンド公爵夫人の舞踏会なら映画で見たことがある。確かクリストファー・プラマーがウェリントンを演じていた。そこで写されたスコットランドのハイランダーのダンスが印象に残っているよ」
「あら、その映画のゴードン・ハイランダーズ連隊のダンスは史実に沿ったものですわ。お望みなら再現してみましょうか?」
ウォースパイトか指を軽くならすとどこからともなくスコットランドのバグパイプの音楽が鳴り響いてきた。
そしてわたしの目の中のホールの景色がぼやけたので目をこするとそこにはタータンのキルトを着たハイランダーの兵士たちがステップを踏んでリール・ダンスを踊っている。
しばらく踊っていたハイランダーたちは連隊の行進曲Cock o' the North に乗って会場から整然と退出していった。
ふと横を見ると会場の中にはウェリントン公に扮したクリストファー・プラマー、リッチモンド公爵夫人に扮したヴァージニア・マッケンナをはじめとするイギリスの将星や名流婦人令嬢が居流れている。
わたしはウォ―スパイトが魔法で創ったイリュージョンがあまりにも真に迫っていたので自分が昔見たあの映画の登場人物になった錯覚に陥った。その見事さに思わず感嘆の拍手を送る。
するとウォ―スパイトがわたしに片手を差し出して
「さあマイアドミラル、わたくしと踊ってくださいます?」
ウォ―スパイト「さあ、二人だけの舞踏会ですわ」
「えっ? しかしこれから操艦訓練じゃないのかい?」
わたしの疑問にウォ―スパイトは微笑みながら
「ロイヤルネイビーのウォーシップのエンジンを動かす時はわたくしたちとダンスを踊って頂きますのよ、マイアドミラル」
日本艦金剛を操艦した時はエンジンのゼンギ…では無くてダンキ…暖気するためには甲板掃除をさせられた。
それがイギリス艦ウォースパイトではダンスとは…所変われば品変わるものだ。
しかしわたしはダンスなんてしたことがない。それをウォースパイトに話すと
「大丈夫。まずは簡単なチークダンスからはじめましょう。最初はわたくしがリードさせて頂きますわ」
回りには舞踏会のイリュージョンが出現し、ゆっくりとした音楽に乗ってダンスが始まった。
わたしは片方の手でウォースパイトの手のひらを握って持ち上げ、片方の手を彼女の腰に回し、自分の頬を彼女の頬にピッタリとくっつけて踊り出す。
踊りながらウォースパイトの肌の温もりと香りを感じる
そして二人の身体とリズムを合わせながらダンスを続けていくと夢のような気分になって行く。
それはウォースパイトも同じだったようだ。彼女の頬が紅潮すると暖まったエンジンの熱が足元から伝わってきて、彼女が陶然とした表情になると艦は微速で前進を始める
そのまま艦は港から洋上に出てゆっくり航行していると事態は急転した。
いきなりウォースパイトがわたしの腕の中から床に崩れ落ちたのだ。
そして艦は針路を失ってぐるぐると回転し始めた。
わたしは狼狽して
「どうしたんだ! ウォースパイト!」
そして彼女を抱きよせる。
ウォースパイトは右足を押さえながら呻く。
「か…舵が…舵が…」
すると周囲のイリュージョンが変わった。大洋に艦隊が集結して互いに砲撃を行っている大海戦になったのだ。空の景色は夕闇せまる薄暮の時間だ。
そしてわたしたちの乗っている艦は敵の砲撃を受けてのたうち回るように旋回している。
そして艦上を駆け回っているクルーの怒鳴り声が聞こえてくる
「ウォーリアは健在か!?」
「インヴィンシブルが沈んだ!! 畜生、フンどもめ!!」
「他艦の事よりもまず本艦の舵を何とかしろ!!」
彼らの言葉は英語なのだがその意味は直接わたしの頭に伝わってくる。
ウォーリアとかインヴィシブルとか日本人のわたしには聞き慣れない艦名だ。ひょっとして第一次世界大戦時の艦じゃないか。するとこの大海戦は…
「そうです…マイアドミラルのお察しされたとおり16年のジャットランドの海戦ですわ」
あまりにも当たり前なので年号の千と百の位を省略するウォースパイト。
「あの戦いで舵を損傷したわたくしは戦場を彷徨いドイツ艦隊の集中砲火を浴びました。そして生まれ変わっても舵の古傷とその時の記憶がしばしば甦るようになってしまったのです…」
わたしはウォースパイトを抱き上げて会場の隅にあったソファーに座らせる。
ウォースパイトに頼まれて通風の患者が使う足置きGout Stool を持ってくる。
ウォースパイトはふうとため息をついて痛む右足を足置きに横たえた。
少し落ち着いたのか艦の旋回運動は収まった。
「少しは良くなったのかい? ウォースパイト」
「ええ…ア・リトル…でも今日は寒流が流れているためなのか古傷の痛みは続いています。このままでは舵のコントロールが効きませんわ、マイアドミラル」
ここはまだ湾内で外洋に出ていないとはいえ大変だ。一刻も早く修理しなくては。でもどうやって.......考えているうちにわたしはふと思い付いた。
「レディにちょっと失礼するよ、ウォースパイト」
わたしは彼女の足元に座るやその靴を脱がす。
そしてウォースパイトの素足を露にするとそれを手のひらで撫でる。ハンドヒーリングというヤツだ。
ウォースパイトは驚愕と羞恥の表情を浮かべた。
「…!?…マイアドミラル…お止めください。アドミラルみずから戦艦の足元に跪くなんて
…そんな…!」
わたしは構わずにヒーリングを続ける。失礼ではあるが、さらに彼女のスカートをまくり上げて足首から太ももまでマッサージを続ける。
ウォースパイトの驚愕と羞恥の表情もだんだん和らいだものになっていく。
「ああ…マイアドミラルのお手の暖かさが舵のシャフトにまで伝わって来ましたわ…お願い…もうしばらく続けてくださいまし…」
ウォ―スパイト「この暖かさをわたくしは長い間求めていたような気がします...」
短いようで長い時間、わたしはマッサージを続ける。彼女の右足の太ももから足首までゆっくりとそして優しく…
それを続けているとウォースパイトは感きわまったようにわたしの手を掴んで自分の胸に当てた。
「マイアドミラル…今日はあなたさまをこのまま返したくありません…明日の朝までわたくしの側にいて…古傷の痛みを忘れさせて…お願い…」
潤んだ目でじっとわたしを見つめるウォースパイト。わたしは彼女の肩に手を回して力を入れる。
その夜、わたしは金剛のところに戻らなかった。
翌朝、戦艦ウォ―スパイトのベッドで目覚めるとわたしの横でウォ―スパイトが微笑んでいた。
「マイアドミラル...あなたさまのおかげで舵のシャフトの歪みも治りました。今のわたくしは絶好調ですわ」
確かに戦艦ウォ―スパイトは力強く洋上を航行している。そのエネルギーはわたしにも伝わってくる。
「それではマイアドミラル、今から操艦のトレーニングをはじめましょうか」
「ここでやるのかい?」
「はい、これで二人の絆は結ばれました。あなたさまは力強くわたしの舵取りをしてくださいまし」
わたしの頭を愛おし気に撫でるウォ―スパイト。
わたしは昨晩に続いてもう一度ウォ―スパイトを抱きしめておもむろに操艦を始めたのだった。
ウォ―スパイト「昨日の夜はお互いクレーズイになってしまいましたわね。でもこれで二人の絆は深まりました。東は西、西は東、永遠に相添うことを大地の女神に誓いましょう」
後書き
金剛「もうこんな時間か…提督もウォースパイトも遅いのう」
霧島「まだ二人をお待ちになっていたのですか? 金剛お姉さま」
ヴァリアント「パクパク…パクパク…あー…今日はあの二人は戻ってこないかも知れないねーパクパク…金剛、もう一枚オカワリ!!」
霧島「それはどういう事かしら? ヴァリアント?」
ヴァリアント「ウォースパイトはあたしと違ってでしゃばりじゃないけどさ。掴んだ戦機を放すことはめったにないからねー。戦闘勲章15個はダテじゃないってことだねー」
金剛「まあ、わしらは人間のおなごとは違うからの。提督が他の艦で一夜を過ごしたとて悋気は起こさぬが…せめて連絡ぐらいは入れてもらいたいのう。せっかく作った料理が無駄になってしまうではないか」
霧島「とはいえ…今日の夕食は作り置きができるカレー。お姉さまは初めからわかっておられたのでは無いですか?」
金剛「大地の女神と絆を結ぶ儀式は人間たちの信仰では産めよ増やせよの子作りを願うものじゃがの。わしらにとっては戦争からの再生と癒しのための大切な儀式じゃ。時間がかかることは承知しておる」
ヴァリアント「ウォースパイトも戦闘勲章ホルダーではトップクラスだけど心も身体も古傷だらけだもんねー。金剛はどうなのさ」
金剛「わしか?…わしは最後の戦いで潜水艦の魚雷を食らってしもうての。その時は隔室を閉鎖して浸水を防げば台湾まで持ちこたえられると考えたのじゃがのう。老巧化した船体のリベットがボロボロ外れてあえなく沈没じゃ。そのおかげで今でもお肌のお手入れは欠かさぬ」
霧島「今のお言葉で思い出しましたが、先日情報収集で東京に出張した時、四越百貨店本店で化粧品を買ってまいりましたわ。お姉さま、ウテナ・バニシングクリームです」
金剛「おお! やはりお肌のお手入れは若い頃から使いなれた化粧品が一番じゃからの。しかし100年近くたっても残っておるとはさすがウテナ・バニシングクリームじゃ」
霧島「わたしも敗戦と戦後の混乱で会社が無くなったのではと思っていたので驚きましたわ」
金剛「さっそく肌につけてみたいのでわしは私室に戻る。おぬしたちしかいないとはいえ公衆の場で化粧するような慎みの無い真似はできぬでの」
霧島「わたしはしばらくここにいますのでご心配無く」
金剛「そうか、すまぬな。ああ霧島、夜間演習が終わった後に水雷戦隊の駆逐艦どもが夜食を食べに来るかも知れぬ。その時は向こうの寸胴鍋に入っているカレーと大釜の中の飯を出してやってくれ」
霧島「はい。余ったぶんは明日の朝までにきちんと冷凍しておきますわ」
金剛「うむ、頼んだぞ。夏場は食中毒が心配だからのう。あ、それからヴァリアント、カレーを連中の分まで食い尽くすでは無いぞ」
ヴァリアント「カレーが無くなってもあたしの豆料理を駆逐艦たちに食べさせてあげるから大丈夫だよ」
金剛「また消費期限ギリギリの缶詰めに入った豆を大皿にあけるだけの料理か…今に駆逐艦どもが反乱を起こしてもわしは知らぬぞ」




