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17. アドミラルの特別トレーニング(明日から操艦訓練――その前に、司令部はいつもより騒がしい)

前書き


4月11日、土曜日晴。博恭王殿下江田島よりの御帰途大和に御来艦あらせらる。

同日、第五戦隊司令高木少将妙高羽黒を率いて来訪し一応の報告をなす。

4月12日、日曜日小雨。中原人事局長来艦、人事異動につき協議す。

4月16日、木曜日雨。九時まで第一護衛隊司令官井上保雄中将、伺候・打ち合わせのため来艦

4月22日、水曜日晴。午後一時半、第七戦隊帰投す。栗田司令長官、幕僚来艦、伺候・報告す。

同日、夕刻第四航戦の龍驤単独入港し、角田司令長官日没時に来艦報告す。

....宇垣纒『戦藻録』の昭和17年の記事より一部抜粋。昭和17年当時の宇垣は連合艦隊参謀長。

4月18日にドーリットル空襲の第一報が入るがその間も司令部は来客との面談や打ち合わせで忙しい。


わたしは戦艦金剛のフカフカのベッドの上でいつもより早く目を覚ました。


今日は目覚めの気分が良い。主力艦会議の諍いがもとでそれ以来ずっと冷戦状態だったトルコ艦ヤウズとギリシャ艦アヴェロフがようやく和解したのだ。


もちろん榛名、ウォースパイト、金剛、マレーヤが動いたのが大きかったがわたしもアドミラルとして骨を折ったのも事態の解決に多少は貢献したかも知れない。


金剛が提督としてもう一段高く昇って欲しいというセリフが気になるが、それもわたしを認めてくれたためなのだろう。


そう考えると何となく気分もウキウキしてくる。ちょっとレコードをかけてみることにする。


洗面を終えた後でメロディーが"I Could Have Danced All Night" になった。軽快な音楽に乗ってついつい踊り出す。Danced, danced all night!!で踊りながらドアを開けるとそこには金剛の顔があった。


「何をしとるのじゃ。おぬしは」


事情を聞くと金剛は笑いながら


「ほら提督、シェービングクリームが切れたと言うとったから持ってきてやったぞ。なに? 石鹸で済ませた? 何じゃ、一足違いじゃったか」


「ハハハ…ごめん、ごめん。明日から使わせてもらうよ」


仕方ないのといってシェービングクリームの容器を洗面台に置く金剛。狭い艦艇の私室だ。彼女とわたしの身体が近づき、肌の香りが漂ってくる。


わたしはついその香りに誘われて金剛の肩に両手を置くと彼女の唇を自分の唇でそっとふさぐ…


金剛はわたしの戯れにフレンチ・キッスで応えてきた。互いの肩と首を互いの両腕に抱いて口づけをかわしているほかは外の波の音がつづいているばかりだった。


やがて金剛はわたしから顔を離し、口中で絡み合った官能の絆はしばし解かれる。


「もう少しおぬしを可愛がってやりたいがウォースパイトが待っておるからの。今日も忙しいぞ」


挿絵(By みてみん)

金剛「っちゅ…んちゅっ...んちゅっ...ぢゅるぅっ...んふぅ..........もう少しおぬしを堪能していたいがウォースパイトが待っておるでの。今日はここまでじゃ」


食堂になっている第二士官室に入るとウォースパイトが待っていた。


彼女が座っている向かい側にわたしが腰を下ろす。


そのウォースパイトはわたしをしばし眺めるとやおら身を乗り出して、わたしの唇にかすかに残っていた紅をその細い指でそっと拭った。


「フフフ…見られたのがわたくしだからよいですけど、巡洋艦や駆逐艦の娘だったら噂になりますよ。みんな女の子だからこういう事にはとてもよく気がつくの」


わたしはつい赤面する。金剛は知らぬ顔の半兵衛を決め込んで向こう側を向いている。


挿絵(By みてみん)

ウォ―スパイト「フフフ...みんなこういう事にはすぐに気がつきますよ。女の子ですもの」


朝食を食べながら金剛とウォースパイトは今日の執務の打ち合わせをしている。


わたしはといえばさっきの金剛の唇、ウォースパイトの指の感触を心中で反芻しながらボーッとしている。


「…それで今後の提督の特訓じゃが…提督、聞いておるのか?」


金剛の声にハッと我に帰る。


金剛はそんなわたしを見て腕組みしながら

「提督…楽しいことの後は仕事じゃぞ。帝国海軍の軍人も助平が多かったからわしも咎め立てはせぬ。じゃがメリハリはきちんとつけねばならぬ。それができたらわしも今朝のように付き合うのにやぶさかでは無いぞ、ん?」

最後だけは流し目で微笑む金剛。


ウォースパイトが軽く咳払いをして

「金剛シスター。エロティカの話はまた後にしてちょうだい。今話していたことですが…マイアドミラルもここでのお仕事に慣れてきたので、そろそろ新しいステージにチャレンジして頂くことを話しておりましたの」


…新しいステージって何だ? わたしは戸惑いつつウォースパイトに聞いた。


「それで…ぼくは何をやることになるんだい?」


金剛が応える。

「提督、ウォースパイトが申したとおりおぬしもこの艦隊に馴染んできた。なかでもトルコ艦とギリシャ艦の冷戦を和解に導いた手腕は見事じゃった」


わたしを持ち上げてくれる金剛。だけどこういうのって誉めた後に「しかし…」が来るんだよな。


「しかし…今のままではおぬしはまだ(おか)の人間じゃ。真にこの艦隊の司令官になるにはたっぷりと潮気のついた海の男になる必要がある」


ほらきた…わたしは金剛に聞いた。

「しかし海の男になるって具体的にはどうすればいいんだい。ぼくのイメージといえば海の男と言えばマグロ漁船ぐらいしか思い浮かばないけど…ほら、多額の借金を背負った男が返済のためにマグロ漁船に乗り込んで…」


わたしが自身の貧困なイメージを披露すると金剛はため息をついて


「おぬしのような戦後世代とやらが海の男と聞けばそのようなことを思い浮かべるのじゃな。海洋少年団に入ってそれから海軍兵学校へ…と紅顔の少年が夢見たのも遠い昔かの」


そこで金剛はふと視線を外し、小さく吐息をついた。

「もっとも夢を見るだけならまだしも現実は人の嫌がる軍隊に進んで志願するナンとかというのじゃがの。士官ならともかく水兵だと兵は殴るほどよく働くと言われ明日は長門で首つろかと嘆くことになるのじゃ」


ウォースパイトは金剛をたしなめるどころかそれに同意するように

「本当にオフィサーとシーマンの待遇の差は見ていてあまりにもグロテスクだったわ。反乱まで行かなくてもサボタージュが頻繁に起きていたわね。今は改善されたのかしら」


「おっと話がそれたわい。わしの言う海の男とはもちろん艦艇の操艦じゃ。そろそろおぬしに習得してもらおうと思っての。わしの時代では艦長といえば全国の少年の憧れの的じゃぞ」


確かに海自の存在感が大きく無い時代に子ども時代を送ったわたしでも外国船の船長と言えばロマンを感じる。しかし…


「海軍の士官は海軍兵学校で専門教育を受けて軍艦に乗り込むのだろう? ぼくの学歴は一般大学から大学院の文学研究科だよ。いきなり艦艇を操縦しろと言われても…転覆か座礁させるのが関の山になりそうだが…」


「なあに。我が帝国海軍の母親ともいえる徳川の海軍伝習所や操練所ではみな実地にフネに乗り組んで覚えたのじゃ。それにあまり大きな声では言えぬが…」


金剛は心持ち声を潜めて

「帝国海軍の兵学校の生徒だとて航法を全て覚えて任官したのではない。天測もできぬのにいきなり駆逐艦の航海士をやらされてあわてふためくのはざらにあったわい。そういう時は艦長が手取り足取りつききりで教えるのじゃがの。なかには天測はおろか出入港まで艦長にやらせたまま転任していった豪傑もおったから大したものじゃ」


ウォースパイトが金剛に訪ねる。


「それは転任というよりサセンではなくて? 金剛シスター」


「おぬしも日本語がわかるようになったの、ウォースパイト。確かにそのとおりじゃアハハハ!」


金剛は豪快に笑った後で付け加えるように


「まあ駆逐艦勤務で落第したら本当に陸の閑職しか行き場が無くなるからの。提督、おぬしも必要以上に構えることは無いが褌を緩めすぎぬようにの」


…結局、わたしは操艦訓練をやることになってしまった。


さて、そのような話をしているうちにとっくに執務の時間が始まっている。司令部には次から次へと面談者がやってくる。


不急不要の用件はなるべくメールで出すように通達していても直接話したほうが意志疎通できる案件は多い。


だがもう一つ別の理由もある。ウォースパイトが参謀艦の権限で一番上質の茶葉やコーヒー豆を司令部用に確保してある。ちなみに一番多く飲むのはお茶好きのわたしだ。


そして司令室の戸棚には甘党のわたしのために金剛が調達したトラトラトラ屋の羊羹やどら焼きがぎっしり入っている。


それで飲み物やお菓子目当てに司令部にやってくる艦が多い。執務が中断されても雑談から思わぬことがわかるので良いこともある。


今日はヴァリアントが入ってきた。


ヴァリアントは陽気に「アドミラル、おっひさしぶり~」とわたしに声をかけるや勝手に戸棚を開けて


「お、新しいお菓子入っているじゃん。タイガーが売っているチョコミントのドラヤキ、あたし好きなんだよね~」


と3、4個取り出して何の断りもなしに袋を開けて食べ始める。


「相変わらずせっかちじゃの。座って落ち着いてから食べたらどうじゃ」

と声をかけて急須でお茶を入れてヴァリアントに出す金剛。


挿絵(By みてみん)

ヴァリアント「今度はアカフクモチを買ってきてよ、金剛」

金剛「賞味期限が短いからこの基地がある異界までは配送してくれぬということじゃ。店に並べられても人気があるからすぐに売り切れるしの」




ヴァリアントは座ってお茶を飲みながら2、3個のどら焼をパクついた後で思い出したように書類を取り出して


「はい、このリストに並んでいた島を回ってケルティック・クロスを立てて来たよ。もちろん礼拝の儀式もやってきたから」


「ご苦労様。これでカオスの侵入をある程度は抑えられるわね」

とヴァリアントを労うウォースパイト。


「パクパク…見よう見まねだけど昔に艦内でやってた従軍牧師のミサを覚えててよかったよ…パクパク…クロスを立てても儀式をやらないと魔よけにならないもんねー…ゴクッ。金剛、オチャのオカワリ!」


挿絵(By みてみん)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cross_at_Llanddwyn_island.jpg

ウォ―スパイト「外来と在来の宗教の融合...ケルティック・クロスはわたくしたちの故郷ブリテン島の象徴だわ」

金剛「ふむ...我が国でいう神仏習合のようなものじゃな」

ヴァリアント「大地の女神さまは色々な事に寛容なんだよー。宗教の区別にも..........そして「革で( Bualadh)叩く(leathar)」行為にもね」


挿絵(By みてみん)

ヴァリアントの艦内教会

ヴァリアント「チャペルはマレーヤのほうが豪華なんだよー。アイツのところにはパイプオルガンもあるしさ」




ヴァリアントは金剛の差し出した二杯目のお茶を飲み干すと

「ところでさっきまで何を話していたのさ?」


「ん…提督にもそろそろ操艦を覚えてもらおうと思っての」


「へー。もうそういうステージに来たんだ。で、誰がトレーニングシップになるの? 金剛? ウォースパイト?」


「んーまだ決めておらぬがのう。誰がなるにしても責任重大じゃな」


「そうだよねー。アドミラルのチェリーをポップさせちゃうんだものねー。ちゃんとエスコートしてあげなきゃ」


「ほう…本場の英語ではペンダウンをそのようにいうのじゃな。まあ本邦にも似たような言い方があるわい。ポップチェリーではなくてポップメロンじゃがな。でも提督にそれをやったら鶏姦詩人になってしまうのう。提督は文科出身なので平仄も合うわいアハハハ!」


豪快に笑う金剛…だが桂冠詩人? 金剛もなかなか文学的な言葉を使うが何だか不穏な空気だ。


わたしの不安そうな表情を察したウォースパイトがわたしをかばうように立って


「金剛シスター!! ヴァリアント!! そろそろいい加減に!!」


そしてわたしの肩を両手で抱いて母親が子どもに言い聞かせるように


「大丈夫ですわ、マイアドミラル。このわたくしがそのようなことはさせませんから。あ…でもそういう趣味がおありなら…」


「ウォースパイト、おぬしこそ何を言うておるのじゃ」


「そうだよ。そうだよ。あたしたちを叱ったくせにウォースパイトだって」


口を尖らせるかのようにウォースパイトに文句を言う二人。


「あ…あら。これはわたくしとしたことが…でも世の中には色々な趣味嗜好の方がいらっしゃるから…本当よ。わたくしのキャプテンの中にはクルーの命を預かる責任の重圧に押し潰されそうになったら…その...スパンキングされると気持ちが安らぐ方がいらっしゃって…もちろん艦内には女性はいないしクルーにそんな姿は見せられないから…仕方がないのでわたくしが人間になって…」


言い訳の言葉に事欠いてとんでもないことを言い出そうとするウォースパイト。


「クルーの前では威厳を保ったキャプテンがわたくしの膝の上でむき出しのお尻を叩かれながらナニー! ナニー! と…五人くらいのキャプテンがそうだったわね」


ウォースパイトの告白にさすがの金剛も一瞬呑まれたがすぐに破顔一笑して

「いつもはヘル談なんか知らぬという顔をしているくせにおぬしもなかなかやるではないか。よしウォースパイト、取り繕った英国紳士の裏の顔を今からとっくり聞かせてもらうぞ」


「あー。その手の話ならあたしもたくさん見てきたよー。あるキャプテンなんかデスクの引き出しにたくさんヌードの写真を…もちろん女性のじゃないよ。偶然見つけちゃった若い従兵がそれからは処刑台を昇るような顔をしてキャプテンズルームに入るのは傑作だったねー」


ヴァリアントまで参戦してこの会話劇はどこに行くんだ…そう考えていると部屋の入り口に駆逐艦吹雪が立っていた。


しかし彼女は凍りついた表情をして回れ右をする。


わたしは喉の奥から力一杯の声で

「行かないでくれ!! 吹雪」


執務室へ吹雪が遠慮がちに入ってくる。ふっくらとした雰囲気の美少女だ。三つ編みにした黒髪にセーラー服ははまるで1940年代の女学生を彷彿とさせる


「あの…わたしやっぱり入らないほうが良かったですか? 外で休そ…いえ警戒していたジャーヴィスや雪風から今はよしたほうがいいって言われたけど急いでいたもので…」


すると金剛は入れ入れとばかりに片手を振って

「構わん構わん。いま話していたのは緊急性の無い用件じゃ。ほら、そこの椅子が空いておるわい」


金剛は戸棚に並んでいる幾つかの茶筒から一つを選んで取り出すと


「おぬしが好きなのは熱めのほうじ茶だったの」


緑茶、ほうじ茶、番茶、熱め、温め…各艦それぞれにお茶くせというものがあるが、金剛はそれを覚えているようだ。


吹雪はありがとうございますと言って金剛の入れたお茶を美味しそうにすすった。


挿絵(By みてみん)

吹雪「特型駆逐艦吹雪です。トップヘビーの船体を変えるために最近は美容体操をやっています」

雪風「吹雪ちゃん、このあいだ山城さんが使いもしない健康器具を船艙にため込むなんてって怒ってたよ」

吹雪「見つかったの!? 定期検査でもわからないところに隠したつもりだったのに!...みんな通販のカタログがいけないんだわ!!」




吹雪は一息つくと手元のトランクから書類を取り出して


「比叡さんから預かった防空システムの提案書です」


金剛はそれを受け取りパラパラとめくると

「やはりここ異界では翼竜の襲撃に備えた対空兵装が第一の優先事項かの」

と言ってわたしに書類を渡す。


わたしがウォースパイトやヴァリアントと一緒に目を通している間に金剛は吹雪に二杯目のお茶を入れて茶菓子のどら焼と一緒に差し出す。


吹雪はトラトラトラ屋のどら焼に目を輝かせて封を開けるやパクりと咥えて


「あら! やっぱり後を引かない上品な甘味がたまらないわ!さすが天下のトラトラトラ屋! わたしたちの時代よりも味にキレが…」


「どうじゃ気に入ったか?帰りに何個か渡すから睦月や白雪と食べるが良いぞ」

と金剛。


吹雪は「あまりゆっくりできないのですけど」と言った後で好奇心に満ちた目で

「ところでさっきはどんな話をしてたんですか?」


「うん…まあこれは軍機では無いから話すがの。そろそろ提督にわしらを操艦してもらおうかということじゃ」


すると吹雪は何を思ったのか顔を赤くしてうつむき、指を絡ませたり三つ編みをいじったりする

「それで…練習艦にはどなたがおなりになるの?…」

おずおずと恥ずかしげではあるが声色はどことなく艶っぽい。


「最初はわしら戦艦で慣れてもらってそれから他の艦種じゃな」


「…そう…」

少し残念そうな声。


すると金剛はニヤッと笑って

「ん…吹雪、おぬしは提督に乗ってもらいたいのか? ん? 何ならば駆逐艦でご先陣を賜るのはおぬしにしようかの?」


「し…知らないわ! 金剛さんの意地悪!!」

吹雪は両手で顔を覆って執務室の外へ走って行く。あまり急いで出ていったのでスカートの裾が乱れてレース模様のペチコートが見えた。


わたしは彼女に声をかける。

「おーい!お土産のどら焼きを忘れてるよー!」


「甘いものを食べ過ぎるとトップヘビーになるからいりません!!」


そのまま彼女はわたしの視界から消えて行った。


「あーあー。吹雪ちゃん泣かせちゃった」とヴァリアント。

ウォースパイトはもはや突っ込む気力も失せたのかため息をつくだけ。


駆け出していく吹雪を見て変事が起こったのかと執務室に入ってきたジャーヴィスと雪風に金剛が頭をかきながら説明する。


「まあ箸が落ちても恥ずかしがる年頃じゃな」

「そういう事ではないでしょう? 金剛シスター」


それを聞いて納得した二人は

「吹雪ちゃんはうぶですもんね」

「そりゃああんたに比べれば誰だってそうよ」

「ひどーい」

と会話を交わす。


わたしが彼女たちを操艦するとは一体どういう事なのか? 不安と疑問が大きく膨れ上がっていく。


さて、午前中の執務が終わり、今日は天気が良いために甲板で昼食を取る。


すると金剛が甲板に黒板を持ち出した。昼食を食べながら操艦についての講義をするつもりのようだ。

「アイオワから聞いたのじゃが、アメリカ人もすなるパワーランチというものをここでもやってみようと思っての」


「食事の時も仕事の話なんて相変わらずヤンキーはせっかちだねえ。前の戦争の時もスカパーフローにあいつら来てたからあたしも知ってるけどさ。サーカス屋のバーナムみたいに無駄に暑苦しいヤツラが多かったよ」

とウォースパイトの作ったサンドイッチをパクつきながらヴァリアント。


わたしもウォースパイトが皮を剥いて一口大に切ってくれた、イギリス民話に出てくる黄金のリンゴを食べながら金剛の話を聞き始める。


「まず、おさらいじゃ。神話の力を持ってこの異界に蘇ったわしらは人間の体と艦艇との二つの身体を持っておる」


そこでわたしは気になっていた質問をぶつけてみる。


「蘇ったキミたちを見ていると、人間がいなくても自分たちで勝手に動いているじゃないか。それで何故ボクが操艦する必要があるんだい?」


「うむ、良い質問じゃ。蘇ったわしらを動かす方法は二つある。とりあえず人間たちの言葉を借りて次のように呼んでおる」


金剛は黒板に1.オートマチック、2.マニュアル。と書いた。まるで自動車じゃないか。


「それで現在おもに使っているやり方は一つ目のオートマじゃ。わしらの人間体の意識とフネの全ての機器や船体はリンクしておる。だからこのような芸当もできる」


金剛がそう言うや否や戦艦金剛の主砲がぐるっと右90度に回転して二つの砲身が上下運動を始める。気がつくと高角砲も全門が空を向いて戦闘準備の態勢をとっている。いつの間にか丸められたセラミックファイバー製のハンモックが防御壁として艦橋にびっしり貼り付いている。


ウォースパイトが懐中時計を取り出して数字を見ながら

「0.01ミリ秒よ、金剛シスター」


「まあそんなところかの。もちろん砲には砲弾が装填済みじゃ。甲板の下に降りてみればわかるが、舷窓も通路の扉も全て閉鎖しておる。わしの意識がフネの隅々…トイレの金具にまで浸透しておるからこそできる芸当じゃな」


「生まれ変わる前のあたしたちって何をするにも時間がかかったよねー。主砲だって30人ぐらいのシーマンが動かすんだからさ。ちょっとでもチームワークが上手くいかないと照準や発射タイミングが狂っちゃってさ」


「舵取りもそうじゃの。わしら大型艦となると舵も巨大で油圧水圧で動かすのじゃが、機械が故障すると舵の軸に何十人もの水兵が取りついて回すのじゃよ」


金剛はそう言ってからしまったという顔をしてウォースパイトを見る。


ウォースパイトは手で軽く足をさすったが大丈夫だとばかりに金剛に片手を振った。どうしたのだろう?


「わたくしたちの時代のウォーシップは複雑なメカニズムをほとんど人力で動かしていたの。エクササイズ(演習)を繰り返して戦闘で即応できるまでにするには膨大な時間がかかったものよ。それが生まれ変わったこの身体では船体に意識を通せば一瞬でできるのだから今でも信じられないわね」

…と、まとめるウォースパイトの言葉を聞いてわたしも自分の疑問をぶつける。


「それがオートマなんだね。察するにマニュアルというのは人力で艦を動かすことを言うのだろうけど、今のキミたちには必要ないんじゃないかな?」


「うむ、それが大事な質問じゃ。なぜ生まれ変わったわしらにマニュアル…人間の手による操艦が必要なのかというとな…」


「人間との絆のためじゃ」

「…人間との絆?」

わたしは金剛の言葉をおうむ返しに繰り返す。


「わしらの身体のなかにたくさんの人間がいて、やつらがフネを動かしていたというのは大事な過去じゃ。その歴史を失ったらわしらはわしらで無くなってしまう。提督による操艦はそれを忘れぬための大切な儀式なのじゃよ」


「わかった。ボクが君たちを操艦するというのは君たちにとって人間との絆を再確認するための欠くことのできないイニシエーションというわけだ」


金剛、ウォースパイト、そしてヴァリアントまでもが真剣な顔でうなづいた。


わたしはさらに彼女たちに尋ねる。

「だけど戦艦を動かすには膨大な数の乗組員が必要なんだろう? それをボク一人で?」


「心配するな、提督。それぐらいはちゃあんと心得ておるわい。現在のフネは省人化とやらが進んでおるらしいの。聞くところによると海自のもがみはたった90人の乗組員だけですむそうじゃ。わしらも時代に遅れをとるわけにはいかぬ。」


…いつもながら思うがどうやって現在の情報を仕入れてくるのだろうか。


「…ま、そういうことでわしらのマニュアル操艦でも省人化は実現できておっての。提督、おぬしの仕事は機関の始動と操舵だけじゃ。機関の始動は艦橋からスイッチを入れるだけじゃ。まあ自動車の運転のようなものだと思えばよい。天測その他のややこしい計算はいずれ粗々を学んでもらうが当分はわしらに任せればそれで良い」


…金剛が言うほど簡単な作業かどうかはともかくとして、ある程度のことはわかった。後は実地で身につけていくということなのかな。


金剛はわたしにこれ以上の質問が無いことを確認すると自分の席に座ってサンドイッチに手をつけた。ウォースパイトがティーカップに紅茶を入れて金剛に差し出す。


わたしも紅茶に口をつける。込み入った話を聞いていたので頭が疲れた。ちょっとしたレクリエーションが欲しいな。


そう考えているとヴァリアントも同じような事を思ったのかわたしに近づいてきて


「ねえ、アドミラル。こうやってスキンシップをするだけでも絆を確かめることになるんだよ」


そう言うやわたしの身体をペタペタさわって来る。


例によってヴァリアントの変な癖だ(第6話参照)。以前にやられた時は戸惑うだけだったが、今はわたしも慣れた...いや馴れたというべきか。彼女にさわり返してやることにした。


わたしはヴァリアントに腕を回して自分の身体に彼女の身体を引き寄せる。


そしてペタペタ…ナデナデ…スリスリ…お互いにタッチし合う。わたしは手を上げてヴァリアントの福袋を軽くつつく。するとヴァリアントも手を降ろしてわたしの福袋にタッチしてきた。


しばらくお互いの福袋をツンツンしあった後にヴァリアントは手を止めて

「ねえ、アドミラル。あたしはヴェテラン(お祖母ちゃん)だからこういうことされても気にしないけどさ。それは艦によって違うってことを覚えておきなよ。リトル・ウェールズとかはまだ若い艦だからヒステリー起こして決闘だーっ!!ってわめき出すからね」


先に「こういうこと」を仕掛けてきたのはそっちじゃないかという疑問はさておき、忠告はありがたく頂戴する。


すると金剛はほおばっていた卵サンドを飲み込んで

「ん? プリンス・オブ・ウェールズの艦歴はそんなに短かったかの?」


「フォーミダブルクラスじゃなくてキング・ジョージクラスのほうだよね? 37年にレイド・ダウン(起工)laid downして41年に金剛のところの航空隊に沈められたからね。40年近くの艦歴を持つあたしと違って5年ぐらいしかないわけだね」


金剛はそうかと言ってわたしに説明を加えた

「わしら戦艦の腹の中では2000人以上、駆逐艦でも200人の男どもが生活しておるのじゃ。艦歴も10年を越えれば人間のご婦人方が顔を真っ赤にするような男の生々しいところを見ても動じなくなるのじゃがの。竣工後5年ぐらいが一番難しい年ごろじゃ」


...まるで中学高校の教師か教育評論家のようなことを言う。


わたしは金剛に尋ねた。

「竣工後5年くらいの艦歴しか持っていない艦というと有名どころでは大和とか武蔵とか?」


「そうじゃ。軍隊の酸いも甘いも噛み分けたわしら金剛型と違ってあの二人は箱入り娘じゃ。まだここには来てはおらぬが、もし着任したら接し方には注意するのじゃぞ。提督。」


「あたしは艦歴が長いから生々しい事をしても平気だよ。アドミラル~」

座っているわたしの横側に立ってわたしの頭を自分の胸に押し付けるヴァリアント。こ...これも人間と艦との絆を確かめるために必要なんだと自分に言い聞かせるわたし。


すると突然バサッと大きな音がした。誰かが書類の束を机の上に投げつけたらしい。


顔を見上げるとそれは日本の軽巡矢矧だった。


「水雷戦隊の演習の計画書です! 」

「おおご苦労じゃったの。昼食はすんだのかの? 矢矧? 」

「すみました!」

「だったら紅茶でも飲んでいかぬか? ウォ―スパイトの差し入れたオレンジペコは絶品じゃぞ」

「お気遣いなく!」


何やら怒っているようだ。わたしは彼女に聞いてみる。

「どうしたんだい、矢矧?」

「別嬪が台無しじゃぞ。わしらは人間と違ってアンネの日は無いはずじゃがの」

と金剛。


すると矢矧は頭に胸を押し付け押し付けられているヴァリアントとわたしを見て顔を真っ赤にしながら

「提督と戦艦がこんなことやっているなんて何という性的破廉恥!!」


「ごめんなさいね。いつもはこんなふうじゃないけど、今日はヴァリアントが悪ふざけをして...」

とウォ―スパイトがとりなしても


「艦歴5年に満たない艦ですみません!! まったく破廉恥な!」


プリプリしながら去って行った。


挿絵(By みてみん)

矢矧「ここは司令部なのに提督とヴァリアントさんは何という破廉恥な行為をしているのですか!」

金剛「まあまあ...男はみな助平なものじゃからの」

矢矧「ええ知っていますよ! フネの中には女性がいないので少年兵に良からぬ真似をする悪い下士官を見ましたから!」

金剛「うーむ....そうじゃ、提督がおぬしの怒った顔も綺麗だと言うておるぞ矢矧」

矢矧「プイッ!!」



その様子を見ながら金剛は


「.....やはり艦歴の短い艦を提督の操艦の練習艦にしないほうが良いの」


「そうだよー。ヴァージン(童貞)ヴァージン(処女)の組み合わせじゃどうなるか誰でもわかるよねー」


「ヴァリアント、もうそのへんにしておきなさい。そしていい加減にアドミラルから離れなさい」


ヴァリアントがようやくわたしから離れる。そう言えば午後の執務時間がもう始まっている。


怒って去って行った矢矧に気がとがめたので、せめて少しでも仕事を進めておこうと思って彼女の提出した書類に目を通す。こういうことをアリバイ作りと言うんだっけ。



軽巡の川内、神通、矢矧の連名で起案してあるのだが、書類の上に「試案」と目立つように墨書してあり、墨書の横に比叡の印鑑が押してある。


判断に迷ったわたしは書類を金剛に見せる。


金剛は少し眺めるとすぐに

「こういう方向で議論が進んでおるがまだ本決まりではありませんということじゃ。川内、神通、矢矧といった水雷戦隊の実力者の案なのでわしらに上げたのじゃが、比叡としてはもう少し議論したほうが良いと考えておるようじゃな」


それではと中身を見てみる。水雷戦隊の演習計画書。それはシーサーペントの群れに夜襲をかけることを想定した演習だった。その内容を要点だけまとめると...


1. 重巡戦隊一隊と水雷戦隊一隊でそれぞれが構成された夜戦群四隊は薄暮時にシーサーペントの群れから60海里以内に接近する。


2. しかる後に目標の右側に第一、第三夜戦群、左側に第二、第四夜戦群に分かれシーサーペントの群れを両側から挟むように包囲する。


3. そしてシーサーペントの群れの後尾に位置する夜戦部隊指揮官の命令により、各夜戦群が距離20, 000~30, 000メートルより一斉に魚雷を隠密発射する。


4. およそ600本の魚雷が40~48ノットの雷速で発射され目標付近で射線が十字状に交差するため大きな被害を与えられるであろう...とある。


「必勝の戦法のように書いてあるけど果たしてこんなに上手くいくのかな? ヴァリアント、キミはユトランド海戦で大規模な艦隊戦を経験したって聞いたけど、この作戦をどう思う?」

わたしは側にいたヴァリアントに声をかけ、書類を束ねている紐をほどいて目を通し終わった頁を彼女に見せる。


ヴァリアントは一読するや

「え!? 敵を包囲する時に各艦が他隊の艦列をすり抜けて包囲網を形成するって!? スピードを第一に考えたのだろうけど危ないよこんなの! いくら演習で上手くできても実戦だったら絶対に衝突や接触事故が起きるよ!」


ヴァリアントの驚いた声を聞いて金剛とウォ―スパイトがどれどれ...と覗き込んでくる。

「なんじゃ。わしら帝国海軍がアメリカ艦隊を迎撃するために考案した漸減作戦の第一日目を焼き直したものではないか。あの演習にはわしら金剛型も参加したからよーく覚えておる....うん、実戦どころか演習でも事故続出じゃった。蕨と衝突して鼻が欠けた神通を舞鶴まで引っ張っていったのはわしじゃからの」


確かに矢矧たちの計画書には金剛型が事前に砲撃を加えて水雷戦隊の突破口を開くと書いてある。


ヴァリアントの言う通りこんな複雑な艦隊運動を実戦でやっても上手くいくのだろうか。金剛が少しふれたが、旧日本海軍の水雷戦演習では事故が多発していたはずだ。昭和2年の美保関事件では夜間演習中に艦艇の多重衝突事故が起きている。


そんなことを考えながら頁をめくると余白に「為せば成る! 為さねば成らぬ! 何事も!」と男みたいな筆跡で書いてある。


誰が書いたのだろうと金剛に見せると

「あー...この筆跡は川内じゃな。実際の太平洋での戦いでは艦隊決戦が起こることは無く航空機による制空権の争奪戦になったから、この作戦案も実行されずに終わったのじゃ。作戦の先鋒として期待された川内たちとしては今度こそ実現できる機会だと考えたわけじゃな」



挿絵(By みてみん)

川内「水雷戦隊のみんな! ある人がこう言った! 好きな仕事もいいことばかりとは限らない! 人間ときには冬が来る! それでも辛抱すれば春が来る! 辛抱力こそが大切だ! 水雷戦も同じだよ!」

軽巡・駆逐艦「オーッ!」


榛名「まあ、榛名が昨日貸してあげた『主婦の友』に書いてあった言葉だわ。昭和十六年十月号の記事・石川武美社長の『我が家の職業』…」


霧島「榛名、今はそんなことはどうでもいいから。だけど比叡ねえさま、現在の水上艦は魚雷と言っても対潜用の短魚雷しか装備していないんでしょう?」


比叡「現在は艦対艦ミサイルが主流ね。うちも将来的には魚雷発射管を外して巡航ミサイルを装備することを考えていたけどこの分では抵抗が強そうね。さてどうしたものかしら」






金剛と同じく作戦案を読んでいたウォ―スパイトは

「実際にできるかどうかわからないけど...もし実行するなら航空機部隊との連携を行ったほうが効果が高いわね。そろそろ空母のイラストリアスが来るから彼女の意見を聞いてみましょう」


イギリス空母イラストリアス。1940年竣工、1955年に退役。第二次世界大戦のロイヤルネイビーの主力空母として活躍したイラストリアス級のネームシップである。


イラストリアスは地中海、インド洋、太平洋で戦ったが、地中海ではウォ―スパイト、ヴァリアント、マレーヤと轡を並べたこともあって、彼女たちとは親しい。


現われたイラストリアスは白いサマードレスに幅広の帽子、服装だけみればアニメにでてくるお嬢様だが、濃い顔立ちが彼女を劇画のヒロインにしている。


「ごきげんよう、アドミラル。それにウォ―スパイトさんたちも」


今は執務中なので挨拶もそこそこに水雷戦の計画書を見せる。


「ふーん...手の込んだ作戦ね。細部まで作り込まれているところに和のテイストを感じるわ。でもいくら広い太平洋だからと言って実際にできるのかしら」


やはりヴァリアントと同じ事をいう。もちろん和のテイスト云々は皮肉である。


「ただ、あたくしたちが搭載している航空機のメモリでは分子雲燃焼魚雷のような超科学兵器は使えないわ。当分は怪物を倒すのは大艦巨砲か駆逐艦の雷撃というヴィンテージ・スタイルにお任せするしかないわね」


いちいち棘を真綿でくるんだような言い方をするのだが、これがいつもの彼女なのか、はたまた信頼関係ができているのか、ウォースパイトたちは平然と聞き流している。


イラストリアスはウォ―スパイトが入れた紅茶を飲んだ後で

「そういえば聞いたわよ。アドミラルのトレーニングシップを探してるんですって?」


「うむ。あまり艦歴の短い艦だと提督を導くのは難しいからの。人選に苦労しておるのじゃ」

と金剛。


「だったらあたくしはどうかしら? トレーニングシップならポストウォーの時にずっとやっていたのよ。あたくしのコーチで大勢のルーキーたちがハイウェイからデンジャーゾーンに突入していったわ...もちろん夜間飛行よウフッ」


挿絵(By みてみん)

イラストリアス「アドミラルもあたくしのデンジャーゾーンに突入してみない? 鏡に誘導灯を映すからその指示に従って真っすぐよ」

ウォ―スパイト「そういえば戦後にミラー着艦支援装置を実用化した時、最初に搭載したのはイラストリアスだったと聞いたわ」

金剛「わしら帝国海軍も痛いほど思い知っておるが確かに空母への着艦は危険地帯じゃ」

ヴァリアント「イラストリアスに突っ込んだルーキーのパイロットはアイム・カミングとゴー・トゥ・ザ・ヘブンを同時に体験するわけだね。あ、日本語だとどちらもイクっていうんだっけ」



....ハイウェイ・トゥ・ザ・デンジャーゾーンなんてアメリカ人みたいな事をいうなあ。やはり戦後に生きているからイギリス人といえどもアメリカ文化の影響を...と考えていると


「ね、アドミラルもあたくしのデンジャーゾーンに突入してみない? 一週間あれば操舵した艦を泣かせるテクニシャンにしてみせるわよ。....でもその代わりお願いがあるの」


イラストリアスはわたしに寄ってくると

「あたくし新しい搭載機が欲しいの。ねえいいでしょう?」


「ごめんなさい。イラストリアス。アーセナル(工廠)のラインは予定が詰まっていて現在ある航空機を運用して欲しいの」

と謝るウォ―スパイト。


「今のお主の搭載機はソードフィッシュじゃったの。確か先の大戦を共にした大戦友だったのでは無かったのかの?」

と金剛。


するとイラストリアスは

「あら、航空機は多種多様な新型が次々と開発されているのよ。第二次大戦時の機体なんて流行おくれのファッションみたいなもので恥ずかしくて着られやしない。これはあたくしだけじゃないわ。瑞鶴も同じ意見よ」


伊勢さんや日向さんは瑞雲にこだわっているけどあれはコレクターズ・アイテムよね...あ、これはナイショよと言った後で


「瑞鶴なんてダブルゼットカンタムロボ、ゼットカンタムロボが欲しい。それがだめならせめてモモシキロボって駄駄をこねて翔鶴を困らせていたけど、あたくしはアニメの変形ロボットなんて子供のオモチャはいらないわ。だけど原子力ロケット・ヨンバーダード一号が欲しいの。ねえいいでしょう? アドミラルのトレーニングシップを務めるご褒美に買ってえ」


アニメも人形劇も大人が楽しんでもよいが建前はあくまで子供向けの媒体なのに、片方が幼くてもう片方がそうでは無いという理屈がわたしにはよくわからない。しかし、そんな疑問を押し切るかのようにさらにわたしににじり寄るイラストリアス。


耳に口を近づけて息を吹きかけてくる。言葉にならない睦言をささやきかけてくる。わたしはいいよと言いかけたところにウォ―スパイトが大きな咳ばらいをして


「当分は新型の航空機は開発できないわ。その間に何が本当に必要なのか良く考えなさい!」


イラストリアスは航空機の開発要望書を置いてつまらなそうに帰って行った。


イラストリアスの後ろ姿を見ながら金剛は腕組みをして

「うーむ。提督の練習艦を務める事を自分の部署の要望を通すきっかけにしようと考えておるフネもいるのう」


ウォ―スパイトは優雅に紅茶を飲みながら

「わたくしたち司令部詰めの主力艦がトレーニングシップを務めるのが一番問題が無さそうね」


ヴァリアントはクッキーをポリポリかじりながら

「もうさ、金剛がアドミラルのトレーニングシップをやっちゃえばいいんじゃない?」


...とりあえずその場で誰も異論は出なかった。こうして金剛がわたしの練習艦を務めることになった。


「それでは明日から訓練じゃぞ。特別メニューを考えておくから楽しみに待っているがよい」


わたしは金剛に言った。

「しかしこれを決めるのにかなりゴタゴタしたものだね」


金剛は笑って答えた

「なに、ゴタゴタした時間を共にすごすのも互いの信頼や絆を深めることにつながるのじゃ。無駄のように見えて決して無駄では無いぞ、提督」


さて、明日からはどのような特訓がわたしを待っているのだろうか(続く)

後書き


吹雪「オイチ二、オイチニ」

雪風「吹雪ちゃん、また美容体操やっているんだ」


吹雪「そうよ。わたしたち特型駆逐艦に対抗して作られたサマーズ級やトライバル級に負けてられないわ」


雪風「でも毎日毎日熱心だね」

吹雪「当たり前よ。日本の駆逐艦は胴長寸胴短足のトップヘビーってバカにした外国艦の娘たちを見返してやるんだから。あ、雪風。これから上体を後ろに反らせて片足を高く上げるから後ろで支えてくれる?」


雪風「うん、いいよ……あ、吹雪ちゃんストップストップ! このままじゃあ転覆しちゃうよ! あああ~」


吹雪「……ハアハアハア…危ないところだったわ。こんなことで転覆事故を起こして救援を呼んだら笑われちゃうわ」


雪風「ねえ吹雪ちゃん。やっぱり吹雪ちゃんはトップヘビー…じゃなかった。少しぐらいふっくらしていたほうが可愛いと思うよ」


吹雪「あら、そんなこと言ってるけどわたしがイタリアのナヴィガトリ級姉妹のようなモデル船体になるのが怖いんでしょ。その手には乗らないんだから」


雪風「は!?…んー…金剛さんから二人で食べるようにって凮月堂のケーキもらったけどそれじゃあいらないんだね。持って帰って他の娘と分けるよ」


吹雪「エエッ…ダメよーッ!」


吹雪「パクパク…ああ…こうして駆逐艦同士で足を引っ張りあってダラクしていくんだわ」


雪風「…………やっぱり美味しいね、凮月堂のケーキ」

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