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16. コップの中の希土戦争6(それぞれのザ・ロンゲストデイ)

少年 團結す 白虎の隊,

國歩 艱難かんなん  堡塞を まもる。

大軍 突如  風雨 きたり,

殺氣 慘憺さんたん  白日 くらし。


佐原盛純『白虎隊』より

わたしは戦艦金剛のフカフカのベッドで目を覚ました。


今日はヤウズとアヴェロフの和解の席を設ける大事な日だ。


朝食を取るために戦艦金剛の第二士官室に行くとそこには既に金剛はもちろん、ウォースパイト、マレーヤ、榛名が集まっていた。


金剛はわたしが座った席に朝食が乗せられたトレイを差し出すと


「おお、提督。今日はアヴェロフとヤウズを和解させる大事な日じゃ。あの二人も帝国主義とやらの時代に生きた歴史に縛られておるが、お主の言ったとおり、内心ではそれを乗り越えたいと考えているはずじゃ。わしは必ずや上手く行くと信じておるぞ」


挿絵(By みてみん)

金剛「わしは二人の和解が必ず成り立つと信じておるぞ」



ウォースパイトは朝食を既に食べ終わりナプキンで口元を拭いながら


「あの二人の問題はわたくしたちと共通の問題だわ。二人が和解すればわたくしたちフリートにとっては小さな一歩だけど大きな前進になるはずよ。ゴッドスピード、全能なる主と母なる大地の女神のご加護があらんことを」


挿絵(By みてみん)

ウォ―スパイト「ヤウズとアヴェロフの問題はわたくしたちの問題でもあるのです。マイアドミラル」



朝食と執務の境目にあたる時刻なので皆は忙しく動いている。司令部の従卒艦たるジャーヴィスと雪風は室内室外を忙しく出入りしている。グラスゴーはマレーヤとウォ―スパイトが食べ終えた食器を片付けている。


彼女たちが忙しく動いているが、わたしはいつものように焼きたてのバター付きトーストに小倉あんをたっぷり塗ってゆっくりと食べている時、金剛が榛名と今日の打ち合わせをしているのが耳に入った。


「それで榛名、和解の席はお主のフネに設けるのじゃの?」


「はい。その席ではお茶を立てようと考えています。あの二人の気持ちも落ち着くでしょうから」


挿絵(By みてみん)

榛名「榛名は二人を和解させるために微力を尽くすつもりです」



榛名の言葉を聞いてマレーヤが「なるほどな。日本伝統のティー・セレモニーか」と呟く。


続いてウォースパイトが

「ヤウズとアヴェロフ、あの二人にとっても初めての経験ね。ジェット旅客機が出てくる以前は極東…ファー・イーストは言葉通り本当に遠かったわ」



榛名は二人の顔を見ながら


「わざと格式ばった席にして心理的な圧力を加えるやり方も無いではありませんが、今回はあの二人に寛いでもらおうと思います。ですから茶室では無くて甲板で野点にするつもりですわ。今日はお天気も崩れませんし」


すると金剛がいつもながらの軽口を飛ばす。

「まあ茶室にしたらアヴェロフのデカい尻では入り口でつっかえて中に入れないかも知れぬの。そうなったら後ろから蹴飛ばすしか無いから野点で正解じゃアハハハ」


…『サザエさん』や『フジ三太郎』でそんなコメディがあったような。にじり口に入れないほど太った女性をギャグの対象とする内容だから現在は許されるかどうかわからない。



「もう…お姉さまったら…ここだけですよ、そんな冗談が通じるのは」

榛名は顔を赤らめながら姉をたしなめる。


金剛は

「わかっておる、わかっておる。ところで茶碗はどうするのじゃ? わしのフネの小納戸に曜変天目の真作が三つあるが持って行っても良いぞ。提督、ヤウズ、アヴェロフでちょうど数も合うわい」


確か曜変天目の真作って日本には三つしかなくて全てが国宝としてそれぞれの所蔵機関で厳重に管理されているのでは…


その事を金剛に問いただすと

「安心するがよい。これは江戸川乱歩にでてくる怪人がやるように美術館から失敬したわけではない。わしが持っておる天目茶碗は人間界にあるものの影…いうならばエイリアスじゃ。異界にはこういう遺物がたくさんあるのじゃ」


エイリアスってプログラミングに使う言葉じゃあ?…そんな概念まで現実のものにするなんて…


わたしが戸惑った顔をしていると金剛は補足したほうが良いと思ったようだ。


「ほれエイリアスというのは電気計算機を動かす時に使う言葉じゃ。電気計算機は今では何というのじゃったか…ついど忘れしてしもうて…ええと…ダイコンでは蕪の兄弟分じゃな…」


「お姉さま、電子計算機は今ではマイコンと言うそうですわ」


どことなく自信ありげに答える榛名…タレントのみのもんたの言葉を借りれば彼女たち金剛型は明治生まれ、大正生まれのお嬢さんたちだ。情報収集には積極的でもどこかミスマッチなのはもう慣れた。


「マイクロコントローラを縮めた言い方だそうです」


…え? 榛名のいう事も間違ってはいないのか。わたしはマイコンと言えばてっきりマイ・コンピューターの略語で1980年代の流行語だと思っていたが...マイクロコントローラの略称なら現役の日本語でいいのか...


バツが悪くなったのでわたしは話題を変えようとする。

「ええと……いずれにせよこの話はともかくとして他に打ち合わせることは? 榛名、他の茶道具はいいのかい?」


「釜はぶんぶく…あらいやだ、金剛お姉さまの口癖がうつってしまって…釜は榛名の小納戸から平蜘蛛を出すつもりです。こういう大事な席ですからやっぱり名物を出さないと」


「平蜘蛛の釜って松永久秀が壊したというあの?…でも何故榛名がそれを持っているんだい?」


「信貴山城で壊されたかどうかは諸説あるそうですが…今、榛名のフネにある平蜘蛛はここの異界に流れついたものです」


「この異界って何でもあるのかい?」

わたしは驚いて…半分呆れて榛名に尋ねる。


「何でもあるのかどうかはわかりませんが…人間の世界で失われたものはしばしばここに現れるようですわ。もとの時代を離れて(なれ)はそも波に幾月(いくつき)幾年(いくとせ)かも知れませんね」


名詩をもじった引用をして文学少女のような一面を見せる榛名。


そういえば旧海軍は陸軍と違って幼年学校が無かったから士官の多くは旧制中学を卒業して海兵に入学した。


そのため及川古志郎が石川啄木と同窓だったように海軍士官は旧制中学の文学趣味に影響を受けていてそれを榛名も受け継いでいるのかもしれない。


わたしは榛名に言葉を返した。

「人間の世界と異界をつなぐ海上の道があると考えるのも中々のロマンだね」


「まあ、提督ったらフフフ…確かにロマンですわ」


口元を押さえて笑った榛名の慎ましやかな笑顔に魅かれてわたしはつい彼女の白魚のような手を握る…


「今日の和解の席は戦争による破壊と再生の記憶が二人の共感を開く鍵になる。それにはあの二人と共通の経験を持っている君だけが頼りだ…君にとってはつらい思い出になるが…」


「提督、榛名のことはご心配なく…今日は榛名にお任せくださりませ」


冗談めかして大河ドラマ『利家とまつ』の松嶋菜々子のような決めゼリフを言ってわたしの気を楽にしようとしてくれる榛名。


わたしは申し訳無さと愛しさが重なり、より力をこめて榛名の手を握りしめる…


「あの…提督…みなさんの前ですわ…それにここは金剛お姉さまの艦ですからこれ以上は…」


顔を赤らめながらうつむく榛名。わたしはハッと気がついて手を離す。


うかつなわたしは戦艦榛名の艦内ならこれ以上はいいのかなどと思いつく頭の回転の速さは無い。


頃合いを見計らった金剛が介入する。

「オホン。あの二人が来るまではまだ時間があるが、早めに準備に取りかかったほうが良いの」


そして金剛はわたしに書類を見せる。

「ほら、提督、本日の予定表じゃ。お主のサインが必要になる」


わたしがサインすると

「よし、提督の許可を頂いたからこれで発令じゃ。それでは本○○時をもって作戦開始じゃ。かかれ!!」


そして司令部が動き出した。ジャーヴィスと雪風が海域周辺の警備に向かう。


グラスゴーはハント級駆逐艦のローダーディルやハースレイを率いてギリシャ艦の基地サラミスに出発する。アヴェロフがこちらに来るのでその間に戦闘艦がいなくなるサラミスの警備のためである。


マレーヤと「そのまま片道切符にしてやってもいいんだぞ」「グラスゴーがギリシャに貸与された史実なんてありませんから!!」

という会話を交わしながら。


朝食をとっていたわたしもカップに残っている紅茶を飲み干して急いで戦艦榛名に乗り移る。


戦艦榛名ではハント級駆逐艦のハースレイと同じくローダーディルが榛名と何やら話し込んでいる。


ハースレイが

「では、これでわたしたちが戦後にギリシャに赴任した時の経験は全てお話しました」

ローダーディルが

「それではわたしたちはこれからサラミスの警備に向かいます。どうか幸運を」


そう言い残して二人はグラスゴーとともに出航していった。





挿絵(By みてみん)

ハースレイ「ギリシャも久しぶりね。あの南国の陽光と、そして...」


挿絵(By みてみん)

ローダーディル「ええ...大戦は終わったけどあんな事に巻き込まれるなんて...本当に苦い記憶だわ」



ハント級駆逐艦のハースレイとローダーディルは第二次大戦後にイギリスからギリシャに貸与された艦だ。


榛名は昨晩のうちにギリシャの戦後史について直接の経験者である彼女たちからレクチャーを受けたようだ。


わたしはヤウズとアヴェロフを続けて訪問した疲れが出て休んでいたところだった。


相変わらずの自分の迂闊さに舌打ちしていたところ、榛名からギリシャの戦後史…内戦の記憶を聞いてますます気持ちが重くなった。


そんなわたしに榛名はニッコリ笑って言う。

「榛名は非才の身ですが五省のことを尽くすしかありません」


かくして和解の席の時間となり、巡洋戦艦ヤウズとフリクト・アヴェロフが戦艦榛名に接近してくる。


ヤウズとアヴェロフを先導しているのはジャーヴィスと雪風である。この二人がピタリと息を合わせたおかげで、巡洋戦艦ヤウズとフリクト(戦艦)・アヴェロフは同時刻に戦艦榛名に接舷した。


実はあらかじめ金剛が雪風やジャーヴィスに対してヤウズとアヴェロフが榛名に着く時間が前後しないように強く指示していたのだ。


先についた後になったでどちらかが心理的な優越感を相手に与えないようにするためだという。


野点の席が設けられている戦艦榛名の後部甲板に乗り移ったヤウズとアヴェロフ。しかし挨拶もしなければお互いの顔を見ようともしない。相手の心を突き刺す口撃舌戦に至らないだけまだ理性があると言うべきだろう。


目に鮮やかな緋毛氈を二人は興味深そうに眺めている。トルコは中近東文化圏なのでヤウズは迷うこと無くあぐらをかいて座ったがアヴェロフは少し戸惑っていた。


すると榛名が片手を軽く振る。アヴェロフの座る席に彼女の両足が入る空間が出現する。アヴェロフはそこに足を差し込んで座った。


ここでモタモタしたことがプライドの高いアヴェロフを刺激してしまったか…わたしはそう考えて、わたしの横の榛名をチラッと見た。


榛名は何事もなかったかのように平然と言った。


「本日は榛名の野点の席に来ていただきましてありがとうございます。幸い今日はお天気が崩れる心配もありません。この四人で楽しい時間を過ごしましょう」


平蜘蛛の釜はシュンシュンと鳴っている。榛名は釜を注意深く見ている。もう少ししたら湯が沸くだろう


ヤウズは自分が座った横に置いたトランクを開けて何かの包みを取り出した。

「ティー・セレモニーにはミズガシ…果物が必要だと聞いている。みなの口に合うといいのだが…」

それはイチジクだった。


するとアヴェロフは

「あら偶然ね。わたくしも同じものをナヴァコス(アドミラル)と榛名に食べてもらおうと思って…」

ことさらにヤウズの名前を抜いて彼女が出したのはやはりイチジク。


そうか、トルコもギリシャもイチジクが名産だった。しかしそのために二人のライバル意識に火がついてしまったようだ。


アヴェロフが早速口を開く。

「ねえ、ナヴァコス。トルコのイチジクなんかパサパサで美味しくないわよ。歯触りが柔らかいエラーバ(ギリシャ)のイチジクを召し上れ」


ユナン(ギリシャ)のイチジクなんて酸っぱいだけだぞ。ここは大粒で甘味が濃厚なトゥルキェ産のイチジクがいいぞ、オルミラル」

とヤウズ。


「あーら。そういえばトルコのイチジクってやたら甘ったるいのよね。甘ったるいイチジクばかり食べているから軍人の頭も甘々になって我がエラーバとの戦争でコテンパンに負けるのよねぇ」


「ほう...それではギリシャのイチジクを食べればメガリ・イデアなどという誇大妄想を抱いたあげく、アナトリアの内陸深くへ進軍してサンガリオス川で敗北するような無謀な真似をするようになるのかな?」


「な! 何ですって! メガリ・イデアが誇大妄想!? !キーッ!!」「おまえこそわたしたちの頭が甘々と言ったのを取り消せ! カーッ!! 」


イチジクをきっかけにあの大原大蔵と嶺山知一のような諍いを始める二人。確かイチジクは平和の象徴じゃなかったっけ。


「「こうなったら宣戦布告よ(だ)!!」」


いい加減わたしが止めさせようと腰を浮かしたら、野点の席に突然強い風が吹く。


その風は桜の花吹雪である。びっくりすると野点の席の周囲に花が満開になった桜の木が出現する。


これは榛名が幻術を使ったようだ。日本艦は自らが祀っている艦内神社を通して霊力を発揮できる。中でも金剛型の艦内神社はいずれも修験道の霊山を鎮守する神社なので、彼女らは超自然の験力を使いこなすと聞いた。榛名の神社は群馬高崎市の榛名神社で、中世は密教と融合した神仏習合の満行権現を祀っていた。


ちなみにこれらの神社は明治以降は神仏分離が行われたので、金剛たちに分祀された時は既に修験道の道場は無くなっていたはずだ。その事を金剛に問いただすと


「頭が禿げるといかんからあまり細かいことを気にしすぎるでない」


という返事だった。閑話休題。


美しい桜の花吹雪に見入っているアヴェロフとヤウズに榛名がにっこりと笑って話しかける。

「今日のお席は決まった作法を設けません。あるとすれば同席者に敬意を払うのがただ一つのお作法ですわ」


平蜘蛛の釜から湯が沸く音が聞こえた。榛名が無駄のない動作で茶を点てる。


榛名から抹茶の入った曜変天目茶碗を受け取る。ええと三回...じゃなくて時計回りに二回半...つまりは茶碗を美しさを見てもらうために対手に正面を向けるのだったか...そして天目茶碗をゆっくりと鑑賞する。


しかしずっしりとした重さを感じる。歴史の重さだ。果たして自分に扱えるのだろうか。


「いかがでしたか?」「美味しかった、ありがとう」


わたしの謝辞に榛名は笑みで応えた後で話し始めた。


「人にもフネにも心の奥にしまっておきたい思い出はあります。ですが、着物と一緒で時には外に出して干したほうがよいのかもしれません。この榛名にもそれはあります」


わたしは榛名の話を引き出すためにあえて彼女を促した。果たしてうまく行くだろうか。


「わたしたちに話して気が楽になるなら聞くよ。榛名の思い出と言うと1945年の8月15日かい?」


榛名はわたしの顔を見ながら話と続ける。


「戦後になってその日は日本の一番長い日と呼ばれました。ですが、榛名にとって一番長い日…ザ・ロンゲストデイは米軍の呉軍港空襲が行われた昭和20年の7月28日なのです」


いつもは控えめな榛名だが、今日は彼女にしては長い話をしようとするのでアヴェロフもヤウズも興味深そうな表情だ。


「レイテの戦いの後は連合艦隊も力を失い、榛名たち戦艦は内地に帰還することになりました。台湾沖で姉の金剛を失い、潜水艦の雷撃を警戒して風声鶴唳にも怯えるように(くれ)に戻ったのは昭和19年12月20日でした」


海上から微風がそよいで来て端坐していた榛名の髪が揺れる。


「アメリカ軍による呉軍港空襲が初めて行われたのは昭和20年の3月でしたが、本格的に行われたのは20年の7月24日と28日。天一号作戦が失敗に終わった後で既に沖縄を失い連合軍は刻一刻と本土に迫っておりました。降伏か徹底抗戦か、日本は官民老若男女合わせての本土決戦を決意しました。このような危急存亡の時なのに連合艦隊を動かす油は無く...榛名は呉の対岸の小用の港に係留されたままでした…」


当時を思い出したように苦々しげに呟く榛名。



「空襲が始まる直前には白いキラキラしたものが降ってきたのを覚えています。真夏なのに雪…?と驚きましたが、我が軍の電探を妨害するためにアメリカ軍がばらまいた錫の破片でした。見とれている暇も無くすぐに爆撃が始まり…大軍突如、風雨來たり,殺氣慘憺、白日晦し。アメリカ軍の航空機は太陽を覆い隠すような数でした。両日あわせて投入されたアメリカ軍航空機は950機だったと戦後になってから聞きました」


ヤウズが腕を組んで考えこむように言う。

「二度目の大戦の時はわたしも航空機に備えてラインメタル製の対空砲を装備したが…それだけの数の航空機にはとても戦えないだろうな」


アヴェロフも

「ウォースパイトたちイギリス艦がナチスの航空攻撃に敗北したクレタ島の戦いを思い出すわね。そして思い出したくも無いけどキルキスやレムノスがやられたサラミスへの空襲....」


「身内褒めになりますが、吉村真武艦長の指揮のもと、榛名の乗組員は奮戦したと思います。28日の空襲では測距儀を破壊されたにも関わらず目測で三式弾を発射して敵機を撃墜しました。ですがアメリカ軍の激しい攻勢にはかなうまでもなく、ちょうど高須の沖に停泊していた出雲さんと二人で最後の時を迎えることになりました」


ヤウズとアヴェロフは「ほう…あの出雲さんが…」という顔をする。


日本海海戦にも参加した装甲巡洋艦出雲は第一次大戦の時にUボートによる通商破壊から連合国商船を護衛するための第二特務艦隊の旗艦として地中海に派遣され、その活動は高い評価を得た。また支那方面艦隊の旗艦として国際都市上海に長くその姿があった。


そのため彼女は西洋諸国の艦にもよく知られている。イギリスで建造されたこともあるかも知れない。


挿絵(By みてみん)

出雲「もはやこれまで。すっかり囲まれて呉の港にも戻れませんね」

榛名「これは出雲さん…榛名も良い道連れができました」

出雲「総数600隻を越える帝国海軍…これほどあっけないものとは思いませんでした。日本海海戦の栄光が夢のよう...フフフ」


挿絵(By みてみん)

榛名「…榛名はまるで悪夢を見ている思いです。日本は興亜建設のために英米と戦ってきたのではなかったのですか…」

出雲「いえ…わたくしが上海にいた時、中国に対して残酷なまでに無邪気な我国の人々を見ていると危ういものを感じておりました。……ですが、それもこれも時代というものなのでしょう」

榛名「時代ですか…」

出雲「はい……それでは榛名さん…わたくしはお先に参ります…」




「出雲さんは転覆。榛名は13発の直撃弾を受けて両舷から浸水し、そのまま着低することになりました。そして確か8月6日のことでしたでしょうか。天空に全ての生命を飲み込むような光が輝き…15日には榛名がお召艦を務めて以来の懐かしいお声がラヂオで流されて大東亜戦争は終わりました」


ヤウズが呟く

「時代...わたしたちの言葉で言えばザマンZaman...いや、わたしの生まれ故郷の言葉でいうツァイトガイストzeitgeist...時代精神になるのかな。これは人間が創り出したものなのにいつのまにか人間が支配される。まして人間に動かされているわたしたちは抗いようもない。最初の大戦を起こしたと批判されているが、マイン・カイザーもその犠牲者だった...」


ヤウズは何人も真似できないほど流麗に「マイン・カイザー」と発音した。オスマン帝国皇帝を「我らがパーディシャー」、ムスタファ・ケマルを「アタトゥルク」と呼ぶヤウズにとって、「我が皇帝」と呼ぶのはただ一人...第3代ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世だろう


榛名はヤウズの言葉を受けて話を続けた。


「時代精神…人々の価値観が変わる恐ろしさを榛名が思い知ったのは戦争が終わった後です。いくさに負けたという感傷に浸っていることができたのはあの15日が最後、16日からは戦後処理が始まりました。榛名が着低した小用の港は江田島から本土に向かう時の外港でしたから、兵学校の生徒さんのような帰郷する海軍関係者でごった返していました。中にはどうせアメリカに引き渡すのだからと軍の物資を勝手に持ち出す方も…70年の歴史を持つ帝国海軍はあわただしく解体されていきました」


榛名はそこで目を閉じて心の奥から絞りだすように

「そして…榛名たちもいずれアメリカに引き渡されると考えた海軍上層部によってある決定が下されました。昭和20年のいつ頃だったでしょうか。事務官と職工の方たちが曳舟に乗ってわたしに近づいて来ました。彼らは艦首に来ると足場を組んで…わたしに付けられていた菊のご紋章を取り外そうとしたのです!


「もし榛名たちがアメリカ軍の管理下に置かれた時に彼らが皇室のご紋章に無礼を働かないための処置だったといいますが、榛名たち軍艦の名誉の印を無体にも…! 榛名は抵抗しましたが無駄でした。あの方たちは『さすがに戦艦は巡洋艦や空母と違ってしっかりくっついているなあ』と言いながら大工道具でゴリゴリと…あの時の悔しさは忘れようとしても…」


アヴェロフやヤウズたちには菊の紋章の話はわかりにくいようだ。そこでわたしが説明する。


「1947年以前の日本の陸海軍は制度上は天皇…英語でいうエンペラーが統率することになっていた。海軍の艦艇はエンペラーからの授かり物という意識が強かったのだが、中でも艦首に皇室を示す菊の紋章を掲げることは大型艦にのみ許される特別な栄誉だった」


特別な栄誉と聞いてヤウズもアヴェロフも納得した顔になった。


「ですが、主上が統帥する陸海軍…その栄誉にはもはやなんの意味も無くなりました。あの8月から一年もたっていない昭和21年正月には陛下の人間宣言、そして翌2月からは全国ご巡行…広島に来られる前に榛名は解体されましたが、新聞でお写真を拝見したあのお方は軍装を捨てられて…もはや榛名にご搭乗されたときの大元帥陛下と同じ方には思えませんでした」


榛名はみなの前で取り乱さないように己の感情を抑えて話しているがそれでも時折声が乱れる。


「榛名は人間の姿で呉の町に出ることがありましたが、あの8月15日の前とは異なり町の人々は海軍の悪口ばかり言っていました。これは戦時中に大本営が隠していた敗北の情報が公開されたためもあるので非難は受け入れなければなりませんが…大破着低の影響が人間体にも及び、不自由な足で杖をついて歩く榛名を気遣ってくれる方がいらっしゃったのが救いでした」


「そして榛名、キミは昭和21年5月から7月までの期間に解体された」


「はい…人の世との別れを惜しんで呉の町や時には広島まで足を伸ばしましたが、世の中は新憲法の話で持ち切りでした。6月26日の国会で吉田茂首相が新憲法は自衛権をも放棄するという答弁を行ったという報道を聞いてこの先の日本の国防は…と暗澹とした気持ちになりました。


「戦災孤児もたくさん見かけました。榛名の着物の裾をめくろうとするのはまだ良いほうで、時にはその…占領軍兵士に榛名を斡旋しようとした子供もいました。でもあの子たちも敗戦が無かったらご両親のもとで健やかに育っていたと思うと責める気にはなりません。責められるべきは榛名たち帝国海軍の不甲斐なさです。


挿絵(By みてみん)

榛名「これが榛名が守ろうとした...いえ守ることができなかった国の姿。先に向こうに行かれた金剛お姉さまたち、大和さん、出雲さんたちに何と言えば...でも人々から活力が失われていないのが唯一の希望...」




「もっとも占領軍兵士に裏道に連れ込まれた時は別の意味で丁重におもてなししましたが…榛名も柔道剣道銃剣道の心得がありますから、格闘技に詳しい方が言われる素人丸出しテレフォンパンチをダッキングでかわして、杖でこめかみを強く叩いたら二人ともうずくまったままになったけど大丈夫だったかしら。でも日本の女性に同じ事をしていると思うとこれも暗澹とした気持ちになりました。


「そして7月には榛名の解体も終わりました。解体された榛名は日本復興の資材になると旧海軍の職工の方が声をかけて下さったのには慰められましたが、終戦から一年も経たないのにあれほどの世の中の変わりよう…時の流れがあまりにもはやすぎました。もう少し緩やかであったならばあの時の榛名の心も救われたでしょうか」


ふとアヴェロフを見ると彼女はハンカチで目頭を抑えていた。

「榛名もつらい思いをしたのね…エラーバだってナチス・ドイツから解放されたと思ったら東西の冷戦に巻き込まれて兄弟で殺しあうような内戦を…わたくしはそれを海上から眺めていたけど…ナチスから祖国を救いだすためにイギリス軍に加わってオールド・ドッグと蔑まれながら戦ったわたくしの苦労は…地中海で撃沈されたヴァシリッサ・オルガの犠牲は何のためだったのかしら…オリンポスの神々が人間に渡す甕には災いしか入っていないのね」


榛名が言葉を続ける。

「戦後のギリシャの内戦はハースレイさんやローダーディルさんから聞きました。内戦を認めたくないばかりに政府に抵抗した共産主義者を『ギリシャ人では無い』と見なすとは何という…」


「わたくしたちエリネスはエレフセリアΕλευθερία…自由を何よりも愛するの。内戦では政府軍も民主軍も末端の兵士はエレフセリアを守るためだと信じて戦ったの…でも民族主義を掲げた軍事政権も、民主軍を支援していたソビエトやユーゴの共産主義政権もエレフセリアを弾圧していたなんてあまりにも辛辣すぎる皮肉だわ」


そこでアヴェロフは感情を抑えられなくなって…

「お願い、みんな、ちょっとだけわたくしの言うことを聞いて。メガリ・イデアの理想はエーゲ海のエリネスがトルコの支配から脱してエレフセリアを得るためのものだった。それは旧領土と新領土の人たちの政争を生んだけれどもそれは仕方ない…自分の意志を主張しながら少しずつ歩みよる努力をするのもエレフセリアだものね。でも…


「戦後の軍事政権は民族主義を掲げて古代ギリシャの文化を復興しようとした。それはいいわ。でも…でも彼らは権力を維持するために、自分たちに反対する人間はエリネスでは無いと言ったのよ! これがメガリ・イデアの夢から覚めた現実なんて! そして軍事政権に抵抗したコミュニストも権力と闘争のためなら容赦なく他者のエレフセリアを奪う人たちだった…


「だけどメガリ・イデアの理想が変わってもわたくしは変わらずにエラーバ海軍の象徴として…救国の英雄として神像のように崇拝されたのよ! 悲劇的な最後が伝説となったアキレスやヘラクレスよりも意地の悪い運命を投げつけて来たものだわ! オリンポスの神々は! オホホホ! 笑うしかないわ」


アヴェロフがトルコの支配からの自由と言ったので、ヤウズはどう考えるのだろうと思ったが、ヤウズは

「わたしもアヴェロフと同じだ。同じなんだ。オスマン帝国がトゥルキェ共和国になってもわたしは変わらずに国の旗艦だった。だが我が国は大きく変わった。帝国のコスモポリタニズムから共和国の民族主義へ…


「東の内陸部ではすでに帝国末期にアルメニア人虐殺という痛ましい事件が起きてしまった。しかしイスタンブルでは変化はゆっくりと訪れた。希土戦争が終わってアナトリアの住民交換が行われた後もイスタンブルには多くのユナンチャ…ギリシャ人が住んでいた。あのオリエント急行の三等客車はギリシャの親戚に会いに行く彼らで一杯だったのはあまり知られていないかな。その彼らもキプロス紛争に伴うトゥルキェ化政策で国外へ…


挿絵(By みてみん)

「20世紀はじめ、イスタンブル・ガラタ地区のギリシア人コミュニティ」(https://x.com/RomeInTheEast/status/1954524407415640205/photo/1)


「わたしが金角湾に錨を下ろした時はトゥルキェ人に混じって多くのユナンチャが見物に来てくれたものさ。共和国の旗艦であるわたしにとっては彼らも自分が守らなければと勝手に思っていたよ。だが彼らが第二の故郷を追われるのを黙って見ているだけだった…トゥルキェ海軍の象徴だって? 政治の力、そして歴史の大きな流れの前には何もできなかった!…んだ…」


高ぶる感情を抑えて話すヤウズ。


アヴェロフはそんな彼女を見て

「そう…ヤウズ…あなたも…思えばわたくしたちは本当に国家の政治や歴史に翻弄されてしまった…」

そう言うとハンカチを取り出して顔にあて、さめざめと泣きはじめた。


そんなアヴェロフを見て心が痛む。だがどのような言葉をかければよいのだろうか。


わたしのポスドクとしての半生も21世紀初期のグローバル化や新自由主義、そしてSNSの普及による伝統的な人文系教養の崩壊に翻弄されたものだった。だが自分の歩んできた人生や行ってきた仕事に対して未だ答えは出ていない。


そんなアヴェロフに榛名が声をかけた。

「ギリシャでは人々の運命を神々の意志だと考えると聞きました。我が国ではそれを行雲流水と表現します。あの戦争が終わった直後は連合艦隊は『海の戦争犯罪人』と罵られました。でも最近ではテレヴィ・ゲームに取り上げられて人気が出ていると聞きました。榛名たちは自分の意志を越えて姿かたちを変えていく雲や水の流れのようなものです」


彼女たちにとっては新鮮な響きの例えだったらしい。アヴェロフやヤウズが興味深く榛名を見る。


榛名は続ける。

「榛名は迷いました。今でも迷っています。でもあることに気がつきました。世の中の意志ならざる意志によって刻一刻と移り変わる行雲流水…それでも榛名はここにいる…と」


アヴェロフは聞き返した。

「……それでもわたしはここにいる…?」


榛名は答えた。

「はい、それでもわたしたちはここにいます」


…それは自己主張に似ているがそうではない。榛名にとっては個人の意志や自由を越えた一つの真理なのだろうか。


アヴェロフはしばらく無言でいたがやがて

「それでもわたくしたちはここにいる…..その通りだわ。そしてそれを受け入れることは運命を嘆くことでも逆らうことでも無いということね...。ではここでするべきことをしなければならないわね」


ヤウズも言った。

「そうだ。アヴェロフの言うとおりだ」


やおらアヴェロフは頭を下げて

「ヤウズ、主力艦会議ではあなたにひどいことを言ったわ。許してちょうだい」


ヤウズも頭を下げて

「こちらこそキミにはひどいことを言ってしまった。特に戦艦ではないから会議から出ていけという言葉は撤回する。すまなかった」


挿絵(By みてみん)

ヤウズ「アヴェロフ、わたしの暴言を許してほしい」




そして二人は立ち上がり

「「オルミラル、ナヴァコス、そして榛名たちには面倒をかけた(わ)。今後二度とこのようなことはしない」」

わたしたちに向かって深く頭を下げた。


ここ数日間の懸案が解決したことをわたしは知った。


安心のあまり身体の力が抜けかけたが榛名がわたしの横に来てそっと支えてくれる。


「おお、二人とも仲直りしてくれたようじゃの。いや、よく決断してくれた」

「これもマイアドミラルのご人徳ですわ。榛名もご苦労様」


いつの間にか金剛とウォースパイトがこの場に来ていた。二人が来てくれたので心に余裕ができて周りを見るともう日が傾きかけている。


アヴェロフとヤウズは金剛とウォースパイトにも心配をかけたと謝る。


「いや、お主たちを気にかけていたのはわしらだけでは無いぞ。もう一度この海域を見るがよい」


気づくとこのフリートの多くの艦艇が集結している。


「これから二人の手打ちができたことの祝いの会じゃ。いやあれほどいがみ合っていたトルコ艦とギリシャ艦が仲直りしてめでたい、めでたい」


和解の席は榛名に任せきりにしていると思っていたが、金剛やウォースパイトはこの時のためにみんなを集めていたのか。


和解ができなかったらフリートの艦艇みんなで説得する。和解が成り立っていたらみんなで祝ってフリート全体の記憶として定着させる。老獪な二人が考えたことのようだ。


そして海域に集結している艦艇の間をすり抜けながらカッターが戦艦榛名に近づいてきて接舷した。


ラッタルから乗り込んで来たのはトルコ巡洋艦ハミディエを連れたマレーヤだった。


確かアヴェロフはハミディエとも仲が悪かったが…


しかしアヴェロフはハミディエを見ると


「あらハミディエ。バルカン戦争であなたの通商破壊戦に悩まされたわね。あなたの航路を地図に写しながらわたくしが出撃するべきかどうか真剣に考えていたわ。砲火こそ交えなかったけれども図面の上の戦いだった。今となっては懐かしい思い出よ」


「何よ。そんな力のぬけたような事を言われたらこちらも気がぬけるじゃない。何だかつまらないわねぇ」

とハミディエ。


わたしはハミディエに言った

「これでトルコとギリシャの和解が成立したけど、キミはこれでいいね?」


「ええ、この席の話はさっきマレーヤから聞いたけど旗艦のヤウズが決めたことなら異存は無いわ。それにマレーヤに言われて思い出したの。無駄な戦いは避けて交渉で解決するのが我が夫ラウフ・オルバイの信念だったことをね」


ラウフ・オルバイはハミディエの艦長を努めたこともあるトルコの政治家だ。海軍軍人としても有名だが対イギリス外交でも活躍した。ハミディエは自分の乗組員の全員を夫と呼んでいる。(第12話)


マレーヤが言った。

「これでハミディエも納得してくれた。ギリシャ艦のヘファイストスはもともと穏健派だし、今回はこれで解決できたといってもよいだろう」


「ああ、マレーヤ、ハミディエを説得してくれてキミもご苦労だった。しかし、これで一件落着だと思ったら気が抜けて急に疲れがでてきたよ」


挿絵(By みてみん)

マレーヤ「今回はこれで解決できた。榛名はよくやってくれた」




「ふふふ…では今夜はわたしの艦で休むか? 金剛のように添い寝してやってもいいんだぞ?」


マレーヤのきわどいジョークに驚いて抜けた気が戻ってきた。


「冗談だ。みなが集まっているからな。アドミラルとしてもう少し気を張っていてくれ」


気がつくと陽が落ちて夕闇が迫ってきた。すると各艦がライトアップを始めて華やかな夜になった。


アヴェロフはどうしているだろう。周囲に視線を走らせると遠くの後部甲板に彼女が佇んでいるのが見えた。


わたしは歩みよって

「どうだい? 少しは重荷が楽になったかい?」

「今回はナヴァコスに心配をかけちゃったわね。でも色々と心を砕いてくれて助けられたわ。ありがとう」


「いや、アヴェロフやヤウズを説得したのは榛名だしそれを陰でサポートしたのは金剛たちだ。ボクは何もしていないよ」


「でもわたくしに会いに来てくれたじゃない、嬉しかったわ。あなたとお話したおかげでわたくしも本心を出せたのよ。ほんとうにありがとう」


そう言うとアヴェロフはわたしにすっと近づいてきてそっと唇を重ねた。


しばらく二人だけの時間が流れていく。わたしは驚きつつもアヴェロフの腰を抱きながら彼女の唇の味を…


そのうちにアヴェロフはわたしから身体を離すと


「それじゃあね、ナヴァコス。あなたがわたくしを操艦する日を楽しみにしているわ」


アヴェロフは戦艦榛名の甲板から自分の艦の甲板へギリシャ神話のニンフのように空にフワリと浮かんで戻って行った。


挿絵(By みてみん)

アヴェロフ「ではまた会いましょう。あなたに操艦される日を楽しみにしているわ」




操艦ってなんだ…?


気がつくと金剛が側にいる。冷やかされるのかと思ったら彼女は真面目な顔で…


「フム…そろそろ時期が来たようじゃの。提督、お主も司令官としてもう一段上に昇ってもらうとするかの」


…一体なんだ?わたしの頭の中で疑問と不審がぐるぐる回るうちに夜は更けて行った。(この章終わり)


金剛

「やれやれようやくアヴェロフとヤウズの一件も解決したのう。全く手を焼かせおって」


ウォースパイト

「でも今回は榛名に助けられたわ。彼女が自分の心の中を開いたからあの二人もそれに応えてくれたのよ」


マレーヤ

「まったくだ。榛名がしてくれたことはこれからの我らがフリートで同様の問題が起きた時の指針となるだろう。戦闘勲章と同じくらいの功績だ」


金剛

「こらこら二人とも。あれしきの事であまり誉めちぎってくれるでない。持ち上げすぎたら却って本人のためにならぬでの」


マレーヤ

「ハハハ…無理するな無理するな金剛」


ウォースパイト

「そうよ、誉める時は思い切り誉めてあげないと…ところで榛名は…マイカズン、我がいとこ殿はどこに?」


金剛

「おお…あそこに霧島と二人でおるの。何を話しているのじゃ?」


霧島

「ほら…榛名、もうお酒はそれぐらいにしておきなさい」


榛名

「うえっ…ういっ…き゛りじまぁぁ…はるなのお酒がろめらいのぉおぉ(霧島、榛名のお酒が飲めないというの?)」


霧島

「あーあーすっかり出来上がっちゃって…ほらほらしっかりなさい」


榛名

「ぎりじまぁ(霧島)…あぬぁた(あなた)は一番よいときにぜんじしたわねぇ(戦死したわね)。あぁのとぉきはまぁだせんきょおは悪くなかったわぁよねぇ(あの時はまだ戦況は悪くなかったわよね)。はぁるななんて最後までいぎのごったぁかぁらあ…みたくもないものまでぇ(榛名なんて最後まで生き残ったから見たくもないものまで)」


霧島

「はいはいそのはなしは何度も聞いたから。まあわたしもワシントンとサウスダコタ、最新のアメリカの戦艦二隻を相手に回して戦ったから沈められたとはいえ悔いは無いけどね」


榛名

「うわぁぁん…ぎりじまぁ…はるなはあなたがうらやましい…うわぁぁん」


比叡

「榛名!! これはどういうことなの!! 淑女の範となるべき戦艦が人前で酔いつぶれるなんて!!」


榛名

「ういっく…いえいねえしゃま?(比叡ねえ様)」


比叡

「ええい! いい加減正気に戻りなさい!! パンパン!! 霧島! あなたもよ! パンパン!!」


榛名

「ハッ…これはどうしたことでしょうか?榛名は今まで何を…え?比叡ねえ様? 」


比叡

「どう? 酔いから覚めた?」


榛名

「榛名はひょっとしてまたお酒を…」


比叡

「もういいのよ榛名」


霧島

「そうよ榛名。でも、どうして介抱していたわたしまで修正を…ヒイッ!なんでもありませんわ比叡ねえ様…あ、金剛お姉さまもこちらにいらして」


金剛

「よしよし…榛名。泣くでない泣くでない。今回はわしらの中で最後まで生き残ったお主の体験がアヴェロフとヤウズの心を開いたのじゃ。人間どんなに嫌な思い出も糧になるものじゃの」


榛名

「はい…金剛お姉さま…そのお言葉を聞いて榛名も救われた思いがします」


金剛

「ほらほら霧島、自分は?という顔をするでない。アメリカの最新鋭戦艦二隻を向こうに回して奮戦したお主はわしら金剛型戦艦の誇りじゃ」


霧島

「はい…金剛お姉さまにそう言って頂けるとわたしも…グスッ…あら嫌だ…わたしもまだお酒が残っているわ」


比叡

「良かったわね、二人とも」


金剛

「おっ…扶桑が甲板にスクリーンを張っておる。映画の上映会を始めるのじゃな。演目は市川崑監督『戦艦大和』か。確かマーラーの交響曲が使われておったの。まあ考証の間違いはあるのじゃがそこに目をつぶればなかなかに良い作品じゃ。よし、久しぶりに姉妹四人で仲良く映画でも見るとするかの」


比叡、榛名、霧島

「「「はい!!」」」


金剛

「…しかしあのドラマで生き残った吉岡少尉が最後に申したように…わしらにとってあの思い出の海はどこの海よりも深い藍色じゃったな…」

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