15.コップの中の希土戦争5(時は移りところは変われど)
“Zu jeder Zeit, an jedem Ort, bleibt das Tun der Menschen das Gleiche.” Heldensagen von der Kosmoinsel より。
(前章からの続き)
わたしたちはメガリ・イデアの夢とその挫折について、一人で考えたいと言ったアヴェロフを残してラウンジから出た。
ヘファイストスはみんなにすまなかったねと謝った後にわたしに対して
「ナヴァコス、少しキミと話したいんだ。わたしの艦まで来てくれないか」
「わかったよ」
わたしは答える。
わたしはヘファイストスについて彼女の艦艇に入った。その中は鍛冶屋の工房…では無い。清潔に片付けられた工場で3Dプリンタのような工作機械が何かの部品らしき端子を次々と製造している。
そして製造された完成品を搬出口に運ぶのは車輪のついた鼎だ。10数台あるがどれも何故か古代のものだ。
いぶかしむわたしにヘファイストスは説明する。
「驚いたかい。わたしの艦も現代のテクノロジアを取り入れざるを得なくなってね。工作機械は人間の世界から入手したものをここで使えるように再構成したのだが、その車輪付きの鼎だけは神話の世界から持って来たものでね。イリアッドでヘファイストス神が使っていたのと同じモデルなんだ」
わたしはヘファイストスの運転するカートで奥へ向かう。その鼎は白い魔法の輝きを放って忙しく走り回っているが、わたしたちの乗ったカートが近づくと器用に避ける。お互いにぶつかり合うこともない。
感心しながら見ているとカートが止まった。周りを見渡すとそこは工房だった。わたしがイメージするヘファイストスの工房に近いような気がする。薬品が入っていると思しき容器が棚に並べられており、奥には原器と溶鉱炉がある。
ヘファイストス「わたしの工房へようこそ」
ヘファイストスは現在進めている兵器開発の研究についてわたしに話してくれた。
「今は神話兵器アストロぺレキの開発と実用を進めているんだ」
確かアヴェロフが使った稲妻を広範囲に発生させる兵器だったな(第13章)。稲妻はギリシャ神話ではゼウス神の武器と伝えられている。
アヴェロフはケースに入った石のようなものをわたしに見せる。ガラスのような光沢を放っている。
「これはいわゆるテクタイトだ。古代人は稲妻が石になったものと信じていた。稲妻は形の無い石として地上に落ちて40日の間に成熟し、形を整えて石となり、その石は奇跡の力を持つようになる。エリネスはそれを拾い集めて魔除けとした。その多くは人間の世界では文明の進歩とともに失われたが、この異界に大量に流れ着いている。わたしはそこに込められた人々の信仰の力を取り出して神話の兵器にしているんだ」(https://islgr.wordpress.com/tag/αστροπελέκια/)
ギリシャ艦は他の国よりも工業基盤が整備されていないため、ヘファイストスは超科学では無くフォークロアの理論を兵器開発に応用しているようだ。
「なるほど...しかしキミも忙しくて大変なんだね、ヘファイストス」
「わたしの苦労もわかってくれるのかい? ナヴァコス」
彼女はわたしの顔を見てほほ笑んだ。わたしもそれにつられて笑みを返した。
ヘファイストスはエンジニアだけあって理論的に話をする。カットしていない長髪を後ろで束ねたヘアスタイル、ボディラインを隠したローブの寛衣と相まってますます彼女を中性的に見せる。
だが、ふと気がつくとローブの隙間から彼女の女性が垣間見える。わたしは彼女のことをもっと理解したくなった。
机の上の設計図に計算式を書き込みはじめたヘファイストスにそっと後ろから近づき、わたしはローブの隙間にゆっくりと手を差し込んで彼女の柔らかな女性にふれる。
ヘファイストスは一瞬驚いたようだがローブに差し込まれたわたしの手に自分の手をそっと重ね合わせた。
わたしはもう片方の手で彼女の髪留めをほどく。長い髪がさらりと落ちてヘファイストスは外見も女性になった。
「もう…髪を下ろすと後で結び直すのが大変なんだぞ…ナヴァコス」
わたしはヘファイストスの髪をほどいた手をそのまま下に降ろして…もう片方の手よりももっと下だ…ローブの隙間から差し込む。彼女の柔らかさと優しさが両手のひらを通じてわたしの心に伝わってくる。
こうしていると、ヘファイストスのことをより深く知ることができるような気がする。そしてさらに知りたくて彼女の最奥部に入ろうとする。隠されていた宝石に指がふれる。
彼女に深く入ったと思ったその時、ヘファイストスは口を開いた。
「アヴェロフはわたしの大事な友人だ。わたしは彼女を神話のように己の運命に苦しむ英雄になって欲しくないんだ。わかってもらえるかい? ナヴァコス」
わたしは少しうろたえた声で
「ボクもその気持ちはキミと一緒だ」
「フフフ....その言葉を信じているよ、ナヴァコス」
そしてヘファイストスは髪を結び、ローブを直しながら
「さあ、そろそろ行こうか。グラスゴーたちがキミを待っている」
ヘファイストス「まったく...ほどいた髪を結びなおすのも乱れた衣服を整えるのもオンナは大変なんだぞ、ナヴァコス」
わたしの指にはヘファイストスの柔らかさとやさしさの感触が残っている。しかしヘファイストスの友を思う心情を知ると甘い気分にばかり浸ってはいられない。濡れた指をハンカチで拭きながらそんな事を考える。
工作艦ヘファイストスの甲板に出ると、そこには巡洋艦グラスゴーが横付けしていた。
これからこの艦に搭乗してギリシャ艦の基地から司令部に戻るのかな。
巡洋艦グラスゴーから実体化した魔法のタラップが伸びてきたのでそれに乗って向こうに移る。
巡洋艦グラスゴーの甲板ではグラスゴーがニッコリ笑って出迎える。
「グラスゴーへようこそ、アドミラル。アドミラルがヘファイストスさんとこっそり二人きりでいる間にですねー。ジャーヴィスや雪風と相談したんですけどー。ここに来る間に翼竜の襲撃があったので、司令部に帰る時はわたしに乗艦してもらうことに決めたんです。巡洋艦は駆逐艦よりも防御が優れてますから」
グラスゴー「グラスゴーに乗艦していればアドミラルは安心です!」
「そうか。いろいろと世話になるがよろしく頼むよ。しかしこっそりって何だい?」
「いえいえ。別に悪いことだと言うつもりは無いので気にしないでください。アドミラルたるもの麾下の艦艇について理解を深めることは大事なことですからー。金剛さんも言っていたんですよー。ウチの提督は奥手すぎるって。積極的なアプローチはグラスゴーも大歓迎です!」
…他人が聞いたら誤解を招くような事を言う。でもまあこの異界…少なくともこの艦隊が支配するエリアでは人間はわたし一人だと言うから世間の目を気にする必要も無いのだが。
とりあえず巡洋艦グラスゴーの艦長室に案内される。それは艦橋の中にある。
艦橋はアン女王のマンションという俗称の新型艦橋。古いタイプの三脚艦橋とは異なりシタデルみたいに防御が厚そうだ。
巡洋艦グラスゴーの艦長室は密閉された部屋の中にデスク、戸棚、ソファーがある。
戸棚の中には海図や『ブラッセー』、『ジェーン』等の資料が整理されて並んでいる。
だが、デスクの上に視線を向けると、ファッション雑誌や『ストランドマガジン』等々の娯楽用の読み物が乱雑に置かれているのが目に入った。
わたしの視線に気づくとグラスゴーはあわててデスクに駆け寄ってその上に散らかっていた雑書を拾い集める。そしてデスクの引き出しの中にぎゅうぎゅうと押し込んだ。
引き出しからピンクピンクしたランジェリーのカタログが覗いていたが見て見ぬふりをしてわたしはグラスゴーに尋ねた。
「この航海ではボクはこの部屋にいればいいんだね?」
グラスゴーも何喰わぬ顔をして答える
「ええ。本来なら艦橋で指揮をとって頂くこともできるんですが、今回はここに居てくださったほうがグラスゴーも安心です」
そしてグラスゴーは言い忘れていたとばかりに付け加えた。
「お一人では退屈でしょうからこの航海ではグラスゴーもこの部屋にいます」
わたしはさらに尋ねる。
「しかしこの部屋には操艦するための機器も計器もないけど?」
するとグラスゴーはデスクの下から何かを取り出してわたしに見せる。それはなんと日本のメーカーによる大人気家庭用ゲーム機スイッTWOとそのプロコントローラーだった。
「フリートが人間界に作ったダミー企業を通じて大量に購入したんです。ウォースパイトさんが魔法のコーティングをかけたので軍用の耐久性があります。どういうふうに使うのかって? まあ見ていてください。さ、出航ですよ」
グラスゴーがスイッTWOの起動ボタンを押すとセミ・クラシックのテーマソングともに艦長室に大きなスクリーンが出現する。
スクリーンの中に映し出されるのはこの港の映像である。グラスゴーがプロコントローラーを操るとスクリーンの中のカーソルが動き、次々と画面のボタンをクリックしていく。すると艦のエンジンが動き出して振動が伝わってくる。
グラスゴーが「抜錨!」と号令をかけるとスクリーンの景色が動きだす。そして現実に艦が走り出した慣性がわたしにも伝わってきた。
わたしはあわてて艦長用の椅子に腰掛ける。安全第一が船に乗る時の心得である。するとグラスゴーも椅子に腰掛けたわたしの膝の上にちょこんと座る。
グラスゴーはわたしに振り向いてニッコリと
「安全第一ですから」
と呟いた。
彼女の体重に加えてその柔らかさが膝を通じて伝わってくる。まるで昭和日本の重役とその秘書みたいだ。
しかし鼻の下を伸ばしていればよい重役氏と違ってわたしは自分の膝の上に乗っているグラスゴーの安全も考えなくてはならない。
わたしは自分の腕をシートベルトの代わりにしてグラスゴーの身体の前に伸ばし…上のほうに手が行かないように注意して、彼女の下腹部を抱き抱える格好になった。
「どうだい?安定したかい?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
スクリーンには風や海流の流れの図、水深を示した数式、レーダー、僚艦である駆逐艦ジャーヴィスと雪風の位置や機関部の作動状況のデータが映し出される。
わたしはグラスゴーに尋ねる。
「これはどういうことだい?」
「艦長が艦橋に出たグラスゴーたちの時代と違って今のウォーシップはCICの中から指揮するらしいじゃないですかー。それをちょっと真似して見ようってことで。まだCICに必要なシステムの調達ルートが無いので家庭用ゲーム機で代用することになったんです。様々な機種を検討したのですがスイッTWOのユーザーインターフェースが直感的で一番使いやすいんです」
思い出した。わたしがここにアドミラルとして着任する前に決められた案件だった。
家庭用ゲーム機がCICの代わりになるなんて現実では考えられないが、彼女たちの神話の力を使えばこういうユニークな試みもできるのだ。
グラスゴー「この新型コントローラーは背面ボタンがあるから指を離さずに諸元入力できますよー」
グラスゴーはコントローラーを巧妙に操りながら浅瀬を避けて艦を進めていく。
「このスイッTWOのプロコントローラーの操作性は指に吸い付くようですよー。まだまだメイドインジャパンは侮れませんね」
「確か日本では品薄で購入は抽選だったね」
「メーカーの忍忍堂は海外の市場を重視しているので、ドルやユーロを出せばかなりの数が手に入ったってウォースパイトさんたちが言っていました。皮肉ですよね、日本のゲーム機なのに日本人が買えないなんて」
「日本人のゲームファンにとっては腹立たしいかも知れないね」
わたしは日本人だがゲームには興味関心が無いので、経済的には興味深い現象だと思うがいまいち他人事である。
そのうちにスクリーンの隅にチャットルームが開いてジャーヴィスと雪風が
「航海は順調ですっ(^_^)」
「でもチャットよりも通信で話したほうが早くないですか(。◔‸◔。)?」
と書き込んでくる。このスイッTWOはチャット機能がついてるのだった。わたしが工作艦ヘファイトスにいる間にジャーヴィスや雪風にも渡したようだ。
ジャーヴィスの書き込みに対してリプライするグラスゴー。
「今はテストだから我慢しなさい(【^】。【^】) 」
さてエンジンの出力も安定し航行が軌道に乗るとグラスゴーは対戦ゲーム形式の演習を行うと言い出した。
「今、ゲームプログラムを二人の艦に送ったからそれに従って演習をやるよ」
するとジャーヴィスがチャットルームに「 ꐦ°᷄д°᷅)ꐦ°᷄д°᷅)」怒りの顔文字を書き込んできた。それだけではなくてグラスゴーの艦長室にスクリーンを送って自分の姿を出現させる
やはり自分の意志を伝えるのはチャットよりも対面が良いらしい。
「このプログラム、わたしと雪風が魚雷と砲弾を撃ち尽くしてグラスゴーさんに追い回される設定ってどういうことですか!?」
グラスゴーは上官の威厳を示して平然と答える。
「こういう不利な状況を想定することも必要なの。それにこちらのほうも目標を絞り切れないからあんたたちだってアドバンテージはあるの。さ、ゲームスタート! いつもの蒸気船ウィリー号のドタバタ演習いっくよ!!」
そういうや否やゲーム画面の中のグラスゴーの主砲6インチマーク23が火を噴き始める。ゲーム画面の中の駆逐艦ジャーヴィスと駆逐艦雪風は慌てて回避を始める。
グラスゴーはビスケー湾海戦よ! と叫びながらわたしの膝の上でコントローラーを操作する。ゲーム画面の中の砲が火を吐く。
画面の中の駆逐艦ジャーヴィスと駆逐艦雪風は煙突から煙幕を展張しながらジグザグに回避する。
そして派手なゲームミュージックが流れる。グラスゴーが生成AIを使って作曲したようで映画やアニメで聞いたことのあるメロディの寄せ集めである。ここは異界だけど人間の世界の著作権はどうなるんだっけ?
わたしにはこれが現実の出来事なのかゲーム画面の映像なのかだんだん区別がつかなくなっていく。
巡洋艦グラスゴーは砲撃に優位なポジションを占位するために転針を繰り返し、その慣性が艦長室に伝わってくるので、かろうじて現実の出来事だとわかる。
砲撃の反動もあって艦内が大きく揺れる。わたしはグラスゴーのへそのあたりに腕を回して膝に座っている彼女を支えていたが、振動で手が上に行き下に行き…
そのうちに音楽が変わってゲーム終了となる。グラスゴーはふーと息を吐いて「二人とも中破どまりか。さすがに砲撃の挟杈まではさせてくれなかったわね」と呟く。
雪風とジャーヴィスがチャットに書き込んでくる。
「おつかれさまでした。砲撃が命中しても被害がでないのがいいですねっ(⌒▽⌒)」
「こんどはこちらから雷撃するシナリオにしましょう(╬ಠ益ಠ)」
グラスゴーは
「次はドローンの飽和攻撃をやるわよ\(^o^)/」
と書き込んだ後で、わたしの膝の上から離れてポットのコーヒーを二杯のカップに注ぐ。一杯をわたしに手渡す。
わたしは受け取ったカップにクリームを滴しながらグラスゴーに
「やっているうちにゲームの中なのか現実の出来事なのかわからなくなってきたよ。これがこれからのヴァーチャルリアリティの戦争なのかねえ」
グラスゴーはデスクの横にもたれかかってコーヒーを飲みながら
「硝煙と血肉の焼ける臭いが無いと自分たちがどんなことをやっているのかわからなくなりますけどね…」
さすがは歴戦の巡洋艦。可愛い顔をしてなかなか怖いことを言う。しかも飲んでいるコーヒーが角砂糖五個入りの甘々味なのがそら恐ろしいぐらいにセリフとミスマッチだ。
グラスゴーはそんなわたしの顔色に気がついたのか、いきなり声の調子を明るくはりあげて
「ところでアドミラル~。さっき艦が上に下に揺れている最中、どさくさに紛れてグラスゴーの変なところをさわりませんでしたかー?」
といたずらっぼい目で問い詰めてきた。
ま、まずい。これはムキになって否定しても却っていじられる。ここは大人のジョークでかわすにしくはない。
「いやあ。グラスゴーも女の子なんだなあ。ブラウスの中にツンと尖った二つのブローチ、スカートの奥に真珠のアクセサリーをつけているなんて思わなかったよハハハ」
わたしのジョークは滑ったらしい。グラスゴーは顔をみるみる真っ赤にして
「ア、アドミラルのバッ…バカァ~」と叫ぶとわたしをポカポカと叩いてきた。
わたしはグラスゴーにすまなかったすまなかったと謝りながら話題を変えるべく
「お、オホン。真面目な話をしよう。主力艦会議でアヴェロフとヤウズが喧嘩してからしばらく、ギリシャ艦とトルコ艦の仲違いが続いているが、これは早く解決しないといけないな」
わたしの言葉を聞くとグラスゴーは改まった表情になった。そして艦長用のチェアーに座っているわたしに近づいてくるとリクライニングのレバーを下げる。
横に倒されたわたしの上に足を開いてよっと跨がる。彼女のスカートの中が見えたがその口から出た言葉はとても艶笑譚とは言えないものだった。
「アヴェロフさんの排水量はグラスゴーと同じくらいの9000トン。でもこのクラスのウォーシップが規模は小さいとは言え一国の旗艦をやるのは大変なことなんです。」
わたしは彼女のスカートの中から視線を上げてその言葉を正面から受け止めようとした。
「グラスゴーはサウサンプトンクラスの姉妹艦もいるし、上には巡洋戦艦や戦艦がいるから気楽なものです。でもアヴェロフさんはたった一人で…」
グラスゴー「アヴェロフさんは戦艦よりも小さい身体で一国を背負っているんです。どうかアドミラル、アヴェロフさんを...」
グラスゴーは身体を沈めてわたしに顔を近づける。わたしの頬に両手を当てて彼女は言った。
「アヴェロフさんを助けてあげてください、アドミラル」
わたしはグラスゴーの頬に両手を当てる。彼女の顔をじっと見つめる。二人の視線が絡み合ってしばらくしてから私は言った。
「わかったよ」
グラスゴーは蠱惑的な表情と男を試すような声色でわたしに聞く。
「ほんとうに?」
わたしは答える。
「ああ」
...これで逃げられなくなったな。
グラスゴーはわたしから身体を離すとニッコリ笑って言った。
「そろそろ司令部の港に到着します。ウォースパイトさんと金剛さんが待ちかねていますよー」
総合港に到着すると司令部が置かれている戦艦金剛やウォースパイト、マレーヤの他に戦艦榛名の艦影が見える。わたしが司令部を出る時に比べたらチェーザレと榛名が入れ替わっている。たしかチェーザレはイタリア艦の演習を見なければならないと言っていたっけ。
そして榛名は...そうだ。金剛がいつかわたしに三式弾の改良案を見せてくれたが(第五章参照)、それを試作として開発することが決まったのでその打ち合わせに来るとか言っていた。三式弾がブレストファイアーのような熱線を発したりロケットパンチのように空中を飛行したりと、見せてもらった時は馬鹿げていると思ったのだが、異界の怪物と戦うためにはああいうロボットアニメに出てくるような兵器も必要だということになったのだった。
戦艦金剛に接舷すると、金剛がわたしに駆け寄ってきて
「おお、提督。往路で翼竜の群れに襲われたそうじゃの。いや何事もなくてよかったわい」
「いや、雪風とジャーヴィスがいてくれて良かったよ。それとアヴェロフがアストロペレキという神話兵器で助けてくれてね」
ここは後日への記憶もしくは記録のため、誰に助けられたのかきちんと話して置かなければならない。
すると金剛とともに駆け寄ってきたウォースパイトが眉をひそめながら
「翼竜の群れが出現したのはギリシャ艦の基地の海域ね。こんなことは言ってはいけないのかも知れないけど…ギリシャ艦は巡洋艦が旗艦だからどうしても制海権が弱くなって…」
マレーヤが腕組みしながら
「しかし我々がギリシャ艦の基地に口出ししたら内政干渉になってしまう。第二次大戦時の史実に基づいてロイヤルネイビーの駆逐艦を何隻か貸し出すぐらいしかできないな」
するといつものように冗談を飛ばして空気をかき乱すグラスゴー。
「アドミラル知っていますかー? こういうのをドナドナ・シップスって言うんですよー。ポーランドに売られたダナイーさんやペルーに売られたニューファンドランドがそうなんです。♪♪かーなしそーなめーをしーてみーてーいるよー♪♪」
するとマレーヤがグラスゴーをジロッと睨んで
「グラスゴー! くだらんことをアドミラルに言うんじゃない! ジュニアパートナー諸国への艦艇の貸与はグレートブリテンの世界戦略に沿ったものだ。仔牛を市場に売りに出すのと一緒にするな!」
そしてこんどはギロッと睨んで
「それからグラスゴー! お前はギリシャ艦の基地でアドミラルにわたしの作る食事がまずいと言ったそうだな! あまり根も葉も無い噂を広めるとボーナスゼロにするぞ!!」
ボーナスゼロという言葉を聞くや否やグラスゴーはピゅーっと逃げていった。
まったく…と呟くとマレーヤは
「ところでアドミラル、ヤウズとアヴェロフのところに行ってどうだった?」
わたしは腕を組んで話し始める。
「難しいね…二人とも自分のプライドだけでは無くかっての母国の歴史が絡んでいるから難しい」
「うん、その通りだ。アドミラルと我々の見解が一致したのは喜ばしいな」
マレーヤがすべてお見通しのような口調で話してくるからちょっと悔しくなってわたしは少し彼女をイジってみた。
「ただし、マレーヤの料理については見解が一致するかどうかはわからないけどね」
するとマレーヤは目をカッと見開いてそのままフラフラと舷に手をついて
「そ…そうか…アドミラルまでもそんなことを言うのか…わたしはこれでも栄養バランスを考慮しつつ…わが母国の食文化の伝統を受け継ぐ料理を小型艦たちに…」
意気消沈したマレーヤにウォースパイトが駆け寄る。しかしマレーヤは
「ああ…ウォースパイト…我が親愛なるグランド・オールドレディ。わたしは戦歴だけでは無くて料理の腕もキミに及ばないのだな…」
「そんな! マレーヤ! わたくしたちは栄光あるクイーンエリザベスクラスのバトルシップなのよ! 自信と誇りを失わないで!!」
ウォースパイトは落ち込むマレーヤの背中を擦りながら恨めしそうな目でわたしを見る。
わたしもあわててマレーヤに駆け寄って
「すまない。言葉がすぎた」と謝りながらウォースパイトと一緒に彼女の背中を擦る。
金剛も駆け寄ってきてマレーヤの背中を擦りながら
「マレーヤ、わしはお主の料理は好きじゃぞ。英国の伝統なのかは知らぬが下味を省いた簡単料理…いや素材の味を大切にする調理姿勢は和食に通じるところがあるのう」
フォローになっているのかいないのかわからない言葉で励ます。ウォースパイトはさらに怖い目で金剛を睨んだ。
マレーヤ「巡洋艦や駆逐艦たちが陰で言っているんだ...わたしの作る料理がまずいって...きちんと厳選した食材を使っているんだぞ? 」
金剛「ふうむ...自分でその理由に気づいておらんというのは中々に重症かもしれぬの」
ウォ―スパイト「金剛シスター!!」
マレーヤ「どうしてだ?! Why!!!」
ウォースパイトから気付けにウーゾのアニス酒を受け取ってマレーヤはようやく気を取り直した。アヴェロフがお土産にとグラスゴーに持たせたものである。
なおヤウズが持たせてくれたのは甘くて口当たりのよいトルコ煙草である。ノンアルコールならぬノンニコチンに魔法で加工したからタバコの苦手なわたしでも大丈夫と言っていた。
閑話休題。それでは話をギリシャ艦とトルコ艦の諍いに戻そう。わたしは本題に入る。
「ヤウズとアヴェロフ…二人が国家の誇りを背負っていることは確かだ。しかし彼女たちの心情はもう少し複雑だ」
ほう…という顔をして三人がわたしを見つめる。
そこでわたしはヤウズやアヴェロフと交情して得た感触を話した。
すなわち、ヤウズは国家としてのギリシャを母国トルコの宿敵と見なしているがギリシャ人そのものを憎んでいるとは限らないこと。
その理由としてドイツ艦だった自分を受け入れたオスマン帝国のコスモポリタニズムに懐旧の念を抱いていて、多くのギリシャ人もオスマン帝国臣民だったので彼ら彼女らに一種の同胞意識を持っていることがある。
そしてアヴェロフについてはギリシャ民族の統一国家を建設するメガリ・イデアの夢を実現するために働いた艦歴に誇りを持っている。
それ故に希土戦争の敗北でメガリイデアの理想を捨てた母国の歴史を受け入れられずに孤独感に苦しんでいる…
「そしてアヴェロフ自身もそういう自分の運命に疑問を持ち、内心ではそれを乗り越えたいと思っているようだ。ここが重要なところだと思う」
わたしの話を金剛、ウォースパイト、マレーヤの三人だけでは無くて、ジャーヴィス、雪風、いつの間にかちゃっかり戻ってきたグラスゴー、そして三式弾改の開発プランに関する書類を金剛に渡しに来た榛名が真剣な顔をして聞いている。
わたしの話が終わると金剛が呟いた。
「ふむ…みな、わしらには話さぬ腹の中を提督には打ち明けるようじゃの」
「プライドや見栄や軍事機密…そういったものが複雑に絡んで他国の艦にはなかなか本心を出さないものだ」
とマレーヤ。
ウォースパイトはわたしに同席したグラスゴーたちに補足することはないか目で確認した上で言葉を締めくくった。
「やっぱりこれはマイアドミラルのご人徳によるものが大きいわ。ありがとうございました」
わたしは彼女たちに話しかける。
「この問題の解決についてはアヴェロフの孤独感を癒すことが重要になってくると思う。ヤウズはギリシャに必ずしも憎しみを持っているわけでは無い。アヴェロフが変わればそれを受け入れるはずだ」
金剛は「ふむう…孤独感か…」と腕を組んで考える。
すると金剛の横にいた榛名が
「アヴェロフさんの気持ちがわかるような気がします。孤独はつらいものですから…」
と呟いた。
わたしは榛名の言葉に引っ掛かった。確か榛名は金剛型の中で最後の一艦として戦後まで生き残って解体されたのだった。
希土戦争とアジア太平洋戦争、全く状況が異なるように見えるが、もしかするとアヴェロフと榛名は根底で通じるものがあるのかもしれない。
そう考えたわたしは榛名に尋ねる。
「それはどういうことなんだい?」
榛名はしばしの間まぶたを閉じてまた開き
「…武士の名誉は一に戦死、二に負傷、三に生還…金剛お姉さま…この言葉を覚えていらっしゃいますか?」
金剛は「懐かしい言葉じゃの」とうなずいた後で訝しげな顔をしているわたしたちに説明する。
「武士の名誉は一に戦死、二に負傷、三に生還…これは戊辰のいくさで出陣する薩摩兵に対して西郷南洲大将がかけた激励の言葉じゃ。西郷大将の弟御が北越の戦いで戦傷死する時もこの言葉を繰り返しながら遠行していったという。これで兄上に褒められる...と呟いたそうじゃ」
わたしは驚いて金剛に尋ねる。
「そんな言葉と逸話があったなんて。昔の武士というものは何ともすさまじい覚悟だったのだな」
...今だったら残された女たちの気持ちも知らずに...と付け加えるべきだろうか。
金剛は言葉を続ける。
「史書に書かれているかどうかはわからぬ。じゃが薩人たちの間では口伝で伝わっていたようじゃ。わしの若い頃は鹿児島士族出身の海軍士官がまだ多かったが、海軍に入る時は母御や姉御にこの言葉をかけられたと言っておった」
...国家国民が一つとなって戦争に向かった時代は女たちもまた戦っていたということか。
金剛はわたしを見ながら話を続ける。
「わしら金剛型が若かった頃の帝国海軍は欧州大戦を奇貨として太平洋に進出した。じゃが国力に勝るアメリカと衝突することは必然じゃった。もちろんホワイトフリートと呼ばれた強大な艦隊を擁するアメリカじゃ。万が一連合艦隊が勝利したとてこちらのフネも相当数が沈められることは予想されておった。わしらは最新鋭の巡洋戦艦として血気盛んじゃったから姉妹の間でこの言葉を掛けて互いに励ましおうたものじゃ」
榛名がまたその言葉を繰り返す。
「武士の名誉は一に戦死、二に負傷、三に生還…妹の霧島、比叡ねえさま、金剛お姉さまは一の名誉を掴んで旅立って行かれましたが、榛名は呉の戦いでも死に場所を得られず、むざむざ戦後まで老残の身をさらすことになりました…」
榛名「榛名だけは一の名誉を得られませんでした...」
「わしは台湾沖で沈む時、金剛型の中でお主だけでも本土を守って欲しいと念じたものじゃがのう…」
「ですが…榛名は守ることができませんでした」
1946年4月、解体寸前の戦艦榛名(https://www.jasnaoe.or.jp/old_sites/jasnaoe02/mailnews/west/048/images/photo3-01.jpg)
榛名の言葉を聞いて沈痛な表情をする金剛。仲良しの姉妹艦でもやはりお互いに立ち入れない領域があるのだ。まして他国の艦との間では…
そこへ遠慮がちに口を挟むウォースパイト。
「榛名さんの気持ち、わたくしなら少しだけわかるような気がするわ。状況は違うかも知れないけど戦後にわたくしも似たような経験をしたの」
榛名の顔を見ながら言葉を続けるウォースパイト。
「廃艦が決まって解体現場に回航される時に事故でプルシア湾に座礁して…人間たちは解体に抵抗するなんてさすがはネバーギブアップって誉めてくれたわ。だけど、地の果てと呼ばれる荒涼としたコーンウォールの海岸に老いさらばえた身をさらしていたのよ。それも8年の間...最初の頃は寂しくてたまらなかったわ。あれだけの戦功をたてた仕打ちがこれなのかと自分の運命を呪ったこともあった」
コーンウォールのプロシア湾(en.Prussia Cove, cor.Porth Legh)に座礁したウォ―スパイトから乗組員がボートで救出される。1947年4月24日(https://www.destinationsjourney.com/historical-military-photographs/british-battleship-hms-warspite/#google_vignette)。
榛名はウォースパイトに顔を向けた。
「そうですか…ウォースパイトさんも…」
ウォースパイトは榛名に向かって微笑む。
「でも今は吹っ切れたわ。生まれ変わって第二の人生を手に入れたし、戦争でつらい思いをした艦はわたしだけじゃないことがわかったから」
ウォ―スパイトはクスっと笑って言葉を付け加えた。
「それにね。コーンウォールで8年間すごしたことも悪い事ばかりでは無かったわ。あそこで出会った古い言葉を守っていた人たち...ケルトの流れを組むケルノウ語を話す人たちとお友達になれたのよ。わたくしが守ってきたブリテンという島国が多様な人々と複雑な歴史から成り立っているということがわかったわ」
ウォ―スパイト「♪♪ Kernow! Kernow, y keryn Kernow! An mor hedre vo yn fos dhis a-dro
'Th on onan hag oll rag Kernow…我が愛しきコーンウォールよ♪♪」
つらい経験も前向きに受け止めようとするウォ―スパイトに榛名も感銘を受けたようだ。
「ウォースパイトさんは強いですね…榛名も少しずつ昔のことを思い出しました。榛名を解体したのは戦後に播磨造船となった旧海軍工廠の職工の方たちでしたが、こんな声をかけてくれた人もいました…戦いに負けたのは悔しいだろうが、解体されたお前はこれから戦後の日本を支える建材になるんだ…と」
そして榛名はわたしの母親が懐かしがって聞いていた流行歌の一節を口ずさんだ。
「赤いリンゴに唇寄せて…戦後に榛名が解体された時、現場に置かれたラジオから流れてきた歌です。リンゴと同じで榛名は何も言えませんでしたが、あの歌の通りに榛名たちの気持ちを分かってくれる人もいました。確かに悪いことばかりでもなかったわ」
榛名「ああ...だんだん思い出してきました。解体される榛名にお前も長い間ご苦労様だったと優しい言葉をかけてくれた旧海軍の職工の方たちを...その方たちのお顔とお声を...」
往時の記憶を反芻しているうちにだんだん榛名の顔が晴れてきたようだ。彼女はウォースパイトに向かって微笑み、金剛は安心した表情になった。
わたしはふと考えた。それぞれが違う国籍の艦であり、経験してきた歴史は異なる。だがお互いに通じ合うものを見出だし、こうして傷を癒し合うのも、この異界に生まれ変わった意義の一つなのでは無いか…そうだヤウズとアヴェロフも…
わたしは彼女たちに言った。
「わたしは司令部の命令でアヴェロフとヤウズの和解の席を作ろうと思う。今の榛名とウォースパイトの会話を聞いて確信した。君たちは対立した歴史を持っていても心の奥には共通した記憶がある。和解はできるはずだ」
金剛が腕組みをして考えながら言う。
「じゃがの、提督。さっきのウォースパイトと榛名とは同じでは無いぞ。ヤウズとアヴェロフの歴史は根の深いところまで絡み合っておる。バルカン半島の歴史は正直わしには想像がつかぬ」
わたしは言った。
「もちろん二人をそのまま向かい合わせで座らせても事態の解決にはならないだろう。二人の共通する記憶を取り出す人間…仲介役が必要だ」
マレーヤが…それはわかるが…という顔をして。
「しかし、仲介役とは言うがな、わたしやチェーザレがやっても駄目だったのだぞ、アドミラル」
「わたしの母国日本の文化であるマンガは人情世態を写す鑑だ。その一つである『美味しんぼ』にはこんな言葉があった。モーツァルトの芸術が何かを語るなら他の楽曲と対比させるよりも織部・乾山の陶器を示せ…だったかな。ギリシャやトルコと関係が深すぎるイギリス、イタリアの戦艦よりも…」
ここからが大事なところだ。わたしは息を継いで言った。
「ヨーロッパや西アジアの国々とは異なる歴史を有する国の艦で、なおかつあの二人と共通する戦争による破壊と再生の記憶を持っている艦…わたしは榛名に頼もうと考えている」
わたしが言い終わるや否やその場の空気が静まった。あっけにとられた顔をするグラスゴー、ジャーヴィス、雪風。そして戦艦たちは目を閉じて考えている。
やがて金剛が目を開けて言った。
「できるかの? 榛名?」
榛名は決然とした表情をして
「はい、榛名はもう逃げません。提督、大任ですが引き受けさせて頂きます」
かくして司令部は動きはじめた。和解の席を設ける日程を決め、戦艦金剛の執務室で書類を作成するとアヴェロフとヤウズに通達する。
ウォースパイトがアヴェロフに通信を送り
「そう。これはアドミラルのお名前で設ける席だから必ず出席してちょうだい。サラミスの守備が空になるですって? 大丈夫、グラスゴーを派遣するわ。それでも心配ならハントクラス駆逐艦のローダーディルやハースレイも行かせるわ。あの娘たちのこと覚えているでしょう? ほら、そちらの海軍に所属を変えた後はアイガイオンやクレタと呼ばれていた...」
マレーヤがヤウズと話している。
「…ということだ。気がすすまないのはわかる。だが『戦艦では無いから主力艦会議からでていけ』はキミらしくも無い失言だったな。あれはみなの前で撤回したほうがいいぞ。何故って? 戦艦を持っていないバルカン諸国の艦艇が赴任してきたらこの発言をどう受けとると思う? 彼女たちとの関係まで悪化させるのはアタテュルクの善隣外交に反するのではないかな?…では正式の通達と招待状は明日にでも」
こうしてアヴェロフとヤウズも出席を承知して調整が住んだところでウォースパイトたちキリスト教国艦からアンジェラスの晩鐘が響き渡った。ただ、いつもの鐘の音とは拍数が違う。
それを聞いた金剛は
「そうか、今日は天空からラマンドゥのご老人が降りてくる日じゃったか」と呟き
「提督、甲板に出てみぬか? お主もここのところコップの中のように狭い人間の出来事であれこれ悩んでいたからの。一つ、気持ちを変えて見るのも良いじゃろう」
わたしもちょうど外の空気を吸って見たかったところだ。天空から何が降りてくるんだろうという好奇心もあって金剛と一緒に甲板に出た。
そこで見た景色は…太陽よりも巨大な天体が水平線の向こうに降りてくる光景だった。
金剛がわたしに語る。
「この異界は大宇宙とつながっていての。時々、年老いた星々が休息するためにここに降りてくるのじゃ。あの星はラマンドゥ殿と呼ばれておる」
金剛「鳥たちの噂話では異界に降りて来た星々は人間の姿になるという。わしらもどこかであの星と会うかも知れぬの」
「すると…あれは赤色巨星? ちょっと待ってくれ。年老いた恒星は太陽よりも遥かに巨大だ。それが降りてくるのが肉眼で目視できるってとんでもないことじゃないか?重力や熱の影響はどうなるんだ?」
「この異界ではのう、あの水平線の果ては宇宙よりも遠いのじゃ」
金剛は距離感がおかしくなるようなセリフを事も無げに言った後で
「のう、提督。わしらはこの広大な異界で新たな命を得た。じゃがそれにも関わらず古い記憶に縛られて蝸牛角上の争いをしておる。歴史とは一体何であろうの」
「時は移り所は変われど人の営みには何ら変わることは無い。昔、夢中になったスペースオペラの一節だがまさか自分が体験することになるとは思わなかったよ」
そこへやってきたウォ―スパイトも万感の思いを込めた表情で言葉を紡ぐ。
「時は移り所は変われど人の営みには何ら変わることは無い...わたくしたちの歴史では文明の中心はオリエント、ギリシャ、ローマ、ヨーロッパに移ったけど戦争は絶える事がなかったわ。最初の大戦が終わった時、ヨーロッパの人々は文明を破壊した自分たちに絶望した。でもそれから20年のうちに次の世界大戦が起こり文明どころか地球の生態系を破壊しかねない兵器を作り上げた。...金剛シスターの言う通り歴史とはいったい何かしら。...でもだからこそ、ここでの諍いはコップの中で終わらせなければならないのよ」
わたしも彼女たちに話す。
「一人の人間の力は一杯のコップの中にすら満たないのかも知れない。でも微力ではあれどできる限りの事はして後に遺さないと先人たちの霊魂に合わせる顔が無い...何とかこのアヴェロフとヤウズの和解は成り立たせるつもりだ」
金剛はにやりと笑って
「提督もだんだん自覚がでてきたようで結構なことじゃ。さて、あの巨星が自らが憩う島を見つけるのにはまだ時間がかかるはずじゃ。しばらく星見酒としゃれこむのはどうじゃ? アヴェロフとヤウズの和解の成就を願って...そしてあの星々の悠久なる営みと、我らと人間たちの矮小なる歴史に思いをはせながらのう...」
金剛「いつの日かあの水平線の向こうへおぬしを乗せて行ってみたいものじゃ」
金剛
「うむ。ラマンドゥ殿もかなり降りてきたようじゃ。星の半身が海中に隠れておるわい…おぬしら、もっと酒はどうじゃ?」
マレーヤ
「うん、じゃあ金剛が薦める山梨ワインをもらおうか。あの距離だと我々が制海権を持っている海域への影響はほとんど及ばないからくつろいで星見酒ができるな」
榛名
「生まれ変わってからはこの異界の広さには驚いたものです。あの水平線の果てまで航行するとどれくらいの年月がかかるのかしら」
ウォースパイト
「ふふふ…わたくしたちも神話の力を使って光速を越えるエンジンを創造しようかしら」
金剛
「おお、それは良い思いつきじゃの。水平線の向こうだけではなくて星々の果てまで旅してみたいものじゃ」
マレーヤ
「せっかく神話の力を持って生まれ変わったんだ。戦争よりも七つの銀河を駆け巡る冒険をみんなとやってみたいものだ」
榛名
「榛名の若い頃は冒険小説といえば大陸や北極が舞台でしたから天空を越えたところまで行けると思うとワクワクしますわ」
金剛
「わしらの時代の軍人ども…責任感や保身や面子に追い詰められて無謀な戦争を起こしたバカものども…あの連中を冒険の旅に連れていったら何か悟るところがあるかも知れぬのう」
ウォースパイト
「でもその前にわたくしたち身内の…コップの中の争いをおさめなくてはいけないわ。多様性に富んだ我がふるさとブリテン…でもその歴史は内部のいがみ合いを押さえるために知恵を絞ってきた歴史でもあるわ」
金剛
「うむ提督ばかりに負担をかけてはいかん。わしらも主力艦としての責務を果たさねばの…では次回予告。そういえばマレーヤはまだ担当しておらなんだの」
マレーヤ
「次回、『コップの中の希土戦争6(それぞれのザ・ロンゲストデイ)』それでは異界より愛をこめて…ジェイムズ・ボンドのようにハニートラップや暗殺者が送られたりはしないから安心したまえ」
※次回から更新のペースが遅くなるかもしれません。もしそうなったらご容赦ください。




