表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/25

13.コップの中の希土戦争3(アヴェロフの稲妻)

小さな黒い雲 私たちの空に現れ 大きな嵐を連れてきて 私たちの夢を消してしまった

私たちの愛の隠れ家に アストロペレキが落ちた。


こんな小さな雲から 誰が想像しただろう こんなにも多くの苦しみと 痛みや毒をもたらすなんて

私たちの愛の隠れ家に 稲妻が落ちた。

※アストロペレキαστροπελέκι...ギリシャ語。直訳すれば星の斧。ゼウスの武器である稲妻を指す。


「私たちの愛の隠れ家で(Στης αγάπης μας το στέκ)」(AI翻訳、三番は省略)

作詞:パナギオティス・カミリエリス(Παναγιώτης Καμηλιέρης)。作曲アントニス・レパニス(Αντώνης Ρεπάνης )


原文

Ένα μαύρο συννεφάκι Φάνηκε στον ουρανό μας Κι έφερε μεγάλη μπόρα Κι έσβησε το όνειρό μας

Στης αγάπης μας το στέκι Έπεσε αστροπελέκι


Ποιος περίμενε από τόσο Ένα τόσο συννεφάκι Πως θα φέρει τόσες πίκρες Τόσους πόνους και φαρμάκι

Στης αγάπης μας το στέκι Έπεσε αστροπελέκι

トルコ艦ヤウズのもとを辞したわたしは駆逐艦雪風に乗ってギリシャ艦の泊地に向かった。駆逐艦雪風の前方には駆逐艦ジャーヴィスが航行している。


今日の異界の海の波は穏やかで風も心地よい。


わたしは雪風に断って艦橋から甲板に出る。舳先で波を切り裂いて進む二隻の軽快な駆逐艦を見ていると戦艦ほどの壮観さを感じないがなかなか爽快である。ポスドク時代は自宅か図書館で仕事をしていたのでこんな気分は味わったことは無かったなあ…


雪風も甲板に出てきてわたしにカルピスを差し出してくれた。カルピスは大正期に三島海雲がモンゴルの酪農にヒントを得て作った飲み物でこれも戦前からの日本の伝統だ。


そういえば以前にわたしが末席を汚していた共同研究班も三島海雲財団から研究資金をもらっていたっけ。モンゴルの酪農が事業の基礎になったというので生物学とアジア研究のスポンサーになっているのだ…閑話休題。


カルピスを飲みながら雪風とおしゃべりをする。日本艦でも金剛や榛名のような戦艦は和装なのに対し雪風たち駆逐艦は活動的なセーラー服を着用している。


わたしは雪風と喋りながら彼女に親愛の情を示すために三つ編みをさわらせてもらう。これは二人の絆を深めるためのスキンシップであって決してそれ以上のものではないことを断っておく


雪風は気持ち良さそうな顔をして、しばらくわたしに髪の毛を弄られるままになっている。わたしは彼女をもう少し喜ばせたくて雪風の三つ編みを優しく撫でたり指でくすぐるように揉んだりする。互いの指と髪を通じて情を重ねる二人だけの時間が流れていく。

挿絵(By みてみん)

雪風「ふふっ...司令は雪風の髪がそんなにお気に入りですか?」


だが、わたしと雪風のスマホに突然ジャーヴィスからの警告アラームが鳴り響く。それと同時に駆逐艦雪風の甲板に何かの影が差す。


そして雪風は空中に飛び上がった! わたしは何が起きたかわからずに呆然と空中を見ている。


雪風の手には細身の長剣が握られている。雪風は空中で鞘から抜くと


ポージンシク(破箭式)!」


と気合いをかけて銀色に輝く剣身を翻す。


すると真っ二つになった翼竜ランフォリンクスが甲板に落ちてきた!


続いて雪風は「ギムジャン(剣陣)!!」と叫ぶと片手で握った長剣をしならせながら上下左右に振り回し、群がってきた翼竜を撃退した後で甲板に着地する。


挿絵(By みてみん)

雪風「雪風の剣技は型無キヲ以ッテセバ敵ニ破ラルル無シ!ですっ!」


そして目を洋上にやると艦の針路に黒雲のような塊が湧き、その方角から陰風が吹いてくる。爬虫類の排泄臭まで風に混じって臭ってくる。


駆逐艦雪風の前方を進んでいた駆逐艦ジャーヴィスの発砲音が轟く。駆逐艦雪風の甲板にスクリーンが出現してジャーヴィスが映し出される。


「雪風視認した!? 前方に翼竜の群れが出現したわ! 狂暴なやつらだからすぐに戦闘に入って!」


今まで余裕のある態度を取っていた雪風が大声を張り上げる。既にここは戦場なのだ。

「電探は何やってたの!!」


ジャーヴィスも同じく戦場の声で応じる。混乱の中でも伝わるように文節を短く区切って大声を出す喋り方だ。


「感知できなかったのよ!! あの翼竜の羽根! レーダ―の電波を吸収してる!!」


「もう!! あの太平洋の戦いでも! ここの異界でも! いざって時には!!」


と雪風。そしてわたしの身体を抱えて甲板上よりは安全な艦橋に飛び込む。


まだ状況に適応できないわたしは間抜けにも雪風に尋ねる。

「さっきの剣技は…」


雪風はこんな時に…と露骨に言わずにこたえてくれた。


ドクグーガウギム(獨孤九劍)! 雪風が中国にいる時! 大陸から台湾に逃げて来た剣豪に習ったんですよっ! 」

そして詳しいことは後ほどと目で伝えた。


襲来する翼竜の群れに対して駆逐艦雪風と駆逐艦ジャーヴィスが砲撃する。発砲音と砲弾が爆発する音が洋上に響きわたる。わたしはその音に耐えられずに耳を押さえるがその程度では効果がない。


すると雪風がヘッドホンを渡してくれる。

「耳が! バカになると! いけませんから! これを! つけてください!」

ありがたく受け取ったがもちろん礼を言う余裕は無い。


雪風やジャーヴィスの激しい砲撃が効いたのか翼竜の第一陣は撤退した。


雪風が呟く

「長10センチ砲を持ってきて良かった。対空戦闘では効果がダンチですっ。中国艦だった時にちょっとだけ装備したことがあるんですっ」


艦橋にスクリーンが出現する。その中のジャーヴィスは

「少しだけ良いニュースよ。あいつらを観察したけど群れの中にいるのは古代種だけよ。神話種や怪獣種は確認できなかった。超常能力を持って無いからわたしたち駆逐艦だけでもやれるわ」


雪風が応える。

「その後にふたたび悪いニュース。あの子たち、陣形を再編してもう一度来るみたいだよ」


洋上の向こうを見ると翼竜の群れは螺旋状に弧を描いて上空に向かったと思うと拡散してふたたびこちらにやってきた。


スクリーンの中のジャーヴィスが怒鳴る。

「あいつら! 大型艦が来るとびびって逃げてくくせにこちらが小型艦だと調子に乗って!」


挿絵(By みてみん)

ジャーヴィス「小型艦だからってわたしと雪風を見くびらないでちょうだい! Don't make little of us!」



その翼竜は接近すると爆撃し始めた。落としてきたのは爆弾や魚雷ではなくて…フンだ。駆逐艦雪風も駆逐艦ジャーヴィスもあわてて回避運動に入る。


雪風が

「もう! あんなものがついたら洗い落とすのが大変だよ! あまりくっつくと船具も使えなくなる!」

ジャーヴィスは

「その前に汚い! わたしたちはこれでも女の子なんだからね!」


女の子とは言え二人とも歴戦の勇士。すぐに回避するためのタイミングとコースを読み取り、敵がプリっと投下する直前に舵を切るようになった。翼竜のフン撃は目標を見失って虚しく海中に落ち、群がってきた魚のエサとなる。


ただ、こちらの砲撃も連中はかわすようになってきた。まったく動物とは言えバカにはできない。


わたしは雪風に声をかける。

「このままではらちがあかないぞ」


雪風はジャーヴィスに怒鳴る。

「ジャーヴィス! どうするの!? 本航海の! 駆逐隊指揮艦はあなただよっ!」


ジャーヴィスは

「アドミラル! ちょっと待って! いま! 艦を走らせながら! 考えてるから!」


すると向こう側から青白い光の柱が空中に放たれた。すると轟音が鳴り響き洋上に複数の雷が走る。その稲光に撃たれた翼竜の群れは真っ黒焦げになって落ちていく。


そして現れたのは巡洋艦…ではないθωρηκτό (戦艦)フリクト・アヴェロフの勇姿である。1940年版の『ジェーン』によれば基準排水量9,450トン、全長462フィート、船幅69フィート。艦のサイズ自体は排水量30000トン、全長634フィートの戦艦ウォ―スパイトより小さいがまさにリトル・ビッグマンである。


ジャーヴィスが驚く。

「あれはアヴェロフさん…! するとあの対空レーザーは噂に聞いていたオリンポスの神話兵器アストラル・アックス! ヘファイトスさん、完成させていたんだ」


フリクト・アヴェロフはこちらに近づいてきた

「オーホホホ! ナヴァコス! それに駆逐艦のおチビちゃんたち! このイェロギオフ・アヴェロフが来たからにはもう大丈夫よ。さっきのゼウスの神話兵器・アストロペレキαστρο(星の)πελέκι()の威力を見たでしょう」


挿絵(By みてみん)

アヴェロフ「このアヴェロフが来たからにはもう大丈夫よ!」


彼女が誇らしげに胸をそらすと一匹だけ残っていた翼竜が彼女の頭にフンを落として飛び去っていく。だがアヴェロフが片手を振ると対空機銃が一斉に火を噴いたので真っ黒焦げになって海に落ちて行った。


アヴェロフはその様子を見ながらフンと鼻を鳴らすとハンカチで頭を拭いて、その後に何事もなかったように

「ナヴァコス、そして二人の駆逐艦のおチビちゃんたち。ようこそ我らがエラーバ海軍の基地へ!」

と両手を広げて歓迎した。


わたしはアヴェロフに尋ねた。

「アヴェロフ、今の武器はいったいなんだい」


アヴェロフは自艦に乗り移ったわたしの手をとって「ナヴァコス、足元に気をつけて」と言った後で

「あれはこの異界に来てから開発した兵器よ。古代のゼウス神は稲妻を武器として使ったのはご存じかしら?」

「ん…そういえば確かそうだったと思う」

…といっても本当にそうだったかすぐには思い出せない。だがとりあえず相手の話に合わせて知っているようなふりをする。


学会の懇親会や二次会で質問を振られた時にその場をやり過ごすために身に付けた知恵?だ。就職はできないくせにこういう浅はかなことばかり覚えてしまった。


アヴェロフはそんなわたしを見てクスッと笑った。あ、これは見透かされているな。彼女はたくさんの人間を自艦に乗せてきた経験豊富なヴェテランなのだ。ひょっとしたら男の見栄なんてはらないほうがいいかもしれない。


「そうだったような気もするが実は思い出せない」

「じゃあ素直に知らないって言いなさい。それぐらいで失望したりしないわ。これから説明してあげる」


わたしは兜を脱いだ。素直になったつもりで

「うん、よろしく頼む」


アヴェロフは話し始める

「わがエラーバの神話の最高神ゼウスは稲妻を武器とした。これはヘシオドスなどの古代の文献が伝えるとおりよ。でも大事なのはここから」


アヴェロフはちゃんと聞きなさいよと言わんばかりにわたしの鼻を人差し指でちょんとつつく。


「正教の教えが広まってからゼウスをはじめとするオリンポスの神々は居場所がなくなったように見えた。神話のパンテオンは失われた。奇跡の力を振るうのは神々に代わって預言者エリシャのような聖人の仕事になったわ」


そしてアヴェロフは表情を改めて

「でもエリネスから古代の神々は完全に消え去ることはなかった。オリンポスの神話は民話に形を変えて語り伝えられた。わたくしの水兵はエーゲ海の島々で生まれた人が多かったけど、艦の中でもしばしば話していたわ。幼い時に故郷で聞かされた巨人族と名前も伝えられていない神々との戦いの物語を。そこでは稲妻…星の斧は神だけが使うことのできる至高の武器だった」


そこでアヴェロフはわたしの顔を見つめて

「オリンポスの神々が健在だった時から何千年の時間が過ぎてローマ、ビザンツ、トルコと時代は移り変わったわ。でも古代の神々の栄光を語り伝えたのは人間、ただの人間よ。その人間の記憶が乗組員を通じてわたくしにも受け継がれた。だから神話の力を使えるの。覚えておいてね、ナヴァコス」



異界におけるギリシャ艦の基地サラミス島は燦々とした陽光のもとにあった。陸上にはエンタシスの神殿が設けられている。


アヴェロフはわたしたち三人をフリクト・アヴェロフのラウンジに案内する。現在、人間の世界に博物館艦として停泊しているアヴェロフの本体には参観する客のためにラウンジがあるそうだ。


中に入るとアヴェロフはわたしたちを座らせて、奥のキッチンからギリシャコーヒーを出してくる。

「コーヒーでも飲んでちょっと待ってて。海から何かとってくるわ」


アヴェロフが外に出ていくと海にドボンと飛び込む音がする。え? 本当に海からとってくるのか?


するとジャーヴィスが

「アヴェロフさんのホームクッキングなら楽しみだわ」


雪風が

「そういえばあの人の手料理ってどんな感じ?」


「グラスゴーさんがしょっちゅうごちそうになってるそうだから美味しいんじゃない?少なくともわたしたちのキャピタルシップスよりはね」


「ウォースパイトさんの手料理は美味しいけどなあ」


「あの人とフッドさんは特別よ。他は…誰とはいわないけど手料理を面倒くさがって缶詰めのブラウンソースとベイクドビーンズ以外は絶対に出さない人とか、ケチでティーバッグを使い回す人とか」


「あー…バーラムさんの甲板にある物干し竿って遠目で見るといつも何かぶらさがってるよね、それって…」

「…知らないわ。あれはティーバッグ専用のポールだなんてわたしは一言も言ってないからね」


挿絵(By みてみん)

ヴァリアント「へへへー。HPソースやOKソースをブレンドしてオリジナルソースを作るのもテクニックが必要なんだよ」


挿絵(By みてみん)

バーラム「一度使ったティーバッグもちょっと洗って外で乾かせば少なくとも4回は大丈夫ね」



するとアヴェロフが甲板に上がってきたようた。わたしはラウンジの外に出ていって彼女を迎える。すると左手にタコを下げたアヴェロフが…なんとその身に一糸もまとっていなかった。


「オホホ…少しの間だけだけど、ナヴァコスにはこの優美な船体を鑑賞する栄誉を授けてあげるわ」


わたしはついアヴェロフを見つめる。肩までかかったブロンドのウェーブ、肩の下の部位を見れば前方につき出されたエベレストに圧倒される。


わたしは山の頂をしばし凝視した後で目線を下ろす。するとキュッとくびれたウェストにキュートなへそ。


そしてみごとなまでの逆三角形な下半身、その中心には深淵なる海への入り口…ギリシャ海軍の象徴たる彼女はまさにエーゲ海の申し子なのだ。


そしてわたしはその中に向かって吸い込まれそうに…エーゲ海の真珠が見える...いやこれはポール・モリア作曲のメロディの曲名だった。


挿絵(By みてみん)

アヴェロフ「オホホ...他の人には魔法で水着姿しか見えないのよ」



ハッと気がつくと雪風とジャーヴィスに両肩を押さえられていた。

「司令っ! 自分から海に飛び込んだらダメですっ!」

と雪風。


「こんなことでアドミラルが溺死したら日本海軍の…えーと誰だっけ飛行機事故で行方不明になったコマンダー?」

とジャーヴィス。


「古賀提督!」

と雪風。


「そうそう、アドミラル・コガ以上の怪事件になっちゃうわよ!」

とジャーヴィス。


アヴェロフはそんなわたしたちのてんやわんやを見て「ホホホ…ナヴァコスにはちょっと刺激が強すぎたかしら」と笑って艦のホースで海水を洗い落とし、身体を拭いてドレスを身に付けた。


わたしたちはラウンジに戻ってアヴェロフの手料理を待っている。


アヴェロフはカウンターの向こうのキッチンで調理をしている。


タコをぶつ切りにしてフライパンに入れ、オリーブオイルをかけて掻き回しながら炒める。


彼女の性格を表していて豪快な調理だ。


「はい、おまちどおさま」


出来上がったのはタコのカルパッチョのオリーブオイル和えとでも言うのだろうか。


未精製のオリーブオイルを使っているので強烈な香りだ。


わたしは思わず声を上げる。

「うはっ…これはすごい。この香りからは南欧の太陽の光を連想してしまうよ」


ジャーヴィスが言う。

「ゲーテの小説じゃないけど君よ知るや南の国ってね。わたしたちロイヤルネイビーの母国はドイツよりもなお北にあるから、地中海艦隊への配属は憧れだったわ」


わたしは料理の感想を述べる。

「いや、これこそまさにギリシャ人のソウルフードだね」


雪風が話す。

「このオリーブオイルの香りで雪風が思い出すのは日本のソウルフード…お漬物ですっ! 中国艦になった時は艦内に泡菜の匂いが漂ってきて…日本のお漬物と似た匂いだったのて懐かしい気持ちがしたなあ」


気がついたらギリシャ語のポップソングがラウンジに流れている。アヴェロフに聞いたらストラトス・ディオシニウΣτράτος Διονυσίουという歌手らしい。ラテンとアラブが融合したようなメロディだ。


オリーブオイルの強烈な香りといい、陽気な歌謡曲といい、わたしは古代ギリシャと言えば白色を基調にイメージしてたのでそれとはかなり異なる。古代と現代ではギリシャはかくも違うものなのか。


いや、日本に入ってきた古代ギリシャのイメージ自体、北国のドイツやイギリスが作りだしたもので、ギリシャというところは昔も今もアヴェロフのように強烈かつ陽気な風土だったのではないか…


そう考えながら明るいポップソングに心を委ねる。


アヴェロフが鼻歌を歌いながら、フライパンで調理している食材にオリーブオイルをかけると音と匂いが一斉に広がる。


ジャーヴィスと雪風がコーヒーカップの底に残った澱の模様で占いをしている。


まるでギリシャの漁村にいるような雰囲気に浸っていると、流れるポップソングからアストロペレキという言葉が聞こえる。


さっきのアヴェロフの神話兵器…ゼウスの稲妻もアストロペレキと言ったっけ。それのことか?


アヴェロフに聞いたらまさにその通りで恋人たちの愛の巣を稲妻が打ち砕くという悲恋の歌らしい。


恋人たちを引き裂く非情な運命を稲妻に例えているのだが、日本のポップソングにはあまり見かけない詞藻ではある。


わたしはギリシャ神話ではゼウスをはじめとするオリンポスの神々は人間を弄ぶ運命の象徴として描写されているのを思い出した。


ひょっとしてこの稲妻とはゼウスの武器たる稲妻のことでは…


料理を持って来てくれたアヴェロフに聞いたら彼女はちょっと考えた後で

「歌を書いた人がそういうつもりだったのかはわからないけど…わたくしもナヴァコスと同じだという気がするわ」


そしてアヴェロフは椅子に腰掛けて腕を組み言葉を続ける。

「苛酷な運命に翻弄されるのは古代も今も変わらないわね。それは人も国も艦も一緒。わたくしだってナチスに国を追われるなんてそれまでは考えていなかったものね。だからこそ運命に抗おうとして神話の兵器を作り出したのかもしれないわね。そう、神々の気まぐれに振り回されながらも世界の理を掴もうとした古代の哲人たちのように」


そう答えたアヴェロフはヤウズと大人げない争いを行っていたのとは異なり、世界大戦で歴史が大きく変わった時代に一国の運命を背負っていた主力艦の顔そのものだった。


わたしはアヴェロフたち三人の歴戦のウォーシップたちに語りかけるように呟いた。

「苛酷な運命に翻弄される…か。ボクが大学を卒業してからの半生を振り返れば戦争こそ無かったものの社会や経済の激変期だった。構造改革が唱えられて過剰な能力主義が社会を覆い、世代を問わずあらゆる人間が市場価値が低いというだけで生きる権利すら否定される狂った時代だった」


ふと気がつくとアヴェロフたち三人がじっとわたしを見ている。


わたしは話を続ける。

「そんな時代にすりつぶされるのが嫌でポストも得られないのに研究を続け論文を書いてきたような気がするよ。両親と恩師の理解に恵まれたのが大きかったのだけどね。まあ20回を越えるか越えないかだけど国内外の研究者に引用してもらって自分の仕事と名前が残って良かった」


ジャーヴィスはテーブルに頬杖をついて

「なるほどね…確かに自分の事が忘れ去られるのは空しいものね。わたしのクルーはみな国を守るために戦った。でも戦争が終われば退役してばらばらになって消えていった。もちろん勲章をもらった人はごくわずかよ。でもこれもまた運命なのよね。だからこそわたしだけは彼らのことを覚えておかないとっていつも考えてる」


言葉を結んだ後で「あんたはどうなのよ、雪風」と尋ねる。


すると雪風は二杯目のコーヒーを飲み干して

「んー…雪風は中国に行った後も日本の人たちは返還運動まで起こしてくれて…結局は錨だけ形見代わりに日本に行ったけど、ずっと忘れないでいてくれたものね。帰れなかったのも運命ってものかもしれないけど、これで幸せじゃないって言ったら罰があたっちゃうよね」


そして雪風はコーヒーカップを弄びながら

「だけど今の情勢だと下手したら二度にわたって祖国を失いそうで心配だよ…もしそんなことになったら何のために生まれ変わったんだろうって思っちゃうかもね」


わたしは誰に声をかけるのでもなくしゃべった

「台湾有事か…もし本当に起こったら中華民国だけでは無くて日本や東南アジアにも影響が及びだろうね」


すると雪風はわたしに向かって

「この異界にいてもやっぱり気になって仕方ないんです。ただ、中国…中華民国に限ればあの人たちはしたたかですから何とかしのぐんじゃないかと雪風は思ってます!」


台湾海峡を挟んで対峙する中華民国と中華人民共和国。そして太平洋を挟んで対峙する中華人民共和国とアメリカ。本来なら最低限はマハンを熟読してから言うべきなのかも知れないが、海を挟んだ二つの勢力が激突するのは運命のようなものなのだろうか。…ではギリシャとトルコは…


わたしはアヴェロフの隣に移動して腰を下ろした。そして彼女に話しかける。

「バルカン半島南部とアナトリア半島の勢力はエーゲ海を挟んで対峙することを宿命付けられているように見える。伝説の時代のアカイア人とトロイ、古代史のギリシャとアケメネス朝ペルシャもそうだ。近現代のギリシャとトルコの衝突も運命だろうか?」


これは大事な問題だ。アヴェロフの本心を知りたい。不躾ではあるが、ナヴァコスの特権を使わせてもらって彼女のパーソナルスペースの境界を越えて顔を近づけた。唇が触れあわんばかりの距離になる。互いの吐息が互いの顔にかかる…


…アヴェロフは自分の顔に近づいたわたしの顔を見て最初は驚きのあまり目を見開いた。だが互いの吐息を交わしているうちに驚愕の表情は消え、何も言わずに両眼を閉じる。


だが、急にハッとしたような表情になって顔を背け

「え…ええ…そうよ…運命なのよ」と

か細い声で答える。


わたしは彼女の腰に手を回して身体を寄せさせて耳元で話しかける。


「今、君たちは生まれ変わって異界から人間の世界へのカオスの侵入を防ぐため、異なる国、かっては対立していた国々のウォーシップスが航を共にして戦うことになった。これも運命とは言えないのかい?」


あまり顔を近づけすぎたので思わず唇がアヴェロフの耳に触れた。彼女は一瞬ビクッと身体を震わせて

「わからない…わからないわ…」

と甘い吐息とともに言葉を出した。



挿絵(By みてみん)

アヴェロフ「わたくしとヤウズが戦うのは運命なら手を携えて戦うのも運命なの?... わからないわ...教えて...ナヴァコス」


ジャーヴィスは呆れた顔をして横をむいている。自分は何も見ていないというサインである。雪風は両手で顔を隠している。しかし指の間から視線が漏れている。市原悦子ではないが駆逐艦は見た! である。


二人が見て見ぬふりをするのは単に恥ずかしいのではない。今回のアヴェロフとヤウズの諍いはこの艦隊が一丸となるためには必ず解決しなければならない問題だからなのだ。


そしてわたしはアヴェロフの心を深海から引き出さなくてはならない。これはラブ・アフェアーでは無くて彼女の心を知るために必要なのだ。


そう自分に言い訳しつつ、わたしはアヴェロフの腰に回した腕に力を入れた。

「どうしてわからないんだい?」と畳み掛けるように尋ねる。アヴェロフはもはや言葉すら発せずにくぐもった声しか出さない…そこに


「アヴェロフさーん! ランチをごちそうになりに来ましたーっ!」と思わぬ来客の声が響いた。その拍子にアヴェロフはわたしの腕をするっと抜けてキッチンの方に行った。(続く)


雪風「んー。今回は大変だったね。いきなりあんな翼竜の群れが現れて」

ジャーヴィス「まったくだわ。わたしたちの手に負えるヤツラだったから良かったけど。やっぱりこの異界は油断できないわね」


ジャーヴィス「ところで雪風、さっきは香港映画のスウォーズマンみたいだったわ。あんなマーシャルアーツどこで覚えたのよ?」

雪風「んー。雪風って最後の頃はずっと左営の港に繋留されていてね。時間ができたからちょっとした縁で師匠に習ったんだ。帝国海軍時代に乗組員のみんなが剣道や柔道やってるのを見てたから雪風も武道に興味があってね。ジャーヴィスはどうなの?」


ジャーヴィス「ロイヤルネイビーも士官は儀礼上フェンシングをやっていたけど、人気があったのはホッケーみたいなスポーツね。でも異界のモンスターと戦うためには神話・伝説の力を使わなければならないっていうマレーヤさんの命令でね。わたしたち駆逐艦はリトル・ジョンのクォータースタッフやアングロ・サクソンの親衛隊ハスカールが使ったデーン・アックスをトレーニングしているわ。そうだ雪風、今度相手になってよ」

雪風「んー。でもケガさせるといけないからそのうちにね」

ジャーヴィス「ちょっと何よ! その上から目線は!」


雪風「あっ! いけない...で...でもアヴェロフさんの神話兵器アストロぺレキだっけ。あの稲妻すごかったね」

ジャーヴィス「ウォ―スパイトさんから聞いたけど、わたしたちやギリシャ人のご先祖が中央アジアにクルガン...古墳を作って暮らしていた時からサンダーボルトは天空神の武器だったらしいわ。インドの神様も同じ武器を使っているので神話や言語の学者は共通のご先祖から別れたのかもって考えてるらしいわ」


雪風「そんな由緒のある神話兵器なんだね。何だか頼もしいね」

ジャーヴィス「でもギリシャ艦はギリシャ艦で問題があってね。ウォ―スパイトさんが言ってたけどアヴェロフさんのボイラー...」

雪風「すとーっぷ! そこから先は甲扱いの極秘事項だよ!」


雪風「そんなわけで次回は『コップの中の希土戦争4』。Not even justice! I want to get truth!」

ジャーヴィス「真実はこのわたしが必ず掴んで見せるわ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ