影なる共闘
その頃、マホミル達は…
マホミルは、今日も訓練場で魔術の練習と改良に勤しんでいた。
敵と見立てた杭をめがけて素早く魔力球を撃ち込むと、空中に飛び上がり、旋回しながらなぎ払う。
「うわ〜すごいなぁ⋯⋯」
華麗に着地を決めたマホミルが、声のした方を見ると、クレアが興味津々な顔をしてこちらを見ていた。
いつから、そこにいたのだろう。
「⋯⋯いいよねぇ、ししょーは」
クレアは邪気のない顔で、羨ましそうに言った。
「君も飛べるし、だいぶ魔法が使えるようになったでしょう」
その言葉を聞いて、クレアはこてりと首を傾げた。
「う〜ん⋯⋯そうなんだけどさぁ〜⋯⋯。でも、ししょーに教えてもらったのは浮遊型で、わたしじゃあんまり速く遠くの距離は飛べないんだよねぇ。⋯⋯だけど、ししょーはさぁ」
クレアは、マホミルの背部にあしらう黒い翼をじっと見つめる。
「大空をすごいスピードで飛ぶのってさぁ、きっと気分いいんだろうねぇ」
「気分は関係ない。ただ、戦いを制するのにスピードはあるに越した事はない。それだけ」
素っ気なさすぎる返事だったが、クレアは気にしていないようだった。
片手で頬杖をつくようなポーズで考え込んでいたが、やがて、何か思いついた様子を見せた。
「⋯⋯ねぇねぇ、ししょーぉ」
その口調にあるものを感じて、マホミルはクレアの顔を見た。
「お願いがあるんだけどさぁ⋯」
クレアが、その黄金の目を一段と輝かせながら、こちらの方へと一歩近づいた。
「うわぁああい!!」
マホミルの背で風を切りながら、クレアは叫んだ。
「あまり身を乗り出すのをやめなさい。落とすわよ」
そんなクレアに対して、マホミルは真顔で注意した。
「しっかり掴まってなさい。但し、私の耳は絶対に掴んじゃないわよ」
「結局どっちなのぉ〜」
クレアを背に乗せて、晴れた空を真っ直ぐに横切りながら、一体自分は何をしているのだろうか、とマホミルは思っていた。
だが、このクレアは、他人に何かしらのお願い事をするのが、すこぶる上手い。そんなきらきらした目で見られたら、断りづらいじゃない。
頼まれた時は「なぜ自分がそんな事を」と思うのだが、考えてみれば、そこまで強く拒否するような理由もなくて、結局は「まあ、いいか」となってしまう。
(⋯⋯天性の人たらしなのかもしれないわね)
単に自分が押しに弱いだけという考えは、マホミルの頭の中にはなかった。マホミルは一気に飛行のスピードを上げた。
やがて、切り立ったような岩山を擁する渓谷が見えてきた。
空はいつの間にか雲が垂れ込め、霧が出てきているようだった。
(ここは⋯)
マホミルは、この場所に気がついて速度を緩めた。
「⋯⋯そろそろ戻るわよ」
クレアにそう言うと、彼女は不満そうな声を上げた。
「えぇ〜⋯⋯もっと飛んでた〜い⋯⋯」
「もう充分でしょう?それに、この渓谷は⋯⋯」
マホミルが言いかけた瞬間、いきなり、クレアが小さな両手で彼女の視界をふさいだ。
「だ〜れだ?」
「やめろ、バカ!」
不意に視界が効かなくなって方向感覚を失ったマホミルは、大きくバランスを崩した。
急激に速度を失って、谷の方へと落ちかける。
もちろん墜落するような事などはなかったが、態勢を持ち直した時は、高度をかなり失っていた。
「ビックリした? 」
ちょっと悪びれた声でクレアが言ったが、マホミルは辺りを警戒するように見回していて、それを聞いてはいなかった。
マホミルが戻るように方向を変えた時、鋭い咆哮が渓谷に響き渡った。
「⋯⋯えぇっ? なに!?」
「バカ!大声出すんじゃない」
マホミルが忠告したが、遅かった。
突然、クレアの頭上を、猛スピードで何かがかすめていった。
見ると、大きな翼と鋭い鉤爪を持つ恐竜のような生き物が、辺りの岩陰からその姿を現し、ゆっくりと羽ばたきながらこちらの方を睨みつけていた。
しかも一匹や二匹ではない。
「⋯⋯え、なになに? 何なのこいつら??」
クレアが、大いに戸惑ったような声を出す。
「⋯⋯やはり、来たやがっわね」
マホミルは、クレアの疑問に答えるようにより一層低く呟いた。
「こいつらは⋯⋯⋯⋯翼竜」
そもそもこの渓谷は、元々はあまり訪れる者もいないような場所だった。
その為か、いつからかここを住処として、大きな翼竜たちが群れをなしてうろつくようになったらしい。
普段、翼竜たちは自分たちの住処から出てくるような事はないが、彼らは大変に攻撃性と縄張り意識が強いのだという。
店をやってると、何かといろんな情報が集まってくる。以前、この渓谷に迷い込んだ冒険者が、命からがらこの場所から逃げ帰ったという話を、マホミルは風の噂で聞いた事があった。
翼竜たちは、マホミルの周囲をゆっくりと旋回していた。
一体あたりの体長は、およそマホミルの身長の3倍程度。この間の暗黒竜よりも個々の力は弱く、一匹二匹であれば全く問題ではない。…そう、一匹二匹であれば である。
しかし、まるで照準を合わせるかのように、その瞳孔の小さな目をこちらに向けており、縄張りに入り込んできたマホミル達に、害意を持っているのは明らかだった。
漂う殺気を感じて、マホミルは静かに魔法陣を浮かび上がらせた。
すると、まるでそれを合図とするかのように、一匹の翼竜が回転しながら突っ込んで来た。
「⋯⋯⋯⋯くっ!!」
マホミルは何とか攻撃を弾き返したが、向こうの数を思えば、あまりにもこちらが劣勢だった。
その上、今は背中にクレアを乗せている。
別にこの程度の魔物なら、普段であれば苦労なく倒せるはずだった。
一方、一度攻撃を始めた翼竜たちは、連鎖反応を起こしたように、次々とマホミル達に向かって襲いかかってきた。
クレアを振り落とさないようにその身を翻し、防御魔術を使いつつ、何とか翼竜たちの攻撃から逃れる。
しかし、その戦いの様子を聞きつけてか、また新たな翼竜たちが、次から次へと集まってきた。
気がついた頃にはマホミル達は、数十匹の翼竜に、完全に包囲されていた。
(どうする⋯⋯?)
ブラックホールなどの大技を使えば、この程度の数であればあっさり掃除できるだろうが、マホミルは今片手が塞がっている。あれは手の運びがいる。しかもさっきまで長いこと魔術の練習を行っていたから、かなり魔力を消耗している。魔力消費の多いブラックホールは、発動条件できて一回程度。おまけに発動時間も考慮せねばならない。つまり八方ふさがり。
マホミルは、打開策を見つけられないまま、周りを見渡した。
ああいうタイプの魔物は頭が良いから、劣勢を身をもって分からせないとどこまでも追ってくる。このままでは、進む事も退く事も出来ない。
そのうちに、翼竜たちは何かのきっかけを掴むと、一斉に攻撃を仕掛けて来るだろう。
マホミルは、対人戦であれば、絶対の自信を持っていたが、クレアを背負った上でのこの状況下では、多数の相手に自らの魔力球だけでどこまで立ち向かえるか、自分でも予測がつかなかった。
マホミルは、ほとんど無意識に、片手の魔法陣に込める魔力を強めた。
その時、すぐ後ろから声が聞こえた。
「ねぇ、ししょー」
クレアだった。
「何?」
マホミルは苛つきを覚えつつ答えると、クレアは翼竜たちの方を真っ直ぐに見ながら言った。
「あの翼竜たちに向かって、突っ込んでいって」
「は?」
「つまり私に死ねと言うのか」とでも言いたげな表情で、マホミルは耳を疑ったように、背後のクレアの方を振り向く。
だが、クレアはマホミルの方には目もくれず、あまり抑揚のない声になって呟いた。
「これでも、わたしは、ししょーの弟子なんだよ?」
クレアは印刀を取り出すと意識を集中しだした。
「確かに、そうだけれど…」
マホミルがためらっている内に、クレアは完全に戦闘態勢に入っていた。
その姿は、こちらの言う事など完全に耳に入らないんじゃないかと思えるような、一種のトランス状態になっているようにも見える。
そしてクレアは、マホミルに向かって、前方を見据えたまま、キッパリと声を上げて叫んだ。
「今だよししょー!!!⋯⋯⋯⋯行って!!!」
マホミルは意を決すると、翼竜たちの群れに速度を上げて真正面から風を切るように向かっていった。
クレアが、左右にいる翼竜に、凄まじい勢いで印刀を投げつけた。
着弾する瞬間に重量魔法を使うことで、同じ武器でも威力が格段に向上する。この間師匠が教えてくれたことだ。
突然、クレアのほうが攻撃するとは思っていなかった翼竜たちは、唸りを上げて迫ってくるクレアの印刀を、咄嗟に避けきる事が出来なかった。
クレアの攻撃を食らった翼竜たちは、声を上げて谷底へと落ちていく。
マホミルが空中を旋回すると、その周囲にいた翼竜たちも、次々と、クレアの放つ印刀の餌食となっていった。
(何なの⋯この感覚は⋯⋯)
驚きと共に、更にその速度を上げながら、マホミルは思っていた。
何か意思を伝えている訳でもないのに、マホミルが、自分だったらまさに今、ここに魔力球を撃ち込みたいと考える場所に、クレアが寸分の違いもなく印刀を飛ばしていくのだ。
それは、まるでマホミルが自分自身で翼竜を攻撃しているのかと、錯覚さえ起こしそうになる程だった。
辺りは、翼竜たちの悲鳴で大混乱に陥っていた。
ある者は撃破され、ある者は逃げまどい、だんだんとその数を減らしていくと、しばらくして辺りに翼竜の姿は一匹も見えなくなっていった。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」
マホミルの飛ぶスピードに合わせて、立て続けに印刀を撃ち込んでいたクレアは、さすがに息が上がったらしく、マホミルの背中に力なくもたれかかり、肺を大きく上下させていた。
だが、周囲に静けさが戻ると、いつものクレアの表情に戻り、ホッとしたように呟いた。
「これで⋯⋯全部⋯⋯終わった⋯⋯?」
その時、岩陰からいきなり飛び出して来た一匹の翼竜が、マホミル達に向かって、捨て身の体当たりをした。
「あっ!!」
体重の軽いクレアが、その勢いで空中へとふっ飛ばされる。
マホミルは、渾身の一撃で翼竜をなぎ払うと、谷底へと落ちていくクレアめがけて、一直線に急降下した。
⋯⋯恐る恐る目を開けた時、クレアは地面スレスレの場所で、自分が片手を掴まれている事に気がついた。
思わず上を見上げると、こちらを見下ろしているマホミルと目が合う。
クレアは、視線を戻すと可愛らしい膨れ顔をして、少し顔を赤らめるようにして言った。
「わたしだって⋯⋯飛ぶことくらい、ししょーにこの間教わったから、出来るんだからね」
その割には、ほとんど地面に激突する寸前だったようだが、とマホミルは思ったが、それはさすがに言わずにおいた。
マホミルは一度地面に降り立つと、再びクレアをその背に乗せ直した。
「さあ、戻るわよ」
「うん⋯分かった⋯⋯」
疲れきった様子のクレアも、さすがに今度ばかりは大人しくマホミルの言葉に従うのだった。
結局、帰り着いた頃には日が暮れていた。
「あー、なんか疲れちゃったねぇ⋯⋯」
地面に降り立ったクレアは伸びをしていたが、やがてマホミルの方を振り返って言った。
「でもさ、あんな事もあったけど⋯⋯今日は楽しかったよ!すごくどきどきしたし⋯⋯」
「また明日ね、ししょー」
こちらを見た後、クレアは漂うように家路を辿り始めた。
「あ、そうだ」
立ち止まって、再びくるりと振り返る。
「またししょーと一緒に空を飛んで、いろんな場所に行ってみたいなぁ。だから、今度もまた絶対に乗せてね!」
そう言うと、クレアは満面の笑みを浮かべ、愛らしく手を振った。
(⋯⋯やっぱり⋯天性の人たらしの才があるわね、アイツは)
マホミルは心の中で呟くと、一つ苦笑いをこぼし、クレアの後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとその場所に立って見送っていた。
おまけ
マホミル:今朝クレアが「生茶」と「やさしい麦茶」を混ぜると、駆け寄ってきて自慢げにこう言った。
「ししょー、見て!『なまやさしい麦茶』!!」
…私 アンタのそういうところ大好きだけど、朝っぱらからそれは流石にキツイ




