イアデル、里帰りするⅰ
その空間を一言で説明するなら、闇、である。
別の語句を用いるなら、要塞、巣窟、揺り籠、母胎、と呼んでみてもいいのかもしれない。
フェルミオン・コア。果てなく続く漆黒の領域を、最初にそう呼んだのは誰であったか。濃度の高められた物質は、光さえも確実に捕らえ、闇に閉ざんとするという。
「お〜い!帰って来てやったぞー!!!」
間延びした声を上げる。二秒、三秒、と静寂が落ち、やがてさざ波のごとく空間が震え出した。見上げた先。ビッ、と闇が裂ける。切り傷のように開いた隻眼。その中央で深紅色の虹彩が、厳かに黒き来訪者を見下ろした。
《──これはこれは、ダークネビュラ様》
領域全体から放たれる声。ご健勝のようでなによりです、と、聞いた者すべてを震え上がらせるような迫力で闇の王は言った。
「お前、なあ」
イアデルは呆れ混じりに返す。
「一体いつの時代を生きてやがる。俺の名前はイアデルだと何度も言ってんだろ」
《しかし》
「いいんだよ。俺も今の方が気に入ってるし。……けど、まあ、懐かしいのも事実だしな。古馴染みの一人くらいならよしとするか」
恐縮でございます、と、どこまでも腰の低い態度。側から見れば明らかに格上の領域の主が、ここまでへりくだる相手とはいかようなものか。実際、ゆらゆらと黒紫を漂わせるその星の正体を知らない、年若い邪星たちは、主のそばに控えながらも、薄い自我意識の隅で不思議そうに瞬いていた。
《して。此度は、いったいいかなる御用件でございましょう》
「あぁ、最近やっと封印が解けたんだ。久しぶりに会いに来てやろうと思ってな」
《そうでございますか》
自らを封印して、その間に知らない文明が高度な技術を築き上げたかと思えば、知らない内に滅亡してるのは、この頃見てて面白い。だが、この領域の主だけは相変わらず健全そうだ。
イアデルは、先程から一言も言わずに、静かにゼロのそばに控えている、一人の邪星の方に目線を逸らした。
「なぁ、ゼロ」
《なんでしょうか》
「あそこの新入りちゃんは誰だ?」
《…ああ、マターのことですか。おい、マター、出てこい。挨拶しろ》
ゼロは先の方をじっと見つめる。目線の先にあったものは、そこからゆっくりと此方に歩み寄り、徐々にその輪郭が鮮明となっていった。闇を飾るのは、風に乗る素色の軌跡。少しだけくすんだ色をした白いマントに、束ねられた長く黒いはね髪が揺れる。切れ長な琥珀色の瞳。まるで人形のような整った顔、と言うのはこんな顔なのだろうな、と美に疎いイアデルでも思わずにはいられなかった。
「初めてお目にかかります。申し遅れました。私はツルギ・ダークマターと申します。以後お見知りおきを」
おまけ:暗黒物質式 詐欺電話の対処法
『俺だよ俺!』に「どちら様でしょうか?」の一言で2時間戦い続けたミラージュ。
ここぞとばかりに、自身の魅力と武勇伝を語りだしたイアデル。
無言で叩き切ったツルギ。
「一族は滅んだのだよ……」の後、高笑いしてみせるロゼリー。




