高慢あるいは徒花【ⅩⅩⅩⅩⅢ】〜さよなら、絶望的なハッピーエンドⅲ〜
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目を開けてみると、パチーカは自分のすぐ前で膝から崩れ落ちていた。
自分を倒す絶好のチャンスなのに何故…?
よく見ると、パチーカの普段の青空のような瞳は打って変わって、真っ暗な瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれていた。宇宙が始まる前の、深い深い闇の瞳。空虚を纏ったなにも映さない孤独な眼。ルマは不思議そうに首をコクリと傾けた。
「ネェ、なんで泣いてるの?」
「…もうこれ以上、きみとたたかいたくない」
パチーカはか細く震えた声で言った。
—めでたしめでたしを拒絶し続けたぼくの心は、軋んで、歪んで、すさみきっていて。何も知らないあの子とまともに戦う気力など、もう残っていなかったというのに。
「何言ってるんだい?ゼンブ教えてやったじゃないか。最初からボクは黄金の腕輪が欲しくてキミたちを利用してただけ。‘トモダチ’って言ったのもウソに決まってるだろ?」
「もし仮にきみが嘘だと思っても…ぼくの中ではずっと友達だったんだよ」
いつか彼女が言ってくれた。ぼくたちは、どこに行っても、どこで出会ってもずっと‘トモダチ’だって。きみの言葉を嘘にしたくなかったから。ぼくは、きみと友達になったのは、きみと初めて出会い、そして別れた、あの日のぼくだとしても…何度でもきみと友達になったよ。それがきみの中では嘘だったとしても。
いや、それすらぼくの独りよがりか?
ルマは、その言葉に困惑した。
「ハァ、トモダチって……?キミらを裏切ったボクをかい?裏切った時点でトモダチじゃないだろ?」
「…楽しかったじゃない。いっぱいおしゃべりして、いっしょにゲームだってして、一緒にお菓子食べたり…今回は一緒に冒険だってしたじゃない」
「だからそれはキミらを騙すためのウソで…!」
「ルマは楽しくなかったの?」
ルマはその言葉に何も言い返すことができなかった。
(……楽しかったケド)
ルマは、己の目的のためにぼくたちを利用し、裏切った。だから、快活さも、朗らかさも、そう見えるように彼女が振る舞っていることを、ぼくは知っている。でも、その全てが嘘っぱちだったわけでは、決してない。いつも愛想良く笑って、ぼくたちへの感謝や褒め言葉をしきりに述べていたきみの、その全てが調子の良いおべっかや嘘だったとは思わない。思わなかったからこそ、ぼくはあの日、きみと戦ったんだ。きみと過ごした日々を、きみがくれた言葉を、作ってくれたものを、嘘になんて絶対に、絶対にさせたくなかったから。砕けた腕輪の光の向こうに消えていくきみの姿が、まぶたの裏によみがえる。きっとどこかで生きている、また会いに来てくれると、そう信じたかったのに。あんないなくなりかたをされてしまったものだから、どうやって信じたらいいのか分からなくて。あしたはあしたのかぜがふく――それがぼくの在り方だったのに。
「パーツ集めのから帰ってくるとさ、きみはいつも一生懸命ノアの修理がんばってて、その時の真剣で楽しそうなきみの姿が、ぼくは好きだったのに…」
ある日、ぼくがノアを訪ねると、キーボードを叩くルマの姿があった。しばしばモニターを見上げ、思案するように耳をピコピコと傾げる。集中しているのか、ぼくの来訪に気づく様子はまったくない。普段の騒がしい彼女とは打って変わって、静謐な聡明さをまとっていた。ぼくとそう変わらないはずの小さな背中が、とても頼もしく、格好良く見えたのを今でもよく憶えている。
ルマの心は激しく動揺していた。
確かにパチーカ達と過ごす日々は、紛れもなく楽しかったのだ。
パチーカが船に帰ってくると、妙にうきうきしてしまったのを覚えている。
(ゼンブ嘘だったはずなのに、ナンデ…?)
ルマは思う。何故自分はこんなにも動揺しているのだろう?
パチーカにトモダチだと言われて、好きだと言われて…自分の中でますますパチーカを求める気持ちが強くなったのを感じた。
「ずっと、友達だって言ったじゃないか…!」
「トモダチ…」
パチーカにそう言われて、自分の中でもやもやと霧がかっていた疑問が、バチリと答えが出た気がした。
(ソウ……本当にトモダチと一緒に居るみたいに楽しかった)
「みたい」ではなくて、自分は本当にパチーカのことを「トモダチ」だと思っていたのではないか?
だから、こんなにもパチーカを求めているのではないか?
だって「トモダチ」だから……自分がずっと、ずっと欲しかったものだから。
ルマは不思議に思う。嘘っぱちの「トモダチ」ごっこのはずが、いつの間に本当の友情になっていたのだろう?
「アァ、ソウカ……トモダチか……フフ、変だな…ずっと、自分でも嘘だと思っていたのに……」
「ルマ…?」
急に俯いて独り言みたいに呟き始めたルマを、パチーカは怪訝そうに見つめた。
しばらくして、ルマは顔を上げて真っ直ぐに見つめた。
そこにあったのは、戦意でも怒りでもなく、穏やかな表情をしたルマの顔だった。
「パチーカ…ボクいつの間にかキミのこと本当にトモダチだと思ってたみたいだよ…ウン、キミたちと過ごす日々は楽しかった。とってもキラキラしてた…ゴメンネ、パチーカ。ボク、本当の気持ちに気づけなくて…ボクもキミのことが大好きだよ」
ルマは不安そうにパチーカを見て尋ねた。
「…ネェ、ずっとボクとトモダチでいてくれるんだよね?」
「当たり前じゃない。そう約束したんだから」
「そっか、アリガトウ。ボク、とっても嬉しいよ」
……幾度となくやり直しているのに、巡り合っているのに。きみは何時だって、その腕輪を選ぶんだね。
ねえ、ルマ。
きみにとってぼくは、腕輪を手に入れるための、ただの駒なの? ――きっと、違うよね。ただ利用されただけなら、ぼくだって、彼女の野望をさっさと食い止めて、帰ってご飯を食べて寝られたはずなんだ。
違うから、話してくれたんでしょ。かつて抱いたすてきな夢のことを。
違うから、言ってくれたんでしょ。何処か遠くへ旅に出たい、って。
違うから――あんな声で、ぼくの名を呼ぶんでしょ。
ねえ、ルマ。どこに行っても、どこで出会っても、なんて。どんな気持ちで言っていたの。
ねぇ、どうして
ぼ/く/を/選/ん/で/く/れ/な/い/の
「ルマ……」
「じゃあ、ずっとトモダチでいるために、キミを支配してアゲル!」
「……、………え?」




