高慢あるいは徒花【ⅩⅩⅢ】〜お化け屋敷攻略〜
ぐいっ
(エッ……、?)
次の瞬間ルマが感じたものは、武器で攻撃された際の肌が引き裂かれる感触ではなく、柔らかく温かい手のひらだった。突如左手を強く握られ、引っ張られる感触。カロン達が振るった武器は宙を斬っていた。
—一体、ナニがドウなって…
ルマは驚いて前を向くと、そこにあったのは真っ直ぐに走る鮮やかなピンク色の背中だった。
「パチー…カ……」
「ルマ、走って!鏡の人形たちがおいかけてくるよ」
前を向いたままパチーカにそう言われ、ルマはハッとなった。ちらりと後ろを振り向くと、アテナの頭のリボンの位置が左右逆になっていた。それだけではない。皆全ての装飾が左右反転していたのだ。
『無数の鏡に映る自身や仲間の姿をした‘何か’には、くれぐれもご用心を…』
エリアの最初で、キスカが言っていた言葉を思い出した。
あれはただの、鏡に映ったミンナの偽物だったのか。なんだ、まだボクはミンナに嫌われたわけじゃなかったのか。
ほっと安心したのも束の間。ルマはまた弱気になってしまう。みんなについてきた嘘がばれるのが後になっただけだ。きっと後になって蒸し返す。ここから逃げおおせたとして、そのあとみんなに会うのが—怖い。いつか嘘がばれて、今と同じ展開を繰り返す。その事を考えただけで頭の中が真っ黒になりそうだ。もうどんな顔でみんなに会えばいいか分からない。自分を守ってきたはずの虚言が、見栄が、崩れるのが怖い。冬の朝の肌を裂くような冷たい空気のように、じわじわと少しずつ冷気を運んでくる重く暗い気持ちが、自然とルマの逃げる気力を奪っていく。それに気付いた鏡の中のルマがニヤリと北叟笑んだ。
『ソンナニ苦シイナラ、ムシロ今楽ニシテアゲヨウカ?ソシタラ嘘ガバレル心配モナクナルヨ』
「だめ!」
そう叫んだのは、パチーカの方だった。鏡の人形から逃げ続けながらも、パチーカは後ろを振り向いてルマに語りかけた。
「もしルマがみんなに嘘ついてるんなら、みんなにごめんなさいすればいい話だよ!そうすればみんな許してくれるから。それに、その時はぼくもいっしょにごめんなさいするよ」
パチーカのルマの手を握る力が一段と強くなった。
「なにがあってもきみはぼくのトモダチだから。だから安心して」
『…ヘーエ』
鏡の中のルマ—数多の鏡の中で唯一、ベルトのバックルの位置が‘左右反転していない’ルマの像が、感心したように目を細めた。
するとどうだろう。後方から聞こえてくる追っ手の足音がピタリと止んだ。振り返れば、氷の騎士と大王と兵士は、武器を下ろしその場でたたずんでいた。表情も、先程のような敵意を含んだ瞳はしていなかった。
‘せいぜい大切なお友達と友情を育んでおくことですね。破滅の運命を辿るその時まで…’
その時の氷のルマは、通常のルマの声に加え、ルマの声よりちょっと高い別の誰かの声がノイズの様に重なっているように聞こえた。無表情のまま、鏡の中のルマは消えていった。
いつの間にか、鏡は正しく本人と鏡合わせの同じ動きをするだけの万華鏡となっていた。
全く主催者め…。姿だけではなく、声まで似せてくるなんて……アクシュミなヤツ。いい加減、一回ボコボコにしないと気がすまない。最上階で顔洗って待ってろよ…!!!
「ねぇ、ルマ!あれって出口じゃない!?」
パチーカが発見したのは、塔の高く高くまで続くひたすら長いはしご。そこ周辺の壁はもう鏡張りではなくなって、普通の石の壁に戻っている。二人は第三階層の脱出に成功したのだった。
第三階層、攻略完了!!
破滅の運命—何処かで出てきた気が………
そういえば、何故お化け屋敷にシルビアは来なかったのでしょう。‘鏡に映った偽物’、‘絵空事の命’。きっと、偽物の、さらにそれの偽物をつくることになるから、いなかったのでしょうね。
「ただの‘偽物’なのにね」
それは限りなく‘本物’に近かった
おまけ:R氏と某兵士
ルマ「パチーカの電話番号教えてよぉ」
アテナ「…あなたもういい加減しつこいですねぇ。はいはい仕方ないですねぇ(棒)ほい」
ルマ「アレ、わりとすんなり…」
渡された紙には、大きくマーカーで、確かに‘110’と書いてあった。
ルマ「自首シロと?」




