33話 大政奉還
ハイペリアン乗組員
坂本リョウマ 日系アジア人 28歳 男性 中佐 戦略参謀
西郷たかお 日系アジア人 28歳 男性 中佐 内政参謀 内政担当
大久保トシオ 日系アジア人 28歳 男性 中佐 外務参謀 外交担当
勝りん太郎 日系アジア人 25歳 男性 少佐 海軍参謀
乾タイスケ 日系アジア人 25歳 男性 少佐 陸軍参謀
福沢ゆー吉 日系アジア人 25歳 男性 少佐 財務参謀 財政全般
ヘレン ダルク フランス人 25歳 女性 少佐 医療参謀 医療技術
服部ハンゾウ 日系アジア人 25歳 男性 少佐 警察参謀 情報捜査
杉原 ねね 日系アジア人 20歳 女性 少佐 教育参謀 教育全般
朝廷 第103代後土御門天皇
勝仁親王 第104代天皇の後柏原天皇
足利幕府 第10代征夷大将軍 足利義稙
1495年4月
細川軍撤退の後朝廷では、無事
室町幕府の大政奉還を、足利義稙様より上奏して、
帝が承認されたのであった。
同時に帝の譲位と勝仁親王の践祚が行われ、
第104代天皇の後柏原天皇が誕生した。
細川家居城
帰城した細川政元は、
朝廷からの宣旨を受けとった。
「大政奉還だと!
義稙め、やってくれるわい。」
そして、新政府設立の宣旨を見た途端、
くそ!
蝦夷國に嵌められたわい。
と、重臣たちに、宣旨を見せた。
重臣たちの、皆
驚きを持って宣旨を読むのであった。
その内容はと言うと、
大政奉還により、第10代征夷大将軍足利義稙の将軍職の辞職により
幕府の解体を認めた事。
土御門天皇の譲位と勝仁親王の践祚により
104代後柏原天皇が誕生したとと同時に、
王政復古の大号令が発せられた。
内容は以下のとおりである。
足利義稙将軍職辞職を勅許。
京都守護職・京都所司代の廃止。
幕府の廃止。
摂政・関白の廃止。
新たに総裁・議定・参与の三職をおく。
総裁 持明院基規 正三位、権中納言
議定 西郷タカオ、蝦夷國からの出向
参与
持明院 基規 正三位、権中納言
勧修寺 政顕 従二位、権中納言
長尾 能景 越後国の大名
安東 忠季 出羽の大名
朝倉 貞景越前国の大名
有馬 晴純 肥前国の大名
足利 義稙 第10代足利家当主
以上であった。
細川政元
「して、朝廷の動きはどうじゃ?」
三好之長
「は、それが、あの戦いの後、一向に攻めてくる気配が
ありません。
それより、不思議なのは、我が軍の負傷兵の手当てを、
あの、典薬頭が率先して行い治療しているとの事でございます。」
細川政元
「うむ、ならば戦の意志は無いと見て良いかもな!
では、細川家として、どうするかじゃ?」
薬師寺長忠
「殿、朝廷と敵対するのはよろしくありませんぞ!
このままでは、朝敵として汚名を被りますぞ。
取り敢えず、帝に使者を送り、詫びを入れて
恭順の姿勢を示して、軍備を整えましょうぞ。」
すると
ここぞとばかり、三好之長が前に進み出て、
「殿、帝の使者に是非私をご指名ください。
戦いの総大将の立場でもありますので、邪険には、
扱わないと存じます。」
細川政元
「あい、分かった!そちに任せるぞ!」
三好之長
「は、有難き幸せにござる。」と言ったが
心の中では、うむ、これで、
細川家と縁が切れるな!とほくそ笑むのであった。
翌日、三好は単身、御所へ参内した。
細川政元の体調不調により参内できないとの
見え見えの言い訳をしたが、
総裁、議定、参与の面々は、気に留めずに会談した。
もちろん、情報局からの情報で政元は来ないことが
わかっていたからである。
その結果、細川家からの賠償金2億5千枚の蝦夷銭で
不戦条約を結ぶことになった。
その際、三好之長は、西郷タカオと個別面談し、蝦夷國への留学を
密かに決めるのであった。
細川政元としても苦渋の決断だったが、金銭で解決した事で、
居城の芥川山城を三好之長に任せて、政元本人は
勝龍寺城に戻ってしまうのであった。
ハイペリアン号 司令室
クララ
「総司令、細川政元は勝龍寺城に帰ったようです。
権力欲から信仰に興味が移ったようですね。
実子が居ないので史実のようにお家騒動が起こるのも
時間の問題かと。」
幸太郎
「まあ、こちらは局外中立だね。
それより、大内家の日明貿易の収益はどのくらいあるのかな?」
クララ
「はい、資料によると
収益は1回につき5,000〜10,000貫文
(現代換算で10億〜20億円程度)と推定されます。
内訳は、
中国からの主な輸入品は、
絹織物(高級絹:紗、羅)、陶磁器(青磁、白磁など)
銅銭、書籍・薬品・香料
日本からの輸出品は
硫黄(薩摩・大隅)、刀剣、銅、漆器
扇子、硯などの工芸品です。
なお、義興は博多や周防の港を通じて物資の集積・積み出しを掌握し、
関税や流通利益も総取りしていたようです。」
幸太郎
「ほう、すごい利益だな
早速、日明貿易を新政府の収入源にしないとだめだな。
すぐに新政府の議定 西郷中佐に連絡して、
日明貿易の停止の宣旨を大内義興に送るように伝えてね。」
数週間後
朝廷の発した宣旨は、全国の大名に激震が走った。
今まで、曲がりなりにも、幕府の権威の元、
均衡を保っていた豪族や大名たちは、
正に下剋上の戦国時代到来
を告げる宣旨となったのである。




