10話 首都 札幌 改
ハイペリアン乗組員
坂本リョウマ 日系アジア人 28歳 男性 中佐 戦略参謀
西郷たかお 日系アジア人 28歳 男性 中佐 内政参謀 内政全般担当
大久保トシオ 日系アジア人 28歳 男性 中佐 外務参謀 外交担当
勝りん太郎 日系アジア人 25歳 男性 少佐 海軍参謀
乾タイスケ 日系アジア人 25歳 男性 少佐 陸軍参謀
福沢ゆー吉 日系アジア人 25歳 男性 少佐 財務参謀 財政全般
ヘレン ダルク フランス人 25歳 女性 少佐 医療参謀 医療技術
服部ハンゾウ 日系アジア人 25歳 男性 少佐 警察参謀 情報捜査
杉原 ねね 日系アジア人 20歳 女性 少佐 教育参謀 教育全般
ハワイ行政官 ウール アインズ 内政用アンドロイド 初老白人男性
小樽行政官 徳川秀忠 内政用アンドロイド 日系アジア30代
函館行政官 カムイ アイヌ人 元函館村村長
1493年1月
札幌城内・司令室
西郷たかお中佐(内政参謀)は、呼び出された直後から青ざめていた。
「げげっ……これは、どうせまた総司令の“丸投げミッション”に違いない……」
冷や汗をぬぐいながら扉を開けると、そこにはニヤリと笑った
橘幸太郎の姿があった。
「やあ、西郷くん、いいタイミングだ。
ちょっと未来を変える話、していい?」
その軽すぎる口調に、たかおの背筋がぴしっと伸びる。
幸太郎は城内の作戦卓の地図を指でなぞりながら、
ずばり本題を切り出した。
「小樽の人口がついに10万人を突破した。
というわけで、次のフェーズに入ろう。札幌を起点に、
鉄道網を本格的に整備するよ!」
「……やっぱり、そう来たか」
西郷が小さくつぶやいたが、幸太郎は気にせず続けた。
「今後の蝦夷国の柱は“石炭”と“コークス用ストーブ”。
これで欧州の寒冷地にもバンバン売れる。
輸出でガッチリ儲けて、俺たちの国を世界一の先進国にする!」
目を輝かせる幸太郎の横顔に、西郷は一瞬だけ見とれた。
──この人、本当に夢を描くのはうまい。しかも、
それを現実にしてしまうから厄介だ。
「ということで、宗谷炭田、留萌炭田、夕張炭田、
釧路炭田の採掘を始めて。
同時に鉄道路線のレール敷設も、よろしく。丸ごと頼んだよ」
「またそのパターンですか!……了解です、総司令」
たかおは苦笑いしながらも、内心ではやりがいを感じていた。
彼はすぐに、小樽行政官アンドロイド・徳川秀忠を呼び出し、
道路工事を終えた人足たちを鉄道部隊に再編するよう指示を出した。
蒸気の音とともに──“工兵部隊”始動
もともと道路建設のために期間限定で募集していた
アイヌの人々だったが、
任期終了を前にして「続けたい」と申し出る者が続出。
その姿勢に感銘を受けた幸太郎は、彼らを正式に
橘家直属の「工兵部隊」として採用した。
「こういう時こそ、ちゃんと褒めて伸ばさないとね」
幸太郎は満足げに言いながら、賞与と昇給を即決した。
専門学校で重機の操縦を学んだ者200名のうち、
特に優秀な10名は建設工学の研修を受け、部隊長に任命された。
作業員は合計1,000名──まさに国家建設を支える“現代の匠”である。
鉄道の未来設計図
鉄道の軌間は将来の高速化を見越して、
標準軌(1,435mm)を採用。
これは「いつか新幹線を走らせるため」という
幸太郎の未来ビジョンによるものだった。
「狭軌じゃ蒸気の力を活かせないしね。
幅が広いほうがいい感じに走るって、なんかロマンあるだろ?」
部下たちは若干あきれつつも、総司令の言葉に笑ってうなずいた。
鉄道網の基幹3ルート(初期フェーズ)
部隊路線名区間人員構成
第一部隊宗谷線小樽 〜 留萌400人
第二部隊釧路線小樽 〜 夕張経由 〜 釧路400人
第三部隊函館線小樽 〜 函館400人
すべての部隊が3交代制の24時間フル稼働。
山岳地帯では高性能トンネル掘削機を使用し、
1日1キロのペースで前進。
さらに、自動レール敷設車によって作業効率は驚異的だった。
──そして、半年後。
1493年6月末には、3路線すべてが開通。
鉄と蒸気の道が、蝦夷の大地を駆け抜ける時代が、
静かに幕を開けたのであった。
余談
◆北の守人たちと、広がる蝦夷の絆
年の瀬も迫る1493年末、橘幸太郎の元に
一通の報告書が届いた。
それは、函館に派遣されたカムイ村長の
活動状況についてのものだった。
函館の地に根を下ろしたカムイは、
年初に正式に蝦夷国へ臣従を申し出ていた。
それに応える形で、幸太郎は彼を函館の行政官に任命し、
全権を委任したのだった。
以来、カムイはまさに献身的に働いた。
「この地を、アイヌと和人が共に栄える町にする……
それが俺の使命だ!」
そう語った彼のもと、函館の町は急速に発展。
居住区は拡張され、木造の市庁舎や市場、
そしてアイヌと和人の子供たちが共に学ぶ学校が建設された。
この教育施設には、幸太郎が「未来は混血の時代だ」
と命じて特別な予算を割いていたのだ。
函館は今や蝦夷第三の都市としての風格を見せ始めていた。
加えて、奥州から逃れてきた貧民や下人(奴隷階級)たちを
受け入れる難民都市としての役割も果たしており、
彼らに新しい人生を与える希望の地となっていた。
「橘様に、恥はかかせぬ……!」
夜毎、焚き火の前で村の長老たちと語り合う中、
カムイの胸には橘幸太郎への深い恩義と忠誠が静かに、
しかし確かに燃え続けていた。
一方、セタナ村の村長・タナサカシもまた、
別の形でその忠誠を示していた。
小樽にて数ヶ月に渡る漁業訓練と操船訓練を終えた
タナサカシと村の若者たちは、蝦夷海軍の一員として
正式に編入された。
彼らの任務は、函館港の防衛と、周辺海域に出没する海賊の討伐。
小柄な体躯ながら、強靭な筋肉と卓越した操船技術を持つ彼らは、
「北の海獣」と恐れられるほどの戦力となった。
ある日、タナサカシは小樽港での演習を終えた後、
幸太郎に直訴した。
「総司令殿、我らの命、蝦夷国の盾としてお使いください!
それが、我らが頂いた恩への、唯一の報いです!」
幸太郎は少し照れたように頭をかきながら、にやりと笑った。
「おお、それは頼もしいね。でも、死ぬなよ?
お前たちがいないと困るんだからさ」
そんなふうに、さらりと、だが相手の胸に刺さるように
言葉をかけるのが、彼の持ち味だった。
それを聞いたタナサカシは、目をうるませながらも
背筋をぴんと伸ばし、拳を胸に打ち当てた。
「我ら一同、命をかけて守ります。函館を、そして……この国を!」
こうして、カムイは民を導く知恵の柱として、
タナサカシは海を守る剣として、
それぞれの場所で蝦夷国を支える存在へと成長していった。
彼らの胸にはただ一つの信念――
「橘幸太郎への忠義に、恥じぬ生き方を」
その想いが、寒風に負けぬほど熱く燃え盛っていた。
所変わって
1493年 2月、小樽・蒸気機関工場
「ふっふっふ……呼び出された理由はわからんが、
こういうの、わくわくするんだよなあ」
雪煙舞う冬の小樽。
札幌から列車で向かった橘幸太郎は、笑みを浮かべながら
蒸気機関工場の巨大な鉄扉をくぐった。
その瞬間、熱気と金属の匂いがぶわっと彼を包み込む。
「ようこそ、総司令!」
満面の笑みで出迎えたのは、元鍛冶職人でいまや
機関設計の第一人者となった平賀源内だった。
「おお、できたのか!? ついに……!」
工場の中央に鎮座するのは、漆黒の装甲に鋲を打ち込まれた、
どこか生物的な迫力すらある蒸気機関車。
その姿に、幸太郎は思わず息を呑んだ。
「これが……蝦夷国の鉄道の始まりか……!」
隣では、平賀の相棒にして機構担当の田中久重が、
得意げに胸を張っていた。
「まだ400馬力ですが、蒸気自動車の4倍の出力です。
兵士200人分は楽に運べますよ」
「うむ、でかした。ほんと、こういうの見ると元気出るなあ……」
幸太郎は、無邪気な少年のような笑みを浮かべると、
ぽんぽんと彼らの肩を叩いた。
「難しい話はよくわからんが……お前ら、よくやった!
あとで奢るぞ!」
「やったー! 今日は鍋にしてくれます? あと、酒も!」
「また食い気かよ、久重!」
笑い声が弾ける工場内。
幸太郎はその中心で、誇らしげに言った。
「これで、石炭も兵士も物資もガンガン運べる。
物流革命の幕開けだな!」
この蒸気機関車は、1890年代に英国で製造された
「B6形」をベースに、ハイペリアン号の資料から
完全復元されたものである。
ハイペリアン内で作られた50分の1スケールの模型を、
小樽専門学校で学生たちに分解・再組立させ、
基礎構造から徹底的に学習させた。
その過程で才能を見出された学生たちの名が、
のちに語り継がれることになる。
平賀源内(設計指導)
田中久重(機構制御)
川本幸民(理論化学とエネルギー効率)
志筑忠雄(翻訳・理論支援)
二宮忠八(次世代航空機の構想を持つ少年技師)
彼らはのちに“蝦夷五賢人”と称され、蝦夷科学の礎を
築く中核人物となっていく。
蒸気の立ち昇る鉄の巨人を見上げながら、幸太郎はぽつりと呟いた。
「……いいねえ。こういうの、ロマンだよな」
そして、にやりと笑って続けた。
「ま、細かいことはお前らに任せる! 俺はそのぶん、
うまいメシでも考えておくよ。責任は取るから、好きにやれ!」
後日、鉄道省長官に平賀源内、
科学技術省長官に田中久重が任命された。
――そしてこの日、蝦夷国の鉄道と産業の歯車が、
本格的に動き出したのだった。
◆冬を越す国民と、石炭帝国の胎動
鉄道は各地の炭田まで敷設され、採掘用ロボットが稼働を開始
。掘り出された石炭は、蒸気機関車が牽引する貨車に積まれて、
石狩に建設された最新式のコークス工場へと運ばれていった。
11月になると、幸太郎はある“国民サービス”を実行する。
「冬に凍死者を出さない。それが国の責任ってもんだよ」
そう言って、国民全員にストーブを無償配布し、
コークスも大幅に価格を引き下げた。
その結果、蝦夷国ではこの冬、凍死者ゼロという
快挙を達成したのである。
人々はストーブの温かさに驚き、
蝦夷国の統治に信頼を深めていった。
このストーブの噂を聞きつけてやって来たのが、
南の商人・蠣崎義広だった。
彼は札幌城を訪れ、行政官・徳川秀忠に面会を求めた。
「徳川様、お忙しいところ恐縮です。
実は……そのストーブを100台、コークスを1000キロ、
ぜひ売っていただきたく!」
義広の目はギラギラしていた。
「この品、奥州では売れますぞ!
まずは献上品として試したいので……10台、
無償提供をお願いできませんか?」
徳川秀忠は冷ややかに笑った。
「図々しいなあ。――でも、気に入った。
よし、20台やろう。その代わり、しっかり宣伝してこいよ」
「おお、太っ腹! ありがたき幸せ!」
すぐさま蠣崎は南蛮船をチャーターし、
十三湊の屋敷へとストーブを搬入。
商人たちを呼んで実演販売を開始すると、
たちまち注文が殺到した。
豪族の館、富裕な農家、寺社仏閣……
すべてがその暖かさに魅了されたのだ。
さらに、義広は奥州の戦国大名たちにも
献上+デモンストレーションを行い、
これまた大量受注に成功。
こうして彼は橘商会・奥州支店長の称号を得たのであった。
ストーブの普及によって、蝦夷国への人の流れは
ますます増えていく。
だが、それは同時に新たな問題も生み出した。
徳川秀忠は、冬季の労働力確保のため、東北の農村へ使者を派遣し、
収穫後の農民を人足として募集した。
条件は、賃金と衣食住の完全支給。
だが――
一部の村長は、労働者の賃金をピンハネし始めていたのだ。
しかも、取り分が少ないと知った農民や下人たちは
村を逃げ出し、蝦夷国に自主的に流入する“難民”となった。
幸太郎はその情報を受け取ると、軽くため息をつきながら言った。
「……まあ、予想はしてたけどね。やれやれ、
あとで徳川くんにフォローさせるか」
だがその表情に怒りの色はない。
むしろ「そういう面倒も含めて、国家運営だよね」と
言いたげな、大局を見据えた眼差しであった。




