むしょう提供。4
ファルがやった放火によりイチイが増やした虫は成虫幼虫全て全滅した。
これまでかけてきた苦労が一瞬で無になった事でイチイは意気消沈し、後から駆けつけて来た保安部職員達の手によっておとなしく連行されていった。
外に放出された虫については放置すれば生態系が崩れる為半数以上は駆除をする方針となった。
それがイチイが引き起こした事件後の数日間の出来事だ。
他の職員達が自我処理で忙しなく動いている中、ファルはというと自分の執務室で始末書を書いていた。
『やぁっと終わった〜☆』
それが終わったのかファルはいかにも疲れたという表情を映して顔と両腕を上げて体を伸ばす。
「やっと始末書終わった?」
『始末書だけじゃないですぅ〜☆ 報告書も書くんですぅ〜☆』
近くでゲームをしていたベータの発言に不満そうな表情を映すファル。
とは言っても報告書よりも始末書の方が圧倒的に量が多い。
独断専行、自己判断による虫の駆除、それに伴う火災、無茶な突入の際の器物損壊、いつまでも返さない装甲車。
他にもあれやそれやでファルはこの数日間、大量の始末書の処理を行ってきた。それがつい先ほど終えたのだ。
報告書にはイチイの犯行の動機やこれまで飼育してきた虫の飼育などの情報についてまとめたものも添付してある。
『これで自由の身☆ いやっほう☆』
「じゃあその。聞きたい事があるんだけどいい?」
『いいよ☆ 何かな?』
「本当にA2級なの?」
保安部の階級は下からC級、B級、A級がある。
A級になればエリートとして充分高い評価が得られるが、A級よりも上の階級がありA2級、A3級と数字がつく。最大でA10級はある。
A級になってからが本番とまで言われておりほとんどのA級の保安部職員はさらに上へと目指す。
『本当だよん☆ ほら☆』
そう言ってファルは懐から手帳のようなものを取り出して中を見せる。そこには相変わらずヘルメットを被っているファルの顔写真と保安部の紋章とファルの現在の階級であるA2級の文字が記されている。
保安部職員の身分を証明する保安部手帳を見せられたベータは改めてファルの階級に驚く。
「…本当にA2級なんだ。あんだけやらかしてるのに。」
『数はこなしてるからね☆』
上の階級に昇るには階級に見合う功績を得なければならない。問題行動などを起こせばそれだけ昇級の道が遠のく。
にも関わらず大量の始末書を書いていたファルがA2級である事にベータはこうして保安部手帳を見せられるまで半信半疑だった。
「なんでおれはC級のままなんだよ。」
不貞腐れるベータにファルは笑顔を表示する。
『まぁまぁ☆ 君は不本意かもだけど今なら昇級のチャンスだよ☆』
「チャンス?」
『そう☆ なにせ君は装備開発部兼特殊治療部兼整備点検部兼娯楽発展部兼異例案件部に所属しているこのボクの護衛をしているんだ☆』
「それが何?」
『ボクの周りには解決が困難な事件が来る☆ それを一緒に解決すれば君の評価が上がるよ☆』
「確かに、そうだね。」
『それに問題行動ばっかやるボクの側にいれば君の問題行動は薄れるかボクのせいになると思うな☆』
「自覚あったんだ。」
『大人だからね☆』
それでもファルの言い分にベータは確かに、と思った。
護衛対象を守るのもヒーローの仕事。そしてその護衛対象の元には厄介で派手な事件が舞い込んでくる。それを解決してA級に上がり、ファルよりも上の階級になれば命令してベータを縛り付けている首輪を外してもらう事が出来るかもしれない。
「…よし! やるぞ。」
それならばファルの元で仕事をこなし早くA級に上がってやる。
その意気込みを声に込めたベータは拳を作り空いている片手の手のひらにぶつけるとパシンと小気味良い音が響いた。
『おっ☆ 気合いたっぷりだね☆ じゃあ行こっか☆』
「えっ。どこに?」
『行方不明者探しの続きだよ☆』
「…えっ?!」
出かける準備をしながら言ったファルの言葉にベータは目を見開く。
「行方不明者は見つかったでしょ。…全員死んじゃってたけど。」
『確かに見つかったよ☆ 3分の1くらいね☆』
「え。」
『イチイクンが攫ってないヒト達を改めてリストアップしておいたから転送しておくね☆』
そう言ってファルが転送した新しい行方不明者リストのデータを見れば確かに最初に見た時と比べて人数が減っているが行方不明者はまだ大勢いる。
「あれで解決したわけじゃないんだ。」
『物事はそう簡単に上手くいかないよ☆』
出かける準備を終えたファルはベータに向き直る。映している笑顔は挑発的なものだ。
『ボクを追い越して首輪を外すのもそう簡単にはいかないよ☆』
「なっ!?」
考えが見透かされたと驚くベータだったが、すぐにファルを睨みつける。
「絶対にA級になってこの首輪を外してやる!」
バレてるなら堂々と。ベータはファルに向かって宣言して大股で歩きファルを追い越して先に外へ出る。
それにファルはきょとんとした表情を映した後、満面の笑顔に切り替えた。
『がんばってね☆』
だが、ベータはすぐに戻って来た。
『どったの?』
不思議そうに首を傾げるファルにベータは恐る恐るといった様子でファルに確認をとった。
「あのさ、ファル。」
『なぁに?』
「この前言ってた首輪の爆弾って、あれほんと」
『本当だよ☆』
ベータの言葉を食い気味に肯定したファルはキラキラと輝く目の表情に切り替えて解説を始めた。
『ボクの脳波、心肺が停止した瞬間に首輪に内蔵されてる液体爆弾が混ざってドッ〜カン!! と大爆発する仕組みだよ☆』
ファルの話を聞いたベータは頭を抱える。
『なんなら試してみる?』
そんなベータにファルは煽るように意地の悪そうな笑顔を表示する。
「ぜっっっったいに外してやる!!」
『がんばれがんばれ☆』
改めて意気込みファルを睨みつけるベータ。
それをものともせずいつもの笑顔に切り替えるファル。
2人は保安部職員として職務を全うする為に外に出た。