初仕事。3
朝。
ウォッチから目覚まし用に設定しておいたアラーム音がしばらく鳴り響いた後、ベータはアラーム音を止めてそのまま2度寝しようとする。何故ならもう何回か時間を分けてアラーム音を設定してある。いつも通りもう少し寝ても大丈夫だろうと安心してまぶたを閉じた。
が。そのすぐ後にインターホンの音が鳴り響く。1回では起きなかったベータだったが、2回目3回目と連続でインターホンを鳴らされている為仕方なく起き上がる。
「誰?!」
早朝からの来客に心当たりが全く無いベータは叩き起こされた事から来る苛立ちに任せて玄関へと向かい扉を開ける。
『やっほ〜☆ おはよう☆』
扉を開けた先にいたのはファルだった。
「げぇ!」
ファルのヘルメットを見た瞬間にベータは嫌な顔をする。
「何でおれの部屋の場所知ってるんだよ!」
『そんなの調べればすぐに分かるぞ☆』
最も会いたくない相手に朝から会った事でベータの機嫌は一気に下降する。
「何の用?」
『お仕事をサボらないよう見張りに来たの☆』
「…サボらないよ。」
ファルに会いたくない為出勤したくないい気持ちはあるが、それをすれば首輪の装置が発動してしまう為ベータは踏みとどまった。
『それならいいよ☆ じゃあささっと準備して今日もお仕事お仕事☆』
「分かったよ。」
ファルに急かされたベータはいつもより少し早く出勤する事になった。
◆◇◆◇◆
『今日最初のお仕事は情報共有かな☆』
ファルの作業部屋の隣にある執務室に通されたベータは近くにあった椅子に座り向かい側に座るファルと向かい合う。
「共有って何を?」
『イセンチャンの自供☆』
それを聞いてベータは全身を強張らせる。何せ頼れる先輩のイセンの手によってあと少しで意識がある状態でバラバラにされそうになった。そのヒトに対して恐怖心を抱くのは何も不自然ではない。
恐怖で身体が僅かに震えているベータに構わずファルは笑顔を表示して話す。
『今分かってるのはどうしてイセンチャンがあんな事をしたのかという動機☆ 君被害者だし知っておいた方がいいでしょ☆』
「…イセンはなんて?」
恐怖はある。それでもベータにとってイセンは優しい先輩だ。あのような残虐な事をした事に何が事情があるのではと思ったベータはファルから話を聞こうと身体の震えを気にしないようにして話を聞く姿勢をとる。
『ヒューマロイドが怖がる顔や悲鳴を聞くのが好きなんだって☆』
しかしそんなベータの思いは粉々に打ち砕かれる。
『最初はアンドロイドで我慢してたけどある日とうとうやっちゃって、そこから歯止めが効かなくなったんだって☆ 特殊治療部に入ったのはヒューマロイドを苦しむ姿が見れるし解体する技術を学べると思ったから自分から転属を志願したんだってさ☆ 君が飲まされたヒューマロイド用の毒は新型だったしまだまだ余罪がありそう☆』
ファルから聞かされる自分勝手で他者を傷つける事に躊躇しないイセンの行為にベータは項垂れる。
「…イセン。」
かつて見せてくれた優しい笑顔は偽物だったのかという考えがベータの頭の中でぐるぐると回っている。
『イセンチャンの話はこれでおしまい☆ 次は新しいお仕事のお話だよ☆』
そう言って話に区切りをつける為にファルはウォッチを操作して近くに設置してあるモニターの画面をつける。表示されたのは近辺の地図であり一箇所に赤い目印がついている。
『今連絡が入ったんだけど赤い目印の所で不良達が暴れてるんだって☆ 助太刀に行っくよ〜☆』
「え! 今から?!」
『そうだよ☆ ほら早く早く☆』
悲しむ暇も与えずにファルはベータを連れて目的の場所へと向かう。
◆◇◆◇◆
「今すぐ投降しなさい! 繰り返す! 今すぐ投降しなさい!」
暴力沙汰を起こす犯罪者と対峙するのが主な仕事の機動部に所属している者達は装甲車や防護盾で身を守りながら爆発物を所持している犯罪者集団と対峙していた。
「投降を、あっ! 回避!」
投降を促す保安部職員に目掛けて爆発物が投げつけられ、近くにいた者達も含めて慌てて回避行動を取る。地面に着弾した瞬間、物は爆発した。回避行動が早かった為今の爆発での負傷者はいない。
爆発物に対して慎重に行動している保安部職員達の姿を見て犯罪者集団の者達は嘲笑う。
「いい気味だ。」
「そろそろ要求を伝えるぞ。」
大量の爆発物。容易には越えられないバリケード。
入念に準備をしたおかげか覆面を被った犯罪集団の者達には余裕があった。保安部など敵ではないという強気な態度で保安部職員の者達に自分達の要求を伝えようと主犯が拡声器を手にした時、見張りの者が声を上げる。
「装甲車が来るぞ!」
保安部が所持する装甲車がスピードを上げて犯罪者集団のいる方へと突っ込もうとしている。
「爆破させろ。」
主犯は落ち着いてそう指示を出す。指示通りいくつかの爆発物が装甲車に向かって投げられそのまま爆発した。だが、装甲車は止まらない。
「おいおいおい!」
スピードを出したまま装甲車はそのままバリケードを突破し犯罪者集団の方へと走ってくる。
「こっちに来るぞ!」
「嘘だろ!」
爆発物を投げる暇もなく、自分達に向かって走ってくる装甲車に身の危険を感じた者達が走って逃げ出す。
「おい! ばらけるな!」
主犯が慌てて統率を取ろうとするが、ほとんどの者達がパニック状態になってしまった為効果が無い。
「くそ! 保安部の奴らは保守的な奴らじゃなかったのか!」
苛立ち装甲車の方に睨みつける主犯。爆発物を手にして装甲車の運転席に目掛けて投げようとする。
一方で装甲車の運転手は
『ぶん♪ ぶん♪ ぶぶんぶ〜ん♪』
笑顔を表示して歌いながら装甲車を爆走させていた。
「ファルー! ちょっとファル! これ、大丈夫なの?! 大丈夫なのこれ?! ねぇ聞いてる? 歌ってる場合じゃないだろこれ!」
助手席に座らされてしまったベータは爆発によって割れたガラスの破片を払い落としながら運転手ファルに怒鳴りつける。
が、ファルには全く効果が無い。
『それゆけそれいこそれいくぞ♪ まっさかさまにいっちょくせん♪』
「だあー危ない!」
主犯が投げた爆破物に当たりそうになったが、装甲車がドリフトしたおかげで回避する。投げられた爆発物は装甲車から少し離れた所に落ちて爆発した。
「くそ!」
主犯が次の爆発物を手に取ろうとした時
「させるか!」
装甲車がドリフトした時に扉を開けて装甲車から飛び降りたベータが主犯に近づきテーザー銃を構え引き金を引く。
「がっ!」
狙いは当たり主犯の男は短い悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。
逃げ惑う他の犯罪者達も破られたバリケードから突入して来た機動部の者達によって次々と捕えられていく。
最後の1人が捕まったと知ってようやくベータは気を抜く。
「あー。死ぬかと思った。」
『お疲れさんベータクン☆』
さらにボロボロになった装甲車から降りたファルは悪びれる事なくベータに声をかける。ヘルメットに表示されている表情は笑顔のままだ。
「ファル。よくもあんな危ない目に! しかも不良どころか犯罪者じゃん!」
『なぁに言ってるのかねベータクン☆ 不良と犯罪者に違いなんてほぼ無い無ぁい☆』
「この野郎。」
怒り心頭に発するベータに対してファルは特に気にしていない様子だ。
「テメェら、クソ保安部が!」
2人の耳に主犯の男の怒声が入る。
振り向くと覆面を取られて素顔を晒している男が拘束されてもなおもがき保安部職員に楯突いていた。
「うっわ怖。」
男の喚く姿を見て引いているベータ。
『あれ?』
ファルは男の顔を見て首を傾げ、何を思ったのか男に近づいていく。
「えっちょ!」
拘束されているとはいえ無防備に近づけば噛み付いてきそうな男に近寄るファルにベータは驚き追いかける。
「クソッタレなAIの奴隷が。お前らのせいで俺の人生はめちゃくちゃだ! 人間の為の組織なら俺の栄光を返せよ!」
『いや君の場合自業自得だろ☆』
「は?! …は?」
男は声がした方に苛立った様子で振り向き、呆然とする。フルフェイスのヘルメットを被ったファルがいつの間にか眼前にいた。至近距離でヘルメットの笑顔がある事に男は理解が追いつかず言葉を失う。
『プロの選手に選ばれて活躍出来たのは凄いけどぉ、ドーピングはまずいなシシジクン☆』
「え。」
シシジクンとファルが言った瞬間、男は驚愕で目を見開く。
「何で、俺の名前を」
『もしかしてお仲間もドーピング仲間? 全員どっかで見た事あるぞ☆』
そう言ってファルは他の犯人達の顔を見て指を指す。
『君は、クニクン☆ そこの君はサンロチャン☆ そっちの君はハッパクン☆ うんうんやっぱり☆ 君達、前に不正行為が発覚してスポーツ界から追放された元選手だね☆ となると、今回の動機は不正行為を暴いた保安部に対する腹いせかな☆』
犯人達だけでなく話を聞いていた保安部職員達も呆然としていた。その隙にファルは男から離れ装甲車の方へと向かう。
「待て!」
そのファルを男は呼び止めた。
『何?』
「なんで俺達の名前を知ってるんだよ。」
『覚えてるからだよ☆ 過去に起きた事件は大体見たからね☆ 10年くらい前の君達の不正行為もばっちり覚えてるよ☆』
それを聞いて絶句した男。
ファルはそれ以上男に何も言わず再び装甲車の方へと向かい装甲車の状態を確認する。
『あちゃぁ☆ やっぱり無理させたな☆ これはフルにメンテナンスせねばなりませんな☆』
爆発物のせいで窓ガラスはほとんど割れてしまい至近距離で爆発を受けた影響で凹んでいる。ファルは運転席に落ちているガラス片を払い落とした後に座り運転は出来るのかどうか確認をする。
「…あの、ファル?」
『何〜?』
「あのヒト達の事、本当に全員知ってるの?」
『名前と保安部で記録されてる前科はね☆ ボクってば記憶力がチート並に凄いんだ☆』
喋りながら手を動かし、運転に支障が無いと分かるとファルは助手席に散らばっているガラス片を払い落とす。
『帰るよベータクン☆』
乗り込む前にベータは事後処理を行なっている他の保安部職員達の方に目線を向ける。すると全員から目を逸らされ関わりたくないという態度で仕事に集中してしまった。
それを見てベータは理解した。先日ベータに向けられた哀れみのこもった目線は首輪をつけられた事だけではない。
ふざけた言動をし、過去の相棒を手にかけ、爆発物を持つ相手であろうと突っ込んでいく。
短期間でこれだけのやらかしを見てベータは気がついた。
ファルに皆関わりたくないのだ。その証拠にさっさと帰ろうとするファルを咎めようとする者が1人もいない。
「ファル。」
『何?』
「やっぱりお前と組むのすっごいいや!」
『はいはい☆』
それでもベータは装甲車に乗り込み助手席に座る。首輪をつけられている現時点ではファルから逃げられないと分からせられたからだ。
『じゃあ出発☆ 道開けてね〜☆』
ウォッチで保安部職員達に連絡した後にファルとベータを乗せた装甲車は保安部職員達に遠巻きで見られながら帰路に向かって走って行った。