初仕事。
ベータには夢がある。
それは困っているヒトを助けられるカッコイイヒーローになる事。
断じて首輪をつけられて連れ回されることではない。
『降りてよ〜☆』
「変態変態変態!! こっち来るな!」
辞令によってファルという液晶画面付きのフルフェイスのヘルメットを被り改造白衣を着たヒトとコンビを組む事になったベータ。
現在動けるようになったベータは機械の上に登りファルとの距離をとっている。
「リードはやめてって言ってるだろ!」
『え〜☆ 首輪といえばリード必須でしょ☆』
「いらないよいいから首輪外してよ。」
『やぁだよ☆ それよりもそこから降りて☆ その機械高いんだから☆』
「いやだ!」
『今すぐ降りないとまたバチってやるぞ☆』
「うっ。」
逆らえばまた強烈な痛みを強制的に与えられる為ベータは嫌々ファルの言う事を聞き機械から降りる。
しかし首輪を着けられるだけでなくリードに繋がれる気はベータには毛頭無い。
「そんなの無くても逃げないよ!」
ベータはリードを持ってじわじわと近づいてくるファルから離れる。
『え〜☆ 君サブロークンから離れて勝手な事しまくってたらしいじゃん☆』
「うっ。」
両手でリードを持ち何度も伸ばしては緩めるのを繰り返し疑いの目をしている表情の顔マークを表示するファルの言葉にベータは何も言い返せない。事実だからだ。
「いやそれでもおれが逃げたら首輪の装置を発動させるだろ。」
『するよ☆』
「だったら逃げないよ。あんな痛いのもうごめんだ!」
ベータがそう言うとファルは顔マークを何やら考え事をしているようなものに変える。
『ん〜☆ まぁいっか☆ 逃げないならいらないよね☆』
そう言ってリードを作業台の上に乗せて顔マークを笑顔に切り替える。
『じゃあ行こっか☆』
「…どこに?」
『銀行だよ☆』
「えっまた?」
『ほら行くよ☆』
さっさと歩いて行くファルの後ろをベータは不満そうではある。
『早く来ないとビリってやるよ〜☆』
が遅れてついて行く。
◆◇◆◇◆
ファルが銀行に訪れたのは銀行の空調設備の調子が悪いという依頼が入ったからだ。その為ファルは設備の調査を見る為に銀行に訪れ、そして銀行強盗を目論む犯人達と出会した。
銀行強盗未遂の後始末を行なっている保安部職員達の話し声や足音を気にする事なくファルは最後の作業を終えた。
『はいおわり☆ どう?』
職員が機械の横にあるモニター見て試運転した後、大きく頷く。
「問題ありません。ありがとうございます。」
『また何かあったら保安部によろしく〜☆』
「はいその時はまた。…ところで」
職員が視線を逸らした先には不貞腐れた顔で椅子に座っているベータがいた。
「あのヒトはどうされたのですか?」
『ボクの新しい相棒だよ☆ 今ちょっとご機嫌ナナメなの☆』
「あー。そうでしたか。」
ファルの話を聞いた職員はベータを一瞬哀れみの目で見たが、すぐにファルに向き直り仕事の話に戻る。
自我処理をしている他の保安部職員達もベータを遠巻きに見て距離を取っている。
職員と保安部職員の視線と態度に気がついたベータは向けられた目線の先が自分につけられた首輪によるものだと思いますます機嫌が悪くなった。
『終わったよ〜☆』
ベータはそっぽを向く。
『え〜☆ 返事なし?』
ベータはそっぽを向いたままだ。
『まぁいっか☆ 次行くよ次☆』
ファルはベータの態度を気にする事なく歩き出す。
首輪の装置を発動されたくなかったベータは大人しく着いて行った。
◆◇◆◇◆
それからもファルは店舗や施設に向かい調子の悪い設備や機械を直したり点検をした。
ファルの作業をしている姿を退屈そうに見ていたベータ。
それを察したファルは次の行動に出た。
『ねぇベータクン☆ 喉乾いたからお水買ってきて☆』
「えー。」
ベータは露光に嫌そうな顔をする。
『そんな顔しないで☆』
そう言ってファルはウォッチの画面を操作してベータのウォッチに電子マネーを送金する。
『余った分は君の分に使っていいからさ☆ お水持ってきてくれた後は外で休憩してきていいよ☆』
「本当!」
『うん☆ ここの仕事が終わったら連絡するね☆』
「分かった。」
ベータは一旦外に出て近くにあった自動販売機に向かいファルの分の水を買った後すぐ戻ってファルに手渡した後、再び外に出て今度はヒューマロイド用の自動販売機に向かいヒューマロイドのエネルギー補給の為に開発されたエネルギードリンクを購入した。入っていたエネルギーを一気に飲み干して空の容器を自動販売機の横にあるゴミ箱に捨てる。
「あー。疲れたしんどい。」
ファルから離れられ一息つけたベータは壁にもたれかかり気を緩める。
「これからどうしよう。」
ベータとしては今すぐにでもファルとのコンビを解消したい。しかし、いくら嫌と言ってもそれが出来ない事はベータ自身が分かっていた。
ファルとベータにコンビを組めと命令したのは保安部の最高責任者でありこの都市の支配者であるAI、Soul Color System。通称S.C.Sだ。
組織のトップから直直に辞令を言い渡されたベータには逆らう事が出来ない。だが、それでも初日から首輪を着けてくるファルとこれ以上一緒にいるのはかなり嫌と思ったベータはどうにかファルと離れられないか考えていた。
「ベータ。」
そんな時だ。
ベータに声をかけてきたヒトが現れた。
名前を呼ばれたベータが顔を上げると目の前にいたのは微笑みを浮かべている物腰の柔らかそうな若い女性だった。
「イセン!」
ベータに親しげに話しかけきた女性、イセンの顔を見た途端ベータの表情が明るくなり声が弾む。
「こんな所で会うなんて偶然だね。」
「本当ね。」
親しい仲なのだろう。2人は楽しそうに話をしている。
「今休憩中?」
「うん。イセンは?」
「私は仕事が終わったから帰る途中だったの。でもベータを見つけたから声をかけちゃった。」
「そうなんだ。」
「ところで、サブローさんとは一緒じゃないの?」
イセンの質問に対して先ほどまで楽しそうに喋っていたベータは黙り込む。
「それにその、首輪よね? どうしたのそれ。」
ベータの首に着けられた首輪はかなり目立つ。当然イセンの視界に入り気になってしまう。
「これは、その。」
もごもごと言いづらそうにしているベータの様子を見て只事ではないと察したイセンはしゃがみ込みベータと目線を合わせる。
「何かあったのね。」
真剣な眼差しでベータを見つめるイセン。ベータの手を取り優しく包み込む。
「言えないのであればそう言って。でも、私で何か力になれるかもしれない。言えるのであれば教えてくれないかしら。」
優しい声音でベータの気持ちをほぐすように話しかけるイセン。
それによってベータの中で安心感が生まれ、今まであった事をイセンに打ち明けた。
ファルの事や首輪の事をベータから聞いたイセンは憤慨する。
「酷い! ファルってヒトの噂は聞いた事あるけど、ここまで酷いなんて。」
自分と同じように、あるいはそれ以上に怒ってくれるイセンを見てベータはほんの少し嬉しく感じた。やはりファルのやった事は異常だと確信できたからだ。
「…ベータ。よく聞いて。」
イセンは意を決した眼差しでベータの目を見る。
「そんなヒトの所から逃げなさい。」
「えっでも」
逃げられるのならば逃げたい。しかしどうやって。
ベータの頭の中でそんな考えがぐるぐると回っている時、ベータの手を包んでいたイセンの手に力が入る。
「私が何とかする。だから私と一緒に逃げましょう。匿ってあげる。」
そう言ってイセンはベータを立ち上がらせようとする。
「早く行きましょう。ファルが来る前に。」
「えっ? 待ってイセン。急に言われても」
「逃げたくないの?」
イセンのその言葉にベータの心が揺らぐ。そしてイセンに促されるがままに立ち上がり手を引かれる。
「行きましょう。あっちに私の車がある。」
イセンはベータを連れて車を使いその場から立ち去って行った。
その後ろ姿を監視カメラが撮っていた。
ファルから離れて行く2人の姿をファルは監視カメラの映像を自身のウォッチを通して見ていた。
◆◇◆◇◆
イセンとベータの関係は先輩と後輩。
元々イセンも治安維持部に所属していたが本人の希望で特殊治療部に転属していった。
イセンに優しくしてもらった為ベータはイセンにとても懐いており特殊治療部に転属していってからの数日間はとても落ち込んでいた。
そのイセンに連れられてやって来たのはイセンの住む家だ。
「お邪魔します。」
「遠慮しないで入って。ここに座ってね。」
イセンに促され家の中に入ったベータは案内された部屋のある椅子に座るよう勧められたので素直に座る。
「疲れたでしょ。これ良かったら飲んで。」
イセンから手渡されたのはベータがいつも飲んでいるメーカーのエネルギードリンクの容器。好きなものを覚えていてくれた事を嬉しく思いながらベータは封を開けて中身を口にする。
その途端広がる不快感。いつも飲んでいるものとは明らかに違う。ベータは咄嗟に吐き出そうとした。
「うっ!」
が、それよりも早くベータの反応に気がついたイセンによって押さえられ無理矢理飲まされる。
「うぇっイセン! 何、を」
半分ほど飲んでしまったところでようやくイセンの手から逃れたベータは慌てて椅子から立ち上がりイセンから距離を取ろうとしたが、突然体に力が入らなくなる。そして徐々に全身に広がる倦怠感と不快感に立ち上がれる気力が削がれていく。
「ヒューマロイドにも味覚があったのね。知らなかった。」
そんなベータを心配するそぶりを見せず見下ろした後、一旦ベータから離れて行く。
倒れたが意識はあるベータはこの状況に混乱していた。
「…なんで。」
こんな事になったのはイセンのせい。流石にそれに気がついたベータ。しかし理由は思い当たらない。ベータにとってイセンはとても優しくて頼りになる先輩だ。尊敬さえしている。そんな思いを抱いていたイセンに対してこのような事をされた事にベータには受け入れ難い事だった。
「動けないね。良かった。」
戻って来たイセンはそう言ってベータに何も説明しないまま一緒に連れて来た運搬用のアンドロイドを使ってベータをある部屋に運んで行く。
連れて行かれた部屋にあったものを見た時、ベータにはそれが何なのか最初分からなかった。いや、分かりたくなかった。
「…え?」
部屋で見たものは大量のアンドロイドやヒューマロイドを解体したものと様々な解体道具だ。部屋の中央には作業台のようなものがあり黒いシミがべったりと染み付いている。イセンはその上にベータを寝かせて拘束具で縛り付ける。
ベータは何とか口を動かしてイセンを止めようとしたが、楽しそうに鼻歌交じりで作業をするイセンにベータは恐怖で声が出なかった。