玩具の中の隠し事。3
数日後、ダンシ区の某所で第22回人形展が開催された。とはいえ最初は1次審査からだ。出展する作品を提出し、審査員に評価されれば大勢の人に注目される2次審査に進める事が出来る。
「すみません。玩具部門で登録したいんだけど、代理でも大丈夫?」
「大丈夫ですよ。必要事項を書いていただきますがよろしいですか?」
「うん。」
「ではこちらのタブレットに連絡先などのご記入をお願いします。」
受付にアタッシュケースを持ってやって来たのはベータだ。今回も私服にファルから渡されたサイバー型のウォッチを装着している。
必要事項を書いた後、ベータはタブレットを返した。
「書き終わったよ。」
「ありがとうございます。確認させていただきますね。…ビービさんでよろしいでしょうか?」
「うん大丈夫。」
ビービとはベータの偽名だ。考えたのはファルだ。ベータはファルがあらかじめ考え用意しておいた名前や住所に連絡先などを教えられベータはその情報をそのままタブレットに入力した。
「そちらが出品する物ですか?」
「うん。」
「中を確認させていただいても?」
「どうぞ。」
アタッシュケースをスタッフに渡したベータ。
スタッフがアタッシュケースを開けると中に入っていたのは中にすっぽりと収められていた1つのブリキでできた人形だ。
「えっ古いな。」
初めて中を見たベータは思わず言葉が漏れる。
「えっ?!」
しかし中を見たスタッフにはその言葉は耳に入っていなかった。中のブリキの人形に釘付けの状態だ。
「えっと。どうかしたの?」
微動だにしないスタッフを見て困惑するベータ。
ベータの声に正気が幾分か取り戻せたのかスタッフは慌てて平常心になるよう取り繕う。
「あっ失礼しました。こちらを出品で間違いないですね。」
「うん。」
「かしこまりました。」
それからベータはスタッフからいくつかの必要事項を聞いた後、書類をデータとしてウォッチに受け取った。
「では第1次選考が終わりましたらメッセージで連絡します。」
「分かった。」
こうしてベータはファルに言われた通りにブリキの人形をスタッフに渡した後、そのまま何事もなくその場を後にした。
◆◇◆◇◆
「で? あれには何の意味があったの。」
次の日。
この日は保安部の制服を着ているベータは執務室でだらけているファルに質問をする。
『面白そうだったから☆』
「あぁそう。でも受かるかどうか分かんないよ。おれの他にもたくさんヒトがいたし、あんな古いのウケるかどうか微妙だよ。」
『じゃあ受かったら面白い事になりそうだね☆』
ベータはそれ以上は突っ込まなかった。何を言っても面白そうだからと返されると分かっていたからだ。
「まぁいいや。はいこれ昨日の録画データ。」
そう言ってベータは昨日装着していたウォッチをファルに渡して今日の分の書類仕事をしようとさっさと自分の席に座った。
◆◇◆◇◆
しばらく月日が経った後。
『見て見てベータクン☆ ボクの作った人形1次選考突破したよ☆』
「えっ? 何?」
『ほらこれ☆』
「…え?!」
あれから様々な厄介な事件に関わってきたベータはすっかり人形展の事を忘れていた。ファルに見せられた1次選考を通過した事を知らせるメッセージを見せられるまで思い出せなかった。
「マジでか。あれが。」
『もうベータクンってば☆ その発言ダンシ区では禁句だからね☆』
少し怒っている様子の表情を表示したファルはベータのウォッチに情報を送信した。
「ん? 何送ったの?」
『2次選考の情報を君にも分かりやすくまとめたやつだよ☆ 当日よろしくね☆』
「え。まさかおれが行くの?」
『当たり前でしょ☆ 君はボクの代理なんだから☆ それにそろそろダンシ区に行って調査もしないとね☆』
「そういえばまだ続いてたね違法薬物探し。」
『見つかるまで続くよん☆ だから行って来てね☆』
「了解。」
◆◇◆◇◆
そして迎えた人形展2次選考当日。
私服とバイザー型のウォッチを身につけたベータは会場内を歩いて周っていた。
「凄いヒトだな。」
作品を見ようと大勢のヒト達が会場内に押し寄せている。ベータはヒト混みの中ぶつからないよう気をつけて歩き、時々展示されている物を鑑賞していた。
「へー。凄いな。」
精密なフィギュア。
愛らしいぬいぐるみ。
最新の玩具。
様々な作品を見てベータは素直に凄いなと思っていた。そしてどうして数ある作品の中でファルが用意した古いブリキの人形が選ばれたのかまるで分からなかった。
『ね〜ね〜☆ そろそろボクの方も見てよ☆ 気になる〜☆』
「はいはい。」
どうせ見るヒトはそんなにいないだろう。
そう思っていたベータだったが、その予想はあっさりと裏切られた。
「すっげぇ!! なにこれ!!」
「再現度高っ!!」
「ひぇぇぇぇぇっ。」
ファルが作ったブリキの人形が展示されている周辺で大勢のヒトが群がっていた。皆ファルの作ったブリキの人形を見ようとしており実物を見たヒトは感動している。
「…え? 何でこんなにヒトが集まってるの??」
『え? ベータクン本当に知らないの超合金マックスアイアンローボーを☆」
「えっ。何? 超、マックス?」
『超合金マックスアイアンローボー☆ というか受付の時に作品名で書いたはずだよ☆』
「…そうだっけ?」
『忘れてる〜☆』
唐突に告げられた名前に困惑しているベータにファルは軽く説明をした。
『昔流行ってたロボットアニメの主人公が乗ってるロボだよ☆ 原作もリメイク版も結構有名なんだけどその様子じゃあ知らなかったみたいだね☆ あ〜だからあんなに反応が薄かったのか☆』
「えっ。でも古いじゃんあれ。人気だからって何であんなにヒトが集まってるの?」
『古いものが全部悪いわけじゃないんだよ☆ むしろ古いものに価値を見出すヒトはたくさんいるよ☆ まぁボクが用意したのは古く見えるように作ったものだけど、好きなヒトには堪らない物だって分かってもらえればいいよ☆』
「そういう、ものなのか?」
『半信半疑〜☆』
「…ん?」
ファルとの会話中、ベータはある物が気になった。
先ほど話に出てきた超合金マックスアイアンローボーの巨大なフィギュアだ。ファルのとは違い艶のある塗装がされている。
「本当に人気なんだ。」
『ん? おっこれは中々のクオリティ☆』
ベータの視界を通して見たファルも精密な作りに素直な感想を出す。
ベータの方は興味が湧いたのか周囲のヒトにぶつからないよう気をつけながら近づきじっくりと眺める。
「そのなんとかアイアンって面白いのか?」
『超合金マックスアイアンローボーだよ☆ ボクのオススメ☆今度観せてあげるね☆』
ベータがじっくりと眺めている時、隣にいた小さな子供がヒトと同じくらいの大きさのフィギュアに触ろうとした。
「こらこら。駄目だよ触っちゃ。」
しかしその前に近くにいた男性が子供の前に手を出して動きを止める。
「あっ! すみません。」
「いえいえ。」
子供がフィギュアに触ろうとした事に気がつけていなかった母親は慌てて止めてくれたヒトに頭を下げた後、子供を連れてその場から離れて行った。
男性が視線を動かした時、ベータと目があった。
「あっ。」
その時男性はベータの胸元に付けられた《105》という数字がかかれたバッチが目に入った。それは2次選考を突破した者だけが付けられるものだ。
「あの。もしかしてあなた、あちらにあるブリキのアイアンローボーの出展者ですか?」
「え、うん。そうだけど。」
男性に話しかけられたベータは返事をすると男性は明るい笑顔を見せる。
「そうでしたか! 先ほど俺も拝見しましたが素晴らしいです。過去に販売された物を当時と同じくらい見事に再現されていましたよ。あれがレプリカだなんてとても信じられません! まるで本物を手に取ったような再現度で」
「ちょっ、ストップストップ!」
少々興奮した様子で捲し立てる男性にベータは慌てて止める。
「あの、おれは確かに作品を出したけど作ったのはおれじゃないの。おれは代理。」
「あっそうだったんですか。ちなみに製作者の方は?」
「ここにはいない。」
「そうですか。」
制作者に会えない事を知って落ち着きを取り戻した男性は改めてベータと向き合う。
「いきなりすみませんでした。あれだけ素晴らしい物を作った方に会えたのかと思ったら興奮が抑えきれなくて。」
「そんなに褒めるのか。」
「褒めますよそりゃあ。俺達もいい物を作れたっていう自信はありますがあれはなんというか、格が違うと言いますか、込められた想いがたっぷりと言いますか。」
「んー。おれにはよく分からないな。おれはこっちの方が好きだし。」
そう言ってベータは目の前にある巨大なアイアンローボーのフィギュアを指さす。
すると男性は嬉しそうな表情を見せた。
「ありがとうございます。そう言っていただけるのは凄く嬉しいです。」
「え。もしかしてこれ作ったのあんた?」
「正確に言えば俺達です。この作品は学生時代からの友人達と一緒に作った大切な思い出が詰まった代物なんです。」
「へー。とにかく凄いんだな。」
ベータが男性と話をしている時、男性に近寄り肩を軽く叩くヒトが現れた
「シチシ。そろそろ交代にしよう。」
「あっ。もうそんな時間か。」
どうやら男性、シチシの知り合いのようだ。
「何が変わった事はなかったか?」
「特に何も。強いて言うならさっき子供が作品に触ろうとしたくらいかな。」
「触ったのか?」
「その前に止めたよ。」
「そうか。良かった。」
「そうだニハ。このヒト実はあの105番の出展者なんだよ。代理のヒトだけどさ。」
「へー。」
シチシは知り合い、ニハにベータを紹介しようとする。
「名前は、えっと。」
「おれはベ、ビービ。よろしく。」
「ビービ君か。すみません名前を聞かずに話し込んじゃって。俺はシチシと言います。こっちはニハ。」
「どうも。」
「ニハもこの作品の制作に手を貸してくれた俺の友人なんだ。」
「そうなんだ。やっぱり大変だった?」
「そりゃあもう。でもみんなのおかげでこうして立派な物が作れたんだ。感謝してるよ本当に。」
シチシは感慨深そうにアイアンローボーの巨大フィギュアを見つめる。
「去年はあの事件のせいで人形展が中止になったけど今年は参加できて本当に良かったよ。みんなの想いが詰まったこの作品を色んなヒトに見て欲しかったから。」
「へー。思い入れがあるんだな。」
「そりゃあもう。そうだビービ君。良かったらあっちで色々話せないかな。今結構語りたい気分なんだ。」
「いいよ。そのかわりアイアンローボーの事も教えてよ。」
「もちろんだよ。じゃあニハここはよろしくね。」
「ああ。」
シチシとベータが楽しそうに話をしているのをウォッチ越しで見ているファルは頭の中で情報を整理し、先ほどから感じている違和感の正体を確かめようとする。
先ほどのベータ達のやり取りの中でニハがやけにフィギュアの事を気にしている様子だった。子供が触りそうになったと知った時に一瞬凄みを見せた。誰にもフィギュアを触らせないという凄みを映像越しからでも感じ取った。
しかしフィギュアやアイアンローボーへの愛は希薄に感じられた。まるで今はもうそんなのに興味がないと言わんばかりの態度だった。
この食い違いが気になったファルは手を動かしてベータのウォッチからやハッキングをして会場内にある全ての監視カメラや映像機器を通して執務室から会場内を覗いていた。
『見っけ☆』
その甲斐あってからかファルは見つけた。
以前ファルが見つけた不審な行動をしていた違法捜索部の者達だ。あの時見かけた数名と他にもう数人会場内をうろついている。全員作品を見るふりをして周囲を見回している。
ただ見ているだけかと思いきや、1人が行動に出た。小さな子供が等身大のフィギュアに触ろうとした時、手で制して止めたのだ。声は拾えなかったが動きや母親らしき者が頭を下げている様子を見るに作品を触ってはいけないと注意をしているようだ。さらに他の違法捜索部の者達も誰かが作品に触るそぶりを見せようとすれば積極的に止めていた。
先ほどのニハと同じように。
スタッフでもなく出展者でもない。専門でもない事に一般人のふりをしてまで違法捜索部の者達が首を突っ込んでいる事にファルは疑問に思った。
ましてやダンシ区は保安部職員達、特に違法捜索部の者達からすればあまり近寄りたくない忌々しい地区のはず。
考えれば考えるほどファルの中で疑問が大きくなっていく。
『妙だなぁ☆』
この違和感の正体をどうやって見つけようかな。さしてどうやってベータを動かそうかな。
ファルの頭の中は今、それでいっぱいだった。




