玩具の中の隠し事。
期待、緊張、享楽、興奮。
様々な感情が乗った数多の視線が賭場のある場所に集中する。
2人のヒトが向かい合って座っておりその間には卓が1つ。卓の上にはカードが並べられている。
「ではベットをお願いします。」
卓のそばに立っているディーラーがそう言うともう片方は余裕そうな表情でチップを指定の場所に置く。もう片方は緊張した表情を隠さずチップをどれだけ賭けるか考えている。
2人が賭けているものは金ではない。命だ。チップは命の残量を示すもので全て失えば賭場側が用意した凄惨な処刑を受ける事になっている。
命懸けのゲームに参加者も見学者も緊張と共に楽しんでいる。
しかしこの場で1人だけこの場から逃げ出したい者がいる。ゲームをしている緊張を隠せていない方のヒトだ。些細なきっかけでこの違法賭場の世界に巻き込まれてしまったのだ。本当は命懸けのゲームなどやりたくないのだが、逃げれば即殺されてしまう為生き残る為に今日まで命懸けのゲームを続けてきた。
緊張で速く高鳴る心臓の音を自覚しながら必死で頭を動かし、命を賭けた軽いチップを卓に置こうとした。
その時、異変が起きた。
最初にマイクから発生する高音が賭場内に響いた後、機械音声が聞こえてきた。
『あー☆ あー☆ マイクテスマイクテス☆ 聞こえますか〜☆』
おちゃらけた喋り方に眉を顰める者は数多く。
『はぁいみなさんこんばんわ☆ 初めましてかな? 初めましてだよね☆ そんなヒト達の為に今から自己紹介しちゃうよ☆』
「せっかくの勝負に水を差して。」
「いったい誰がこんな事をしているのだ。」
「早く摘み出せ。」
観客達は口々に文句を言って場が騒めく。
その中で数名だけ何も言わず顔を青ざめている者がいる。声の主の正体に気がついたからだ。
『ボクは装備開発部兼特殊治療部兼整備点検部兼娯楽発展部兼異例案件部に所属しているファルで〜す☆ 以後お見知りおきを〜☆』
ファル。
その名前が出た瞬間賭場内が静まり返った。
しかしそれはほんの少しの間だけ。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ファルだぁぁぁぁぁ!!」
「嫌あぁぉぉぁぁ!!」
「逃げろ! 早く逃げろぉぁぉぉお!!!」
悲鳴が上がりパニック状態になった客達はなりふり構わずその場から逃げ出そうとする。
ここにいる客達は全員富裕層であり権力と金の力で逆らう者達を押し潰してきた。
だが、ファルが関われば話は変わる。
これまで似たような事をしてきた者達がファルから逃れられた者は1人もいない。どれだけ狡猾に慎重に動こうが権力や金を使おうがファルはそれ以上に破天荒な事をして追い詰めて確実に再起不能にしてから犯罪者を刑務所に送り込む。
我先にと逃げる者達はそんなファルの所業を知っている。自分も同じ目に合うのは嫌だとこの場から必死で逃げ出そうとする。
「え? え?」
この場で唯一ファルの事を知らないのは緊張をしていた方のギャンブラー。状況が分からず座ったまま辺りを見回している。
対戦相手と見張り役も兼ねていたディーラーは客達と同様ファルの名前が出た瞬間逃げて行った。
「あっ! いたいた。」
そこに近寄って来たのは1人の活発そうで星の飾りがついた首輪をつけた少年のヒューマロイドだ。
「あんたがロパ?」
「そうだけど、君は?」
「おれはベータ。保安部だ。」
「え? あっ本当だ。」
取り残されていたヒト、ロパはベータが着ている保安部職員の制服を見て少し驚く。
「保安部って事は私を捕まえに来たのか。」
そして納得した。違法なギャンブルをしている自分を捕まえる為に来たのだろうと。
ロパは犯罪を犯している自覚があり、その上できちんと罪を償う意思があった。そして上手くいけば危険なギャンブルをしなくて済むかもしれないのでロパとしては逮捕されるのは好機だ。
しかしベータは少し困った様子で額に手を当てる。
「えっと。ちょっと違うんだよなぁ。」
「?」
待機していた機動部が突入して客達を次々と拘束していく。
客達の悲鳴と起動部の怒号が鳴る中、ロパとベータは構わず話を続ける。
「まずおれはあんたの保護をしに来た。」
「保護を。」
「おれ達はあんたが行方不明者リストに載ってたから探してて、そしたらここにいるってのが分かって、そしたらファルがついでに潰すって言っちゃって。」
「…あの。ここって結構大きな闇組織が運営している違法なカジノなんですが。結構武力とか権力とかあると思うですが。保安部でもなかなか手が出せないと思うですが。」
この数年間違法賭場の世界に引き摺り込まれたロパはこの場所の恐ろしさを身をもって知っている。だからついでに潰せる規模ではない事は分かっている。
「まぁ、うん。そうらしいね。だけどファルが強行して」
ベータが話している途中、遠くで爆発音がした。
「え?! 爆発?」
「多分ファルの仕業。」
「何者なんですかそのファルって。」
「ヤバいヘルメット。」
「ヘルメット?! 何の話?!!」
驚き困惑するロパ。
続いて響く爆発音とそれに伴う振動音。
それを聞いて呆れるベータ。
こうして1つの巨大な違法賭場が潰れた。
◆◇◆◇◆
それから数日後。
「ファル! ファル!」
ファルの執務室に駆け込んできたベータは弾んだ声で始末書を制作しているファルに駆け寄る。
『どうしたのベータクン☆ 絶賛始末書を書いてて激務なこのボクに伝えたい事でもあるの?』
「あるよもちろん! ほらこれ。」
そう言ってベータが見せたのは保安部手帳。開いた中にはベータの顔写真と保安部の紋章。そしてB級を示す刻印が記されている。
「おれB級に上がったんだ!」
『おぉ☆ おめでとうベータクン☆』
嬉しそうに胸を張るベータに拍手をするファル。
「この調子でA級に上がるぞ!」
『言うねぇ☆ …ほい始末書完了☆』
遂に始末書を書き終え送信するとファルは体を伸ばす。
『いや〜今回は大量だったよ☆』
「そりゃそうでしょ。あんだけやらかせばさぁ。」
行方不明者リストに載っていたロパを救出する為だけにファルはA2級の特権を使って自分よりも下の階級の者達をかき集め包囲網を作り、違法な賭場を楽しむ者達を人間ヒューマロイド客スタッフ関係無く捕まえさせた。
その間ファルはロパの保護をベータに任せて単独で賭場にいた責任者や幹部を相手にしていた。自分に向けられる武器をものともせず完全に私物化して改造した装甲車を乗り回して追い詰めていく。装甲車では解決できない場面では持参した爆弾を使って無理やり突破して行った。
その結果、会場は半壊。
違法賭場の責任者達はファルに散々追いかけ回されて爆弾の爆風で火傷をしてボロボロの疲労困憊の状態。
死者は出なかったがやりすぎと判断されてこうして始末書を大量に書く事になった。
「あそこまでやる必要なかっただろ。」
『しょうがないじゃん☆ みんな責任者をやるのに乗り気じゃなかったんだからボクが行くしかなかったんだよ☆ それにやるなら派手にやれば楽しいし☆』
こうしている間にもファルの代わりに違法賭場の後処理に苦労している他の保安部職員の存在を知っている上で反省する素振りを全く見せないファルはいつものように笑顔を表示する。
『それにこれで行方不明者リストの人物は全員探し終えた☆ ノルマ達成だよベータクン☆』
「そうだ確かに。これでもう面倒な聞き込みとかしなくていい!」
心底嬉しそうなベータ。
そんな時、ファルのウォッチに着信が入る。内容を全て確認したファルは嫌そうな顔を表示する。
『…ベータクン☆』
「えっ何? どうしたの。」
ファルの表示する表情にベータは嫌な予感がした。
『新しいお仕事が入りました☆ それもすっごく面倒なやつ☆』
「えっと。どのくらい?」
『行方不明者を探すのが楽に感じるくらい☆』
「うげぇ!」
それを聞いてベータも嫌そうな表情を浮かべた。
『今回のお仕事は2年前に起こった大量の違法薬物の捜索☆』
事の発端はとある犯罪組織が商品として抱えていた事から始まる。
色々あって当時の保安部職員がその犯罪組織を制圧したが、犯罪組織の幹部達はあらかじめ保安部が突入する事を知っていた為高額で取引出来る違法薬物が処分されないよう隠した。
その隠し場所として目をつけられたのがとある地区。
保安部はその地区に薬物が隠されたところまでは判明したが、その地区のどこに隠されたのかは分からなかった。そこで保安部は地区全体を捜索する事にした。捜査の主導権は違法な薬物や武器を取り締まる部、違法捜索部。違法捜索部は応援に駆けつけてきた他の部の保安部職員達と共に隠された違法薬物の捜索を始めた。
これによって新たな事件が発生した。
違法薬物を見つける為に違法捜索部の者達はいつものように徹底的に捜索した。家具をひっくり返したり屋根裏を捜索したり壁紙を剥がしたりととにかく手当たり次第探した。
ここまでなら地区の住民達は我慢出来た。
だが、数々の玩具を壊し始めたところで住民達は我慢出来ず保安部職員達に文句を言った。
この地区では玩具やアニメ漫画作品が数多く存在しておりとある災厄の際から何とか紛失を逃れた古いものまで大切に保管されている。住民達は作品を愛して大切にしていた。
しかし保安部を相手に事を荒立てるわけにもいかない。どうにか苛立ちと怒りを抑えて壊すのは止めてほしいと頼んだ。
だが、違法捜索部はそのような事を言われているのは慣れており聞き入れる気は無かった。
「こんなものが大切なんて幼稚だな。」
それどころか違法捜索部の1人がヘラヘラと笑ってそう言った。
それが地区の住民の我慢の限界を迎えた。
まずきっかけの発言をした職員が殴り飛ばされた。
その次にその場に居合わせた住民も他の保安部職員達に殴りかかり蹴り上げた。
勿論保安部職員達は公務執行妨害として暴力を振るった住民達はその場で拘束された。
だが、それで止まらなかった。
騒ぎを聞いた他の住民達も怒りを爆発させ保安部に反抗した。
それを鎮圧しようとする保安部職員達だったが、暴動鎮圧は専門外の部門の職員しかいなかった上に数では圧倒的に不利だった為あっという間に劣勢となり何割か捕まってしまった。
応援に駆け付けてやって来た保安部職員達は暴動を止めようとしたが、住民達が作った強固なバリケードに加えて人質がいる為暴動は長期間続いた。
交渉を続けて何とか違法捜索部が壊した物への賠償金を支払い暴動は辞めさせて人質を解放させた。
しかし住民達の怒りは収まらなかった。
事件後、住民達が保安部職員に向ける態度はそれはそれは冷たいものとなった。あからさまな妨害行為はしなくなったが保安部が歩けば住民達は冷たい視線を突き刺しこれ見よがしにひそひそと話しだす。そしてそれに保安部職員が反応すれば即座に目を逸らして距離を取る。
住民達はそれ以上何もしない。何もしないのだ。
たとえその地区で事件が起きて保安部職員が書き込み調査をしようとしても
「忙しいので。」
「他を当たってください。」
「知りません。」
と言われたり無視されたりする。
この事からアニメや漫画に玩具で有名な地区、ダンシ区は保安部に非協力的としても有名になった。
『そんなダンシ区に行ってあるかどうか分からない違法薬物を探せってさ☆』
「確かに行方不明者を探すよりも面倒だな本当に。本当に面倒だよ! ファルが色々と問題行動を起こすから変で面倒な事件をよこされるんじゃないの?!」
『やだなぁベータクン忘れちゃったの☆ 仕事の振り分けはS.C.Sサマだけの権限なんだよ☆ 公平なS.C.Sサマは嫌がらせで面倒な仕事を押し付けてるんじゃなくて、ボク達なら出来ると判断したんだ☆ それにもし他の保安部職員のヒト達がこのボクに仕事を与えられるならボクはとっくの昔に仕事中で起こった事故のせいにして殺されてるよ☆』
「恨まれてる自覚があるならもうちょっとこう、上手くやりなよ!」
『えへ☆』
憤慨するベータに対してファルはウインクして舌を出してお茶目に笑う表情を表示した。
「露骨に誤魔化すな!」
面倒な仕事を押し付けられた事とファルの態度に怒りで震え叫ぶベータの声は執務室内に響いた。




