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「召喚? つまり、私と召喚契約を結びたい、そういう事?」
メルクリエの問い返しに、ええ、とマナは頷く。
――召喚契約とは。
精霊や、魔獣、悪魔など。
召喚主となんらかの約束を交わし、呼び出しに応じて召喚主の仕事を手伝ったり代行したりする。
そういう物だ。
その約束は、
力を示した証に――つまり、討伐したご褒美のような扱いとして。
仲良くなった証に――つまり、あなたのこと好きだから手伝う、と魔物側から言う場合。
宝石や金銭の対価として――つまり、傭兵のような存在として。
などなど、さまざまな形態がある。
今のメルクリエの場合は、力を示した証に、という例だ。
そして、召喚契約を望んでいたことは、フェルマータも知らないことだった。
勿論、フェルマータが知らないのならば他の者も知るわけがない。
フェルマータは。
(なるほどね、先生らしい)
と思う一方。
(でも……大精霊の契約は普通の精霊と違うのに……?)
と懸念する通り。
メルクリエも、不思議そうにマナに問いかける。
「それは構わないけど。いいの? 大精霊との契約は一度きり。一度呼び出されて、命令を遂行したら、それで契約満了になるけど?」
つまり、たった1回で終わるのだ。
他の精霊など、いわゆるモブとの契約ならそうではない。
だが、強力過ぎる上、度々ボスとして世界に君臨していなければならない存在故。
一度だけなのだ。
無論、もう一度討伐して契約し直せば、また1回呼び出せるが。
途方もないほど非効率だ。
でも、マナに迷いはない。
「大丈夫よ。それで構わないわ」
マナとメルクリエのやり取りを傍で聞きながら。
先生のことを良く知るフェルマータは、首をひねる。
こんなに、迷いなく断言するのは、なぜだろう、と。
確かに。
大精霊には『人格』がある。
そこは、モブと違う所だ。
だから、普通よりも多岐にわたる細かい仕事を、してもらえるという利点がある。
例えるなら。
犬やAIに頼むのか、ヒトに頼むのか。
くらいの違いだが。
(先生がそんな非効率なことを頼む……?)
そうは思えない。
解せぬ、とフェルマータ。
しかし、腕を組んで考えるフェルマータの横で。
召喚契約は結ばれてしまった。
「では、契約者マナの名のもとに。この大精霊メルクリエは、一度の召喚に応じるとこを誓いましょう」
メルクリエが魂のこもった言霊で、そう告げると。
盛大なエフェクトと共に。
マナの召喚可能契約者リストに、メルクリエの名が刻まれる。
「ありがとう。感謝するわ、メルクリエ様」
マナの言葉に、ひとつ頷くメルクリエは。
続けて、ローリエを見て。
「時に、ローリエ」
「え?……あ、は、はい!?」
油断していたローリエが、気を付けで応じ。
「あんたには、私から『クエスト』を、付与しておく」
「え?」
驚いている間に、ローリエのクエストリストに『世界樹グランディマナの行方』
という、クエストが追加された。
「――本来、この世界には、定まった道という物は存在しないのだけど……」
つまり、このゲームに、メインストーリーという物は無い。
かつて存在したMMOの大半にはストーリーを辿るクエストが存在し。
それに大量の経験値が付属していて、やるしかない、という流れが存在していた。
なんなら、デイリークエストなども存在し。やらなきゃならない、という意識を植え付けられていたのだ。
スフェリカは、そういうものをとことん無くしたゲームシステムをしている。
意識の束縛は自由の束縛だ。
そんな考えを浸透させたこのゲームは、世界とシステムだけを用意し、あとはほったらかしだ。
なぜなら、ストーリーとは、プレイヤーが描く物であり。
運営が用意する物じゃない。
というのが、このゲームの運営の考えだからだ。
そんなゲームに、隠され。一つだけひっそりと存在するメインストーリー。
この世界がどうやって出来ているのか。
その謎に迫る話が、1個だけ存在する。
それが、メルクリエが与えたクエスト。
大精霊のひとりから始まる、世界を巡るお話だ。
アクアマリンの長い髪と、ヒラヒラのドレスを靡かせながら。
メルクリエは、緑色の衣装を纏った、ロリエルフに微笑みかける。
「ま……やってもいいし、やんなくていい。一応、あんたが条件を満たしてやってきたから、一応、案内だけしておく。それが、私の仕事なんでね」
そして。
そのクエストの内容は。
★七色の大精霊に会う (1/7)
となっている。
つまり、他の大精霊を尋ねるという事であり。
マナの計画と同時に遂行が可能だという事が解る。
ちょうどいい。
「……わかりました。やってみます」
ローリエがそう告げると。
メルクリエは少しうれしそうになって。
「そう? じゃあ、ちょっと楽しかったお礼に、良いことを教えてあげる」
「良い事、ですか?」
「次は、翠木風天、ヨーウィズに会うと良い。たぶん歓迎してくれると思う」
「解りました」
そうして。
メルクリエは、その場の皆を見渡し。
「――それでは。これで、褒章の授与は終了とさせてもらう。皆の者、またの挑戦を待っている。――……。けど! できればもっと少数精鋭で来なさい! 私が面白くないから。じゃあね!」
定型句の後に。
メルクリエらしい我儘を言って、その場から消えていった。
その場に、氷で作られた大きな宝箱を残して。
「ロリちゃん。その宝箱は、キミのものよ。開けて」
「私ですか?」
「先生にMVP譲ったんだから、それはそうでしょ? ね?」
フェルマータが、マナや後ろに居るウィスタリア達に尋ねる。
マナは、快諾し。
ウィスタリアも、良いですよ、と淡々と返事をする。
「じゃあ、分けられそうなものだったら分けましょう」
そう言って、ローリエは宝箱を開ける。
中には、
大量のお金
様々な水属性、冷属性関係の中級~高級素材と、属性結晶石。
それと。
一振りの、細剣と短剣のカテゴリーを併せ持つ武器。『溶けない氷柱』が入っていた。
赤の眼鏡で、覗き込むフェルマータが言う。
「じゃ、武器はロリちゃん、素材とお金は分配ね」
「はい」
そうして、それにより闘技イベントも大歓声と大喝采の中、なんとか無事終了となり。
客も、『ミミズクと猫』も、解散の運びとなった。
そして剣聖の老人は思っていた。
しまったな、戦いに集中し過ぎて、ローリエの戦いをよく見れなかったぞ、と。
◆ ◆ ◆ ◆
そしてそれから、数日後の事。
アシュバフギルドのとある執務室にて。
剣聖ゼナマは、ギルドマスターに尋ねる。
「そういえば弟子よ」
「なんです、師匠?」
「『ミミズクと猫』に、補償を出すと言っておっただろう?」
それは、この前のコロッセウムの件で。
意図しない状況になり。
メルクリエとの戦いに巻き込まれたパーティに対する補償の件だ。
「はい。それは今内容を協議中でして、決まり次第届けることになっております」
「その事なんだがな?」
「はい?」
「――『ワシ』にせぬか?」
「えっ? 師匠、それはどういう……?」
それに、剣聖の老人は少し意地悪に微笑むと。
「つまりこういう事よ」
と言って、暫くの後。
ギルドマスターと。
そして、アシュバフギルドの全域に。
赤文字でシステムメッセージが流れる。
※※※※※ ゼナマ・クラインが、ギルドを脱退しました。※※※※※
それに驚いたギルドマスターは、ガタンと、椅子からすごい勢いで立ち上がる。
「し、師匠ォ!?」
「すまぬな。弟子よ。ワシは、もう一度見たい物が出来たのだ。……今まで世話になったな。あぁ、いや、どちらかといえば、世話をしたのはワシの方だったか?」
ハッハッハ。
と笑いながら、ゼナマは執務室から出ていく。
「え? え?」
「アシュバフからの補償は、ワシだ、とあちらさんには説明しておく。ではな」
執務室の扉が、バタン、と無慈悲に閉まり。
あとには、戸惑うばかりのギルドマスターだけが残されたのだった。




