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「『氷柱飛礫』!!」
メルクリエが初級魔法を、乱射する。
迫りくる前衛。
ゼナマ、ローリエ、フェルマータ、ヒューベリオンをけん制するために。
それこそ、雨あられのように。
フェルマータはそれを盾で防ぎ。
ヒューベリオンは跳んで躱し。
ローリエは。
それを打ち払うために。
黒曜石の双剣を作り出す。
そして左右の剣を振るおうとした時。
ローリエに迫っていた全ての氷刃が、一瞬で砕け散る。
カチリと刀を納める音がして。
「たしか、名はローリエだったか……?」
「え?」
目の前で砕けた魔法と、そのセリフに。
ローリエは二つの意味で驚いた。
無論。
その声の主は、ローリエの横に居る老人のもので。
遅れて。
「あ、はい」
名前は、ローリエであっていると、返事をする。
「そうか。月桂樹とは……。なかなか趣深い名を付けたな」
「え?」
そんな話の合間にも。
新たに放たれる氷の刃、十数本。
それを、剣を抜き、納めるたった一呼吸の間に。
すべてを砕き切る。
しかもそれはスキルではなく。
ただの素早いだけの通常攻撃で。
そんな剣聖はローリエに言うのだ。
「では、ローリエよ。ワシの事は気にせず、今まで通りお主の好きに戦うがいい。ワシがお主に合わせよう。防御も考えなくてよい。恐らくその方が、早かろう」
「えっ!?」
「お主に降りかかる火の粉は、ワシが打ち払うと言っておるのだ。――元々この戦いの主役はお主だろう? ならば、お主が自身でけじめをつけよ」
「……」
――ローリエが少し戸惑う中。
今度は、後衛を狙う魔法を、フェルマータが大盾で防ぎながら。
「……後ろも気にしなくていいわ。私が食い止める!」
つまり攻撃に専念せよ。
そう理解したローリエは、大きく頷いて。
「解りました! 行きますっ!」
ローリエは、地を蹴って、メルクリエに飛び掛かる。
いつものように。
ローリエは。
双剣による連撃と、土と重による魔法のコンビネーション。
決して、無属性魔法を詠唱する隙を作らせない。
間断ない攻撃で、メルクリエを攻め立てる。
対するメルクリエは。
その攻撃を躱そうにも。
動こうとした先には既に、ゼナマが放った『練気マスタリスキル』【気衝烈波】が置かれていて、避ける道が塞がれており。
「くっ!」
格闘マスタリの【ブロッキング】で防御するしか手立てが無く。
ローリエの隙に、反撃をしようにも。
そのタイミングで後方に回り込んでいるゼナマが、斬り付けるぞ、という素振りを見せることで。
結果的に気を取られたメルクリエは、ローリエに攻撃する機会を見失う。
「こいつ……!」
多勢に無勢もうっとうしい。
でも、たった一人で、戦闘を掻きまわす老人も、メルクリエにとっては同じくらいうっとうしかった。
そして。
竜爪によるヒューベリオンの一撃で吹き飛び。
距離が離れた所に、ローリエが放った魔法。
【石片の散弾】。
それに。
ゼナマは鞘に納めた日本刀を抜き放ち。
目にもとまらぬ速度で、スキルを放つ――。
それは、【斬撃】という剣マスタリの初級スキルで。
ローリエの魔法と合成され、変貌する。
「――『大地刃』!!」
「うく!?」
弱点属性を帯びた斬撃が、メルクリエを切り裂いた。
だが。
それは決して、強力な魔法戦技ではない。
初級魔法に、初級スキルを合わせた、とても初歩的なものだ。
なのに。
「……この剣士……!」
その一撃は、ものすごい威力を叩き出す。
さらに、そのコーディネートを起点に、後方から魔法や銃撃や、光の魔法が降り注ぐわけだ。
その技術、強さ。
ローリエとメルクリエから見れば、特異な戦い方。
そんな。
この老人の戦い方は。
常に鞘に剣を納め。
隙を突いて、瞬きの間に剣撃を放つという。
『居合い』というモノで。
その所作。
その剣裁き。
立ち居振る舞いの基本はそこからきている。
そして、この老人の所有しているアクティブスキルは。
遠距離攻撃用の錬気スキル――地を這う波のような戦気【気衝烈波】と、三日月状の戦気を叩きつける【閃気】の2種類。
それに加えて。
斬、打、突を網羅するための、超基本スキル、【斬撃】、【刺突】、【みねうち】くらいしか無い。
厳密にはもう少しあるが、メインとして使用するのはこの5つだけだ。
その他のスキルは全て、パッシブスキルで構成されている。
だが。
剣系列6種類のマスタリレベルを10まで上げてある事。
パッシブスキルで攻撃力の底上げがしてある事。
これにより、この老人の『ただの通常攻撃』は、普通の一撃の数倍の威力を有している。
それを。
高DEXと剣速を上昇させるパッシブで。
一回の抜刀で、瞬く間に、数度斬りつけてくるのである。
通常攻撃一発の威力にしても、現時点でユナの1.5倍近くであり。
それほどの威力を、連続で叩きつけるこの老人は、時間単位で見るならば、相当な火力なのだ。
二人技
「……『重束刃』!!」
今度はウィスタリアの魔法榴弾に、ゼナマが合わせ。
またメルクリエは、無防備なところに攻撃を浴びせられる。
正直、手詰まりだった。
何もすることができない。
何もさせて貰えない。
メルクリエはまるで、剣の牢獄に居るかのように。
すべての行動を制限される。
あまりのうっとうしさに、メルクリエの注意がゼナマに向いてしまう。
だが、それも計算ずくなのだ、この老人は。
だからこそ。
ローリエの動きに対する注意が疎かになる。
そこを、逃すことなく、エルフの軽戦士は確実に、強力な一撃を放ってくる。
そして、一度攻撃がかみ合えば。
ヒューベリオンの攻撃や。
後衛から強力な魔法と機銃掃射が追撃してくる。
「冗談じゃない! 私が、こんな!」
メルクリエのHPは既に20%を切り。
重傷の動きとテクスチャに変わっている。
そこに、立て直し終わった29名の精鋭が、追撃を開始する。
いつもならば、大魔法で一網打尽だが。
今、そんな隙などありはしないのだ。
あらゆる攻撃にさらされ始め。
メルクリエは、滅多打ちになっていく。
四方八方からの物理、魔法。
様々な攻撃が、襲い掛かる。
「この!」
メルクリエは、辛うじて詠唱の必要ない―魔法戦技【蒼河泉洪陣】の水属性範囲スキルを放つが。
それでも、討伐部隊の何割かが、倒れただけで。
『ミミズクと猫』のメンバーは巧みに切り抜ける。
「……くぅ!」
どう計算しても、メルクリエが勝てる見込みはもうなかった。
そうこうしている間に、HPも残り5%。
――……ここまでか。
とメルクリエは思う。
そしてメルクリエはご立腹だった。
まぁずっとご立腹のままなのだが。
ローリエの双剣を浴びながら、メルクリエは見る。
布陣する、大盾の戦士、和風の剣士、真っ黒な魔法使い、キツネ耳の銃使い、竜の骸、そして、エルフの軽戦士。
その後方では、再び少しづつ立て直っていく29名の討伐部隊も見え隠れする。
その状況を、視界に映しながら。
メルクリエはつぶやく。
「……まったく。……中々私の『望む戦い』というものは得られないモノね。ボスとして作られた以上、致し方のないことなんでしょうけど……」
そうして。
戦意を無くしたメルクリエは、棒立ちになり。
そのまま。
残りのHPを散らしていった。
「ま、でも、いつもよりは、少しだけ楽しかったかな――?」
メルクリエとひと時、一対一で戦った、エルフの戦士に敬意を表し。
その顔を眺めながら。
「――覚えておくわよ、あなたの名前――。月桂樹……!」
ついに、メルクリエは討伐された。
それに気づいた、皆の手が止まる。
静まり返る。
一呼吸おいて。
「やりました! 大精霊、メルクリエ、討伐成功です!」
実況が木霊し。
コロッセウムに残っていた観客が、大喝采で祝福し。
「やった!」
フェルマータが歓喜し。
マナが茫然と佇み。
ローリエが息を切らし。
ゼナマは、微笑んで。
「……これで、あの黒い騎士に、怒られずに済みそうだな」
ウィスタリアは言う。
「マスタ―。仇、取りましたよ」
そして。
HPが0になった大精霊、レイドボスが。
褒章モードに移行する。
つまり。
メルクリエは消えるわけじゃない。
ドロップ品、MVP褒章などを決定し、受け渡す状態に移行するという事だ。
戦闘領域の皆。
会場に残っている観客が、大精霊に注目する。
新たに再生を果たし現れた、大精霊、メルクリエは褒めたたえる。
「――世界樹、グランディマナ様が残された、人族の末裔たちよ。よくぞ、この大精霊、『蒼海冷姫メルクリエ』を倒した。まずは、祝福しよう、おめでとう、皆の者」
メルクリエは、どこからともなく。
氷で作られた豪奢なデザインの宝箱のようなものを、足元に出現させる。
「そして……」と、メルクリエは、ローリエの顔を見て。
「……私が選定するこの戦いの功労者は、この者とする。――あんたが、この戦いのMVPよ。ローリエ。おめでとう」
「おめでとう!」
皆から、ローリエに祝福の声が降り注ぐ。
「さぁ、あんたの望みを言いなさい。お金? アイテム? それとも、この大精霊に何か頼みたい務めがある?」
戸惑いながら。
ローリエは答える。
「――私でなく、マナさんに、その権利を移せますか?」
これは元々、マナの計画だ。
そして、ローリエの願いは、もう叶っている。
だって、ローリエは、パーティで遊びたい、ってずっと思っていたのだから。
それはもう、嫌と言うほど叶っているのだ。
フェルマータの一言から始まった奇跡であるが。
その大本は、マナだから。
大精霊を倒す。
その目標の一つが適った今。
ローリエは、何のためらいも、何の苦心も無く。
「構わないけど、それでいいわけ? あんたがMVPなのよ?」
その念押しの問いかけに。
「はい!」
と、素直に、口にした。
「解ったわ。じゃあ、マナ、前に」
それに、ありがとう、ロリ、感謝するわ。
と、黒い魔法使いが前に出てくる。
「さぁ、あなたの願いは?」
「私の願い、それは、あなたの召喚の権限よ」
その言葉に、それを聞いた皆は、驚いた。
◆ ◆ ◆ ◆
そして。
アシュバフのギルドマスターは忘れられたまま。
戦場の真ん中にポツンと倒れたままだった。
おい、誰か起こしてくれよ。
そんな言葉は、会場の大歓声でどこにも届かないまま。




