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「しまった!」


 フェルマータが叫ぶが、すでに遅く。



 迫る超常現象クラスの高波は、無慈悲にプレイヤ―達を飲み込んでいく。






 水の大精霊による、選定の大魔法。


 プレイヤーのその認識は正しい。







 土属性魔法を完備している『ミミズクと猫』は、辛うじて全員無事に切り抜けることができるが。


 たった今駆け付けた30名の戦士たちはそうはいかない。


「開幕から、この大魔法。さすが大精霊と言ったところでしょうか」


「ええ。その効果は絶大です。しかしそれはそのはずでしょう。メルクリエの大魔法は、物理防御と魔法防御「0」で食らうと2800ものダメージだそうですから」


 Nとザマァの実況の通り。


 ローリエ達が布陣するその後方は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 ローリエが戦闘中に維持していた【|信仰力/魔法攻撃力減少ビトレイ・オブ・ウッド】のデバフ。

 その効果で魔法攻撃力がダウンしている今であっても、何の対策も無いのならば1400ものダメージを追う大魔法だ。

 そして、HP1400といえば、防御重視のフェルマータのHPで同等という事になる。

 つまり、攻撃力偏重タイプの戦士は軒並み耐久出来ない。

 

 水属性対策していないならなおさらのこと。


 

 しかし。


 そんな中。

 

 鞘から放つ一刀で、高波を切り裂き。


 まるでモーゼのようにその魔法に活路を描き出す剣士が居た。


 その者は、やがてローリエ達のすぐそばまでたどり着き。


 作られた活路に続いた3名の戦士も、辛うじて生き延びることが出来ていた。


 その様子を見ていたフェルマータは


「……魔法を、斬った?」


 ゲームの仕様上、相応のスキルさえあれば、魔法を剣で弾くことはできる。

 解呪効果付与エンチャントディスペルを武器に付与して、魔法を消すこともできる。


 けど、消せたとしても、剣の届く範囲までだ。


 一直線上の全ての効果を切り開くなんて、それこそローリエが所持している風属性の【空域断絶ディヴィジョナル・エア】のような魔法でなければ難しいだろう。


 フェルマータは、今も『赤の眼鏡』を装備している。

 それでその剣士の武器を注視してみると。


「――ネームドオプション……!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 『解式の闘気(マナベイン・オーラ)』:ドグルスキル。スタミナを持続消費することで、この武器のダメージが及ぶ全範囲の魔法を、両断する

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

 剣士はこの効果を、何らかの範囲スキルに乗せて放ったらしい。



 そしてそのネームドオプション付きの刀の持ち主は。



 老人の姿のキャラクターだった。


 着物のような外見に。

 カタナを一本差したスタイル。


 白髪に、白髭。


 しわのある顔。


 今はそこに、フード付きのローブのようなモノを纏っている。


 その眼深にかぶったフードからのぞく顔に、フェルマータは見覚えがあった。


 その名を口にするよりも前に。


 ローリエの真横に立った老人は、メルクリエに向けて言う。


「……さ、宴もたけなわぞ、そろそろ観念してもらおうか」

 

 それにメルクリエは、笑って。


「笑わせないで貰おうかしら? 何人連れて来たか知らないけど、残ったのはあんたを含めて5人だけ。とるに足らない輩を大勢引き連れて来て、私の手を煩わせるなんて、腹立たしいにもほどがある。私はそこの『緑』以外に興味は無いのよ。さっさと消えてもらうわ」


 『緑』と指で示されたローリエが、うっ、と怯み。


 老人は目を伏せ、しみじみと言った。

「……耳が痛い話よ」と。


 老人が一瞬振り返る後方では、生き残ったヒーラー2名が、懸命に倒れた戦士の蘇生を急いでいる。

 

 そしてその中には、先頭を走っていたギルドマスターも含まれているのだ――。


 あ~あ、とさらに老人は嘆き、小さく呟く。


「――あのバカ弟子め。弱点なのだから、来んで良いと言ったのだがなぁ」


 なにせ、アシュバフのギルドマスターは、火と熱の属性使いなわけで。

 水属性の魔法に耐久出来るはずなかった。むしろ真っ先に消し飛ばされていたのだ。


 今は、哀れにカッコ悪く、無様に倒れたままだ。

 どうせ死ぬし、火属性はメルクリエに無効で、役立たず筆頭なので。

 ヒーラーも起こす素振りが全くない。



 ギルドマスターがやられた事で。

 よくもギルマスを、と剣聖についてきて生き残っていた3人が、メルクリエに突っかかっていく。

 

 それに、うっとうしい、と言いながらも。

 メルクリエは再び戦闘に巻き込まれていった。 

 


 

 ギルドマスターのことを、弟子と呼ぶ。

 それで、そうか、とマナは気づく。


「……あなた、アシュバフの剣聖って言われている……?」


「おお? ……ああ。――ワシはそんな気はさらさらないのだがな。皆はそう呼んでおる……」


 そしてフェルマータが言う。


「もしかして、剣聖ゼナマ!?」


「いかにも」


 頷くこの老人の名は、ゼナマ・クラインと言う名で通っている、アシュバフの有名人だ。

 

 そしてゼナマは、とあるキャラクターに視線を向ける。

 それは、青色でも、緑色でもなく、黒色で。

 

 わずかな機微ではあるのだが。 


 その者の、全身からは焦燥がにじみ出ていた。

 

 話している場合ではないのだ。

 はやく大精霊を倒さなければ、と。


 そんな雰囲気を感じて。


 ゼナマはユナに声をかける。


 

「ところで……。そこのお主、もしや何か焦っておるのか?」

  

「え、あ……はい。えっと…………、私、そろそろ時間が……!」

 

 それに、パーティメンバーはそろって『えっ?』と驚く。

 そりゃそうだ。今ユナにぬけられたら困るからだ。

 しかし一方で、誰もが致し方ないとも思った。


 だって、ネットでプレイするゲームとはそういうものだからだ。

 キャラクターの裏には生身の人間(プレイヤー)が居て、皆それぞれ現実の事情を抱えている。

 特に、ユナが習い事で忙しいことは、今はもうパーティの誰もが知っているし、今日この日この時間も、なんとか奇跡的に合致した自由時間だっただけで。

 

 その時間も、いつまでも有るわけではなかったのだから。



 大人であれば、その致し方なさは、痛いほどよくわかる。




 だからフェルマータは、スパっという。


「落ちて、ユナちゃん。リアル最優先なのはこの手のゲームの常識よ」


 マナも。

 ええ、と快く頷き。さらに元々真面目にしか見えない顔でさらに真面目に。

 むしろ厳しめに断ずる。


「行きなさい、ユナ。あなたにはあなたの現実があるわ」


 年齢的に。そして抱える現実に共感するウィスタリアも促す。


「パパとかママに怒られるんでしょ? 早く」


 

 そして当然、ローリエもだ。


「うん。あとは任せて、ユナちゃん(●●●●●)


「先輩……」


(いいのかな?)と、ユナは少し逡巡する。

 この大事なタイミングで抜けるなんて、と。

 責任感や、罪悪感のようなもので後ろ髪惹かれるユナだったが。




「――仲間に申し訳ない、と思うのなら、安心せい。お主の抜けた穴は、ワシがしっかり埋めてやる」

 ユナが、老人の顔を見る。

 そのあえてしわくちゃで、白髭に覆われて作られたキャラクターの顔を。

 老人は、まだ不安そうなユナの眼を見て。


「ワシのエスピーは10万ポイント。現実でも、剣術の道場主をしておる。そのワシでは不服かね?」

 


 剣聖の放ったその一言。

 特に、ユナの代わりを務めるという言葉に、フェルマータやマナは驚き。


「良いんですか? ゼナマさん?」と、フェルマータが聞き返す。

 

 ゼナマは、視線で、後方を示し。


「ああ、構わぬとも。ワシの居たパーティは既に全滅しておるしな。それに……ワシもそこの『緑』の戦いぶりには興味があるからのう。間近で見れるならば、ワシにも利はある」


「へ!?」


 そして、驚くローリエをしり目に、老人はユナをせかす。

 

「急ぐのだろう? お主はさっさと行け。そしてお主らはワシをさっさとパーティ(そっち)に入れよ!」


 それで、ユナは心を決めた。


「解りました、ありがとうございますゼナマさん。ごめんなさい、皆さん」


 そうして、剣聖ゼナマがパーティに加わり。

 ユナはログアウトして、消えていった。



 去り際に。


「……戻ってきたら、また『ユナちゃん』で呼んでくださいね、先輩」


 そう一言いい残しながら。

 

 完全に初対面のゼナマに、興味があると言われ。

 次もちゃん付けで呼んで欲しい、と言われ。


 ローリエはしばし。


 え? え?


 と言う感じで、狼狽え続けた。

 


 

 ◆ ◆ ◆ ◆



  

 そんなひと悶着の間。




 メルクリエは、ギルマスの仇を撃とうと突っかかった戦士3人と戦っていた。

 暫くは実況もそちらをアナウンスしていた。


 しかし急造パーティとはいえ、その3人も結構な手練れだった様子で。


 メルクリエがデバフを解除してHPを回復するような隙は与えなかったらしい。

 


 だが。


 その戦士3人も、とうとう今しがたメルクリエの範囲魔法の直撃で崩れ去った。


 そしてメルクリエはその隙に乗じて。


解呪(ディスペル)】で、頼みの綱である【被/与・回復量減少(ペイン・オブ・ライフ)】の効果を解除する。


 さらに。


 「『清涼なる癒しの雫クーリング・ヒールウォーター』」

  


 と、ほとんど同時。

 か、それよりもやや早いタイミングで。

 強烈な赤黒い冥界の業火が、吹き荒れる砂塵の如く、メルクリエに届き。


 メルクリエの身体に闇のエネルギーが吹きすさぶ。


「この、いったい誰が……!?」 



 そこに飛び掛かるのは、巨大なシルエットで。

 巨体が、大精霊に組みかかる。



 ヒューベリオンだった。

 騎手の居なくなって、自由を手にした、小さなドラゴンゾンビだった。


 そして、その業火は【邪恨呪殺獄竜息インフィニットゲヘナブレス】であり。


 その真なる効力は、

(死属性以外の)回復効果(自動回復含む)を反転する死属性の「呪い」+

 クリティカル耐性とクリティカル防御を0にする邪属性の「恨み」+

 (やみ)属性の魔法ダメージ


 という物で。


 ボス特性で回復量の反転こそ起こらない物の。

 被回復量が『0』に固定され。


 結果的に、【被/与・回復量減少(ペイン・オブ・ライフ)】と同じ効果を引き起こす。



「……く。あんた! ……言葉が無いだけで、『人格』……が!?」


 またも、HPの回復が出来なかったメルクリエは。

 ヒューベリオンにじゃれ付かれ。

 巧みなスキル選びと、動きの緻密さ。

 その高度な思考に、驚いていた。



 そうして。



「――じゃあ、改めて行くわよ! ベリちゃんに続くわ!」


 ――新生『猫とミミズク』は、メルクリエに追撃を開始した。

 


 







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