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ユナの最大の攻撃は。
ヒューベリオンで突撃した後に、ハルバードの1撃を叩き込む二段構えだ。
今、標的はふらりと立ち上がり。
ローリエと、フェルマータの追撃を受けようとしている。
そんな吹き飛ばされて離れた状態のメルクリエの場所まで。
おあつらい向きに丁度いい助走距離も確保されている。
故に。
――最大の一撃を叩き込むのならば、今だ。
「行きます!」
ユナの合図で、ヒューベリオンが、音もなく嘶き。
地を踏み砕き。
強靭な後ろ脚の骨格で地面を蹴る。
そうして、翼を広げて、滑空を開始する。
仔竜なので、誰かを乗せて飛ぶようなことはできないが。
代わりに、その翼で。
軍馬や騎乗用リザードとは比較にならない速度に。
あっというまに到達する。
そして、突進攻撃とは、基本となる攻撃力に対し、重さと速さで威力が決まるのだ。
「『限界突破・筋力全開・突撃!!――』」
ユナの筋力の『10倍分』をダメージに上乗せし、ヒューベリオンが衝突の反動でダメージを受けることを覚悟で、
限界以上にその速度と威力を引き出させる。
しかしこれでは終わらない。
そこに。
ユナが突撃してくると察したローリエは、飛び退き様に、激突するタイミングで風の魔法を詠唱する。
そしてマナも無属性魔法を解き放つ。
【突撃】
【大衝撃波】
【魔衝弾】
その三種が合成され、
ユナの突撃は別物に変化する。
突風によるさらなる超加速。
その全身に、『衝撃』を纏い。
地を進む、漆黒の流れ星のように。
人馬一体となったユナとヒューベリオンが、大精霊を轢撃する。
三人技――。
「『狂奔陣風駆け』!!」
だが、メルクリエも唯では食らわない。
「……この、あまいのよ!!」
前方を一点集中でガードする水属性の防御障壁を展開。
しようと――。
「『超盾強打』!!」
しかしすぐそこに来ているフェルマータがそれを許さない。
「かはっ!?」
スタンによる、動作の停止。
それによって妨害され、無防備となったメルクリエに。
ユナの突き出したハルバードの穂先と。
ヒューベリオンの角が、めり込み。その身体を吹き飛ばす。
だが、止まらない。
ユナにはもう一撃、本命が残っている。
吹き飛ぶメルクリエに、風となったヒューベリオンが瞬く間に追いつき。
追い越すと。
全身の爪と、ドリフトのような遠心力で。
急ブレーキで減速、停止する。
そんな振り向きざま。
ヒューベリオンの前足の『竜爪』がメルクリエを強烈に叩き落とす。
――と同時に。
その遠心力と反動を存分に乗せ。
構えを斬撃モードに変え。
【研ぎ澄まし】のバフを上乗せし。
手にしたハルバードを振り下ろす!
「――『騎乗高位――」
【振り下ろし』!!!】
否!
それにフェルマータの命属性攻撃魔法【細胞崩壊】――。
ウィスタリアの重属性魔法【圧殺結界】――。
マナの無属性魔法【魔漣洪波】――。
ローリエの土属性魔法【大地噴出砕】――。
さらに、ヒューベリオンが口を大きく開き、『月』と『邪』と『死』の複合ブレス攻撃、【邪恨呪殺獄竜息】を、ハルバードに吹きかけ。
『土』
『重』
『無』
『月』
『邪』
『死』
『命』
その全てを、こめた、地獄の斬撃が、その矮躯を切り開く。
―― 六 人 技 ――
「『開闢の断流』!!!!!」
天へ、地へ、せめぎ合うエネルギーと。
生と死の概念によるせめぎ合い。
そうして、紅く黒く燃え上がる。
邪と闇の奔流。
まさに、天地崩壊の地獄絵図。
大地はめくれ上がり、膨大な威力が立ち昇る。
――レイドボスでなければ、あっという間に消滅するだろう。
そんな、ダークで破壊的で、ディストピアの始まりのような。
派手派手なエフェクト共に。
メルクリエは粉々にされ、消し飛ばされたような状態になる。
だが、HPが0でないのならば消えはしない。
見かけよりも、本質が大事な存在。
そしてゲームであるから。
されど。
受けたダメージは甚大だった。
散った液状を、一粒一粒かき集めるかのように。
ゆらゆらと、スライムのように揺らめくボディが。
少しづつ形を戻していく。
アクアマリンの長い髪。
青い、魚のヒレのようなレースが躍るドレス。
声帯の戻った、大精霊は、怒り心頭で曰く。
「……く、寄ってたかって! 今のは、効いたわよ!!」
身体は再生するが、デバフが効いていてHPの回復をすることも出来ず。
そのHPは既に半分を切っていた。
眼鏡をかけたフェルマータが、言う。
「あと半分。この調子で行くわよ、みんな」
そうして、何度も連携攻撃をたたきこみ。
順調に、大精霊はHPを減らしていった。
だが。
ユナは少しづつ焦っていた。
本当はイベントの1戦だけの予定だったのに。
レイドボスが乱入したことで思いのほか長引いている。
HPが順調に減っているとはいっても。
このままでは、時間が足りない。
フェルマータがHP残量を逐一アナウンスし、残り35%まできているとしても。
ユナのタイムリミットまでに減らし切ることは難しい。
そうして、誰が考えても。
ユナに魔法を合成するコーディネートが、最大の火力を出せる。
今ユナが消えたら、火力は大きく減少するだろう。
けど――。
……ユナは、勉強や習い事を一生懸命こなし。
両親に文句を言わせない程の結果を残しているからこそ。
度々VRで遊ぶことも黙認されている。
ここで、ゲームを優先してしまえば。
懸命に保ってきたバランスが崩れ去ってしまうだろう。
今はパーティにとって大事な時だ。
でも、一度の瞬間のために、その後の全部を犠牲にするというリスクは。
ユナには出来ない。
だって、ユナはこのゲームが好きで、続けていたいと思うから。
もう、習い事に行かねばならない時間だ。
そろそろ部屋を出なければ、怒り散らした両親が介入してくる。
それは一番避けなければならない。
だから。
「く……」
もうログアウトする。
そう申し出よう。
そうユナが心に決めた。
そんなところで。
会場に実況が戻ってくる。
「――善戦しています。『ミミズクと猫』です! 6人でのコーディネートとは、激熱ですね、解説のザマさん」
「ええ、戻ってくるのがもう少し遅かったら見逃すところでしたよ。チームでの連携攻撃、合体技……このゲームの一番楽しい所ですから! 見れてよかった」
「……でもザマさんはずっとソロでは? 実況動画、ずっとソロですよね?」
「おほん。うるさいな。……ソロだって楽しいですよ。このゲームは? そうでしょ?」
「と、いうわけで。会議の結果、実況は続けさせていただく、ということになりましたので。あと暫く、よろしくお願いいたします!」
実況が戻ってくれば。
会場も、イベントの時の雰囲気が少しづつ戻っていく。
そうして――。
会場の出入り口から、数々の戦士が、戦闘領域になだれ込んでくる。
援軍だ。
アシュバフが集めた、30名の討伐部隊。
そもそも、レイドボスとはそういうものだ。
レイドボス討伐の主催がメンバーを募り。
壁となるパーティ、攻撃に専念するパーティ、ヒーラーの配分。
それらを計画し、討伐のための準備をし、大勢でボスを叩く。
それが本来のレイドボス戦闘の形。
「ゆくぞぉぉぉ!」
「おぉぉぉぉぉ!!」
アシュバフのギルドマスターが先頭を走り。
剣聖が傍らを走り。
『ミミズクと猫』の面々が、その様子に気を取られた。
――……「精霊権限……『器用度/動作精度上昇』」
そのたった一瞬の隙に、メルクリエは自分の詠唱速度をバフによって引き上げる。
そうして。
詠唱される、水属性。
「なんども言わせないでよ。鬱陶しいのよ! あんたら! ――」
そんなメルクリエの罵声と共に。
駆け付けた討伐部隊、そして『ミミズクと猫』を飲み込む大津波が、巻き起こるのだった。
それは、『メルクリエの幻影』が初撃として必ず放つ、選定の大魔法――。
【|大 海 の 倉 皇《 タ イ ダ ル ウ ェ イ ブ 》】だ。




