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巨大な魚型の精霊は、ウィスタリアが放った榴弾を受け。
体内で解き放たれた土属性の上級広範囲魔法。
【大地大災害】の魔法の威力。
その威力の全てを浴びて、無残に砕け散った。
上空から。
飛び散った水滴、氷片、それが降り注ぎ。
太陽の光にキラキラと輝きながら。
その存在を消失させていく。
アシュバフの審査員も、当然の勝利判定を出し。
実況が木霊する。
「勝利です! ローリエ選手と、ウィスタリア選手。強大な難敵を見事打ち取りました!」
「良い相性の敵だったとはいえ、あの膨大なHPを良く減らし切りましたね」
会場も大歓声に沸き。
ウィスタリアとローリエは、勝利の余韻を感じ。
ベンチでは。
「先輩、めっちゃカッコよかった……」
ユナがローリエに熱いまなざしを送り。
フェルマータは感心し、マナは笑みを浮かべて。
「凄いわ。こんな短時間で……」
「私達だと、この段階で殆ど死闘なんだけど。余裕のある戦いだったわ。ロリが完全に抑え込んでいたわね」
「そういえば、先生はロリちゃんの全力見るの初めてだっけ?」
「ええ。普段の人見知りからは、考えられないくらい勇猛なのね。まさかこれほどだなんて」
「でしょう? 私良い掘り出し物見つけたと思わない?」
「でかしたわ、フェル」
やった先生に褒められた。
と喜ぶフェルマータ。
そして。
「あぁ、ウイス、こんな公衆の前で奥の手使うて、BANされへんとええけど」
ジルシスはこっそり呟いていた。
誰もが知りえる難敵を、打倒した。
そんな二人組に対し、会場は盛り上がり。
称賛と歓声で満ち溢れていた。
そんな会場の中央に。
新たな、渦が巻き起こる。
冷気と水気を孕んだそれは。
さきほどの巨体よりも、地味で小さな渦で。
しかし、そこに籠められたオリジンの濃度は色濃く。
それがひと時、竜巻のようになって。
今だ上空に佇むローリエが見下ろす先。
その地面にそれが現れる。
小さな人型。
アクアマリンのような長い髪。
青と水色を基調としたドレスを纏い。
随所の半透明なヒラヒラのレースはまるで、魚のヒレのようで。
そんな青いカラーリングの小柄な少女が。
戦闘領域に新たに出現した。
その様子に気づいた者達が騒めき出す。
「こ、これはどういうことでしょうか? 新たな……敵?」
「えっと……どういう状況ですか? これはちょっと……?」
実況と解説も狼狽えていることから。
さらに、運営スタッフが慌ただしく動き始めたことから。
この状態は、闘技大会としてもイレギュラーなのだと、皆が理解し始める。
そして――。
マナが、珍しく声を張った。
「あ、あれは――……『メルクリエ』だわ」
そう、その少女は。
マナが目指すべき敵。
何度挑んでも蹴散らされた宿敵。
大精霊――『蒼海冷姫メルクリエ』と言う。
本来ならば。
各々の守護する神殿の最奥で、『幻影』を倒した後に出現する真のボスという位置付けで。
『真・メルクリエ』とも呼ばれている。
だが、今までに神殿の外へ出たという報告がされたことなど無い。
常に神殿でしか、出会えない敵の筈だった。
そう――。
つまり。
ローリエ達が倒したのは、『メルクリエの幻影』という、大精霊と戦う実力があるかどうかを確かめる門番のようなモノで。
最強レベルであり、1匹しか出現しないワンオフ品のため、一般的にボス的なイメージを持たれているが。
内部データ的には雑魚的の一種なのだ。
闘技イベントの敵として出現はしたのだが。
神殿でない所で幻影を倒しても、真ボスは出ない筈なのに――。
巨大な幻影から。
打って変わって現れた小柄な少女の精霊は、会場を見渡し。
やがて、すぐそばに立つウィスタリアに視線を向ける。
そうして徐にその掌が向けられた。
咄嗟に、空に居たローリエが割って入ろうとするが。
ほんの少し間に合わない。
投擲マスタリで投げつけた2本の黒曜石短剣も、その身体に届くには足らず。
撃ち出された一本の【氷柱飛礫】が、ウィスタリアの身体を貫いた。
「うぐっ……!?」
咄嗟に、エレメンタルガードで【盾防御】を行ったウィスタリアだが。
防御で半減、盾の特殊効果で全属性耐性10%
その防御をもってしても、その威力に耐えることはできなかった。
どさり、とキツネ耳の少女が倒れ伏す。
パーティメンバーに表示されているウィスタリアのHPは『0』。
即死だ。
【氷柱飛礫】は冷属性の初級魔法なのに。
そして、メルクリエは言葉を話す。
「あら、歯ごたえの無い。せっかく面白そうだから来てあげたのに……」
なぜなら、メルクリエは『人格』のある魔物。NPCでもあるからだ。
故にヘイト管理などと言うシステムは通用しない。
心の赴くままに、その魔物は行動する。
「ウィスタリアちゃん!?」
叫ぶローリエ。
悔しみに染まるその表情。
「――でも、そっちのあなたは、楽しめそうね?」
肘から先が無くなった状態のメルクリエは、そう言って笑った。
ローリエの姿を見て。
黒曜石の短剣で、斬り飛ばされた、自分の腕を見て。
だが、精霊に肉体は飾りのようなモノ。
すぐに部位破壊は再生される。
自分の不甲斐なさを、怒りに変えて。
ローリエは、正対する水と氷の精霊を睨めつける
――ウィスタリアさんは、あとでエリクシルで復活させる。
でもその前に――。
「あなたが邪魔です!」
その両の手に、ローリエは再び黒曜石の双剣を作り出す。
その言葉を合図に。
機銃掃射のように撃ち出された、何本もの【氷柱飛礫】を。
ローリエは――。
風の守り、重力の守り、宝石の盾の効果で、すり抜け。
両手の短剣を同時に叩きつける。
「魔法戦技――『重双撃破』!!」
それには、冷属性の防御は一切効果を発揮せず。
土属性の武器であることから、水属性の防御も意味を持たない。
ローリエの渾身の魔法剣が、メルクリエの身体に深く到達する。
しかし。
その威力は、完全ではなかった。
「――『魔障楯』……?」
なぜなら、無属性の、一点集中で防御力を発揮する、小さく分厚い障壁に威力をかなり削られていたからだ。
そして驚いている隙に。
「精霊権限……『器用度/動作精度上昇』、『状態中立化』、『ヴァーティカルクロスボルト』!!」
ローリエは、大精霊の素早いダッキングによるアッパーカットで吹き飛ばされる。
その『拳』は、属性を持たない、格闘マスタリの攻撃であり。
精霊権限によって効力を倍増された基本強化で、命中精度を超強化された攻撃であり。
さらに、無属性魔法の【状態中立化】で、ドグルスキル以外の、基本強化を含む強化の全てをリセットされたローリエは。
ほぼ無防備な状態でそのアッパーカットを受けた。
宙を舞っていたエルフの小柄が、地面に落下する。
地面に激突する瞬間、ローリエは身軽に受け身を取り――。
再び消失した、黒曜石剣を作成し。
「『|信仰力/魔法攻撃力減少』、『敏捷度/身軽さ減少』『器用度/動作精度減少』」
お返しとばかりに、怒涛のデバフを行使しながら、メルクリエを抑えにかかる。
「くっ、バフは無駄と踏んでデバフに切り替えるなんて! 判断が早い!」
そうして、ローリエと、メルクリエは、ほぼ互角の攻防を開始するのだった。
当然ながら。
もはや、この状態は計画上のモノでは無い。
つまり闘技イベントではない。
だから。
観客たちも、不安や焦燥に見舞われ。
どうしていいか解らないまま、戦闘領域を見守っている。
そんな中。
ベンチのフェルマータ達の所に運営スタッフが駆けこんできて。
「大変申し訳ありません。メルクリエの出現はこちらの手違い……というか意図しない状況で。現在急ぎ対策を検討中ですので――」
スタッフが言いきらないうちに。
マナが、やや強めの口調で受ける。
「つまり、イベントのルールとはもはや無関係。そういうことでいいわね?」
「え? は、はい……?」
言葉を止め、狼狽えるスタッフに、マナの言いたいことを察したフェルマータが代弁する。
「……私達も、あのレイドボスの討伐に加勢しても問題ないかしら?」
「え、えっと……すぐに確認を取ります、少し待ってください」
そうしてフェルマータは、ヤクザ熊のほうに申し訳なさそうな顔を向け。
「すいません、ジルシスさん。もう少しだけ私達に協力してくれませんか?」
そんなフェルマータの言葉に。
ジルシスは『YES』と答える代わりに、太陽と青空の垣間見えるコロッセウムの天井を見上げ。
スタッフに対して言葉を挟む。
「なぁ、スタッフさん? できれば、あの天井閉めてほしいなぁ? できるんやろ、このコロッセウムの天井って開閉できるって聞いたんやけど?」
「え、はい、それも聞いてみます」
スタッフが、メッセージをやり取りしはじめ。
「――協力も何も。あそこにうちにウイスが倒れとるんやで? ますたぁは、めんばーを助けに行かなあかへん。そうやろ?」
フェルマータはそんなジルシスに微笑みで返した。
こっちだって、パーティメンバーであるローリエを助けに行くのだ。
状況は同じ。
理由も同じ。
そしてユナも。
「あ、あの……私――、私たちも、行って構いませんか?」
「当然でしょ。ユナちゃんはうちのメイン火力なんだから!」
その言葉を理解したのか。
狭いスペースに収まっていたヒューベリオンが動き出す。
そうして
運営スタッフから、返答が得られた。
「大丈夫です、こちらでも討伐準備をするとのことです。先に、行って頂いて問題ありません」
それと同時に。
コロッセウムの天井が動き始める。
開 から 閉 へ。
真昼間の太陽が、少しづつ遮られていく。
「よっしゃ、じゃ、悪いんやけど背中のチャック外してくれへん?」
ユナに背を向けるジルシス。
「解りました……って、アレ?」
ユナの指先は、いくら頑張ってもチャックを抓めない。
当然だろう。
いくらVRだからって、着ぐるみのチャックが抓めたり開けたりするものか。
「なんちゃって!」
自力で装備を外し。
着ぐるみから出てきたジルシス。
そんな中。
会場に、アシュバフのギルドマスターの声が轟く。
「大変申し訳ない。現在の事態は、アシュバフの計画にないモノで、イベントと無関係な状態だ。メルクリエの幻影を神殿の外で討伐しても、『本体』は現れないと思っていた。そんな前例がないからだ。それがまさかこんなことになるとは。重ね重ね大変申し訳ない。万が一のことを想定しなかった当ギルドの責任だ。――そこで」
放送席に駆け込んできて、マイクを拝借したアシュバフのギルドマスター。
そして、その横に控える剣聖と呼ばれるの老人。
老人は放送席から、メルクリエを一人で抑え込んでいる猛者を見やる。
その剣裁き、脚運び、気概、威勢、判断力。
「……あやつ……」
そんな呟きの中。
アナウンスは響く。
――そこで。
「――大変身勝手な事と思うが、レイドボス討伐に協力して頂ける面々を定員30名までで募集したい。参加できるものは、スタッフに申し出てほしい。また、この討伐でのドロップ品、ならびにMVP報酬獲得選定の権利のすべては、ローリエ選手に帰属する。参加する者は、それを考慮の上申し出てほしい! それに加えて、迷惑をかけた『ミミズクと猫』のパーティの方々には、ギルドの方からなにかしら保障を考えるつもりだ。何卒、ご容赦願いたい。当ギルドからは以上だ! よし、次!」
慌ただしく放送席を出ていくギルドマスターを見送って。
悠長に佇む、老人は笑み。
「ふふ、面白くなってきおったわ……」
ゆるりと、後を追いかけて行ったのだった。




