82
ユナが我に返ったのは。
ブラックダシュプから魔法攻撃を受けた時だ。
ダメージの衝撃で、混乱が解除された。
ただ。
それと同時に。
魔法防御力も耐性も不十分だったユナは、ほぼ1撃で倒れた。
ヒューベリオンから落ちるその一瞬。
視界がすべて闇にのまれる間際。
――倒れたジルシスの姿が。
ユナの視界に見えた気がしていた。
そして。
すべてを知ったのは。
アシュバフが用意した魔法使いに。
蘇生と治療を受け、戦闘領域を出てベンチに戻った時だ。
「え? 『混乱』……?」
フェルマータやマナから、真相を聞いて。
ユナは、別の意味で混乱した。
ジルシスを倒したのが、自分だと言われて。
そして、ウィスタリアはユナのことを一瞥しただけで。
すぐにジルシスの元へ向かっていった。
「大丈夫でしたか? マスター?」
「うん、大丈夫やで。――堪忍してウイス。こさえてもろた白いラベルの大きい弾、殆どつこてしもたわ」
「気にしないで、また幾らでも作るから」
そんな声が、微かに聞こえてくる。
ユナが振り返ると、長銃のような武器を手にした、クマの着ぐるみにウィスタリアが寄り添っていた。
おもむろに。
ユナは自分の掌を。
ユナというキャラクターの、その手を。
みつめた。
……。
遅れて実感が来る。
『本当に、私が、ジルシスさんを……?』
それはあってはならないことだ。
どこか深刻に受け止め過ぎている。
そんなきらいのユナの姿に、フェルマータも、マナも、ローリエも。
気にすることは無い、良くあることだ、と。
ただの状態異常だったんだ、と。
励ますような声が聞こえてくるが。
ユナは、それがまるで壁の向こうから聞こえてくるように感じていて。
フェルマータとマナが、試合のために出て行ったことすら、気づいていなかった。
苛立たしさがこみあげて。
ユナは……こぶしを握り締める。
悔しい。
とても。
それは。
負けたことが悔しいのではない。
役に立ちたいと。
そのために強くなりたいと。
数少ない自由な時間を使って。
SPを稼ぎ。
育成計画まで立てたのに。
まさか一番恐れている『足手まとい』になってしまうなんて。
これでは意味が無い。
そして申し訳ない。
でも、今できることは一つだけだ。
ユナは、不甲斐ない自分を奮い立たせようと。
顔を上げる。
キリっと。
真剣に。
「ユナさん……?」
心配するローリエを、置いてきぼりにして。
回れ右したユナは、ジルシスの元に、ツカツカと、具足のピンヒールで歩み寄る。
そして。
「ごめんなさい! ジルシスさん、私――……!」
その剣幕に、ジルシスは驚き。
ウィスタリアは呆れて。
少し睨み付けるように言う。
「ゲームですから。仕方がない事です。でも……、あんまりうちのマスターに苦労かけないでください」
「は、はい……」
しゅんとするユナに、ジルシスも声をかける。
「ええよ。別に。あたし何も気にしてへん。ばっどすてーたすの対策て、後回しになりがちやもんなぁ」
ジルシスの声は、笑っている。
でも、迷惑をかけたことは間違いないと、ユナは思う。
確かにこれはゲームだけど。
遊びだけど。
遊びだって真剣にやってたら、それは部活のようなものだ。
ゴルフの試合や、バンドのライブと一緒だ。
言葉に甘えすぎることはできない。
少なくともユナは、真剣だ。
ユナはもう一度ふりかえる。
両掌を組み合わせる祈るような仕草で。
佇んで見守っている小柄のエルフ。
心配そうな顔のローリエに。
詰め寄った。
「先輩!」
ローリエは、びくぅ、と驚く。
「は、はいぃッ!?」
「状態異常への対策の方法、教えてください!」
「え? あ、は、はい……?」
そんなやり取を。
せまっ苦しい、ベンチスペースで。
膝を折りたたみ、翼を折りたたみ。
縮こまっているヒューベリオンは。
口にくわえたハルバードが、壁やイスのあちこちにつっかえるのを気にしていた。
そこに、響いてくる。
「――『 聖 十 字 陣 衝 』!!」
「――『魔壁衝波』!!」
「――『 聖 十 字 陣 衝 』!!」
「――『大魔弾』!!」
「こ、これは、超広範囲の魔法戦技? と、無属性範囲魔法の連発です! 容赦ありません!」
「でも、これではすぐにMPとスタミナが……」
パリン――!!
パリン――!!
パリン――!!
「あッー!? なるほど、ここでアイテムです! 失ったリソースを、すぐにアイテムで回復です!」
「なんと。このアイテムは、『混合香薬瓶』というモノで、多数のキャラクターのHP、MP、スタミナを一気に回復するという、効果だそうです」
「高級そうなアイテムを一度に三つも使いましたが……?」
「――『 聖 十 字 陣 衝 』!!」
「――『魔投刃』!!」
「――『 聖 十 字 陣 衝 』!!」
「――『炸裂魔弾』!!」
試合終了のゴング。
「いや、凄まじい。高性能アイテムでのごり押しでしたが。スポンサー的には旨味いっぱいのバトルでしたね」
「はい、低級ではありましたが属性別の8匹による魔物の群れでした。が、聖属性攻撃に、無属性攻撃では、魔物側の耐性も弱点もほぼ機能してませんでしたね。敵を見た瞬間の判断の早さといい、阿吽の呼吸のコンビプレーといい、お見事でした」
フェルマータと、マナがベンチに戻ってくる。
「ふう。思ったより楽勝だったわ」
「カードの引きが良かったのね」
結果的に、フェルマータ達の試合時間は5分程度だった。
今から、状態耐性について話そうか。
なんて思っていたローリエもユナも。
え? もう?
という感じで。
そして。
「次、ロリちゃんの番よ?」
「え……!?」
そりゃそうだ。
試合は全部で3組。
今2組終わったのだから。
次は3組目。
ローリエの番だ。
間違いない。
まだ、もう少し時間がある。
と心に余裕があったローリエだが。
やにわに、心臓が躍り出す。
出番、ということは。
大衆の面前に出ていくという事だ。
目隠しはしたままだが……。
今までにこんな大勢の前に出ていくことなんて一回も無かったのに。
「わ、わたし……」
逃げたい。
とても逃げたい。
居なくなりたい。
不安と緊張と負の感情が入り混じる。
しかも。
よく考えたら。
1勝1敗だ。
この勝負の行方は、3組目で決することになる。
その責任というプレッシャーまで、圧し掛かってくるのだ。
ざりざり。
と無意識に後退さるローリエの脚。
そのエルフの腕が、突然がっしり掴まれる。
「はう!?」
というか、腕組み状態にされる。
ウィスタリアだった。
唐突な密着状態に、ローリエもユナも驚きの声を上げるが。
「はい、出番です。行きますよ、お姉ちゃん」
問答無用だ。
そのまま、なし崩し的に、日の当たる場所にローリエは引きずり出された。
「あ、あの、私……ま、まだ、こ、心の、準備、が、あう、あぁぁーーーッ!」
日傘を持ったままだったローリエは。
お嬢様スタイルのまま、戦闘領域の中心に連行されていった。
湧き上がる歓声と共に――。




