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「うっ……」


 早速ローリエはえづいていた。



 エスペクンダと首都では、さすがに首都の方が人口は上だが。

 しかし、今日に限っては闘技イベントの開催ということで。

 花火大会の出店に群がるエンジョイ勢ぐらいの人出がある。


 特に、コロッセウム周辺はヤバく。

 景観的には、花火大会よりも、アーティストのライブ当日のドーム球場のようだ、と。

 そういうほうが近いのかもしれない。


 ちなみにまだ、当日ではない。

 前日である。

 一日前である。


 それなのに、ここに来ている者たちは多い。

 それは。

 参加者の顔を一目見ようと、これから行われるSPチェックの見物に来ていたり。

 今日限定販売のグッズや、アイテムを購入しに来ていたり。

 主催が呼び寄せた有名ゲーム配信者のトークショウを見に来ていたり。

 ただのお祭り好きだったり。


 理由は様々でにぎわっている。


 その広場に、今ローリエも居るわけで。



 つまり、当然ながらローリエの周辺は、行き交う人であふれかえっている。

 そして他人に酔いやすいローリエの顔色はすこぶる悪い。


 だからせめて誰からも見られないように。

 視線を合わせられないように。


 ローリエは、目の前に立つ小さな少女の背後で、さらに小さく成って隠れている。


「もう。だらしない。絶対ローリエの方がウィスタリアよりお姉ちゃんなのに。そのウィスタリアの後ろに隠れるなんて。もしかして中の人おじさんとかじゃないよね?」


 お姉さんならまだしも、おじさんは許されない。

 ウィスタリア的には、お兄さんもギリギリ許されない。


 でもローリエの中の人は、高校1年生なのでセーフのはずで。

 

「そ、そこは大丈夫、です、安心して、ください、うぅッ」

 

「なにが大丈夫なの。別の意味で不安なんだけど……?」


 このゲームは、酔ってもキャラクターがモノを口からリバースするような演出は無い。

 腹を殴られたら、ダメージエフェクトとして出る可能性はあるが。

 だとしてもすぐにエフェクトは消え、ウィスタリアの背中にぶちまけるようなことはない。


 でも……。中の人がえづいてたら別。

 お部屋の床にリアルでどばぁ、ということは無きにしも非ずだ。

 まぁ、ローリエは、トイレに駆け込むほどではないのだけれど。


 

 そんなローリエを背に隠しているウィスタリアは思う。

 

 大勢の前で戦うことになるというのに。

 このエルフは大丈夫なのか? と。

 ウィスタリアはとても不安だ。


 おっきなキツネ耳に間近から聞こえる声が――。

 他人はジャガイモ、他人はジャガイモ、とぶつぶつ言っている。


 重傷過ぎる。


 あまりの不憫さにウィスタリアが振り返ると。

 両目をぎゅっと瞑ったエルフ少女の姿。

 その、ロリのあだ名に相応しい幼い顔つきが、間近に見えて。


「なんでウィスタリアがこんなことを」


 といいながら、ローリエをよしよししてあげる。



 そこに。


「ちょっとぉ!」


 誰かの声が遠くから響いてくる。

 それは、キツネ耳もエルフ耳も逃さない。

 知っている声だから。


 そして声の主、すなわち。

 黒い甲冑姿が、背中のハルバードを抜きながら。


 連続【前方ダッシュステッピングフォワード】で、一直線に進んで(はしって)来る。 


「そこのキツネさぁん? 私の先輩に何してるんですかァ!?」


 優美さも欠片も無い。

 なりふりなど構わず。

 とにかく前に進むスキルで、不格好ながら最速ではせ参じたのは。

 ユナだった。


 ちなみに傍にヒューベリオンの姿はない。

 目立つので当然だ。


「ユナ……だっけ? そう思うなら、ちゃんと見ててよ。あなたの先輩死にそうな顔してますよ?」


「言われなくてもそうしますーッ!」


 さっさと武器を仕舞い、両の(ガントレット)でローリエの頭を引き寄せる。

 ゴキッ、っといい音がした。

 ユナの今の筋力値は、種族補正込みで69。

 つい先日、ハルバードが【最終筋力+20%】のオプションを閃いたので総合値では82という、SP35Kのキャラクターとしては驚異的な数値を誇る。


 白目をむいてしまったローリエに、


「だ、大丈夫ですか先輩!?」


「……」 

 トドメ刺したのはあんただよ。

 と言いたいウィスタリアだったが。

 よく考えたら、気を失っていた方が他人を気にすることもないし幸せかなと思いなおした。


 

 そして。


「あ、あそこにいるわよ」


 フェルマータとマナが合流し。


 あと、到着していないのはジルシスだけとなった。 

 

 ウィスタリアはそわそわしている。

 吸血鬼のマスターは日中で歩くとほぼ即死だ。


 対策を思いついたと言っていたが。

 ここ最近は、店番をしていて殆ど会っていない。


 別に、すっぽかして、闘技に参加しない。

 って言うのでもウィスタリアは構わないのだが。


 しかし――。


「遅いですね……? もしかして忘れているとか?」


「それは無いです。おば……うちのマスターが、こんなお祭り事忘れるはずないもん」


「おば?」


 遅いと言い、言葉のつっかかりを気にするユナに、ウィスタリアは正対し。

 尻尾をピンと立てて。耳を前倒し。

 近くのベンチで、エルフに膝枕中のユナに、まくしたてた。

 

「おばさんには解らないでしょうけど! そう言いかけただけです」


 つん。

 と、ユナから目をそらす。


「なっ……!」


 脚の装甲からはみ出た太ももに、頭を乗せているエルフ毎、わなわなとその身が振るえる。

 うぐ、うぐぐ、エルフからうめき声が漏れ。


 中身は高校一年生であるユナは、ちょっとイラっとした。


 

 そんな時に。

 マナが、それを発見する。


 ……こっちに来る。


 真っ直ぐ来る。


 のっしのっしとやってくる。


 人混みをかき分け。


 いや、人がその異様さに、勝手に道を開け。


 モーゼのように。


 開かれた道を。


 堂々と。


 近づいてくる。


 こっちに。


 黒い。


 毛皮の。


 クマ……?


「……でも……」


「どうしたの?」

 

 フェルマータが心配し。

 マナの釘付けになっているジト目を。

 その視線の先を追う。


「えっ!? クマ……?」


 それは、大きくて真っ黒な、着ぐるみだった。

 半月状の黄色い目が、釣りあがり。

 口は、キザキザの牙のようで。

 

 首周りには、ツキノワグマの、三日月のようにも見える。

 そんな金属のアクセサリーまで埋め込まれている。

 極めつけは、頬に十字傷があることで。


 すごい、ヤクザ顔のクマの着ぐるみだった。


 それは気が付くと、パーティメンバ―の目の前までやってきていて。


 頭頂部まで、身長160くらいだろうか。


 ベンチに座るユナも、小柄なウィスタリアも。

 唖然とそれを見つめ。

 

 そして、着ぐるみが手を上げる。


「ヤァ、遅レテシモウタワ。堪忍シトクナハレ」


 どこか電子音のような声だが。

 口調は間違いない。


「……マ、マスター?」


「ソヤデ、ウイス? ワカラヘン?」

 

「……い、いえ、その話し方は、どう考えても、お……ケホケホ、マスターですね」


 さらに、フェルマータを筆頭に、マナもユナも気づく。

 それが、あの吸血鬼であることに。

「え? ジルシスさん?」

 

「ソ、アタシヤ。エエヤロ、コレ、可愛イラシナイ?」


 くる、っとターンする、ヤクザ熊。


 可愛らしいかどうかは全員無視して。


 ユナが尋ねる。


「それが、日光対策ですか?」


「ソウ。コレナラ、日中デモ問題ナシヤ。コノ装備ノデメリットデ、能力ダウンハウケテシマウケド、朝日デモ死ナヘンヨ! ムシロ、昼モ夜モ関係ナシ!」


 つまり、月光も陽光もシャットアウトする魔法の全身装備であり。

 陽光で死ぬこともステータスダウンもおこらない。

 代わりに、月光でのステータスアップも、HP等の再生も働かない。


 動きづらい着ぐるみなので、そのあたりにデメリットはあるが。


 要は、ただのヒトになったということだ。

 クマだけど。


「トコロデ、ロリエハ? 寝テハルノン?」


「あ、いえ……これはいつもの……」


 ユナの太ももで安らかに寝ているローリエを、ヤクザ顔の着ぐるみが覗き込む。


 そんな、タイミングで、エルフは


「う、うう……」


 目を覚まし。


「ア? 起キタ? アタシ、ジルシスヤケド……?」


 ワカル?


「――ッ!?」


 寝起きに、えげつないインパクトの物を見たせいで。

 ローリエは再び、パタリと現実から消え去った。


 ――というか、ログアウトした。


 中の人が驚いたあまり、ゲーミングセットのケーブルに引っかかって抜けたからだ。


 


「……仕方ないわね。ロリちゃんが今居ないけど、そろそろ時間だから今日の予定説明するわね」


 そうして、フェルマータから能力査定や、闘技のルールについての説明がなされた。


「――あと、全員、メッセージやウィスパーの受信を、フレンド限定にしておいて」


「どうしてですか?」

 フェルマータにユナが尋ねる。


「能力査定は、騎乗ペットも受けなきゃならないの。ベリちゃんが他人の目に触れることになるわ。それについて、色々な所から質問なんかが飛んでくるかもしれない。きっと煩わしいと思うから、念のためよ」


 その理由に、皆納得し、全員フェルマータの言う通り受信設定を切り替えた。 

 このことは、不在のローリエには、マナがメッセージを送って伝えている。



  

 そうして。

 

 皆は、定められた時間通り。


 SPチェックの待機列に参列した。



 ひとりづつ。

 


 携帯型の金属探知機のような機械で、並んでいる参加者が順にチェックを受けていく。



 そしてついに。


「お待たせしました、『ミミズクと猫・亭』様、こちらに」

 係員――すなわち、アシュバフのギルド員が、フェルマータ達を呼ぶ。


 そのタイミングで。


「すいません、騎乗ペット出しますね」


 皆が、馬一頭分ほどのスペースを開け。

 ユナが、ヴィエルクスフィアからヒューベリオンを開放する。



 ずどん、と重々しい音が木霊し。


 声帯が無いゆえに。

 咆哮こそ、響かないモノの。


 口を開け、その存在を誇示するかのように。


 声なき声で吠える、死と幻想の亡骸――。


 漆黒のオーラと共に現れた、竜の骸が、コロッセウムのエントランスに姿を現す。


 まさに動く死体と思わしき、凄惨な外観で。

 しかして、その身体を纏う、黒い装甲と馬具。


 心と眼に点る光は、霊的な輝きであり。


 生まれながらにして死んでいる。


 そんなダークな威風は、ファンタジーの世界なんてものを好む中二病を引きづった連中には。


 いうまでも無く、クリティカルヒットで。


 並んでいる参加者も。

 それを見守る見物人も。


 スタッフとして働いているギルド員も。


 誰もかれもが注目し。


 なんだあれ、カッケー、と。

 すげえ、と。

 騎乗用なのか? と。

 ただのドラゴンじゃなくて、ゾンビだと? やべえ、と。

 どうやって入手するんだ、と。

 グロイ、と。

 気持ち悪い、と。

 

 口々に驚きと、羨望で、エントランス中が沸き躍った。

 


 その、レア中のレアペットが、参列するそこには。

 謎のクマの着ぐるみだって並んでいるし。


 キツネ耳のメイドだって並んでいる。 


 そして。

 なぜか漆黒の甲冑少女に、お姫様抱っこされている、緑黄色エルフだっている――。 



 自然と、『猫ミミ』のメンバーが注目の的になっていく。




 そんな中、ローリエは――。


 否。


 (すめらぎ)愛海(なるみ)は焦っていた。



 正規の手段ではなく。

 ケーブルが引っこ抜けるという、予期せぬトラブルで急にゲームが落ちたため。

 様々な、エラーチェックなどで、時間を要すことになったからだ。


 最先端技術の結晶であり。

 デリケートで、複雑なマシンは、トラブルに対してのシークエンスがとても懇切丁寧だ。


 その親切で優しく、細かい所が。


 今は逆に、愛海を焦らせていた。


 それなりの時間を要し。


 再び再接続したとき――。



 ローリエは、ユナの怪力で抱っこされたまま。


 査定を待つ参加者の列に加わっていた。

 マナからも、着信設定の件のメッセージが来ていて。

 ローリエは、急いでそれに従った。



 フェルマータ


 76,832ポイント


 マナ


 69,482ポイント


 ジルシス

 

 88,727ポイント


 ウィスタリア

 

 45,329ポイント


 ユナ


 35,498ポイント


 ヒューベリオン


 30,095ポイント


「――……次は、ローリエ様」 



 もはや、風の魔法使いと呼べないこともバレているし。

 ここまできて、逃げることも。

 列を離れるなんてこともできないし。


 それに、そんなことをローリエが考えている間に。



 チェックは終わっていた。




 ローリエ


 99,012+E エラー!!


 

「あれ? すいませんもう1回」



 99,012+E エラー!!



 猫ミミの皆が、99Kという数値に、驚いた表情であるのをしり目に。

 さらに、ギルド員は告げる。



「あ、もしかして、何かネームドオプションついてますか? ちょっと調べますね?」


 ネームドオプション。


 それは、ただのオプションではなく。


 称号のような名前が付いた、特別なオプションだ。


 ローリエが身に着けている、植物で出来たようなドレスにそのオプションはついている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『世界樹の加護』レベル5:

 スキル習得に必要なSPを20%削減する。

 ただし、モンスター討伐時に獲得するSPの量が40%減少する。

 この装備は自動的に【破壊不可】【耐久無限】【着脱不能】を得る。



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