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エリクシル。
その名前が出たとたん、場に居る全てのキャラクターが、茫然と言葉を失くしていた。
皆はその単語自体に、驚いていた。
やがて、少しづつローリエというキャラクターのセリフに興味が移り変わる。
ローリエの言葉は、脅威だった。
なぜなら。
そんなものが存在するのか?
そういう問いかけではなく、相場は幾つですか? というバカげた問いかけだからだ。
この第二世界で、普通にプレイしていればその名前の幻象性や、稀有過ぎる価値は推し量れるものだ。
相場……?
「相場、って……」
市場にほぼ出回らない物に、相場なんてあろうものか。
マナは、かみ砕く様に、ゆっくり、エリクシルについてを話す。
攻略サイトに載っている、伝説的な、ほぼ予想に該当する情報を、だ。
ただし、そのサイトでの名前の表記は少し違っていて。
「ロリが言っているのは、あのあらゆる状態や傷を瞬時に回復し、様々な超級アイテムの素材になる……って言われている、『エリクサー』の事を言っているの?」
皆の反応の異質さに、何かいけないことを?
という恐れを抱きながら。
必死にローリエは答える。
「え? あ…、はい。そう、だと思います」
「ってことは、今、持ってるの? エリクシル? 良かったら見せてくれない?」
『赤の眼鏡』を取り出すフェルマータが、席から離れ、ローリエの傍に寄ってくる。
それに倣い、マナやハンスも席を立ち。ローリエの隣に座るユナは、身を乗り出す。
多数の人に囲まれることに慣れていないローリエは、ものすごい圧迫感を覚える。
でも、しかし。
今いる皆は、他人ではない。
少なくとも知り合いだ。
それに、何かヤバイことを言ったのかという意識の方が多くを占め。
ローリエは気が気じゃない。
エリクシルを出してもヤバイし出さなくてもヤバイ。
そんな気がして。
しかし、この状況は断れない状況だ。
だから、普段エリクシルを詰め込んである小さい鞄を開け、そこから1本の小瓶を取り出す。
震える手でつまみ上げ、それをフェルマータに見せた。
「こ、これです」
眼鏡をかけたフェルマータが、目を細め、顔をしかめる。
凝視。
暫くして。
「たぶん、これ本物だわ」
「たぶん?」
マナの聞き返しに、フェルマータが応える。
「看えないのよ、看破阻害とかじゃなくて単純に『赤の眼鏡』の看破レベル以上の鑑定値なんだわ」
「なるほど、そういう意味ね」
そこに。
「どれどれ、あたしが看てしんぜよう」
吸血鬼少女のジルシスが割って入り、自前の看破スキルを使用する。
「ほう……、これは、すごい。あたしの【能力看破】でもレベルがギリギリみたいやな。けど、凝らせば看えるわ。朧げにやけど……」
読み上げるで。
ジルシスはそう言って、看えるデータを皆に伝える。
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●カテゴリ:消耗品(液体)
戦闘時可能(服用時間1秒)
アンデッドにも有効
有効人数 1本分(効果分散)
散布可能(効果50%)
加工限定入手
●効果
HP回復100%
MP回復100%(アンデッド有効)
ST回復100%(アンデッド有効)
身体系状態異常完治(全種/状態レベル99以下)
精神系状態異常完治(全種/状態レベル99以下)
ステータスダウン完治(全種/状態レベル99以下)
身体系状態異常保護60秒
精神系状態異常保護60秒
ステータスダウン保護60秒
戦闘不能解除100%(アンデッド効果反転)
●解説
基本的には服用で使用することが推奨される。
万能霊草と『蒸留水』を素材として生み出される神の酒。(度数0%)
無色透明の液体で、その液粒一つ一つに世界樹が残した神性を帯びており、
あらゆる柵を遠ざける。
また、様々な超遺物の素材としても活用できる。
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「強い……」
フェルマータが言葉を絞り出し。
他の面々は固唾をのむ。
「ロリ、相場は幾らかって聞いたわね?」
「は、はい……」
「ロリはこれを、売るつもりだったの?」
「そ、そうです」
そして感極まったかのように、ローリエはぶちまける。
「だ、だだ、ダメでしたか? 私何か、いけないことを……?」
フェルマータは、呆れたように言う。
「ダメとか、いけない、とかそういう事じゃないわ」
「え?」
怒られているような気分になるローリエは冷や汗を垂らす。
「このアイテムに、相場は無い、ということよ、ロリちゃん」
「無い……?」
ほっほっほ。
ジルシスが笑う。
「あんた、実はこの道具がどんな価値なんか、ようわかっとらんね?」
ウィスタリアでさえ呆れていて。
「無知は罪です、ローリエ」
「つ、つみ!?」
詰んだ……!?
ハンスが言う。
「そのアイテムはね。市場に出回ってないんだ。だから、相場なんてない。もし、本当に売るというなら、ローリエさん、キミの言い値になる。君が売りたい値段が、そのアイテムの値段だよ」
「へ?」
フェルマータは言う。
「そうね、少なくとも1本1Mくらい?」
それにマナが飽きれて。
「そんなはずないでしょ、フェル」
「なんで?」
「さっきの、ジルの説明聞いたでしょ? 素材、なのよ、これ」
「あ……」
最高級回復アイテムにして、最高級素材。
これはただの消耗品ではない。
「っていうか、その前段階の【万能霊草】っていうアイテムが重要ね。だって、蒸留水は水属性マスタリLv1で作れるもの。その霊草の素材としての価値が高いんだわ」
そこに、マナの問いかけ。
「ちなみにだけど、ロリはこれをどこで手に入れたの?」
「え? え、っとォ……」
ローリエは、一瞬嘘をついて、誤魔化そうかと思った。
正直に答えれば、木属性スキルを高いレベルで使用できる、と自供するようなものだからだ。
でも、市場に出回らないのであれば、買いましたとも言えないし、貰いましたとも言えない。
加工限定品であることは、説明文に記載されていて、ドロップ品だという事も出来ない。
言えることは一つだけだ。
きっとマナも、そう予想していて。
誤魔化しは効かない。
「……私が……」
「そうよね……」
作ったとしか言えないのだ。ローリエが。
「つまり、ロリちゃんは【万能霊草】を作れるわけね」
「そうなるわね」
となるとローリエは木属性マスタリをマスターしていておかしくない。
ということが自ずと判明する。
語るに落ちる。
ではないが、ローリエは隠していたことがバレた。
バツが悪く。
さらに、嘘つきの罰として、追い出されないかと心配しなければならない。
腕を組む仕草で佇むフェルマータの表情は硬く。
まるで、ローリエの今の状況は、取り調べを受けている犯人のようだった。
「待って」
と突然マナが言う。
「何、先生?」
「つまり、ロリは『エリクシル』を何本も持ってる?」
それに。
もはや嘘を吐く気もないローリエは。
当然のように答えた。
「は、はい……今カバンには10本くらい入ってます、けど……?」
「10本!?」
ざわ、っと面々がざわつく。
さらにマナは詰問する。
「それで全部?」と。
そうして、ローリエは、戦々恐々と。
恐る恐る、と。
おずおず、と。
「そ、倉庫に……いっぱい」
あたりが静まり返った。
フェルマータは肩を落とし。
すべてに失望し、全てに嫌気がさしたかのように。
疲労感を帯びながら。
ポツリとさらに問う。
「倉庫は一つかしら?」
「4つ、です」
倉庫において、消耗品を入れておける木箱の中身は、最大で64個。
倉庫に設置できる木箱の最大数は、512箱。
それが4つ分。
32768個。
これが、ローリエが所持しているエリクシルのおおよその数だ。
計算するのもバカバカしい。
その場の皆が、言葉を失くすのも、無理はなかった。




