67
吸血鬼の領地で、アンデッド退治を終えてから。
リアル時間で、数日が過ぎた。
そして今、ゲーム内の時間は夜。
閉店時間を幾ばくか過ぎた頃。
『ミミズクと猫・亭』のカフェテリアに皆は集まっていた。
客用テーブルを移動させ、くっつけて大きなテーブルにし。
それを囲うようにして、重役会議のように、面々が座っている。
もちろん、それは。
水上都市エスペクンダで開催される、アシュバフの対魔闘技イベントについて。
話をするために。
そこには、『猫ミミ』のマスターも参席しており、さらにフェルマータ、マナ、ローリエ、ユナ、ウィスタリアも参加している。
特に、ウィスタリアは各所の冒険者亭に『アンデッド討伐依頼』や、『素材収集依頼』などを提出しており、その手前、実は『猫ミミ』にも何度か来たことがあった。
猫ミミのマスターも、ウィスタリアの顔は覚えている様子で。
――というか、ウィスタリアのおっきなキツネ耳に、もふもふの尻尾、さらにメイド服となれば、見忘れるほうが難しいというべきで。
まるでマスコットのように可愛い。
現在各々の席に、コーヒー、紅茶、緑茶などが置かれているが。
それを「手伝います」と言って、トレイ片手に配膳するケモ耳少女の姿に、猫ミミのマスターが「うちの店員に欲しい」と零したほどだ。
聞けば、家事スキル、つまり料理や裁縫などもある程度習得しているというウィスタリアは、非戦闘スキルを多く履修している猫ミミマスターには、共感できる部分があり刺さるのだろう。そもそも動物が好きだし、このマスター。
そして、テーブルの席には。
ウィスタリアの本当の主、ジルシスも居て。
緑茶をすすっている。
その人物の参加には、マナも驚いた様子で。
「……まさか、吸血鬼ギルドのマスターも来るなんてね」
「あら、お邪魔やった? 一応あたしもそのトウギエベントに参加しよ思うて来たんやけど?」
マナと猫耳のマスターの二人は、ジルシスと初対面だったため、来店した時に挨拶は終えている。
とはいえ、このゲームにおいてのギルドマスターは、領主という側面もあるため、普通はやや恐縮してしまう。
しかも『カイディスブルム城』を所有し、見た目もベタベタの吸血鬼コーデ。
その伯爵服姿に加え、側近も同伴しているという状況は、いかにも名のある貴族風で、それなりの威圧感を発揮する。
しかし、マナはいつも通りで。
「いえ、助かるわ。……フェルの最近の人脈どうなってるのかしら、とは思うけどね」
とフランクに受け答え。
つづいてマナは各々が席についているのを確認して。
「では早速だけど、話を進めるわね」と会議の司会進行を始める。
最初にマナが話すのは、闘技イベントの概要からだ。
「まず、私達が参加する闘技イベントは、参加者とスポンサーがタッグを組む形で行われる対モンスター戦闘になるわ。――例えば、スポンサーが武器屋の場合、商品である武器を参加者に貸し与え、それを闘技で活用してもらうことで、宣伝効果を狙うわけね。そして参加者は強力な武器で戦う事ができる、という双方にとって利のあるイベントとなっているわ」
「ではつまり、問題は『猫ミミ』からも何か商品を売り込む必要がある、という話ですね?」
「そのとおりよ、ユナ。理解が早くて助かるわ」
そこで、マナは猫ミミのマスターに振る。
「マスター。この前、何か考えておいて欲しいとお願いしておいたけど、マスターは何か売り込みたいもの見つかった?」
漆黒の魔法使いの問いに、どこまでも中性的なマスターは、いや、と首を振る。
そして。
「でもその前に。マナさん、この場でマスターだと少しややこしいだろう? ボクの事は『ハンス』と呼んでくれるかい?」
フェルマータが言う。
「本当はもっと長い名前よね、シュヴァイツァーだっけ?」
マスターの本当のキャラクターネームは、『シュナイツァー・ハンス』と言う。
長いので、皆単にマスターと呼んでいてハンスと呼ぶものは少ないのだが。
ここに、ギルドマスターが居る以上、マスターと呼ぶのは紛らわしいことに違いない。
「シュナイツァー、だよ。シュナイツァー・ハンス」
当然ながら、そんな呼び方は、マナは1度もしたことがない。
「解ったわ。ハンス、ね。慣れないけど」
「で、先生。このお店は、何を売りにするべきなわけ?」
「今のところ宿、かしら。あと立地ね。――ってフェル、いい加減『先生』って呼ぶのはやめて頂戴」
マナの言葉の後半を全部無視して、フェルマータは言う。
「宿なんて、どう売りにするの? 闘技場に持っていけないでしょ?」
「そうね、少なくとも戦ってる最中に使用して、お店のアピールが出来る物でなければ、あまり意味が無いわ」
「戦ってる最中に寝るわけにはいかないもんね」
そこでユナが口を挟む。
「ヒューベリオンは? どうでしょう? 今までは目立たないようにしてきましたけど、アピールには役立ちませんか?」
確かに。ドラゴンゾンビのペットは貴重だ。
そして目立つ。
ダークでグロテスクで迫力に満ちた外見。
死、邪悪、月……を思わせる雰囲気。
不死種族と竜種族のハイブリット。
これらは、中二病にダイレクトアタックしてくる要素ばっかりだ。
きっと他人の目を惹くだろう。
『ミミズクと猫・亭』の名を売るには、有効かもしれない。
現に、吸血鬼のジルシスも――。
「ひゅべりんは、恰好ええからなぁ。あのヨロイも恰好が良いし。よう目立つやろうね。あたしみたいに、欲しい欲しい思う輩が仰山出てきよるかもわからんよ」
「でも」と、ハンスは言う。
「ヒューベリオンさんは、ユナさんの物です。それにボクが頼るわけにはいきません。まさに、虎の威を借る狐のようなことになりますよ」
キツネ、と聞いて大人しくしているウィスタリアのお耳がピコンと反応しつつ。
フェルマータは言う。
「どちらにせよ、ユナちゃんが参加したら、ヒューベリオンちゃんは否応なしに他人目にさらされる。そのあとの事はちょっと想像できないけど、少なくともお店に影響は出るんじゃない?」
そしてマナは言う。
「まぁ仕方が無いわ。それは、『レア』を引き当ててしまった物の宿命のようなものだから。それより、もっと実用的かつ量産が可能なレア品があればね……。なおかつそれがこのお店と専属契約で委託販売してくれたら良いのだけど」
「『魔金属物質』とか?」
「そうね、欲を言えば『神霊結晶鉄』とか『世界樹の残皮』なら、みんな喉から手が出るほど欲しがると思うのだけど」
ウィスタリアが言う魔金属物質はともかく、マナが言う二つはこの世界でもほぼ出回っていないくらい、超希少な物質たちだ。
どれもこれも、貴重な素材を合成して作る必要があり、その素材自体が殆ど無い状態にある。
「――そんなの私だって欲しいわよ。防具も新調したいしさ」
頬杖をついて、ため息交じりのフェルマータに、ユナが尋ねる。
「そんなに、貴重なんですか? その、おりはるこん、とか?」
「ええ、そりゃあもう。どれもこれも『木』属性、『土』属性、『金』属性、っていう超不人気属性マスタリをマスターするくらい頑張らなきゃ、その素材は作れないんじゃないか、って言われてるのよ。でも、実際にどんなスキルがあるのか、情報が無さ過ぎて誰も解らないし、興味本位で生贄になるには、ちょっとこのゲームのシステムじゃ割に合わないわよね」
魔工を扱ううえで、各種の属性マスタリをLV1だけ取っているウィスタリアが、感想を述べる。
「木属性の初級攻撃魔法なんて、葉っぱ投げるだけだった。射程は短いし、地味だし。土属性は石の破片ばら撒くだけだし。ちょっとやる気にならないのは解る」
そしてそれに、秘かにメンタルダメージを受けているヤツが居た。
多人数の会話に、いっさい割って入ることが出来ず。
ただ、頷いて聞いているだけで。
空気のように存在感を無くしている人物だ。
不人気属性いっぱい取っててごめんなさい。
葉っぱ投げるのも、石の破片ばら撒くのも、結構カッコいいと思っててすいません。
グサグサ心臓を抉られながら、口から魂を吐き出しているそいつ。
ローリエに、ユナの目が向けられる。
「先輩、木属性の魔法もたまに使ってますよね?」
「へ!?」
イキナリ振られて驚くローリエ。
「ああ、そういえば……」
それをきっかけにマナも思い出す。
基本バフの全体掛けは、マスタリレベル5からだった、と。
ジルシスも思い出す。
「あんた、この前、ウイスの弾、木葉みたいな武器ではじいてなかった? アレ何?」
そこに、フェルマータがわざとらしい追い打ちをかけ――。
「え? え? 何々? ロリちゃんなにか隠してるの?」
全員の眼が向けられ、ローリエは慌てふためく。
「え、っと、あ、あの……!?」
その様子を、マナは面白そうに見ている。
「……木属性、ということは、なにかそれ系のレアアイテムを作れたり?」
加えてウィスタリアがそんなことを言い。
それで、ローリエは、思い出したことがある。
それは当初の目的で――。
「そういえば……」
「そういえば? なんだい?」と、ハンス。
「……『エリクシル』の相場って、どれくらい、なん、ですか……?」
そして、
「えっ!? 『エリクシル』――!!!?」
ローリエ以外のみんなの声が綺麗にハーモニーを奏でた。




