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軍勢の構成は、主に低級な骸骨兵士と、そのバリエーションによる部隊だ。
それは、槍兵であり、弓兵であり、弩兵であり、重装兵であり。
中世の戦争に近しい編成である。
ただ、騎馬兵がデュラハンロードであったり、骸骨魔法兵や大型の腐敗巨人が混じっていたりする部分が、大きく違う。
その軍勢にまず、先制攻撃を仕掛けるのは。
膨大な雪量による雪崩だ。
ちなみに、この雪崩は自然現象としての雪崩であるため、それに即した計算が行われる。
決して、冷属性を帯びているわけではない。
魔法とは、自然現象の再現であり、魔力を帯びてこそ魔法の法則に従うことになるからだ。
そして。
雪というものは、時間が経って高密度に堆積した部分は非常に重い。
1立法メートルの雪の重さは、少なくとも200kgになる。
アンデッドなので冷たさや窒息で死ぬことはないが、斜面を滑る速度に、この重さが加わった衝撃というモノは、武器で殴るよりはるかに強力で。
低級のアンデッドならばそれで木っ端みじんになりうるほどだ。
故に、敵陣の前部分に布陣していた多くのアンデッドが、雪崩に巻き込まれてその存在を消失させる。
さらに、そこにローリエ達が突っ込んでいく形となる。
前衛で問題ないというメイド服のウィスタリアが最前で、そのすぐ後ろにユナが駆るヒューベリオン、その隣にローリエという陣形であり。
いつも最前線を行くフェルマータは、今回はあえて最後方に居る。
慣れないことをして、慣れない所に居て、なんかとても違和感を覚えるフェルマータだけれど。
フェルマータは、このクエストの中で何かパーティにとっての成長を掴みたいと思っている。
だから、今は我慢だ。
先陣は、キツネ耳。
ウィスタリアが小盾を構え、敵陣後方から降り注ぐ矢や、隙間から飛んでくる弩のボルトに警戒しつつ。
手に持つ魔工短機杖から、魔力弾を乱射する。
役目を終えた薬莢が列をなして雪原に落ち。
カートリッジに封入されていた魔素と魔気が反応し合って、マズルフラッシュとなって視界を染め上げる。
銃口から絶え間なく放たれる弾丸は、一発一発が、凄まじい威力であり。
前方の兵士たちは、成す術なく骨粉に変わっていく。
さらに別サイドでは。
ヒューベリオンがスライディングのように雪上を滑り。
その勢いを遠心力に、長い尾を振り回す【テイルスイング】を繰り出す。
それに合わせるかのように。
ユナが、【STR×10】の数値をダメージに上乗せする瞬間強化を込め――
「『筋力全開・薙ぎ払い』!!」
――ハルバードを、大きく薙ぎ払う。
一人と一匹は、戦場に放たれた回転するコマのように、広範囲の骸骨兵を吹き飛ばし、壊し散らす。
ウィスタリアはステータスが低いにもかかわらず、武器の性能によって規格外の高火力だし。
ユナはヒューベリオンと合わさって、今までにないくらい、活躍している。
そしてローリエは。
「『風流防壁』!! 『癒しの風』!!」
風の力で、威力を散らしたり、逸らしたりして防ぐ魔法を、全員に施し。
さらに、広範囲の味方のHPを最大値の25%+αで治癒する、風の回復魔法を使用する。
――全員のHPが満タンなのにだ。
この意味は、いつも敵からの注意を引き付ける役を担っているフェルマータには良く解る。
これはヘイト管理だ。
味方全員への強化に加えて、回復の魔法。
特に回復は、魔物からの敵意を大きく引き上げる。
だから、本来はより多くの敵を殲滅している火力係。
つまりウィスタリアとユナが真っ先に狙われるものなのに。
そのセオリーを無視する形で。
敵陣後衛が振らせていた矢の雨も、魔法も、白兵戦をしかけてくる武装兵も。
どれもこれもが、ローリエただ一人に狙いをつける。
そして、弓も弩も風の防壁に阻まれ、命中することがまず難しい。
肉薄してくる大勢の骸骨兵も。
「……『武具耐久力減衰』!!」
風のデバフで武具をボロボロにされてしまい、瞬く間に真っ裸も同然。
それを、【大衝撃波】や【虚空波斬】などの攻撃魔法で粉砕する。
フェルマータは、ローリエの後姿を眺めながら。
鮮やかだと言わざるを得なかった。
ローリエは風の魔法使いのまま、フェルマータとは違った形で、前衛を全うしている。
敵の魔法使いが放つ広範囲の火魔法【火炎巨弾】も――。
ローリエはいち早く、
【超高度跳躍】の加速力でユナやウィスタリアより前に躍り出る。
そして――。
「――虚無にたゆといし見えざる羽根よ、想起、高みのすべてを示せ――、大気別つは無風の刃、真なる空に燃ゆる火は無し…――『空域断絶』!!」
手刀で唐竹から切り裂くような動作から。
大気を二分する、真空の断絶が、一直線に迸り。
火気も冷気も熱気も水気も。
あらゆる気を両断し、まことの空を作り出す。
当然、【火炎巨弾】は真っ二つに分かたれ、着弾して迸る火炎も爆風も、岩に阻まれる川の流れのように、右左へと効果を受け流され、パーティーに届くことはなかった。
その結果。
パーティーの居る一帯と、その後方の雪は残り。
周辺一帯は焼け野原となる。
さらに。
そもそもその魔法は、カウンターの魔法。
放たれた真空は、前方を突き進み、一直線上の敵兵を軒並み消し飛ばしていたのだった。
もはや、雑兵のような低級アンデッド達では、ローリエの敵ではなく。
このパーティならば余裕で戦い続けることができるだろう。
ただし――。
「……フェルマータさん、あとどれくらいですか?」
――ローリエのMPが持てばの話だ。
指輪で最大MPが2倍になっているとはいっても、やはり中級上級の魔法を連発すれば息切れは必至。
看破阻害によって、フェルマータにローリエの残りMPは、数字として見えないが。
MPのバーの残量割合が残り少ないのは見えている。
フェルマータは思う。
ここらが潮時だろう、と。
ローリエの本当の本気を見るのは、闘技場まで取っておけばいい、と。
そして、もともと、準備など必要ないフェルマータは、いつでも『必殺技』を行える状態なわけで。
ローリエの前衛は。
フェルマータが想像した前衛の姿とは少し違ったけれど。
急な申し出に、これだけ応えられるならば、何の憂いもない。
ローリエがどれほどの熟練者なのか。
今の戦いで良く解った。
だからもう、十分だと。
フェルマータは思ったから。
「――もう大丈夫よ……。あとは私に任せて!」
フェルマータは前に出る。
自分が、本来居るべき、ポジションヘ――。
そのフェルマータの声には、自信と嬉しさと笑みが、溢れていた。




