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遅れてやってきたユナの視界に。
見知らぬメイド服の少女が目に入る。
その少女は、小型の盾と、現代世界で言う『拳銃』に似た武器を構え。
銃口をローリエに向けていた。
いや、正しくは、ローリエの先に居るヒューベリオンに向けてだ。
そしてやはり目立つのは、その頭についている、ふさふさ。
「……キツネ……耳?」
そうして、ローリエが頭を下げているのを見て。
少し驚くが。
その理由を思えば。
ユナは、他人の家でペットが暴れたようなものだ、という事に気が付く。
慌ててローリエの横に並び。
「ご、ごめんなさい」
一緒になって頭を下げた。
キツネ耳の少女、ウィスタリアは武器を下ろし。
小柄なエルフの奥に居るパニックホラー映画やゲームのボスみたいな、異形を見る。
VRでリアルに再現された動く生き物の死体。
それは、道端の小動物の轢死体を間近で見るのに等しい衝撃だ。
少女は視線を逸らす。
そしてぽつりと言う。
「せ、説明して」
それで、ローリエとユナは頭を上げ。
そこに。
「あら、ウイス、いつの間に帰ってきたん?」
ジルシスが戻ってきた。
◆ ◆ ◆ ◆
場所を移して、会食室。
その長机に、ローリエ、ユナ、ジルシスが座っている。
そしてジルシスの傍らに、ウィスタリアが佇むという形で。
ローリエとユナの前には、湯気を燻らせる真っ赤な紅茶が。
ジルシスの前には、熱々の緑茶がティーカップで置かれている。
ヒューベリオンは、ウィスタリアが怖がるので。
ペットを止めておく魔法のアイテムで行動範囲を制限し、別室で待機させてある。
いきさつを聞いたウィスタリアは。
「ありがとう。マスターを助けてくれて」
ゼセ村の件でお礼を言うウィスタリアに、ユナは謝罪する。
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」
「さっきのピストルの音はやっぱりウイスやったん?」
「うん……ごめん、つい、魔物かと思って」
それに、吸血鬼少女は窘めるように言う。
「あかんで、ウイス。いつもいうてるやろ。ひと様にピストル向ける時は、よう考えな。お客様に当たったらえらいことやで? ――あと、お客様にそんな言葉づかいしたらあかんし」
シュン、とするキツネっ子メイドは、サンカクのお耳がへにょ、っとなってしまう。
またごめんなさい、と言いそうな気配。
だが。
ヒューベリオンが魔物に見えるのは仕方がない。
誰だってそう思う。
ローリエは、ウィスタリアがまた謝罪を言う前に。
「仕方ないです。私も最初は怖かったですし……」
と言った。
ユナもボソリという。
「私も未だに慣れません……」
「そう? あたしは恰好が良いと思うけどなぁ? 何がそんなにあかへんの?」
「だって……、気持ち悪……」
ウィスタリアはつい正直にな言葉を吐く口を両の手で押さえた。
ユナもうんうん、と影ながらにうなづく。
「そんなんいうたら、ひゅー……、ひゅべりんが、可哀そうやで。あの子かて好きであんなんになったんとちゃうんやから」
確かにそれはそうだと、ローリエも思う。
でも、たぶん、生理的に受け付けないという事もあるだろう。
皆が皆、心が強いわけでなく。
どこかが強くてもどこかが弱いのだろう。
ローリエだって、道端の轢死体は直視できない。
生物とお肉が、同じものだとしても。
例えば、猫好きが、猫の骨を愛せるかというとそんなことは無いと思う。
やっぱり、動物はもふもふの毛並みでなければ――。
ローリエはつい、吸血鬼少女の傍に立つメイドのキツネ耳に目が行ってしまった。
そんな時。
「ああ、そうや……」
ジルシスはおもい出したかのように。
机の上に小箱を載せた。
小箱には、真っ黒な団子のような、卵のような物が幾つも入っている。
「はい。これ。でけたよ。『そうるべぇと』」
それと。
「こっちは、『そうるぽうしょん』や」
ジルシスは、オマケにポーションも作ってくれていた。
「あ、ありがとうございます」
ローリエとユナが礼を言う。
「礼はいらんで。助けてもろうたお返しやからね」
ユナさんどうぞ。
とローリエはユナに小箱を渡し、ユナはそれを受け取った。
「さっそくあげてみたらどうや?」
ジルシスの勧めに、ローリエも賛同し。
「そうですね。どうかな、ユナさん?」
『ミミズクと猫・亭』のマスターも、飼い主に頑張ってもらうべきだと言っていた。
それを思うローリエは、ユナに頑張って欲しいと思う。
「解りました、やってみます」
そして二人は、ジルシスの勧めでヒューベリオンの居る部屋に向かう。
ジルシスとウィスタリアもそれに続いた。
部屋の柱に繋がれたヒューベリオンはまるで番犬のようで。
その姿からいえば、地獄の番人と呼ばれるケルベロスに近い気もする。
しかし実際には犬じゃなくてドラゴンだ、まだ子供の。
ユナは、貰った小箱から、真っ黒の球体を一つ抓み。
恐る恐る、ヒューベリオンに差し出す。
『ソウルベイト』は魂で出来たエサで、スケルトンやゴースト等、アンデッド達のための食糧になる。
他の種族はスタミナを食べ物系のアイテムやスタミナポーション等で回復するが。
アンデッドはこの『ソウルベイト』や、『ソウルポーション』を使うというわけだ。
ヒューベリオンのスタミナはユナの初心者特典の影響で、暫く永久モードだったが。
今では成長したので特典が無くなっている。
当然ユナもだ。
つまりヒューベリオンのスタミナは休息しないと減りっぱなしであり。
今もそれなりに減った状態だ。
ペット的には、空腹という事になる。
なので、何の躊躇も遠慮もなく、ユナの差し出した黒いお団子に、ガブリとかみついた。
「おぉ、食べた」
ローリエは顔を綻ばせる。
今度は地面に零れることもない。
黒い団子は、齧られると殻が割れて、中に籠められた魂の力が溢れ、ヒューベリオンの中に吸収されていく。
そしてヒューベリオンは、こつこつ、と鼻の頭でユナをつっつく。
鼻先の上には立派な角があり、さらに甲冑で覆われているので完全に武器のようなものだ。
「ちょ、いたた、痛い痛い。何するんですか、もう!」
ほっほっほ。
ジルシスは笑って。
「もっとくれ、言うてるんよ。足りへんかったらまたこさえるさかい、たんとよばれさせたって」
「もっとですか……!?」
そうしてユナは、ヒューベリオンにつつかれながら、ご飯をあげ続けた。
これでユナとヒューベリオンの仲が少し深まり。
ローリエは、撫でてくれる人、守ってくれる人、好き。
ユナは、ご飯をくれる人、ローリエのトモダチ、大事。
ヒューベリオンの中でふたりは、そんな認識になった。
 




