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「ユナさん?」

 

「先輩。その方は誰ですか」


 相合傘状態の吸血鬼少女とローリエの目の前に。

 漆黒のプレートアーマードレス姿のユナが、立ちふさがる。

 一見、そのように見える、ゼセ村の墓地前。


「さっき知り合った吸血鬼さんですよ?」


「さっき……!?」


 ユナの顔つきは、もともとキツメで。

 瞳も元々ツリ目気味だ。


 その眼が、ローリエに殆ど密着している少女を見る。

 しかし、吸血鬼はそれどころじゃない。


「あかん、あと20秒も持たん……」


 少女は密着しているのではなく。 

 力が出ないのだ。


 急いで、時空結晶(ゲートクリスタル)に行かなくてはならない。

 

 ならば!

「……ふんぬぅ!」


 ローリエは、背に腹は代えられないと。

 何とか日傘の角度を保持しながら。

 指輪の筋力アップ効果に助けられつつ。

 吸血鬼のお姫様を抱きかかえる。


 吸血鬼少女の方がちょっと背が大きいので、すごく無理してる風な感じになるけど。


 今はそんなことは言っていられない。


「――!?」 

 ユナが、驚きのような、怒りのような、照れのような。

 短い声を上げる中。


身軽さ上昇アジリティ・オブ・ウィンド

非戦闘時移動力向上(エクスペディション)


 速度アップのスキルを使い、


「『超高度跳躍(ハイジャンプアシスト)』!!」


 ロケットスタートで、ローリエは全力で駆ける。

 一目散に、時空結晶(ゲートクリスタル)に向かって。


 

 遅れて。


「はっ、先輩!? 待ってください!」


 でも、ユナの速さでは、強化済みのローリエの瞬足に追いつけない。

 振り向いた頃には、もうその背ははるか遠く。


 直感的にユナは背負ったハルバードを振り下ろし。

 ヒューベリオンを止めているアイテムを断ち切った。

 

 ドラゴンゾンビが解き放たれる。


「ヒューベリオン!」

 

 その背に、ユナが飛び乗り。


 ヒューベリオンはローリエと遊びたい。

 ユナはローリエが抱えた少女が気にかかる。


 そんな。

 ヒューベリオンも、ユナも、ローリエを追いかけるという共通の目的を得て。

 ひととき人馬一体となって、疾駆する。

 

 

 その間

 ローリエは日傘が、あおられて飛ばされ。

 吸血鬼の少女を日光の直射が襲っていた。

 だから、もう少し深く抱えて、日の当たる面積を少しでも減らすよう補いながら。


 残りあと少し。


 走り切る。



 ユナは、飛ばされた日傘をキャッチしつつ。



 そうして。

 瞬く間に時空結晶(ゲートクリスタル)に到着し。

 先に転送を終えたローリエと。


 少し後に到着したユナは、ローリエの居場所を。

 フレンドリストから確認して、ゲートを開く。





 行先は。

 カイディスブルム城。


 そこは。

 雪が舞う極寒地方、カイディスブルム。


 その山岳に聳えるオンボロの古城。


 それが、カイディスブルム城だ。

 

 昼の城下には、多くのNPCが街を切り盛りし。

 夜の城下には、下級から上級のノスフェラトゥが闊歩する。

 

 ずっと都市に寄らずにソロしていたローリエはうろ覚えで。

 始めたばかりのユナは全く知らないけれど。


 カイディスブルムという地域は。

 プレイヤーからは『吸血鬼の庭』として知られている有名な場所だ。


 

 天候は快晴の日もあるけれど。

 

 現在は厚い雲と、吹雪に見舞われ。

 陽の光は完全に地表に届かない。

 

 そんな古城の内部。


 エントランス。

 

 そこに鎮座する時空結晶(ゲートクリスタル)から。

 少女を抱えたローリエが姿を見せる。



 つづいて、ヒューベリオンに騎乗したユナも姿を見せる。


 到着すると、吸血鬼の少女は。


「おおきに、また助けられてしもうたわ。――あんた可愛らしい顔して、やることは『いけめん』やね」


 そんな一言と共に、ローリエの腕から、ひび割れた城の床に降りる。

 

「……え、あ……そうです、か?」

 

 えへへ。


 まんざらでもない感じで。

 目をそらして頬をかく。

 その視線の先には、ちょっと表情が良く見えないユナが居て。


「で、何者ですか、あなた」 

 

「あたし? あたしは見ての通りよ?」

 くる、っとステップでターンを決める少女。

 波うつ金髪のショートボブが、ふわりと揺れて。

 伯爵服と。

 その上に纏う裏地が赤の外套は、どこからどうみてもスタンダードな吸血鬼の衣装。

 けれど今。その服は多く減少したHPの影響を受けて、ボロボロのテクスチャーとなっている。


 吸血鬼やアンデッドは、自己治癒力が高いものだが。

 吸血鬼の特性が深い少女は、日中はその自己治癒力が機能しない。

 城内は陽光を遮れるだけで、夜と同じ状態にするわけじゃない。

 だから、吸血鬼はHPもMPもスタミナも消費したままで、服もボロボロのままなのだ。


 そのまま少女は、かまわずに続けた。


「ほな、改めてご挨拶しとこね」


 掌を胸に。

 片足を引き。


 正しき礼を示す。


「よおこそ、我が城へ。我が名は、ギルド『ブラッドフォート』のマスターにして、この『カイディスブルム城』の城主、ジルシス……」


 畏まったのはここまでであり。

 次の瞬間には、てへり、と笑顔で。


「まぁ、ジルとでも呼んでおくれやす」


「ギルド……!?」


 ローリエとユナはそろって驚く。


「ギルドということは、領主……ですか?」


「ほうやね。この近隣の『のすふぇらとう』は、あたしの部下みたいなもんや。城の兵隊なんかは、ぎるどすきる、ゆうんでこさえたもんやしねぇ。まあ、でも、ギルドのメンバーは、あたし以外ひとりしかおらへんけんど。たぶん今は、買い出しに行っとって、おらへんようやね」


 毒気も抜かれ果てたように。

 二人が呆気に取られていると。


「それより、その子のご飯、こさえたるいう約束やったね? それにはちょっと元気が足りへんさかい。あたしちょっと、朝ごはんたべてくるわな。それまで、この隣の部屋でくつろいでてもろてええよ。お茶はあとで、とどけさせるさかい」


  

 突然どこかへ行ってしまったジルシスと、取り残された二人と一匹。

 くつろいでてよいと言われても。


 この城は不気味だ。

 吸血鬼の城というか悪魔の城と言うか。

 そのような雰囲気がゴテゴテに醸し出されている。


 ひび割れ、古さを感じる床に柱。

 くすんだ調度品や絵画など。


 そして、今いるエントランスも無駄に広い。

 外は猛吹雪で、あちこちから隙間風も入ってくる。

 VRでなかったら、おそらく寒くてしょうがない状態だろう。


 ヒューベリオンは、元々死んでいるのだから寒さなど感じない筈だが。

 水気を飛ばす犬のように、ぶるぶると身体を震わせる。

 その勢いで、ヒューベリオンから、ユナが放り出された。


「きゃ、痛っ!?」


 日傘が床を転がり。

 がしゃん、とユナは甲冑ごと尻もちをついた。

 そのお尻をさすり。

 騎手は飼い(いぬ)に抗議の視線を浴びせかける。

 そんなユナに、ローリエは声をかける。

 

「……ユナさん、とりあえず、言われた部屋へ行きませんか?」   


「そう、ですね……」


 ユナはハルバートを支えにして立ち上がり。

 ローリエは落ちた日傘を拾い上げる。


 そうして、二人はエントランスのすぐ隣の部屋へ移動する。

 そこは、エントランスよりも狭い部屋で――と言っても十分広いが。

 さらに奥に、大勢で会食をするような、長机が置かれた大部屋が垣間見える。


 つまり、食事まで待機する部屋、といったところだろうか?

 机にひっかかりそうで、奥の会食室にヒューベリオンは入れられないが。

 待機部屋なら、広いのでなんとか入ることが出来た。


 二人はそこで佇んで待つことにする。

 


 そして暫くすると、服も綺麗になり。

 元気を取り戻したジルシスが顔を覗かせた。

 口元に、真っ赤な液体をくっつけて。


「ほな、ちょっと『そうるべぇと』こさえてくるさかい、もうちょっと待ってて」


 そう言うだけ言うと、ジルシスはまたどこかへ行ってしまったのだった。


「先輩、あの人、大丈夫なんですか?」


 信用できるのか、と言う意味だろうけれど。

  

「たぶん……?」 


 そう答えるローリエの言葉には、自信が感じられなかった。  


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