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「名前ねぇ」
マントを身に着けたうさみみのドワーフが、魔銀胸板の前で、腕を組む。
ひとしきり考えても、中々良いものが出ないのか、隣の魔法使いに話を振った。
「先生、何か良いのある?」
二股の黒いジェスターキャップを魔術帽子としてかぶる真っ黒な出で立ち――。
そんな魔法使いは、ケロリと言った。
「『どらぞん』とかで良いんじゃない?」
「何それ! まんますぎぃ! 相変わらず先生はセンスが無いんだから。せめてもうちょっと捻ってよ」
「じゃあ『ぞんどら』?」
「いったい、どこ捻ってんの……」
「そういうフェルは? どうなの?」
「私? ……『ドラちゃん』とか……?」
ぷっ。
マナはふいた。
「笑うなァ!」
「ずいぶん、ハイセンスな名前ね」
「うるさぁい」
「でも、ダメよ、それ。それはハイセンスすぎて却下ね」
「それじゃあ……」
あと頼りに出来るのは、残りの二人。
その二人も今、あーでもない、こうでもない、と考えている所だ。
ユナは、持ってきたハルバードを抱きしめる様に保持しつつ。
顎に手を当てて、未だに初心者服にレザーアーマー姿で考え込んでいるし。
ローリエは、長い若草色の髪を、流水のように地面に落とし。
花弁のようなスカートを広げ。
日傘をさしたまま、地面に座り込み。
木の棒で、何かを地面に書き込んでいる。
メモかな。
フェルマータは、ローリエの謎のメモを見なかったことにして。
ドラゴンゾンビの飼い主であるユナに聞いてみる。
「ユナちゃん、何か思いついた?」
ユナは、顔を上げる。
「いえ……今思いついたのは、その……『ロトン』とか、ですかね……?」
「なにそれ、かっこいいじゃない?」
フェルマータは称賛するのだが。
ユナとマナはそうでもなくて。
「そのままね」
とマナは言い。
「ええ、そうですよね」
とユナも言い。
「どういうこと?」
と、フェルマータは怪訝な顔だ。
マナが補足する。
「ロトンって、腐ってるって意味よ。物理学の方でもう一つ意味があった気がするけど、そっちで考える人はまず居ないでしょうし」
「すいません、単純で……。他には『グロース』とか『クリーピー』とか……」
追加でユナが言うワードは二つとも、気色悪い、と言う意味だ。
ユナは目を逸らす。
ローリエはそれなりに、ドラゴンゾンビに慣れれたが。
肝心のユナはまだ、グロい見た目には不慣れなようで。
直球のワードしか出てこなかったのだ。
となると、残るはローリエだ。
「……あの……ロリちゃん。何か候補ある?」
地面に枝で書かれたたくさんの文字を、フェルマータを含む3人で覗き込む。
レシートのように長いリスト化されているのだが、一部抜粋すると。
ヴリトラ
ユルムンガルド
ヒューベリオン
ヘルムート
ヴィーヴル
ニーズヘッグ
ファフニール
このような感じで。
「聞いたことあるやつも、それなりにあるわね」
「いっぱいありますね」
「あ、はいっ。思いついたもの、全力で書きました……!」
「ロリのおすすめは?」
マナが尋ねると。
「ヒューベリオン、ですかね? 私のお母さんレトロなゲームが好きで、昔あそんでたドラゴンのゲームに、こんな感じの名前があった気がして……変な見た目のドラゴンでしたので丁度いいかも……」
「かっこいいですね、私、それがいいです」
ローリエの提案を受けて、ユナが採用を言い渡す。
飼い主がそういうのなら、もう何も言えることはなく。
「略してベリちゃんかな?」
ローリエは、イッパイ考えて置いてなんだけど、私が考えたやつで良いのかな、と。
不安になりつつ。
「良いんですか? それで」
「良いんじゃない?」
そんなわけで。
「じゃあ、ペットの名前の所に、入力しちゃいます」
そうして、正式にインファントドラゴンゾンビの名前は。
『ヒューベリオン』が採用された。
名前が決まったなら。
当初の予定通り、ユナの獲得した騎乗スキルを試すべく。
「よし、じゃあ、乗ってみますね……」
ユナは、ヒューベリオンを見る。
静かに寝そべって、寝ているかのような、その肢体を。
腐った内臓なんかはもう、軒並み卵の殻と一緒に地面に落ち切っているので。
今は、骨に所々皮が張り付いているような状態なのだが。
相変わらず、生物の皮一枚内側が、どうなっているのか。
生々しい現実を叩きつけてくるような見た目をしている。
近づくにはそれなりに覚悟が必要だ。
ユナは生唾を飲み。
そろり、そろり、と近づいた。
すると、ヒューベリオンが起き上がる。
まだ子供ということで、大きさは競走馬くらいだろうか。
「え、っと、ヒューベリオンさん、乗っても、いいですか?」
ユナがビビりながら尋ねると。
再び、ドラゴンゾンビは伏せるようなポーズを取り、乗ってもいい、という意思を示す。
「あ、ありがとうございます」
そうして、ユナは、その背中に跨った。
そのまま、ドラゴンゾンビが立ち上がる。
「ひゃ、あう……あっ……!?」
「大丈夫、ユナちゃん!?」
体高150~170くらいになるヒューベリオンを。
身長130ほどのドワーフが心配そうに見上げる。
「あっ、ちょ、やっぱり、おります。降ろしてッ」
ユナは慌てて、降りた。
降りたユナは、お股を抑えている。
「ああ、背中、骨だもんね、痛かったかなぁ?」
「突起いっぱありますからね、ドラゴンの背骨ですし……」
「うっ、いえ、痛い、っていうか……その……」
このゲームは、痛みをそのままプレイヤーには伝えない。
極めて緩和された痛みに変換される。
極めて緩和された、と言う部分が、この場合極めて重要な所で。
しかし、ユナ以外は、痛かったのだと思っていて。
「騎乗用の馬具、っていうか、鞍みたいなのが必要かもしれないわね」
「はい、是非。必要です。ちょっとこのままだと……戦うのは無理です」
つまり、次の目標は、鞍を手に入れることになりそうだ。