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ここのフロアボスは、二種類居る。
石化したドラゴンと、骸となったカトブレパスだ。
どちらも、レアアイテムの卵の奪取をトリガーに動き出し、暴れまわる。
多人数ならば、両方相手にしなければならないが。
今回は、暗殺者を含めても3人。
がらがらと、まとわりつく巨大な骸を砕き散らし。
硬く頑丈な尻尾で周囲を薙ぎ払う。
動き出したのは、ドラゴンの方、『石化竜』だった。
幾重にも並ぶ牙に、一本の角。
強靭な筋肉に支えられた、太く、筋肉質な四肢と竜爪。
石化によって飛ぶことはできないが、それでも威圧感を発揮する巨大な翼。
全身を鱗に包まれた堅牢な身体は、石化によってさらに防御力を増し。
凄まじい自重で、衝撃の一歩を繰り出す。
踏み出すたびに、遺跡フロアの床面が砕け散り、破片と砂塵が舞い踊る。
VRで再現されたドラゴンの迫力は、きっとゲームCG班の力作で。
ユナは震えあがった。
昔見た、博物館のティラノサウルスの骨格や実物大模型の比ではない。
その大きさも。恐ろしさも。臨場感も。なにもかも。
そんな空想上の最強種族の巨体が、ユナに向けて猛然と襲い掛かる。
もはや本能だ。
考えなくても解る。
何をしたって、どうあっても適わない、と。
だから、恐ろしさで抜けそうな腰を無理やりたたき起こし。
ユナは、不格好なフォームになりながらも、フロアの壁に向かって必死に走った。
手にするフランベルジュは、振るう気もなく、もうお守りのようなものだ。
だが、そいつは。恐竜じゃない。
ドラゴンだ。
唐突に立ち止まり。
口を大きく開け、周囲の魔素を吸い込む挙動。
振り返ったユナは、その動きが何を意味しているのか瞬時に理解して。
何もしなければ、塵にされると理解して。
しかして直感的に。
今度は。
ユナは、ドラゴンに向かって走り込む。
命を繋ぐためには、そこしかないと思ったからだ。
瞬間。
石化竜の口から、放たれた火と熱のブレスが、ユナの元居た空間を焼き払う。
高熱に石畳は溶け、壁も溶解する。
それとすれ違いざま。
それでも余波でHPを一桁まで削られながら。
ドラゴンの足元に駆け寄ったユナは、なんとか死を免れた。
ついでと言っては何だが。
ユナは、チャンスと見てそのごん太の脚のスネに、フランベルジュを叩きつける。
がきり、と音がして。
フランベルジュが、折れ曲がり、分断された切っ先が、からんころん、と床を滑っていった。
「うわぁ!?」
元々絶望的状況だったが、それでさらに絶望みが増大した。
もう、助かる見込みはない。
息を吐き終えた竜が、身体を振り回す。
今度こそ万事休す。
ユナは、もう全てを諦めた。
そこへ。
高速回転で、飛来した一本の短剣が、竜の顔にめり込んだ。
夥しい血液が、ダメージエフェクトとして迸る。
竜は吠え。
救世主は駆けつける。
大きく怯み、後退するドラゴンとユナの中に割って入る。
若草色の、長い髪を靡かせて。
「ユナさん、離れて……」
「先輩!?」
「10秒で倒しますので」
そう口走った背中。
その右手と左手には、1本づつ、『木葉短剣』が握られていて。
あふれ出る自信を得て。
ユナは、じりじりと後退し、距離を開ける。
咆哮とともに。
怒り狂って、繰り出される竜の剛腕を。
一刀の元に、断ち。
斬り飛ばした腕が、地面に落ちるよりも早く。
二刀の元で、胴を切り裂いた。
そして、
「『無双連撃』!」
続く『不利手マスタリ』――いわゆる二刀流の連撃スキルで、文字通りなます切りに仕立て上げたのだ。
ピッタリ10秒。
それでドラゴンは。呆気なく消滅した。
何のことはない。
元々は火属性だっただろうドラゴンだが、石化している所為で土属性に変化していたから。
木と風をマスターしているうえに、カンスト間近の実力のローリエの敵ではなかった。
それだけだ。
「大丈夫でしたか? すいません、遅くなって……」
「ローリエ先輩っ!」
「へうっ!?」
振り返り。
ユナの心配をするローリエに、感極まったユナが抱き着いた。
しかし、ローリエは140cmくらいで、ユナは154~157くらいだ。
ママが子供を抱きしめてるみたいな状態になって。
あんまり、ロマンス要素は醸し出さなかった。
ユナは泣いていたけど。
ひとしきり落ち着いたころ。
「フランベルジュ、折れてしまったんですね」
「は、はい……でも、もう結構ボロボロだったんですけどね」
崖にブレーキをかけた時に、武器の耐久力は80%消耗していた。
ここまでもっただけでも、良かっただろう。
「よかったら、これ使いますか? 両手剣ではないんですけど、確か、両手武器マスタリ、でしたよね?」
ローリエは、道中で戦った魔物が落とした武器を、倉庫から取り出し。
ユナに見せる。
それは、長さ2メートルほどの、ハルバードと呼ばれる種別の武器だった。
しかも、店で売っているハルバードと違い、装飾がカッコよく、厨二心を刺激するデザインをしている。
どうみても、業物だった。
「え? 良いんですか? こんな良いものを」
「大丈夫だと思います。フェルマータさんのパーティで使える人、ユナさんしかいないと思うので」
「ありがとうございます」
そうして、ハルバードはユナの手に渡った。
「じゃ、カトブレパスの卵をゲットして戻りましょうか」
「はい、先輩。――でも、そろそろパパとママ戻ってきそうなので、このへんで落ちようかと思います」
「そうですか。うん、わかりました。――ではここで別れましょう」
「今日はありがとうございました、助けてもらって」
「いえ、そんな――。逆に危険な目に合わせてばかりで、護衛役失格でした……次はもっと、頑張ります」
「私の方こそ――」
ユナとローリエは、他愛のない話に花を咲かせた後。
ついに、ユナのタイムリミットが来て。
お互いに、またね、と言って、その日のプレイは終了となったのだった。