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キャラクター:ユナは、今気絶判定を受けている。
プレイヤー:一ノ瀬由奈
その視界は真っ暗に染まり。
気絶解除までのカウントダウンが成されていた。
この状態は無防備で、殴られて死ねばそのまま戦闘不能になる。
そして、ユナの残ったHPは『7』。
最大HP『28』に対して、7だ。
それも、自動回復付与のお陰で、気絶中にも、9、12、15、18……。
と、少しづつ癒えていく。
そして、この残った7は、
19+9.5(端数切捨て)
という、ローリエがかけた強化魔法で上昇した50%分なのだ。
壁をブレーキにしてほぼ停止寸前の速度まで減速し。
その最後、フランベルジュが弾かれて地面に落下し、バウンドした。
それで受けた落下ダメージの総計が、28-7=21ダメージ。
ローリエの強化が無ければ、助かっていない。
もちろんここには、物理防御力もかかわっているので、防御力上昇の強化も必須だった。
まさに、紙一重を作り出した、強化魔法だった。
そのことを、なんとなく、ユナは感じていた。
強化が無ければ、死んでいただろうと。
庇ってもらったことも含めて。
ありがとう、先輩。
ユナの中の人が、呟いたその時。
カウントダウンが終わり、視界が開けた。
眼が醒めたのだ。
うつ伏せに倒れたと思ったユナは、地面の感触が下にあることに違和感を覚える。
暗視能力がないヒュム種族だから。
見上げる天井は、真っ黒で。
ユナは、上半身を起こす。
それでも、見渡す限り、闇ばかりで。
ローリエの姿も見えず。
ここがどこかすらも、解らなかった。
早まっただろうか。
と不安になる。
そんななか。
「いよォ? 元気そうだな? 見直したぜェ?」
耳元から、聞き覚えのある声がして、
「ひぃ!?」
ユナは仰け反った。
咄嗟に、背中の剣を抜こうかと思ったが。
そこには剣も鞘も無かった。
「オイオイ、そんなに驚くなよ。ずっと待ってたのによォ?」
ユナは、反射的に断ちあがり、同時に、壁際にかっこ悪く後退る。
真っ暗な中。
この、洞窟のような場所は静かすぎて。
ひとつひとつの声が良く通る。
地底の冷たさと、下界の灼熱を合わせたような。
生暖かなそよ風が吹き抜ける、この闇で。
くっくっく、と面白そうな声のあと。
すっと、指をさす気配だけがして。
「――ああ、お前さんの剣なら、そこにあるぜ」
ユナは、ホラー映画の中に居るような恐怖を覚えつつ。
ガタガタと震えそうになりながら。
恐る恐る視線を移すと、ほぼ無い視界の中、淡く視認できる。
傍の岩壁に、鞘に納まったフランベルジュが立てかけてあった。
「寝づらそうだったから外しておいたんだが……?」
混乱しつつ。
それでも、ユナは声の主に、心当たりがあった。
だから叫ぶ。
「さっき、襲ってきたPKさんですよね!? 変ないたずらはやめてください!」
「心外だねぇ、それはただの親切心だったのによォ」
ユナが、鞘を手に取って、刀身を引き抜き。
見えない闇に向かって、闇雲に構えた。
またも、くっくっく、と笑い声が響く。
「まったく、良い反応するネェ。イタズラのしがいがあるってもんだぜ……」
そうして。
すぅ、っと、何者かがユナのお尻に触れる感触が――。
よい子の皆は、マネしちゃいけない系の痴漢行為に。
ユナは、言葉に出来ぬほど、雑多で複雑で、様々な『嫌』を背筋に感じて。
「――!?」
壁から一目散に距離を取る。
くっくっく。
「悪ィ、悪ィ、そろそろ透明人間ごっこはやめておくか――、『暗視付与』」
ほぼ同時に、ユナに対して、強化の魔法がかけられる。
暗視を付与する魔法だ。
それでも、本来は見えない人の影が。
能力を解除し、姿を現す。
シルクハットに、ファントムマスク。
全身真っ黒の、細身が、壁際にうんこ座りしていた。
やっぱりさっきのPKだ。
と、ユナは思い。
そのPKがゆっくりと立ち上がる。
「……ケツはもうちょい大き目の方が好みだったなァ。あと、パンツも初心者用のままだろ? マシなのに変えろよ? そのままじゃ、色気も何もねぇからよぉ?」
「くっ!?」
暗視付与ありがとう。
そんな言葉より、痴漢行為とぱんつを見られたらしいことの方がユナには重要だ。
ゲームだから大丈夫とか、そういう問題ではない。
VRだから、親切に気色悪い感触も忠実に伝えてくるのだから。
ユナは、きっと、鋭く、険しい表情になっていただろう。
もともと、ツリ目の顔つきだからなおさらだ。
「そう怖い顔すんなよ。もう、しねェって」
「なんのつもりですか、待っていたですって? さっきは、私達を殺そうとしていたのに?」
「なんだ? ダメか?」
「ダメに決まっています。PKって、人殺しじゃないですか?」
「まぁ、そうとも取れるだろうねぇ。でも、リアルでやってるわけじゃねえぜ。法に触れてることじゃない」
「だからって!」
痴漢まがいのことは精神的に受けるダメージとしては、同等な気がするのに。
ユナは釈然としないまま。
「まぁ、その話は良いじゃねえか。それよりも、これからの話をしようぜ」
「これから!?」
「そうさ。ここは恐らくIDダンジョンだ。クリアするまでは多分出られねえ。お前も折角死なずに降りてこれたのに、このままくたばりたかないだろ? 先輩とやらを探したいんじゃないか?」
「……何が言いたいんです?」
「手伝ってやるって言ってるのさ。ここは仮にも、あの巨大石蛇王に通じる道だ。ヤバイ魔物だっているかもしれねぇ。SP5000程度のお前さんじゃ、小突かれただけで死ぬだろうからよォ?」
ユナは考える。
この男が言うことは最もだ。
確かに、今の自分じゃ弱すぎて何もできないだろう。
どこかにいるローリエと合流したいという気持ちも間違いない。
だが、この痴漢野郎と一緒に行動するのは嫌だ、とも思った。
そもそも、人殺しだし。
「そんなことを言って、後ろから殺す気ではないのです?」
「するわけねえだろ?」
全部のひらがなに草が生えそうな言い方だった。
「――このゲームは、スタミナ無限特典付きの超初心者ちゃんに手ぇ出すと、全部のダメージが跳ね返る仕様なんだからな。いわば、無限リスポンバリア、みてえな感じよ」
「りすぽんばりあ?」
「そこは解らなくても良いさ。ま、気に入らねえなら、お前さんの好きにしな。オレも好きにさせて貰うからよ」
そう言って、暗殺者は再び気配を消した。
ユナはきょろきょろと辺りを見回すが無駄だ。
今のユナでは、絶対に暗殺者の隠密は見破れない。
ただ、絶対すぐそこに居る。
そんな気がして。
「……名前は? なんですか? PKさん?」
本当は、PKの名前は、『闇に潜みし刃』と書いて、ナイトブレードと読ませる。
っていう、キラッキラのキャラクターネームなのだが。
あの時どうしてそんな名前つけちゃったんだと。後悔するほどの、厨二ネームなので。
「――ナハト、でいいぜ。オレの事ァ」
「そうですか、ナハトさん。私はユナです」
「ほう、で、ユナさん様は、どちらに行かれるので?」
そんなことを言われても、ユナには何処に行けばいいのか分からない。
けど、とりあえず、さ迷うつもりだ。幸いスタミナは無限だから、歩き続けることは出来る。
「先輩を探します。次に会っても殺そうとしないでくださいよ?」
そう言って、ユナは、文字通りさ迷い始めた。
「さぁ、どうかねえ、気分次第だなァ?」
「別について来なくていいですからね?」
「行かねぇヨ。てめぇも勝手にオレの前を歩くんじゃねえぜ」
「勝手にしてください」
その傍らに、気配を消したままの、暗殺者を引き連れて。