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「あぁ~あ……」


 地底深く。失望めいた声が木霊する。


 その地面で目覚めた男は、天井すら見えない暗闇で、一人ごちる。


「……ったく。これじゃ、前とおんなじパターンじゃねえか。芸が無いねぇ、我ながら」


 HPが0になっても強制的に「1」に固定することで即死を防ぐパッシブスキル。

 そのおかげで、暗殺者(PK)は生き延びていた。――今回も。

 


 倒れたまま、用意していた回復薬を飲み。からんとその辺に空き瓶を放り投げ。

 男は起き上がる。


 そうして。


「『暗視付与(ダークサイト)』」


 (やみ)属性の強化魔法で、暗視能力を付与する。


 そうすれば、ただの漆黒に染まっていた視界は、鮮明にものを見れるようになる。

 遠くに落ちたシルクハットを見つけ、取りに行くと、砂をはたいて定位置にかぶり直す。


 さて、ここはどこかな?

 男は周囲を観察する。


 

 暗視能力を得て。

 それで見上げてみるも、落下した場所の様子は見えない。

 暗視能力によって得られる視界の限界以上の、はるか先の高さにそれがあるからだろう。

 ほんとうに、奈落の底という感じで。

 周囲は土と岩で出来た(クレバス)、というか大きな亀裂のようで。

 長細い通路のように奥に続いている。


「なるほどね。これが、巨大石蛇王(カトブレパス)の通り道、ってやつか?」


 そして、見渡す先に。

 ローリエの姿はどこにもない。

  


 あの瞬間。

 男が雷を放った時。

 ローリエは、男に飛び掛かってきた。

 

 ほぼ一緒に落ちたはずなのだ。

 しかし、どこにも見えない。

 雷の魔法に撃たれたうえに、落下ダメージを受けたとしたら、生きているはずはないが。

 姿が見えないことが、どこか腑に落ちない。

 

 例え、生きていても虫の息だろうし。

 もういちど、雷の魔法をぶっぱなせば死ぬだろう。


 そうは思うのだが、生死がまだ分からない以上。

 今回の勝負は、『引き分け』に近い状態だと、男は思えてしまう。


 つまり男の『借り』はまだ返せていないということだ。 

 なにより、この結末は、納得がいかない。

  

 

 だから、男は本来の目的に戻ろうと決めた。



 そもそも。

 この男は、この砂漠の地に、巨大石蛇王(カトブレパス)を探しに来たのだ。

 正しくは、その卵であるが。

 なぜなら、それがLV10以上の毒をも無効にできる耐毒ポーションの材料になるという情報を得たからだ。

 

 その手掛かりを探している最中に、見慣れた背中を見つけたので、感情に任せて追いかけただけで。


 さらに、折角見つけたのだから、ケンカを吹っ掛けなければ失礼だろうと、挑みかかっただけで。


 実はまだ、ローリエへの対策を完璧に終わらせているわけではなかった。


 

「しかし、アイツもオレのことを恐れていたようだな。髪型を変えてカモフラージュを図ろうとは……。そんな程度でオレの眼を誤魔化そうなんて、浅はかにもほどがあるぜ。――あぁ、もしかして、あの日傘もそのためかァ? アイツはレイピアを使うって話だからなァ……」


 それを警戒して、接近戦は挑まず、投げナイフで攻めてみたけど、あまり効果は無かった。

 やっぱり、あいつには、雷だな。

 


 男が両手を入れた外套のポケットは、インベントリになっている。

 そこには、雷の魔法を封じ込めたカード型のスクロールがまだいくつか入っている。

 高い金を払って、腕利きの雷の魔法使いに頼んだ甲斐があったかもな。


 雷の魔法で、通路が崩れるのは、予想外過ぎたが。

 もしかしたら、棚ぼた展開かもしれない。

 そんなことを考えながら。

 暗殺者は、地底を歩きだす。



 

 この高い崖を登るのは無理だし、もともと卵が目的だ。

 このまま進めば、手掛かりに行きつくだろう。


 

 歩く間も、暗殺者は、つい宿敵(ローリエ)のことを考える。

 一瞬見えた魔法の壁のことなどを。

 

 魔法には詳しくないのだが、あの魔法の壁は、雷を防いでいた。

 風属性の魔法は、絶対に雷を防げない。

 それどころか、黄系魔法は、緑系魔法で一切防げない設計だ。

 だから、あの壁は、『木』属性でも『風』属性でもないという事になる。

 水晶で出来た壁だったし――。


「あいつは、土魔法も使うのかねェ……? そういや、シデの森のカニは水属性らしいからなァ」


 水は土に弱いので、有利属性として取得してる可能性はあるな、と男は考える。


 

 そんな思案をしながらの地底散歩。

 その途中。



 キラリ、と何かが輝いて見え。

「んン?? ……アレは……」


 目を凝らせば。


 波うつ銀色の刃が、地面に突き刺さっていた。

 フランベルジュと呼ばれる、ドイツ発祥の両手剣だ。



 そして、そのそばに、少女が一人倒れていた。

 チビエルフのように華やかさの欠片もない衣装。


 そいつに、男は見覚えがある。

 チビが子守をしていたヒュム種族だ。


 

 暗殺者は、両手剣を引っこ抜き、肩に担ぐと。

 倒れている少女の元へ歩み寄っていった。


 近くで見ると、明らかにゲームはじめたてと言う感じの初心者服を身に着けている。

 

 ということは、もう死んでいるに違いない、のだが。



 男は、うつ伏せに倒れているその身体を、救いあげるように蹴っ転がし。

 仰向けにする。


 反応はまだない。


 常識的に考えて。あの高さから落ちれば、誰でも死ぬ。

 ましてや、明らかに初心者の少女だ。

 おそらくHPは50もあるまい。


 生きている方がおかしい。

 ただ、まだ身体が消えていないのが気にかかる。


「くたばったまま、ログアウトでもしやがったかァ……?」


 そう思いながら。

 【能力看破(スキャニング)】のスキルを使用するが。


 SP   5234

 HP   7/ 28

 MP   0/  0

 ST  15/ 15


 その他ATKやF/DEFなど。

 どのステータスを撮っても、紛れもない初心者だった。 

 

 しかしそんなことより、HPが7残っていることの方が驚くべきところで。


「ハッ、すげえ、こいつまだ生きてやがるッ」 


 ということは、今プレイヤーの視界は真っ暗で、神経パルスとキャラクターの接続が一時的に断たれた状態ということだ。

 つまり、リアルで言う所の気絶状態。

 この状態は最大で10分で治る。 

 

 おそらくもうすぐ動き出すだろう。


 いったいどうやって生き延びたのだろうかと。

 周囲を見渡す男は、すぐに発見する。

 崖に付けられた一直線に走る傷跡も。

 耐久力を著しく消耗して、ボロボロの刃毀れテクスチャーに変わっているこの両手剣も。 


 それからわかることは一つ。


 このキャラクターは、自分でこの崖を降りてきて、なお無事に生き延びたという事だ。

 SP5000程度のクソ初心者のくせにだ。


 おもしれえ。

 と興味を持った男は。


 両手剣を傍に置き。

 おもむろにその場に座り込むと。

 

「まぁ、オレもちょっと用事を済ませてくっかな」


 一時的に反応が無くなった。

 今もこう言うかは解らないが、AFKってやつだ。



 キャラクターのままじゃ、うんこできねぇからな。 



 


 

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